エーテルちゃんはひとりぼっち   作:菓子ノ靴

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prologue - 2 魔王、蹂躙する

正直のところ、勇者たちはこの予想外の対応に戸惑っていた。

 

事実上、魔王軍は崩壊したようなものだ。後を残すは魔王ただ一人。では、居直っているのでなければ、奴はなぜこうも悠長に構えていられる。定石を踏むのなら、このまま一斉に斬りかかるべきだ。しかし、胸の内に芽生えたわずかな疑念が、あと一歩踏み込むのを躊躇させていた。黒い巨躯がやおら玉座から立ち上がると、彼らの硬直は解ける。

 

「うおぉぉぉぉォォ!」

 

弾かれたように先陣を切ったのは、銀髪の青年リオンだ。

 

パルチザンを構えたセシルと、グレートソードを担いだフィオナが彼に続く。それに合わせてリリスは数歩下がって身構えると、首に提げたタリスマンを両手で包む。

そして祈るように瞑目する――。

 

大地の恵歌(ラヴァ・カンターレ)

 

前衛のリオンたちを、琥珀色の光が包む。精霊の加護による〈上位身体強化(ハイ・フィジカル・エンチャント)〉である。仲間の助勢を得たリオンたちは、勢いを増して階段を駆け上った。彼我の距離が縮まるに連れて、魔王の威容が相対的に大きくなる。しかし先ほど抱いた不安はもはやなかった。恐れることはない。現にこうして魔王軍を壊滅に追い込んだのは、紛れもなく自分たちなのだから。

後はただ、この手に託された力を振えばいい。打ち込めばいい。何も恐れることはない。

 

リオンの双剣が、凄まじい風の奔流を巻き起こしながら振り抜かれた。

その剣身に纏った風は、先ほどの扉を細切れにしたときの比ではない。

 

まだ階段を上りきってなかった二人が、勝ちどきを上げようとした、

――その時。

 

 

二人の間を、何かが通りすぎた。

 

 

「……え?」

 

どちらからともなく零れでた声……。

 

今のは何だ?

 

後ろを振り返って、確認する必要はない。

 

ついさっきまで視界に映っていたリオンの背中が、どこにもないからだ。

 

リオンが何をされたのかも、魔王の手つきを見れば分かった。

 

 

――でこぴん。

 

 

フィオナと、セシルは、全身が凍りついたようだった。

 

仲間の安否を確認しようとするが、後ろを振り返ることができない。

 

本能が、魔王から視線を外すことを拒んでいる。

 

冷たい汗が頬を流れる。

 

このなものには勝てない……。

 

 

漆黒の鎧は依然として動かない。なぜかかって来ないのかとでも問いたげに。

 

「まずいわね。強すぎる……」

「強すぎるわよ!! こんなの反則じゃ……ひい!?」

 

魔王に視線を向けられたフィオナは、怯えるあまりグレートソードを落とした。精霊の剣が――勇者の誇りが――空しい音を響かせながら階段の下まで滑り落ちる。

 

次いで視線を向けられたのはセシルだ。フィオナの失態を目にしていた彼女は、震える手でパルチザンを握りしめ、落とすことはなかったが、その代わりに股間に大きな染みを作った。

 

「そんな……そんな……。私たちは負けるのですか? 人間は滅びるのですか? ああぁ……大いなる元素の精霊よ、我らを救いたまえ……魔王は、魔王は強すぎました……!」

消え入りそうな声で祈るのは、リリスだ。

 

気を失ったリオンの体を強く抱きしめながら、リリスはついに敵前にもかかわらず、泣きじゃくり始めた。

 

 

――まだ何もしていないのにこれである。

 

魔王は〈魔王の一撃(デコピン)〉からの一連の出来事を、心底、理解しかねていた。

威圧したつもりなんて毛頭なかったのに。

 

 

 

――話はここで一旦終わる。

 

 

この物語の主人公は魔王だ。

 

この物語の主人公は、魔王だ。

 

 

これは、

 

魔王がどのようにして誕生したのか――

 

魔王はどうして人類を滅ぼそうとしたのか――

 

そんなちょっとした歴史のようなものを紐解いていく、

 

――そういう物語だ。




読んでくださり、
ありがとうございます ( _ _)

次話から本編です!

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