励みになります。頑張ります。
「返して……返して。私からまたあの人を奪うの?なんで?なんで?返して……私はただあの人といたかっただけ。あの人の国を守りたかっただけ……返して」
女は泣いていた。
一人でないていた。一人でいるにはただ広い室内で、彼女は玉座に座り泣いている。
傍に棺を抱きしめないている。
薄暗い室内。怒りに任せた金切声も、床に何度も足を打ち付ける音も虚しく反響するだけだった。
「おいおい、荒れてんなぁ女王様」
「アサシン、何か様かしら?ないなら……出ていって……出て行け!」
飄々とした声にバーサーカーは苛立った。そんな彼女の意思を知ってか知らずか、アサシンは気にも止めずに彼女に歩を進める。
「こんな辛気臭い所に閉じこもってちゃぁ、何も変わらないぜ?取り返しにいかなくちゃぁな」
「カルデアから来たマスター共の居場所が分かっているの?」
「あぁ、大体は。昨日ちょっくら暴れてきたからな」
「教えなさい」
バーサーカーはアサシンに掴みかかる勢いで詰め寄る。流石のアサシンもその勢いに気圧されたのか数歩後退りした。
「教えるのはかまわねぇよ?ただ、アンタが探しているものってのは案外近くにいるんじゃねぇか?」
「どういう意味?」
「言葉通りの意味さ。まぁ、キャスターのアンタがアンタのモノを奪った事実には変わりはないんだ。好きにしなよ」
「貴方一体誰の味方なの?」
「何言ってんだ?俺は俺の味方さ。俺は俺の信じる道しか信じないからよ」
轟音と共に弾かれたバーサーカーの背中をアサシンは不敵に笑い見送るだけだった。
*
晴天だった。だからと言って気分が晴れる事はない。藤丸立香は青く広大な空を見上げ思案した。今回の特異点は余りにもゆったりとしていたからだ。今までの経験上は戦いが表面化しており、なし崩しに戦地に放り出されていた様な物だ。だからこそ今回の特異点は異質なのだ。昨日の事件やバーサーカーの襲撃以外には表立っての怪異など起きてはいない。
ここで暮らす人々は平穏そのものを謳歌しているようにすら思えた。
寧ろ、ここの平穏を乱し厄災を運んできたのは自分の方だと錯覚すら覚えてしまう程に。
藤丸は首を振り、その様な世迷言は即座に切り捨てる。
「マシュ、聞こえる?」
「はい、なんでしょう先輩?」
「キャスターに今から直接聞く」
「―――え?」
ウィンドウ越しのマシュの表情が硬直した。
「別に聞いて困る事でもないだろ?真名を隠す必要性がないじゃないか」
藤丸のいう事も一理はある。キャスターの真名を知ればバーサーカーの真名も把握する事が出来る。現状、カルデア側に味方しているサーヴァントは沖田とキャスターのみ。
敵のアサシンは沖田が抑え込めるとしても、バーサーカーは難しい。それに加え二騎で攻め込まれた場合対処の仕様がなかった。その為にも敵の真名を知り弱点を突くことが出来るのであるならばそれが最善の策であろう事はマシュも理解している筈だった。
「キャスター」
藤丸が彼女の名を呼ぶ。すると、キャスターは律儀に扉から入ってきて、何か?、と言った。
「君の真名を教えて欲しい。君がバーサーカーと同一の存在だってのは調べがついてる。これからの戦いでバーサーカーは脅威になる。君の気持ちをわかるけど協力して欲しい」
「えぇ、わかりました。ただ、自分の恥部を晒すのは些か気が引けます。真名を伏せていたのはその為です」
キャスターは俯く。藤丸も居心地が悪くなり視線を外す。
「マスター!敵性反応」
気まずい空気を斬り払う様にマシュの声が飛んだ。藤丸が窓の外を見ると怒号をあげて建物の屋根を跳ね跳びながらこちらへと直進してくるのが見えた。
すぐさまに藤丸とキャスターは建物の外へと退避し、闇雲に狭い路地裏に逃げ込む。
「くそっ!マシュ何処かに隠れられる場所は?」
「ありません。バーサーカーに完全に捉えられています」
「戦闘するにしてもせめて開けた場所に。ここじゃ被害がでるだけだ」
「マスター、この先に大きな空地があります。そこなら」
「わかった!キャスター行ける?」
「ええ、何とか」
マシュの指示に従い藤丸らは広大な空き地にへと辿り着いた。
ここでなら被害は最小限に抑え込む事が出来るだろう。だが、逆に言ってしまえば彼らの逃げ場も無いに等しい。
「袋の鼠ね」
轟音と共に猛々しく砂埃が舞い上がる。
その奥でバーサーカーの眼光が鋭く光った。
「キャスター」
サーヴァントの名を藤丸は叫んだ。臨戦態勢をとるようにと言う意味合いを込めて。
キャスターもその意を汲み取り、現界させた杖を構える。
「来なさい、バーサーカー。いいえ、愛などという虚構に溺れた私。貴女の愛した最愛の人はもう居ないのです。目を覚ましなさい、フアナ」
キャスターは力強く言葉を紡ぎ、自らのそして相対する敵の真名を名乗った。
「フアナ……女王フアナ。成る程、バーサーカーとしての召喚もありえます」
マシュの深刻な声に藤丸はフアナについて尋ねた。
「カスティーリャ女王、異名ですが狂女フアナとも呼ばれています。ですが疑問ですね、彼女と夫であるフィリップ公の仲は良くなかったと言われています。それにフィリップ公の死には毒殺説もありますから」
マシュは独り言の様に呟く。
「えぇ、その通りです。あの私は色々とおかしい。フィリップ毒殺の件は一旦置いといて。バーサーカーは恐らくですが後世に語り継がれる過程で歪んでしまった私」
「あの姿は貴女ではないと?」
「そうよ、マシュさん。だって私、フィリップの事なんて一度も愛した事ありませんもの」
「え?」
「マシュ!キャスター!話はいいから!援護して!」
藤丸が叫ぶ。
彼は辛うじてバーサーカーの攻撃を回避したが、それにより生じた衝撃と飛散する砂利に吹き飛ばされ尻餅をついた。
「さぁ返してもらうわ!私!貴女が奪うのならば私も奪うの!貴女から貴女から!」
バーサーカーは自らの正面にその巨大な棺を地表に突き立てる。
「カルデアのマスター。貴方がフィリップの変わりになってくださる?でなきゃ……でなきゃ私は狂ってしまうから!」
「バーサーカーの魔力が高まっています!先輩来ます!」
「宝具!?マスター援護します!逃げて!」
キャスターが杖から光弾を複数射出するがバーサーカーは怯まない。
ならばとキャスターも更に光弾を放つがバーサーカーは受けた傷を気にもとめずその姿勢を維持したまま咆哮した。
「さぁ、フィリップ。大人しく棺に帰りなさい」
バーサーカーの棺が開き中から無数の鎖が弾けた。
それらは藤丸の体に纏わり付き彼の四肢の自由を奪う。
「おかえりなさい。私の夫。―――
絡まった鎖が藤丸の体を引きずり棺へと誘う。なす術のない藤丸はただ自身の体が引きずられるのを見ている事しか出来なかった。
その棺の中は真っ黒な暗闇が広がっている。藤丸は、それをまるでブラックホールの様だと考えた。
深淵。只々、深い闇がそこにある。
あの様な場所に取り込まれれば二度と戻る事など不可能だという事を彼でも容易に理解する事が出来た。
「先輩!」
「マスター!」
マシュの悲鳴にも似た声。キャスターの声と共に発せられた光弾。
いずれも藤丸の目にも耳にも届かない。
今の彼は傀儡も当然の状態だった。全身は脱力し意識は薄れていく。まるで鎖という糸で縛られたマリオネットの様に。役目を終え退場を待つ人形だった。
「さぁ、早く。はやく速く。私の元においでなさい」
藤丸を助ける手段はなかった。マシュはモニター越しにそれを見つめる事しか出来ず。
キャスターの如何なる攻撃も通用しない。
打つ手がなかった。そう、彼女達では打つ手がないのだ。
「―――全く、私も忘れてもらっては困りますよ」
声がする。女の声だった。それは音を忍ばせ、気配を消しバーサーカーの背後に接敵していた。刀を構え滑るようにそれを突き放つ。
「な―――に?」
バーサーカーは気づいたのはそれが振るわれた後だった。
それは、遅すぎる。それでは遅すぎる。
すでに、彼女の必殺の剣は放たれている。
「―――無明三段突き」
放たれた神速の刃は三つ。その全てが『同時に放たれた』という現象をもった必殺剣。
不意打ちで放たれれば回避など到底不可能。
「貴女……セイバーね。私の邪魔を―――」
「貴女はアサシン、藤堂さんの仲間ですね。あの人はいまどこに居ますか?」
沖田は彼女の体に刺した刀を引き抜き、膝を折ったバーサーカーを見下すように問うた。
「その質問に意味はあるのですか?時期に会えるのでは?」
バーサーカーは虚ろな目で言った。
「一体何を?」
一方で藤丸の側にキャスターが駆け寄り介抱した。
「大丈夫ですか?」
「何とかね」
藤丸は愛想で笑顔を見せる。バーサーカーの宝具によって負った傷は、鎖に拘束された際に締め付けられて出来た痣くらいなものだった。
対サーヴァントに放った威力で締め上げられれば藤丸の体はたちまち引き千切られてしまっていただろう。
「先輩!」
「大丈夫だよ、マ―――」
藤丸の言葉は痛覚の刺激によって停止した。自身でも起きた事が認識出来ぬ程の瞬間だった。
翳した右手は赤い鮮血をまき散らした。
「ぐぅ」
痛みが神経を駆け巡る。藤丸は斬りつけられた右腕を抑えて倒れ込んだ。
「おいおい、腕をもう一本増やしてやるつもりでこっちはやったんだがなぁ。お前、咄嗟に避けたろ?いいね、流石はカルデアのマスターだ」
伏せる藤丸の目の前には刀を鮮血で塗らし、相変らず狐の面を付けたアサシンが笑っていた。
「マスター!貴様」
キャスターはアサシンへとその杖を突きつけ光弾を放とうとした。
それよりも、速く。何かが駆け抜けた。
次の瞬間に響くのは歪な金属音。殺意を纏った刃と刃が音を奏でた。
「藤堂さん!貴方は!」
「そう怖い顔するなよ総司。折角の顔が台無しだぜ」
「五月蝿いですよ」
沖田の刀が上段から一閃される。アサシンは辛うじて直撃こそ避けるも面は割れその素顔が晒された。
「あぁ、これで顔がよく見えるぜ、総司ぃ」
「藤堂さん」
鋭い眼光を沖田に向けて放った。
意識こそ失わなかった藤丸は直ぐに自身の傷の治癒を行う。自身に傷を負わせたサーヴァントに目をやると沖田と共に激しい剣戟を繰り返していた。
「バーサーカー」
藤丸は名を叫んだサーヴァントに視線をやる。彼女とて沖田の三段突きをまともに受けたのだ。並大抵の手傷ではない筈だ。
だが、藤丸はバーサーカーを見て戦慄した。
彼女は未だに立っている。雄たけびをあげ藤丸を睨みつけた。
「―――また迎えに来るわ」
「何!?」
直後にバーサーカーは跳躍した。だが、深手の傷を負った今の彼女に猛々しい雰囲気を感じられなかった。
「キャスター追える?でも、深追いはしないで」
「……ですが、それではマスターは?」
「大丈夫。それより今はバーサーカーを」
「分かりました」
この場を去ったバーサーカーの追ってキャスターも走り出した。
「よろしいんですか、先輩?」
「大丈夫、キャスターも無理はしないと思うから」
藤丸はマシュとの通信を切ると、未だに斬り合いを続ける沖田とアサシンに視線を向けた。
*
「ふぅ、心配です」
マシュは藤丸との通信を切るとモニターの前でため息をついた。
自身が特異点に赴き隣にいないという責任感と焦りが、見えない何かとなって彼女の肩に重くのしかかった。
背筋を伸ばし伸びをするが、彼女の中のわだかまりは消えないままだ。
「どうだいミス・キリエライト。マスターの調子は」
気づけば彼女の背後にはパイプを咥えたホームズが立っていた。
「心配です。でも、何か違和感というか見落としている部分があると思うのですが」
「なるほど。だが、それは些細な問題だ。それに気がついた所で時計の針は加速するだけに過ぎないからね。最たる難題は戦力の低さだろうね。まともに戦えるのはセイバーだけだ」
「そうですね、キャスターさんはまともに戦える様ではありませんし」
ホームズは一度煙を吐き出して答える。
「あぁ。だが、現状は最善手だと思うね。彼女を速い段階で敵に回すべきではなかったと思うよ」
「―――何を言っているのですか?」
「何を驚く?君だって気づいているんだろう?その違和感の正体に今は気が付かなくて正解だったという事さ」
マシュは肩を竦めた。この名探偵には既に事件の全貌が見えているのだろう。
だとしても、その解を言わないという事は彼自身がまだ確信を得ていないのか。
それとも、自身を揶揄っているのだろうか。
いずれにしてもそれはマシュが今考える事柄ではない。
「それはそうとミスター・ホームズ」
「何だい?」
「ここは禁煙です。控えてください」
「……あぁ、これはすまなかったね」
書き溜めなくなりました。早く書いて順次あげていきたいです。
ごめんなさい。