果たして神はいつ現れるのか、貴利矢の、黒ウサギの胃はもつのか……残念ながら、彼らの安否は約束できません!
というのあ置いといて、どうぞ。
それはまだ、日が昇ったばかりの朝早くのことだったと、後の加担者は語ったとか。
一人、”ノーネーム”の敷地内を散歩がてら見て回っていた貴利矢は、視界の端に不思議なモノが映り込んだことに気づいた。
「なんだ、あれ……」
奇妙な――いや、違う。
少々よろしくない人物を抱えてはいるが、あれは”ノーネーム”の誇る問題児三人衆ではないか。
「こいつは厄介ごとだな。永夢はまだ起きてないだろうし、仕方ない」
本来ならありえない荷物を抱えているのに平然と歩く三人に近づきながら、貴利矢は考える。
問題児3人の同時行動はそのまま面倒なことに発展することと同義だ。これは元の世界での経験が何よりも物語っており、超問題児である神の野望でどれだけの被害が出たことか。
「まあ、その点あの子らはぶっ飛んではいるが素直で純粋だし、やっちゃいけないラインは測れてるっぽいからいたずら程度で済むっちゃ済むんだが」
それでも見てしまった以上、放置しておくのもよくない。
一言。たった一言でも伝えておくことで免罪符は得られるだろう。どうせ問題児は人の言うことを聞かないので巻き込まれたときに止める努力はしたんだという事実さえあればいい。
ようするに、本気で止めようなどとは微塵も考えてはいないのである。それどころか「貴利矢は知っていたが止めなかった」などと暴露されて黒ウサギの怒りを買わないように立ち回っているまである。
「仲良くお出かけか?」
考えをまとめながら、貴利矢は十六夜、飛鳥、耀、なぜか簀巻きにされた状態で抱えられているジンに話しかける。
「んー! んんっ!!」
「あー、悪いなジンくん。なに言ってるかサッパリわかんないんだけど?」
口を塞がれているので呻き声だけあげられても困るのだ。
「ヤハハ、ジンは『これは僕の趣味だから邪魔しないでください』って言ってるのさ。いまどき珍しい、好きなことを人の目なんか気にせずにできる大物ってことだ」
「へえ……確かにそいつは貴重な人材だな」
「んー! んんーー!?」
十六夜と貴利矢が同時にジンに視線を向けると、否定するようにあらん限りの力で首を横に振る。
しかし誰も彼もがジンから目を逸らし、あたかもなにも反応がなかったかのように扱う。
「なにかするつもりなら、あまり面倒かけない範囲でやれよ」
「お、なんだレーザー。止めないのか?」
「十六夜くんみたいなタイプは止めても無駄だってよーく知ってるだけさ。だからあれだ、貴利矢さんは問題児が行動を起こそうとしたのを止めたけど力不足でしたってことにしておいてくれればいいよ」
最初にやんわりと止めたでしょ? とは貴利矢の言葉だ。あまり面倒かけない範囲で、というのは問題行動は慎め、という意味で言っているので本人的には止めた内に入るらしい。
だって、どう見ても面倒ごとだ。
それも、ただの面倒ごとではない。問題児三人が結託しての面倒ごとと来た。
首を突っ込むなどバカげている。ここはひとつ、問題児との接触は最低限に留めて行ってもらうのが最適だろう。
「いいのか?」
「というか、止める気力がまるでないのだけれど……」
「お疲れ? お医者さんともよく話してるし、気疲れ?」
そんなことなど知らないであろう十六夜、飛鳥、耀はあまりの素っ気なさに貴利矢の体調を心配しだす。
「疲れてるかどうかで言えば疲れてるな。自分もいろいろと抱えているもんが多くてねぇ」
主に神のせいなんだが……と小声で付け加えたが、問題児たちの耳に届いた様子はない。
箱庭に行く際、どう考えても使えないガシャットを寄越してきた相手だ。それも、貴利矢への嫌がらせではなく、永夢の力になるだろうと推測して贈ってきたもののはず……はずなのだが。
いまも持ち続けているガシャットに、ポケットごしに触れる貴利矢。当然、ガシャットが答えを示すことはない。
「なんだかなぁ」
空が青い。
(考えることが多いな……ついでに、神もそのうちこっちに来そうな気配があった。ポッピーが止めてくれていればいいが、あまり期待は持てないってところが本音なんだが。あとの三人が神の拘束を解かないよう衛生省に根回ししといてくれるのを期待するしかないな)
ポッピーは甘いところがあるが、元の世界に残っているドクター他三名は神に厳しいところがある。彼らなら恐らく、この非常事態に好き勝手な行動を許すような真似はしないだろう。
そんな希望的観測が貴利矢の中には確固たる自信として存在している。
「間違っても来て欲しいなんて思わない方がいい。あいつは人の嫌がることをする天才だからな。うん、よしそうしよう」
大きく伸びをして、深呼吸をひとつ。
「ねえ、やっぱり疲れているんじゃないかしら?」
「いや待て。独り言ってのは自信のないときに自分を励ますための言葉だって聞いたことがある。どっちかっつーとその傾向が強いように見える」
十六夜の言葉にしばし考え込んでいた耀は、あっ! と小さな声を漏らしながら、ある推測に至る。
「九条先生はスランプ?」
「の可能性が高い」
「人は見かけによらないのね」
「うん。思ったより繊細なのかも。これからは言動に気をつけようと思いますん」
「そうだな。ああいった大人の扱いは気をつけてやらねえとな」
「あら、そうなの? なら私も気をつけないといけないわね」
ニヤニヤ、ニヤニヤと。問題児は面白いものを見たと言わんばかりの表情で白々しくも言葉を並べていく。
無論、それに気づかない貴利矢ではない。この場所にいたのが永夢であったなら心配してくれているのかと誤解していたかもしれないが、都合よく解釈できる程純粋ではないのだ。
「おいおい、人がせっかく元気出そうとしてるところを邪魔するもんじゃないぞ?」
疲れた表情で貴利矢が咎めるが、ヤハハ、とひとつ笑った十六夜は隣にいる耀に話しかける。
「そうだぞ春日部。レーザーは疲れてるんだ。弄っちゃかわいそうだろ」
「む……十六夜が始めたこと。飛鳥の方が乗り気だった」
「え? わ、私!? ちょ、裏切ったわね春日部さん!」
三人仲良く、楽しげな光景。
これでジンさえ担がれていなければ微笑ましいのだが……。
「はあ、わかったわかった。おたくらが自分の話を聞く気がないのはよぉくわかった。ったく、問題児は世界共通の厄介者だ。ほら、事情は知らないけど急いでるんだろ? 早く行きな」
「お、そうか? 確かに時間との勝負ではあるんだよな。じゃあなレーザー。お医者さんも連れて、またあとで会おうぜ」
サムズアップして見せた十六夜は、そのまま飛鳥、耀を連れて歩いて行ってしまった。
唯一、ジンだけが運ばれながらも最後まで助けを求めていたが、貴利矢にはSOSのメッセージは届かなかったとか。
彼らの背中が見えなくなるまで見送った貴利矢は、意識的にひとつ息を吐く。
そんな彼の隣から、不意に声が漏れる。
「十六夜たちが動き出したか。あいつ、なにか企んでいたし、面白くなりそうだ」
「うおっ、パラド!?」
突如として姿を見せたパラドに驚き、後方へと下がる貴利矢。
「よお、レーザー。永夢と違って起きるのが早いな」
「あ、ああ。いや、自分たちにとっては睡眠も必要かって聞かれたら微妙なところではあるんだけどな」
「寝ないと永夢がうるさいぞ」
「知ってる。だから遅寝早起きはしてるさ。それよりもだ。おまえ、勝手に出てきていいわけ?」
ここで暮らす”ノーネーム”の面々に見つかれば、間違いなく不審者扱いで追われることになる。永夢の中から出てくるということは、存在を知らせていない同士からしたら知らない男性が急に増えただけ。警戒心を抱くなという方が無理だ。
「まずいだろうな。永夢が起きない間は暇だから窓の外を眺めてたんだが、そこでちょうどレーザーと十六夜たちが映ったもんだからな」
「つい来ちゃいましたってか? 別に自分は構わないけどよ、永夢にも迷惑がかかるから程々にして戻ってやれよ?」
「ああ、任せとけって。差し詰め、いまはかくれんぼの最中みたいなもんだからな。誰にも見つからずに暇をつぶして、永夢の元に戻ってやるよ。それとなレーザー。永夢にも話さないで面白いことやってるなんてズルいぞ。今度ゲームに行くときは俺も混ぜろよ」
楽しそうな笑みを見せながら辺りを見渡すパラド。
箱庭に来てからは四六時中永夢と共にいるから満足気ではあるが、その実、一人になりたい時間もあるのかもしれない。というか、ついでのように告げられたが、貴利矢が誰にも悟られることなく動いていたのはバレていたらしい。
「ったく、わかりましたよっと。ってか、バグスターでも、人間に近づくことはあるってわけか……ああ、因子はあるんだっけ? どちらにせよ、些細なことか」
知られたとしても、特に痛い内容なわけではない。いずれわかることではあるので慌てた様子もなく意識を切り替える。
いま見ているものが真実なだけに、どうあろうとその在り方を少し嬉しそうに眺める貴利矢。だが、そうゆっくりしていられるわけでもなさそうだ。
「な、――……なにを言っちゃってるんですかあの問題児様方ああああ――――――!!!」
遠くから、黒ウサギの絶叫が届く。
「あーあ、こりゃ十六夜くんたち絡みかなぁ。パラド、永夢も起こしてこいよ。散歩は終わりで、鬼ごっこのスタートといこうぜ」
「いいぜ。俺と永夢のコンビが一番多く捕まえるに決まってるけどな」
言うが早いか、パラドは粒子状になると永夢の部屋へと行ってしまった。
「相変わらず親離れはできてないのな。そっちはゆっくりすぎてもあれだけど、子離れもできてないし仕方ないか」
誰もいなくなった散歩道。
考えるべきことはまだ多く、的確な判断をしなければならないこともあると予測している。
「それでも、俺は永夢を帰さないといけないわけで。はあ……黒ウサギもだが、俺も大概苦労してんのな」
もう一度、深くため息を吐く。
「でも、神が面倒な事件を起こさないだけ、こっちは平和なのかもしれないか」
黒ウサギ、レティシアが貴利矢の方へ駆けてくるのが遠目にだがわかった。その後ろを、いまにも転びそうな足取りでついてくる永夢の姿もだ。
どういうわけか、その光景を見ていると笑みがこぼれる。
「ったく、どうかしてる。しょうがねえから、自分もちゃんと乗ってやるよ」
嫌な予感はまるでしない。
元の世界にいた仲間は信頼しているし、自分たちだけでもなんとかなるだろうという気持ちもある。
「さて、永夢たちに協力するとしましょうか」
自分の犯したミスに気づくこともなく、貴利矢もその場から駆け出していった。