このペースを守りたい……。
――爽やかな滝の音が耳を満たしている。
水の落ちる音、水が霧となる音、水が岩肌に当たって弾ける音。冬も間近なこの時期には少し肌寒くもあるが、暑過ぎて集中を欠くよりはずっといい。
水の音は人の心を鎮めてくれる。それがなぜかと言われれば“分からない”としか答えられないが、椛はその効力だけはよく知っていた。
水の音に満たされながらこうして深く集中すれば――ほら、分かる。
髪を揺らす風の流れが、葉々が枝を離れる僅かな断裂音が、そうして落ちゆく葉っぱが地に触れる、その瞬間が。
「――!」
そうした感覚を繋ぎ合わせるように、椛は宙に剣閃を描く。一つ、二つ、四つ、八つ――鋭さを落とさずに振るわれる剣は、気がつけば数えきれない程の銀光を瞬かせて舞い踊っていた。雨でも降っていればその雨粒全てを切り落としているのではと思えるほど、椛の剣は鋭く、なにより疾い。
最後に一際強く剣を振るうと、椛はすたっと元の位置に舞い戻った。ゆっくり呼吸し、残心をとる。――その周囲では、斬られた落ち葉が桜吹雪のように舞っていた。
「精が出るなァ、椛」
見計ったかのようなその声に視線を向けると、そこには腕組みに不敵な笑みを浮かべた烏天狗の姿があった。
「……朱座さん」
「おうよ。ちぃっとばかし久しぶりだな」
気の良い親父然とした烏天狗――朱座。
彼の言葉通り顔を合わせるのは久方ぶりで、椛は彼の相変わらずな態度に小さく吐息を溢した。
額の汗を拭い、椛はもう一度剣を正眼に構える。稽古のついでに、会話はできる。
「何か用ですか」
「いや、特に用はないが――って訳でもねぇな」
朱座は虚空を見つめて首を傾げると、言葉を改めて近くの木に背を預けた。
「風成のお嬢ちゃんの様子はどうかと思ってな。息災か?」
「……ええ、まぁ」
「……それだけかよ。素っ気ねぇなァ」
素振りをしながら、椛は曖昧に答えた。その態度が若干朱座には不満だったようだが、彼と椛の間では慣れたもの。一つ鼻を鳴らして居住まいを正す。
――吹羽の一件のことは、実は天魔から他言無用を言い渡されている。というのも、以前彼が言ったように天狗族が一つの物事に傾倒しすぎることができないためだ。
大きな勢力を持つものは行動を弁えなくてはならない。誰にも隙を見せず、いつだってどっしりとその場を動かない強い姿勢を示さなければならない。だからこそ、いつの時代の権力者も自分が自由に動かせる
今回においては、それが椛だった。だから椛は、あの日のことは全て心の内にしまっておくことにしている。朱座も例外ではない。
だが、当の朱座はもっと
「お嬢ちゃんとは友達なんだろ? 若ぇんだからもっと遊べよ」
「遊ぶ時間なんて私にはありません。仕事のこともそうですし、空いている時間はこうして剣を振るっていたいんです」
「さよか。生真面目過ぎるのも考えもんだ」
って、今更か――そう小さく零した朱座に若干の苛つきを覚えながら、椛は深く呼吸して刀を構え直した。
どうやらこの烏天狗は、椛のことを見た目どおりの子供と思って疑わないらしい。
「私は、剣です。私は私の大切なものを守るために、刃を砥がねばなりません。何も斬れない剣に、剣を名乗る資格はありませんから」
自分に言い聞かせるように言って、椛は大上段から刀を振り下ろした。
大気が刀身を撫で、収束して風となる。激流となった風は鋭く大きく、刀身の動きに合わせて宙を駆け――衝撃。
腹の底に響く轟音と土煙を上げて、椛の剣は数間の地面と木々を、唐竹割りにしていた。
ほう、と感心する声を無視して、椛は再度構えて稽古を再開する。今度は剣舞だ。
「剣、ね。研鑽するのは大いに結構だが、ちと苛烈すぎやしないかね?」
「力がなければ、失うだけの世界ですよここは。妖怪の賢者も言っているでしょう。“幻想郷は全てを受け入れる。それはそれは残酷な話だ”と。全くその通りだと、私は思います」
この世界は全てを受け入れるが故に、さまざまな存在がひしめき合っている。人間がいれば神がいて、妖怪がいれば妖精もいる。本来は交わることがなかったはずの、実に多種多様な存在がこの小さな世界に押し込められているのだ。
絵に描いたような弱肉強食。全てを受け入れるが故に全てが自由で、だからこそ生き残るのは難しい。
この世界は誰にでも優しいが、油断をすればたちまちに食い散らかされてしまう残酷な世界なのだ。
「だから、力のないものを生かしたいなら自分が力をつけるしかない。大切なものを命を捨ててでも守りたいという心意気に、苛烈も何もないでしょう」
「お嬢ちゃんのことをそこまで言うか」
「……吹羽さんのことだけではありません。誰にだって、守りたいものなんて数えきれないくらいあります。それを守るには力をつけるのが一番早いと思っただけです」
まぁ吹羽のことは特にだが、とは口の中だけで呟いて、椛は舞いを続けた。
今回のことで椛は痛感した――否、痛感させられ続けていた。
友を守る剣であれと誓ったのに、鶖飛を相手に手も足も出なかった。もちろん、自分でなければあそこまで善戦できなかったとも自負しているが、上には上がいるもの。そして吹羽は不幸にも、そう言った手合いをことごとく引き当てて敵対してしまう星の下にいるらしい。
足りないのだ、力が。圧倒的に。それが椛には、悔しくて仕方がない。
「“強くなりたい”、か。まぁ至極単純で分かりやすい気持ちだわな」
「む……」
そういう言い方をされると、どうも子供扱いをされているような気分になってよろしくないのだが。いや、実際朱座は数百年生き続けている古参の烏天狗で、せいぜい百か二百程度しか生きていない自分はまさしく子供のわけだが、それでも椛にだって誇りはあるのだ。
つらつらと説いたこの誓いが、そのたった一言で表されてしまう事実がなんとも歯痒いというか、虚しいというか。
気が付かぬ間にむっとしかめ面になる椛だったが、朱座はそれに気付くこともなく木の根本にどかっと座り込んで瞑目した。
「ま、お前ならそのつけた力を間違って振るうこともないだろうが……案外、次の天魔はお前だったりしてな?」
真っ白い耳がピンと震えた。
「っ! そ、それはないでしょう。私は天魔様のように思慮深くはありませんし、だいたい私は白狼天狗ですよ? 例え他より斬れるものが多かったとしてもそれでは示しが――」
「分かった分かった! そんなに照れんなって、冗談だからよ」
「てっ、照れてませんが!」
反射的に叫ぶが、それを見て更に豪快に笑う朱座の姿にはっとする。椛はまたやられたか、と慌てて素振りに戻った。頬は若干熱を持っている。
この烏天狗、以前病室で話したのに味を占めたのか事あるごとに椛をからかうようになったのだ。老齢らしく話の上手い彼は、今のように真面目な話の中で突然放り込んでくるから質が悪い。隙あらば斬ってやろうかなんて何度考えたことか。
朱座の笑い声が止むと、後に残ったのは剣の風切り音と葉擦れ、そしてしゃわしゃわとした滝の飛沫だけだった。
集中さえしてしまえば羞恥などないも同然だ。そしてその気恥ずかしささえなくなれば椛の剣舞はひたすらに鋭く美しく、ちらと視線をやれば朱座も微かに微笑みながら椛の舞を見つめている。
最後に一振り、横薙ぎにふるって残心しゆっくりと納刀する。左の肩掛けが、ふわりと風に乗って揺れた。
「ところでよ、椛。あの話聞いたか?」
――ようやく本題か、と思いながら。
「ええ、聞きました。相当惨い死体だったそうですね」
「……ああ」
その現場に行って見たのを思い出したのか、朱座の表情が気分悪そうに歪む。話に聞いた惨状は椛でも想像するのを躊躇うほどである、実際目にした朱座の後悔は一入だろう。
というのは、此間発見された惨殺死体の話である。妖怪の山のほど近くで、偶然飛んでいた哨戒天狗が見つけたそうだ。
それはそれは酷い有り様で、その惨状を口にするのも憚られるほど。それでも形容するのであれば、“拷問の跡”というのが最も合う。
「ありゃまともじゃねェ。殺し方を見ただけでそいつのネジの飛び方が分かるなんて異常だぜ」
「…………それほどですか」
「――……」
朱座は気持ち悪そうに口元を押さえた。
「みんな
「……となると」
「ああ……どう考えても楽しんで殺してやがる」
動物や妖怪を斬った経験のある二人には分かる。ただの斬撃で噴き出す血では、朱座の言うような惨状を作り出すことはできない。再現するならば、流れの早い動脈を優先して断ち切るか内部から体の部位を爆散させるか。どちらにしろただ殺害するだけであれば要らない工程だし、想像を絶する苦痛を味わうことになる。況して体をそこまで刻む理由などもっと無い。
と、なれば――
「(まるで、苦しませて殺そうとしているような……)」
そう思って、脳裏を掠めた姿が一つ。可憐でありながらどこまでも酷薄な笑顔で剣を振るう、エプロンドレスの少女――夢子だ。
彼女がまだどこかに潜んでいるとするなら、今回の件も彼女が引き起こした可能性は十分にある。異常性という一点において、朱座のいうものと一致するのは夢子以外に考えられなかった。
ああいう手合いは何をしでかすか分からない。彼女が吹羽にかけた勧誘だって真意が不明瞭なままだ。これらの要素は、椛の胸の奥にもやもやとはっきりしないしこりのようなものを色濃く残していた。
「どう思うよ、今回のは」
「…………何ともいえません。この世界に存在する妖怪は、あまりにも多すぎます」
「……まぁ、そりゃそうだわな。頭のネジの数本飛んだ奴なんか、探せば意外といるもんだよな」
椛の応えに、朱座は渋々と諦めたような声を漏らした。
どう思う、と訊かれれば先に述べたようなことが思い当たるが、これは朱座に明かしていい話でもない。知り合いに嘘を吐くことには若干の罪悪感を感じずにはいられないが、しかし椛は毅然とした態度を貫いた。
なにも関係がない
「(杞憂ならそれでもいい……でも、この気持ち悪さは――)」
勘、というのを椛は大して信じていないが、同時に偶にはそれが役立つこともあるのを知っている。なんなら戦闘においては勘や直感に何度救われたか分からない。
――留意と備えは、しておくべきだろう。
椛は再び抜刀した。
「お? なんだ、終わりじゃなかったのか?」
「気が変わりました。もう少し続けます」
「そこまで力に拘るこたぁないと思うがね」
「拘りますよ。当たり前でしょう」
構え――息を鎮める。
「何が襲ってきても、私が斬ればそれで済むなら――研鑽を止める理由などありませんから」
そう言い、椛は滝に向かって地を蹴った。
旋回に次ぐ加速。円を描く銀光を地に引き摺りながら形成された絶剣は、瞬時に膨張しながら宙を奔り。目の前の滝を縦に駆け抜けた。
一瞬の無音が空間を支配する。だがその刹那の後――静寂の帳を、
「んなぁっ!?」
「――……ッ」
弾け飛んだ瀑布がスコールのように頭上を覆い、周囲の木の葉を無理矢理叩き落とす勢いで降り注ぐ。だが、そうして体が濡れるのも構わず朱座は驚愕に目を見開いていた。
刃を引き摺った地面には巨大な亀裂が走り、露出した滝裏の岩肌には鋭利な断面が覗く。そして――大きかった滝は、見事に二又に分かれて細々と落ちている。
椛の放った一撃は、落ちる激流を縦に断ち、岩肌を削って隆起すらさせ、巨大な滝を真っ二つに断ち斬っていた。
「お、おいおい……マジかよ」
自然と溢れた言葉に、しかし彼自身は気が付きもしなかった。ただただ目の前の光景が信じられず、その目を大きく広げて驚愕を顔に表す。
滝を割る――それは規模が大きくないとはいえ、間違いなく地形を変える所業。そんなもの普通は大妖怪が為すことだ。その膨大な妖力を地に叩き付けるだけで地面は凹むし、雲は消し飛んでしまう。我らが頭領、天魔を始めとした幾人か数えられる大妖怪とは、その他有象無象の全く埒外をいく怪物そのものなのだ。
それに手をかける所業を、それも剣技のみで、まさか――一介の白狼天狗がやってのけるなど。
朱座の戦慄すら浮かぶ視線を気にもせず、椛は澄ました顔で水滴を振り払う。
それもそのはず。こんなこと椛は当然であると――否、当然でなければならないとすら思っていた。
中妖怪だとか大妖怪だとか、そういう括りに拘りなどない。
それを言い始めたら、人の身で大妖怪を下す博麗の巫女は一体なんだと言う話になる。
それを認めてしまったら、椛は自分の夢すら放棄したことになってしまう。
「お、お前……いつの間にこんな……ッ!?」
「……私が目指しているのは、萃香様の“崩撃”に届く一撃ですよ?」
天地を龍の顎撃の如く抉り取った萃香の拳。椛が夢見てきたのは、常にそれに立ち向かい拮抗する自分の姿。
世に御名轟く大妖怪 酒呑童子を目指すと言うならば。
その一撃に応える技を身につけると言うならば。
地の一つや二つ、斬ってみせなければ話にならないだろう?
「あの方が天地を抉るなら……私はいつか、大空を斬ってみせます。そうすれば、きっと――」
きっと、なりたかった自分になれると――そう信じているから。
想いを胸に、椛は再び剣を振り抜く。陽に乱反射する剣の銀光は、彼女の瞳の輝きにも重なって弾けていた。
◇
“霧雨魔法店”と言われて、ちゃんと実物を思い浮かべられる人物はかなり少ない。
なにせ人間には有毒な瘴気が満ちる魔法の森の奥に建っている上、店とは名ばかりの物置小屋で、本当に商売をする気があるのかと疑われるレベルの
これが人里における大商人の娘が営む店だというのだから、その事実を知る人間は皆そろって頭を抱えてしまう。
そして最後にこう思うのだ――まぁ、魔理沙が満足してるなら別にいいか、と。
実際、魔理沙は暇さえあれば家に篭って魔法の実験をしまくっている熱心な努力家なので、まぁ、その研究資材を置く場所があるという意味では彼女にとってそこそこ利益になるか、というところだ。
商売をする気の有無については、取り付けたまま一度も手入れされていない看板の無残な姿に推して知るべし。
かくして、今日も魔理沙の家からは――
「どわぁぁあああッ!?」
ぼふん!
魔理沙の叫び声に次いで、煙突と窓の隙間から大量の煙が飛び出した。幸いにも壁や硝子が壊れることはなかったが、その音と衝撃で周囲にいた小鳥たちがばたばたと一斉に飛び去っていった。
直後、勢いよく窓が開け放たれる。中からは大量の煙と、若干煤のこびり付いた魔理沙が飛び出すように身を乗り出した。
外の空気が心底美味い。相変わらず黒い煙は体に悪過ぎる。
「げほっ、ごほっ……ぅあ゛、のど痛ェ……」
まるで物干し竿にかけられた布団のように項垂れて、魔理沙はいがいがする喉を軽く撫でる。
こうした爆発はもう何度も経験したが、いつまで経ってもこの刺激には慣れそうにない。腕とかならまだ鍛えようもあったが、なにぶん魔理沙はのどの筋肉を鍛えるなんてどマイナーな趣味は持ち合わせていない。
とはいえ、やっぱりいがいがするのは嫌なので後でよくうがいしておくことにしよう。
「くそー、やっぱ上手くいかないもんだなぁ……こんなに失敗続きなのはいつぶりだぁ?」
外に広がる木々を何気なく見つめながら、まぁそれも仕方ねーのかなーと若干開き直る。
魔法の実験に失敗が付き物だというものあるし――なにより。
「(やろうとしてることが
両手を差し出して、あやとりするようなイメージを頭に浮かべる。あの魔法が再現できたなら、きっと魔理沙の魔法は更に一段階進んだものになるだろう。こんな遊びならいざ知らずだ。
仮にそれそのものが役に立たなくても、その過程で得られた何がしかはこの先の研究にも役立つ。
魔法は学問であり、無駄なことなど一つもないのだ。
「糸、か……まぁ手っ取り早い方法ならあるんだが、どうもなぁ」
気が乗らない、と魔理沙は再度布団のように窓の桟に干された。
なんでかって、それをしたら最後魔理沙のプライドが著しく貶められる気がするからだ。
彼らと同じく糸の魔法を使う人形師――“七色の魔法使い”と呼ばれる少女。
彼女も魔理沙と同じく魔法の森に居を構えており、且つ魔理沙とは違う生粋の魔法使い。本来なら先達である彼女に教えを乞うのは当然の成り行きなのだが――
「あいつ、捻くれてるからなぁ……んなことしようもんなら徹底的に煽ってくるだろ……」
それなりに長い付き合いではある。近所というのもあって何度も顔を合わせたことがあり、なんなら軽く茶をいただいたことさえある間柄だ。
しかし、それでも魔理沙の抱く彼女のイメージは“クールで器用な捻くれ者”。いつも一人で人形を作っては部屋に飾り、偶に里に降りたかと思えば笑顔で人形劇を披露して、森に着く頃にはまた無表情に戻っている。
なんというか、良い意味でも悪い意味でも人形的なのだ。だから素の彼女――周囲に興味がなく、自分の領域に踏み入る者には悪態を返すクールな捻くれ者――を知る人物はそう多くない。
それでも彼女と付き合ってこれたのは、おそらく魔理沙も似たような捻くれ者だからだろう――ということには本人、気が付いていない。
「糸の魔法……そもそもあいつが使う糸と鶖飛が使ってたっていう糸は同じもんなのか?」
空に浮かぶか細い雲を見つめて、魔理沙はふと思い浮かんだ疑問を口にした。
糸の魔法、と一括りにしていたが、その二つは用途も効力も全く別物のようにも感じる。
まぁそもそも魔理沙は直接鶖飛の魔法を見たわけではないし、霊夢から聞いた話を元に想像しているにすぎないのだが、それにしても疑問だ。
片方は文字通り人形を操るための糸で、もう片方は戦闘にも応用できる強靭な糸。細くしなやかな糸は切断にも使えるし、伸縮性に富んでいれば物体を引き寄せたりすることもできる。魔力で形作っているのなら人に魔法をかける媒体にもなるだろう。
教えを乞うたところで、人形師にそんなものを教えることなどできるものだろうか――
「って、なんでわたしは教えてもらう前提で考えてんだぁっ!?」
そもそも言ったところで人形作りの方が大事とか言って断るに決まっている。そして必死こいて説得しようとする自分を見て、心底見下した笑みを浮かべるに決まっているのだ。おーほっほっほと高笑いする彼女の姿が頭の中を過りまくっている。
そんで結局教えてくれない、と。
なんという捻くれ者。わたしの聖人君子っぷりを見習えよ。
まぁ戦闘の際に人形を操る時は、それこそ糸を媒体に魔法をかけて操っているようなので、似たような用途のことを考えると彼女の煽りなど唇を噛んででも耐える価値はありそうだが――いや、やっぱり無理だな。
「たはー! 自分のプライドの高さが恨めしいぜ! やっぱ自力で編み出すしかねーかぁ……」
そもそも、生粋の魔法使いというのはある種魔理沙の夢であり憧れだ。そんな人に教えを乞うのも当然一つの道ではあるが――自分で勝ち取りたい魔理沙の性には合わないのだ。
どうせ超えるなら、全て自分の力がいい。
よっこいせと起き上がると、部屋の中の煙はもうだいぶ外に逃げて、多少癖のある匂いが鼻先をかすめる程度にまで収まっていた。
机の上を確認すると、大量の本と薬品、金属の指輪など、実験に必要なものが散乱している。爆発で散らばったらしく、軽い防護の魔法をかけているので破損は見られないものの、どれも少し薄汚れてしまっていた。
こりゃ前途多難だな、と魔理沙は苦い笑みを浮かべながら後頭部をがりがりと掻いた。
「はぁ……続けたいのは山々だが、こうも大失敗した後はやっぱ少しきちーなぁ……。息抜き……した方がいいな」
こんな時は弾幕勝負でスカッとするのが魔理沙的には最高に心地良いのだが、あいにくと事件性のあるものは魔理沙の耳に入っていないし、だからと言って誰彼構わず吹っかけるのも気が引ける。霊夢とやるのもまぁ悪くはないが、お互いに手の内を知り過ぎてマンネリ化している感は拭えない。
と、なると――選択肢は自ずと限られてくる。
「弾幕勝負は難しいかもしれないが……色々と都合が良さそうだ」
にやりと歯を見せた魔理沙は、トレードマークのとんがり帽子をとって目深に被った。
ミニ八卦炉を忘れずに持って、箒に向けて魔法を発動するとたちまちに魔理沙の手の中に飛んでくる。
「さぁて、行きますか!」
散らかった家を放ったらかしに、魔理沙は勢いよく空へと駆け出した。
青い空、白い雲、風は程よく冷たくて、お日様は南中してまだまだ間もない。こんな日は外に出なくてはきっと損だろう。特に――日がな一日家に篭っているような奴には。
「待ってろ吹羽……みんな大好き魔理沙さんが、遊びに行ってやるぜ!」
薄雲に隠れていた太陽が、僅かに顔を出した。
今話のことわざ
なし