「セイバーなんで?」
目の前にいる影にオレは問いかけた。彼は当然の様にオレの横へと佇む。
「何故って君が呼んだんだろ?」
呆れたと言わんばかり表情でセイバーは言う。
「そうか」
何故だかひどく安心した。居心地が良いと言うべきか。彼とは僅か二日しか関わりがないというのに。
「さて、どうする藤丸くん?」
彼の声に思わずはっとした。
目の前に転がる聖杯。それを挟んで対峙する藤丸立香とセイバー沖田総司。
まるで鏡合わせの様だと苦笑する。
ただ、残念な事に歪で間違っていて不安定なのはこちら側だ。
人外、そもそも魔人柱とされたマスターとなりぞこないのシャドウサーヴァント。
一体、オレ達に何が出来るというのか?何をしろというのか?
この目の前にある聖杯に手を伸ばせばそれが分かるのならば。今すぐにでもそうしたい気分だ。
無意識に伸ばしていた手を引っ込める。オレが結局何がしたいのだろう。
何をすればいいのだろう。だが、この聖杯には確かに魅了されてしまっている。
「何を躊躇している藤丸くん」
セイバーが横で言った。
コイツの考えがまるで分からない。
そもそもオレは彼の事は全く知らない。知っている事と言えば音楽にうるさい事くらいだ。
「セイバー……怒っていないのか?」
「何故?」
「オレは君の言う通り、君の推理通り化け物なんだ。魔人柱らしい。勿論、そんな自覚はないけど。でも、オレはきっと本物の藤丸立香ではないと思う」
「それで?」
「それでって?お前、オレの話を聞いてなかったのか?オレは、化け物だ。この見た目もそうだ。オレは……オレは人類の敵なんだぞ」
「……それでも、君は僕のマスターなんだろ?」
表情一つ変えずセイバーは言う。そう、ごく当たり前にいうのだ。
「今の君は何者でもないよ藤丸くん。そう、今の君は何にだってなれるのさ。何もないなら簡単だ。そこに何かを入れるのはね」
「……そうなのか?」
「あぁ、肝心なのは君がどうしたいのか、だ。どうなりたいんだ藤丸くん。それを叶える願望機は君の目の前にある。さぁ、選びたまえ。君はどうしたい?」
セイバーの声がより強くなった。彼の考えはやはりよくわからない。
キャスターの様にオレを利用しようとしているのかもしれない。
ただ、それでもいいと思った。なんだっていい。何者だっていい。
オレはオレ自身で自分の存在を勝ち取ってみたいとい思ったのだ。
*
『先輩!!』
マシュの悲鳴にも似た声が飛んだ。藤丸立香もその存在には気づいている。
いや、気が付かないはずがない。目の前で肥大する人間の形をした何かは、たちまち人類悪へと顕現していた。紛れもなくそれは、魔人柱だったのだから。
「こっちで動けるのは沖田だけ……」
「私はいつでも行けます。死なばもろともですよ」
笑ってみせた沖田だが疲弊しているのは目に見えている。
『立香君、今顕現した魔人柱だが本来の力はまだない。データで見るなら酷く低い数値と言えるだろう。叩くなら今だ。』
ダヴィンチの声に藤丸立香は拳を握り令呪を三画重ねて沖田を援護する。
「セイバー」
「わかっています」
神速の剣。沖田総司の必殺剣が発動した。
*
意外と痛みは感じなかった。
それは元々自分達が虚無だったからなのか。それは、わからない。
ただ、痛みはなかった。むしろ、すっきりとした気分だ。色々と体から抜け落ちたように。
聖杯を自らの意思で掴んだ瞬間。
全てを思い出した。
自身の存在を。そして、自分達は敗れた事も。残骸だった自分を再構築したキャスターの事も。それでもなお、オレは自らを魔人柱として定義できないでいた。
何せそんな事言っても今のオレには説得力がないからだ。
「何故庇ったんだい?藤丸くん」
「何でって?当然じゃないか 君はオレの友人だろう?」
「馬鹿なやつだ」
目の前でセイバーは憤慨していた。オレにはその理由がよく分からない。もう思考なんてまともに動かないのだ。自分の存在が世界から切り離されるような感覚。
心なしか苦しいとかそう言った感傷は全くなかった。
沖田総司の剣は中途半端に顕現したオレの体をいとも簡単に刺し貫いていた。
オレは何とかセイバーに被害が及ばないように彼の前に立ったはいいがあっさりとやられてしまった。
何も分からない。結局、足が浮ついている。自分の足が地につかないような感覚。
きっと、これが魂が抜けるって感覚なのだろう。
あぁ、ハッキリと分かるのは自分が死ぬって事くらいだ。
「最期にセイバー、名前を教えてくれないかな?このままじゃ死んでも死にきれない」
「―――御手洗だ。御手洗潔。おてあらいって書いてみたらいと読む。潔は、清潔のけつ」
「なんだか綺麗な名前だね」
「笑うな、僕のトラウマだ」
「いや、本心で言ってるよ ありがとう御手洗。ほんの二日だけだったけど、君との時間は楽しかった」
「君に対して僕は胸を張れないよ」
「いいよ。御手洗」
「君は聖杯を持ち尚且つ、魔人柱でありこの虚構の管理人。この世界は君の死を持ってでしか終われない」
「じゃあ、君は初めから分かっていたの?」
「いいや、そうじゃない。ただ、出来れば楽な死を与えたかったけど、僕には出来なかった」
「じゃあ、この結末は君の望むものなのかい御手洗」
「……結局、カルデアのマスターに滅ぼされるしか方法はない。人類において君の消滅は最善手だろうね。君一人を生かす為にこの特異点を存続させるのは傲慢だ。いずれこの特異点は肥大し、現実を覆い尽くす。逆転するんだ。虚構の世界と現実の世界が。君を生かしておくわけにはいかない」
「正義感が強い男だね、君は」
「どうかな?せめて僕がまともなサーヴァントなら少しはやりようがあったかもね―――すまない、藤丸くん」
「でも、ほっといてもオレは簡単に殺されていただろうね。わざわざ、聖杯を与えた意味はわからないな」
「君は僕にとって依頼人だ。依頼人には知る義務がある。事件の真相をね。最も、今の僕にそんな義理を言えた筋はないけど」
「そんな事はないさ」
「そうか。では、あえて聞こう。魔人柱シャックスよ、人間が憎いかい?」
「……」
「……」
「―――アァ、憎いさ。人間如きが我が魂を弄び転がしたことにな」
「なら、問題ない。他人を恨むなんて最も人間的思考じゃないか」
御手洗はそっけなく言った。
だが、オレにはとても温かみの有る様に思えた。
この男は初めから全て考えての行動だったのだと納得した。
「―――そうか、そうだね。ありがとう。オレの友人、御手洗潔」
「あぁ……さようなら僕のマスター。せめて、安らかに眠ってくれ」
*
「魔人柱の消滅を確認。先輩、直ぐに帰還を」
マシュの声に藤丸は適当に返事を返した。それは、目の前で起きた光景に疑問を持ったからだった。最後の沖田による攻撃、藤丸の目には魔人柱がシャドウサーヴァントを庇ったようにしか見えなかったからだ。
「沖田!?」
藤丸の中には言葉にならない感覚が沸々と湧き上がる。その正体は分からない。
この特異点ははっきりいって脆すぎたのだ。釈然としない。その答えが分からない苛立ちをぶつけるかのように、藤丸はサーヴァントの名を叫んだ。
「どうしました、マスター?」
沖田は振り返って笑顔を見せる。だが、その身体は既に消えかかっている。当然だ。特異点が消滅するのだ。ここで召喚されたサーヴァントも座に戻るのだろう。
「いや……その、ありがとう」
「いえ、こちらこそ。カルデアにも私がいるんですよね?そちらの私もよろしくお願いします」
そう言って最後まで微笑みを絶やさすセイバーは消えた。
「聞けるはずないよな」
心の内の靄は取れない。藤丸は最期まで自身に協力してくれたサーヴァントにも満足に礼を言えずに自らの世界へと帰還する。
*
目を開けるといつもの風景があった。マシュやダヴィンチが藤丸を出迎える。
だが、藤丸は釈然としない表情のままだった。
「先輩、どうかしました?」
「いや、なんだろう。分からないんだ。今回の特異点はその、なんか簡単すぎるというか」
何とか心中を口にしようとするが、言葉がまとまらず喉が詰まる。
「お疲れさま、藤丸くん。今回の特異点はどうだった?」
ツカツカと足音を鳴らし藤丸の前に出たのはシャーロック・ホームズだった。
「いや、何だろう、分からないんだ。肩透かしを食らったというか」
「ははっ。それは驕りだね。藤丸くん」
ホームズは満面の笑みで答えた。一方で、藤丸はそんな事はないと苦い顔をした。
いいかい?とホームズは断りを入れた。ここに居る誰もが、拒絶したところで話すだろうと呆れながら頷いた。
「君は確かにまた一つ世界を救った。だが、だとしても君を中心に世界があるわけではない。この世界で生きている一人一人が自分を中心にいきて世界がある。誰しも英雄になれるし 悪魔にもなれるということさ。犯人を捕まえれば僕は被害者からみれば英雄さ。でも犯人からみれば厄介な悪魔だろう」
「でも、ホームズは正しいことをした。俺だって世界を救った筈だ」
「いったろ?藤丸くん。世界のルール、常識、道徳に僕達はあくまでのっかているだけさ。世界の意思が僕達を裁くのか?違う。人の生も死も一人の意思で決まってしまうのが世の中だ。誰しも犯人なってしまうし、英雄にだってなれる。勘違いしないことだ。君は世界を救った英雄だがそれは結果だ。世界を滅ぼすのは悪だという考え方も人々の意思が引いた理論的価値観の上での常識だという事を忘れてはならない」
「……」
「あぁ、気にすることはない。別に責めているわけではないからね。ただ君が救った世界には滅ぼされた人々の願いだってあったという事を忘れないでほしい」
「ミスター・ホームズ。先輩だってわかっています。だから、今回の特異点でも被害を抑えようとしていました」
たまらずといった顔でマシュが口を挟んだ。ホームズはそれを一瞥して言葉を続けた。
「気まぐれだよ。ミス・キリエライト、忘れてくれていい。ただ、僕も一目会って見たかっただけさ」
「―――誰に?」
「東洋のシャーロック・ホームズにね」
*
「最後までモノを言わないとはね、ホームズ」
廊下を歩くホームズの道を遮るように、犯罪界のナポレオンは彼の前に立ち塞がった。
「君に僕の何が分かるというんだ、モリアーティ?」
ホームズは彼を一瞥するに留まった。一方の、モリアーティはその態度に軽快に笑って返事をした。
「そう怖い顔をするんじゃない、少し君とお話したかっただけサ」
「僕は君と話す事など何もないが?」
「ほう?では、君の興味を少しは引こうではないか。藤丸立香についてだ。君の考えをあてて見せようか?」
「……」
「無言は肯定と判断するよ。では、藤丸立香について君はこう考える。彼は、とても危険な存在だと。彼は悪を憎まない。どの状況においても常に『正解』を導き進んでいく。それが、どんなに恐ろしい事か」
「―――君も同じ考えだろう?だったら、僕の考えを代弁したなどの戯言はよせ。君の言葉で言えばいい」
「ハハッ。それもそうだネ、シャーロック・ホームズ。では、我々はこう考えた。藤丸立香の判断が世界を導いている。今は、特異点を救うという理由付けこそ存在するが、結果として世界の線とも言うべきか、幾重にも枝分かれしていく世界を彼一人が決めていく事になってしまっている現状だ。これは、紛れもなく異常だと私は思うがネ」
「それが、どうした?」
「わかっているだろう?彼は間違いなく世界の中心にいるんだ。彼の決定が世界を塗り替える。君が彼に言いたいのは判断を見誤るなという事だ。そして、それでいても尚、彼は英雄などでは決してない。」
「それは逆説的な考えだ教授。本来の線にカルデアは戻しているだけだ。特異点が本物だと世界が認めない限り、彼が世界を決めている事にはならない」
「――目の前の存在が悪だとは限らないだろう?ホームズ。君だって個人の裁量で犯人を匿ってきた。だが、藤丸立香の双肩にかかるのはたった一つの小さな事件如きではないだろう?あぁ、そうか。君は嫉妬しているんだネ?今の君はただの使い魔に過ぎないからね。君はここでは只の脇役でしかないのだから」
「それが言いたかっただけだろう君は。所詮、僕らは伝説、逸話の殻を被って現界している半端ものさ。それこそ、僕達は世間の声が作らせた虚構にしか過ぎない。ならば、世界が想像し、創造した存在を演じるだけさ―――失礼するよ教授。君の与太話に付き合っている暇はない」
ホームズはモリアーティの横を過ぎ廊下の奥へと消えていった。
「―――虚構。言うじゃないかホームズ。だが、君は満足できるかナ?人類を賭けた大事件だ。それが簡単に無くなってしまえば退屈すぎるというものサ。精々、祈るといい。彼が、世界線自体を定める裁定者にならん事をネ」
1983 横浜
私の友人は奇天烈だが今日は一段とそれが増していた様に思う。
その日、彼は寝室からでてくるとソファに座りぼんやりとしていた。突如、声を荒げて立ちあがったと思うと、違う!といい部屋をぐるぐると回り出したりしていた。
私は、何時もの事だと考えてそれを黙って眺めていると、彼は私に言ってきた。
「夢をみた。ありえたかもしれない未来の夢だった。そして僕は世界が救われたのをみた」
「いったいなんの話だい?」
「だから言っただろう。夢の話だ」
「はぁ」
私はため息をついた。
だが、世界が救われたなんて大層な事をいったものだ。彼にしては珍しいと思った、。
「石岡くん、もしものはなしだよ」
「あぁ」
私は適当に相槌をうった。
「真剣な話だ!」
「あぁ!」
彼が急に怒鳴ったので私もビックリして大きな声を出した。
「もし僕が死ななければ世界が崩壊するかもしれないとなったら君はどうする?」
彼は至極真面目にいうので私は真剣に考える。
その間、彼は私の顔をチラチラと見ては、はやく、と答えを急かした。
「その……君が死ななければならないんだな?」
「そうだと言ったじゃないか」
「なら、僕は君を殺す」
すると彼は驚いた様に目を見開くと、なぜ?、と聞いてきた。
「だって、君が死ななければ何千と人が死ぬんだろ?なら―――」
「なんて奴だ。君は僕と世界中の人の命を天秤に掛けたのか!最低だ!薄情だ!」
ありったけの罵声を浴びせられた。
私は、苛立つ気持ちを抑えて言葉を続ける。
「まぁ、落ちつけよ。僕だって何とか君が死ななくてすむ方法を考えるさ。でも、どうしようもないんだろう?だったら、何とかするしかない。もう死んでもらわなきゃ助からない」
「ほら。やっぱり!」
「む!出来るわけないだろ!友人の君を世界を滅ぼす大虐殺人になんて!そんな、業を背負わせるくらいなら僕が君を殺して一人で罪を被ってやる」
つい熱くなってしまった。
気がつけば私は立ち上がり彼の両肩に手を乗せていた。
彼は眉間に皺をよせ思案顔をしたりとコロコロと表情を変えたりした。
すると、両肩に乗った私の手を握りしめてこういった。
「ありがとう。石岡くん。やはり、君は僕の友人だ。僕は嬉しいよ。良かった、僕は間違えてなかったみたいだ」
満面の笑みで私の両手を持ったまま掴んで離さない。
彼が喜ぶ傍らで私は自分が言った言葉が急激に恥ずかしくなり耳まで赤くなっていただろう。そんな私の心境を彼が見逃す訳がなかった。
「ところで今のは何の恋愛小説から引用したんだい?随分と恥ずかしがっている様だけど。自分の言葉には責任を持ってほしいね。後悔するくらいなら初めから言わない事だ」
内心、私はハラワタが煮えくり返る思いだった。真剣に答えろというから答えたのにこの仕打ちはなんだというのだろうか。
一方で、彼は上機嫌な顔で鼻唄を歌っていた。
「あぁ、一つ言っておこう。君に僕は殺せないだろ。君にそんな度胸もない。あと、一番の問題は相手を納得させて殺すべきだ」
「な、なんだよ、唐突に」
「いや、何も。あぁ、そうだ。石岡くん。犬を飼わないか?」
唐突だった。
私は思わすコメカミを抑えた。
もう彼の中では先ほどのやり取りなど忘れ去られているだろう。
私は仕方なく、なんで?、と尋ねると彼は答えた。
「問題ない、名前も既に決めてあるんだ」
答えになってない事などもう指摘する気もさらさら失せたので私は投げやりに聞いた。
「へぇ、なんて名前にするんだい?」
「―――シャックス。遠い未来。あり得ない未来で世界を滅ぼす悪魔の名前さ」
私は、物騒な名だ、とだけ答えた。
すると情緒不安定のキチガイは俯いて独り言の様に呟いた。
「あぁ……いもしない僕の友人だった男の名だ」
御手洗の横顔が窓ガラスに映し出される。外は、冬の風が吹いていた。枝から落ちた枯れ葉が空高く舞い上がる。それを悲し気に私の友人は見つめていた。