まぁ、なんだ……俺と胡桃はいわゆる幼馴染というやつだ。生まれた家が近かったのと、胡桃が幼い頃から活発だったから、男の俺ともよく遊んだことから昔ながらの友人だ。
遊ぶときはいつも俺は胡桃に引っ張られる。陸上だってそうだった。
そして今では俺は胡桃に置いていかれた。あいつは前に進むことを、俺は停滞することを選んだから。
優しい胡桃のことだ。陸上をやめた俺に対してそのきっかけを作った自身に罪悪感を抱いているだろうか?気にするなと言いたいけど、あいつは俺を見るや否や逃げ出してしまう。
「あ」
「む?胡桃」
噂をすればというやつだろうか?曲がり角でばったり胡桃と出くわした。胡桃は俺を認識するや、そそくさと逃げ出した。
「待てよ」
「!」
そんな胡桃の腕を咄嗟に掴み取った。それに胡桃は驚いたような顔でこちらを見る。
「……離せよ」
「やだね」
「離せってば」
「離したら逃げるだろ?」
「お前には関係ないだろ!」
「いいから来い」
とりあえず、うちに引きずり込んだ。幸いにも俺の方が力が強い。周囲には人はいなかったし、特に問題はないだろう。
そして玄関の鍵を閉めてすぐには逃げ出せないようにした。それから胡桃に向き直る。
「なぁ、胡桃。俺はさ、お前が走ってるのが好きだ」
「やめろ……」
「だからそれを守れたのならそれほど幸福なことはない」
「やめて……」
「それに男の子は女の子を守りたがるもんだからさ。あの事故での怪我は勲章だよ」
「お願い……やめて……」
なぜか蹲る胡桃。言い方が悪かっただろうか?けど、俺はこんな言い方しかできない。だって、俺はそういう生き物だから。
「……ひゃっ!」
涙さえ浮かべる彼女の背中にそっと手を回して抱き寄せた。ギュッと抱きしめながら彼女を撫でる。
「ちょ、な、何すんだよ!?」
「いいから、俺の好きにさせろ」
顔は見えない。けど強く跳ね除けようとする様子はない。つまりはガンガンいこうぜ。耳元で囁くように続ける。
「俺はこんな可愛い娘を守れて誇りに思ってるんだぜ? ちっとは自慢させろ」
「はぁ、んん! わかった! わかったから撫でながら囁くのやめて……!」
なんか息が荒くなって来てるけど、そのおかげで交渉は面白いほどに進めやすい。
「なら、俺をもう避けないよな?」
「わかった! そうするから! もうやめてっ……!」
「いいぞ」
解放すると、胡桃はヘナヘナとしゃがみこんでしまった。何がそこまで胡桃を追い詰めたのだろう。追い詰めた本人が言うことじゃないけど。
胡桃はキッとこちらを睨み、
「絶対許さないからな!」
「もういっちょ抱き寄せてやろうか?」
いや、そこで本気で震えるのかよ。
私は罪人だ。あいつが陸上をやめた理由の怪我は、私を庇って負ってしまったものだ。その怪我は完治した。のだが、あいつから陸上への熱意は感じられなくなった。きっと怪我をしたせいだ。
私が辞めさせたのだ。
けど、その事実に私が最初に感じたのは興奮だった。
私という存在が彼の人生に刻み込まれたのだと思うと歓喜と興奮が私を襲ったのだ。
だからこそ、私はそんな私を嫌悪した。
それでも……私は……
大丈夫。まだ堕ちてない(キリッ)