今回はセーブ機能だったり一部にオリ設定と多少の無理を通す流れになってますが、ご了承ください。
やっと彼らの出番も書けそうです。
では、どうぞ。
暗い部屋の中。
まるで檻を模したように、電子の柵で囲われたその部屋の中では、カタカタ、カタカタと長時間に渡りキーボードのタップ音が響いていた。
「素晴らしい……」
キーボードを叩く音に混じりながら、ときたま男性の声が混じる。
「まさかこの短時間でまた新たなゲームを開発できてしまうとは……やはり私の才能は恐ろしい! ブハハハハハハハハッ!」
真っ白なガシャットを掲げ、狂ったように笑う男性は一転。
深く椅子に座り直し息を吐いた。
「ふう、しかしプレイヤーがいなければゲームだけできても無駄というもの。仕方ない、ここは最終調整が済み次第、永夢にでもプレイしてもらうか。まったく、自由に動けないのも面倒なものだ」
愚痴をこぼしつつも最終調整に入り出した男性。
しかし、ひとつ奇妙な点がある。
この男、どういう理由か画面の中で動き回ったり声を発しているのだ。無論、映像作品を映しているわけではなく、ひとつの意識ある生命体として活動している。
そんな不思議な光景が流れている筐体に近づく、アロハシャツの上に白衣を纏った男が一人。
「よう、檻の中は楽しいか?」
「……なにか用か、九条貴利矢。用がないのなら私のクリエイティブな時間の邪魔をしないでくれ」
「クリエイティブねぇ。相変わらず楽しそうだな、おまえも」
「うるさいぞ九条貴利矢。用件があるのならさっさと話せ。無論、私が聞くかどうかは別問題だがな」
悪党もかくやといった顔を見せながら、貴利矢と呼ばれた男に反応を見せる画面の中の男。
「いや、おまえに用とかねえから。こっちで情報の整理をしないといけなくなったから、来たついでにおまえの様子を確認しただけだ。予想通りだったからもういいわ」
手を振り画面から離れると、少し距離をおいた先にある椅子に座り、資料を漁りだす貴利矢。
「私に対して予想通りだと? 神であるこの私に向かってぇぇぇぇっ!!」
「あーはいはい、はいはい。また今度相手してやるからなー、神」
「九条貴利矢ぁぁぁぁっっ!! 待て、待ちたまえ! せめてここに永夢を呼び出せ!」
神と名乗り、神と呼ばれた男の口から永夢の名前が出たことにより、やっとのことで彼の意識が再び画面へと戻る。
「永夢を?」
「その通りだ。彼には試してもらわなければならないゲームがある。理由がわかったのならさっさと呼ぶんだ」
「よくやるなおまえも。ってもなぁ。永夢なら今日は午後になればここに来るはずだぜ?」
「んん、そうか。ならばそれまで待つとしよう」
聞き分けのいい神にひとつ頷いた貴利矢は、そうしとけ、と一言返し、視線を手元の資料へと戻した。
神もその様子を一瞥すると、騒いでいたのがウソのように作業に戻っていった。
一見すると仲のいい間柄のふざけたやり取りに見えるが、この二人に限ってはそういった間柄ではない。だが、互いに一定以上の理解を示しているのは確かであり、世間を騒がせた未曾有のパンデミックを食い止めてみせた際にそれなりの関係を保つようにはなった。
おかげで、パンデミック収束後も貴利矢はなにかとつけては神の様子を見に来ているのだ。もちろん、なにかあればすぐにでも神の身柄を衛生省へと差し出すために。
「九条貴利矢、もうとっくに昼の時間を過ぎたが、永夢はまだ来ないのか?」
そんな中、神が再度声をかける。
「そういやそうだな。昼終わりには立ち寄るかと思ったんだが……あいつが仕事をサボるわけないし、ゲーム病患者から連絡があったわけでもない。ちょいと妙だな」
神の指摘に、貴利矢も首をかしげる。昨日の予定では、この時間には永夢は一度戻ってきているはずなのだ。
「一度連絡を取ってみろ。時間は有限だ」
「おまえにまともな意見を出されるとなんかイラつくけど、仕方ない」
端末を操作して永夢に連絡を入れるが、
「――出ねえな。どこでなにやってんだよ永夢の奴」
一切の反応が返ってこないまま、通話が切れる。彼らの知っている宝生永夢からは信じられない状況だ。多少抜けたところはあるが、無責任な青年ではない。医療に対しても、ドクターとしても確かな信念のある男だ。
こうも業務をほっぽりだして消えるとは考え難い。
「永夢……」
「キミは永夢に甘すぎだ。一度連絡がつかなかったくらいで絶望したような顔を見せるな」
「んだと? そんな顔してねえっつうの。心配には心配だが、永夢だっていつまでも半人前じゃない。しっかり成長してる」
そう言いつつも、立ち上がり辺りをうろうろと歩き出す貴利矢にため息を吐きたくなる神。思えば、自分の攻撃からも永夢を守ったことがあったなと思い出しながら、やはり歩き回る貴利矢を見て、今度こそため息を吐くのだった。
「いまの永夢はハイパームテキも、ましてやマキシマムマイティXすら持ってないはずだ」
「だろうな。セーブ機能つけたまでは良かったが、まさかあの局面でハイパームテキが壊れるなど私ですら想定外だった。いまも修復を続けてはいるが、さすが私の最高傑作。そう簡単に直せはしないか。残りライフも少ないことで無理は効かないからな」
画面の中の神がハイパームテキと呼ばれるガシャットの半壊した状態のものを撫でる。
「制作者から言わせて貰えば、壊れるまで遊んで貰えたと言うのはとても誇らしいことだ。もっとも、これは遊びなどではなかったが」
独り言のようにつぶやく神は、ハイパームテキを専用の機器に取り付ける。
その横には、大型のガシャットがひとつ。
「こちらの修復は完了しているが、まさか一気にふたつも貴重なガシャットを壊すなど、まったくたいしたものだ」
もともと傷があっただろう箇所は完璧に直されており、元の形を取り戻していた。
このガシャットは永夢が長らく使用してきたもので、神自身も痛い目を見せられた代物だ。とはいえ、いまさらなのでもちろん直した。
神にとってはそんな些細なことよりも修復できないという不可能がある方が問題なのだ。
「ひとまず、もうしばらく待ってみるべきだろう。永夢が常に通話できる状態とは限らないのだし、気づけば向こうからかけてくるはずだ」
「そう、だな。待ってみるか」
やっとのことで貴利矢を座らせた神は、満足そうに頷く。
「それでいい。これで静かに作業ができる」
「はっ、そうかよ」
吐き捨てるように応える貴利矢だが、表情までは伴っていない。
互いに違う信念を持ち、時には命を奪い合った彼らだが、相性は決して悪くないのかもしれない。
「た、大変大変! もうピプペポパニックだよぉ〜!!」
静かに作業を続ける二人の元に、明るくも戸惑う女性の声が届く。
二人が目を合わせてすぐ、ピンクの髪にカラフルな衣装を身にまとった女性が駆け入ってきた。
「もう大変! これ見て!」
貴利矢と神が見えるように女性が掲げた物は、
「これ見て! 永夢のIDカード!」
「なに!?」
普段永夢や貴利矢が白衣の胸ポケットに付けている自分たちのIDカードとストラップだった。
「おいこれどうした!?」
「お、落ちてたの。永夢に伝え忘れたことがあったから、あとを追いかけたんだけど……そしたらこれが落ちてて、でもバグスターの報告も、ゲーム病患者の人から連絡もないの!」
「おいおいおいおい、どうなってんだよ!」
「落ち着け、九条貴利矢。ポッピー、永夢に連絡はしたのかい?」
「う、うん。でも繋がらなくて……」
突然入ってきた女性――ポッピーと貴利矢の会話に参加した神は、ふむ、と顎に手を当てて考え出す。
「黎斗、どうにかならない?」
「本来なら私のクリエイティブな時間なのだが、ポッピーに言われては仕方がない。少しばかり神の力を見せてやろう!」
神――黎斗と呼ばれた画面の中の男は、どうしたものかと可能な限りの策を書き出していく。
「ところでポッピー、パラドはどうした?」
黎斗が書き連ねながら尋ねるが、彼女は首を横に振り、
「パラドもいないの。たぶん、永夢と一緒に……」
「ってことは、あいつ一人探し出せればぜんぶ解決ってわけだ」
「永夢、どこに行っちゃったんだろ……」
「面倒事に巻き込まれてなきゃいいんだけどな」
ポッピーと貴利矢。
二人とも永夢には特別強い思いがあるばかりか、時折危うい行動を取る彼のことが心配でならない。
どうしてもな状況か、危険でない状況ならば自分たちも共についていくなりしていくこともできるが、今回はそんな暇すらなく彼の行方がわからなくなってしまった。
正直に言って、前代未聞な事件である。
「ねえ黎斗! 永夢を探せないの!?」
静かに目を閉じていた黎斗がポッピーの声に片目を開くが、またすぐに閉じてしまう。
「もう、黎斗!」
いままで永夢との連絡が途絶えることも、彼が自分の意思で医者としての義務を投げ出すことはなかった。だからこそ、なにかが起きたという予感がしてならない。
近くで見てきたからこそわかるのだ。彼は患者がいれば必ず見捨てない。患者のためならばなんだってしてきた。
「永夢、おまえいったいなにに巻込まれたってんだ……」
「と、とりあえずみんなに連絡しないと!」
ポッピーがCRを出て行こうとしたそのときだ。
「いや、少し待つんだ」
両目をカッ、と開いた黎斗が、大げさに両手を広げて話始めた。
「私は永夢や九条貴利矢の持つガシャットにセーブ機能を付け足したな?」
「ああ、それがなんだよ」
「セーブ機能はクロノスのリセットに対抗したものだが、その後もガシャットを使用するたびに自動でセーブは行われる。あれは一度エナジーアイテムとして使用したが最後、いつリセットされても対抗できるようにと機能を増やしておいたのさ!」
「おま、そんな設定にしてたのかよ!」
聞かされていなかった機能の説明を受け、音量が上がる。
「だから壊れたハイパームテキも修復できてないのかよ」
「完全無欠だと思っていたからな。逐一セーブを行ってもだいじょうぶだと思い込んでいた。そこだけは私の誤算だったな。やはりゲームにバグはつきものか」
「って、そんな話はどうでもいいの! なにか思いついたんでしょ、黎斗!」
貴利矢と黎斗の話は始まると長いので強引に話を切り、本題に戻る。
「ああ。もっとも、これは永夢に依存してもいるのだが、彼が一度でもエグゼイドに変身していればその状況がセーブされる。そして、セーブされた情報は私の手元でも確認ができるというわけさ」
「えっと、つまり?」
「つまり、永夢がどこにいるのかすらも私にはわかるということさぁ! そしてぇ! 永夢は既にエグゼイドに変身していることがわかった! つまり永夢がいまいる場所は――どこだここは!?」
「いやわからねえのかよ神!」
「わからないのではない! こんな場所、私は知らないだけだァッ! ハァ……なんだこれは。新しい、ゲームか?」
状況の飲み込みができていない貴利矢たちのために、黎斗が見ている画面をそちらに向ける。
永夢――エグゼイドのセーブデータには、彼らもまるで知らないゲーム開始画面が現れていた。
「箱、庭……? ねえ、黎斗。もしかしてこの中に永夢が?」
「信じられないが、この私もまるで知らない謎のゲームの中から永夢のセーブデータが送られてきている。つまり、この箱庭というゲームのゲーム世界を辿っていけば彼もいるのだろうが……」
「だったら、私が行って見て来るよ!」
「危険だ!」
ポッピーの申し出にそう返す黎斗。
彼からしてみれば、ポッピーは唯一気遣うべき相手。個人的な意見が先に出てしまうのだろう。
このままだと言い合いになるのは必至。
「なら、自分が行って永夢に会ってくる。そうすれば解決ってわけだ」
「……よく言ってくれた、九条貴利矢。キミになら任せられる」
「ちょっと黎斗?」
ポッピーがなにか言いたそうに二人に交互に視線を向けるが軽くスルーして、準備を整えていく。
黎斗はハイパームテキの横に置かれていたガシャットを貴利矢へと渡す。
「そっちはもう修復できている。持っていくといい。それと、これもだ」
続いて、ふたつのガシャットを投げてよこした。
「なんだ、大判振る舞いじゃないの」
「仕方がないだろう。これから行くのは未知のゲーム。なにより、永夢は私のゲームの貴重なプレイヤーだ。ゲームマスターとして、プレイヤーを放っておくわけにはいかないからな」
「ふうん、そういうことにしといてやるか」
「第一、そのガシャットのうちひとつはキミのものだ。神の恵みをありがたく受け取っていけ」
投げられたガシャットのうちひとつをまじまじと見る貴利矢。珍しいこともあったものだ。
「中がどうなっているのかはさっぱりわからない。一応キミたちのセーブデータは逐一確認しておこう。これ以上想定外の事態が起これば私も動くことになるだろうが、ひとまずはキミに任せよう」
「……仕方ない、乗せられてやるよ」
画面の前に立った貴利矢は、受け取ったガシャットと自らのゲーマドライバーを再度確認し、
「ちょっくら行ってくる。その間、こっちは任せたぜ」
「…………貴利矢、気をつけて。あと、永夢をお願いね」
「ああ、任せときな。じゃあな」
自身を粒子状に変えると、貴利矢は未知のゲームが表示されている画面の中へと消えていった。
「貴利矢、だいじょうぶかな?」
「問題ない。彼は私が認めてやらなくもない男だ。そうそうしないうちに、永夢を連れて戻って来るだろう」
「そう、かな。とりあえず、ありがとね黎斗」
ポッピーは黎斗に礼を述べると、他の仲間に連絡を取りにCRを出て行く。
そんな慌ただしい背中を見送った彼はいくつかの資料やモニターと向き合い、ハイパームテキの修復を始めるのだった。
「どいつもこいつも私のクリエイティブな時間を邪魔するとは……しかし、せっかく作ったゲームのプレイヤーがいないのでは始まらない」
ついでに、彼らのセーブデータからどうにかして未知のゲームを解明しようと手を伸ばす。
「神に不可能はない……」
暗がりの中、彼の挑戦が始まる。