城壁を伝って自室に戻ると、汚れたドレスを脱ぎ捨てて、下着姿になった。
汗をかいたので本音を言えば下着も変えたいところだったが、洗濯物が増えすぎたら怪しまれる。
できれば寝ておこうと思ったが、興奮しているせいか寝付けなかった。
ぼうっと天井を眺めて。
時折、手にした鍵をかざして、微笑んでみたりもした。
そうやって数時間が無為に過ぎたかという時、ノックの音が部屋にこだました。ノックの主は返事も待たずに、ドアの鍵を外しだす。
エーテルは、ノックを聞いた瞬間、ベッドに潜り込んで目をつむっている。彼女に早起きの習慣はないので、寝たふりをしておくのが無難なのだ。
「おはようございます」
毎朝、決まった時間に決まった台詞を吐く――これもユスティヘル家に仕えるメイドの仕事の一つだ。
「……ふぁ……おはよ……」
大きく
ベッドルームを出て、回廊のレッドカーペットの上を歩いていく。
後ろには二人のメイドが続く。城内におけるエーテルの行動は、就寝中を除いて、常に監視されている。立ち入りを禁じられている部屋も少なくはない。
三階まで吹き抜けになった食堂に着くと、食卓の、朝食が準備されている席にかける。簡単なサラダと、パン、あとはボイルドエッグ。肉類がないことに不満を覚えつつも、静かに口へと運んでいく。温かい紅茶を胃に流し込んで人心地つく。
(ごちそうさまでした……)
ナフキンで口を軽く拭って、立ち上がる。
「着替えてアトリエに行くわ。その後のことは……んー、その時に考えるわ」
椅子を戻しにかかるメイドに、いつものように日中の過ごし方を伝える。何をするにも付き添いが必要なため、何をするにも予定を伝えなければならない。
一瞬、メイドが不服そうに眉をひそめた。エーテルはそれを見逃さず、期待通りの反応に、内心でにやつく。
計画は今のところ順調に進んでいる。
自室に戻ろうと歩きだしたエーテルは、思いがけない人物に出くわした。同じ城に住んでいるのに久しぶりに見る顔だ。
「これは、お母様。おはようございます。エーテルはお先に朝食をいただいておりました」
「そ、そう……」
「お母様も、どうぞ有意義な一日をお過ごしください。それでは失礼いたします」
「ええ。じゃあ……」
自分とまるで似ていない、湿地帯の魔女のような風貌の王妃に、恭しくお辞儀をして、エーテルは食堂を出た。廊下を十歩も進めば、後方からヒステリックな声が響いてくる。
「どうしてあの子をここにあげたの!」
慌てた使用人が何か言葉を返す。
「――そんなのは分かってるのよ! 私が言ってるのは、私があの子を見なくて済むように、あなたたちが配慮しなさいってことでしょう!? 使えないわねぇ! あなたもう明日から来なくていいわよ!」
すぐさま平謝りする使用人の叫びが聞こえる。
――付き添いの目に留まらないように、エーテルは薄ら笑いを浮かべていた。
母の態度にも慣れっ子だ。むしろ自分を避けて今まで生活をしてきたなら、それはなんともご苦労なことだ。言ってくれれば鉢合わせないように配慮くらいはしてやれたのに。
そんなことを考えながら、エーテルは食堂を後にした。
次の話は、3話~5話よりも、少しだけ刺激的です。