エーテルちゃんはひとりぼっち   作:菓子ノ靴

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chapter 4 - 3 辺境で暮らそう

夜の町を歩いて、二人は慎ましい住居に帰り着いた。

 

人通りが消え失せた夜半の町――男の子に背負われて――夜気のなかを行くのは、彼女にとっては冒険だ。だから、到着してしまったという、名残惜しい気持ちも少しはある。

建てつけの悪い扉を鳴らしながら中に入ると、エーテルはゆっくりベッドの上におろされる。勝手知ったるエミルがどこからか火打ち石を出してきて、蝋燭(ろうそく)に火をつけた。

 

「お酒はよく飲むの?」

「初めてよ。お酒って楽しいね」

「そっか」

 

しばし心地の良い静寂がおとずれる。エーテルは体を起こすと、足を床におろしてベッドに腰かけた。エミルが向かいの木箱に座っていた。

 

「エミル君と飲んだからかな?」

「ど……どうかな」

 

(ふふ、照れてる照れてる)

 

また短い静寂がやってくる。エミルは蝋燭(ろうそく)から顔を上げると、小さく首をかしげた。

 

「今日はもう寝るよね?」

「ええ、そうね」

「それを聞けて安心したよ」

 

わざとらしく、ふうと息をつくエミル。

 

「教会のことでしょ? あれはもういいの。今朝はああ言ったけど、あそこにアリシアがいたということは、私の考えが見透かされてるってことだから。行ってもどうせ捕まるわ。きっとこの場所だって、あいつはすぐに調べ出すでしょう」

 

エミルの驚いた顔が、蝋燭に照らされていた。

 

「……アリシアって、僕たちを引きとめた?」

「そう。私のお目付役なの」

 

ベッドに腰かけたエーテルと、木箱の上に座ったエミルの間の、蝋燭の火が、物言いたげにゆらめいた。深刻そうなエミルの顔が、照らし出されていた。言葉に詰まっているようだ。

そんな彼に告げることがある――告げないと先に進めないことが。これも計算のうちだと、自分に言いきかせながら、エーテルは深呼吸をした。

 

「エミル君。私はあなたといると楽しいみたい。だからさ……」

 

一拍の間をおく。これも演出だ。

 

 

「私のものになってよ」

 

 

「…………え?」

 

 

時間が止まったような顔をするエミルから、エーテルは居たたまれなくなって目を反らした。

だが次の言葉はぽつりと、彼の口から零れでていた。

 

「僕でよければ」

 

――またまた静寂がやってくる。嬉しくてこそばゆい、そんな静寂が。

 

にやけだす顔を必死に抑えて、冷静を装った。こういう時、プライドというのは邪魔で仕方がない。顔の火照りは、酒のせいだけじゃなさそうだ。

はにかみ笑いを浮かべたエミルが口を開く。

 

「……ねえ、これからどうするの?」

「このままどこか遠くへ行って、二人で暮らすの」

 

「……え?」

 

エミルの表情に影がさしたような気がした。

 

「し、心配しないで。私、魔法が使えるの! 魔物が出てもやっつけられるし、お金だって生活に困らないくらいは稼げるわ」

 

言葉が返ってこない。不安で胸が押しつぶされそうになる。

 

「ここにいたら私はいつか連れ戻される……。そうなる前に逃げないと駄目なの。エミル君がついてきてくれたら! 私は……」

 

向かいの暗闇のなかに、悲しげな彼の顔が浮かんでいた。

 

「ねえ、何か言ってよ……」

 

 

「ごめん……」

 

 

彼の声が、ぽつんと水滴のように聞こえた。

じわりと心に染みを作るみたいに言葉の意味が広がっていく。

 

「僕は、まだ修行中の身で……」

 

エミルはうつむいて、絞り出すような小声で、そう言った。

蝋燭の火がゆらめいた。

 

「そう、だよね……」

 

エーテルもうつむいて、消えてしまいそうな声で囁いた。

 

「私より、夢のほうが大事?」

 

言ってから、自己嫌悪した。

思いがけない言葉が出てしまった。

できることならば、エーテルは発言を取り消したかった。そうすれば、彼の返答を聞かなくて済んだのだから。

 

「……そうなのかもしれない」

 

その時、確かにエーテルのなかで何かが(せき)を切った。心の鎧が外れたのか、あるいはただの酔った勢いか。

 

「――うっ……ぅ……」

 

包帯にくるまれた手をベッドに叩きつける。

 

「うわぁぁぁぁぁぁん! エミル君のばかぁぁ!」

 

毛布をつかんでエミルに投げつけた。

 

「私のものになるって言ったのにっ! どうしてついてきてくれないのよおっ!」

「ごめん……」

「謝ったって許さないわっ! ばかっ!」

 

手近ににある物を片っ端からエミルに投げつけていく。幸い、怪我をさせるような物は何も置いていなかった。エミルが隣に腰かけてエーテルをなだめ始めると、怒りはむしろ増した。至近距離にいる彼を、これでもかとグーで叩く。

それでも彼は、我慢強く謝りつづけていた。

 

 

        ×        ×

 

 

蝋燭の火はいつのまにか消えていた。泣き疲れたエーテルは、ベッドで横になった。

 

「……後悔しても遅いんだから」

 

ふてくされてそう言った。

腕に巻いた包帯で目をこする。

 

「後悔……すると思う」

「なにそれ。エミル君のくせに……」

 

口を尖らせて壁側を向く。

 

そっと肩に毛布がかけられた。エーテルは投げやりになって目を閉じた。エミルがまた「ごめん…」と呟いたが、聞こえないふりをした。

ぱらぱらと降りはじめた夜雨が、薄っぺらい屋根を叩きだした。

どこかで犬の遠吠えが響いていた。




私と仕事どっちが?的な話でした。

つづく( ˙ө˙)


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