エーテルちゃんはひとりぼっち   作:菓子ノ靴

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Chapter2
chapter 2 - 1 お先真っ白


西館の一階にある懲罰房(ちょうばつぼう)は、静寂に包まれていた。

 

採光窓から差しこむ月の明かりで、エーテルは本を読んでいる。

 

持ち込みを許された書物は数冊だけ。大切に読もうと思って今朝手に取った大長編の物語は、今やその手の中で終わりを迎えようとしている。

ちょうど、闇の帝王エルキドが自分の父だという事実を知った主人公がエルキドを悪のサイドに引きずり込んだ悪魔オズマンドとの最終決戦に臨んだところだ。この後の展開は、子どもの頃何度も読んだので、よく知っている。主人公にトドメを刺そうとしたオズマンドを、後ろからエルキドの魔剣が貫くのだ。オチはありきたりすぎて琴線に触れないが、壮大な世界設定がエーテルの好みだった。

 

あとがきまで読み終えると、裏表紙に両手をおいて一息ついた。

 

「ふう、最後まで読んでしまった……。もう夜だ」

 

満足げな溜息をついて、おもむろに前屈をする。体を二つ折りにすれば、読書の疲れがすっと和らいでいくようだった。体はどちらかと言えば柔軟なほうだ。

 

気持ちが良かったのでエーテルは、思いつく限りの柔軟体操を、片っ端からやってみることにした。

 

懲罰房に叩き込まれたのが昨日の夕方。自分のしたことを考えると、おそらく五日間はここから出られない。数冊しかない暇つぶしの本を、たったの二日で消費してしまったのは、愚かだと言わざるをえない。

 

股関節のストレッチをしながら、椅子に積まれた本を、横目で見上げる。昨日と今日で読了した六冊だ。……姿勢を変える。読み終えたばかりの最終巻を手に取り――腰を反らしながらその手を頭上に持ち上げると、そのままゆっくりと真後ろに下ろして――積まれた本の上に加えてやった。ポッキリ折れてしまいそうなほど反り返った腰は、本の運搬(うんぱん)を終えると元に戻っていった。

 

エーテル愛読の『七つの魔剣物語』は、クルトでは知らぬ者のいない文学作品だ。

 

(やっぱりいいなあ……)

 

王都では演劇化もされているらしい。

 

脚を百八十度開いたが、何も思いつかず、とりあえず前屈してみる。

一向に眠くならない。

 

考え事をして長時間過ごすのは嫌いじゃない。

上半身を床にべったりと付けたおかしなポーズのまま、昨日知ったことを整理してみる。

 

――不死王ディオリスは処刑後も生きていた。

 

――教会の地下拷問室に連行され、そこで殺された。

 

――そして死の間際、五大貴族への転生を誓った。

 

――三歳のエーテルは病に犯されて一度死に、(よみがえ)った

 

昨夜(ゆうべ)のうちに答えは出ている。

 

エーテルが家族から受けている、不自然なまでの冷たい仕打ち――その裏に隠された事実。

信じがたい話だったが、ここまで揃えば、あとは簡単なパズルを組み立てるだけだ。

体を起こし、脚を閉じる。

 

「ディオリスの生まれ変わり……私が……」

 

硬いベッドにそっと腰かけ、格子窓ごしの小さな夜空を見上げる。

 

あれが妄想日記じゃないのなら、エーテルは一度死んだのだ。

 

そして、生き返った。

 

次に起こることは容易に想像がつく。

ユスティヘル家の当主は、不死王ディオリスの復活を認識する。四百年前とは異なり、五人の高弟――五つの公爵家の仲は良好ではない。ディオリスが転生したことを知ったら、きっとここぞとばかりに結託し、ユスティヘルを貶めにかかる。

だからこそエーテルを城に閉じ込めることで、外に情報を漏らさないようにした。人並み以上の教育を受けさせたのも、他の貴族から怪しまれないよう外聞を気にしたに過ぎない。

 

ざっとこんなところか。

 

もしかしたら――エーテルは気づいてしまう――十一年前の事故も、原因は自分なのかもしれない。行楽に出かけた先で魔物の襲撃に遭ったと聞いているが……例えば、不死王の宿主である自分が、無意識のうちに魔物たちを引き寄せた――考えられる話だ。

 

「嫌われるのも無理ないな……」

 

そう考えるとエーテルの周りには〝死〟が多すぎる。

姉のアンデラは病気で死んだし、弟のライオネルも死んでいる。実の両親は魔物に喰われて死んだ。使用人も大勢死んだ。

 

もしもこれがエーテルの仕業だとするなら、疎まれても仕方がない。いや、殺されないのが不思議なくらいだ。

 

「フフ……」

 

思わず笑みがこぼれた。

 

寂寥(せきりょう)を紛らわすための笑みじゃない。

エーテルは、この状況を歓迎していた。これこそが、彼女がずっと待っていた変化だ。退屈な毎日から抜け出す、最初で最後の足掛かりだ。

 

硬いベッドの上に寝転ぶ。

 

ストレッチをしたせいで火照った体を、持て余すように、転がす。仰向けになったり、うつ伏せになったり、横向きになったり、シーツを引っ張ったりもした。

 

興奮で眠れそうにもない。

 

眠るつもりもなかった。

ここから出た後の計画を練らなければならないからだ。

 

目的はもちろん、不死王ディオリスについて、より多くを知ること。

 

――だが書物庫に入ることは恐らく不可能だ。一度侵入を許してしまった場所は、より厳重になると見て間違いない。あの日誌を途中までしか読めなかったのは痛かった。しかし仮に忍び込めたとして、益があるのかも不明だ。アリシアとの戦闘で、大部分の本は消失している。

 

ならば目指すは、城の外だ。

 

記録によれば、例の教会はここリハネスにある。

 

ひょっとしたら拷問部屋がまだ残っているかもしれない。残っていなかったとしても教会に行けば何か手掛かりがあるかもしれない。町に出ればディオリスに詳しい人から話を聞けるかもしれない。そんな「かもしれない」が城の外には溢れている。

 

どうにかして、城を出なければならない。

 

(でも、どうやって?)

 

城は全方位を高い塀に囲まれている。この塀は特殊な魔法道具(マジック・アイテム)を組み込んでいて、マナを検知すると、高圧電流が流れる仕組みになっている。

よって脱出の際に魔法は使えない。例の魔法道具(マジック・アイテム)があるせいで、逃亡した先での使用も問題外だ。

 

さらに加えて、今頃、使用人連中は監視体制の見直しを行っているだろう。つまり、ここを出た後の監視は、前よりもずっと厳しくなる。

 

どうやったら城から出られるのか?

その答えは――協力者を得る――この一言に尽きるだろう。

 

(馬鹿ね……誰が私に協力なんてするの?)

 

そう、その企ては現実的なようであり、そうではない。ことユスティヘル城において、彼女は貧乏神的な存在であり、いわば共通の敵だ。エーテル排斥の色に染まりきった使用人たちは、間違っても協力者にはなり得ない。

 

「……あ!」

 

一人だけ思い当たる人物がいた。

 

(あの()なら! まだ入ったばかりのあの()なら、味方になってくれるかもしれない)

 

演技だったとはいえ泣かせてしまった、あのメイド。

そばかす一つない肌と、気弱そうなまなざしが印象的な、あのメイドだ。元より、暴言の件は謝ろうと思っていた。それを機に仲良くなって、頼み事を聞いてくれるようになれば、脱走計画も現実味を帯びてくる。

 

人の好意を利用するようなやり方だが、仲良くなりたいのは本心だ。

 

「やることは決まったわ」

 

エーテルは、毛布を抱き込みながら転げ回る。みすぼらしいベッドが軋みを上げて、これ以上はしゃぐなと文句を言う。

 

これで、抱える問題は一つのみとなった。

快適な牢獄生活を送るためには必要不可欠な、本の、調達だ。

 

(明日、お願いしてみよう……)

 

エーテルにとっては切実な、問題だ

 




短い章でした ( ˙ө˙)

七つの魔剣物語。
書いてから思いました……スター・ウ〇ーズやん


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