風と神話の幻想譚   作:ぎんがぁ!

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第六十一話 探しモノ

 

 

 

「お前と弾幕勝負するのは二回目か」

「はい。随分と……久しぶりのような気がします」

 

 里外れの森の中にぽっかりと開いたギャップ地形。魔理沙と吹羽は、そこに向かい合うように対していた。

 地面は平ら。踏み馴らされていないため多少柔らかくはあるが、動き回るのに不便はない。傾きかけの太陽はまだ明るく、多少この場で時間を使っても十分明るい時間に帰ることができるだろう。

 

 以前吹羽と弾幕勝負をした時のことを思い描きながら、魔理沙はミニ八卦路をぽんと投げて掴み取る。

 

 以前の勝負。魔理沙と吹羽の馴れ初めも言える一劇。惜しいことをした、と魔理沙は常々思っていたのだ。

 

「あの時は、あんましフェアな勝負じゃあなかったが……今はそんなこともないんだろ?」

「! 終階を使えってことですか?」

 

 吹羽の不安そうな表情を、しかし魔理沙は笑い飛ばした。

 

「そうじゃなきゃ、お前は身体いっぱい動かせないだろうからなっ!」

 

 腕を横薙ぎ、開放された魔力が形を持ち、魔理沙の背後で無数に展開する。いつか見た彼女特有の星の弾丸――日の光にも負けない爛々とした光は相も変わらず美しく、昼間なのに本当に星空を見上げているような気分になる。

 吹羽はそれを見て一つ深呼吸をすると、胸元のペンダントをきゅっと握った。

 

 ――魔理沙の考えていることは、吹羽にもなんとなく理解できる。

 きっと彼女は、以前できなかった本気同士の勝負がしたいのだ。

 

「(相変わらず真っ直ぐで……眩しい人です、魔理沙さんは)」

 

 言葉通り、身体をいっぱい動かして吹羽のガス抜きをさせようとしているのは本当のことだろう。だが、それだけなら以前と同じように“耐久スペル方式”で十分である。

 魔理沙は優しい人間だが、お人好しとは言い難い性格だ。何か人のためになることをしたとしても、案外根本的なところでは自分のためだったりする。付き合いはまだ短いが、吹羽がそれを理解するのは出会ってすぐだった。それくらいに彼女の個性は強烈だ。

 

 しかし彼女はそれを隠そうともしないし、躊躇ったりもしない。堂々と前に出て意思を告げ、その上で手を無理矢理とって引っ張っていく。

 まったく、闇夜の星のように明るくて、目立ちたがりで――その輝きは真っ直ぐ過ぎて。

 

「――……」

 

 そうして想ってしてくれるなら、魔理沙の望みにもでき得る限りは応えるのが道理であると、吹羽は思う。

 本気で向かってくる相手には本気で対する。それが礼儀であるとは、まさに魔理沙から気付かされたことなのだから。

 

「怪我しても知りませんよ、魔理沙さん?」

 

 普段はしないような挑発じみた調子で言うと、魔理沙は一層笑みを深くした。

 

「させてみろよ。それくらいじゃなきゃ、わたし達は本気たァ言えないだろ!?」

 

 刹那、停滞していた星々が一斉に打ち出された。

 煌く尾を引く流星群は、ただ吹羽という一点に向かって殺到し――だが突如吹き荒れた旋風に、呆気なく薙ぎ払われる。

 

 腹に響くような重い音は、その威力の証左。だが現れた旋風はそれをものともせず、砕けた星をすら巻き込んで立ち上る。

 徐々に風が吹き止んでいく。そうして砕かれて舞い散る星の光の中からは――豪奢な巫女服に身を包んだ吹羽と二匹の真白い獣が姿を現した。

 

「へへ、それが終階かァ――!」

 

 いったいどれだけの者が、これほどの力を人里の女の子が持つと思えただろう。

 緩く渦巻く風はきらきらと輝くほど濃密な神力を纏い、涼やかに鳴る鈴の音は小さなものなのに、すと意識の隙間に入り込んでは吹羽という存在を脳裏に刻み付ける。果てしない大空を見上げるように、ふとすれば圧倒されてしまいそうな存在感が今の彼女からは感じられた。

 

 極上至極。こんなすごい奴と、わたしはヤってみたかった!

 

「いくぜ吹羽。手加減なしの弾幕ごっこだっ!」

 

 互いに放った弾丸が、中心で衝突して弾け飛ぶ。

 それが、二人の開戦の合図となった。

 

 箒に飛び乗り、魔理沙は大きく旋回しながら星の弾幕を展開する。大きく広範囲に生成された弾丸は、さながら流星群のように宙を駆けた。

 霊夢のように体術が得意でない魔理沙は、常にこうして距離を取り、絶対優位を譲らない立ち回りをしながら高火力の弾幕を張るのが得意だ。

 吹羽を中心に旋回しながら上空から弾幕を打ち落とすそれは、まさにそのスタンスにおける最高のシチュエーションと言えた。

 

 開幕早々に自らの“勝ちパターン“を完成させた魔理沙。

 逃げ場のない流星群に見舞われた吹羽は、すと周囲を見回してから、ゆったりと腕を横に薙いだ。逼迫した状況にはあまりにも似つかわしくない、自滅行為にも等しいそれは、しかし。

 

「『引佐(いなさ)』」

 

 ――瞬間、魔理沙は弾丸がほろりと崩れ去るのを見た。

 弾け飛ぶでもなく、消滅したのでもなく、まるで砂の城が風にさらわれるように崩壊した弾丸。それは一瞬で吹羽の周囲を侵食し、取り囲んでいた星々を跡形もなく風化させていく。

 そんな光景を刹那に捉えて、魔理沙は大慌てで更に上空へと吹っ飛ぶように退避した。

 

 その様子を、吹羽は微笑みを浮かべて見ていた。

 

「流石ですね。今のだけで分っちゃうんですか」

「っ、じゃなきゃ解決者なんてやってられねぇよ!」

 

 ――なるほど、以前とはまるで別物の強さだ。

 再び飛翔を開始しながらも、魔理沙は背に氷塊のような冷たい汗が伝うのを感じていた。吹羽の新たな――否、本当の力の片鱗を体感して、珍しくも戦慄していたのだ。

 

 今のは恐らく、神力の籠もった極々微細な刃の風だ。

 その斬撃があまりにも細か過ぎて、魔理沙の弾丸は超高速で削られて消滅したのだ。鶖飛の禍風にも似た特性だが、こちらは籠もっている力の量が桁違いである。

 吹き飛ばそうにもそれ相応の威力が必要であり、少なくとも魔理沙の通常弾幕では消滅させられて終わり――これが初手で使える牽制に等しい攻撃だというのだから、今の吹羽の力は計り知れない。

 

「(ンなら……物は試しだ!)」

 

 吹羽の風に自らの弾幕が消され続けるのを見ながら、魔理沙は一枚目のスペルカードを輝かせる。

 

「恋符『マスタースパーク』ッ!」

 

 突き出したミニ八卦路から、煌々と輝く魔力砲が放たれた。

 光と熱の魔法に指向生を持たせただけのこのスペルは、魔理沙の十八番であり代名詞。しかしその威力は、最大出力であれば山一つ吹き飛ばせるほどのものである。

 鮮烈な光と熱波を撒き散らすマスタースパークは、その強大な威力で以って容易に“引佐”を食い破ると、勢い衰えぬまま吹羽に襲いかかる。

 

 が、吹羽の様子は穏やかなものだった。

 

「行って、『野分』」

 

 差し出された掌でしゅるりと風が渦巻くと、その刹那、地を揺らすほどの爆音が轟いた。

 マスタースパークの着弾音――ではない。

 吹羽の放った風の砲撃がマスタースパークを相殺し、豪快に炸裂したのだ。

 次いで、土煙の収まらぬうちに鋭い音を纏った風の弾丸が無数に飛来する。常に加速するそれは吹羽がよく用いる小さな釘――“疾風”だ。

 一瞬でも目を離せばたちまちに見失ってしまうそれを辛うじて避けながら土煙から飛び出し、お返しとばかりにレーザーを放つ。

 

 触れ続ける限り恒久的に威力を保つレーザー系統は、削り切るということができない。またもや“引佐“を食い破って飛来した攻撃を、吹羽は刀で受け止めていた。

 

 好機だ――瞬間的にそう判断した魔理沙は、レーザーをそのままに弾幕をばらまいた。柔らかい弧を描きながら、耐え続ける吹羽に向かって殺到する。

 ――が、それを見切っていない吹羽ではなかった。

 

「〜〜っ!」

 

 受け止めていた刀を更に一本、二本、四本――次々と顕現させて重ねていく。

 そんなことをしたって()が厚くなるだけ――そう思っていた魔理沙はしかし、一気にレーザーを押し返して迫ってきた吹羽の姿に驚愕を隠せなかった。飛来した弾幕の対消滅を背後に、遂に照射源である魔法陣をも切り裂いた吹羽は、魔理沙の眼前へと躍り出る。

 

「『韋駄天』かッ!」

「御名答ですっ!」

 

 そして吹羽が振り上げた、大量に風を溜め込んだ“天狗風”を見て、魔理沙は咄嗟に魔法陣を展開する。

 その刹那――衝撃、爆音。右も左も分からなくなるような凄まじい衝撃が魔理沙の身体を襲った。

 一瞬、風が轟ッと耳元で吠える。風圧で腕すら動かず、あわや頭から地面に墜落するかというところで、魔理沙は咄嗟の魔力放出で体勢を正して着地する――が、威力を殺しきれず、地面が爆ぜた。

 

「(ぐ、う――ッ! なんっ、つー威力だよ……っ!)」

 

 追撃の気配はない。様子を見ているのか、それとも余裕なのかは判断しかねるが、ともかく魔理沙はこの隙に一つ大きく呼吸して息を整える。

 ふと鉄の味を感じて、魔理沙はプッとそれを唾液に混ぜて吐き出す。どうやら、気が付かないうちに内頬を噛み切っていたようだ。

 

「へっ、ずいぶん強くなったなぁ吹羽。わたしの“ファイナルスパーク”にビビり散らしてたあの時が遠い昔のようだぜ」

「……奇遇ですね。ボクもそんな気がします」

 

 土煙が晴れてくると、上空から静かに魔理沙を見下ろす吹羽の姿が見えた。

 その落ち着いた表情に、成長とはまた違った”達観“めいたものを感じて目を細める。

 

「こうやってこの力を使っていると、何もかもが遠い昔のように感じます」

「あぁ、生まれ変わりなんだったか。……羨ましい限りだぜ。そんな強い力を持った奴が遠い先祖で、自分がその生まれ変わりだなんてな」

 

 皮肉気な言葉にはなってしまったが、魔理沙には決してその気がある訳ではなかった。ただ純粋に、そういった先天的な才能に恵まれた者に対して彼女が抱く、言葉通りただの羨望である。

 霊夢を始めとして、鶖飛もそう。ベクトルは違うが阿求も先天的に普通の人間とは違う。そして、それは吹羽も同じ。

 

 その他の凡百として生を受けた魔理沙の力は、偏に彼女の努力の賜物である。凄絶な苦労を知っているからこそ、魔理沙ほど“才能”というものの価値を知っているものはいない。

 自分に魔法の才能があったら、もっと早くもっと強くなれたかもしれない。もっと画期的な、理を覆すような魔法を開発できたかもしれない。

 或いは、もしかしたら、ひょっとして――そうは思うけれど、やっぱり、持っていないものは仕方ないのだ。

 

 だから魔理沙は努力をやめない。やめさえしなければ、いつか高みに上り詰められる。やる前に諦めるなんて性に合わないと魔理沙は思った。

 彼女にとって“才能”とは、本当の意味で羨ましいだけ(・・・・・・)の代物なのだ。

 

「強い、力……」

 

 負の感情など感じさせない朗らかな笑みを向ける魔理沙に対して、しかし吹羽の表情に僅かな影が落ちる。彼女の予想外の反応に魔理沙がきょとんとすると、

 

「強くなって……何になるんでしょうか」

 

 どこか遠くを見透かすような瞳をしながら、吹羽はぽつりと魔理沙に疑問を投げかけた。

 

「何に……って」

「“蛇を画きて足を添う”という諺があります。暮らしていくのに強さなんていりません。友達と笑い合うのにも強さなんていりません。……ボク達の人生には、本当なら強さなんて必要ないはずなんです」

「――……」

 

 そう言われてみると、確かに吹羽の考え方は至極正しいように思われた。

 極論であるのは否定できないが、事実なんの力もない人間などいくらでもいる。魔理沙達のように力を持っている方が一握りなのだ。

 

 強さとは、暴力の値だ。

 個人がどれだけ他人を傷つけることができるかの指標であり、恐らくはこの世で最も野蛮なステータスである。

 そんなものが、一体何の役に立つ? ――吹羽はそう問うているのだ。

 

「魔理沙さんは……何のために力をつけたんですか?」

「……ふむ、難しい質問だが――」

 

 まぁ、答えてやってもいいか。

 なんだか弾幕勝負を続ける雰囲気でもなくなってきたが、そもそもお互いの気晴らしの為にやっているだけである。多少吹羽と語らうのも悪くはあるまい。

 魔理沙は少しだけ考え込むように顎に手を添えた。

 

「敢えて言うなら……自分のため(・・・・・)だよ」

「自分の、ため?」

 

 ふと吹羽の瞳に僅かな険が宿る。それを目聡く見つけた魔理沙は、肩を竦めて小さく笑ってみせた。

 自分勝手に人を傷付けたいのか――なんて失礼極まる勘違いをされては、さすがにたまったものではない。

 

「霊夢と肩を並べたかったんだ。守られるばっかじゃなくて、な。幼馴染に守られるなんてヤだろ?」

 

 女々しい話だが、と付け足すと、吹羽は意外そうに目を丸くした。

 無理もない。自分でもそう思うのだから。

 幼い頃から一緒に育った親友。本来は対等であるはずの霊夢に、一方的に守られるという状況が魔理沙は許せなかったのだ。

 それを感じたのはもっと幼い頃――今思うと文字通り幼稚な負けん気が発端だったのかもしれないが、魔理沙の根本にある思いであることに変わりはなかった。

 

 故に、自分のため。

 霊夢と対等でありたい、という自己満足である。

 

「強さなんてのは……力なんてのは、使うやつによって善にも悪にもなるもんだ。ベタな台詞だがな。お前の力がなんのためにあるかなんてわたしに分かるもんかよ」

 

 吹羽がなぜそんな質問をしてきたのかは分からない。その瞳の奥にある、疑問の根源たる思いがなんなのかも当然魔理沙には分からない。

 だが、彼女が得た強大な力がなんのためにあるのかを彼女自身が分からないというなら――魔理沙に言えることは一つしかなかった。

 

「その力に意味を持たせるのも、何を為すのかもお前次第だろ。その力で出来ることを、お前が探せばいいんじゃないか?」

 

 ざぁ、と吹いた風が、未だ僅かに舞っていた土埃を綺麗に攫っていった。出ていた日が雲に隠れて暗くなり、また顔を出して明るくなる。

 しばらく見つめ合って、ふと目を伏せた吹羽の様子に、どうやら落とし込む時間が必要らしいな、と思った魔理沙は、とりあえず、と帽子をかぶり直す。

 

「――さて、休憩はもういいだろ? 続きを始めようぜ!」

「……はぁ、そうですね」

 

 ぽつりとした肯定の言葉には、渋々といった雰囲気が含まれていた。だがそれに否定の気持ちはほとんど感じられない。

 魔理沙は手元に箒を呼び戻し、ミニ八卦路を握り直す。それに応えるように、吹羽はゆっくりと“太刀風”を抜刀した。

 

 感覚的に、吹羽はまだ全力とは程遠いだろう。底知れなさという観点では、まるで異変の黒幕と対する時のような恐ろしさがあるが、余力を残しているのは魔理沙も同じことだ。

 

 切っ先と、幻視する砲身と。

 互いの得物の、狙い定めたその先が微かに触れ重なった瞬間――

 

「「――ッ!」」

 

 二度目の火蓋が、切って落とされた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 しゃわしゃわと葉々が鳴いている。風に揺られた枝々の隙間を通って抜けてきた日の光は若干弱々しかったが、それでも参道の石階段をぽつぽつと照らしていた。

 

 葉擦れは泡の音にも似て耳に優しい。本来ならば相応のリラックス効果をもたらしてくれるはずなのだが、視線を落として歩いているとどうにもそんな気分にはなれなかった。木漏れ日よりも木々の影の方が目立って意識してしまうくらいなのだから、今の早苗の心象といえばきっと“夜中の小雨”のようだろう。これでは心がざわついてリラックスどころではない。

 

 とぼとぼと石階段を登って、早苗はらしくもない鎮痛な面持ちで帰路についていた。

 ふと溜め息が溢れる。ハッとして誰にも聞かれていないことを確認すると、次第に、先程までいた人里でのことが思い浮かんでくる。

 思わず、また溜め息が溢れてしまった。

 

「……なんだか、最近身が入ってないですね……」

 

 あまり知られたことではないが、風祝としての早苗の仕事は幾つかある。境内や本殿の清掃、お祈り、神奈子と諏訪子の世話――そして人里での布教活動。

 既に幻想郷には龍神信仰が根付いているが、それでもこの世界に神として越してきた以上神奈子や諏訪子にも信仰は必要不可欠である。その御利益を人里で説き、信徒を増やすことが早苗の仕事なのだ。まぁひょっとしたら吹羽と会えるかも知れないからという打算も多少――いや多分に含まれてはいたが。

 

 だが、その活動も最近はあまり上手くいっていなかった。当の早苗がどこか上の空で、集まってきた人々の質問に対して的確な受け答えができない状態なのだ。

 説法には曖昧さが許されない。信じる先がしっかりしていなければ縋る意味がないからだ。

 そんな状態で布教したって成果が上がるわけがない。今日なんてちょっぴり頑固なお爺さんに怒鳴られかけたくらいだった。

 

「(まぁ、最近の私がいけないんですけど……)」

 

 空を見上げると、青色にででんと大きな白雲がのしかかっていた。風にゆっくりゆっくり流されながら、その大きな体で早苗の真上を通過しようとしていた。こんなにも明るいのに真っ黒く陰っている雲の下部が、なんとなく不思議に感ぜられた。

 

「――……」

 

 理由なんて明らかだった。枯れ葉を掃いていても、お祈りをしていても、御利益を説いていても、椛と話したあの時以来常に頭のどこかでそれを考えている。

 

 ――あなたは友のために何ができますか? 何をしたいですか?

 

 その答えが、未だどこにも見つからないのだ。

 

「吹羽ちゃん……」

 

 椛は、見つかるべくして見つかると優しい言葉をかけてくれた。探し続ける限りはいつか見つけられる、と。

 だが、早苗は怖かった。今までのように吹羽と接して、自分が気が付かないうちに彼女を傷付けてしまわないか。或いは――自分では吹羽を慰めてあげられない事実を、目の当たりにするのが。

 

 以前であればそんなことはかけらも気にせず吹羽に会いに行けた。偶然会った際には里を連れまわしたりもした。そこに遠慮などは少しもなく、ひたすら自分の欲に従っていただけだった。

 だが、あんな事件があった以上、いくら早苗でも意識せざるを得なくなったのだ。

 

 相手の思いを顧みない行いというものが、どれだけ人を追い詰めるのかを。

 

「考えて見つかるものでもない、か……無理ですよ椛さん……こんなの、考えるなって言われても……」

 

 恐ろしくて動くこともできず、かといって何もしないでいるのが堪らなく嫌だ。

 そうなってしまえば自然と思考は加速する。加速して、回りに回って答えは出ず、行動にも移せない。

 今の早苗はまさにそういう状態で、それを彼女自身は自覚していた。

 

 ――らしくない。

 いつになく沈んだ今の自分を昔の知人が見たなら、なんて言うだろうか。

 ふと思って、それも今更意味ないかと頭を振る。それは確かめようがないし、確かめたところでどうにもならないことだ。

 

「はぁ……私にもっと勇気があれば、違ったのかな……」

 

 帰路であるのをすっかり忘れて足を止めてしまっていた。早苗は言い訳っぽい言葉で思考を振り切ってから、再び参道を登り始める。

 そうして数歩だけ進んだところで――早苗はふと感じ取った。

 

「(! これは……あの時の神力?)」

 

 どこか遠くで、覚えのある神力と魔力が衝突している。その余波が、極々微細ながら早苗のいる妖怪の山にまで響いてきていた。

 それほど刺々しい――つまり殺伐としたものではなかったが、その余波を感じ取れるほどとなるとかなり激しい戦闘をしているのではないだろうか。

 

「……この神力、あの時のものということは……吹羽ちゃんの?」

 

 鶖飛との一件があった日。あの時に出現した神力と同じものとなれば、今戦っているのは十中八九、終階を発動した吹羽だろう。魔力の方は、あの霧雨 魔理沙という魔法使いだろうか。ほとんど面識はないが、一度異変のことを尋ねにきた際の印象は強く残っている。

 

「……っ、」

 

 ――行くべきか、留まるべきか。

 殺伐としたものでない以上、本来であれば絶対的に後者を選ぶべきであるが、それでも早苗は逡巡した。

 

 今まで里に降りては偶然(・・)吹羽に会えるかも知れない可能性を望みながら、しかし会えないことにどこか安堵してもいた。見かけることがなかったからと言い訳を重ねて、自分から会いに行くということができなかったのだ。

 

 だが、そんな言い訳も今なら通用しない。

 そして、今のまま一人で考えていたって、自分が吹羽のために何ができるかなど分かるはずもなく。

 

「……探し続ける限りは、ですよね。椛さん」

 

 むやみやたらに行動してはいけない。自己満足で終わってはいけない、とも椛は言っていた。だが今自分に必要なことを挙げるとするなら、それはやはり自分を知ることだから。

 吹羽と会って、吹羽と接して、自分の心をもっと知らなければ。

 でなければ、きっと自分の中の彼女への好意に嘘を吐くことになる。

 

 一つ大きく頷いて、たんと軽やかに地を蹴る。そうして早苗は神力の感じる方向へ――吹羽のいる方へと飛んだのだった。

 

 

 




 今話のことわざ
(へび)(えが)きて(あし)()う」
 余計なつけ足し、なくてもよい無駄なもののたとえ。蛇足とは同じ由来。

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