セリフ間にスペースを挟んでみました。
読みやすくなったでしょうか?
男は室内を忙しなく歩き回っていた。机の周りをグルグルと回ったり、部屋の端から端を行ったり来たりしていた。
「あぁ、そういう事か。全く、聖杯とやらは僕にさっさと知識を与えていればいいモノを。僕がシャドウサーヴァントだからか?いいや、違う。これは、違う。僕の責任だ。僕にも意地があった。自分の頭だけで考えていた。考慮しなければならないんだ。現実を受け止めなければならない。これは、特異点なんだと。なら答えは分かっている。とても簡単な事だったんだ。この事件は」
男は息を一つ吐きだしソファに腰をおとした。
ぼう、と窓の外を眺める。本来ならば今すぐにでも依頼人の元へ行き事件の全貌を明かしたいところではあった。だが、無暗に外に出ようものならたちまちサーヴァントにやられてしまう。しかし、それ以前に彼は依頼人の住所を知らないのである。
だが、検討はついている。そして、友人が時期に顔を見せる事も。
彼には分かっていた。
*
目が覚めた。瞼をこすり目の前に出てきた光景にオレは少し驚いた。
思わず飛び起き窓の外をみると外が明るい。
今まで夜にしか目覚めなかったのに今日は頗る調子がいい。だが、同時にさっきまで見ていた夢を思い出した。嫌な夢だった。
いや、もしかしたら夢じゃないかもしれない。これはきっと記憶なのだろう。
鮮明に映し出された映像を俯瞰でずっと眺めていた。
現実めいたそれはきっとこの特異点での記憶に間違いないと思い、オレはセイバーの元へと急いだ。
まだ明るいせいか外を歩く人々は多い。道行く人を間近で眺めた。
何故だが自分の気が高揚しているのがわかる。気分が浮かれているのだ。
思わず走り出す。素晴らしい。素晴らしい。
何だか生きている心地になった。
「?」
いや、何故その様な感覚に陥るのだろうか?オレは自分の抱いた感情が理解できずにいた。
だが、それはきっと杞憂だ。今は速く彼の元に行ってみよう。
ビルの階段を駆け上る。馴れたものでスムーズに上がる事が出来た。
相変らず息は上がってはいるが。意味を成していない扉を開ける。
「セイバー」
オレが呼ぶと彼はこちらを振り向き言った。
「あぁ藤丸くん丁度いいタイミングだ」
「なにが?それよりオレも思い出した。オレはどうやらここでの記憶を夢で視るんだよ」
「……へー。そうか、そうだな。僕の話は、君の話の後でいい。続けて。あと話も長くなる。キッチンから紅茶を取ってきてくれ」
「え?あ、あぁ」
何となく承諾してしまった為にオレは言われた通りにカップを二つとりテーブルに置く。
カップに紅茶を注ぐと香りが鼻を刺激した。だが、そんなものではオレの気分は晴れない。
何故、客人である自分がこんな事をしなければならないのだろうと。
オレはカップに入った紅茶を一口飲み話を始めようと思った。
「じゃ、じゃあいいか?オレはさっき言った通りここで起きた事を夢で視る。間違いない確信した。ここで起きたオレの記憶だ。そうなると今、沖田が居ないのは気になる」
「ちょっといい?その夢で視る人物たちの顔をハッキリと記憶できてる?」
「いいや、でもオレの顔とキャスターの顔は覚えてるよ。他のサーヴァントは何かよく分からないな」
「そう、続けて」
「あぁ、でこれは三日目の出来事だ。オレはバーサーカーと対峙した。沖田が助けてくれたけど、そこにアサシンが現れてオレの腕を斬りつけた」
「それで?」
「
そこからはまだ見れてない。目が覚めたから」
「そう」
「セイバーはどう思う?」
オレが尋ねると彼は少し真剣な顔つきになった。
「藤丸くん、君は僕に記憶を取り戻す手伝いを依頼したね?」
「え?そうだけど」
「ならば、真実が何であれと受け止める覚悟はあるかい?」
「どういう意味?」
オレにはセイバーの言っている意味が分からなかった。
彼の言う真実が一体何を指しているのか全く理解できなかった。
「僕は憶測はあまり話したくない。だが、判りきっている事だけは話そう」
「うん」
「まず、キャスターだが彼女はこの特異点を何と言った?」
何をいきなり聞き出すんだ。オレはセイバーの質問の意図が分からなかった。
記憶を辿りキャスターの言葉を思い出す。
「ええと、この特異点は聖杯戦争が起きてて勝者には聖杯が与えられる。だから、今は聖杯がない。だったかな」
「あぁ、そうだ。君が僕の所に来て話してくれた事だ。じゃあ、聞くけど特異点はどのようにして起きる?」
「え?」
「逆転しているんだよ。聖杯によって歪んだ事象というべきか。聖杯があって初めて特異点生まれる。勿論、要因は聖杯だけではないけどね」
「じゃあ、キャスターの言っている事は間違ってるって事?」
「そもそも、聖杯がないという前提がおかしい。更に問題なのが彼女が何故そんな事を言ったのかだ」
セイバーの言葉にオレは何も言わずに俯いた。
「藤丸くん考えろ。何故、君が騙されなければいけないのか?なんだと思う?」
「だ、騙すってなんだよ!」
[―――わからないかい?君は騙されている。いや、違う。違うな。君だ。そう、君が核の
筈。君がこの世界で中心の筈なんだ。そう、そうだ。なら君は―――]
セイバーの目が怖かった。オレを真っ直ぐに見据えるその視線が。
彼の発する次の言葉が恐ろしかった。まるで、死の宣告を受けている気分だった。
「―――君は」
ヤメロ。
ヤメロ、ヤメロ。ヤメロヤメロヤメロ。
キキタクナイ。オモイダシタクナイ。
シリタクナイ。オレハ。
「違う!」
「なに?」
「違う。オレは藤丸立香だ。カルデアのマスターだ」
「藤丸くん、現実を見ろ」
セイバーの声が冷たかった。
「セイバー。君の言いたい事が分かったぞ。オレの事を否定するんだな。オレを、藤丸立香のオレを」
自分でも恐ろしいくらいに怯えている事が分かった。知ってはいけない。
これ以上は理解してはいけない。自分の中の何かが警鐘を鳴らし続けた。
「そう。なら気づかせてあげようか?」
「馬鹿を言うな!何を」
「腕を見たまえ。君の腕の一体どこに傷がある?」
「―――は?」
思わずオレは自分の腕を見た。其処には在る筈のものが何一つなかった。
頭がパンクした。頭が状況を理解しない。拒み続ける。
この現実を真実を拒み続ける。
「う……あ、ああ」
声にならない声が漏れた。激しい嘔吐感。不快感がオレを覆い尽くす。
傷がない。それどころかそれは、人の腕というには余りにもか細く黒ずんでいた。
肉は削げ落ち骨格がハッキリと視認できた。
まるで、人のそれではない。これが、オレの腕だというのか。
間違いだ。これは何かの間違いだ。
「あ、あああ。あぁぁぁ」
「藤丸くん」
セイバーの差し出した手をオレは払いのける。
「黙れ!黙ってくれ!オレは、俺だれだ」
「君は―――」
「ウルサイ。くそ、クソクソクソクソ。あああぁ」
セイバーを振り切りオレは部屋を抜けて、階段を駆け下りた。
後ろからセイバーが追ってくる様子はない。
オレは叫びながら街を走った。人の目もくれず走った。
数人とぶつかったが誰もオレを咎める事はなかった。
闇雲に当てもなく走った。走ったつもりだった。
だが、気づけば見覚えのある通りに出ていた。
そう家の通りだ。そこで、オレは初めて気がついた。
見上げる。その建物を見上げる。それは、紛れもなく城だった。
だが、それは些細な事だ。こんな街中に城がある事実よりも。
この城で俺自身が毎日寝起きしていた事が問題なのだ。
何故、気が付かなかった。何故、疑問に思わない。
オカシイ、可笑しいだろ。こんな事は。
「あぁ!」
女の声がした。何処からかは分からない。只、女の声がした。
直後にそれは頭上から降ってきた。オレは思わず目を覆った。
何かが地面とぶつかる鈍い音が響いた。恐る恐るそれを確認する。
周りを歩く通行人は見向きもしない。それもそうだろう。
何せ彼女はサーヴァントなのだから。
「キャスター?」
オレは彼女を知っている。
だが、今のキャスターはオレが知っている姿とはかけ離れていた。
着こなしていたドレスは引き裂かれ、赤い鮮血を流していた。
「ううぅう」
意識が朦朧としているのか彼女は小さい呻き声を漏らした。
オレは彼女を何とか抱え上げて城内に入った。
未だに彼女は目を覚まさない。しかし、一度に色々と起こり過ぎだ。
頭の整理が追いつかない。
恐る恐るもう一度、自身の腕を見てみるが先ほどと変わりはなく不気味な腕だった。
「―――あぁ、フィリップ」
腕の中で呻く彼女の瞳がうっすらと開けた。
何故だろう。何故、こんなにも彼女に引き込まれてしまうのだろう。
初めて彼女を見た時もそうだった。体の内が彼女を求めているかのように。
不思議な感覚に陥っている。
か細い血塗られた腕が震えながらオレの頬を撫でた。
何故だろう?オレの頭は依然として混乱に陥っているのに、自然と彼女の腕を握りしめていた。
「あぁ、よかった。―――フィリップ」
満足そうに彼女は微笑んだ。なんで。なんで、こんなにも愛おしいのだろう。
「キャスター……」
彼女の小さく開けた瞳。その奥には一体何が映っているのだろうか?
少なくともオレはフィリップではない。
オレは―――。
「さぁ、戻ってき―――」
もう一度彼女が微笑んだ。オレはその表情を知っている気がした。
何かが湧き上がる感覚。
だが、それは一瞬で泡と消えた。
「な、んだ?」
視界が赤く塗りつぶされる。何が起きたのか理解が進まない。
なんで?なんで?なんで?
なんでこんなにも目の前が真っ赤に染まっているのだろうか?
「あ、ああぁ」
何とか絞り出した声は、音にならない。
目の前の彼女だった者は、赤い赤い血を噴出させた。
心臓に突き刺さった何かが、確実に彼女の息を止めたのだ。
「騙されないでください、マスター。その女はバーサーカーです」
冷たい声がした。オレの腕の中で消えていく彼女とは別の彼女が目の前にいた。
彼女は突き刺した杖を引き抜きオレと消えていく女を見ていった。
「大丈夫ですか?」
「キャスター?なんで、二人いる?」
「それは、偽物です。いや、そうですね。本物には違いないのでしょう。ですが、そいつは偽物です。本当の私は私なのです」
「え?あぁ、あああ」
オレはキャスターの言った言葉に茫然と頷いた。
では、今オレの腕の中で消えていったサーヴァントはバーサーカーなのだろう。
駄目だ。駄目だ。駄目だ。
「何が、何が起きているんだ……」
「マスター安心してください。私が、説明します。だから、だからどうか気を確かに持ってください。私は貴方の味方です」
微笑んだ彼女はオレを抱きしめる。
だが、オレはそれを心地よいとは感じなかった。いや、無意識の内に体がそれを拒んでいた。
キャスターを突き飛ばして、オレは頭が真っ白になった。
自分が何者か分からなかった。
いや、違う。オレの中の何かが拒んだのだ。だが、それが一体何なのか。
オレには何も分からない。
「分からない。オレは……。オレは何者なんだ。アンタは誰だ。本物のオレとアンタはどっちなんだぁああ」
叫んだ。がむしゃらに。出鱈目に叫ぶ。
そうでしか。そうするしか。
オレには出来なかった。
もうちょっとかかります。