「生憎と店は閉めてしまったのでな。私の私室で勘弁してくれ」
五人は和室に案内され、腰を下ろしていた。
部屋には香の様な物が炊かれていて、五人の鼻をくすぐる。
個室というにはやや広い和室の上座に腰を下ろした白夜叉は、大きく伸びをしてから永夢たちへと向き直る。気がつけば、彼女の着物は既に乾いていた。
「もう一度自己紹介しておこうかの。私は四桁の門、三三四五外門に本拠を構えている"サウザンドアイズ"幹部の白夜叉だ。この黒ウサギとは少々縁があってな。コミュニティが崩壊してからもちょくちょく手を貸してやっている器の大きな美少女と認識しておいてくれ」
「はいはい、お世話になっております本当に」
投げやりな態度で受け流す黒ウサギ。いつもこうなのか、水路に落とされたことが関係しているのかは定かではない。
けれど悪い仲ではないらしく。
「その外門、ってなに?」
「箱庭の階層を示す外壁にある門ですよ。数字が若いほど都市の中心部に近く、同時に強大な力を持つ者達が住んでいるのです」
黒ウサギが上空から見た箱庭の図を書いて見せてくる。
その図は、外門によって幾重もの階層に分かれている。
「………超巨大タマネギ?」
「いえ、超巨大バームクーヘンではないかしら?」
「そうだな。どちらかといえばバームクーヘンだ」
「なら、ここは一番薄い皮の部分に該当するってことだね」
「そうなるだろうな」
うん、と頷きあう四人。
白夜叉は哄笑を上げて二度三度と頷いた。
「その通りだ。更に詳しく説明するなら、東西南北の四つの区切りの東側にあたり、外門のすぐ外は"世界の果て"と向かい合う場所になる。あそこはコミュニティに所属していないものの、強力なギフトを持ったもの達が棲んでおるぞ———その水樹の持ち主などな」
白夜叉は薄く笑って黒ウサギの持つ水樹の苗に視線を向ける。白夜叉が指すのは、別行動していた永夢と十六夜が倒した蛇神の事だろう。
「して、一体誰が、どのようなゲームで勝ったのだ? 知恵比べか? 勇気を試したのか?」
「いえいえ。この水樹は十六夜さんがここに来る前に、蛇神様を素手で叩きのめしてきたのですよ」
自慢げに黒ウサギが言うと、白夜叉は声を上げて驚いた。
「なんと! クリアではなく直接的に倒したとな!? ではその童共は神格持ちの神童か?」
「いえ、黒ウサギはそうは思えません。神格なら一目見れば分かるはずですし」
「む、それもそうか。いや、そうでもないのかもしれんな……。しかし神格を倒すには同じ神格を持つか、互いの種族によほど崩れたパワーバランスがある時だけのはず。種族の力でいうなら蛇と人ではドングリの背比べだぞ」
「白夜叉様はあの蛇神様とお知り合いだったのですか?」
「知り合いも何も、アレに神格を与えたのはこの私だぞ。もう何百年も前の話だがの」
十六夜は白夜叉の発言を聞いてから、物騒に瞳を光らせていた。
「オマエはあの蛇より強いのか?」
白夜叉にそう問いただす。
「ふふん、当然だ。私は東の"階層支配者"だぞ。この東側の四桁以下にあるコミュニティでは並ぶ者がいない、最強の主催者なのだから」
"最強の主催者"———その言葉に、十六夜・飛鳥・耀の三人は一斉に瞳を輝かせる。
「そう………ふふ。ではつまり、貴女のゲームをクリア出来れば、私達のコミュニティは東側で最強のコミュニティという事になるのかしら?」
「無論、そうなるのう」
「そりゃ景気のいい話だ。探す手間が省けた」
三人は剥き出しの闘争心を込めて白夜叉を見る。白夜叉はそれに気づいたように高らかと笑いあげた。
「抜け目ない童達だ。依頼しておきながら、私にギフトゲームで挑むと? しかし、お主はよいのか?」
この流れで問題児三人に続かない永夢に白夜叉は挑戦的な視線を送るが、ひとつ笑みを浮かべた永夢は告げる。
「戦ってもいいですけど、相手との差がわからない程じゃないんですよ。強い人って、見ればわかりますから」
「あら、見た目の割に臆病なのね」
「いいの? せっかくの機会なのに。私たちで勝っちゃうよ?」
飛鳥と耀はせっかくなら全員で挑みたいのだろう。消極的な永夢に発破をかける。
「お医者さんなら普通に戦えんだろ? せっかく力を使える舞台にいるんだ。使わないともったいねえぞ」
十六夜は先ほどの一戦を思い出しながら、その背景を探りたそうに誘いをかける。
それでも永夢は首を横に振った。
「ダメだよ。むしろ、僕はキミたちを戦わせないようにしたいぐらいなんだから」
「はあ? おいおい、保護者面はやめてくれよお医者さん。俺の力だって見てただろ?」
「うん、でもダメだ」
相手との戦力差がわからないまま戦わせてはいけない。永夢の中で鳴り続ける警鐘に訴え、十六夜たちを止めようとする。
「いいわよ。貴方が戦いたくないのはわかったから、そこで見てなさい」
「私たちだけで楽しむからいい」
「そういうことだ、お医者さん。あんたは座って見物してろよ。混ざりたくなったら入ってきてくれていいぜ」
待っていると言いながら、一歩前に出る三人。
「え? ちょっと御三人様!?」
慌てる黒ウサギを右手で制す白夜叉。
「よいよ黒ウサギ。私も遊び相手には常に飢えている。一人参加しないのは残念だがな」
「ノリがいいわね。そういうの好きよ」
「ふふ、そうか。———しかし、ゲームの前に一つ確認しておく事がある」
「なんだ?」
白夜叉は着物の袖から"サウザンドアイズ"の旗印———向かい合う双女神の紋が入ったカードを取り出し、壮絶な笑みで一言。
「おんしらが望むのは"挑戦"か———もしくは、"決闘”か?」
刹那、四人の視界に爆発的な変化が起きた。
黄金色の穂波が揺れる草原。白い地平線を覗く丘。森林の湖畔。
四人が投げ出されたのは、白い雪原と凍る湖畔———そして、水平に太陽が廻る世界だった。
「……なっ……!?」
あまりの異常さに、十六夜達は同時に息を呑んだ。
薄く薄明の空にある星は只一つ。緩やかに世界を水平に廻る、白い太陽のみ。
唖然と立ち竦む四人に、今一度、白夜叉は問いかける。
「今一度名乗り直し、問おうかの。私は"白き夜の魔王"———太陽と白夜の星霊・白夜叉。おんしらが望むのは、試練への"挑戦”か? それとも対等な"決闘”か?」
魔王・白夜叉。少女の笑みとは思えぬ凄みに、再度息を呑む四人。
十六夜は背中に心地いい冷や汗を感じながら、白夜叉を睨んで笑う。
「水平に廻る太陽と………そうか、白夜と夜叉。あの水平に廻る太陽やこの土地は、オマエを表現しているってことか」
「如何にも。この白夜の湖畔と雪原。永遠に世界を薄明に照らす太陽こそ、私が持つゲーム盤の一つだ」
「これだけ莫大な土地が、ただのゲーム盤………!?」
「ゲームエリアとは違う? 原理は似ているのかな? 内部はあの人がいないとわからないか……」
全員が驚く中、冷静に考察を続ける永夢のつぶやきには気づかない白夜叉が答える。
「如何にも。して、おんしらの返答か? "挑戦"であるならば、手慰み程度に遊んでやる。——だがしかし"決闘"を望むなら話は別。魔王として、命と誇りの限り闘おうではないか」
「…………っ」
三人は即答できず、返事を躊躇った。
白夜叉が如何なるギフトを持つのか定かでは無いが、勝ち目が無いことだけは一目瞭然だった。
「参った。やられたよ。降参だ、白夜叉」
「ふむ? それは決闘ではなく、試練を受けるという事かの?」
「ああ。これだけのゲーム盤を用意出来るんだからな。アンタには資格がある。———いいぜ。今回は黙って試されてやるよ、魔王様」
苦笑と共に吐き捨てるような物言いをした十六夜。
白夜叉は堪え切れず高らかと笑い飛ばした。
「く、くく………して、他の童達も同じか?」
「………ええ。私も、試されてあげてもいいわ」
「右に同じ」
苦虫を噛み潰したような表情で返事をする二人。
「ふむ。さて、最後にお主はどうする?」
最後の一人である永夢はというと、
「これポッピーに送って解析して貰えたりしないかな? それだけでかなりの前進が見られると思うんだけど……そうだ、ステージセレクトでなにかフィールドが増えていないか後で確認してみようか」
「おんしぃっ! なにを冷静にしとるか!?」
「え? あ、はい!?」
突然耳元で叫ばれたことで尻餅をつく永夢。
「なんですか!?」
「乗るのか、乗らんのかという話だ」
そういえばそんな話をしていたな、と思い出すと、やはり首を横に振り、拒否の意を示す。
自分が戦ってきた相手は確かに強敵だった。特殊な能力を持つ者もいた。巨大すぎる者だっていた。だが、スケールが違う。パラドでさえ警戒する相手にわざわざ喧嘩を売る必要はない。
「乗りませんよ。ただのゲームなら相手になりますけど、決闘は僕らしくもない」
「ふむ、そうか」
一連の流れをヒヤヒヤしながら見ていた黒ウサギは、ホッと胸をなでおろす。
「も、もう! お互いにもう少し相手を選んでください! "階層支配者"に喧嘩を売る新人と、新人に売られた喧嘩を買う"階層支配者"なんて、冗談にしても寒すぎます! それに白夜叉様が魔王だったのは、もう何千年も前の話じゃないですか!!」
「はてはて、どうだったかな?」
ケラケラと悪戯っぽく笑う白夜叉。ガクリと肩を落とす黒ウサギと三人。
「さて、では始めるとするか」
白夜叉の声に反応するように、湖畔の向こう岸にある山脈から巨大な翼を広げた獣が空を滑空し、こちらへ駆けて来た。
「あれは……」
「グリフォン…………うそ、本物!?」
鷲の翼と獅子の下半身を持つ獣を見て、耀は驚愕と歓喜の籠った声を上げた。
「如何にも。あやつこそ鳥の王にして獣の王。”力” “知恵” “勇気”の全てを備えた、ギフトゲームを代表する獣だ。おんしら三人には、グリフォンと”力” “知恵” “勇気”のいずれかを比べ合い、背に跨って湖畔を舞うことができればクリア、という事にしようか」
そうして出来上がったゲームのプレイヤー名の中に永夢の名はなく、他の三名の名前だけが刻まれていた。
「えっと……」
「お主はなにやら纏う雰囲気が彼奴らと違ったのでな。すまんが一人で別のゲームに挑んでもらう」
「そう、ですか。わかりました」
白夜叉と話していると、ゲームルールが記されている羊皮紙を読み終えた三人んうち、耀が挙手し、参加表明していた。
その瞳が真っ直ぐにグリフォンに向き、キラキラと輝いているとくれば、あとの二人は譲るしかない。
「OK、先手は譲ってやる。失敗するなよ」
「気をつけてね、春日部さん」
頷き、グリフォンへと駆ける耀。
「え、えーと。初めまして。春日部耀です」
近寄り話しかける耀の言葉はわかれど、永夢たちにはグリフォンの声は聞こえない。
「私を貴方の背に乗せ…………誇りを賭けて勝負をしませんか?」
『……なに……?』
彼女の声を聞いた瞬間、グリフォンの声と瞳に闘志が宿る。
「貴方が飛んできたあの山脈。あそこを白夜の地平から時計回りに大きく迂回してこの湖畔を終着点と定めます。貴方は空を駆け、湖畔までに私を振るい落とせば勝ち。私が背に乗っていられたら私の勝ち……どうかな」
『娘よ。お前は私に誇りを賭けろと持ちかけた。お前の述べる通り、娘一人振るい落とせないならば、私お名誉は失墜するだろう。――だがな娘。誇りの対価に、お前はなにを賭す?』
「命を賭けます」
即答だった。
彼女たちの会話の半分がわからなくても、永夢を動かすには十分な言葉でもあった。
「なにを言っているんだ……」
隣で黒ウサギと飛鳥の驚く声が上がったが、耳には入ってこない。
「耀ちゃん、軽々しく、命をかけるなんて言ってないよね?」
「え? うん、もちろん。だって私の夢のひとつが叶うから、簡単な気持ちで言ったりしないよ」
「……でも、やっぱり命をかけるなんて言われると、医者としては許容できない」
「なら、ちゃんと帰ってきて証明する。私はまだ、ずっと生きていたいから」
それだけ話すと、永夢との会話を切り上げて行ってしまう。
彼女の瞳には諦めも、命を軽んじる気持ちも一切なかった。むしろ、命の尊さを知っているようですらあったのだ。
(あの子、過去になにかあったのかな?)
(案外、永夢みたいな過去を持ってたりするのかもな)
自分から離れていく少女の背中を見守りながら、彼女とグリフォンのゲームは始まった。