エーテルちゃんはひとりぼっち   作:菓子ノ靴

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Chapter1
chapter 1 - 1 私にとっては福音です


イルティア公国の首都リハネスでは、都心から少し外れた小高い丘の上にユスティヘル公爵の居城を置いている。人口およそ十七万人。首都としては小規模なものだが、中央行政機関による治安維持が隅々まで行き届いた良い町だ。往来ががあるなら裏通りにも石畳を敷き、大通りにいたっては歩行者と馬車の進路が分けられている。領主から民への配慮としては他の公国に類を見ないものだ。それゆえに町民の満足度は高く、町はいつも活気に満ち溢れていた。今このとき丘の上から見下ろせる景色に人の営みがないのは、ひとえに早朝だからだ。起床には早すぎる。

 

少女にとってもそれは例外じゃない。

 

普段ならまだぐっすり眠っている時間だ。しかし、今日だけは例外だ。少女は寝室のカーテンの隙間から顔を半分のぞかせて、静まりかえった町並みを眺めていた。興味なげに欠伸(あくび)を一つし、また思い出したように中庭の方をうかがう。

 

門の前に停められた馬車には、先ほどから特に変わった様子はない。踏み台のかたわらに控えた従者は、誰が見ているわけでもないのに――一人こっそり見ているが――姿勢を楽にしようとする素振りもない。そこにやって来るだろう人物の、身分の高さを物語っている。

 

「ふぁぁぁあ……」

 

少女は大きな欠伸をするために、一度カーテンから離れた。ただし、片手の指をチョキにしてカーテンに隙間を作るのを忘れない。

 

「遅いなあ……」

 

物憂げに呟くと、また大口を開けて欠伸をした。

 

 

少女は、エーテル。

 

正しくは、エーテル・アルレット・ベル・ルネッタ・ユスティヘル。

エーテルはこの長ったらしい名にまるで実感というものがない。それは公爵家の娘として――つまりはこの国の姫としての自覚を持たないということ。仮に家族の前でこれを口にしたとしても、()()()()()()()()()()()()()

 

もう何度目か分からない欠伸を噛み殺そうとしたとき、公族の正装に身を包んだ初老の男が、複数の側仕(そばづか)えを伴いやってきた。

 

その側仕えの中に、待ち望んでいた姿を目にする。

 

カーテンを全開にして、エーテルは思わず窓台に乗り出した。

 

(やった、あいつもいる!)

 

正装した初老の男――ユスティヘル公爵の後ろには、この城でもっとも警戒すべき女がいる。もともとは王国の近衛騎士団に属していたが、その頃からすでに飛び抜けた技量の持ち主であったため、近隣の公国にその名を轟かせていた――そんな女傑だ。それが所以あって現在ではユスティヘル家の護衛官を務めているのだ。エーテルからすればまったくもって迷惑な話だ。

 

――今日は、数年に一度の六国議会の日だ。五つの公国の公王が、王国の召集に応じる形で集い、国家間の情勢や今後の方策について論議する。

 

少女にとってこれが意味するのは、父の終日不在である。

 

そのうえ護衛の女も父について王都へ行ってくれるという。まさに福音だ。護衛の女が不在の場合とそうでない場合では、()()()()()がまったく異なってくる。

 

またとないチャンスが到来した。

 

(はや)る気持ちを抑えきれず窓台に乗り出していたエーテルは、にわかに過ちを悟って、カーテンを閉じようとした――。

 

その時、護衛の女と目が合った。

 

(やば、見られた!?)

 

反射的に飛びのいて、呼吸をしないように口に手をあてる。

 

(……いや、この窓は、外からは中が見えないはず……)

 

ところが相手は凄腕の騎士で、そして超級の魔法士だ。自分の常識に当てはまらない可能性だって大いにある。

 

そっと窓から顔を出して、覗いてみた。

 

一行はちょうど馬車に乗り込むところだった。踏み台に足をかける護衛の女の姿も見える。ただの思い過ごしだったようだ。

エーテルは心の底から安堵した。




この話は、
次話の前編にあたります ( ˙ө˙)



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