無事にゲームを乗り切った"ノーネーム"の面々は、大広間に集まった直後。
問題児三人は予想だにしていないことを口走った。
「「「じゃあこれからよろしく、メイドさん」」」
「え?」
「え?」
「……え?」
「…………へえ?」
黒ウサギ、レティシア、永夢、貴利矢がそれぞれ反応を見せる。
「え?じゃないわよ。だって今回のゲームで活躍したのって十六夜くんと永夢さんたちだけじゃない。私と春日部さんに至っては助けられてばかりだったわけだし? 黒ウサギは見ていただけだったものね」
「うん。おかげで私なんて痛い思いをした」
「つーか、"ペルセウス"に挑戦できたのは俺と先生たちのおかげだろ。所有権は俺たちで分配、4:4:1:1でもう話はついた!」
「なにを言っちゃってんでございますかこの人たち!? 第一、黒ウサギにはゲームに参加できない理由がございます!」
「そ、そうですよ! いくらなんでも勝手がすぎます!」
慌てまくる黒ウサギとジン。
「ポッピーみたいな感じだと思えばいいんですかね?」
「いやぁ……さすがに同じ扱いをするのは悪いんじゃねえの」
どちらにとは明言せずに永夢の質問に答える貴利矢。彼らは彼らなりに平常運転を心がけようとしているようだ。
二人としては”ノーネーム”の楽しげな雰囲気を壊す気もなく成り行きに任せるつもりらしい。決して問題児たちの行動を止めるのが面倒とかではないのだろう。
なにより、自分たちには被害がないのも大きい。
「んっ……ふ、む。そうだな。今回の件で、私は皆に恩義を感じている。コミュニティに帰れたことに、この上なく感動している。そして、勝手に試させてもらった二人にはそれなりに悪いことをしたと自覚もある。親しき仲にも礼儀あり、コミュニティの同士にもそれを忘れてはならない。キミたちが家政婦をしろと言うのなら、喜んでやろうじゃないか」
「れ、レティシアさま!?」
まさか尊敬している先輩をメイドとして扱わなければならなくなるとは。
黒ウサギが困惑しているうちに、飛鳥は嬉々として服を用意し始めた。
「私、ずっと金髪の使用人に憧れていたのよ。私の家の使用人ったらみんな華もない可愛げもない人たちばかりだったから。これからよろしく、レティシア」
「フフッ、歓迎されたものだな。こうも笑顔だと、私も嬉しい。よろしく……いや、主従なのだから『よろしくお願いします』の方がいいかな?」
「使い勝手がいいのを使えばいいよ」
「そ、そうか。……いや、そうですか? んん、そうでございますか?」
耀に言われたように、言いやすいものをいくつか言っていくが、
「黒ウサギの真似はやめとけ」
十六夜から指摘が入った。それも、笑いながら。
同時に、四人の間で笑いが伝染する。
なんだかんだという間に使用人としての位置に収まったレティシアは、文句を連ねる黒ウサギと聞き流している十六夜たち三人の問題児の遣り取りを穏やかな気持ちで眺めていた。
――"ペルセウス"との決闘から三日後の夜。
子供たちを含めた"ノーネーム"一同は水樹の貯水池付近に集まっていた。
「えーそれでは! 新たな同士を迎えた"ノーネーム"の歓迎会を始めます!」
子供たちから歓声が上がり、周囲に運ばれた長机の上にささやかながら並ぶ料理に手を伸ばしていく。
本当に子供だらけの歓迎会だが、四人は悪い気がしなかった。
「だけど、どうして屋外の歓迎会なのかしら?」
「うん。私も思った」
「黒ウサギなりに精一杯のサプライズってところじゃねえか?」
「あまり無理しないで欲しいところだけどね」
「そうそう、自分たちに対して気を使わなくていいんだって。自分なんか後から来た完全な部外者なわけだしな」
張り切って子どもたちに指示を出し、あれこれと進めていく黒ウサギを見ながら、新たな同士たる彼ら彼女らは思い思いの声を上げる。
少年少女たちは声とは裏腹にどこか楽しそうに、大人組は面倒のかかる下の子たちを見守るように。
永夢と貴利矢にとっては実際の歳など関係なく、言動で扱いを決める性質なためか、それともそうした相手がいたためか。黒ウサギやレティシアのことも、本人から申告されない限りは扱い方を変えるつもりはないらしい。
「僕たち、どうなるんですかね」
「さあな。でも、なんとかするだけだろ。いままでだってそうしてきたんだ」
二人ともよく理解している。ペルセウスとの一戦はただのチュートリアル。この先に続くコミュニティ復興への小さな、あまりに小さな一歩であろうことも、元の世界に戻る方法がまるでわかっていないことも。
「それでもだ。だから永夢、お前の運命は、おまえが変えろ」
「――……はい。僕の運命も、パラドや貴利矢さん、みんなの運命も、きっと」
「言うようになったじゃねえの」
二人はお互いに笑顔を見せながら頷きあっていると、黒ウサギが大きな声を上げて注目を促す。
「それでは本日の大イベントが始まります! みなさん、箱庭の天幕に注目してください!」
永夢も貴利矢も、十六夜たちコミュニティの全員が言われた通りに箱庭の天幕へと視線を向ける。
満天の星空。先程から自分たちを照らしてくれている、空に輝く星々。
異変が起きたのは、二人が見上げてから数秒のことだった。
「えっ……?」
永夢が声を上げる。
それから、連続して星が夜空を流れた。
「流星群ってやつか」
普段から声を絶やさないタイプの貴利矢もこれには声を失い、一人の観客としてただただ見入っている。問題児たちも同様に、元の世界ではそう目にすることのない光景に楽しそうだ。
十六夜はなにやら、してやられたと言わんばかりにしていたが、それでもやはり嬉しそうに。
少し離れた位置からはひときわ大きな歓声が聞こえ、こどもたちがはしゃいでいるのがわかった。
「この流星群を起こしたのは他でもありません。我々の新たな同士、異世界からやってきた四人がこの流星群のきっかけを作ったのです」
驚く姿に満足がいったのか、笑顔を浮かべた黒ウサギが説明を始める。
「箱庭の世界は天動説のように、すべてのルールが此処、箱庭の都市を中心に回っております。先日、同士が倒した"ペルセウス"のコミュニティは、敗北の為に"サウザンドアイズ"を追放されたのです。そして彼らは、あの星々からも旗を降ろすことになりました」
永夢と貴利矢はしばしの驚きを混じえつつも、敗者の至る道かとなんとか受け止めるが、十六夜たち問題児三人は驚愕し完全に絶句していた。
刹那、一際大きな光が星空を満たした。
「今夜の流星群は"サウザンドアイズ"から"ノーネーム"への、コミュニティ再出発に対する祝福も兼ねております。星に願いをかけるもよし、皆で鑑賞するもよし、今日は一杯騒ぎましょう!」
嬉々として杯を掲げる黒ウサギとこどもたち。だが、異世界から来た彼らはそれどころじゃない。
「星座の存在すら思うがままにするなんて……ではあの星々の彼方まで、そのすべてが、箱庭を盛り上げる為の舞台装置ということなの?」
「そういうこと……かな?」
その絶大ともいえる力を見上げ、二人は茫然としている。
だが十六夜は、流星群を見ながら感慨深くため息を吐いていた。
「……アルゴルの星が食変光星じゃないところまでは分かっていたんだがな。まさかこの星空のすべてが箱庭の為だけに作られているとは思わなかったぜ……」
星空を見上げ、先程までペルセウス座が輝いていた場所を見る。
「ふっふーん。驚きました?」
黒ウサギが跳んで十六夜と燈火の元に来る。
「やられた、とは思ってる。世界の果てといい、水平に廻る太陽といい……色々とバカげたものを見たつもりだったが、まだこれだけのショーが残ってたなんてな。おかげさま、いい個人目標もできた」
「おや? なんでございます?」
黒ウサギが興味津々といった様子で迫ってくる。
応えるように、十六夜は消えたペルセウス座の位置を指差し。
「あそこに、俺たちの旗を飾る。……どうだ? 面白そうだろ?」
今度は黒ウサギが絶句する。しかし、途端に弾けるような笑い声を上げた。
「それは、とてもロマンが御座います」
「だろ?」
十六夜は寝転び、ゆっくりと空を眺める。
隣には黒ウサギが座り込み、なんとなしに共に空を見上げる。
「初々しいねぇ」
「え? なにがですか?」
「はあ……永夢、お兄さんはいろいろと心配になってきたんだけど」
彼らの様子を眺めていた貴利矢は、永夢の反応に呆れと疲れを見せながらため息を吐く。なんだかんだと助け合い、ノリ良くいじっている相棒ではあるが、どうにもゲーマーの地が強いのか出会いもあまりないからなのか。
「医療と戦いに身を置いてたことを考慮したとしても鈍すぎるぜ永夢」
「え? ちょ……なにがですか貴利矢さん!?」
「さーなー」
訳がわからないと慌てる永夢を横目に、貴利矢は一人、仲間たちの輪から外れて暗がりへと進んで行く。
(現状は決して悪くない。けれど良くなったかと言われれば変化は無しと言ってもいい)
ここに来た目的を思い出しながら、貴利矢はなお歩みを止めない。
賑やかな声が聞こえてこなくなるまで進みつつ、周りに人がいないことを確認して、ようやくひとつのガシャットを取り出す。
「ったく、神もふざけたものを渡してくれたな。これが新しく開発されたガシャットだとは思えねーんだけど?」
貴利矢の握る、檀黎斗神より預かった永夢に渡すはずだったガシャット。
「こっちは永夢に返還するにしても、こいつばっかりはなぁ……っていうか、これどう使えって言うんだよ。自分たちには使いようがないだろうに」
貴利矢と永夢。ふたりにひとつずつ渡されたガシャット。貴利矢が受け取った方はいい。むしろ使い慣れているとさえ思っているものが返ってきただけなのだから。けれど、もうひとつ。
「どうしたもんか……」
久々に神の扱いに困り果てる。
どの場面、どのような機会にこんなものを渡せというのだ。
「あの超問題児が……」
誰に知られることもなく、一人の監察医の苦難は続く。