FGO 虚構群雄都市 横浜 異界の騎士   作:うぇい00

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二話。




「これが私とマスターの最初の出会いです。何か思い出せましたか?」

キャスターの問いにオレは返事を返す事が出来なかった。

彼女の語った内容には確かに嘘偽りはないように思えた。そんな事があったかもしれないと、そんな気がしたのも確かだ。

だが、確証はもてない。未だに漠然とした記憶に溺れそうになる気分だった。

それから、オレが如何にして世界を救ったかを説明された。いきなりスケールのデカいを話をされて頭はパンクしそうだった。

サーヴァント、カルデア、単語の羅列に頭痛が加速する。

「少し外の空気を吸いにいきたい。一人になりたいんだ。いいかな?」

「―――ええ。引き止める理由はありません。ですが、危険だという事は理解してください。マスターの心中も察しているつもりです。何かあれば令呪の使用もお願いします」

キャスターなら引き止めると思った。これが、内心抱いた感情だ。

だが、彼女の選択に今は感謝しなければならない。オレは、彼女の横を通り過ぎると扉を開け部屋を出る。

部屋の外は廊下が続いておりこの部屋は丁度突き当りに当たるようだった。

対面する様に奥には階段が見受けられ、自分が出てきた部屋以外にも幾つか部屋がある。

オレは、階段を降りていく。この建物も屋上があるのかと思ったが上へと続くものがなかったため、ひたすらに石でできたそれを駆け足で下る。

「結構あるな……」

小言を漏らしつつもオレはロビーらしき場所へと辿り着いた。まるで、西洋の城を思わせる豪華の装飾に真っ赤な絨毯が敷かれていた。

額から溢れ出る汗を拭いながらロビーを眺める。豪華絢爛と言わざるを得ない光景に目を奪われたからだ。

「外にでてみよう」

広いロビーを横切り重厚な鉄製の扉を開けると、外の景色が視界を覆った。

先ほど、窓の外でみた光景が広がり安堵する。もし、この扉の向こうに地獄絵図の様な光景が浮かんでいたらと不安を抱いていたからだ。

正直に言えば、キャスターの話は半信半疑に受け止めている。

何せ、オレは自分自身が藤丸立香と認識できていないからだ。

外へと足を踏み出す。自分以外の人間の姿は見えない。それに、先ほど心を奪われた様な人々の灯りも今は小さくなっていた。夕闇に染まった街を彩るのは僅かな外灯の光だけだ。

その灯りを頼りにオレは道沿いに歩き始める。自分以外にここで音を発しているものはいない。ただ、歩くたびに自分の足音がビルで反射しているのか甲高く聞こえ耳を突いてくる。

時折、吹く風が冷たく感じられた。

「もう、みんな寝てしまったのだろうか?」

他にも自分を知っている人が居るかもしれないと、微かに抱いていた希望も打ち砕かれた。オレは沈黙した街をひたすら歩き続けた。

時折、光が零れる民家が幾つか見受けられたが流石に一般家庭に押し入り事情を話すのも気が引ける。民家から聞こえる家族の談笑する微笑ましい笑い声がオレの心に突き刺さった。オレにもあんな風に笑いあった仲間や家族が居たかもしれない。

そう考えるだけで空しさが込み上げてきた。

ふと、一つのビルを見上げた。掲げられた看板は夕闇の暗さもあり文字が上手く読み取れない。辛うじて『占星学教室』という文字だけ見て取れた。

「占星学?」

看板の文字を声に出した。この言葉に自分の記憶が刺激される事はなかったが興味を引かれるには十分だった。それに、このビルの一フロアだけ灯りが付いている。

「行ってみるか」

口にするより早くオレの足はそのビルへと向けられていた。フロアに入り該当する階へ向かおうとするも、エレベーターがない事に気づき仕方なく階段を使用する事にした。

コンクリート製の階段を五階まで上がると流石に息を荒げる事となった。先ほどまで自分が居た部屋に比べれば古臭さはどうしても否めなかった。かび臭さが鼻を劈く。

部屋の扉の前まで来ると些か胡散臭さも込み上げてくる。

扉のドアノブは腐りかけ、もはや意味すら消失している様に思えた。

やはり今日はよそうか、この扉の奥にはキャスターの様なサーヴァントが潜んでいるかもしれない。

気落ちし、引き返そうとした時だ。ドアの中から咳払いがした。

それは、少しばかりオレに安堵を与えてくれた。サーヴァントでも咳払いするんだなと間抜けな事を考えてしまう。

そんな愛嬌というか人間らしさを中から感じた為か、少し躊躇いながらも扉を押した。

案の定ドアノブは捻ればその分クルクルと回り、役目を全くと言っていい程全うしていなかった。

室内は雑多だった。床の至る所に本が積まれている。

部屋の中には一人の若い男が居た。彼はこちらに背を向けている。

「えぇと、表の占星学っていう看板をみてお伺いしたのですが?」

「そうですか?で、僕に何か?」

すました顔で彼はいった。

「え?あぁ……そうですね」

しまった。中に入る事ばかりで話す事など一切考えていなかった。オレは彼を前にして首を捻ってしまう。

「とりあえず掛けたらどうです?久しぶりに人と話す気がしますよ、ええと、紅茶でいいかしら」

言われるがままオレはソファに腰を落とし目の前に差し出された紅茶を一口飲んだ。

「で、君をなんと呼べばいいかな?」

「あ……そうですね。藤丸立香です。一応」

いきなりの質問に戸惑った。いや当然の質問だが記憶喪失のオレにとってその質問は些か苦痛だった。

「一応?……なるほど、そういう試みか。全く、誰だこんな下らない催しを考えたのは」

男は突然苛立ち癇癪を起した。そんな光景をオレはソファに座ったまま眺める事しか出来なかった。一分ほど彼は部屋をグルグルと回り始め、急に大声をあげたかと思うと何食わぬ顔でソファにまた腰を下ろした。

オレが呆気にとられていると彼は口を開いた。

「すまない。で、なんだっけ?あぁそうだな自己紹介だったか。ところで君には僕がどう見える?」

「ええと」

思わず言い淀んでしまった。行動が些か不気味に思えたが改めて彼を見てみると思わず声を上げてしまった。

「サ、サーヴァントなんですか?貴方も!?」

「あぁ、その通り。僕はサーヴァントさ。そして、君はサーヴァントではない。という事は君は魔術師ってやつなんだろうね」

「え、ええ。貴方がどこまで把握しているか分かりませんが。ここは、特異点と呼ばれる物で―――」

オレは、先ほどキャスターから聞かされた事をべらべらと得意げに語って見せた。

彼は時折、大きく頷いたり、へぇ、と大袈裟に驚いて見せた。

だが、自分自身でも驚きがある。自分が説明された時は意味の分からない単語の羅列だと思っていたが、いざ自分で話してみると不思議と言葉の意味が理解できた。やはり、自身の記憶の奥底にこれらが眠っていたのだと実感し、自分という存在に現実味が増してきた。

それが、嬉しくなってしまったのかオレは自身が記憶喪失だという事も話してしまっていた。勿論、キャスターの事も洗いざらい喋っていた。

「なるほどね、カルデア、人類継続保障機関。全く大層な名前じゃないか。彼らまぁ君もだがね、一体何の権利があって人の生活を保障するだなんていえるのだろうね。まぁ僕には余り関係なさそうだ」

「それが関係あるんだよ。だって貴方はサーヴァントなんでしょう?この特異点に召喚された。この特異点のサーヴァントは全部で六騎。なら―――」

「それはない。僕はその六騎に含まれない」

オレの言葉を遮り彼は堂々とした顔で言った。

「なぜ?」

「簡単なことだよ。正確に言えば僕はサーヴァントではないからね」

「えっでも?」

「あぁ僕はシャドウサーヴァントってやつらしい。それに僕はそんな英雄だなんて言う枠組みに組み込んでほしくはない」

「シャドウサーヴァント……じゃあ一体何をここで?」

「さあ?この横浜という地は僕がかつて生活していた場所でね。そこまで未練はなかった筈だけど何だろうな、そういった世間の感情というか思念が僕を呼び出してしまったんだろう」

彼は肩を竦めた。

ここで、オレはごく当たり前の事を聞き忘れていた事を思い出し、あっ、と声を上げた。

彼は急に声をあげたオレをみて微かに微笑んだように見えた。

「そうだ、そうだよ。名前、真名。クラスはなんですか?シャドウサーヴァントといえそういった枠にははまっているんじゃない?」

「その質問に意味はあるのかい?記憶喪失なとこまで僕の友人と君は少しだけ似ているな。では、敢えて友人に言った言葉と同じ言葉を君にも言おうじゃないか。名前なんてものは記号に過ぎないよ。そんなものに拘るのは俗物の証さ。が、ここはそういう場所だという事も僕は十分に理解しているので敢えてそのルールに従って名乗ろうではないか。僕は……そうだな、セイバーとでも名乗っておこう」

小難しい事は言わずに素直に言えばいいのにと思ったが、これをいうと何だか怒られそうな気がしたのでオレはその件については口を挟まなかった。だが、既にキャスターの話だとオレの味方にはセイバーの沖田総司が居るわけでこれでは被ってしまう。

その事を彼に伝えると、目を丸くして驚いた。

「君は何を言っているんだ。君は数多の英霊を引き連れて世界を救ったのだろう?ならば一々彼らをクラス名で呼ぶわけじゃない。誰か分からなくなるからね。ならば、元より知っているサーヴァント達は真名とやらで呼べばいいじゃないか。どうしてもというなら僕はライダーと名乗ってもいいけど。本来、僕の様なタイプはキャスターなんだろうけどね、生憎と魔術とやらはからっきし」

「え、ああじゃあ、セイバーって呼ぶことにするよ」

「あぁ、それでいい」

セイバーは満足した様子でとっくに冷えた紅茶を胃の中に流し込むと、冷めてやがる、と独り言を吐き捨てた。

「ところで、占星学っていうのは何ですか?」

「あぁ、そうだね占いの一種だよ。君も占ってあげようか?なら、生年月日と誕生時間、それと出生地を教えてください」

そう言われてもオレにそんな記憶がなかった。困り果てたオレの顔を見たセイバーは、そうか、といい続けてこういった。

「あぁ、お金の心配なら無用です。僕と君が友人になれば問題ないでしょう。あー、それは違うだろうね。僕と君とならきっとこういう関係でなければならない。サーヴァントと魔術師。なら、契約しましょう。これで、僕と君は晴れてお友達。友人からお金を巻き上げるつもりはないので安心してくれていい」

などと見当違いの事を言い出したのでオレは思わず吹き出してしまった。

セイバーは、何がおかしいといいたそうにオレを凝視している。

「あぁ、なら契約しよう。オレも目を覚ましてから初めての友人だ。よろしく、セイバー」

自分で言い出したことにも関わらずセイバーは少し驚いた表情をした。だが、直ぐにオレの差し出した右手を軽く握り返し背を向けた。

「ところで、君は音楽とか聞きますか?」

「音楽?」

オレが首を傾げるとセイバーは奥からラッパの付いた台のような物と真っ黒な薄い円盤状の物を持ってきた。

「僕の居た時代は丁度CDが流通し始めた時期なんだが、まだまだ此奴は現役だったのさ。でも、今の時代はもっと進んでいるんだろう?CDすら廃れているっていうじゃない。全く時代の流れは凄まじいね。人間社会は機械化が進んでいくのだろうけど、流石に哀愁を感じずにはいられない。それより、これがあって良かったよ。この部屋は僕の部屋に有ったものが全てある。その一点だけは感謝しているよ」

セイバーは独り言をオレに捲し立てた。一方のオレはその機械に中々ピンと来なかった。

そんなオレの様子を察したのかセイバーは少し肩を落とした。

「やはり君は現代の人間の様だね。残念ながら君に馴染みのある曲を僕は持ち合わせていない様だ。ところで、音楽というモノは記憶を呼び覚ますのには中々のツールでね。聴覚からの刺激というものは大脳辺縁系に伝わる事が分かっているんだ。それは、記憶を司る海馬にも多く刺激を与える。つまり、記憶の一部といものは、音や音楽など聴覚を刺激する事によって起こる現象と言っても差し支えがないかもしれないね。僕の友人もそうだったんだが……残念だ。君とは生きる時代が違い過ぎてしまった様だ。君の生きている時代はデータの中に音楽を取り入れる事すらできるんだろう?それは、それで素晴らしいとは思うけど僕にはそれぞれが持つ固有の風情ってのがあると思うんだ。記憶を失くしてしまった君はこれから新しい記憶を植え付けていくのだろうけど、是非とも此奴は君の記憶に留めて置いて欲しいね」

早口で彼は言い放つと、その機械を操作し始めた。黒い円盤状の物をラッパの付いた台に乗せて備え付けられた針を落とす。

よく見ると円盤の上には何重にも折り重なった溝がありその上を針が優雅に進んでいく。後で聞いたのだが、この円盤状の物はレコード盤というらしくこのラッパが付いているものはレコードプレイヤーというそうだ。因みに、蓄音機という言い方は少し古いらしい。

ブツブツとノイズの様なじりじり音がなったかと思うとそれは唐突に現れた。

大きな音を立て演奏が始まる。セイバーは得意げな表情を浮かべた。オレは今流れている音楽に猛烈に引き込まれた。ドンドンと内側から叩く様に流れてくる音色はオレの身体を心を熱くした。実際、曲の方は全くと言っていい程知らなかったが、レコードプレイヤーから流れ出る広がっていくような曲の流れに感動してしまった。まるで、音という檻に閉じ込められたような感覚だ。オレという存在がそこに内包されるような感覚。

やがて、曲が終わるとオレは思わず立ち上がり、素晴らしい、と盛大な拍手をしていた。

セイバーは口元をつりあげながら言う。

「どうだい?圧縮音楽しか聞いた事がない現代人よ。これが、レコード盤の誇る魅力だよ。鬼気迫るようなサウンド。これに魅了されない筈がない」

気をよくしたセイバーは奥にある更に大きなレコードプレイヤーにレコード盤をセットした。

「僕はこういった類ではマニアでね。こいつならもっといい音が出せますよ」

そういってセイバーはレコードを再生させた。瞬間にオレは更なる感動を覚えた。

先ほどより遥かに大きな音をオレを音楽に引き込ませる。

「凄い……もっと聴いていたい。君のおススメの曲を是非とも聴かせてほしい」

「気に入ってもらえて光栄だよ。では、僕のおススメの曲を幾つか抜粋しよう」

それから、オレはセイバーの選んだ曲の厚みに圧倒され感動を繰り返した。

気づけば二時間ほど時間が経過していた。

これ以上は、キャスターも心配するかもしれない。オレはセイバーに礼をいい、また明日来てもいいか、と尋ねると、もちろん、と答えた。

扉を出る直前で彼はオレの背中にこう言った。

「あぁ、僕の事はキャスターに伏せていてくれないか。戦いに巻き込まれたくはないからね」

「分かったよ」

オレはセイバーにもう一度礼を言い、先ほど聞いた曲を鼻歌交じりで帰路についた。




続きは明後日。

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