あと、2~3話くらいで終わる予定です。
彼女を初めて見た時、可憐だと思った。
訪れた道場に一人の少女が居た。
彼女は間違いなく天才だった。剣の腕で彼女に敵う者などいなかった。
彼女の挙動には目を奪われる。本物の天才だった。
だが、俺はそれを妬ましかったのか。
それは、彼女が女だったからか。
いや、違う。嘆かわしいと感じた。
何故、彼女なのだと。
彼女にこれほどの才をなぜ神は与えたのだろうか。
これほどまでの悲痛な人生を何故歩ませたのだろうか。
俺は悔しかった。彼女を上回る力があれば、彼女を闘争に巻き込まずに済んだのだ。
ならば、この世が間違っているのだ。
彼女を闘争に巻き込んだこの国の在り方が間違っているのだ。
ならば、それは打つべき敵だ。
この日に平穏が訪れれば彼女は剣を握る必要もない。
ならば、俺はここにはいるべきではない。
幕府の言いなりになったこの新選組では世を変える事は出来ない。
俺は、彼女が。
ただ、可憐な彼女が笑っていればそれでよかった。
だから、俺は願いを。
志を違えたりは決してしない。
*
「総司ぃぃぃ」
アサシンの振り下ろした一刀を沖田は澄ました顔で受け流した。
「はっ」
そのまま態勢を崩したアサシンへ刀を横薙ぎに振るった。
僅かではあるが掠めた剣先がアサシンの肩口を赤く濡らす。
「総司……お前は何故戦う?ここにはもうお前のいた場所はねぇ。なのに、何故刀を振るう?何故だ!お前はなぜ死んでなお、英霊という座に居座って剣を取る!?答えろ……答えろ!総司ぃ!」
「戦う理由ですか?改めて問われると可笑しな話ですね。私は、もう一度。
もう一度みんなと、今度こそ最期まで戦い抜きたいだけです」
「……そんな事。そんなもん、オカシイに決まってるだろうが!」
「自分でも馬鹿げていると思ってますよ」
「だったら―――」
「でも、私はこれしか知りませんから」
一度、ほんの少し沖田は寂しそうな顔を浮かべた。
少なくともアサシンには彼女の顔がその様に見えた。
それは、とても悲しい事実。
「死ぬために、また死ぬおもいをして戦うとはふざけた事を言うな。何故、そこまで拘る。
お前はもう戦わなくていい。もっと、全うな願いを持て。お前には。
お前にはもっと全うな生き方だってあった筈だろう!」
アサシンは叫んだ。それは、彼の心の底からの叫び。
心の底からの願い。沖田総司という一人の女性に対する叫びだった。
「言いましたよね藤堂さん。私はそれしか知らないし、新選組が私の居場所だったんですから。―――もう、話はいいでしょう?引いてくれないのなら藤堂さん、貴方をここで斬ります」
「―――あぁ、そうかい。やってみな総司。だが、俺が終わらせてやる。そんな戯言を。
そんなモノを真実としたお前の虚構を、俺が斬り伏せてやる」
二人は同時に得物を振るった。もう何度目となるか分からない程に打ち合い続けた。
殺気と殺気が空間を彩る。沖田の目は正に戦士、剣客、人斬りの目だった。
その眼差し、眼光を向けられたアサシンは内心ため息をついた。
彼女の在り方は間違っていると。
こんなにも美しい女が何故人斬りなどしているのだろうか。
それは、やはり間違っている。生前抱いた感情は今も変わりはない。
だから、こうして彼女の前に自身は立っているというのに。
結局、彼女に向けて刀を振るう事でしか分かり敢え無い。
とんだ矛盾を孕んでいるのは己自身だというのに。
だが、だから。
いや、結局、アサシン藤堂平助も沖田総司となんら変わりはないのだ。
こうでしか、こうする事でしか。このやり方でしか知らない。
アサシンが沖田に望んだのは、女性らしく生きる事だった。
血生臭い人斬りなど、可憐な彼女には似合わない。
だが、藤堂自身はどうだったのだろうか。彼自身もその在り方まで示す事など出来はしない。
結局、彼らは人斬り集団。
こうする事でしか、自分の生き様を貫き通せない大馬鹿者なのだ。
「藤堂さん、何を迷っているんですか!?」
沖田の声が飛んだ。アサシンは思わず彼女を見た。
笑っていた。沖田総司は笑っているのだ。
何故?何故?
アサシンにはその意味が分からなかった。
裏切り者の自分を斬れるという喜びか?だが、そんな気は一切も感じられない。
なら、一体彼女は何故笑っているのだろうか?
アサシンは刀を振るいながら思考する。だが、答えは依然と浮かばなかった。
「ふっ」
だが、何故だろう。アサシンは自身の感情に疑念を抱く。
何故、俺は今笑っているのだろうと。
戦わせたくない女に刀を振るい、殺し合いをしている最中に何故、俺は笑ったのだろうと。
「藤堂さん、やっぱり貴方と打ち合うのは楽しいです。ですが、今の私達は敵同士。斬り伏せねばいけない相手。すみません。終わらせます」
「―――何いってやがる。お前こそ俺が生前勝てなかったからと言って、油断してっと首が飛ぶぜ!」
アサシンの振るった刀を避け沖田は後方へと飛び退き距離を取った。
瞬間、アサシンは彼女が何をするかすぐさまに理解した。
「くるかよ」
唾をのみ込み喉が鳴った。アサシンは刀を中段に構え沖田を睨みつけた。
「―――一歩音越え」
沖田が駆ける。それは、彼女の縮地が成せる技巧だった。
瞬時、地面を掛け敵へと接敵する。
無論、アサシンはそんな事を重々理解していた。
「二歩無間」
アサシンは動かない。彼女の剣技は回避不能の必殺剣。
ならば、それよりも速く沖田を切り捨てるほかない。
彼女が踏み出した三歩目と同時に踏み出す。そう考えていた。
「三歩絶刀!」
「―――あ」
踏み出された三歩目。しかし、アサシンは動けなかった。
ただ、乾いた声を漏らしただけだった。
彼は気づいてしまった。いや、思い出してしまった。
自身の胸の内に抱いていた感情を。瞬間、彼の足は止まっていた。
迫る沖田の刃。だが、アサシンは動かない。
理由は簡単だった。見とれてしまった。
沖田総司という剣士に見とれてしまっていたのである。
「―――あぁ、そうだ。思い出した。お前はそうだった。忘れてしまっていた。いや、言い訳にしていたのかもしれない。本来の目的を見失った新選組を去る理由に。俺は総司を使っていただけだった」
「無明三段突き!」
沖田の刃がアサシンの胸元を抉った。溢れる鮮血。
返された血を浴びながら沖田は呟く様にいった。
「―――何故、避けなかったのですか?」
「―――避けれるなら避けていたさ。でも、無理だろ?お前のそれを避けるのは」
「藤堂さん」
「忘れていたよ、総司」
「―――何をですか?」
「お前は―――いや、やっぱいいわ。直接言うのは照れくせぇ」
アサシンは胸元に突き刺さった刀を自ら引き抜くと、力の入らない足で尻もちをつく形になった。
「―――いえる訳ねぇよ。あれを放つときのお前が、一番輝いていたなんて。一番、可憐だったなんて」
沖田に聞きとられぬようそう呟いた。
「なぁ、総司」
アサシンは彼女を見上げていった。
沖田はただ、彼の言う言葉を黙って聞いていた。
「お前の最期まで新選組として、仲間と共に戦いたいっていう願い。その中に、俺は入ってんのか?」
「―――当たり前じゃないですか。勿論、入ってるに決まっています」
「そうか、そうか。なら、なら俺は満足だ―――」
「藤……堂さん」
アサシン、藤堂平助は消えていく。
沖田は何も言わず、何も発せず。
ただそれを直視出来ずに俯いているだけだった。
*
「さぁ、落ち着いてマスター状況をしっかりと説明しますから」
「―――あぁ」
オレはキャスターに言われるまま、あの目を覚ました部屋に連れられた。
相変らずこの部屋は昼間だというのに薄暗い。カーテンを全開にして欲しい気分も幾分かはあったが、薄暗い方が落ち着くような気もした。
オレは、キャスターに抱えられた腕を振りほどくと、無様に床へと転がった。
「―――教えてくれキャスターオレは誰なんだ?」
「言ったでしょう?貴方はカルデアのマスター、藤丸立香です」
キャスターは平然とそれを言ってのけた。
「じゃ、じゃあオレの腕は!この腕はなんだ!まるで、ミイラみたいだ!それに、バーサーカーが言ってた。フィリップ、フィリップって誰だよ!なんで、その名前がオレに響くんだ!オレの体があの声を、感触を覚えてる!?教えてくれ、キャスター」
オレは叫んだ。体が裂けそうになるほどに。だが、相変らずキャスターは平然とした口調だった。一瞬、セイバーの言葉が脳裏を掠めた。
だが、それを真実としたらオレはオレでなくなってしまう気がしてならなかった。
「本当の事を言いましょう。マスター、貴方には呪いがかけられているのです」
「どういう事だ」
「虚構。実際にはない事を作り上げる。言ったでしょう?ここは虚構都市。全ては、聖杯を持ち魔人柱の力をも利用した奴らの仕業。逆転してしまっているんです。敵は、自らを藤丸立香と名乗り貴方から存在定義を剥離しようとしている。つまり、貴方になり変わろうとしているのです」
「な、そんな事!?」
「残念ながらそれが、事実なのです。彼らを倒さねば貴方は永遠に別の何かとなり消滅するでしょう」
キャスターの言葉はオレには衝撃的過ぎる事実だった。
まさか、この虚構都市がその様な仕組みであったとは、思いもよらなかったからだ。
つまり、敵は藤丸立香という存在になり変わり、世界を崩壊させることが目的なんだ。
キャスターの言葉が事実であるならば、オレに限った事象ではない。
やがて、この特異点が現実世界を侵食し全ての自称が虚構へと成り替わる。
全てが、事実を新しく造り変える事になってしまう。
「そ、そんな事させるわけにはいかない」
「ええ、おっしゃる通りです。だから、我々は彼らを倒さねばならない」
「勿論だ。ところで、敵というのは?」
「それは当然、今、貴方の振りをしている魔人柱達です。彼には今セイバーのサーヴァントがついています」
キャスターはそこで一旦言葉を区切った。
セイバー沖田総司もきっとオレの姿をした偽物に騙されているに違いない。
だが、今のオレに出来る事など何一つとしてなかった。
キャスターを卑下するわけではないが、彼女の戦闘力では到底勝ち目がない事など明白だったからだ。
「安心してくださいマスター。貴方はカルデアのマスターですよ?」
「え?」
「令呪です。無論、今のマスターは体が違うので腕には令呪がありません。しかし、貴方は数多の英雄と人類史を守ったのです。貴方も英雄といって過言ではありません。彼らと対峙した時、強く願って下さい。きっと、貴方に令呪が宿るでしょう。そうすれば、セイバーをこちらに引きつける様に命令してくださればいいのです」
キャスターは力強くいった。
オレはその迫力に気圧され頷く事しか出来なかったが、言われてみればその通りだと感心した。
何せ、オレは藤丸立香なのだ。体を弄られようとその在り方は不変のはずだ。
ならば、英霊は必ずオレに応えてくれるに違いない。
「キャスター、任せてくれ!必ず、奴から沖田を救い出してみせる。そうなれば、後はオレの偽物を倒すだけだ」
「ええ、その意気です。マスター」
そう言って彼女はオレに優しく微笑んでくれた。
*
「……沖田」
「―――大丈夫ですよ、マスター。さぁ、バーサーカーを追いましょう。キャスター一人では心配です」
沖田は藤丸に背を向けたまま言った。藤丸も彼女の顔を見まいと背を向ける。
「あぁ、行こう。マシュ、キャスターの場所追える?」
「勿論です、先輩。そちらに居場所のルートを転送します」
藤丸は送られたデータを元に走った。沖田もそれに追走する。
二人が暫く行くと大きな通りに出た。
そこからは、海が見渡せた。ビルが引き締めあう、現代で見慣れた光景が過ぎ去った後に広大な海が顔を覗かせたのだ。
「先輩、もう少し言った先に―――」
「大丈夫。見えてる」
マシュの言葉を遮った藤丸の目に映ったのは現代とは不釣り合いなモノだった。
元よりこの場所にあったとしては、ランドマークとは言えない不気味さ。
何より、この一九八三年の横浜の地に、勿論、現代でもないがこんな大きな城などは存在してはいないのだ。
「行こう、沖田。マシュもサポートをお願い」
「勿論ですとも、沖田さんに任せてください」
「ええ、こちらもサポートに全力を尽くします」
「よし、行くぞ」
藤丸はその特異な城へと足を運ぶのだった。