おとボク2 オリ主   作:まーりゃん000

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第2話

「クリス・グランセリウスです。……よろしくお願いします」

 

 結局、クリスは誰にも話しかけられないまま、始業式までを終えた。

 始業式後のホームルームでクラス委員の選出などが行われた後、先生が自己紹介の時間をくれた。

 しかし気の利いた自己紹介が思いつかず、そんな簡素なものになってしまう。

 

 短い挨拶を済ませ席に戻るクリスを、生徒の視線が追いかける。

 特に気にしていなかったクリスだが、ふとその中の1人と目があった。

 長い黒髪の少女。朝、トイレですれ違った女の子だった。

 気付かなかったが、どうやら同じクラスだったようだ。

 少し嬉しくなって、にこり、とクリスが微笑むと、少女は何故か少し顔を赤らめた。

 その反応に首をかしげつつも、席に座れば、先生がホームルームの終了を知らせる。

 

「起立、礼」

 

 ありがとうございました、と、生徒たちが声を揃えて礼をし、先生は教室から出ていく。

 残された生徒たちは、友人同士でお喋りをしながら、下校の準備をする。

 クリスも帰ろうと、鞄を手に取った。 

 

「あのさ。ちょっといいかな」

 

 だが、その時傍から聞こえてきた声に、どきり、とする。

 鞄を机の上に置いて振り返れば、先ほど目があった少女がいた。

 

「貴女は……」

「朝も会ったよね。あたしは七々原薫子。クラスメイト同士、よろしくね」

 

 薫子と名乗った少女は、手を差し出して握手を求めた。

 クリスは立ち上がり、差し出された手を握ろうとして、ふと感触で男だと知られないだろうか、と自分の手に目を落とす。

 シミひとつ無く、綺麗な手。ほっそりとした、とまでは言わないものの、男性らしさを感じさせない指。爪も丁寧に手入れしてある。

 

 何の心配もいらないことに、複雑な気持ちになった。

 

「……あの、どうかしたの?」

 

 いぶかしげな声に視線を上げれば、薫子と名乗った少女が困ったような顔をしていた。

 クリスは慌てて手を握り、軽く振る。

 

「いえ、なんでもありません。よろしくお願いします。……薫子と呼んでも?」

「へ? あ、うん。構わないよ」

「……どうかしたのですか?」

 

 どこか戸惑ったような薫子に、クリスはそう尋ねた。

 

「いや、ここだとあまり呼び捨てにされることはあまり無かったから。少し驚いたかな」

「差し支えあるようでしたら、薫子さん、とお呼びしますが」

「あたしは構わないよ。でも他の人にはそうした方が良いかもしれないね」

「そうですか? それではそうします。……ところで薫子」

「なに?」

「普段通り話してもらえませんか?」

 

 それを聞いた薫子は少し驚いて、どこか恥ずかしそうにする。

 

「なんで分かったの?」

「なんとなく、ですかね。私が持った薫子のイメージと合わなかったので」

「そっかあ……やっぱりあたしはお嬢様ってイメージじゃないよね」

「そうですね。薫子はもっと自由で、強いイメージです」

「そ、そう……?」

 

 クリスの言葉を聞いて、薫子は落ち込む。

 別段、悪い意味で言ったつもりは無かったのだけれども、薫子はそうは受け取らなかったようだ。

 

「もしかして気にしていますか?」

「ん……まあでも、あたしってガサツだしね。自分でも似合わないとは思ってるよ」

 

 薫子は明るくそう言うが、やはり気にしているようだ。

 そんな姿を見て、クリスは言葉を重ねる。

 

「……確かに私は、薫子にお嬢様というイメージはあまり合わないと思います」

「うっ……クリスさん、ちょっとひどい……」

「失礼。ですが薫子。そんな貴女だから、臆せず私に声をかけてくれた」

「え?」

「それは貴女の魅力です。そんな貴女を、私は好ましいと思います」

 

 そう言ってクリスは、薫子に微笑む。

 

「そう、かな?」

「そうです」

「うん、そっか。ありがとね! クリスさん」

 

 多少は気持ちが軽くなったのか、薫子は満面の笑みを浮かべる。

 少し口を開いて笑う様は、お嬢様らしくは無かったが、とても魅力的だった。

 

「そういう風に笑った薫子は、とても可愛らしいですね」

「え? も、もう! からかわないでよクリスさん」

「からかってなどいません。それと、クリスで構いませんよ」

「そ、そう。じゃあ、クリス。来たばかりだし、教室とか分からないようだったら案内しようか?」

「それは有り難いです。……ああ、でももう迎えが来ますね」

 

 車がそろそろ来る時間だ、ということに気付いて、クリスは少し悩む。

 連絡すれば帰りを延ばすことはできるが、それは少し申し訳ない。

 それに、明日にはケイリも入学してくる。案内してもらうなら、ケイリと一緒の方が良いかもしれない。

 

「実は明日、妹が入学してくるのですが、その時に一緒にお願いできませんか?」

「へぇ、クリスって妹がいるんだ。じゃあきっと美人なんだろうね」

「そう言われると肯定しづらいものがありますが……そうですね、可愛い妹です」

 

 かなり変わったところはあるけれど。

 きっとケイリと会ったら薫子は驚くだろう、と、そんなことを思って、クリスはくすり、と笑った。

 

「じゃあ、また明日ね」

「ええ、また明日」

 

 

 

 

 

 

 

 

「変わった人だったね」

 

 教室から出ていくクリスを見送った薫子に、茉清が声をかけてくる。

 

「うん。でも良い人だよ、たぶん」

「そうだろうね。なにせ、話しかけるなりいきなり落ち込んだ薫子さんを、慰めてくれたんだから」

「う……」

 

 先ほど、お嬢様らしくないと言われて凹んだ事を思い出し、恥ずかしくなる。

 随分と率直な言葉だったが、不思議と不快では無く、むしろ小気味良ささえ感じた。

 とはいえ、乙女心に少々傷つく言葉ではあった。きっと、悪気は無いのだろうが。

 

 そんなことを考えて、クリスが言った慰めの言葉を思い出す。

 いや、あれも慰めというわけではなく、本心なのだろう。

 随分と恥ずかしい台詞だったと薫子は思ったが、嬉しかったのも確かだ。

 やりとりを思い出すうちに、ふと、可愛らしいと言われたことまで思い出して、薫子は顔を赤らめた。

 

「それはともかく。どうだった? 話してみて」

「うん……なんか、凛々しい感じの人だったね。愛想の良い茉清さんみたいな感じかな」

「悪かったね、愛想が無くて」

 

 茉清のその言葉に、薫子は自分の言葉の拙さに気付く。

 

「うわっ、ごめん! 別にそんなつもりじゃなくて!」

「いいわ、分かっているから。……それにしても私、ね。私はむしろ、薫子さんに似ているんじゃないかと思ったけれど」

「あ、あたしに? そんなこと無いと思うけどなあ。あたしなんかよりよっぽど美人だし」

「……それは主観によるんじゃないかな。私にはクリスさんも、騎士みたいに見えたから」

 

 そんな茉清の言葉に、薫子は思わず納得する。

 堂々とした態度に、お嬢様らしくは無いが品を感じさせる丁寧な言葉使い。

 切れ長の瞳は鋭い印象を、ポニーテイルにされた髪は躍動的な印象を与える。

 なるほど、騎士というのは、かなり似合っているかもしれない。

 

「まあ、それはさておき。薫子さんは寮で昼食を取るんだろう。時間は大丈夫なの?」

「え? うわ、そろそろ時間だ!」

「そう。私は食堂で食べていくから」

「あ、うん。じゃあまたね、茉清さん」

「ご機嫌よう、薫子さん」

 

 今日は生徒会長である由佳里と、役員の初音は、明日の入学式や対面式の準備でいないので、昼食を寮で取るのは薫子と、そして奏だけだ。

 お姉さまを待たせまい、と思った薫子は、足早に教室を出て行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校から帰ってきたクリスは、自室で一息ついていた。

 女性ばかりの中で女性を演じるというのは、普段以上に精神を削るものだったらしい。 

 アロマウォーマーから漂う、ローズウッドの優しい香りがクリスの疲れた心を癒してくれる。

 ロッキングチェアに揺られながらまどろんでいたクリスだったが、扉をノックする音がクリスを引き戻す。

 

「兄さん。いいですか?」

「ケイリ……? どうぞ」

 

 まだ眠気が取れない声で返事をすれば、扉を開いてケイリが入ってきた。

 

「またシエスタ? 兄さんは本当に好きだね」

「それはまた、今更なことを。それで、ケイリ。何か用でも?」

「ええ、まあ……少し、ね」

 

 ケイリにしては珍しく、はっきりとしない返事だった。

 顔をほんのりと赤らめて、落ちつかなそうに、手で髪をかきあげる。

 

「学校はどうだったかな? と思って」

 

 それを聞いて、ああ、とクリスは納得した。

 どうやらケイリは、クリスの予想以上に学校を楽しみにしているらしい。

 

「授業が始まったわけではないから、何とも言い難いけれど……とても可愛らしい人と出会えた」

「おや。兄さんがそういうことを言うとは……珍しいね」

 

 ケイリのその言葉に、そうかもしれない、とクリスは思った。

 可愛らしい、などと素面で言えるような性格ではなかったはずなのだが、薫子には自然と言っていた。

 あれは薫子があまりに可愛らしかったせいだろうか、と思ったが、あまり考えてはいけない気がして、誤魔化す。

 

「なにせ、今日の収穫はそれくらいだったから。外国人だからか、皆遠巻きに見つめるばかりで、話しかけてきたのは薫子だけ」

「薫子。その人が兄さんの言う可愛らしい人?」

「そう。お嬢様らしくないことを気にしている、とても女の子らしい人。見た目は凛々しいけどね」

 

 背が高さや切れ長の目が凛々しい印象を与えるのだろうが、クリスとしては少し困った顔や落ち込んだ顔が可愛らしく、薫子の本質が表れていたように思う。

 

「随分とご執心だね、兄さん」

 

 薫子のことを思い出して、くすりと笑うクリスを見て、ケイリはそう言う。

 

「会えば分かるよ。明日、その薫子が校舎を案内してくれるそうだから」

「それは、とても楽しみだね」

 

 そう言って、ケイリは愉快そうに笑い、それに釣られてクリスも笑顔になる。

 

 これから色々な出会いがあるだろう。

 願わくば、どうか幸せで楽しい毎日を。

 

「本当に、楽しみだね」

 

 

 


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