エーテルちゃんはひとりぼっち   作:菓子ノ靴

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だいぶ空きました。

前回までの流れはこうです。
エーテルが城を抜け出して、
エミルの家に転がり込んで、
エミルとイチャイチャして。
ひたすらイチャイチャして。(オマケになった)
さらにイチャイチャして。(没になった)
以上です。

今回でやっと少年少女がイチャイチャをやめて、町に繰り出してくれました。


chapter 4 - 2 誰よヒルダって

活気のある赤煉瓦の通りを、フードをかぶった男女が歩く。

 

男のほうは柔らかな褐色の肌と、日に焼けた金髪。どことなく居心地が悪そうだ。

女のほうは日に当たっていない白い肌と、茶色のボブカット。両側の商店をひとつひとつ見回している。

 

茶色のボブカットは、エーテルがエミルに用意するよう依頼していた物の一つで――かつらだ。

ゆるくカーブしたボリューミーな髪は、小さな顔の面積をより狭め、つぶらな眼をいつも以上に際立たせている。

 

「エ、エーテル様、くっつきすぎでは……」

「カモフラージュですよ」

 

まず間違いなく、この町にも多数の追っ手が放たれているだろう。

 

「私が男の子と歩いてるなんて、きっと誰も夢にも思いませんから」

「だとしても、こんな大通りを歩くのは危険じゃないですか? 情報を集めるだけなら何もこんな……」

「情報収集のことはいったん忘れましょう。あまり嗅ぎ回るとそれこそ危険ですもの」

 

魔王ディオリスについて情報を得ることが、今回の主目的だ。ただ手始めにエミルに聞いてみたところ、ディオリスに関することでエーテルの知らない情報というのは、意外にもほぼないということが分かった。書物から得られる範囲の知識なら、すでに有している。わざわざ危険を冒してまで他人に聞くことはない。

 

「当てはあるんです。そこへ行けば何か手がかりがあるかもしれません」

「なるほど。では急ぎましょう……この通りは人目につきますし、ここは迂回して……」

「わっ! 何かしらあれ!」

 

エーテルは目に留まった『ベリー飴』の店へと、エミルの手を引っぱって駆けだした。

 

「ああちょっと! 聞いてるんですか!」

 

エミルの呆れ声を無視して、エーテルは店主に話しかける。

 

「おいしそうな飴ですね!」

「へいらっしゃい。ベリー飴おいしいよ!」

「五つくださいな!」

「まいど!」

 

店主が串にささった紫色の飴を、袋に詰めはじめる。エーテルは振り返って、にこにこ顔でエミルを見た。エミルは溜息をつきながら財布を取りだした。

 

 

        ×        ×

 

 

通りに面した公園の噴水の縁にかけると、エーテルは一も二もなくベリー飴を取り出して、口に突っ込んだ。

 

ふあ(わあ)はふぁい(あまーい)!」

 

飴を口に入れたまま、こもった声をあげた。

噴水の外に投げだした足を、ぶらぶらと遊ばせる。残り四本の串が入った袋を大切に抱えていると、隣から視線を感じる。

 

「奔放ですね、エーテル姫は……」

 

エミルが呆れたようにこちらを眺めていた。エーテルは飴を口から抜いて、舌でぺろぺろと舐める食べ方に切り替えた。

 

「もしかしてエミル君、怒ってますか? 着替えを手伝わせたこと」

「え、そんなことは……そんなこと……は……」

 

エミルの顔がみるみる赤くなっていく。さっきのことを思い出してしまったのだろう。

 

「あはは、ごめんなさいっ。あれはやりすぎましたね」

「やっぱりからかってたんですか!?」

「それはもう。だって、ほら」

 

包帯でぐるぐる巻きの左手を、ぱっと表に返す。

 

「手……使えてますよね。それはさっきからちょっと気になってましたよ……」

「エミル君がかわいくて、つい」

 

悪びれもせず、エーテルはくすくす笑った。エミルが諦めたように肩を落としていた。

 

「エミル君も食べます?」

「いただきます……」

 

まあそれ僕が買ったんだけどね、という言葉を飲み込んだのだろうエミルに、エーテルは好奇のまなざしを向けて、

「はい、あーん」

 

「……じ、自分で食べれますよ!」

「さっきのお返しです。はい、あーん」

 

しぶしぶ口を開けたエミルに、ゆっくりとベリー飴を近づける。

――ぱくり。口を閉じたエミルはうなった。閉じる直前、飴は口の外へと飛び出していた。

 

「うえっ?」

「くふふっ」

 

手つかずのベリー飴を持って、エーテルは笑いをかみ殺していた。

 

「姫様っ、食べさせてくれないんでしゅ……むきゅっ」

 

今度は、ベリー飴をエミルの口に突っ込む。

 

ひょっほ(ちょっと)ふぁふぃふるんふぇふか(なにするんですか)!」

「くく……っ」

 

エーテルは笑いを(こら)えるので精一杯だった。

 

「まだ……ふふっ……まだまだありますからねっ、ベリー飴は。さあ、エミル君、あーん」

 

袋から飛び出ている三本の串を見せつける。

 

ふぉっ()!? ふふぃへふぉっ(無理ですよ)!?」

 

まるで命乞いでもするように首を振るエミルに、エーテルは次なるベリー飴を手にして、にじり寄る。

 

「ふふふふ……」

「んっ、んーっ!!」

 

「ふっふっふ!」

「んーっ!?」

 

(はた)から見れば、これも仲むつまじい恋人たちの光景なのだろうか。少なくともこの公園の景観から見れば、そうなのだろう。

 

 

        ×        ×

 

 

リハネスの外延部にある、ベルフォス教会。

 

エーテルとエミルは身を寄せ合って、細い路地の影から教会敷地の入口を窺う。道幅は広いが往来の少ない通りには、視界を遮るものが何もない。だからこうして隠れなければいけなかった。

――だがそもそもなぜ隠れるのか。その原因たるものが二人の目線の先にある。

教会正門の付近に、頑丈な体つきの男たちが群を成していた。服装は一般人のものだが、おそらく公爵家の兵士だ。

 

「姫様……あれって?」

「追っ手でしょうね」

 

エーテルは溜息交じりに答える。あの書物庫での一件以来抱えていた不安が、的中したようだ。彼らはエーテルを懲罰棒に長く閉じ込めはしたが、彼女がどの書物を盗み読んだのかまでは問いたださなかった。加えてアリシアとの一戦で書物の多くが消失したこともあり、真実は闇の中に葬られたものとエーテルは楽観していた。が、ここに見張りが置かれたということは、エーテルが史書を読んだことはやはり疑われていたのだ。

 

「……引き返したほうがいいのでは?」

 

耳もとの不安そうな声が、選択を迫る。

ここでもし見つかれば、彼らの疑いは確信に変わる。それだけは避けたいところだ。

 

聞かれるまでもない質問だった。

 

「一度引いて、夜にまた来ましょう」

「忍び込むんですか?」

「はい」

 

当然だろうとばかりに答えると、エミルは苦笑いを浮かべていた。

何だか、いろいろと諦めたような笑い方だった。

 

「そうと決まればデートの続きです、エミル君」

「デ、デート……」

 

エミルがうつむいて頬を赤らめる。ごにょごにょと何やら小声で呟きはじめる。

 

「ほら行きますよ?」

「あ、はい!」

 

エーテルは彼の手を取って、教会とは反対方向に歩きだした。教会を後にして市街の方へと歩いていこう――と、したが。

 

 

「そこで何をしているのですか?」

 

 

背中ごしに声をかけられる。

 

『ひゃあっ!?』

 

悲鳴が重なった。驚きのあまり、一瞬、呼吸の仕方を忘れる。体が動かない。そうも言っていられない。すぐに振り返って弁明をしないと、余計に怪しまれてしまう。できるだけ自然な動きで首をゆっくりと後ろに回す……。

 

二人を呼び止めたのは、銀づくめの女だった。銀色の髪。白銀の肌に、銀灰の瞳。そして銀製の騎士の正装……。

 

(アアッ、アリシアァァァッ!?)

 

最も遭いたくなかった女の登場は、唐突すぎた。なけなしの理性はいずこかへ消し飛んだ。

エーテルは即座に走りだしていた。本能の域からの判断であった。

 

「ぅえ!? ヒッ――」

 

同伴者から素っ頓狂な声が上がったが、無視して走る。手を繋いでいた彼も当然、走ることを強要されたのだ。説明は後ですればいい。今はとにかく逃げの一手だ。

そんな二人が走った距離は、彼女らが実感するよりもきっともっと短かっただろう。おそらく、それは数メートル単位の話だ。

着ていたローブの首根っこをつかまれ、走っていた勢いで首が絞まった。

 

『ぐぇっ!』

 

蛙の鳴き声のような悲鳴が上がる。これも二人同時だった。

げほげほと咳き込んでいると、申し訳なさそうにアリシアが話しかけてきた。

 

「怪我はないですか? 手荒な真似をしたことをお詫びします」

 

引っ張られた衝撃でフードが外れてしまった。顔を隠すわけにもいかず、エーテルは目を伏せた。

 

「何するんですか!」

 

エミルの抗議はもっともだった。

 

「申し訳ありません。逃げられるとつい捕まえたくなってしまって」

 

アリシアは眉をハの字にゆがめながら肩をすくめた。

 

(はた迷惑な習性ね!)

「僕たち、急いでいるので!」

 

どことなく芝居がかったエミルの剣幕を、アリシアは余裕の笑みで黙殺した。

 

「お伺いしたいことが一つあります。……今日、この近辺で、薄紫色の髪のかわいらしい少女を見ませんでしたか? 歳は十七で、背は少し高めです。細身で、顔立ちは非常に整っています。声は高めで、細いくせに胸だけは生意気にけっこうあって……」

 

アリシアの止めどない語りに、理解が追いつかず、エーテルはぽっかりと口が開いたままになった。ふとそれに思い至り、頭上に手を伸ばしてみる。すると、自分のものではない髪の、不自然な感触がある……。

 

(私の正体に気づいてないのかっ!!)

 

そういえば先ほどからずいぶんと他人行儀な物言いだ。

フードと一緒にカツラも取れたと思っていたが、そうではなかったようだ。まさに不幸中の幸いである。

 

「いえ、見てませんけど……」

 

エミルがおそるおそる答えると、アリシアはそうですかと頷いた。

 

「わかりました。では念のため、あなたがたのお名前を聞かせてもらえますか?」

「……名前?」

 

エミルの声が実に分かりやすく強張った。

パートナーの大根ぶりにエーテルは少しだけ苛立った。

 

「えっと、それは……」

「先ほどあなたは、ヒッ、と言いかけましたね? つまり、そちらのかわいいお嬢さんのお名前は、ヒから始まるということですね……」

 

うんうんと頷きながら語るアリシアは、この状況を楽しんでいるように見えた。

エミルが目配せをしてくる。先ほどの失言を謝りたいのだろうが、そういうことは後にしてもらいたい。アリシアは鋭い女だ。ここからの挙動には細心の注意を払うべきだろう。

 

「あるいは……そうですね……()()、とか?」

 

胸がドクンと波打つ。

 

「頭に〝ヒ〟がつく敬称ですか……うーん、思いつきませんねえ」

 

アリシアが顎に手をあて考え込むポーズをする。

 

「お嬢さんは心当たりがありますか? 頭に〝ヒ〟がつく敬称」

 

いきなり話を振られ、心臓が口から飛び出そうになった。声を聞かれたら正体がばれるかもしれなかった。だからといって、ここで無言を通すのも無理がある。頭が上手く回転しない。

 

「さあ、騎士様……私にもさっぱりですわ」

 

声を変えたつもりだった。

 

「私はヒルダといいます。彼はブレントです。お答えしましたのでこれで失礼いたしますね。行きましょう、ブレント」

 

「ああ、最後にもう一つだけ……ここで何をしていたのですか?」

「……男女が暗がりでしていたことを、聞くのは野暮ではありませんか?」

「なるほど」

 

アリシアは軽く頭を下げると、にっこりと笑った。

 

「お楽しみ中でしたか。お邪魔でしたね」

「ご理解いただけたようで何よりですわ。それでは。……行きましょう、ブレント」

「……あ……うんっ」

 

見れば、アリシアは人当たりの良さそうな笑みを浮かべている。どうやら見送る構えを取っているらしい。

――上手くごまかせた? もしそうなら奇跡的だ。自分を褒めてやりたかった。

だがこれ以上長引けば次の質問が来かねない。そうなればきっとボロが出るだろう。

 

エミル改めブレントの手を引きずって、エーテルもといヒルダは足早にその場から歩き去った。

両手の包帯をまったく隠せていなかったという失態には、後になって気がついた。

 

 

        ×        ×

 

 

表通りに構える『金のこぶた亭』は、名のある交易商や隣国の貴族ご用達の高級宿だ。四階建ての大きな建物で、一階部分のレストランは宿泊客以外でも利用できるようになっている。

屋内は広く、うす暗い。客の入り具合は、席と席の間に空席を挟むという具合であるが、席数を考慮すれば、なかなかの賑わいぶりだ。

 

そんな店内の壁際、奥まったところに置かれた二人がけの席にて、エミルと町娘に変装したエーテルは夕食を取っている。豚肉をトマトで煮込んだ料理を、至福の表情で口に運ぶエーテルと、ガラスのコップからちびちびとワインを飲むエミル……。

 

「おかわりをお持ちしました」

 

恰幅の良いウェイターが、空になった目の前のグラスに、どす赤い液体を注いだ。エーテルは待ってましたと、たった今ワインが注がれたコップに手を伸ばした。

 

あの後、教会から戻ったときは意気消沈としたものだったが、表通りに連なる店々によってエーテルの心はすぐに塗り替えられた。それからは追っ手のことなど忘れて、すっかり日が暮れるまで町を散策したわけだ。エミルの再三にわたる忠言を無視して。

 

「ヒルダ……飲みすぎだよ」

 

向かいの美青年が心配そうにこちらを見ている。テーブルには豚のトマト煮以外にも、パンやチーズやグリルが置かれている。そのほとんどに手をつけず、エミルはただただエーテルの方を見ていた。

 

「もうっ、何回も言ってるのに、どうして名前で呼んでくれないの?」

「だ、だからヒルダって……」

「エーテルっ! 私は、エーテルっ! 誰よヒルダって!」

「ちょっ……声大きいっって……」

 

エミルがきょろきょろと辺りを見回す間に、エーテルはワインをまた少し口に含んだ。

 

「だいじょーぶですよ。どうせ私のことなんて誰も知らないんだから」

「僕は知ってたよ?」

「……それはエミル君が変なだけ……」

「変って……」

「……どうせ悪い噂でしょ?」

「それは……」

 

二人がけの小さなテーブルに、沈黙が降りる。

とたんに周囲の話し声が大きくなる。だがその会話の内容までは聞こえてこない。この分だと、こちらの会話も聞かれる心配はなさそうだ。

 

「あのさ……」

「ねえ」

 

沈痛な空気に堪えきれなくなったエミルが何かを言おうとした時、エーテルは意図してそれを遮った。

 

「エミル君も、私のこと嫌い?」

 

酔いの力を借りないとできない質問だった。

 

「そんなことないよ」

――即答だった。

 

エミルのまなざしは真剣そのもので、まっすぐエーテルに向けられていた。

 

「そっか……ふふ……そっか……」

「……エーテル?」

「ねえ……。私、少し酔っちゃったわ」

「飲み過ぎだよ。そろそろ帰ろう」

「おんぶして」

 

エミルの肩ががくっと落ちた。それから満更でもなさそうな苦笑いが、持ち上がる。

 

「はいはい……仰せのままに、お姫様」

 

 




遅れました。
三週間も! 書くには書いてたんですが、
方向性で悩んでいて、
お見せできるものが仕上がらなくて……。

読者の方々も、だいぶ離れてしまったかと思います(^^;

待っていて下さった方がもしいたら、
申し訳ないことをしました(_ _);

でもおかげでストックが溜まりましたので、
次回の更新は近日中になるかと思います。

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