風と神話の幻想譚   作:ぎんがぁ!

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 ちょっと短めかもです。


第四十二話 真実へ

 

 

 

 いの一番に居間を飛び出して部屋の襖を開くと、そこには幾らか安らかな寝息を立てる霊夢の姿があった。

 彼女自身のものと思われる布団の周囲には、見たこともないからくりがいくつか置かれて、霊夢の腕へと管を伸ばしている。

 “からくりに頼って生きている”、なんて不安を煽る印象が浮かび上がるが、霊夢の寝顔があまりにも普段通り過ぎて、吹羽は無意識に頰を緩ませた。

 こっちの気も知らないで。いつだってこの人は理不尽にマイペースで、周りのことなんて気にもしないのだ。

 

 近寄って、手を握る。柔らかくて温かい、吹羽の知る霊夢の手だ。

 力が抜けるようにその場にへたり込んで、吹羽は安堵の吐息を漏らした。

 

「よ、よかったぁ……っ!」

「ふふ、まるで昼寝でもしているみたいな顔ですね」

「ほら、言ったでしょ? あたし達が死なせやしないって」

 

 吹羽に続いて部屋に入り、阿求と鈴仙が口々に笑って言う。本当にその通りだったと涙ながらの笑顔を鈴仙に向けると、彼女は更に笑みを深くしてやや乱暴に吹羽をいい子いい子し始めた。

 

「ああもうっ、カワイイなあこの子ぉ〜! 持ち帰りたくなってきちゃったっ」

「ダメよ鈴仙。ただでさえ手に負えない駄々っ子がウチにいるのに子供の世話なんかできないわ」

「吹羽さんを持ち帰るなんて許しませんよ鈴仙さん。そうしたら私が吹羽さんと会えなくなっちゃうじゃないですか」

「二人して手厳しいなぁ〜。ま、仕方ないか」

「あの、あの……ボクの気持ちは無視なんです?」

 

 当人抜きで始まった会話がそのまま完結する様を見て、吹羽は少し苦い顔をした。

 鈴仙の希望は何事もなく却下されたようなので問題はないのだが、万一にも許諾された場合どうなっていたのだろうか。

 未だ頭を撫でながら笑顔を向けてくる鈴仙がちょっと怖く感じて、吹羽は空いた手で阿求の服の裾を掴む。

 

 後から入ってきた萃香と魔理沙も、心なしか安堵したように笑って永琳先生の治療を受けている。どうやら彼女らの怪我も、霊夢ほどではないにしろ大分酷いものだったらしく、よくこれで死なないものだと永琳先生も呆れた声を零していた。萃香もそれに便乗して、最近の人間は殺しても死なないのかなどと軽口を叩く。

 

 どの声にも、霊夢という欠かせない存在の生還に安堵して明るさが混じっていた。もしこれが劇場なんかでやるような演劇ならば、このまま幕が降りてハッピーエンドとなるのだろう。

 

 ――が、現実はそう優しいものではない。

 

 

 

『さて、ひと段落したところで次の話へ進みましょうか』

 

 

 

 和気藹々とし始めた空気を叩ッ斬る、氷のように冷静な声が部屋に響いた。

 それは空間に直接響くような不思議な声だったが、この場にいる誰もがその瞬間、ある一点に目を向けた。

 ただの人間である吹羽にすら感じ取れるような、神秘的とも不気味とも取れる奇妙な気配が、その場所から滲み出ていたのだ。

 

 それは皆の対面――霊夢の横たわる布団を隔てた向こう側。

 全員の視線が集まった瞬間そこにすぅと線が引かれ、ばくりと口を開くように空間が裂ける。

 そこから姿を見せたのは、いつか稗田邸で出会った絶世の美女。

 

「巫女のためにこれほど人外が集まるとは皮肉なものですわね。ご機嫌はいかがでしょうか」

「――……ああ、たった今すげェ不愉快になったぜ……今まで何してやがった、八雲 紫ッ!」

 

 音に聞く妖怪の賢者――現れた八雲 紫に対して始めに声をあげたのは、ついさっきまで朗らかに笑っていた魔理沙だった。

 喰いかからん勢いで言葉を放つ彼女の表情は、まるで信用を裏切られたかのような悲痛なものだった。

 

「霊夢が死にかけたんだぞッ!? お前にとってもこいつは大切な存在なんじゃねェのかッ!?」

「ええ、ええ、大切ですとも。この子は幻想郷の要、私の夢の核ですわ」

「だったらなんで――っ」

 

 言い募る魔理沙を、永琳の手が遮った。

 

「落ち着きなさい霧雨 魔理沙、責めても話が進まないわ。それに巫女の命は私達の手で繋いだ。今はそれで良いわ」

「っ、そりゃ、そうだけど……っ!」

 

 自覚があるのか、魔理沙は反論せずに引き下がる。その手はキツく握り込まれて、悔しさに震えているようだった。

 魔理沙が落ち着いたのを見届けた永琳は、次いで紫へとその冷やい視線を向ける。そこには明らかな、疑問の意思が窺えた。

 

「でも、彼女のいうことも一理あるわ。巫女は私たちにとっても重要な存在。個人的な事情だけれど、彼女への庇護を疎かにしてもらっては困るわね」

「………………」

 

 手に持つ扇子を開き、紫は徐に口元を隠した。彼女と顔を合わせたことのある者なら大抵が見たことのある、かの賢者の癖である。

 言葉を選ぶとき、及び意思を悟られたくないとき。兎角紫が表情を読み取られるのを嫌うときにする仕草だ。

 それはこの問いが、彼女にとって答えにくいモノであるということ、そしてだからこそ答える気がないのだということを示していた。

 

 数瞬続いた沈黙。

 それを破ったのは、吹羽の隣で何事かを考えていた阿求だった。

 

「何か……手を出せない理由があった、のですか?」

 

 全員の視線が、阿求に向く。

 

「あなたがこの幻想郷に対して誰よりも真摯なのは知っています。だからこそ霊夢さんが危機に瀕したときに――幻想郷に崩壊の危機が迫るときに、助けに入らないわけがない。 ……で、あれば」

 

 ――幻想郷最強の妖怪とまで謳われるかの妖怪の賢者ですら、手を出せないほどの何かがある。

 

 阿求の推測から結論に至った皆の瞳が散大した。

 そうだ、八雲 紫とは幻想郷の創造主。誰よりもこの世界を愛する存在だ。その崩壊の危機が迫って焦らないわけはない。母親が愛する子の死に様を黙って見ているわけがないのだ。

 

 つまり、妖怪の賢者が死力を振り絞っても霊夢の助けにすら入れなかった、ということ。

 それは彼女に対する憤り――あなたがいればどうにかなっていたかもしれないのに、というある種楽観的な皆の考えを悉く崩壊させ得る事実だった。

 

 それは本当なのか? そう祈るように集まる視線。そして、何も答えず目を瞑るだけの紫。

 それだけで、ことの真偽は容易に推察できた。

 

「深入りは不要ですわ。もはや、あなたたちの踏み入れる問題ではなくなった」

「ああ? どういうこった」

 

 萃香の問いにも答えず、紫は視線を吹羽へと向ける。

 いつかと同じ、無表情の視線。対して吹羽は若干の嫌悪が混ざる瞳で見つめ返す。

 やはり、なぜか自分はこの人を好きになれないと改めて思っていた。誰とでも仲良くしていたい吹羽は、できることなら誰も嫌いになんてなりたくはないのだが、紫だけは違ったのだ。まるで吹羽の意思ではないように、ふと気がつけば“嫌い”という気持ちが前に出ている。こうして顔を合わせるだけでも拳を強く握りたくなるし、気を付けなければ眉間に皺をも寄せてしまいそうになるのだ。

 

 紫はしばし吹羽を見つめると、徐に目を瞑って言う。

 

「もう、事は私の手をも離れました。ここから先を紡ぐのは――風成 吹羽、あなたですわ」

 

 ――妖力の気配。

 椛との邂逅で妖力をある程度感じられるようになった吹羽は、背後でその気配を感じ取って咄嗟に振り向く。

 しかし、もう遅かった。

 小さなスキマを介して伸びた紫の手のひらは、既に吹羽の目と鼻の先にまで迫っていた。

 何をされるのか分からない恐怖が、吹羽体を硬直させる。そして、紫の手が額に触れる――その瞬間。

 

 

 

「待ち、なさい……!」

 

 

 

 吹羽の横合いから伸びた手が、紫の手首を掴んで止める。

 突然のことに驚く吹羽だが、その手の主が誰なのかはすぐに分かった。

 ずっと聞きたかったその声――紫を止めたのは、未だ寝ているはずの霊夢である。

 

「れ、霊夢さん!」

「そんな、ウソ!? 特殊調合した全身麻酔よ!? まだ数日は眼が覚めないはず……!」

「ンなもん……気合いがあれば、解けるわよ……っ」

「そんな滅茶苦茶な……」

 

 驚愕する一同を小馬鹿にするように笑ってみせると、霊夢は次いで鋭い視線を紫に向けた。

 その瞳には、確かな憤りを乗せて。

 

「紫……あんた今、吹羽になにしようとしたの……!?」

「……言うまでもないわ。もう隠しておくべきでない、それだけのこと」

「それはあんたが決めることじゃないッ」

「あなたが決めることでもないわ、霊夢。もうそういう状況になってしまった、ということよ」

「く……ッ!」

 

 揺るがない紫の姿勢に、霊夢が短く歯軋りする。吹羽には何の話なのか見当もつかなかったが、霊夢が今、とても葛藤していることだけは理解できた。

 無意識に、握っていた霊夢の手をさらに強く握る。霊夢は悲しげな瞳で吹羽を見ると、悔しそうな表情で俯いてしまった。

 

「いつか忠告したはずよ、人の心なんてガラス細工のようなものだと。何の支えもなしに叩けば容易く砕けて散る。備えておけと、言ったつもりだったのだけど?」

「……分かってるわよ、そんなことは……!」

「霊夢さん……」

 

 吹羽には、二人がなぜ言い争っているのかよく分からなかった。紫が何をしようとしたのかも分からないし、それをなぜ霊夢が必死になって止めているのかも分からない。

 ただ一つ会話から何となく分かったのは――二人が吹羽に対して、何らかの隠し事をしているということ。

 

 親友である霊夢が自分に隠し事をしているというのは確かに悲しいことだ。人によってはそれで裏切られたと思い込んでしまうこともあるだろう。

 だが、重要なのは自分が相手のどんなところを信じているかだと吹羽は思っている。

 

 それまで見てきた相手がどんな人だったのか。自分はその相手のどんなところを信じて親友を名乗るようになったのか。

 たとえ隠し事をしていたとしても親友の“今まで”が信じられるなら、きっと関係は揺らがないのだ。

 だから、吹羽には霊夢に伝えなければならないことがある。ここに来る目的だったそれを、しかし当初とはまた違った思いも込めて。

 

「霊夢さん……ボク、謝りたくてここに来ました」

「……え?」

 

 俯いていた霊夢と視線が重なる。普段とは違った弱々しい光の指す瞳を、吹羽は強い瞳で見つめ返した。

 

「あの日……喧嘩した日に言ったこと、すっごく後悔したんです。そりゃ、確かにボクも怒りましたけど……ずっとずっと、今日になるまで、必死で考えてました。なんで霊夢さんはあんなこと言うんだろう、って」

 

 吹羽がどれだけ家族というものに焦がれていたかを霊夢は知っている。それなのに兄と自分を引き裂くようなことを言うわけがない――否、例え言っても理由があるはずなのだ。

 だが吹羽にはそれを知る術がない。ならば、どうする?

 

「信じるしかなかったんです。霊夢さんを」

 

 吹羽の知っている優しい霊夢を。

 いつだって想ってくれていた最高の親友を。

 

「今まで数え切れないくらい助けてもらいました。ずっとずっと感謝してました。そうやって助けてくれた霊夢さんは嘘なんかじゃないんだって、信じるしかなかったんです。……だから、大っ嫌いだなんて、嘘なんです。そんなこと、少しだって思ってなかったんです……」

 

 嫌いなんかではない。なぜなら、今まで自分を支えてくれた霊夢が大好きだから。寄り添ってくれる彼女を信頼しているから。

 

「霊夢さん……自分ばっかりなボクで、ごめんなさい。でも、ボク……霊夢さんのこと、大好きです」

「…………っ、」

 

 霊夢は再び俯いた。しかし、それが先ほどのような悔しさからくるモノでないことは確かだった。

 吹羽の握る手は小刻みに震えていて、僅かな嗚咽すらも聞こえてくる。

 

 隠し事というのは辛いことだ。隠される側も、本当に相手を思っているなら隠す側にだって辛いことだ。かつて自分を取り繕っていた吹羽は、その気持ちを理解することができた。

 霊夢が何を隠しているのかは知らない。だが例えそれがどんな事実だろうと、吹羽は変わらず霊夢を親友だと胸を張って言うことができる自信があった。関係は変わらない――それを隠される側から伝えられることは、きっと隠す側にとって嬉しいことで、救われるような心地になるもの。

 

 吹羽は葛藤して苦しむ霊夢に、それだけは伝えなければならなかったのだ。

 

「……っ、ふぅ……分かったわ」

 

 息を落ち着ける音がして、霊夢は一言そう言った。

 

「もう……隠しておけないってことね」

「分かってもらえたようで何より。では――」

「でも、待って」

 

 再び吹羽の額に触れようとした紫の手を、再び霊夢が遮る。しかし、先ほどのような苛烈なものではなく、手のひらで静止をかけるような弱いものだった。

 訝しげな紫を見上げて、霊夢は言う。

 

「あたしも一緒に行くわ」

 

 予想はしていたのか、紫は驚きもなく目を伏せる。そしてその宣言にいち早く反応したのは、治療を施した永琳と鈴仙だった。

 

「ちょ、バカなこと言わないでよ霊夢! あんた臓器が潰れてんのよ!? 本当は喋るだけでもキツいはずなのに!」

「さっき言ったでしょ。ンなもの気合でどうにかなるわ」

「そんな無茶苦茶なことあるわけ――」

「いいわ鈴仙、外出を許可しましょう」

「ちょ、師匠っ!?」

 

 抗議の声を上げる鈴仙とは対照的に、師匠である永琳は実に冷静だった。

 懐から一枚の紙を取り出すと、指先でなにやら術をかけて霊夢に手渡してきた。

 訝しげな表情をする霊夢だが、その効果を読み取ったのか僅かに目を見開いた。

 

「体内器官機能の補助霊符? 今日はずいぶん優しいのね永琳」

「患者のわがままに付き合うのも医者の勤めってだけよ。無茶言いだすんじゃないかと思って準備していたの。霊夢……あなたの命があなた一人だけのものだなんて、くれぐれも思わないでちょうだい」

「……ま、助かるわ」

 

 それだけ言って受け取った霊符を懐にしまうと、霊夢は催促するように紫を見遣った。

 

「準備は整いましたわね」

 

 紫が目を開くのと同時、吹羽と霊夢を囲うように太極紋が浮かび上がる。紫の瞳と同じ桔梗色の燐光を放ちながら、空間内に紫の妖力が満ちていった。

 

「風成 吹羽」

 

 突然の名指しに少し肩を跳ねさせ、吹羽は相変わらず僅かな嫌悪の混じる瞳で彼女を見る。

 

「……なんですか」

「時間は残されていません。失った最後のピースはあの場所(・・・・)と共にある。霊夢が施した決死の封印が破られる前に、あなたは取り戻さなくてはなりません」

「……? どういう――っ!」

 

 紋の光が強くなる。それは明らかに術の発動する前兆で、同時に吹羽の問いに答える気がないことの証明でもあった。

 遮るように結界が発動する。燐光は太極紋と結界の中で溢れんばかりに輝いて、外からも内からも、互いの姿を確認することは難しくなっていた。

 

 しかし、一言。

 

「全てを取り戻しなさい。この世界のために、ね」

 

 それだけが朧げに聞こえたのを最後に、二人は光の中に姿を溶かした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 光が止んで目を開くと、そこは林の中だった。

 人の手が殆ど入っていないのか雑草は好き勝手に伸び散らかし、空に見えるはずの星は木々の枝が覆い隠してしまっていた。一年中日が差さないのか空気が異常に冷たく、吹羽は思わず自らの肩を描き抱いて体を震わせる。

 

「ふん……寒いわね、流石に」

 

 声と同時、体に何かの覆い被さる感覚があった。見てみるとそれは霊力の膜らしく、吹雪のような寒さが一瞬で和らぐ。

 

「あ……ありがとうございます、霊夢さん。って、体は大丈夫なんですか?」

「あぁ、平気よ。永琳の霊符がよく効いてるみたい。他人の霊力が体の中にあるのなんか変な感じだけど、これなら中妖怪くらいは瞬殺できるわね」

「そ、そうですか。それは良かったです……?」

「ええ。それじゃ……行きましょうか」

 

 つまり、今の軽い運動しかできないはずの状態でも椛程度の実力であれば即制圧できる、と。

 相変わらず無茶苦茶な実力と考え方をしているが、吹羽はそれによって逆に安心することができた。

 差し出された手を握り、はぐれないように着いていく。

 

 人の手が入っていない、というのは間違いだったようで、歩いていくにつれて目が慣れると元々あったらしき道の跡が見えてきた。長らく放置されたために草木が隠してしまっていたらしい。

 そんな道を迷わず進んでいく霊夢に、吹羽はふと疑問を感じた。

 

「霊夢さん……ここのこと、知ってるんですか?」

 

 何気ない問いに、霊夢は足を止めずに答える。

 

「……ええ、知ってるわ。何度も来たもの、ここにはね」

 

 そこで言葉を区切り、僅かにひらけた場所で霊夢は横を見遣った。

 木の天井が途絶えたため、月明かりに照らされて周囲が見える。吹羽もつられてその方向を見ると――俯瞰したその先に、吹羽のよく知る人里が見えた。

 

「え……人里? もしかして、ここは人里の近くなんですか?」

「幻想郷を囲む山の一つ、里にほど近い丘の上の林よ。目的地はもう少し先」

 

 そう言って、霊夢はまた歩き出した。見えていた里の光景は再び木々に隠れ、月明かりが届かなくなるのと同時に草木の葉擦ればかりが周囲の空間を満たした。

 

 人里にほど近い丘の上――ここから里が見えたのだから、里からもここは見えるだろう。

 林には担子菌類などの食材も生育する。これだけ人の手が入っていなければまさに宝庫のはずなのが、吹羽はその類の話を聞いたこともなかった。

 里の誰もがこの場所を見ているはずなのに、見逃している――それを不思議に思わずにはいられない。

 

「……ここに来ようって思う人はいないのよ。だからこんなに荒れてしまっている」

「思う人が……いない? どういうことです?」

「ここはね……強力な人除けの結界が張ってあるの。何年も前、あたしと紫が張った結界。だから里の人たちはこの場所のことを知っていても、来ようとは思わないようになってる」

「なんで、そんなこと――」

 

 言おうとして、しかし霊夢が立ち止まったので言葉が止まる。

 そこは今までの道となんら変わらない林の中で、吹羽は眉をハの字にして霊夢を見上げた。

 彼女は、ジッと正面を見つめていた。

 

「霊夢さん……?」

「……そんなの、決まってるわ。誰にもこの場所に踏み入って欲しくなかったの。……ここのことは、私たちが覚えていればそれでよかったから」

 

 徐に伸ばされた霊夢の手。指先に青い光が灯り、円を描いては軽快に指を振るう。

 魔理沙から聞いたことのある手付きだった。曰く、それは――

 

 

 

「他ならない、吹羽。あんたのためにね」

 

 

 

 どんな封印術(・・・)も解いてしまう、霊夢のインチキ技だと。

 

 ぱきん、とヒビの入る音がして、吹羽の目の前に薄青い結界の壁が姿を現した。霊夢の指先の触れる点を中心に文字通り巨大なヒビが入っており、霊夢が指を押し込むのと同時にそれは甲高い音を奏でて砕け散った。

 

 はらはらと結界の破片が羽根のように舞い散る。その向こうに見えるのは、一つの建物だった。

 樹齢何十年にもなる大木を削ったのであろう太い柱。玄関の上部には風に靡く芒を模した彫刻が施され、そこに続く道には玉砂利と飛び石が敷かれていた。側方に見える建物には石の煙突が建てられ、見覚えのある火炉がずっしりと鎮座している。

 

 呆気にとられる吹羽の手を、霊夢はするりと離すと、少しばかり進んで振り返った。

 

「敢えてこう言わせてもらうわね。……おかえりなさい、吹羽」

 

 

 

 ――旧風成邸へ。

 

 

 




 今話のことわざ

 なし

 最近吹羽にことわざを言わせる機会がない……。悔しみがマッハ。

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