とりあえず言いたいことは一年間感動をありがとうということだけを。
書き出したクロスオーバーものの仮面ライダークロニクルも進めつつ、この作品も書いていけたらと思います。
ああ、神や九条先生の出番を早く……早く!
では、どうぞ。
白夜叉とのゲームを終えて、五人は半刻ほど歩いた後、"ノーネーム"の居住区画の門前に着いた。門を見上げると、旗が掲げてあった名残のようなものが見える。
「この中が我々のコミュニティでございます。しかし本拠の館は入口から更に歩かねばならないので御容赦ください。この近辺はまだ戦いの名残がありますので………」
「丁度いい。これから戦ってく相手がどの程度なのか見ときたいな」
「その通りよ。箱庭最悪の天災が残した傷跡、見せてもらおうかしら」
先ほどの一件から、飛鳥の機嫌は悪い。プライドの高い彼女にしてみれば、虫のように見下されたという事実が気に食わなかったのだろう。
黒ウサギは躊躇いながらも門を開ける。すると門の向こうから乾っきった風が吹き抜ける。
砂塵が舞い、四人は顔を庇う。視界には、一面の廃墟が広がっていた。
「っ、これは………!?」
街並みに刻まれた傷跡を見た飛鳥と耀は息を呑む。十六夜はスッと目を細め、木造の廃墟に歩み寄り囲いの残骸を手にとる。
少し握ると、木材は乾いた音と共に崩れていった。
「………おい、黒ウサギ。魔王のギフトゲームがあったのは――今から何百年前の話だ?」
「僅か三年前でございます」
「ハッ、そりゃ面白いな。いやマジで面白いぞ。この風化しきった街並みが三年前だと?」
十六夜の言う通り"ノーネーム"のコミュニティはまるで何百年という時間経過で滅んだように崩れ去っていた。とてもではないが三年前まで人が住み賑わっていたとは思えない有様だった。
「………断言するぜ。どんな力がぶつかっても、こんな壊れ方はあり得ない。この木造の崩れ方なんて、膨大な時間をかけて自然崩壊したようにしか見えない」
十六夜はあり得ないと結論付けながらも、目の前の廃墟に心地いい冷や汗を流している。
飛鳥と耀も廃墟を見て複雑そうに感想を述べた。
「ベランダのテーブルにティーセットがそのまま出ているわ。これじゃまるで、生活していた人間がふと消えたみたいじゃない」
「………生き物の気配が全くない。整備されなくなった人家なのに獣がやってこないなんて」
二人の感想は十六夜の声よりも遥かに重い。
「人の生きていた痕跡……こんなにも簡単に、人の命を奪っていいはずがない」
(これは俺たちにもできることじゃない。相当のバカがやったんだろうな……命の本当の意味を理解してない奴が!)
静かに、そして激しく怒りを募らせる永夢とパラド。
こんな有様は、彼らの世界ですら見たことがない。見たことはないが、それでも確かにわかることはある。
こんなことをするのは、自分たちの世界でも好き勝手にしてくれたパンデミックをもたらしたラスボスとそう変わらない相手であろうことが。
程度の差はあれ、彼と思考回路の似通っている人物だろうと。
(永夢、わかってるよな。俺の言いたいこと)
(わかってるさ。いま僕らがどれだけ怒っても、悲しんだところで過去は変えられない。だから僕たちは、残った人たちの笑顔を守らないと)
(だいじょうぶそうだな。なら行きますか。宝生先生)
(先生だなんて。僕はまだ、自分のなるべき答えを探してる研修医だよ)
思い浮かぶのは、最終決戦の少し前。
再び集まった仲間たちの間でおこなわれた問答。
(ああ、レーザーたちに問われたあれの答えか。まだ見つからないのか?)
(大事なことだからね。あのときの問いに答えられるようになって初めて、僕は一人前のドクターになれるんだと思う)
永夢とパラドが話し合っている中、黒ウサギたちは廃墟から目を逸らし街路を進む。
「………魔王とのゲームはそれほどの未知の戦いだったのでござます。彼らがこの土地を取り上げなかったのは魔王としての力の誇示と、一種の見せしめでしょう。彼らは力を持つ人間が現れると遊び心でゲームを挑み、二度と逆らえないよう屈服させます。僅かに残った仲間達もみんな心を折られ………コミュニティから、箱庭から去って行きました」
黒ウサギは感情を殺した瞳で風化した街を進む。飛鳥も、耀も、複雑な表情で続く。
しかし十六夜だけは瞳を爛々と輝かせ、不敵に笑っていた。
「魔王――か。ハッ、いいぜいいぜいいなオイ。想像以上に面白そうじゃねえか………!」
面白そう。
まるで戦うことを望み、力を振るうことを楽しいと言わんばかりの十六夜の言葉に永夢はかすかな反応を示した。
僅かに大きくなる鼓動。
永夢には十六夜の姿が危うく見えてしまうのはなぜだろうか。
言葉にも、理解もできない感情が永夢を揺さぶるが、それを無理やり押さえ込み、黒ウサギたちの後に続いた。
五人と一匹が廃墟を抜けると、徐々に外観が整った空き家が立ち並ぶ場所に出た。五人は水樹の苗を貯水池に設置するのを見に行く。そこには先客がいた。
「あ、みなさん! 水路と貯水池の準備は調っています!」
「ご苦労様ですジン坊ちゃん♪ 皆も掃除を手伝っていましたか?」
黒ウサギへと子供達が騒ぎながら群がっていく。
近くに掃除道具があるのを見る限り、真面目に掃除をしていたのだろう。
「黒ウサのねーりゃんお帰り!」
「眠たいけど掃除手伝ったよ!」
「ねえねえ、新しい人達って誰!?」
「強いの!? カッコいい!?」
「YES! とても強くて可愛い人達ですよ! 皆に紹介するから一列に並んでくださいね」
一人面白い姿になる人もいますが……とは心の中でだけ付け足し、パチン、と黒ウサギが指を鳴らす。すると子供達は一糸乱れぬ動きで横一列に並ぶ。
数は二十人前後だろう。中には猫耳や狐耳の少年少女もいた。
(マジでガキばっかりだな。半分は人間以外のガキか?)
(じ、実際に目の前にすると想像以上に多いわ。これで六分の一ですって?)
(………。私、子供嫌いなのに大丈夫かなあ)
(こどもばっかりだね。でも、みんな元気そうだ)
(状況は聞いていた通りだが、そこで暮らす奴らは笑顔を忘れてないわけか。いいじゃないか)
五人は各々の感想を心の中で抱く。
永夢とパラドは互いに意見を述べながら話しているのでどちらかというと彼らで一人ではあるのだが。
この後、黒ウサギにより四人は紹介されたり、水樹の苗の紐を解いた際に十六夜がずぶ濡れになりかけたりした。
こどもたちの笑顔や、年相応の反応を見せる十六夜のそんな様子を、永夢は楽しそうに眺めていた。
屋敷に着いたころにはすでに夜中になっていた。
いまは風呂に入りたいという女性陣の要望の下、大浴場の掃除が終わるのを待っているところだった。
「しっかし、一日目から面白いものだらけだったな」
「僕としては、生身で強いみんなが不思議で仕方ないけどね」
もちろん、元の世界にも生身で戦える人間は少なからずいた。彼らは皆仮面ライダーであったが、それでも確かに多くの怪人と生身でも戦えていた。
けれど、十六夜ほどの強さを見たのは初めてだ。あれほどの力を生身で有しているなど、永夢やパラドからは想像もできない。
出会ってきた彼らは皆、信念の強さや正義感、長い特訓を経て戦えていたはず。
であれば、十六夜たち三人の力はいったいなんなのだろう。
「あら、私からしたら姿を変えられる方が不思議だわ」
「うん、私もそう思う。先生はちょっとおかしい」
だが、飛鳥や耀からしてみれば自分たちの常識が通用しないのは永夢の方であり、まさかのおかしい認定をされてしまった。
「まあ確かに変なのはお医者さんもだよな。俺からしたらゲームで力を得るとかありえねえって。でも、だからこそ世界は面白いよな」
もちろん永夢がおかしいと思っているのは十六夜もであり、問題児に揃って同じ認識を持たれた瞬間だった。
人として規格外なのはどう見ても十六夜たち三人なのだが、どうにも彼らの常識と永夢の常識はズレている。もっとも、互いに自分の境遇や辿ってきた過去を話してはいないのでズレが生じているこの光景こそが普通なのだが。
まだ訊きたいことがあるのか、飛鳥が口を開きかけたとき、廊下から黒ウサギの声がした。
「ゆ、湯殿の用意ができました! 女性さま方からどうぞ!」
「ありがと。先に入らせてもらうわよ、十六夜くん、永夢さん」
「俺は二番風呂が好きな男だから特に問題はねえよ」
「僕もだいじょうぶだよ。ごゆっくり」
女性三人を見送った永夢たちはそのまま貴賓室でくつろぐことになり。
「なあ、お医者さん」
「なに?」
「さっきの……ガシャットだっけ? あれ、見せてくれねえか?」
二人きりになった十六夜は、永夢に頼むと、彼は要望通りにいくつかのガシャットを取り出した。
「マイティアクションXにゲキトツロボッツ、シャカリキスポーツ。そんで白夜叉のときに使ったマイティブラザーズXX……ダメだ、やっぱりひとつも知らねえな。ゲームは割とやってきた方だと思ってたんだが」
「そっか……僕たちの世界だとこの辺りは主流なんだけどね。やっぱり、十六夜くんたちの力と僕たちの扱うガシャットの力は完全に別物だと思う」
「俺もそれには同意見だ。でなきゃ説明がつかねえしな。あー、お医者さんの世界やっぱり一度行ってみてえな――なんてロクに話している時間もねえか。悪いなお医者さん。ちょっと散歩行ってくるわ」
見ていたガシャットを返し、永夢の返事も待たずに貴賓室から出ていく十六夜。
「散歩って、この辺りのことならこれから見ていけばいいのに」
返されたガシャットと出ていった十六夜を交互に見ながら、散歩程度ならと十六夜を追いかけることはなかった。
(僕が持ってこれたのはこれに加えてあとふたつのガシャットだけ。これでみんなと協力しながら元の世界に帰るまでやっていけるのかな?)
(なんだよ永夢。おまえには俺もいるじゃないか)
(パラド……)
改めて確認した自分の保有ガシャットを眺めながら考え出してしまう。
今日の白夜叉との一戦。
手加減に手加減を重ねられた状態での敗北。
「もしあのとき、マキシマムマイティXを使ってたとして、勝てたかな」
(…………俺も同時にパーフェクトノックアウトで変身していたとしても結果はわからなかった)
永夢の言葉に、強がりも交えてパラドは答える。
自分たちの有する最強レベルで挑んでも、その勝敗は恐らく……。
「この先なにがあるかわからない。でも、勝たないと」
冷静になって考えだせば、戦った彼女の強さがよくわかる。あのレベルの相手と戦うことは滅多にないだろうが、決してないとも言い切れない。
ここには頼っていい、頼ってきた仲間はいない。
「それでも、僕がみんなの笑顔を守らないと」
ある事件で共に戦った仲間たち。心の通じ合った大切な友人たち。
彼らから教えられた。
彼らがいたから、きっと最後まで戦い抜けた。
だからこそ――。
『変身出来るか出来ないかなんて関係ない!』
『変身出来なくても、俺は仮面ライダードライブだ!』
彼らの言葉が、自分を最後まで奮い立たせる。
「強さなんて、レベルなんて関係ない。僕はただ、患者と向き合っていく。ここで生きる人たちの笑顔を守り抜く。取り戻す。そのために」
きっと、この箱庭の世界に来てしまったのは偶然なんかじゃない。
伸ばされた手を、掴めるはずの手があったから。
(だから僕はこの世界に呼ばれたんだ。僕でも掴める手があるなら、無視できない)
(俺たち、だろ?)
(ああ。これからも頼りにしてるよ、パラド)
(任せておけよ、永夢)
黒ウサギたち”ノーネーム”や自分たちの現状を改めて確認した永夢とパラドは決意を固め直し、そして心の中で、確かに拳を重ねあった。
(だいじょうぶだ、永夢。俺はおまえ。おまえは俺。もしものときは、俺がいる)
永夢にすら届かないほど静かで、そして小さな声が、彼の中で溶けて消えていった。