正直のところ、勇者たちはこの予想外の対応に戸惑っていた。
事実上、魔王軍は崩壊したようなものだ。後を残すは魔王ただ一人。では、居直っているのでなければ、奴はなぜこうも悠長に構えていられる。定石を踏むのなら、このまま一斉に斬りかかるべきだ。しかし、胸の内に芽生えたわずかな疑念が、あと一歩踏み込むのを躊躇させていた。黒い巨躯がやおら玉座から立ち上がると、彼らの硬直は解ける。
「うおぉぉぉぉォォ!」
弾かれたように先陣を切ったのは、銀髪の青年リオンだ。
パルチザンを構えたセシルと、グレートソードを担いだフィオナが彼に続く。それに合わせてリリスは数歩下がって身構えると、首に提げたタリスマンを両手で包む。
そして祈るように瞑目する――。
〈
前衛のリオンたちを、琥珀色の光が包む。精霊の加護による〈
後はただ、この手に託された力を振えばいい。打ち込めばいい。何も恐れることはない。
リオンの双剣が、凄まじい風の奔流を巻き起こしながら振り抜かれた。
その剣身に纏った風は、先ほどの扉を細切れにしたときの比ではない。
まだ階段を上りきってなかった二人が、勝ちどきを上げようとした、
――その時。
二人の間を、何かが通りすぎた。
「……え?」
どちらからともなく零れでた声……。
今のは何だ?
後ろを振り返って、確認する必要はない。
ついさっきまで視界に映っていたリオンの背中が、どこにもないからだ。
リオンが何をされたのかも、魔王の手つきを見れば分かった。
――でこぴん。
フィオナと、セシルは、全身が凍りついたようだった。
仲間の安否を確認しようとするが、後ろを振り返ることができない。
本能が、魔王から視線を外すことを拒んでいる。
冷たい汗が頬を流れる。
このなものには勝てない……。
漆黒の鎧は依然として動かない。なぜかかって来ないのかとでも問いたげに。
「まずいわね。強すぎる……」
「強すぎるわよ!! こんなの反則じゃ……ひい!?」
魔王に視線を向けられたフィオナは、怯えるあまりグレートソードを落とした。精霊の剣が――勇者の誇りが――空しい音を響かせながら階段の下まで滑り落ちる。
次いで視線を向けられたのはセシルだ。フィオナの失態を目にしていた彼女は、震える手でパルチザンを握りしめ、落とすことはなかったが、その代わりに股間に大きな染みを作った。
「そんな……そんな……。私たちは負けるのですか? 人間は滅びるのですか? ああぁ……大いなる元素の精霊よ、我らを救いたまえ……魔王は、魔王は強すぎました……!」
消え入りそうな声で祈るのは、リリスだ。
気を失ったリオンの体を強く抱きしめながら、リリスはついに敵前にもかかわらず、泣きじゃくり始めた。
――まだ何もしていないのにこれである。
魔王は〈
威圧したつもりなんて毛頭なかったのに。
――話はここで一旦終わる。
この物語の主人公は魔王だ。
この物語の主人公は、魔王だ。
これは、
魔王がどのようにして誕生したのか――
魔王はどうして人類を滅ぼそうとしたのか――
そんなちょっとした歴史のようなものを紐解いていく、
――そういう物語だ。
読んでくださり、
ありがとうございます ( _ _)
次話から本編です!