お待たせしました。少し長いので、時間のある時に。
鈴奈庵とは、人里の隅でひっそりと営まれている貸本屋の名である。
その名の通り、取り揃えてある本は代金さえ払えば貸してもらうことができ、木版を持ち込めば印刷すらも請け負ってくれる便利な場所だ。
勿論この世界の技術レベルでは紙が比較的高価なものなので、それを大量に使用する本類を貸し出すとなればそれなりの代金になる。が、その場で読んでいくのであれば代金は発生しない規則なので、まぁそういう意味では“印刷もしてくれる図書館”と形容した方が幾分か近しいイメージが持てるだろう。
と言っても自営業なので大した貯蔵量ではないし、実は霊夢がこの場所を認知しているのにも理由があるのだが――。
兎にも角にも日が今にも落ちてしまいそうな晩秋の今日、稗田邸を急いで後にした霊夢と吹羽は、そんな便利で残念な図書館もとい鈴奈庵に足を運んでいた。
「里に貸本屋さんなんてあったんですね」
「まぁ細々やってるお店だしね、知らないのも無理ないわ。ただでさえあんたは中々家から出ないし」
「あ、あはは……耳が痛いです……」
痛いところを突かれて頬を掻く吹羽を尻目に、霊夢はさっさと暖簾をくぐって店内に入った。
チリンと涼やかな鈴の音が鳴る。中は夕刻だからか若干暗く、墨の匂いに混じって何か別の不思議な匂いが鼻腔を抜けた。左右に並ぶ本棚には所狭しと本が詰められ、その上にまで幾つもの書物が積まれている。それでも入り口からの眺めは考えられているのだろうと思えるが、少し奥へ行けば入りきらない書物が床にまで積まれていて少々小汚い――ように見える――のを霊夢は知っている。
ここの住民とは、その程度の仲ではあった。
「おや……珍しいお客様」
正面からの声は、店の古めかしい外観から想像しうるであろう
「ええ、久しぶりね
「いつぶりですか? 以前は確か小説か何かを貸し出した気がしますけど」
「さぁ? もう覚えてないわ。最近は忙しかったから暇潰しなんて必要なかったし」
「わたしとしては、もっと積極的に本を読んで欲しいところですけどね」
尤もらしいことを言って笑う彼女に、霊夢は片目を瞑って、
「その為にここで本をどんどん借りていってお金を落としていけ……ってことでしょ、どうせ」
「勿論ですよっ! 知識を提供するんです、これこそ正統な対価ってもんでしょう!?」
「相変わらずね……」
したり顔で薄い胸を張る彼女の姿に、霊夢は溜め息ながらに小さく笑いをこぼした。
少女の名は
霊夢とは以前からの知り合いで、彼女が暇潰しに本を借りにくるといつも笑顔で迎えてくれる。といっても霊夢の来訪はそれほど高頻度ではないし、前回もだいぶ前の話になるので顔を合わせるのは久方ぶりだ。
小鈴は霊夢の疲れた笑いを認めると、心外だとばかりに唇を尖らせた。
「なんですか相変わらずって! いい意味には聞こえないですよ!」
「いい意味で言ってないからね」
「なんですか、も〜!」
図々しいというか打算的というか。別に思惑があるのはいいのだが、それにしても小鈴はたくましすぎるというのが霊夢の持つ印象だった。ちゃっかりしていると言い換えてもいい。
あと、守銭奴。これだけは譲れない。
「まぁいいです。それで、今日は何の本をお探しですか?」
「ん、あたしが探してるわけじゃないのよ。今日はこっちの――」
言いながら振り返ると、霊夢の背に隠れていた吹羽は弾かれたように横に出ておずおずと頭を下げた。
「こ、こんにちは……風成 吹羽っていいます。今日は、その、ボクの用事でして……」
と、妙なほど普段の覇気が欠けた挨拶を聞いて、霊夢は不思議そうに片眉を釣り上げた――が、そういえばこの子小心者だったな、とすぐに思い返して納得する。
最近は色々なことがあり過ぎて、また、その“色々なこと”に吹羽が関わり過ぎて忘れていたが、この子は普通の感性を持った普通の人間なのだ。
その出自や持ち得る技術などにかなりの特殊性は見られるものの、それ以前に吹羽は悲しくなれば泣くし楽しければ笑う、ごく普通の幼い女の子。年上ばかりを相手にする生活をしてきた吹羽が、同年代の女の子をおよそ初めて――阿求は一種の例外として――前にして多少きょどきょどするのは不思議なことではなかった。
何か気の利いた一言でも、と思っていると、意外なことにも食い付いたのは小鈴の方だった。
「わあ、初めてのお客様! こんにちは、本居 小鈴です! 気軽に小鈴って呼んでね!」
「ふぇ!? ぁ、えっと、よろしくお願いします、小鈴さん」
「も〜、さん付けなんてしなくていいのにぃ。わたしも吹羽って呼ぶし! ところで今日は!? 何の本を探しに来たの? 読んでく? 借りてく? せっかくだし借りてくよね!?」
「あああの、えーっと、そのぅ……」
こんな勢いで話しかけられるとは思っていなかったのだろう、小鈴の圧に若干仰反る吹羽はちらちらと霊夢に助けを求めてくる。
小鈴の考えが見え透いて溜め息を吐いた霊夢は、目をキラキラさせながら鼻息を荒くする彼女の後ろ襟を無遠慮に引っ掴んだ。
「はいはい、落ち着いて小鈴ちゃん。同年代の新規客が増えたのは嬉しいだろうけど、吹羽がちょっと困ってるから自重して」
「おっと、それはごめんなさいでした。なに分ここで本を借りて行ってくれる人はご年配が多いもので」
「そ、そうなんですか」
その気持ちは分かるようで、それを聞いた吹羽は頬を掻きながら緩く微笑んだ。
「えっと、それじゃあ改めてお客様、今日は何をお探しで? 木版があれば刷ることもできますよ!」
「あ、はい。実は神様について調べてまして、何か参考になる本はありませんか?」
神綺についてはやはり伏せて問うと、小鈴は小さく首を傾げた。
「神様について? 随分と珍しい調べ物ねぇ……」
「あ、無いなら別に――」
「あーありますあります! 調べ物に向くかどうかは分からないけど、一応あの辺に!」
「あの辺……分かりました。ちょっと見させてもらいますね」
そう言い残すと、吹羽は小鈴の指差した方向へ向かっていった。いくつかの本棚の向こう側で、霊夢たちからは死角になる場所である。
吹羽の姿が本棚の向こうに消えるのを見届けると、霊夢は肘で小鈴を小突いた。
「一応聞いておくけど、あの辺りに
小鈴は少し頬を膨らませると、
「置いてませんよっ。お客様には売れないですし!」
「分かってるならいいわ。万一漏れると面倒臭いことになりそうだし――」
「というか絶対に
「(そういう意味か……)」
霊夢が腰に拳を当てながら溜め息を吐くと、小鈴は芝居がかった様子で自分の肩を掻き抱いて体を揺らす。今まで目にしてきた妖魔本に想いを馳せているのだろう彼女の表情は、まるで恋する乙女のような朱色にほんのり染まっていた。
これだ。霊夢がこの店を特別に覚えているのはこの妖魔本の存在があるからである。
妖魔本とは、大まかに“妖怪が記した本”である。稀覯本中の稀覯本であり、本来は里にはない――ある理由がない――ものだ。いくつか種類があるが、多くは妖怪の存在を記した本――つまりは“目覚めを待つ妖怪を封印した本”である。
これだけは吸血鬼の館の大図書館にも揃っていないものであり、霊夢がこの店に対して監視紛いのことをしている理由だ。要は人里における火薬庫に等しいのだ。
しかし、だからこそ望みが持てる。普通にない知識を得るには、普通にないものを見るのが一番だから。
「それにしても、神様について調べ物なんて本当に珍しいですね。ここは神の使いたる巫女さまが知識を披露する場面じゃないんですか?」
「できるならそうしてるわ」
「霊夢さんでも知らない神様ですか」
「知らないっていうか……」
分からない、という言葉は不意に喉元で留まった。そして思い直す。そもそも小鈴にこのことを詳しく話したところで益体のないことだと。
霊夢が言葉を続ける気がないのを悟ったのか、小鈴は視線を外すとすとんと下の椅子に座り込み、頬杖を突いた。
「まぁ確かにここなら外来本もたくさんありますし、分からないことを調べるにはもってこいかもしれないですね」
「……そういうこと」
外の世界から流れ着いてきた本――外来本も多く取り揃える鈴奈庵は、未知を探究する上では都合がいい。最悪の場合は、小鈴に頼んで溜め込んでいる妖魔本の一部も見せてもらうつもりだ。勿論妖怪を封印した本ではなく、また別の安全なものをだ。
小鈴も相当渋るだろうが、まぁ何かしら食いつきそうなものをちらつかせればころっと堕ちるだろう。彼女がそういう、
「霊夢さんも何か見ていってはどうですか? そしてあわよくばお金落とし――借りていってくださいよ。是非に!」
「小鈴ちゃんはもう少し下心を隠す努力をしなさい」
「えへ、人を選んでるので平気ですってぇ〜」
「全くもう……お茶出してくれたら考えるわ」
「今すぐにっ!」
店の奥へと駆けていく小鈴の背中を見届けて、霊夢は置いてある客様の椅子に腰かけた。
不意にお茶を出すよう母に催促する小鈴の声が聞こえてくる。同年代でも落ち着きのなさは吹羽と全然違うなぁなんて思いながら、霊夢は小さく欠伸をこぼした。
夜の訪れは、まだもう少し後である。
◇
「あっ、聞こえてますぅ〜? 私ですけど〜」
夜の帳のおり切る直前。薄暗い森の中で、間延びした女の声が響き渡った。
まだ比較的明るいとはいえ人間であればもう自宅へ籠る時間。妖怪の時間が幕を開けるその寸前に、それはあまりにも場違いと言えた。
が、彼女のことを知るものであれば、そんな疑念よりも警戒心が先に出るだろう。“人がこの場この時間にいること”よりも、“彼女がここに存在する事実”の方が何十倍と危険だからだ。
金糸の髪。赤いドレスに白いエプロン。手元にゆらゆらと蠢くのは細身の剣――魔人、夢子。
その危険性を、きっと彼女をここに連れてきた者たちはたった今思い知った。
「え、何してたのかですか? ごめんなさ〜い。なんか強姦されそうになったんですけどぉ、そのヒトたちとちょっと遊んでたんですぅ〜」
揺れる鋒を伝う血が、ぽたりと血溜まりに落ちて鈍い水音を立てる。可憐で美しいはずのその姿は、今は鮮やかな血化粧で彩られていた。
白いエプロンに飛び散った赤黒い斑点。元から赤いそのドレスに付着した血は、それでもなお黒を際立たせていた。艶のある笑顔にも血がしぶいている。虚空に話しかける最中に、ちろりと覗いた小さな舌が艶かしく口元のそれを拭い去った。
「
「ひっ!?」
同意を求める夢子の視線に、向けられた妖怪は震えた声を漏らして腰を抜かした。
無理もない。彼は目の前で仲間が断末魔をあげながら細切れにされる光景を、その吹き出す血を浴びて陶然と高笑いする狂気を目にしたのだから。
それに耐えた――思考を放棄したのかもしれないが――残りの妖怪二人は、しかし反抗心を露わに牙を剥き出す。怒りと恐怖と、何がなんだか分からない感情の渦に任せて、血溜まりの中に悠然と佇む夢子に唾を飛ばした。
「お、お前ぇ! だだ、誰と話してやがる!? こんな事し、して! ただじゃすまさねぇッ!」
「よくも、よくもォォオオぉびゃっ」
――刹那、殴りかかった妖怪の首から血飛沫を上がる。泡の音に混じって響き渡る絶叫は、音圧も高音もないのに耳を劈くような感覚を聞くものに与えた。
噴水の如く噴き出す血霧の向こう側で、いつのまにか剣を振り抜いていた夢子は無邪気に唇を尖らせる。
「も〜、今話してるんだから邪魔しないでよ。待てない男は嫌われるわよ?」
「っ、ばっ、ぐぼばば――ッ!?」
「だからぁ――うっさい」
ぱちゅん。
軽い音がして、首が飛ぶ。血の孤を描いて飛んだそれは鈍い音を立てて落ちると、腰を抜かした妖怪の目の前に転がってきた。
開いた瞳孔から血がどろりと流れ出る。痛みにもがき苦しんだその表情は、今まで見たどんな死に顔よりも凄惨だった。
次いで首のない体を一瞬で切り刻むと、夢子はその血煙を浴びてうっとりと声を漏らす。それが血塗れでなければ、きっと世の誰もの目を釘付けにするだろう。
だが細切れの死体が浮かぶ血溜まりを見下ろした時には、その目は冷え切った侮蔑の色をしていた。
「もっと静かに、もっと美しく死ねないの? 無価値な雑魚なんだから、死に際くらい私を愉しませてよ」
――狂気。破綻。
生き物を斬り刻む感覚に震え、血を浴びることに快感を覚える夢子の姿はただただ膨大に、圧倒的にその二言を想起させた。
「あ、ちょっと切りまぁ〜す」などという場違いすぎる彼女の発言も、今は何枚も壁を隔てた向こう側のように聞こえる。
初めにあった劣情などとうに吹き飛んでいた。
薄暗い森の中に無防備にも一人でいる女など、妖怪にとっては性欲と食欲の捌け口でしかない。そのはずなのに、あろうことか彼女は襲ってきた妖怪を無惨に返り討ちにし、その理解不能な思考回路と在り方をまざまざと見せつけたのだ。
今はただ、彼女が恐ろしかった。悔しさすら湧き上がらないこの感情の波濤は、今まで見たなによりも――それこそ、
「ちくしょうッ! これでも――ッ!?」
「思ったより冷静だったあなたには、これをプレゼント♪」
やけくそ気味に殴りかかった大柄な妖怪の四肢がピタリと止まる。微かな陽光に照らされて見えたのは、彼の体をキツく止めた極々細い無数の糸だった。
細過ぎる糸は刃と相違ない。きりきりとか細い音が聞こえたかと思うと、糸の接触部からは徐々に血が滴り始めていた。
堪えるような苦悶の声が漏れる。夢子はその様子に一層笑みを深くすると、
「うふっ、あなたは静かでイイわね♪ あ、だけどせっかくの気分を悪くされちゃ敵わないし――喉は潰しておこ♪」
「かひゅッ!?」
刹那、夢子が放った一振りの剣は吸い込まれるように妖怪の首元に飛ぶと、すとんと刃の根本まで突き刺さった。
当然、絶叫――とはならず、妖怪の喉は声でなく空気の抜ける音とごぽごぽという血の泡を吹く音のみをひたすらに吐き出す。声帯が完全に断たれていた。
凄まじい技量だ。単純な戦闘能力に於いて、夢子はこの場の誰よりも遥かに秀でていた。
仲間を嬲られ、弄ばれ、殺された今になってそれを知る。理解する。そしてそれが分かった時には、彼の思考は怒りと後悔と悲嘆に染まって真っ黒になっていた。或いはこれを、絶望と呼ぶのかもしれない。
しかし幸か不幸か今の彼には、そんなことを理解する余裕などかけらもなかった。
それこそ――内臓をかき混ぜられて大量の血を身体中から溢す仲間の姿を、認識もできないほどに。
「あはぁぁあ♪ 降って湧いたラッキーイベントだったけど、愉しませてもらっちゃった♪ ――あ、もう死んでいいよ?」
糸が一気に引き絞られ、ほぼ絶命状態だった妖怪の体を無残に引き裂く。炸裂した血塊を背にして、夢子はほとんど自失した妖怪の元へと歩み寄った。
血の滴る口元が弧を描く。歩く所作は恐ろしく洗練されていたが、その豊満な肢体に纏うのは絶望的なまでの死の気配。狂気を貼り付けたその笑顔に妖怪は逃げることもせず――それを考えることすらできず、呆然と“死”を見上げる。
「さぁてさて、それじゃあデザートはどうやって頂こうかな……あら?」
しかし妖怪を見つめた彼女の反応は、
「あなたは確か……ああ、そう言えばさっきのも見た顔だったなぁ……」
ぽつりと呟き、たおやかな指先を唇にそっと当てる。だがそれも数瞬、不思議そうだったその表情を心底面白そうに歪めると、ぺろりと舌舐めずりをした。
「あぁ――イイこと思いついちゃった♪」
その表情の、なんと幸せそうなことだったか。だが崩壊寸前の自我ではそれを認知することも妖怪にはできない。仮にそれができたなら――きっとその笑顔の裏に燻る残虐な思考回路を、察することもできただろうに。
「待っててね吹羽ちゃん。さいっこうのプレゼント、してあげるからね――……」
蕩ける情愛を口にするような。
甘やかな声音と共に、妖怪の意識はノイズの海に消え去った。
◇
日も沈んで少し経ち、机に頬杖を突いてうたた寝をしていた霊夢はふと目を覚ました。
入り口にかけられた暖簾がふわふわと揺れている。日が沈んで冷えた秋の風が、程よく暖まっていた肌を撫でて余計に冷たい。
「さぶ……」と口の中で呟きながら立ち上がると、ちょうど吹羽も調べ物を終えたのか本棚の森から抜け出てくるところだった。
「あ、霊夢さん」
「吹羽。成果はあった?」
「残念ながら……」
やっぱりか、と。
吹羽のちょっと困った顔は予想の範囲内で、だからこそ霊夢がこの場所を選んだ甲斐があったというものだ。
頬杖の赤い跡が残っていそうな頬を片手間に撫でながら向き直ると、小鈴は椅子にどっぷりと座って寝息を立てていた。客がいるのに堂々と居眠りとは一体どんな神経をしているんだろうと思わなくはないが、まぁ小鈴ならやりかねないとかそれだけ信用されているだとか、考えても仕方のないことばかりがぽつぽつと出てくるので、霊夢は思考をぽいと投げ捨てた。
ともあれ、霊夢は嘆息ながらに歩み寄る。徐に伸ばした手は、小鈴の額の真正面で中指を引き絞り――ぱちんっ! と一発。
「ぁ痛あッ!?」
「起きて小鈴ちゃん。ていうか店番が寝てちゃダメじゃない。盗まれたらどうするのよ」
「ぅあー、だって暇だったんですもん。それに霊夢さんなら大丈夫かなって」
両手で額を抑える小鈴の人懐こい笑みに、吹羽は少し複雑そうな表情を向けて、
「あの、ボクもいるんですけど……」
「吹羽は気ぃ弱そうだから論ずるまでもなかったね!」
「その判断の仕方は流石に危ないと思うわ」
百歩譲って自分のような勘があるなら別なのだが、まぁこの考え方も商人的には致命的だろうな、と思い返す。
危ないは危ないが、今回はその判断があながち間違っていなかったので本たちは救われた。運がいいというべきか、サボり方を心得ているというべきか。
「ところで、探し物は見つかった?」
「いえ……残念ながら、今持っている情報以上のことは何もわかりませんでした」
「あれま、それは力になれなくてごめんね」
「というわけで小鈴ちゃん、妖魔本を出してきて」
「あ、はーい了解で――って何をどさくさに紛れてとんでもない要求してるんです!?」
変わり身の早さに驚く吹羽を無視しつつ、霊夢はさも当然というように腕を組んだ。
視線は語る――“どうせ分かっていたくせに”と。
「ここにある本で見つからないなら妖魔本しかないでしょう? さっさと出してきて。もちろん安全なやつをね」
「ヤですよぉ! なんで宝物を人に見せなきゃならないんですか!」
「貸本屋が本を見せることの何がおかしいのよ。大丈夫、いざとなったらあたしがいるから。たとえ家が燃えても二人は守ってみせるわ」
「それはそれで嫌だぁ!!」
悲痛に叫んで頭を抱える小鈴の姿に吹羽が心配そうな表情をするが、霊夢は敢えて笑いかける。なんだか吹羽の頬が引きつったように見えたが、きっと小鈴の哀れな姿にドン引きしているだけに違いない。
さておき、そもそもさっき妖魔本の話を出した時点で賢い小鈴はこの要求を多少なりとも予想していた筈だ。でなければ小鈴はきっとここで知らないフリをしただろう。間違っても“とんでもない要求”と、本の存在を仄めかす発言などしない。
それが素直に見せる気の表れなのか、ある種の
「そもそも、妖魔本を吹羽に見せて大丈夫なんです……? 正直霊夢さんが一般人の前でこの話を出したこと自体が驚きなんですけど」
「そこは心配しなくて大丈夫。この子一般人かっていうと微妙に違うから」
「その評価はボク的にちょっと頂けないんですけど……」
吹羽の戯言を有意義に無視つつ小鈴を見つめると、彼女は一つ大きく溜め息を溢した。
そしてようよう席を立つ――かと思いきや、しかし彼女は気怠そうに頬杖を突いて、
「――ないですよ、そんなの」
は? と霊夢の声が響いた。
「どういうことよ、それ」
「ないというか、十中八九載ってないです」
小鈴の言葉には躊躇いがなく、その場凌ぎの出任せでないのは確かだった。返す言葉の見つからない霊夢が声をつまらせると、小鈴はついと吹羽を見やった。
「吹羽、あそこの棚にはたくさん神話があったでしょ」
「え、あっ、はい。たくさんありました」
「
「…………はい。正確には、知らない言葉遣いがあってよく分からないものもいっぱいありました」
「だろうね。神話の類って、外来本に多いから」
訳知り顔の小鈴に対して、吹羽は不思議そうに首を傾げた。霊夢は彼女の言いたいことを理解してふむと頷くが、敢えて黙っておくことにした。
店のことは店の人が説明するべきだし、人のことは本人が一番よく分かっていることが多いからだ。
「ウチはね、外来本もたくさん扱ってるんだ。実は神話の類って外の世界の方がより詳しく知られてて、それの一部が、さっき吹羽が見てた棚に入ってたの」
「じゃあ、ボクが分からなかったのって」
「そう、外の世界特有の言い回しだったり言葉だったり。あと本当に読めないのもあったと思うけど、それはわたしたちとは違う言語系統の本だったから。まぁわたしは読めるけどね」
お茶目にウィンクする小鈴。吹羽は成る程といった様子で頷く。
余談だが、小鈴が全く違う言語系統の文字を読めるのはその
「外の世界ってすっごく進んでて、それこそ生物がまだいないような大昔のことも本に記してるんだ。神話も同じように、何千年何万年何億年も前のことが、まるで見てきたかのように書かれてる」
「そ、そんな昔のことまで……? どうやって――もしかして、時間を巻き戻ったりできるんでしょうか」
「流石にそれは……って言い切れないかなぁ……それくらい、外の世界ってわたしたちの常識外なんだってさ」
「へえ……」
正確にはこちらの世界が“非常識”なのだが――なんて野暮は入れないでおく。
「そこで妖魔本よ。これ、簡単にいうと妖怪が書いた本……っていうか文書なんだけど」
どこから取り出したのか、小鈴は一枚の紙切れを机の上に広げた。書かれていたのは落書きと言った方が分かり良いくらいにぐちゃぐちゃな殴り書きである。
小鈴はこれを簡単に出したが、一応妖魔本の一種である。霊夢には微かに妖力の香りが感じられたし、この文字と思えない文字にも多少の規則性が見られた。
妖魔
「これ、調べてもらったら多分何百年か前のやつって言われた」
「何百年!?」
「そう。内容はただの手紙だったんだけど、妖魔本ってのは大体こんなもんなの。わたしたちにとっては大昔のことが書かれてる」
――霊夢が吹羽を鈴奈庵に連れてきたのも、これが理由である。
妖魔本は普通にない知識が載っているのと同時に、今では知りようのない昔のことも書かれている可能性が高いのだ。稗田の書斎で見つからないならば更に過去へ遡るほかない。霊夢は、それに妖魔本がうってつけだと判断したのだ。
しかし、この小鈴の弁論だと――
「じ、じゃあボクの調べ物も妖魔本なら――」
「とは、ならないんだよね。残念ながら」
浮かべた喜色が一瞬で陰る。残念そうに表情を消す吹羽を横目で見ながら、霊夢は小鈴の言葉に要約を付け足す。
「……外来本に載ってないなら、妖魔本にもおそらくは載ってない。……そういうことね」
「その通りです、霊夢さん」
幾ら妖魔本を書いた妖怪が何百年と生きる存在でも、さすがに何億年も前のことは分からない。仮に書いてあるなら、きっと吹羽はここの書架で調べ物を終えている筈だろう。
期待した分、余計残念そうに肩を落とす吹羽。連れてきた手前、少々申し訳ない気持ちも湧き上がってくる霊夢だったが、ないものは仕方がない。せめてもの慰めに、霊夢は吹羽の肩をぽんぽんと叩いた。
「“大は小を兼ねる”という諺があります。外の世界の知識にもないなら、もうボクには調べようがないですね……」
「そうね。唯一わかったのは、アレがとんでもない古神だということ、か」
まぁそれも納得だな、と。
相対した時の強大な力を思い出して、霊夢は口の中でそう呟いた。
神が長い時間存在するということは、それだけ信仰が厚く強大であるということだ。しかも神綺のような唯一神であれば、その世界の信仰は文字通り独り占め。幻想郷でいうところの、龍神様と同等の力すら持っていてもおかしくはないのだ。
やはり、下手に関わるべき相手じゃない――内心で戦慄すらしながら、霊夢は徐に手を胸に当てて小さく深呼吸した。あんなのはきっと、人が相手にしていい存在ではないのだ。
「な、なんか深刻そうな顔してますけど、何かあったんですか?」
「っ、いえ……なんでもない。助かったわ、小鈴ちゃん」
「いえいえ〜、こちらこそお力になれず〜」
はっ、と表情を引き戻し、霊夢は当たり障りのない謝辞を小鈴に向ける。気にした様子もない彼女は、朗らかな笑顔でそれを受け取ってくれた。
ふと気がつけば、もう外は暗くなっている。月こそ顔は出していないが、太陽の隠れた宵の刻はもう妖怪の時間だ。
ここからは妖怪の相手も兼ねるお店以外は軒並み閉店する。ここ鈴奈庵もその例には漏れず、本当であれば数刻前に閉まっているはずである。いつの間にか小鈴の厚意に甘えて、営業時間を延ばしてしまっていたらしい。
「……長居したわ。帰りましょ、吹羽」
「あ、はい! えと、お世話になりました小鈴さん」
「あっ、気にしないで! そもそもお客さんが残っていたらいつも閉店時間は延長してるし!」
律儀に頭を下げる吹羽に、小鈴は慌てた様子で説明した。
その優しさに気が付いてか、僅かな影の残る吹羽の表情に微笑みが咲く。それを横目で見て、小鈴の何気ない優しさに思わず感謝する霊夢だった。
暖簾を潜って店を出ると、見送りのつもりの小鈴が丁寧に礼をした。
「これからもご贔屓にっ! 最近物騒らしいですし、二人とも気をつけて帰って下さいね! ウチに寄った帰りに何かあったんじゃ変な噂が立っちゃいますから!」
「? そんなに物騒だったかしら」
最近は異変もなければ妖怪が暴れたこともない。霊夢がこんなにも暇しているのは極端に言えば平和だからだ。そんな認識でいる彼女にとっては、小鈴の言葉は不自然の塊である。
後半の戯言を有意義に無視しつつ首を傾げる霊夢に、小鈴は更に疑問を重ねた。
「だったかしらって……
「(地震に天気……あの時のことか)」
あの時――というのは言わずもがな、鶖飛と決戦のあった日のことだ。
地震はおそらく衝突の余波、天気に関しては間違いなく吹羽の終階によるものだろう。落雷や雹などは超局所的だったが、さすがに雨風は幻想郷全土に広がっていたことを霊夢は事後に知っている。そしてあの一件を説明するために、紫は霊夢が早急に解決したという噂を広めて処理をしていたのだ。
「里では結構噂になってるんですよ? 災いの前触れなんじゃないかとか、すっごい怖い妖怪が現れたんじゃないかとか」
「…………眉唾にも程があるわ。大体、このあたしが解決したじゃないの」
「それはそうなんですけど、何せ久しぶりに目に見える異変――というか、異常でしたからね。みんな不安なんですよ」
わたしもですけど、と付け足すような曖昧な笑みに、霊夢は思わず溜め息を吐いた。
こうしてみると、紫の情報統制も案外甘いんじゃないかと疑いたくなる。或いは小鈴の言ったように、最近目に見える異常がなかったばかりに緩んだ妖怪への畏怖を取り戻そうとしたのかもしれないが、それで本当に“すっごく強い妖怪”とやらが生まれてしまったらどうするつもりなんだろうか。本末転倒とはよく言ったものである。
ひとり考え込む霊夢を尻目に、小鈴はそう言えばと手を叩いた。
「件の異常、吹羽のところは大丈夫だった? ウチなんか本がどたばた倒れて大変だったんだよぉ〜」
「ぇ、あ……はい。戸棚の中身が出てしまったくらいでした」
「もーほんとにやめてほしいよねー。何か起こすならさ、もっとこう……人様に迷惑をかけないようにやって欲しいよね!」
「そ、そうですね……あはは……」
同年代の存在が嬉しいらしい小鈴の本音に、吹羽は曖昧な笑みを返して応える。彼女の強かなところは美点でもあるが、こうして遠慮がなさ過ぎるのは玉に瑕だなあと思って――
「ほんとだよ! まったくもう……早めに退治されてほんとに良かったぁ……」
能天気な自分を、後悔した。
「ここって山奥でしょ? 土砂崩れとかあったら洒落にならないからね〜。きっと特に意味もなく暴れてたんだろうけど、もっと人のことを考えてほしいよ」
「――……」
迂闊な発言、空気が読めない、もっと人の気持ちを考えろ――もしも小鈴が吹羽の置かれている状況を知っていたなら、霊夢はそうした言葉で咄嗟に怒鳴りつけることもできた。
だが、そうではないと知る自分が、放つ言葉を喉奥に押し込める。そうして拮抗した結果、霊夢は小鈴の発言を何気なく誅することも、吹羽を気遣うこともできず――
「……ボク、もう行きますね」
「え? あ、うん。またのご来店をお待ちしてまーす!」
「ぁ、ちょっと、吹羽!」
目元に影を作ったまま、吹羽は小鈴に背を向けて歩き出す。吹羽の急な様子の変化を小鈴も不思議に思ったようだったが、それにかまっている場合ではないと霊夢は思った。
小鈴に軽く礼を言って、霊夢は急いで吹羽を追う。
――しばらく歩いた暗い小道で、吹羽は足を止めていた。
「ぁ……吹羽――」
「霊夢さん」
呟くような声音なのに、吹羽のそれは霊夢の言葉を鋭く断ち切った。
背を向けたまま、静かな声が闇夜に響く。風に揺れる葉々の擦れ音が、それを寂寞感で彩るようだった。
「ボクは……良いことを、したんでしょうか」
「……え?」
ざあ、と一際強い風が吹いた。
「お兄ちゃんが幻想郷を壊そうとして、霊夢さんやみんなを殺そうとして……それをボクは、なんとか止めることができました。それには何も、後悔なんてしてないんです」
あの日の吹羽の選択は、間違いなくこの世界を救った。それが例えほとんどの人間の記憶に残らないのだとしても、あの場にいた者たちは誰もがそれを理解している。
覚悟していたことも、当然それを悔いてはいないということも、そして――心の奥では、決して望んだ結末ではなかったことも。
「里の人たちは、みんな口を揃えてああ言いうんです。あの日の出来事があの日だけで終わって良かったって。お兄ちゃんがあの日に死んで、良かったって……」
兄の亡骸を抱いて、大粒の涙を溢す吹羽の姿が脳裏を過ぎる。
「みんな、本当のことを知らないのは分かってます。でも、でもボクはっ、あの時本当は……
泣き出すような、悲痛な告白。
「どっちもイヤだったけれど、マシだと思った方を選んだだけで、里のことなんて考えてなくて……っ! それなのに、みんなお兄ちゃんが死んで、それで良かったって……みんな笑顔で、いうんです……っ!」
「吹羽……」
血を吐くような吹羽の言葉は、霊夢に安易な言葉を選ばせなかった。どれだけ頭を絞ったところで、吹羽を本当に慰められる言葉など作れないだろうと霊夢はなんとなく分かってしまっていたのだ。
霊夢の言葉は薬になどならない。傷口に塗るのが塩だろうが砂糖だろうが、きっと痛いだけで治らない。
「霊夢さん……ボク、ボクはっ、これで良かったんですか……? ボクがしたことは、良いこと……だったんですか?」
或いはそれを、吹羽もきっと分かっていた。
こんなどうにもならない問いを投げかけたところで、満足のいく返答はきっと霊夢には返せない、と。
だから振り向いた吹羽は、縋り付くようなか弱い瞳で霊夢を見上げているのだ。
何が良かったのか、本当にこれで良かったのか、何もかも分からなくなってしまった吹羽のその涙は、後悔しているからではない。答えを、導を、助けをこうして求めても、きっと救い出してはもらえないと悟っている故の、諦めの証。それでも手を伸ばさずにいられない苦しさへの、最後の抵抗。
真っ直ぐに霊夢を見つめる吹羽は、安心して呼吸の出来ないこの生き地獄から救ってほしいと手を伸ばす、幼く可哀想な、弱々しい少女の目をしていた。
「っ、ぁ、あたしは……」
「………………」
「………………」
数瞬にも数時間にも感じられる、長い時間を間に置いて、二人はじっと見つめ合う。
そうして――遂に。
「……え、えへへ、冗談ですよ霊夢さんっ」
長い沈黙を挟んで紡がれた声は、素っ頓狂な調子で己の問いを笑い飛ばした。
俯きかけていた視線を戻せば、吹羽は頬に朱を差してにっこりと笑っている。涙はもう、擦れた赤色に隠れて見えない。
「ごめんなさい! さっきの小鈴さんの言葉、霊夢さんは気にするかなと思って茶化そうとしたんですが、失敗しちゃいました。さっきのはその、忘れてください」
「で、でも」
「ボクはもう大丈夫ですよ。霊夢さんが気にすることなんてありません! ほらもうこの通り! 明日からはお店も再開しますし、元気いっぱいですから!」
細い腕をむんっと上げて強がり、手を後ろに組んで可憐に笑う。
「お仕事が溜まってますから、ちょっと無理しないとですね。此間投函箱をみたら両手にいっぱいになるくらい依頼が来てて、びっくりしちゃいました」
――やめろ。
「あ、でも休憩はちゃんと取りますから、心配しないでくださいね? 霊夢さんにさんざっぱら言われましたから、今度からは気をつけようって決めてるんです。今更ですけどね……あははー」
――やめてくれ。
「そうなると、手元の鋼じゃ足りないかな……また取りに行かないとですね。前みたいに魔理沙さんに頼んでみようと思います。ものが浮くあの魔法、ずるいですよねぇ……」
そんな空っぽな言葉で、空っぽな元気で、空っぽに笑うのは――もう、やめて。
「……吹羽、あたしは――あたしは、ね」
「もう、いきますね! 明日も早いですから! お見送りはここまでで大丈夫ですっ」
霊夢の言葉を拒否するような切り出し――否、本当に拒絶しているのだろう。吹羽は霊夢から顔を背けるように背を向けると、そのままゆっくりと歩き出した。
その小さな背が、果てしなく遠い。
踏み出そうとする足が地面と癒着しているかのように重く、引き留めようとしても喉がうまく振るえない。唯一伸ばせた手は、何も掴めずに空を切る。
「じゃあ、霊夢さん……おやすみなさい。――さようなら」
そうして吹羽の姿は、暗い夜道に消えていった。
「……っ、〜〜ッ!」
ばきんッ! と分厚い木の板を砕き割る音。硬く握りしめられた霊夢のその拳からは、ポタポタと血が滴っていた。
何も掴めない手なんて、砕けてしまえば良いと思った。闘う力だけ強くて、どうにもならない現実に迷う親友一人抱きしめてあげられない無意味な手など、切り落として刻んでしまいたいくらいだ。
「(また、吹羽に……あの顔をさせた……ッ!)」
空っぽの言葉。空っぽの元気。空っぽの笑顔。
霊夢はそれを知っている。あれは以前――吹羽がすべてを背負い込んで、心配をかけまいと、阿求や霊夢に向けていた虚空な笑顔そのものだ。
やっと心から笑えるようになった吹羽に――あろうことか霊夢が、それをさせてしまったのだ。
間違ったことをした、だなんて思わないようにしていた。それをすれば吹羽の決断を汚すことになるから。覚悟を踏みにじることになるから。
だがいつか、紫は言っていたのを思い出す。
物事の成否は、その時を生きる者に付けられるものではない、と。
間違っていたかどうかを決めるのはいつだって“後の人”で、そしてそれが分かる頃にはきっと当人ではもうどうしようもない事態になっている、と。
そうだ、その通りだった。
あの時した選択は、こうした結果にたどり着いた。良かれと思ってやった事は、こうした結果に繋がった。
きっとあの時の選択の成否を決めるのは霊夢ではなく今の吹羽で、その答えはもうきっと出ていて。
「なんでよ……なんで、あたしは……ッ!」
霊夢はまた――選択を、間違ったのだと。
今話のことわざ
「
大きいものは小さいものの代用として使える。小さいものより大きいもののほうが使い道が広く役に立つということ。
――ある日の日記
今日は少し悲しいことがあった。
詳しいことは書きたくもないけれど……ボクと里の人たちとの間に大きな壁があるような気がした。
……したくもなかったことをして、その結果里の人たちは助かって。絶対にしてはいけないことをしたボクを、みんなは知らないし、責めたりもしない。
分からない。それがどうして、こんなに辛いんだろう……。