全員で移動していた最中、考がまとまってきたところで十六夜に話かけられた永夢。
「なあ、お医者さん。これからちょっくら世界の果てまで行こうと思うんだが、一緒に来るか?」
「世界の果て?」
「おう。落ちてくるときに見えた景色をこの目に焼き付けに行くのさ。どうだ?」
「でも、他のみんなのこともあるしな……」
正直なところ、このまま黒ウサギについていけば更に詳しい説明を受けることも可能だろう。本来ならそれが正解だ。できることなら、目の前でワクワク感を隠せていない十六夜も連れていくのが好ましい。
が、これまでの遣り取りからもわかるように彼は話して納得しない限りは止まらないだろう。
(永夢、これはチャンスだ! この世界のことをもっと見て回ってみるのもいいじゃないか)
(それはそうだけど……)
(なんだよ、もう少し散策するって話に落ち着いてたじゃないか。それに、あいつ一人で訳のわからない場所を歩かせる方が危険なんじゃないか?)
パラドの指摘にハッとする永夢。
確かにここは自分たちも知らない世界だ。なにが出てくるのか、なにが敵なのかすら定かではないのに十六夜を一人にするのはあまりにも危険だ。
「あとでみんなとは合流する気はあるんだよね?」
「ん? ああ、もちろん。もっとも、あいつ次第でもあるんだが、それはまあいい。景色だけ見たら帰ってくるさ」
「わかった。なら、やっぱり僕も行くよ」
本来であれば永夢とパラドが一人ずつつくのがいいのだろうが、なんの説明もないままにパラドと分離するところを見せてしまえば怖がらせてしまうだろうという懸念が、永夢を、そしてパラドを縛っている。
(黒ウサギが一緒にいるのなら、彼女たちは安全なはず……敵意はなかったし、だいじょうぶかな)
厳密には値踏するような視線は向けられていたが、好意的なものであった。
「なら行くか。ってわけで俺たちは散歩に行くがおまえらはどうする?」
十六夜が残りの二人――飛鳥と耀に問うと、
「私は黒ウサギについていくわ」
「右に同じ」
彼女たちはこのまま先に進むようだ。
「そうか。なら、黒ウサギにはあとで伝えておいてくれ」
「いいわよ。任せておきなさい」
「なら頼むわ。さて、お医者さんは鈍臭そうだからな。転けられても面倒だし、俺が走っていくから掴まってろ」
言うが早いか永夢の白衣を掴み、走り出す十六夜。
「ちょ、ちょっと待って! うわっ、危ないって!? というか走るの速くない!?」
永夢の叫び声が彼女たちから遠のいていき、やがて二人は視界から消えた。
「掴まってろって言いながら持って行ったわね……」
「南無」
二人の少女から同情された永夢は、その後なんとか生き残ったとか。
永夢と十六夜が抜け出してからしばらく。
「にしても、この辺りはなんの生物もいないんだな」
「鳥なんかはいるみたいだけど?」
「いや、そういった普通の生きもんじゃなくてさ。こう、神とか魔王みたいな強そうな奴だよ」
「こんな序盤で神や魔王がいたらゲームとしては負けイベントだよ」
十六夜による吹っ飛ばした速度での移動はやめ、二人してのんびりと歩いていたときだった。
「ところでお医者さんは帰りたいみたいだったが、なんか向こうの世界でやり忘れたことでもあったのか?」
突然振られた話に、永夢は歩みを止めた。
「十六夜くんは、仮面ライダークロニクルって知ってる?」
「仮面……? いや、聞いたこともないな」
「え? ほ、本当に……? そっか、知らない人もいたのか……でも、それじゃあいったいどこまで浸透していたんだ?」
「おーい、お医者さん? 戻ってこいって」
一人でぶつぶつと呟き始めた永夢の肩を叩くことで、彼の意識を再びこちらへと戻す。
「ごめんごめん。内容までは言えないけど、僕にはやらなきゃいけないことがある。残してきた仲間もいる。だから、なんとしてでもこのゲームをクリアして、僕は元の世界に戻るよ」
「そうか。そういう奴もいるんだな」
「十六夜くん、いまなにか言った?」
「いいや、なんでもねえよ。それより、とっとと行こうぜ。たぶん、もう少しのはずだからよ」
永夢には十六夜が小さな声で吐き出した言葉は拾えなかったようで、特に気にすることなく二人は進んで行く。
すると森を抜け、大河の岸辺に出た。
「うわぁ、広いな。にしても、やっぱり森林ステージときたら河か。変なギミックがないといいけど」
「お医者さんはなんでさっきからここがゲームのステージみたいな思考してんだよ」
「え? それは――」
『試練を選べ』
永夢が口を開いた瞬間、大河の流れが割れ、声が響く。
「なんだ!?」
「試練とか言ってたな、おい。なんだなんだ、俺たちを試そうってことか?」
それぞれの反応を見せると、川面にうっすらと白くて長いなにかが浮かんでくる。その巨体が鎌首をもたげると全貌が明らかになり、巨躯の大蛇が姿を表す。
「蛇だな」
「蛇だねって、落ち着いている場合じゃないでしょ!」
危険を感じた永夢は十六夜を連れて逃げようと彼の手を取るが、十六夜はその手を払い、蛇へと視線を固定する。
『ここに近づくとはおろかな人間だ。どれ、少し見てくれよう。試練を選べ』
「ハッ、試練を選べだ? 随分と上から目線でものを言ってくれるじゃねえか。いいぜいいぜ、いいなおい! だったらおまえが俺を試せるかどうか、試させてもらおうじゃねえか!」
「ちょっと、十六夜くん!?」
蛇にそそのかされたのか、元からの気質故か。
十六夜が素直に静止の声を聞き入れるはずもなく、蛇の話を聞いた直後には前に駆け出していた。
「バグスター? にしてはなんか違うけど……とりあえず、倒してから考えた方がいいかな」
ここに来るまでに十六夜の超人的な身体機能を目にしてきたが、相手が相手だ。いくら楽しそうに走り出したとは言え、相手にしていい生物ではない。
と、白衣のポケットに手を突っ込んだときだ。
『ぐっ……ッ!?』
「おらおら、どうした? 防戦一方とかつまらねえことしてんじゃねえよっと!」
自分より圧倒的なまでに巨大な相手を殴りつける十六夜が、永夢の視界に入った。
「えぇ……?」
困惑のあまり動きをとめてしまうが、仕方のないことだ。永夢の常識では、ただの人間があんな化け物に立ち向かうのはおろか、圧倒などできるわけがないのだから。
「つまらねえな。おまえ、もういいぜ」
直後、ため息を吐いた十六夜が蛇の胴を蹴り上げると、うめき声をあげた蛇は、そのまま高くに打ち上がり、そして重力に引かれるようにして河の底へと沈んでいった。
落下の衝撃で森全体に地響きが広がり、更に蛇の落下地点では巨大な水しぶきが上がる。
どうやら尋常ではない力で打ち上げられたようだ。
「人がこんなことをできるなんて……」
「ヤハハ、思いの外弱かったぜ? 蹴り一発であんなに苦しそうにするとは思わなかった」
「十六夜くん、キミはいったい――」
何者なんだ、という疑問は、最後まで言葉にすることはなかった。
なぜなら、
「み、見つけたのですよ!」
飛鳥と耀と共に行動しているはずの黒ウサギがこちらに駆け寄ってきたからだ。
「あれ、おまえ黒ウサギか? どうしたんだその髪の色」
「もしかしてそっちは1Pキャラかなにか?」
二人の興味は突如現れた黒ウサギへと移り、同時に疑問を投げかける。
だが、それもそのはず。黒ウサギの髪色は出会った頃とは打って変わり、淡い緋色へと変貌していたのだ。
「もう、どこまで来てるんですか! 勝手にも程があります!!」
しかし二人の質問に答えることはなく、彼女は至極まっとうな怒りを二人へと向けた。
散々振り回された黒ウサギの胸中はもう限界だった。次から次へと怒りが湧き上がり困るくらいには。
そんな怒りも笑って受け流す十六夜は、笑顔を浮かべながら質問に答える。
「世界の果てまで来てるんですよ。っと、そう怒るなよ。お医者さんも一緒なんだし、万が一怪我してもだいじょうぶだろ」
「一応、まだ研修医なんだけどね」
永夢のやんわりとした指摘も流し、話を続ける十六夜。
「それはそれだ。知識も経験もあることに変わりはねえ。しかしいい脚だな。途中から歩いていたとはいえ、こんな短時間で俺たちに追いつくとは思わなかった」
「むっ、当然です。黒ウサギは”箱庭の貴族”と謳われる優秀な貴種です。その黒ウサギが――」
アレ? と黒ウサギは耳を傾げる。
(……半刻以上もの時間、追いつけなかった……? それも、途中から歩いていたのに?)
思い返せばおかしな話だ。
彼女の駆ける姿は疾風よりも速く、その力は生半可な修羅神仏では手が出せない程。その彼女が追いつけなかったとなると、人間とは思えない身体能力を有していることになる。
「ま、まあ、それはともかく! 十六夜さんと永夢さんが無事でよかったデス。水神のゲームに挑んだと聞いて肝を冷やしましたよ」
「水神? 聞いたかよお医者さん。アレ、水神らしいぜ? どうやらここは、最初から負けイベントが起きるはずの世界だったみたいだな」
「うそ!? アレ神様!? ちょっと……僕の知り合いの神様と比べてまるで違うなぁ。しかも十六夜くん、負けイベントとか思ってないでしょ」
「当たり前だろ。にしても、アレが神様ねぇ」
「あ、あのお二人とも? いったいなんの話をしているのですか? 黒ウサギ、凄く不安になってきたのですが……」
十六夜の指した川面に徐々に浮かんでくる白い物体。もう嫌な予感しかしない。
『まだ……まだ試練は終わってないぞ、小僧共ォ!!』
「やっぱりー!! どうして、どうしてこんなに怒らせているのですかお二人とも!?」
身の丈三〇尺強はある巨躯の大蛇。それが何者かなど今更である。間違いなく、この一帯を仕切る水神の眷属だ。
「なんか偉そうに『試練を選べ』とかなんとか、素敵なことを言われたんでな。俺を試せるかどうか試させてもらったんだよ。結果はまあ、残念な奴だったが」
『貴様ら……付け上がるな人間風情が! 我がこの程度のことで倒れるか!』
蛇神の怒りに呼応するように、蛇神の丈よりも遥かに高く巻き上がった水柱が計三本。
「まずい、十六夜さんたちは下がって!」
黒ウサギが二人を庇おうとするも、十六夜の鋭い視線がそれを阻む。
「なにを言ってやがる。下がるのはテメェだろうが黒ウサギ。これは俺たちが売って、奴が買った喧嘩だ。手を出していいのはお医者さんだけだぜ?」
「どうして僕までプレイヤーに選ばれているのかから聞き出したいところだけど……」
「いいじゃねえか。せっかくだ、楽しんでおけよ」
ケラケラと笑う十六夜に、彼ならこのまま相手をさせても平気だろうと思い始める永夢。自分たちの常識が通じない相手に会うのはこれが初めてじゃない。
同時に、自分たちが知る力だけがすべてじゃないことも。
「黒ウサギ、確かに下がるのはキミの方だ」
「え、永夢さんまで!」
「人がプレイしているゲームに無理やり割り込んで参加することほど、プレイヤーを怒らせることはないからね」
手を出すことを諦めた黒ウサギは、歯噛みしながらも成り行きを見守る。
『心意気は買ってやる。それに免じ、この一撃を凌げば貴様らの勝利を認めてやる』
「寝言は寝て言え。決闘は勝者が決まって終わるんじゃない。敗者を決めて終わるんだよ」
『フン――その戯言が貴様らの最期だ!』
蛇神の雄叫びに応えて竜巻のように渦を巻いていた水柱が生き物のように唸り、蛇のように襲いかかり出す。
その対象は十六夜だけでなく、後ろに控えている永夢にも向かって来る。
「お医者さん、俺はあいつを倒してくるから、それまでしっかり生き延びとけよ!」
十六夜はそう残して、残った蛇神との距離を殺しにかかった。
「ああもう、どうして僕まで勝手にプレイヤーにするかな!」
(いいじゃないか。こっちの世界のレベルもわかるってもんだ)
「パラドまで勝手なことばかり! しょうがない!」
懐からゲーマドライバーを取り出した永夢はそれを腰につける。
手に持つのは、ピンク色のガシャット。
「でもまあ、ゲームなら、この俺に任せとけ!」
(久しぶりだな。しっかりいけよ、永夢!)
「ああ!」
右手に持ったガシャットのボタンを押すと、
『MIGHTY ACTION X!!』
ガシャットから音声が発せられた。
そして、スイッチを入れたことにより、永夢の周りには特殊な空間が展開され、所々にブロックやメダル型のアイテムが配置されていく。
「おまえたちの運命は、俺が変える! ——変身!!」
ガシャットを左に突き出し、腕を大きく回しガシャットを半回転させ左手に持ち代えると、左腕を突き上げ、ドライバーに挿入する。
『ガシャット!』
すると永夢の周りに複数のパネルが展開し、ピンク色の戦士のパネルが正面に来たとき、右手を突き出してパネルを選択した。
『レッツゲーム! メッチャゲーム! ムッチャゲーム! ワッチャネーム! アイム ア 仮面ライダー!!』
音声が鳴り止んだとき、永夢が立っていた場所には、4頭身のゆるキャラのような姿をしたなにかが鎮座していた。
問題児メンバーにエナジーアイテムの使用はできるのだろうか?