FGO 虚構群雄都市 横浜 異界の騎士   作:うぇい00

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一話。




目が覚めると暗い部屋の中にいた。

窓の外を眺めると、街中の灯りが眩しく思えた。

今までに何度もこの光景を見てきたというのにオレはこの光景に感動を覚えた。これらの灯りは人々の命だ。

その灯りの奥には人が日常を彩っているのだろう。仕事に励むもの、家族と過ごしている者。

そして、道を照らす外灯はそこを歩く人々の家路を、日常の安寧へと赴く人々を彩っている。

素晴らしい。なんと素晴らしいのだろう。オレは、この光景をずっと眺めていたいと思った。

ふと、思いつく事があった。

それらを眺めているオレは一体ここで何をしているのだろうかと。

オレは、ため息をついて部屋の中を見渡したが、自分が何故ここに居るのか分からなかった。

この部屋の風景に見覚えはない。全くといっていい程記憶にないのだ。

頭が軋んだ。別の事を考えようと思考をシフトする。

が、何も思いつかない。仕方がないので思考を元に戻した。

改めて考えてみよう。なぜ自分はここにいるのだろうと?

部屋の中をぐるぐると回る。部屋の大きさはおおよそ八畳ほどだろうか。少し、広いと感じた。

だが、それ以外は何も湧いては出てこないのだ。

思い出そう。そう、まず簡単な事からだ。どうやってここに来たかをだ。

どうやってだ?車?自転車?電車?徒歩か?駄目だ。思い出せない。

ここに来るまでの行動の一切も消失してしまっている。

では、ここがどこかを考察してみよう。

部屋の構造からしてここはきっと誰かの部屋だ。だが、自分の部屋ではない事ぐらい分かる。

ならば、オレはここに用事があったのではないか?知人、友人の部屋ではないか?

だが、何も出てこない。オレには友人も知人もいなかった。

いや、いなかったというには語弊がある。いた筈なんだ。オレにも友人や知人が。

きっと、外を歩く人々の様に友人と酒を飲んだり、仕事をしたり、もしかしたら家族が家で待っているのかも知れない。

だが、そんな記憶はオレにはなかった。

友人の顔も自分がしている仕事も家族の顔もオレの頭の中には何一つ存在もしていないのだ。

オレの身体から恐怖という名の汗が滲んだ。足が震える。

縋るようにして部屋の隅にあるゆったりとした大きめのソファに腰を下ろして天井を見上げた。

冷静になろう。だが、オレの右足は不安からか小刻みに震えて気を散らしてくる。

まるで、異世界に放り込まれた気分だった。

何も知らないこの世界でオレは一体何をしているんだろうかと。

部屋の隅にある柱時計の音が妙に響き渡る。まるで、不安を更にかき乱すように。

その音はオレの苛立ちを増長させる。

考えても仕方がない。何も知らないのだから。

オレは、立ちあがり外に出ようとした。そんな事をしても仕方がない。ここがどこだか分からないのだから。

だからといってじっとしていられる程、冷静ではなかった。

幸いにも扉がある。外にでれば何かを思い出すかもしれない。震える足に鞭を打つようにして一歩、また一歩と扉に歩み寄った。

すると、その扉がひとりでに開いたのだ。

思わず後ずさった。そんなオレとは対照的に扉の奥からは女の人が笑みを浮かべながら部屋に入ってきた。

「だ、誰だ?」

驚きの余り思わず声を上げる。

「目が覚めたのですね、マスター」

彼女はその笑みを絶やす事なく言った。

「マ、マスター?なんの事だ!」

震える声で彼女を威嚇した。だが、微かに思考に引っ掛かりを感じたのも確かであった。

その言葉に、声に聞き覚えがあったからだ。

「ふむ。やはり忘れてしまっているのですね。悲しい。私は悲しい」

彼女はオレから視線を外して俯いた。

彼女はオレの事を知っている。そういう口ぶりだ。では、何故オレがここにいるのか。

ここが、どこなのか?という疑問に答えてくれるに違いない。そう思えた。

「えっと、そのマスターっていうのはオレの事でいいんだよね?それより、教えてくれ。ここが一体どこなんだ?どうして、オレはここにいる?」

「ええ、その質問には後にお答えします。ですがマスター、ご自分のことは覚えていらっしゃいますか?」

彼女は俯いたままいった。

「一体何を言っているんだ!そんな事……」

当たり前だ。とオレは言えなかった。言葉が喉で詰まって声が出ない。完全に言い淀んでしまった。

彼女の言葉でオレの思考は完全に停止した。

何故、こんな当たり前の事すらも思い出そうとしなかったのだろう。

いや、当たり前だからこそ、それを完全に排除していたのだ。

恐怖だ。オレは頭の中を真っ黒なペンキで塗りつぶされたみたいだった。

自分が何者かそもそも分からなかったのだ。

自分の名前も顔も経歴も、全て自身の記憶に存在しなかった。

自分が何者か分からないという現実は非情にも重くのしかかった。

外の景色を映す筈の窓ガラスには何も映らない。

ただ、残酷な現実に目を丸くした筈のオレの顔が―――。

「な……んだ!?」

映る筈だった。瞬間、頭がスパークする。驚愕の連続にオレの思考が追いつかない。

それもそうだ。窓ガラスに映るのはオレの顔ではなかった。

まるで、ぶつ切りにされたパイナップルの様な奇怪なモノがそこには映し出されていたからだ。

「うぅっ!」

思わず嗚咽を漏らす。

部屋に入ってきた女性はオレの背後で膝を折り、背中を撫でてくれた。

「ご、ごめん。取り乱した」

「いえ、お気になさらず。お気持ちはお察しします。気が楽になるまでこうしていますので」

女性はオレに微笑みを投げかける。思わず鼓動が早くなった。

この女性の献身的な態度に胸を打たれたのだ。

そう思うと彼女から視線を外せなくなってた。

すらりと伸びた四肢は艶やかで美しく、その顔を気品に溢れていた。

美しい。と称賛を送りたくなるほどに彼女は美しかったのだ。

「ありがとう。幾分かは落ち着いたよ。早速で申し訳ないけど聞かせてくれるかな?ここは何処で、そもそもオレは何者なんだ?」

「ええ、お答えします。マスター」

オレは立ち上がりソファに腰掛けると、、彼女も対面のソファに座った。

無意識に視線が彼女のしなやかな足にのびてしまう。オレは、理性を無理矢理に働かせる。

取り繕う様にオレは一度咳ばらいをすると、笑みを浮かべた彼女と視線が交錯した。

「じゃ、教えてくれ」

「はい、マスター。まずここは、特異点になります。そう敢えて名をつけるならば虚構群雄都市、横浜。とでもいいましょうか」

「虚構群雄都市……横浜」

彼女の言葉を復唱する。

「えぇ、この地は些か特異点としては異常です。この特異点に聖杯は在りません。この横浜に召喚されたサーヴァントは全六騎。最後の一人となったサーヴァントに聖杯がもたらされます。つまりは、聖杯戦争の再現。この特異点は、ただの英霊同士の殺し合いなのです」

彼女は深刻そうな顔を浮かべた。だが、オレはまるで内容についていけはしなかった。

聞き覚えのない単語の羅列に頭痛が加速する。オレは、こめかみ辺りをおさえる様にして彼女に問う。

「じゃあ、君もその聖杯戦争に参加しているのか?そもそも、君とオレはどういった関係なんだい?」

「いえ、私は直接的な戦闘力は持ち合わせていません。申し訳ありませんが。ですが、先ほど言ったように

この特異点は異常です。本来、聖杯戦争は七騎のサーヴァントそして七人のマスターによって行われますが、

この地にマスターと言えるのは貴方ぐらいでしょうね」

「オレはそんなに特異な人間だっていうのかい?」

「ええ、なにしろ貴方は世界を救ったカルデアのマスターなのですから」

彼女の言葉にまたしても頭痛がオレの頭をより強く刺激した。

カルデア。その言葉に聞き覚えがあったのだ。記憶の奥底が地底から這い出る様にオレの脳を割れんばかりに引き裂こうともがき始める。

「カル……デア……」

記憶が逆流する。

数多の英雄達とオレは世界を掛けて―――。

「うっ―――」

頭痛がより酷くなる。座っているだけでオレの体内から汗が滲み出てきた。

女性はオレの顔色で異変に気づいたのだろうか、傍らにくると肩を優しく抱いてくれた。

「無理なさらぬように。貴方の記憶は私がきっと思い出させます。では、私が語りましょう。

貴方がこの地を如何にして訪れ、初めに何をしたのかを。ゆっくり、ゆっくり思い出してください。

世界の救世主、カルデアのマスター藤丸立香よ」

そう言って彼女はまるで吟遊詩人の様に語り始めた。

 

******

 

「――――ぱい――――だ―――――すか――――」

「駄目だ。ノイズが酷すぎる。落ち着いた所でもう一度やってみよう」

藤丸立香は困惑した。亜種特異点が発生しレイシフトを行ったまでは良かったが、今の惨状は全くの予定外だったからだ。

カルデアで観測した特異点。日本の横浜で発生した特異点に早速レイシフトを行ったのだが、一緒に連れてくる筈だったサーヴァント達は特異点に弾かれ藤丸立香は一人でこの地に降り立った。

彼の眼前に広がるのはビル群。自身も背の高い建物の屋上に居るおかげで崖下の状況を垣間見る事が出来た。

幸運な事に新宿の時とは違い街の営みは普通と彼は判断する。

人形や魔術使いが闊歩している様子もなく、ごくごく有り触れた人々の日常があった。

一見、ここが特異点かと不思議に思う程、平和だなと彼は感じたのだった。

だが、カルデアとの通信が不安定なのは一抹の不安を抱かざる得ない。

自身に対するサポートの一切がなくサーヴァントもいないこの状態では、自身の命が幾つあっても足りたものではない。しかし、行動しなくては何も始まらない現状である以上、藤丸立香は屋上を出るべく扉へと足を向けた。

が、その軽やかな足取りは一瞬で終わりを迎えた。

「何か―――来る!?」

自身の両肩が震えた。それは何かに気圧されたからだ。

間違いなく自身に近づいてくる憎悪の気配はサーヴァントの放つそれだった。

自らと共に戦うサーヴァントは現状いない。

できる事と言えば全力で逃げ出す事ぐらい。だが、それを踏み出す足が動かない。

恐怖ではない。藤丸立香は悟る。既に逃げ場がない事を。

「アぁあああああああ」

轟音と共にそれは藤丸のいる屋上へと着地した。

雄たけびをあげ、その眼光は鋭く彼を睨みつけた。

「サーヴァント……きっと、バーサーカーだろうね」

藤丸はそんな自身の感想を口にする事ぐらいしか出来なかった。

だが、彼女。そう目の前に居る相対するサーヴァントには勇ましさは感じなかった。

凶化されているとはいえ、武人の様な姿には見えない。いや、武人ではない故に凶化されているのであろう。

目の前のサーヴァントは、一見すれば『美しかったであろう』と言えるドレスを纏っている。美しかったであろうという言葉の意味は簡単だ。そのドレスは所々に欠損が見られ、酷く汚れていた。

そして、何よりも特徴的なのはその片腕に担がれた身の丈以上もある大きな棺。

赤黒い色を放つそれをサーヴァントである女は軽々とそれを振り回し、それを藤丸を目掛けて叩きつけた。

「うわっ!?」

咄嗟に飛び退いた藤丸だったがその衝撃の余波で彼の身体が宙を舞ってからコンクリートに叩きつけられる。

「アああああああああああああああ」

依然として咆哮をあげるサーヴァントに彼が出来る手などない。

藤丸はつくづく思い知らされる事になる。カルデアのサーヴァントが居なければ自分の力などゼロに等しいという事を。

見上げる。藤丸立香は、地面に伏したまま自らの命を奪おうとする狂気を見上げる。

「―――ごめん、マシュ」

「諦めるの早すぎですよ!」

藤丸に降りかかる筈だった鉄塊の様な棺は彼を押しつぶす事はなかった。

彼の目の前には、刀で棺を受け止める少女の姿。

そして、また別の女の声が後方から藤丸に掛けられる。

「よかった。まだ無事の様でしたね、カルデアのマスター。助けに来ました」

藤丸が振り返る。背後には美しい装飾で彩られたドレスを纏った女のサーヴァント。

「た、助かったよ、ありがとう。えぇと―――」

「キャスター。そうですね、横浜のキャスターとでも名乗っておきましょうか」

そう言って横浜のキャスターは藤丸の手を取り引き起こす。

「ちょっとちょっと、私の援護もしてくださいよ」

バーサーカーの一撃を食い止めた少女は、依然としてその猛攻を凌いでいた。

「ご、ごめん」

藤丸は即座に魔力を行使し、刀を持った少女の能力を底上げした。

瞬間、少女の振り上げた刀はバーサーカーの振り下ろした棺を押しのけると、すぐさまに懐に飛び込み刀を振り下ろした。

「アああぁあああ。返せ……返せ……お前が奪ったんだろおおおぉおお」

刀による傷を受けたにも関わらずバーサーカーの戦意も勢いも止まらない。

彼女は怒りの形相を浮かべ、再度藤丸に向けて突撃を行う。

「あぁ今のでも止まらないんですか!?ここは一旦、引きましょう」

「えぇ、私も同意見です。マスター?」

「あぁ、逃げよう」

キャスターは藤丸を抱えながら屋上から飛び跳ね、刀を持った少女もそれに続いた。

その場に取り残されたバーサーカーは一人咆哮をあげたのだった。

 

 

程なく距離を走り続け路地裏に身を隠した藤丸は壁に背を預けて呼吸を整えていた。

「ありがとう。助かったよキャスターそれと、沖田総司でいいのかな?」

藤丸は刀を持った少女に向かっていった。

「むっ、私の真名をご存知でしたか?え?カルデアにも私がいると?まぁ、今の私はそっちの記憶はないので別人と考えてもらって結構ですよ」

「あぁ、そうするよ。ええと、キャスターの方は初めましてだね。えっと、真名は」

「そうですね。真名については私は伏せさせていただきます。ですが、然るべき時に必ず開示する事を約束します」

キャスターは俯き気味に言い、藤丸もそれ以上真名についての追及は避けた。

「それで、この特異点で何か異常な事ってある?」

「異常も何も今この地、横浜で行われているのは聖杯戦争です。ですが本来の聖杯戦争とは違うのはマスターが居ない事。貴方はこの聖杯戦争で唯一のマスターという事になりますね」

そういってキャスターは微笑んだ。




続きは明日。

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