耀に事の顛末を伝えることと、気遣いにきた十六夜たちが去ったあと。
やはり残された永夢は、いまだ耀の隣で彼女の容体を気にしながら座っていた。
「なんだか、外が騒がしいね」
「そういえば、さっきから変な物音が響いてるね。でもここは”ノーネーム”の本拠だし、早々変なことは起こらないと思うよ」
実際、永夢の世界ではCRにまで敵の手が伸びてくることはなかった。
ここでも同じように通じるとは思っていないが、それでも魔王がギフトゲームを仕掛けてこない限りは平気だと思っていたのだ。
そんな想いは、ジンが部屋に入ってきた時点で崩れ去った。
「すいません、失礼します! 永夢さん、ちょっといいですか!?」
やや慌てた様子の彼は、耀に一言断りを入れながら永夢を部屋の外へと引っ張っていった。
なにかあったのだろうと素直に従った永夢は、ジンに連れられて部屋を出てすぐに彼と向き合った。
「永夢さん、冷静になって聞いて欲しいんですが」
そう一拍おいたジンは、改めて口を開く。
「先ほど”ノーネーム”に襲撃がありました。その際に、僕たちの元仲間が連れ去られてしまって……襲撃してきたコミュニティがどこかはわかっているので、白夜叉さまに詳しい事情を聞きに行きます」
「え? それ、本当に!?」
「はい、ですが十六夜さんは最悪その場でゲームになる可能性もあるから他の皆さんも呼んでこいと」
ついさっき、本拠では変なことは起こらないと言ったばかりである。
まさか一瞬にして撤回しなければならなくなるとはさすがに思っていなかったのか、地味にショックを隠せない永夢。けれど、すぐに意識をジンの話に戻す。
「一度襲撃があったのなら、どんな理由があれ二度目がないとは言い切れない。なにより、ここには患者がいる。十六夜くんには悪いけど、僕はここに残るよ」
耀がいる部屋を一度振り向いてから、ジンにそう告げる。
「い、いえ。残るのでしたら僕が。いざというとき戦力になる永夢さんは十六夜さんと一緒に行ってください」
だが、彼ももしもの事態を考えないわけではない。
いまは十六夜の言った通り、少しでも戦力を集めていくべきはず。
けれど。
「僕は行かないよ」
永夢はその言葉に頷くことはなかった。
「ど、どうしてですか!?」
「治療行為のために患者を置いて戦うことは仕方ない。だって、戦わないと治せないんだから。でも、仮に傷は治っていたとしても、完治していない患者を置いていくことなんて僕にはできない。だから、ジンくんが行って来なよ。リーダーなんでしょ? だったら、十六夜くんたちについていくべきはキミのはずだよ」
目線をジンと同じ位置まで下げ、まるで言い聞かせるように話す永夢。
自分が出て行ってしまえば、本拠は無防備。
十六夜についていかなければ戦力向上は見込めない。
それでも。
「十六夜くんならだいじょうぶ。だから僕は、僕のやるべきことをしないと」
「永夢さん……」
「状況がわかっているわけじゃないけど、全員が全員、戦って勝つことだけがすべてじゃない」
戦う人はもちろん必要だ。
永夢がそうであったように、何事にも役割というものがある。適材適所。自分たちのやれることを、互いに信頼して任せ合うことで彼らは多くの患者を、バクスターから、病から救ってきた。
「ジンくんはみんなと一緒にリーダーとして事の顛末を。僕は医者として、耀ちゃんを。そして、こどもたちを守るよ。だから、あとは頼むね」
ここでジンに代わってもらい出て行くことは簡単だ。
でも、彼がこの先立派なリーダーとして”ノーネーム”を率いていくのなら、前に出るべきだ。経験するべきだ。任せることの、託すことの重要性を知るべきだ。かつて、永夢が多くのドクターから教わってきたように。
「……わかりました。僕はリーダーとして行って来ます。ですから永夢さん。あとはお願いします」
「うん、わかった」
そうしてジンを見送ろうとした永夢だが、
「あ、待ってジンくん」
走ろ去ろうとするジンを引き止め、ひとつの伝言を頼んだ。
かつて、すべてを自分一人で成し遂げようとした男がいた。
一人ですべてを暴き出した男は命を落とした。
たった一人の愛する人のために壊れかけた人がいた。
尊敬する、恩ある人を救うために周りの人たちの言葉を聞かずに力を求め、仲間と共に戦うことをせず、一人で戦おうとしたバカな男がいた。
「十六夜くんに伝えておいて。頼れる仲間がいるのなら、その人たちの手を払うべきじゃないって」
永夢が経験してきたこと。
見てきたもの。
それらを思い出しながら、いずれ辿るだろう未来がそうならないことを祈りつつ、どこか、一人ですべてを成そうとしてる彼のために言葉を紡いだ。
どうかその予感が、外れであることを願いながら。
「いってらっしゃい、みんな。怪我なく帰ってきてね」
ジンが見えなくなった廊下の先をひとつ眺め、永夢は部屋へと戻って行った。
「そうか、お医者さんは不参加か。仕事熱心なこった」
永夢の元から戻ったジンが永夢のことを伝えると、そのような気の抜けた声が返ってきた。
他に集まっているのは、黒ウサギと飛鳥。どうやらこの四人で行くことになりそうだ。
「十六夜さん、それともうひとつ伝言が」
「あん? お医者さんからか?」
「はい。頼れる仲間がいるのなら、その人たちの手を払うべきじゃない、と」
「……よくわからねえが、まあ頭の片隅にでも留めておいてやるよ」
ジンから伝言を受け取った十六夜は、黒ウサギたちにも声をかけ、白夜叉のいるであろう”サウザンドアイズ”二一◯五三八◯外門支店へと足を向けた。
つい先刻、神の手により箱庭の世界へとやってきた男は、石造りで整備された道を歩いていた。
「桜? にしては花弁の形が違う。秋に咲く種類の桜かとも思ったが、そもそも見たことねえ植物ばかりだったしな」
ここに来るまでに見てきた景色を思い出しつつ、通りの脇を埋める街路樹を観察しながら歩く。
「箱庭ってくらいだから小さなステージかと思ってたが、こりゃ相当広そうだな。この中で永夢を探すってのも相当の手間だぞ。第一、人が誰もいないときた」
そのくせ、なにか仕掛けてくる気配もない。
(夜だからか? 永夢がいればなにかゲームのルール部分に気づいたかもしれないが……これ、あいつをこのゲームの世界に送った方が攻略進んだんじゃないだろうな)
生憎と、特断ゲームが得意というわけではない。
これなら自分を送り出した男を参加させればよかったと思うばかりだ。
「とはいえ、やっと人がいそうなところまで来たんだし、話くらいは聞きたいもんだな」
まさかスタート地点から人が暮らしていそうな場所にたどり着くのにバイクを必要とするとは思ってもみなかったのだ。普通スタート地点が湖とかありえない。
誰とは言わないが一人の男からの悪意を感じる貴利矢だが、いまさら神のすることに善悪を問うのも面倒だ。
(あいつのこういった事態への対処力だけは評価しているのも事実だしな。永夢の判断は間違っていなかったってことにもなるわけだし)
と自分を納得させながら歩いていると、少し先に何人かの男女の姿が見える。
「歩いてみるもんだな。さて、あとは話が通じればいいが」
念のためガシャットを握りつつも、いたって陽気に接っしにかかる。が、
「どういうつもりなの黒ウサギ! 本気であの男の物になっていいというの!?」
貴利矢が話を聞きにいった集団の一人が鬼気迫る表情で叫び出す。
「私たちを焚きつけた本人である貴女がコミュニティを離れるのは、責任の放棄に他ならないわ!」
「……そんな、つもりは」
「いいえ、嘘よ! 貴女は仲間の為に自分を売り払っても構わないって思っている! だけどそんな無駄なこと、私たちが絶対に許さないわ!」
「コミュニティにとって仲間は大事です。何物にも勝る、コミュニティの宝でございます。仲間の為の犠牲が無意味なはずがない!」
さすがの貴利矢も、さてどうしたものかと傍観していると、
「夜中に叫ぶな喧しい」
目つきの悪い少年が言い合いを続ける女性二人の頭を掴み互いの額へと叩きつけた。
突然の衝撃に二人は口論している余裕もなくオデコを押さえながらうずくまる。
そうして、リーダーであるジンがどうにか二人の言い分をまとめ、互いに理解を示し納得のいく形を作ろうという話にまとめられたところで、目つきの悪い少年――十六夜の視線が、初めて貴利矢へと向けられた。
「こっちで白衣をまとった奴に会うのは二度目だな」
「へえ……こっちのことに気づいていたのか。だったら話は早い。ここがどこだか教えてもらえるかな?」
つけていたサングラスを外し、十六夜へと近づく貴利矢。
「なに言ってんだ、おまえ」
「あの、もしかして遠出しているコミュニティからはぐれてしまった迷子さんでしょうか?」
「あら、こどもじゃないのだし、迷子だなんて」
「す、すいません」
十六夜、黒ウサギ、飛鳥、ジンという順番でそれぞれの反応を見せる。
「こいつは神の野郎が仕組んでそうなキャラしてんな、おい! あとコミュニティってのはなんだ?」
さらっと迷子の部分には言及せずに会話を繋げようとする貴利矢。迷子なのは事実なので言い返せなかったようだ。
十六夜たちからしてみればこの箱庭の世界に来たばかりの自分たちに対して接触してくるなど怪しいことこのうえないのだが。
「コミュニティを知らない? いえ、そんなはずありません。貴方がどこの誰かは存じませんが、なにが目的ですか?」
「目的? 目的なんて、仲間を連れ戻すことくらいなんだけど……っていうか、その耳って本物?」
「ああ、本物だぜ」
「え? うそ!? ゲームキャラってやっぱなんでもあり――」
「話をややこしくしないでください!」
黒ウサギを見てからずっと聞きたかった貴利矢の疑問に答える十六夜と、話が進まずに怒る黒ウサギ。
貴利矢は怪しまれていることを理解しているが、それでも楽しい状況ではあった。
だが、これでは確かに話が進まないのも事実。
「この年頃の相手は適任なのがいるんだけど」
本来の世界でなら、共に戦う仲間の一人かその相方が話をつけてくれそうではあるのだが。
「はてさて、どうすっかなぁ……」
一向に話が進まないこの状況に、貴利矢は夜空を見上げながらため息を漏らした。