風と神話の幻想譚   作:ぎんがぁ!

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第三十一話 歪み始めた憧憬

 

 

 

「吹羽の……兄貴、だと?」

「ああ。吹羽が世話になったみたいだね。礼を言うよ」

 

 魔理沙の呟きに、吹羽の兄――鶖飛はちらりと視線を寄越して言った。

 吹羽とは対照的な黒い髪。燻んだ深緑色の瞳が吹羽と似ていて、物腰は柔らかそうだが決して弱々しい雰囲気ではない。手負いとはいえ中妖怪三人を制圧したところから彼の腕が窺い知れる。

 ただ、疑問は尽きなかった。

 

「お兄ちゃん……おにいちゃん……っ」

「ん、おいで吹羽。……寂しい思いをさせた」

「おにいちゃん、おにいちゃん……おにーちゃんっ、これ……ゆめ? ゆめ、なのかな……?」

「いいや、夢じゃないよ。ほら、あったかいだろ?」

「ぁ……手、あったかい……じゃあ、夢じゃないんだ……ほんとうのほんとうに、おにいちゃんなんだぁ……ボク、ずっと……ずっとぉ……っ」

「ごめんな、一人にして。辛かったよな」

「っ、ほんと、だよぅ……っ! ぐすっ、ぅうえぇぇえぇええっ!」

 

 彼がなぜこんな所にいるのか。今まで何をしていたのか。姿を消した理由は? 吹羽を置いて行った理由は?

 だがそうした疑問も、吹羽のあの泣き声を聞けば、浮かび上がってくるだけで大して重要とは思えなくなった。

 

 鶖飛の胸で泣き噦る吹羽を見ながら、魔理沙は今の今まで忘れていた吹羽の“事情”のことを思い出す。

 曰く、ある日突然肉親を全て無くした。

 曰く、記憶が散逸的に壊れてしまった。

 いつか阿求に告げられた凄絶な過去。人としてあまりにも幼過ぎる吹羽を容赦なく襲った悲劇。今でこそ明るい彼女も、今のようになるまでに大変な思いをして、今もなお苦しんでいる、と。

 その無くした相手が、焦がれ続けた兄が、目の前に現れたのだ。吹羽の胸の内を考えれば、どんな疑問だって大した性質は持ち得ない。再び会えたという感動以上に考えるべきことなんて、きっと今は何もないのだから。

 

 とは言え、こちらの目的も忘れてはならない。背後に倒れた妖怪たちの処理を決めてしまわなければ、仕事が半端に終わってしまう。裏のない性格の魔理沙としては、それはどうにも受け入れがたいのだ。

 

「あーあー、感動の再会のところ悪いが、いいか? 後ろの妖怪たちは結局どうしたんだ? その……やっちまったのか?」

「……ああ、不可抗力でね。加減できるほど俺は強くないから」

「……そうか」

 

 言外に“殺したのか?”と問う魔理沙に、鶖飛は僅かに顔を歪めて控えめに応答する。

 まぁ、覚悟はしていた。霊夢を追いかけて解決者になると決めたその時に、時には妖怪を殺すこともある、と。

 幻想郷を脅かす妖怪は退治し、改心しないのなら滅することになる。霊夢は、妖怪退治を生業とする彼女は、きっとずっと昔からそのことを理解していた。だからその背を追いかける魔理沙も、心に決めていなくてはならないことだったのだ。

 猪哭たちは改心する気など毛頭ないようだった。自分の行動に芯を持っていて、それは決して折れない鋼鉄の柱として突き立っていた。それを悟った時から、魔理沙は「ああ、こいつらは滅することになるのか」と薄々勘付いてはいたのだ。

 だから魔理沙は、それを見ず知らずの彼に押し付けてしまったことを申し訳なく感じた。

 

 死んだ妖怪は、自然と土に還るか他の妖怪に喰われるか。元はそうして同士を食い散らかして生きていた彼らが、強くなった今、逆の立場に落とされるというのは、なんとも皮肉な結果だ。

 魔理沙は目を瞑って一つ息を吐くと、改めて事件の収束を己が頭に決定付けた。

 

「(まあでも、苦労した甲斐はあったのかもな)」

 

 約三年を隔てて、その空白を埋めるように強く抱き合う兄妹を見て、魔理沙はふと微笑みを零す。

 家族愛溢れる光景。人里から一人飛び出して魔法使いとなった魔理沙にとっては、やはり朝日のように眩しいものだ。それこそ、薄暗いこの森の深奥にあって思わず目を細めるほどに。

 吹羽の友人を名乗って少し。そんな魔理沙ですら、兄と再会した吹羽のぐしゃぐしゃな嬉し涙に心が熱くなる。きっと霊夢ならこれ以上に焼けるような思いを感じて、ともすれば涙を流すのかもしれない。魔理沙はそう思って、少し引いた位置にいる霊夢へと振り返った。

 ただ――、

 

「なぁ霊夢……霊夢?」

「………………っ」

 

 そこには、魔理沙には想像だにもしなかったほど鬼気迫る表情(・・・・・・)をした霊夢が、幽鬼のように佇んでいた。

 あまりにも場違いなその表情に、魔理沙は思わず息を詰まらせる。

 だってそんな顔、霊夢(一番の親友)がしちゃあいけない。人が心より望んでいたことが叶ったとあらば、一緒に喜んでやるのが親友というもの。少なくとも魔理沙の中ではそう定義付けられているのが親友だ。

 それを、今の霊夢は真っ向から破っていた。

 

 そこからの彼女は目まぐるしかった。

 愕然とした顔はすぐに鬼の形相に移り変わり、一歩前に出たかと思えば、ハッとしてキツく歯を噛み締めて何事かを堪えていた。握り込んだ拳から、血が滲んでぽたりと一滴地に落ちるほどに。

 

 霊夢の中でどんな葛藤が起こっているのか想像だにできない魔理沙は呆然と様子のおかしい彼女を見つめていたが、少しすると霊夢は振り払うように魔理沙たちに背を向けた。

 

「帰る」

「うぇ!? ちょ、おいどうしたんだよ!」

 

 咄嗟に引き止める声に脇目も振らず、或いは聞こえてすらいないかのように霊夢は空に飛び上がる。

 一瞬追いかけようかと逡巡したものの、吹羽たちをここに置いて行くわけにはいかないと思い直して、魔理沙は困ったように片眉を釣り上げて箒を地に突き立てた。

 

「あいつ、ほんとにどうしたんだ?」

 

 最近の霊夢は様子がおかしい。より正確には、魔理沙ですら理解できないような言動が増えてきているのだ。

 呆けているとは言わない。狂ったとも言わない。だが、おかしな行動が多いのは事実だった。しかもそれは、吹羽に関することに限って、である。

 霊夢に限ってそんなことはないと思いたいが、万一彼女が間違ったことをし始めた場合は、自分が止めてやらねばなるまい。魔理沙が真剣にそんなことを考えるほど、今の霊夢は不安定に思えたし、余裕がないように見えた。

 

 ま、ともかく今は。

 魔理沙は短く息を吐いて、ようやく涙が収まりつつあるらしい吹羽たちに歩み寄った。

 

「よし、じゃあそろそろ帰るとしよう。里までは送ってやるから、取り敢えず吹羽の家で落ち着こうぜ」

「ぐすっ……はい。……はれ、れいむさん、は……?」

「知らん。なんか先に帰った」

「ん、そうか……霊夢にも久しぶりに会ったんだし、挨拶の一つでもしたかったが」

「お前霊夢とも面識あんのか……ま、積もる話は後で崩していこうぜ。とにかくここからは移動しないと、他の妖怪が寄ってくる。さっさと行くぜ」

「そう、ですね。はや、く……いきま――……」

「っておい、吹羽!?」

 

 言葉を言い切ることなく、吹羽はふら〜と揺らめいたかと思うと、糸が切れたかのように鶖飛の方へ倒れ込んだ。

 一体なんだと焦る魔理沙だが、次いで聞こえてきた寝息にホッと胸を撫で下ろす。

 

「そういや“保って数刻”とか言ってたな。ありゃこういう意味か」

「……能力を使ってたのか。吹羽の力は脳への負担が大きいから、一度解くと反動が一気にきて意識を失うんだ。とはいえ、今回は相当酷使したみたいだが」

「……それだけが理由とは思えないけどな」

「……そうだな」

 

 能力の完全開放による反動で眠ったはずの吹羽の、なんと幸せそうな寝顔なことか。

 魔理沙と鶖飛はなんとはなしに顔を見合わせると、微笑ましい彼女の姿にくすりと笑いを零した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――ふざけるな。

 ――どの面下げて。

 

 身の内に滾る、理性をすら焼き切ってしまいそうな緋色の炎は、そんな言葉だけでできていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 道中妖怪に襲われることもなく、三人は無事に人里へと辿り着いた。陽が傾き始めてしばらく経つため人通りもどこか疎らで、店終いしている場所もちらほらと見受けられた。

 吹羽の家までは魔理沙が先導する。阿求曰く今の家は鶖飛たちがいなくなってから貸し与えられたものなので、彼は吹羽の現在の居住地を知らなかったのだ。

 当然扉の鍵もなく、眠っている吹羽を弄って鍵を取り出すのもなんとなく気が咎めた魔理沙は、持ち前の魔法――解き開かせるための全能鍵(アンロック・マスター)でもって解錠したわけだが、背後に立つ鶖飛の微妙な顔には始終気付かず中へ。

 

 取り敢えず布団を探し出して吹羽を寝かせ、その側の卓袱台にこれまた探し回って見つけたお茶を二人分乗せる。一杯茶? そんなの知らん後で飲み直せ。

 

「改めて……風成 鶖飛だ」

「霧雨 魔理沙だぜ。一応吹羽の友達やってる」

「そうか、妹が世話になってるよ」

「わたしがやりたくてやってるだけさ」

 

 魔理沙をして、鶖飛は酷く落ち着いているように思えた。

 静かな挙動、優しげな瞳、柔らかい物腰。彼が何を理由に姿を消していたのかは皆目見当もつかないことだが、約三年ぶりに肉親と顔を合わせたのであれば、もう少し気の昂ぶった表情をしてもいいと思うのだが。それこそ、吹羽のように呆然とするなり泣き噦るなり――はちょっと気持ち悪いから遠慮願おうか。

 兎角、そんなもんなのかな、と魔理沙はちょっと唇を尖らせて頬杖を突いた。吹羽があんなに泣き喜んでいたのにこいつだけが澄まし顔というのはちょっと気に食わない……なんて、流石にお節介だろうか。

 

「魔理沙はどうやって吹羽と知り合ったんだ?」

「んあ? なんでそんなこと?」

「ほら、吹羽は結構大人しいから。俺がいない間もきっと家に篭ってばかりだったんじゃないかって。それに比べ、君はどうも快活そうだからさ」

「ああ……そりゃ確かにそうだな……」

 

 きっかけは……なんだったか。

 確かに魔理沙は快活で豪快な性格だ。時には魔法の研究のため家に篭ることもあるが、それ以外では出かけることの方が圧倒的に多い。対して、吹羽は仕事柄家に――というか工房に篭ってばかりで、たしか趣味も“風紋開発”だとかなんとか。要するにインドア派である。魔理沙も用事がない限り人里には来ない。

 そんな二人の、友人となるきっかけ。

 ――ああそうだ、と。

 

「霊夢の奴からな、ちらっと話を聞いて興味を持ったんだ。一度会ったことはあったんだが忘れててな。その時思い出して、ここに来て……って感じかな」

「……霊夢に聞いたって?」

「ああ。あいつちょくちょくここに来てたみたいでな、今でもそうだが、吹羽の一番の友達っつったら霊夢か阿求なんじゃないか? わたしはまだまだ新参者さ、こいつの中じゃ、きっとな」

 

 別に、自分が吹羽の中で特別だなどとは間違っても思っていないが、まぁ気のいい友達程度の認識であれば嬉しいと思う魔理沙。

 あまりベタベタとするのは好きではない。きっとそれは魔法の研究にも支障が出るし、個人的に“よっ友”くらいが丁度いい。

 そう考えると、霊夢とは本当に理想的な付き合い方をしているなぁと思い至った。お互いにお互いの領域を弁えている。魔理沙は改めて親友の偉大さにしみじみした。

 

「(……それにしても)」

 

 頬杖を突いたまま、吹羽の髪を優しげに撫でる鶖飛を横目で見遣る。

 突然消え、また突然姿を現したというこの男を、魔理沙は凡庸なやつだ、と思った。

 

「(吹羽の兄貴だっていうから、もっとこう……雰囲気が違うもんだと思ってたがな……)」

 

 日本人らしい黒い髪。風成に連なる者らしい深緑の瞳。護身用か、佩ていた一振りの風紋刀は、今は部屋の隅に立てかけられている。霊力らしい霊力も見当たらず、人里を一人で歩いていれば目に入れることすらないような男だ。

 何もかもが普通に見えた。普段の言動からして才気溢るる吹羽とは似ても似つかないくらいに。瞳の色が同系統でなければ兄妹だなんて思い付きもしないだろう。

 兄妹と言いつつあまり似ていないこの二人。それでもお互いを心から愛しているのは、先程のやり取りから容易に見て取れる。一人っ子の魔理沙には少し眩しく、大いに不思議だった。

 

 そもそも同じ両親から、これほどの違いを持った二人が生まれてくるものだろうか。

 子というものは両親の遺伝子を半分ずつ受け継いで生まれてくる。発現する遺伝子に個体差はあるものの、家族間で似通った点が見受けられるのにはそういう理由があるのだ。

 

 不思議な点といえば、吹羽の髪色もそう。色が抜けたというにはあまりに綺麗で、ふわふわしていて、細く柔らかな純白の髪。両親がどんな髪色をしていたかは魔理沙の与り知らぬことだが、普通ただの人間が真っ白な髪で生まれてくることなどない。瞳も赤くはなっていないためアルビノという線もない。

 そう考えると、鶖飛が普通過ぎるというよりも吹羽が特殊過ぎるのかも知れない。魔理沙はふと発想を逆転させて、しかし、まぁ手負いとはいえ中妖怪三人を屠る人間が果たして普通と言えるのかは分からないが、と考えを落ち着けた。世の中、魔理沙の知らないことはまだまだ多いのだ。

 

 考えが行き詰まった気がして、魔理沙は一口お茶を啜った。淹れてまだ間もないため少し熱いが、猫舌ではないので容易に舌を滑って広がった。

 ただ、いつも博麗神社で飲むようなお茶とはやはり何か違う。温度だろうか? 茶葉の量だろうか? それとも淹れ方? 茶を嗜むなんて高尚な趣味を持ち合わせていない魔理沙が淹れたお茶は、霊夢や吹羽が淹れたそれとは違ったどこか苦々しい味わいだった。二人のそれも趣味ではないが、やはり普段からお茶を淹れる彼女らの腕は魔理沙よりはマシだったらしい。魔理沙のお茶は、正直に言って違和感しかない。

 魔理沙は口に広がった違和感の塊をころころと口内で転がすと、舌で投げ入れるように喉奥に放り込んだ。苦味だけが舌に残る。後味は最悪だ。

 

「ところで……そろそろ訊いておきたいんだが」

「ふむ……それは興味(・・)で?」

「いいや。新参者でも吹羽の友達として、だ」

「そうか」

 

 主語のない崩れたその問いに、鶖飛はやはり予想通りというように返答する。

 つまり――何故吹羽の前から姿を消していた? と。吹羽の両親はどこにいる? と。

 吹羽が待ち望んでいた家族が、兄が帰ってきた。ならば両親もきっと何処かにいて、帰ってくる気でいるはずだ。だが吹羽は今疲労で寝てしまっている。いつ眼を覚ますのか予測出来ないのだから、聞けることは聞けるやつが聞いておくべきだ。

 魔理沙はちょっと友人らしいことをしていると調子に乗って、しかし真っ直ぐに、真摯に鶖飛の瞳を見つめた。

 

「……あー、それは――……」

 

 と、言いかけたその時。

 

 

 

 ――バンッ、といつかのような破裂音を響かせて、扉が開け放たれた。

 

 

 

 二人のいる居間の扉を勢いよく開けたのは、見覚えのある小柄な少女。

 華奢な身体に花柄の着物を着込み、大きな花の髪飾りで飾った桔梗色の髪。見慣れず息を乱して頰を紅潮させ、汗の滴る頰にその細い髪がはりつく姿はどこか色気があったが、その可憐な容貌から劣情だけは煽られない。

 それは吹羽のもう一人の親友――稗田 阿求であった。

 

 阿求は滴る汗を拭いもせずに、どこか呆然とした様子で鶖飛を見つめていた。

 

「ほ、本当に……本当に帰ってきたんですね……鶖飛さん……!」

 

 阿求は乱れた呼吸をそのままにそう呟くと、存外しっかりとした足取りで鶖飛に歩み寄る。

 そんな彼女を、私には何もなしかよー、と少しふてくされ気味に横目で見て――魔理沙はギョッとして、阿求の振り上げられた(・・・・・・・)手を咄嗟に掴んで止めた。

 

「ちょっ、何しようとしてんだよ阿求っ!? 平手打ちでもする気か!?」

「そうですッ! だから離してください魔理沙さん! この人は一回――いえ万回殴らないと気が済みませんッ!」

「どうしたってんだよ! お前らしくねーぞ!」

「うるさいですッ! 吹羽さんがどれだけ……どれだけ悲しい思いをしたのか分かってるんですか!? どれだけ絶望したのか分かってるんですかッ!! いっぺん私がボコボコにして吹羽さんに泣いて謝らせてやりますッ! かくごふぅうッ!?」

「いいから、落ち着けっつの!」

 

 いつになく暴力的に暴走を始めた阿求に魔理沙のチョークスリーパーが炸裂。気管を抑えられながら暴れられるほど頑丈ではないはずなのに、阿求は無理矢理指を差し入れて隙間を作ってはわーぎゃーと怒りを撒き散らす。

 

「落ち着いてなんていられますかっ! この人は吹羽さんの苦悩を知らないんですよ!? なら親友たる私が知らしめるのが筋でしょう!!」

「だとしても平手打ちでどうやって知らしめるってんだよ! しかも一万回とか!」

「一万回じゃありません。万回(・・)と言いました! つまり二万回でも四万回でも六十万回でも! 分かるまでいくらだって殴ってやりますっ! 例え私の手が壊れてしまってもッ!」

「鶖飛を殺す気かっ!」

「そこまでやって分からないなら死んでしまえばいいんです」

「急にガチトーンで言うなよ。怖ェだろ……っ」

 

 どうやらこの阿求、吹羽のためなら殺人も厭わないらしい。なんと素晴らしき友情なのだ――と素直に思えないのは、きっと魔理沙だけではあるまい。流石にドン引きである。

 と、そこで締めが緩んだ隙を見て阿求はするりと魔理沙の拘束を抜け出ると、そのまま襟を掴んで彼女の背後へ回った。勢いつけたもう片手は反対側から魔理沙の脇を通ってうなじへと回し、両手で前方向へ押し出す。

 ――流れるように、片羽締めが極まった。

 

「ぐぇえっ!? ぢょ、な゛んでお゛前がごんな゛ッ!?」

「伊達に何度も転生してないですッ! これくらいの護身術は修めてますよっ!」

「ぎ、ぎまっでるっ、ぎまっでるっで!?」

 

 魔法使いである魔理沙は体術なんてからっきしである。チョークスリーパーは簡単に極められるが、自分が極められてから抜け出す方法など埒外なのだ。一瞬で形勢逆転された魔理沙は、青白い顔でぺちぺちと阿求の細腕を叩く。

 鶖飛はその様子を、微笑ましそうに見るだけだった。

 

「……君たち、仲良いんだね」

「ンなごどいっでな゛いで……だず、げろよッ!」

「スキンシップを邪魔しても悪いしなぁ」

「お゛ま、ぐ……そぉ――ッ!」

「うみゃっ、うわわわっ!?」

 

 鶖飛の助けを得られないと分かると、魔理沙はがむしゃらにジタバタと暴れ始めた。阿求の暴走を止めるつもりが何故か自分と彼女の取っ組み合いになっているなんて不思議には今更考えが及ばない。とにかく抜け出さねばと使命感か生存本能かによって魔理沙は暴れていた。

 

「うわ、わわっ、暴れないで、ください!」

「そりゃ暴れるだろッ、いつまでも絞め技なんて、食らってたまるかっ!」

「ちょ、私っ、体力ない、んですからぁっ!」

 

 しばらく暴れると、遂に魔理沙の抵抗に耐えられなくなったのかするりと阿求の締めは緩んで抜けた。

 流石に普段から部屋に篭って仕事しているだけあり体力は底辺な阿求。あのまま魔理沙に勝てる道理は初めからなかったのだ。

 とはいえ、一瞬で制圧されそうになったのも事実。今度絞め技の練習とかしてみようかな、なんてちょっと真剣に考えてみる魔理沙であった。

 

「はぁっ……はぁっ……や、やっぱり私には、運動とか無理です……っ!」

「体術を修めててもそれじゃ宝の持ち腐れだな。何事も体が資本っていうぜ?」

「ぐぅ……これじゃ鶖飛さんをボコボコにできないです……」

「まだ諦めてなかったのか……」

 

 ふらふらぺたんと座り込み、無事に制圧された阿求は心底悔しげに魔理沙を睨み上げた。ぶっちゃけ可愛いだけだ。

 ともあれ阿求が疲れて動けなくなったのなら結果オーライというやつである。相変わらず鶖飛は口も挟まず微笑ましそうに魔理沙たちを見ていたが、その視線がなんとなくむず痒くて、魔理沙はどかっと元の位置に座った。もちろん阿求は隣で牽制。

 

「ったく……お前身体強くないんだから無理するなよ。まさか締めてくるなんて流石にびっくりしたぜ」

「そんなことはどうでもいいんですよ。吹羽さんは私の親友です。どれだけ辛い思いをしていたのか、多少なりとも知っているつもりですっ! 幼い妹だけを残して蒸発した身勝手な兄や両親をどうして許せますか。いーえ許せません。やっぱりあと百回殴らせてください。限界も超えて殴ってみせますっ」

「いい加減にしとけって、もう……」

 

 話を聞けば、どうやら魔理沙たちはここに来る途中で、買い出しに出ていた稗田邸の侍従に姿を見られたらしく、阿求は「黒髪碧眼の少年が吹羽を背負って風成利器店の方角へ向かっていった」と報告を受けたらしい。

 家の付き合いで当然鶖飛とも面識のあった阿求は、その少年が彼なのだと即断定。仕事も放り出して全力疾走してきたのだという。

 何というか、阿求も吹羽のこととなると中々にアグレッシブである。普段はまさに名家のお嬢様といった雰囲気で、可憐な容姿も相まって非常に清楚な空気を醸しているのだが……今の彼女はギャップが酷いというか、なんというか。

 

 だが、流石に体力が限界のようで、しょうもない限界突破もすることなく阿求は渋々と引き下がった。

 

「……心底不満ですが、説教はまた今度にします」

「初めからそうしてくれ……」

「ですが」

 

 そう言って前置いた阿求に、魔理沙はこいつまだやる気かと呆れた視線を送ろうと見遣るが――しかし予想外にも、阿求は先ほどとは比べ物にならないほど真剣な瞳で鶖飛を見ていた。

 自然と魔理沙の背筋も伸びる。いっそ整い過ぎとも思える阿求の正座は、見る者にさえ気を引き締めさせるほどの雰囲気を醸す。もはや一つの芸術作品を見ているかのようだった。

 阿求はそんな美の極致を保ったまま、物静かに言葉を紡ぐ。

 

「一つだけ答えてもらいます、鶖飛さん」

「……なんだ?」

「あなたは……吹羽さんのことをどう思っていますか?」

 

 意図の分からない質問だった。人の兄にする必要のない問い。そうした指摘を、しかし魔理沙は阿求の真剣な雰囲気の前にすることができなかった。

 鶖飛は暫く阿求の大きな瞳を見つめると、不意に瞼を閉じた。

 

 

 

「決まってる……この世で誰よりも愛おしい妹さ」

 

 

 

 薄く目を開き、睨むかのような鋭い視線を阿求に向けて。

 

「素直で優しくて甘えん坊、頭は良いくせに小心者で自信がない。それでも他人のために頑張ることができるお人好し。……自慢の妹なんだよ。血が繋がってさえいなけりゃ嫁に貰いたいくらいに」

「それは……いわゆるシスターコンプレックス、というやつでは?」

「ん……かもな。でもそれを恥とは思ってない。俺が異常というよりは、俺にそう思わせるくらいに吹羽ができた子なんだよ。……阿求ならわかるだろ?」

「…………否定はしません」

 

 阿求は僅かに目を細めて、口元を緩ませた。

 

「できた人……そうですね、私が見てきた人々の中にも、他人に“素晴らしい人だ”と胸を張れる人はそれこそ何百人だっていましたが……吹羽さんほど幼く、そして悲しみを知っている人はそういませんでした。……いえ、凄絶な悲しみを経験してまで人格者でいられる人が少なかったんです。自分の身というのは、やはり誰しも可愛がるものですから」

「けど、吹羽は――」

「はい。小心者で自信がなくて、そのくせ人に優しい。吹羽さんには自分がどうなろうと他人を優先するきらいがあります。……普通の人とは逆なんですよ。悲しみを背負っているからと自分のことで手一杯になるのではなくて、吹羽さんは悲しみを知っているからこそ、人に優しくしようとするんです」

「………………」

 

 それはともすれば異常とさえ思える行動。いくら優しい人間でも、自分の命を危険に晒してまで大して知りもしない他人を救おうとは思わないだろう。物語なんかに出てくる勇者などは当たり前のように自分を犠牲にして世界を救おうとするが、彼らはやはり勇者であるべくして勇者であり、決して常人などではないのだ。

 しかし阿求も鶖飛も、吹羽がそういう特殊な人格に目覚めた人間なのだと割と昔から知っている。吹羽が勇者なんて常軌を逸した存在とは言わない。しかしそれに近しい気質の持ち主であることは、疑いようのない事実だった。

 そして、そうした人に尽くせる性格だからこそ、吹羽はきっと人を惹きつけるのだろう。阿求が魅せられたように。霊夢が慈愛を向けるように。そして鶖飛が愛するように。

 

「分かりますよ。吹羽さんは放っておけないくらいに優しくて、危なっかしい。だから大切にしたくなる……そうですよね」

「……ああ」

「吹羽さんが大切……その言葉を、あなたの口から聞けて良かった」

 

 そう言葉を零した阿求は、初めの真剣な表情を一変。慈愛に満ち溢れた聖母のような微笑みを浮かべた。

 事実を言うと、阿求は鶖飛のことをあまり信用していなかった。なにせ自分の妹を一人置いて姿を消し、今更になってひょっこりと現れたのだ、これでほいほいと信用してもらえるなんて都合が良過ぎる。吹羽を真に想っている阿求にとっては言わずもがなだ。

 

 だから、問うことにした。

 何故いなくなったのか、なんてことは阿求が聞く必要のないことだ。だから、彼にとって吹羽がどんな存在なのかをはっきりさせ、見極める必要があった。

 どうでもいいというならもちろんどんな手を使っても吹羽には近付けさせないし、大切なのだというなら多少は信用できるとして吹羽を任せる。姿を消したのが自発的なのか偶発的なのかも、返答によってはもしかしたら見極められるだろう。

 吹羽が鶖飛にとってどうでもいい存在なのか、そうでないのか。それが分かれば、阿求は満足だった。

 

「とはいえ、お説教の話はまた別です。また今度にしますけどね」

「ああ、それは甘んじて受けるさ。吹羽には悪いことしたって、俺も思ってはいるからね」

「はい。だからそれは置いておいて……改めて、お久しぶりです、鶖飛さん」

「ああ、久しぶりだね阿求。ちょっと背が伸びたか?」

「いーえ、さほど伸びてません。そういう鶖飛さんも以前とさほど変化はないように見えますが」

「そんなことない。前より逞しくなったろう」

「どうでしょう。あなたは元々ガタイのいい方ではなかったので」

「……ま、それもそうだね」

 

 矛を収めた阿求と鶖飛の会話は、まぁ阿求の方に少しだけ棘があったものの、世間話と言ってもいいほどに穏やかなものだった。ただ、それにはやはり、何処か阿求の気遣いというか、遠慮する気持ちが見え隠れしていた。

 鶖飛が間違いなく吹羽を大切に思っていると分かった今、姿を消した理由を訊くのはむしろ野暮というものである。吹羽が大切ならば、彼女が悲しむと分かっていて何の理由もなく姿を消すわけがないし、あり得ない。ならば何か重大な理由があって、それは阿求が首を突っ込むべきではない事柄だ。そしてこうしてのんびりしているということは、決して火急ではないということ。それが“今だけ”なのかどうかは阿求の与り知らぬところである。

 彼女の慮った思慮に鶖飛も気が付いているのか、自分から話を掘り下げようとはしないまま、他愛ない会話と相槌が繰り返された。

 

 ――まぁ、時間はこれからいくらでもある。魔理沙的にはそういう見えない部分(・・・・・・)は早々にはっきりさせたかったのだが、頭のいい阿求が決めたことである、口出しするのも悪かろう。鶖飛が話そうと思ったとき、或いはほとぼりが冷めて何の気なしに尋ねられるようになったときにまた聞けばいい。最悪魔理沙や阿求が聞けなくても、吹羽がちゃんとその事情とやらを認知できればそれでいいのだから。

 

「(ともあれ、なーんか起こりそうな予感がするなぁ……)」

 

 失踪していた兄の帰還。

 それは広い人里の、小さな鍛冶屋の、幼い少女に起きた転機……実に些細な変化だ。だがそれでも、その事実がどうにも無視できないと魔理沙の勘が囁く。それが吉兆なのか凶兆なのかは知れずとも、ともかく魔理沙は「こりゃあ見ものかもな」と、すやすやと幸せそうに眠る吹羽の頰をむにっと摘んでみた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――見覚えのない風景だ。

 傾斜の浅い茅葺屋根、少しだけ柔らかく感じる地面、人々の話し声。見上げれば変わらずそこにある青い空さえも、何処か清く古く懐かしく、しかし自分の知るものとは決定的に違うように感じられた。

 人間の里に似ている――朦朧とする中にしっかりと存在する意識は、ぼんやりとそんなことを思う。

 だが、違うのは明らかであった。己の知る人間の里はもっと活気があり、そこかしこに笑顔があって、こんなにも小さくない。視界に映るこの光景には、小さな集落程度に密集した木造りの家と、すぐ外には深い深い森が見えた。

 

 その森の薄暗さが、何故か心をざわつかせる。そわそわするような、びくびくするような、はたまた決意に満ちるような。

 判然としないその心地に、やはり戸惑う。だって、森を見るだけでこんな複雑な心地になることなんて、今までなかった。

 薄暗い森――闇の蔓延る場所。たしかにそれは“危険”の象徴であり、人を無条件にやんわりと拒む場所ではあるものの、何故こんなにも心がざわつくのか。

 

 知らない――いや、知らないはず(・・)

 じくじくと疼くような、確実にこの風景に何かを感じている心の様相に、思わず曖昧に言葉を濁す。

 確証が持てないのだ。自分のことなのに、知らないと言い切ることに抵抗がある。心がざわざわと波立つこの心地を……知らない、気がする。知っている、気がする。

 この光景には……言い知れない懐かしさがあった。

 

 不意に周囲が騒がしくなった。

 視界の端に映る人々は、皆焦燥に駆られて慌ただしく女子供を家の中へと押し入れている。中には刀や槍、農具までもを持ち出す若い男衆もいた。

 彼らは皆同じ方向を見て、何事かを叫び、駆け出していく。その刀を振り上げ、その槍を引きしぼり、およそ武器には使えないであろう農具ですらも鈍器のように担いで、構えて。

 

 咄嗟に、手を伸ばした。

 

「(行っちゃダメッ!)」

 

 頭の中で声が反響する。しかし反響するだけで、実際に口から放たれることはなかった。

 なんで。これじゃあ届かないのに。そう困惑するうちにも人々は森の方へと向かっていく。足の震えていない者などいなかった。それでも恐怖に抗い、悠然と立ち向かっていく。

 

 今度こそと喉に力を込めて、ハッとした。

 何故自分は、何も知らないはずなのに行ってはいけないのだと思った? あの薄暗い森にいこうとするだけの人々を、何故自分は今こんなにも必死に止めようとした?

 

 数人の村人が話しかけてくる。皆必死の形相で自分の手を掴んで、懇願するように、或いは崇めるかのように。

 進もうとすれば止められる。言葉は分からない。だが彼らが、自分を守ろうとして止めているのはなんとなく伝わってきた。

 そのまま波に呑まれて、後ろへ、後ろへ。

 だが視線だけは薄暗い森の方へと向いていた。そこへ向かう村人たちの背中に注がれていた。その姿に、胸が苦しくなる。涙が溢れる。

 この感情はとても鮮烈で、懐かしく――知らない感情だった。

 

「(ボクは……)」

 

 知らないようで知っている光景。知っているようで知らない感情。心は反応するのに、頭は全くこの光景についていかない。内側から語りかけてくるかのように、心が叫んでいた。

 自分の中に――何かが、ある。

 

 

 

「(ボクは……だぁれ?)」

 

 

 

 その言葉が反響するように、意識は静かに暗転した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「――……っ!」

 

 弾かれるように眠りから覚めて、吹羽はぱちぱちと目を瞬かせた。

 既に外は真夜中。昼間から晴れていたこともあって、微妙に欠けたアンバランスな月の光だけが隙間から差し込んで、部屋の中を淡く照らしている。

 

 ――はて、なぜ布団の中に?

 吹羽は不思議に思って首を傾げた。確か今日は魔理沙に連れられて事件解決に乗り出し、守矢神社へ行ってから森で犯人たちと戦闘になって……。

 

「(っ、そうだ、お兄ちゃんっ!)」

 

 その先で再会した愛しい兄を思い出して、吹羽は咄嗟に周囲を見回した。

 ずっと待ちわびた兄が帰ってきたなんて、未だに夢なのではと思う。あまりに焦がれ過ぎておかしくなって、幻覚でも見たのかと。

 だが、その心配は杞憂だった。

 その夢かと疑った兄の息遣いが、すぐ隣に聞こえる。吹羽が寝ていた布団のすぐ隣に敷いた布団に、愛しい兄は――鶖飛は静かな呼吸で穏やかに眠っていた。

 

 その姿を見て、吹羽は心底にほっとする。

 次いでその手に触れて、握って、その暖かさに思わず頰が緩んだ。

 夢じゃない。本当の本当に、お兄ちゃんが帰ってきた。

 彼らがいなくなって数年、片時だって忘れたことはない。願わなかったことはない。早く帰ってきて欲しい、声を聞かせて欲しい、その手で迎え入れて強く強く抱き締めて欲しい、と。

 

 涙なんて枯れるほどに流した。記憶の片隅にある家族との僅かな思い出を想いながら、家に一人きりで暮らすようになって、まだ親に甘えていてもいい年頃の少女が、そんな孤独を涙も流さずにどうして耐えられよう。

 また家族との暖かい毎日に浸れるなら、醒めない夢でもいい、狂ってしまってもいいとすら思った。ただ、吹羽がひたすら待つという選択をしたのは、霊夢と阿求が支えてくれたからというだけのこと。

 一人で抱え込んでいたら……きっと吹羽はおかしくなっていた。或いは、目覚めることを拒絶していつまでだって眠っていたかもしれない。それこそ童話に出てくるお姫様のように。目覚めない代わりにどこまでも優しい世界を見せてくれる、夢という甘い毒に喜んで溺れていただろう。

 

 でも、帰ってきてくれた。今はもうそれでいい。それだけでいい。

 

 吹羽はどこかふわふわと定まらない思考のまま、自分の布団から抜け出して鶖飛の布団に潜り込んだ。

 繋いだ手はそのままに。なんなら、もう絶対に放してしまわないように指を絡めて。温もりを全身で感じられるように、彼の腕にきゅっと抱き着いて。

 

「(ああ――お兄ちゃんが、ここにいる……)」

 

 その事実が、たまらなく嬉しい。

 焦がれた温度が、香りが、声音がかけらも余さず心にすぅっと染み込んできて全身に満ち満ちていく。その感覚が、今まで感じてきたどんな刺激よりも強くて心地いい。きっとどんな危険な薬品であっても、この感覚の心地良さには遠く及ばないだろう。

 

 今はただ、大好きなお兄ちゃんが側にいてくれさえすれば、あとはどうでもいい。

 何故いなくなったのか。お父さんやお母さんはいつ帰ってくるのか。聞きたいことは山ほどあって、話したいことは天を衝くほどに積もっているけれど、今はとにかく、どうでもいいのだ。もちろんその内に尋ねるつもりではあるものの、そんな雑念(・・)を含んだままでこの幸せな気分を享受するなんて、吹羽には考えられなかった。

 

 幸せなら、それだけを純粋に抽出して、味わっていたい。だからお兄ちゃんに対して疑念を抱くなんてあまりに無為なことなのだ。

 いつでも吹羽の隣にいて、声を聞かせてくれて、温かみが伝わるように何処かが触れ合ってさえいれば、他のどんなことも瑣末に感じられた。

 

 そう感じられる程度には――今の吹羽は、鶖飛の帰還という事実に酔って、溺れていた。

 

「おにいちゃん……もう、ボクの側をはなれちゃ…………や、だよ……」

 

 そうして吹羽は、堪らない夢見心地のまま、再び深い深い眠りについた。

 

 

 

 




 今話のことわざ

 なし

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