エーテルちゃんはひとりぼっち   作:菓子ノ靴

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chapter 1 - 8 話を聞け!

世界樹神話や、大魔導士叙事詩などは一般教養の部類だが、公開処刑の記録は寡聞にして知らなかった。強く興味を引かれたのがこの後の、拷問室での一連の出来事。おそらくこれは公爵家のみぞ知る事実だろう。そして、ユスティヘル家史書の冒頭に記された彼女の死が意味するところは。

 

「まさか……」

 

だが、そう考えると納得できることが多い。

 

(なんか、大きな話になってきたな……)

 

とにかく続きを読まないことには何も分からない。静かに息を吐いてから、本を手に取った。中断した段落から、文字を視線で追っていく。

……その時、どこかから、コツンと床を鳴らす音が響いた。

 

エーテルは椅子から飛び上がって、すぐさま本を閉じた。

 

(誰……!?)

 

急いで本棚に本を返しにいく。慌てて、残りの三冊も取りに戻り、元あった位置に差し込んでいく。そのまま一番奥にある本棚の裏へと駆け込んで、うずくまる。

 

(どうして? 魔法は使ってないのに……)

 

首に提げたオーブを両手で包み、ライトを消す。息を殺して、物音に耳を澄ませるけど何も聞こえない。

水を打ったような静けさだ。

 

(……気のせい? ネズミならいてもおかしくないし、神経質になりすぎて聞き間違えた? かもしれない。魔法道具(マジック・アイテム)もなしに私を見つけられるとは思えないし……)

 

その小さな希望は、庫内全体に破砕音が鳴り響くことで、打ち砕かれた。

 

「わきゃあっ!?」

 

自分の口から出たのが信じられないくらい間抜けな悲鳴を上げて、エーテルは肩をびくつかせた。

 

何者かに扉が蹴破られたようだった。奥から微かな明かりが差している。

 

(どうしよう! どうしよう! どうしよう!)

 

最善の手は、やはりここでも実力行使か。理由は書斎の時とまったく同じ……だが、オーブを包む両手の震えが止まらない。悪い予感がする。この城に、エーテルを凌ぐ魔法士は……一人だけいる。

 

(ありえない! だってあいつは王都に向かった……いくらなんでも、ありえない!)

 

突如、明かりがついた。

庫内の闇が追い払われて、隅々まで照らし出される。備え付けの不朽魔法光(エターナル・ライト)はどこにもなかった。誰かが光魔法を使ったということだ。何者かの足音が庫内の中央――エーテルが座っていた机の前で止まる。心強かった暗闇がなくなり、エーテルはさらに体を丸めた。実力行使に出るなら、機を見て飛び出すべきだが……。

 

「姿をお見せください」

 

それは、今彼女が最も聞きたくない声だった。

 

(ああぁあぁぁ……! 王都に行ったんじゃなかったのおおっ!?)

 

靴の音が、だんだん大きくなる。

 

「それで隠れているおつもりですか?」

 

本棚の角から、ひょこっと銀髪の女が現れた。

 

「ひゃあっ!?」

お化けでも見たようなエーテルの悲鳴に、護衛の女――アリシア・アークは肩をすくめた。

 

ドレス風の鎧を身にまとい、長い銀色の髪を後ろでまとめている。胸も尻もない細い体は、しなやかに引き締まった騎士の体だ。少しかかった前髪の奥に、鋭い眼差しが宿る。

 

「……ア、アリシア! ど、どうしてここが分かったの……?」

 

「警戒していたからですよ」

 

「……ちゃんと答えて」

 

場違いなほど取り澄ました物言いに、エーテルは苛立つ。

 

「失礼いたしました。私は、主より、ここへは姫を近づけないように厳命されておりました。そこで私の得意とする無属性魔法に、センサーの働きをする魔法がありますので、それを扉に張っておきました」

 

(そういうことか……。あの時、お義父様(とうさま)と話していた相手はこいつだ……)

 

「……王都に向かったんじゃなかったの?」

「急ぎ戻ってまいりました」

「走ってきたの? 人間のすることじゃないわね。この化け物」

「恐れながら、姫もその素養をお持ちですよ。まだ成長の途上ではありますが、鍛錬次第では私を超えるかもしれません」

 

アリシアの口調は徐々に険を帯びていく。

 

「……ところで先ほど、姫は、私を魔法で眠らせて逃げようとお考えでしたね」

 

小さく舌打ちする。この女にはすべてお見通しのようだ。

 

「ちょうどいいので、私が直々に()()()()を受け持ちましょう」

 

エーテルは目をぱちくりさせた。この女は一体何を言ってるんだ? 何でそうなるんだ?

 

「あー、そういうのいいから。私がこの部屋にいたことは今さら隠せないし」

そもそも、アリシアを眠らせるなんてできっこない。

 

「怖いのですか?」

 

「……は? よく聞こえなかったけど?」

苛立ちを隠せなかった。

 

「私と戦うのがそんなに怖いのかと、お聞きしました。臆病な、お姫様」

 

(何だとおおっ!? むかつく! あぁー、むかつくうう!!)

 

涼しい顔をした目の前の女を、これでもかと睨みつける。ここまでばっちり顔を見られてしまったら強行突破にメリットなどない。どのみち罰を受けるしかないのなら、大人しく投降するべきだ。

だけど理屈の上で分かっていても、これは感情の問題だ。

 

「そっちがその気なら! 怪我しても知らないわよ!」

「こちらからは手加減いたしますので、どうぞご安心を」

 

(くそっ……見下されてる!)

 

アリシアは強い。全属性・略式詠唱を使いこなし、おまけに騎士としても一流。

だがそれはエーテルとて同じことだ。全属性において最上位魔法を習得しているし、いくつかの属性ではアリシアさえも凌いでいる。

 

「相変わらず尊大ね。そんなに自分が強いと思ってるの?」

「先ほど申し上げた通り、これは授業ですよ、姫。生徒は先生には勝てません」

「……あぁ……もぅ……ほんっとに嫌い!」

 

手をかざし、詠唱する。

 

――〈火炎槍(フレイム・ランス)

 

手から火の渦が起こると一瞬で庫内の空気を呑み込み、巨大な炎の槍になって射出される。火属性・最上位魔法の、略式詠唱だ。アリシアならこの程度、軽く回避してのけるだろうが、エーテルの狙いは書物だ。焼き払ってしまえば残るのは灰だけ。何を読んでいたのかと後で聞かれても、適当なことを言ってごまかせる。

 

そう期待して放った炎魔法だったが、アリシアに当たる寸前で、文字通り()()していた。

 

(はあっ!?)

 

制止した炎の槍はゆっくりと弱々しくなって、数秒後には影も形もなくなっていた。

 

「何したのよ!」

「ふふ、質問ですか? 授業らしくなってきましたね」

「いいから答えろよっ!!」

 

怒声を浴びせられると、アリシアは困ったような笑みを浮かべた。

 

「姫、言葉遣いがなっていませんよ」

「お前がっ――」

「いいでしょう、いいでしょう。お答えしましょう。お勉強の時間です、エーテル姫――。そもそも魔法とは何ですか?」

 

アリシアはまるで人類の命題にでも取りかかるような大仰な素振りで、両手を広げた。実に活き活きとしている。緊張感はカケラも持ち合わせてないのに、まるで隙を見せていないのがまた恐ろしい。何をされても対応しそうだ。

 

「魔法とは、体内のマナが〝儀式〟を触媒として、事象に干渉し、生じる現象です。魔法は、固有魔法と汎用魔法に大別され、儀式も、主となるのは二種類しかありません。固有魔法は()()()を、汎用魔法は()()を、それぞれ〝儀式〟として――すなわちマナの触媒として――(もち)います……。……おや? 言われなくても知っている、というお顔ですね」

 

まるで歳の離れた妹をからかっているような喋り方だ。アリシアは意図していないだろうが、緊迫した状況に相応しくない口調は、エーテルをこの上なく不快にさせていた。

 

「えぇそうね。どうでもいいことを長ったらしく語られて、他にどんな顔しろって言うの?」

「基礎をより深く知るのは大切なことですよ。――姫は、実戦経験はおありですか?」

「あるわけないでしょ……。城の外にも出たことないのに。嫌味?」

「とんでもございません。では、ここで積んでおきましょう――〈風砕(ブラスト)〉」

 

「……え」

 

アリシアは魔法を詠唱していた。

 

うねり狂う風の龍が、大量の(ほこり)と本を巻き上げながら迫り来る。

 

「――きゃああああ!?」

 

体をひねって紙一重のところで難を逃れた。将棋倒しになった本棚を見て、一瞬でもそこへ飛び込もうと考えていたことに寒気がした。

 

「な……、な……っ!?」

 

「実戦訓練ですので、無論、こちらからも攻撃しますよ?〈火炎弾(ファイヤ・ボール)〉」

 

平気な顔で二撃目を放つアリシア。あまりの容赦なさに憮然としかけたエーテルだったが、やられっぱなしは柄ではない。

 

「〈大水(フラッド)〉!」

 

爆音とともに撃ち出された火球と、水の激流がぶつかる。

火は跡形もなく飲み込まれ、水は勢いそのまま目標(アリシア)をめがけ突き進む。

 

迫り来る激流を、アリシアは鮮やかなステップで横にかわして――

「〈電撃(スタン)〉」

 

相手の詠唱が聞こえた時、しまった、とエーテルは心の中で叫んだ。

アリシアが唱えた呪文は低位の――空中に電気力線を作らず導体に伝わせて敵を感電させる――雷魔法だ。本来は至近距離でしか使えない魔法だが、アリシアとエーテルの間には、瞬間的に水の道が出来ている。まさにおあつらえ向きの導体と言える。電気が物を伝わる速度は言うまでもなく、発動された瞬間に勝敗は決する。

 

エーテルはとっさの判断で後方に飛びのき、流水から距離をとっていた。一瞬でも遅れていたら感電していただろう。

行き場をなくした電気が、最後の悪あがきで手を伸ばそうとするが、これなら容易に対処できる。

 

土人形の盾(ゴーレム・オブ・プロテクション)

 

板張り床を突き破って、大きな岩の手がせり上がる。土人形(ゴーレム)の手は、飛んできた静電気をコバエのごとく握りつぶすと、その形のまま動かなくなった。

 

土人形(ゴーレム)の握り拳の向こう側から、ぱちぱちと手が鳴った。

 

「お見事です。正直、今のを回避されるとは思いませんでした」

「あっそ! ……気は済んだかしら!」

「いいえ、まだです」

「はあっ!?」

 

両者の間にそびえ立つ土人形(ゴーレム)の手が、斜めに切り落とされた。

 

開けた視界の向こうには、抜き身のロングソードに両手を添えるアリシアがいた。絶句するエーテルを無視して剣をしまうと、アリシアはおもむろに近づいてくる。

 

「魔法には……大きく分けて八つの属性があります。火、風、水、雷、土、無、光、闇……」

 

語りながらも歩みを止めないアリシアから、言い知れない恐怖を感じた――その時、目の前からアリシアが消えた。そして次の瞬間、全身を叩きつける凄まじい風を受けて、エーテルは慌てて横に飛んだ。

――自分がいた場所に、拳を振り抜いた恰好でアリシアが立っていた。

 

「――ご存じのように、各属性には弱点があります」

「殺すつもりっ!?」

「ゆえに同格の魔法士同士であれば、大抵は後出しした方が有利になります」

「おい無視するなっ……うあっ!?」

 

頭上に飛んできた椅子をかがんで()ける。アリシアが蹴り上げたものだ。

 

「いい加減にしてよ! こんなの当たったら痛いじゃ済まないのよ!?」

「――つまるところ実戦において、火、風、水、雷、土……光と闇は言うまでもありませんが……これらの属性魔法は、少々頼りないのです」

「あぁぁあぁもう! だからっ! 話聞けっ、この年増!!」

 

「…………」

 

一瞬、ほんの一瞬だけ、場の空気とアリシアの笑顔が凍り付いたように感じた。しかし何事もなかったように、授業は続けられる。

 

「対応力、殺傷力、即効性、いずれにおいても優れているのは()()()であり――」

 

またもアリシアの姿を見失う。

 

(……くそっ!)

 

先ほどと同じ要領で、だが今度は極力最小限の動きで、攻撃をかわす。しかし、アリシアの攻撃はそこで終わらなかった。流れるようなコンビネーションで次から次へと攻撃を加えてくる。ハイキックが鼻先をかすめ、パンチがあばら骨にかする。タックルを両腕で防ぐ。

反撃する余裕なんてまったくない。

 

「また、固有魔法と、汎用魔法では――」

 

こともあろうに、アリシアは攻撃を加えながら説明を続けるつもりらしい。落ち着いた口ぶりは、猛攻による息切れをまるで感じさせない。

 

「――固有魔法が、より実戦向きと言えます。汎用魔法は、発動に呪文の詠唱を要しますので、例えば今の貴女(あなた)のように、詠唱のタイミングがつかめないと話になりません。対する固有魔法は、魔法陣にマナを流し込むだけ……たったそれだけで魔法が使えます――――隙あり!」

 

エーテルの下腹部に掌底が叩きこまれた。

 

「あっ……くうっ!? うぅぅぅ…………」

 

腹を襲った鈍い痛みに耐えかね、エーテルはよたよたと数歩さがった。

 

「遅くなりましたが、ご質問にお答えしましょう。貴女(あなた)の最初の魔法を止めたのも――私の格闘術も――どちらも無属性の固有魔法によるものですよ。タネ明かしをすると、この鎧の内側に、魔法陣が仕込まれているのです」

 

そう言うと、アリシアは自分の装備を見やすくするように手を広げた。

 

エーテルは涙の滲んだ目でそれを睨みつける。

 

「……卑怯者」

「心外です。姫……私はただ、貴女(あなた)に知ってもらいたかったのです」

 

苦笑いのアリシアは肩をすくめて、おもむろに自分のスカートを千切りだした。縦に裂くのではなく、裾だけを器用に千切り取って、手ぬぐいのようにする。

 

その行動の意味は理解できないが、不穏な気配が漂っている。迫り来るアリシアの一歩に合わせて、エーテルの足も後ずさる。一歩、また一歩、ついには壁を背にしてしまう。アリシアの手には、三切の手ぬぐいが握られている。

 

「フフフフ……」

 

「……な、何? 何っ? 来ないでっ。ちょ、来ないで! お、お義父(とう)(さま)に言いつけるわよ! 何がしたいのよっ!? 来なぃ――きゃあああっ!?」

 




次回、おしおき編( ˙ө˙


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