エーテルちゃんはひとりぼっち   作:菓子ノ靴

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本筋とは別の話です。
読み飛ばしていただいても問題ありません。


Extra story 酒場のウェミニア!

「エミルゥゥゥ!」

 

突然、名前を呼ばれて、はっと我に返る。

エミルは、机の下でこっそり眺めていた手紙を、握りつぶしてポケットにねじ込んだ。

 

「何ですか、おやっさん」

 

「何ですかじゃねえ! ぼーっとしやがってよぉ。話聞いてんのか、あぁん!? オヤジィィ! もう一杯くれぇぇい!」

 

デリックは、空になったジョッキを持ち上げる。無口な店主に代わって、店主の娘が快活に答えた。エミルの師匠はいつになく酔っぱらっていた。

 

「だぁからよぉ。この前、六国議会があったろぉ? そん時、ユスティヘル公爵様は王都に召集された! そこで! 王様の城を見てだな、その見事さに一目惚れしたってわけよ!」

 

肘をつきテーブルに乗り出したデリックが、声を張り上げる。騒音を理由に喧嘩を売られでもしたらどうしようと、エミルは気が気ではなかったが、周囲の話し声も似たようなものだ。もとよりここは、こういう男が集まる酒場なのだ。

 

「エミルよ……俺ぁ複雑だぜ。確かに、この依頼はやりごたえがある! だがな! 公王様は俺の仕事に惚れたんじゃねえ! どこのどいつか知らねえが、国王お抱えの彫刻師だか何だか知らねえが、俺の技のほうが上ってことを見せてやろうじゃねえかよ! 俺たちが代用品じゃねえってことを思い知らせてやろうぜ! なあ、エミ――ッて、おい聞いてんのか!?」

 

「……はぇ!? あ。はい、聞いてます!」

 

「お前よー……どうしちまったんだ? さっきから上の空でよぉ」

「き、気のせいですよ!」

 

向かいの席からデリックの顔がぐぐっと寄せられる。これ以上ないほど怪しまれている。

 

「ま、ならいいんだがよ……」

 

デリックは店主の娘が運んできたビールを受け取って、一口(あお)ると、エミルを睨みつけた。

 

「女か?」

 

「ぶっ!? ごふっ、ごふん! ごふん!」

「はっはっは! 分かりやすいな、お前は!」

 

弟子が苦しそうにしているのを見ながら、デリックは腹を抱えて笑う。

 

「あのなあ! 俺から言わせりゃ、お前は真面目すぎる! そりゃあ修行も大切だがな、俺がお前ぐらいの年の頃にゃあ野生そのものだったぞ!」

「ち、違いますよ……」

 

エミルは気恥ずかしさから、ビールを口いっぱいに含んだ。

 

「いいか! 男にはな、守るもんがなきゃ駄目だ! 守るもんがあるからこそ仕事に打ち込める! 仕事ってのは誰かを守るためにするもんだ。お前は何も分かっちゃいねえ。今のお前は仕事ばっか守ってやがる! 俺の経験上、それじゃ長続きしねえ。いつか空しくなっちまうんだ」

「は、はあ……」

「男はみな狩人だぜ。もたもたしてやがったら意中の女はすぐ横取りされちまう。いいか! もしテメェの手の届くところに気になる女がいるなら、迷わずつかみ取れ。ベッドがあったら押し倒せ! それができねえようなら男じゃねえ!」

 

デリックはビールを飲み干すと、テーブルにジョッキを叩きつけた。

 

「おいオヤジィィ! もう一杯くれぇぇぇい!」

 

店主は相変わらずの無口だ。返事をしたのは店主の娘だった。

エミルは説教の勢いに逆らえずできなかった問いを、今投げることにした。

 

「あの、おやっさん。どうして俺が、その……」

 

言いにくそうにしていると、デリックは歯をむき出して笑う。師匠がこの笑い方をする時は、大抵は気分が良い時だ。

 

「俺の目をごまかそうったって、そうはいかねえぞ。エミ坊!」

「エミ坊はよしてください……。けど、やっぱり気づかれてましたか」

「あたぼうよ! お前、あの()のことずっと見てたろ!?」

「う……。はい……」

「よし、決めた! いっちょ俺が言ってやろう!」

「や、やめてください!? 相手は――」

 

――この国の姫ですよ。そう言おうとしたが時すでに遅く、酔っ払いデリックは飛び上がらんばかりに席を立ち、親指を立てた。

 

「オヤジィ! あんたの娘、うちのエミ坊に嫁にやってくれんか!」

「はぁぁぁぁ!?」

 

師匠に負けず劣らずのジャンプで立ち上がったエミルに、デリックがまた親指を立てた。折しもビールを持ってやってきた店主の娘が、恥ずかしそうにうつむいていた。

 

(この酔いどれは一体何を勘違いしてるんだ!)

 

「ち、違っ、おやっさん!?」

「んだよ? 恥ずかしがることなんてねえぞ、エミ……」

 

「駄目だァァァァッ!!」

 

怒鳴り声が響いて、酒場が静まり返った。

 

常連客ですらほとんど聞いたことのない声が、突然、店内に響き渡ったのだ。滅多なことでは道を(ゆず)らない酔漢たちが、この時ばかりは歓談をやめた。

 

「小僧、お前なんぞにウェミニアはやらんぞ!」

「父さん……恥ずかしいからやめて」

 

店主は今にもつかみかかってきそうな勢いだったが、娘のウェミニアが押しとどめてくれていた。

 

「みなさん、お騒がせしてすみませんでした」

 

ウェミニアが頭を下げると、酔漢たちは口々に不平不満を垂れながらも、歓談に戻っていった。

 

「……お、おやっさん、本当にやめてください……」

「何だ何だ? 違ったのか? ぶわっはっはっは! すまんすまん!」

 

もはや怒る気力もなくなって、肩を落とした。ぼうっとしていると、たまたまウェミニアと目が合った。だが、恥らうようにそっぽを向かれて、エミルはいたたまれなくなった。こちらを鬼の形相で睨んでいる店主に、見ないふりを決め込むのも、かなりのストレスだ。

 

(この店にはもう来れないな……)

 

弟子の気も知らずに笑っている師匠を、恨めしく思う。それと同時に、今日の昼、()()()()()()()()()()()()()のことを、師匠が気づいていないことに、安堵した。

 

それは手紙と言えるようなものじゃないのかもしれない。

丸めた紙を、侍女たちに気づかれないよう、こっそりとエミルに投げ渡してきたのだ。

そこには、こう書かれていた。

 

『お友だちになってください』

 

そして、こう続く。

 

『私とお手紙の交換をしませんか?』

 

メッセージを受け取った瞬間、エミルは人生が止まったような気さえした。あんなに美しい姫が自分などに興味を持ってくれたなんて、にわかには信じられない。

だが、あのエーデルワイスのごとき微笑みは、確かにエミルに向けられていた。

 

それにこうも思う。

 

なぜ姫は、こんな回りくどい手段を取るのだ。侍女の目を盗むように手紙をよこしたのだ。

エミルの頭の中では、どうしてかエーテル姫と、物語に出てくる囚われの姫が、重なっていた。

 

(返事を書こう……)

 

昼間から悩み続けていた問題にようやく答えが出た。

本人としては、認めたくないところではあるが、デリックの言葉が背中を押してくれたのだ。

 

――手が届くところにいるのなら、手を伸ばせ、と。




ラブコメの予感! ( ˙ө˙)


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