風と神話の幻想譚   作:ぎんがぁ!

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第三十話 胎動

 

 

 

 刹那、動いたのは霊夢と魔理沙だった。

 霊夢はまるで瞬間移動かのような速度で宙を駆け、魔理沙はいつのまにか手にしていた箒に飛び乗って、これまた霊夢と同程度の速度で妖怪達に肉薄する。標的はそれぞれ、左右の二人。

 

「テメェの相手はわたしだ!」

「ちっくしょー! やってやぐべぇッ!?」

 

 短剣を持った特徴的な語尾の妖怪は、急接近してきた魔理沙に横っ腹を勢いよく蹴り飛ばされ、

 

「あんたはこっちよ」

「ぶへっ!?」

 

 黒い肌をした妖怪は霊夢の速度に全く反応できず、彼女の大幣を顔面に受けて吹き飛ばされた。

 二人はその後に素早く追従し、それぞれの相手と面向かう。吹羽の下に残ったのは、初めに現れて初めに吹羽たちに感付き、そして初めに吹き飛ばされた赤黒い肌に棍棒を持った妖怪。

 彼は吹き飛ばされた仲間には目もくれず――あるいはそんなことを気にする余裕もないほど怒りと焦燥に支配されて、吹羽を血走った目で睨みつけていた。

 

「……おい、てめぇはこねェのか?」

「行きませんよ。近付いたら危なそうですから」

「あ?」

「眉の端っこが震えてます。ボクが作戦に引っかからなくてイラついてる証拠です」

「っ!」

「だからボクは――こうするんですッ!」

 

 流れで飛び込んできた瞬間に能力(・・)で串刺しにするつもりでいた妖怪は、図星を突かれてギクリとした表情をこぼした。そこに吹羽は手に“飛天”を顕現させて発射した。

 吹羽の風紋武器の中でも最高位レベルの威力を誇る暴風が、呆けた表情へ瞬時に塗り変わった妖怪へ襲いかかる。

 

「なんっだそりゃアッ!?」

 

 反射かどうか、妖怪は一瞬で棍棒を振りかぶると力のままに暴風に叩き付けた。

 力は拮抗している。たった一本の杭が生んだ竜巻の如き風の砲撃と何匹もの同族を屠った力ある中妖怪の得物が、衝突して鎬を削って、互いに部位を弾け飛ばしながらも一歩も引かずに拮抗している。その事実はきっと、妖怪からすれば理解しがたいことだったろう。か弱いはずの少女(吹羽)が放った一撃を前にして、思わず驚きの声が出てしまう程度には。

 

 そしてその状態は、吹羽が自ら狙って引き起こしたことだった。

 

 油断できる相手ではない。自分は弱いのだ。あの棍棒は言わずもがな、きっと指先で一撫でされただけで簡単に死んでしまうほど。

 だからこそ全力で挑む。後のことは後で考える。今この瞬間、信じてくれた二人に応えるためにも、自分の全てを以ってこの妖怪を超えてみせるのだ。

 だからそのためには――ほんの少しだけ、時間(・・)が必要だった。そのための“飛天”である。

 

 吹羽はゆっくりと目を閉じた。視界は暗く、呼吸は静か。だんだんと浅くなっていく息遣いはまるで、“それすら不必要”だと、身体がその機能を意識から切り離したようにすら感じられた。

 声は遠く、鼓動の音すら聞こえない。音も感覚も、あるいは意識すらもない真っ暗な空間に一人佇んでいるように、吹羽は今あらゆる事象から隔絶されていた。

 全身に叩きつけるように吹いてくる暴風すら無視をして、吹羽はひたすら意識の深く深くへと潜り込む。

 そんな――常軌を逸したとてつもない集中を経て、吹羽は果てに辿り着く。

 

 それはある種、人に許された力を超えた能力。あらゆる物事を、事象を、森羅万象を瞳に映し測っては理解する力。全てを観測するゆえに未来予知染みた予測すら可能にし、あらゆる物事を上から俯瞰することを許してしまう究極の洞察眼。

 

 瞼を開けば、ほら。

 そこに広がっているのは、手のひらにさえ乗ってしまいそうな、小さき世界(・・・・・)――……。

 

 

 

「“視野”――全開ッ!」

 

 

 

 燦然と輝く瞳を以って、遂に吹羽は人外の領域に到達した。

 

「なっ……めんなァアアアッ!!」

 

 妖怪の咆哮が轟き響く。たった一本の杭に足止めされている事実に業を煮やしたのか、妖怪は遠慮なく内包する妖力を解放して雄叫びをあげていた。

 可視化した妖力が炎のように纏わりつき、妖怪のステータスを大幅に強化する。棍棒はその後追い強化によって勢いを増し、途端に“飛天”の砲撃の威力を上回り始めた。

 そして遂に砲撃を砕き散らそうかというその瞬間。

 

 ――ヒュパッと軽い音が鳴ると同時、練り上げられた妖力は鎧を剥がされたかのように一部分が飛び散った。

 

「ンな、にィッ!?」

 

 後追い強化が途切れたことでガクンと力が抜ける。威力の勝る風の砲撃が、再び棍棒を圧倒し始めた。

 続いて同じように軽い音を鳴らしながら次々と妖力が吹き飛んでいく。驚愕に見開く妖怪の目がかすかに捉えたその原因たるものは――濃い霊力でできた小さな釘たち。

 吹羽の放った、“疾風”である。

 

「まさか、凝ったとこ(・・・・・)を狙い撃ちしてんのかッ!?」

「最後! そこですッ!」

 

 言葉とほぼ同時に発射・妖怪の胸に着弾した“疾風”は、妖力の鎧の核たる“凝った点”をズレなく撃ち抜き、完全に強化が途切れた妖怪は遂に体勢を崩して風の砲撃に直撃した。

 

 ――霊力や妖力の流れは、川と同じだ。

 流動的であり、波の性質を持ち、流れる場所の凹凸によって容易に流れを変える。つまり複数の波が重なった部分は自然と振れ幅が大きくなり、エネルギーが凝るのだ。

 可視化した力は言わば激流である。

 濃密過ぎて誰の目にも見えるようになった力はエネルギーの塊であり、激しく流れうねって使用者の力になる。だがそのお陰で、エネルギーが特異的に集まった多数の波が重なる部分――凝った点が発生するのだ。

 

 霊力や妖力は生命エネルギー。“命が交わる”ことがないように、二つは基本的に水と油の関係である。多量の妖力の中に濃い霊力を打ち込めば、当然周囲の妖力を弾き飛ばして貫通する。

 つまり――濃い霊力の塊で妖力の核を砕けば、溜め込まれたエネルギーが周囲の妖力をも吹き飛ばして四散するのだ。

 

 とはいえ、激流なのだから核の位置は刹那のうち何十回何百回と変化するし、妖怪も止まったままではない。そのうえ核なんて肉眼で見えるものではないのだ、現実的に砕くのは不可能である。例え霊夢でも苦い顔で首を横に振るだろう。

 

 だが、吹羽にはそれが見えるのだ。

 

 刹那のうちに位置が変化する?

 ――吹羽には止まっているように見える。

 

 妖怪は常に動く?

 ――吹羽には妖怪の動きの、先の先の先が常に予見できる。

 

 核は肉眼で見えない?

 ――吹羽には妖力の濃淡なんて赤色と青色くらいはっきり分かる。

 

 見える。視える。全てが観える。

 観えて捉えて、手のひらで弄ぶことさえ容易にできる。できてしまう。

 それが吹羽の有する能力、“ありとあらゆるものを観測する程度の能力”の真価。

 鈴結眼の――その力である。

 

「くッ……そがァアアッ!!」

 

 暴風に巻き込まれた妖怪は、身体中に小さな傷を作りながらも力づくで地に足を突き込み、強引に踏み止まった。同時に棍棒を振り抜き、その圧で以って残った風を引き千切る。

 

 ――が、ちょうどその開いた胸元に。

 

「『韋駄天』っ!」

「ぐがあっ!?」

 

 風紋で瞬時に飛び込んだ吹羽は、胸元が開いてがら空きのその顎下へ、厳かに“韋駄天”を打ち込んだ。

 少女とはいえ人ひとりを持ち上げるほどの推進力を生み出す“韋駄天”は、妖怪の重い頭をかち上げてなお吹羽の体を浮かせたままに一瞬維持する。

 吹羽は片手を腰の金属に滑らせながら、“韋駄天”を横に振るってくるりと回転する。

 

 そして、良い的となった妖怪のその体へ。

 

「『大嵐』ッ!」

 

 “韋駄天”による遠心力を補助に、片手で持った大太刀(大嵐)を容赦なく叩き付けた。

 

 かつて文が放った風の砲弾すら正面から粉砕した超威力の暴風が、ゼロ距離で炸裂する。

 それはもはや“吹き付ける”などという生易しいものではなく、まさに巨大な壁がダンプカーの如き力で衝突するに等しいか、それ以上か。

 妖怪は苦悶の声を上げることさえも出来ずにカッ飛ばされた。大型車両の如き圧力を受けてなお五体満足でいられたのは、腐っても中妖怪というところか。

 ――尤も、彼の体格などから分析して「これくらいなら壊さずにダメージを与えられるだろう」と計算された攻撃だったわけだが。

 

 吹羽はふわりと着地すると、手から“韋駄天”と“大嵐”を消滅させ、今度は両手に“風車”をいくつも顕現させた。

 自らの愛刀と同じ、斬撃範囲の拡張ができる小さな手裏剣。吹羽は目標までの距離を瞬時に、正確に目算、軌道と角度の確認を終えると、躊躇いなく投げ放った。

 

 使い慣れた武器だ。投げる練習などいくらでもした。“風車”は吹羽が視界の中で描いた通りの軌道で宙を飛翔すると、その鋭利な刃で以って寸分違わず目標を切り裂いた。

 

 命中したのは――木。

 吹き飛んだ妖怪の周囲の木々だ。

 幹の一部分を抉るように切り取られた木々は、重力に従ってミシミシと音を立て、導かれるように妖怪の方へと倒れ込んだ。

 巨木である。少なくとも数十年は生きているであろう立派な堅木。当然重量は相当なものだ。それが複数本、狙い定められて妖怪という一点にのしかかる。

 

 地響きを轟かせ、煙幕のように大量の砂埃が巻き上がって視界を塞ぐ。周囲はいっそ濃霧の中に迷い込んだような有様だった。

 

 吹羽はその様をじっと見ていた。より正確には、木々に押し潰されたであろう妖怪を見透かしていた。

 決して慢心ではない。油断でもない。足を止めたのは偏に、今飛び込むべきではないから。じっと見ているのは偏に、これから現れるものが観測すべき対象であると判断したから。

 吹羽の瞳は確かに捉えていたのだ。

 押し潰される瞬間の妖怪の表情――赤黒い肌に血管を浮かせて、歯を噛み砕いてしまいそうなほど軋らせて、苛つきか、怒りか、兎も角あらゆる負の感情を煮詰めた激情に全てを支配されている様を。

 故に、推測する。

 彼はおそらく――ここでなんらかの能力(・・・・・・・)を解放するだろう、と。

 

「――ぁぁァアアアアァアッ!!」

 

 刹那、無数の風切り音と共に、砂埃の煙幕が散り散りに吹き飛んだ。

 同時に細切れ(・・・)にされた木々の断片が雨のように降り注ぐ。埃っぽい風や鋭利な木の断片がぱちぱちと肌にぶつかるも、集中し切って意識も希薄な吹羽は気にせず妖怪を凝視していた。

 

 そこにあったのは、火山の如き怒り。

 己の身すら焼き焦がして灰と化さんばかりの、抑えの効かない憤怒が血走った眼から噴き上がっていた。もはやそれだけで呪い殺せそうとすら思えるその鋭く強烈な視線を、妖怪はただ吹羽にのみ注いでいる。

 その周囲には、ゆらゆらと妖力でないもの(・・・・・)が咆哮と共に激しく揺らめいて、彼を守るように囲っていた。

 

「ぉおおあああッ!! 殺すっ、殺す! 殺してやるぞクソッタレがァァアアアッ!!」

「……そうですか」

 

 妖怪の殺意漲る咆哮とは対象的に、吹羽の言葉は酷く静かで冷たかった。

 それは確かに、意識が希薄で感情の篭った言葉を返せない状態にあるという理由もあったが、最も大きな理由は――文字通り、その殺意が薄っぺらく感じられたから。

 

 あの時の文の殺意と比べれば、彼の怒りと苛立ちのみからくる怒りは激しく燃え盛りこそすれ、そこにある想いがやはり軽々しく感じられるのだ。

 ただ、己を強者と考えて憚らない者が、弱者だと見下していた者に蹂躙されることへの拒絶反応。そんなことあるわけがない! と現実を受け入れず、駄々をこねるだけの子供の様相。

 

 そんなもの恐るるに足りない。いくら慢心しない油断しないと心に決めていても、ただ怒りに任せて暴れまわるだけの悪鬼に負けるわけはない。負けるわけにはいかない。

 だから吹羽は、どこまでも不敵に構える。

 受け止めてやる、と言わんばかりに。

 遊んでやる、と宣うように。

 

「なら、殺してみてください。ちょっとやそっとじゃ、ボクは死にませんよ」

「ガキがァ……生意気なんだよォッ!!」

 

 刹那、妖怪の左目が紫色に染まったかと思うと、彼を中心にブワッと突風が広がった。

 ――否、吹羽の瞳はしっかりと捉えていた。広がったのは突風ではなく……()だ。

 

「(……なに、これ?)」

 

 飛来する見えざる刃を、しかし吹羽はしっかりと見つめて隙間を見いだし避けていく。そうして片手間に捌きながら、ぽつりと不思議に思った。

 だって、さっき木々を粉々に切り飛ばしたのは――()のようだったのだ。

 

「(でも、今のこれは……風圧? ボクの“鎌鼬”みたいな……)」

 

 一際大きくまっすぐ飛んできた斬撃を翻って交わしながら、吹羽は横目でそれを観察する。

 まるで陽炎のように景色が歪んでおり、よく見ると“鎌鼬”とは構造が違うようだった。あれは風紋の力で風を収束・同方向に急激に流動させることで刃を生み出している。だがこれは、まさに大気を押し固めて刃にしているようだ。だから空気成分のモル濃度が特異的に上がり、光の屈折率が変わって、景色が歪んで見えるのだ。

 

 初めに見えたのは明らかに影だった。例え砂埃の中だろうと、“視野”を完全開放した鈴結眼に観えないものはない。確かに、黒くてゆらゆらしていて、地面から噴出したそれが瞬く間に木々を微塵切りにしていたのだ。

 

 影を操る能力じゃない? 刃を生み出す能力? 否、攻撃するのに刃物を真似るのは良くあること。何かを操って刃状にしていると考えるのが無難なところか。それに、例え刃を生み出す能力なのだとしても――大気を扱っている限り、わざわざ避けずとも“太刀風”で断ち切れる。

 

 どちらも大気の力だ。固めているか流しているかの違いでしかない。

 吹羽は理解していた。恐らくはどこの誰よりも風や大気に造詣の深い刀匠である吹羽が作り出す風の激流は――ただ集めただけの塊なんて、いとも容易く引き千切る!

 

「ひとまず、対処ですっ」

 

 能力に謎は残るが、対処しなければ道はどのみち開けない。

 吹羽は再び“太刀風”を二振り抜刀すると、無理に避けるのをやめて不可視の刃を断ち切り始めた。

 

 刃と化した大気の塊と、秩序に則って収束した風の刃が、それとは思えない衝突音を響かせる。吹羽の風は少しの抵抗もなく妖怪の刃を断ち切り、その破片は散弾銃のように周囲の木々の肌を傷つけていった。

 

「クソがッ、これでもダメかよッ!」

 

 粛々と舞うように刃を断ち切る吹羽の姿に、妖怪は思わず悪態付いて更に能力に力を込めた。

 より一層激しく撒き散らされる不可視の刃。もちろん威力は凄まじく、まともに食らえば小さな吹羽の体などいとも容易く真っ二つになるだろう。それが無数に暴れまわり、最早一種の弾幕のようにすら思えた。

 ――だが、それがどうした、と。

 全部見えるし、全部視える。視えるなら分析ができ、分析ができるなら対処のしようなどいくらでもある。そう、先ほどのような、お互いの得物に対する相性とか。

 確かに威力は上がって巨大化すらしているが、結局構造は同じ。つまり――、

 

「何度やっても……同じことですっ」

 

 風紋が最大限の性能を発揮するよう“太刀風”を振るえば、刀身を撫ぜた風は秩序的に収束。本来の刀身の長さすら超えてすらりと伸び、瞬く間に烈風の大太刀が顕現する。

 そして、吹羽の身の丈を優に超える妖怪の刃をも、変わらず断ち切って破壊した。

 

 苦虫を噛み潰したような表情の妖怪は、追加で攻撃をするつもりなのか妖力を練り始めた。

 が、それを許すほど吹羽は慢心しない。“太刀風”を振り回す合間に“疾風”を放り、練り上げられる端から核を撃ち抜いて四散させる。能力の正体は分からないが、妖力を用いているなら核を潰せば行使できない。それが分かれば、もうこの妖怪は吹羽の敵ではないのだ。

 

 体力的にももう少し保つ。攻撃しようとすれば核を撃ち抜いて寸前に全て潰す。例えどんな変則的な動きをしようと吹羽の刃は間違いなく届き、妖怪の攻撃は掠りもしない。

 これは蹂躙劇だ。吹羽はもはや、妖怪に一切の抵抗を許すつもりもなかった。

 

「“渇して井を穿つ”という諺があります。もう何をしても遅いですよ。全部……見切りましたっ」

 

 “疾風”による妨害で攻撃もままならない妖怪は、遂に妖力を体に巡らせての防御を始めた。

 だが、そんなもの薄っぺらな紙に等しい。吹羽は多数ある妖力の核を寸分違わず、一斉に撃ち抜いてその防御を一瞬で砕き割る。そして驚愕を通り越して戦慄に目を見開く妖怪の元へ、透き通った柳葉刀のような風紋刀を腰に構えて飛び込み、

 

「『天狗風(てんぐかぜ)』――!」

 

 はち切れんばかりに風圧を溜め込んだその刀を、もはや何も守るものがない妖怪の腹に叩き付けた。

 瞬間、刀身を中心に爆発といって過言でないほどの衝撃が発生し、ゼロ距離でそれを受けた妖怪は腹をズタズタに傷付けながら弾丸のように吹き飛んだ。

 土煙となぎ倒された木々が爆裂音と共に周囲に飛び散り、砲弾もかくやという威力で森を抉り吹き飛ばす。

 

 “天狗風”――振り回したりして風紋を機能させることで風を周囲に溜め込む機能を持った、吹羽の新しい風紋刀である。

 溜め込んだ風は風紋による緻密な制御の下にあるため、叩きつけたりして風の流れを乱すと溜め込まれた風が強烈な圧となって炸裂するのだ。

 かつて文が放った風の砲弾に着想を得た武器。“韋駄天”との併用で素早く、そして限界まで溜め込んだ風圧は、“大嵐”と同等かそれ以上か。

 その性能を活かし切った一撃により、吹羽は妖怪に致命的とも言えるダメージを与えることに成功したのだ。

 

 妖怪は吹き飛んだ先の巨木に衝突して、力なく座り込んでいた。身体中から血を流し、歯を食いしばっているものの立ち上がらないところを見るに、もうほとんど戦う力は残っていないのだろう。

 

 見るも無残なその姿は、未だ意識が希薄な吹羽にも少しだけ胸を刺すような痛みをもたらしたが、彼女の心は揺らがない。

 この妖怪は既にいくつもの命に手をかけた。ならば報いは受けなければならないのだ。それに躊躇するのは任せてくれた霊夢と魔理沙に失礼である。

 

 罪には罰を、報いを、後悔を。

 お人好しな吹羽ではあるが、明らかな悪人を正当化して庇うほど愚かではない。

 ただ、命だけは奪わないであげようと思えるあたり、やはり吹羽はどこか甘く、優しい人間だった。

 

「く、そ……なんで俺が……この猪哭(いなき)様が……っ、こんなガキに……ィッ!」

「………………」

 

 心底恨めしげに睨んでくる妖怪――猪哭に対して、吹羽は相変わらずの冷めた視線を真っ向から返していた。

 否――能力を継続して発動している故表情に現れないだけで、内心では困り顔を浮かべていた。

 とりあえず戦えなくなるまで蹂躙はしたが、反省の色は全く以って見えない。命は奪わないと心に決めた以上、どうにかして改心させるしかない訳だが、いまいちピンとこないのだ。こういうとき一番確実であろうことは恐らく……“ご”から始まって“ん”で終わる四文字のアレなのだが、そんなもの吹羽はできないしできたくもない。ついでに見たくもないものだ。ちょっとトラウマだから。

 

 はてさて、どうしたものか。いっそ泣いて謝るまでボコボコにするか? いやでもそれって“ご”から始まって(以下略)と大して変わらないんじゃ? ――と、変わらない無表情の内側でボーッと(・・・・)考える吹羽。

 しばらく考えて、吹羽は仕方なく“鎌鼬”を抜いた。良い案が思いつかない以上、悪い案でもやらないよりマシだ。

 仕方ないのだ。これも世のため人のためひいては霊夢と魔理沙のため。やりたくなんて毛頭ないが、きっと霊夢ならそんなこと(私情)で躊躇ったりしないだろうから。

 

 そうして貼り付けたような無表情を少しだけ歪めながら、小刀を振り上げて――その瞬間だった。

 

 

 

 木々が、弾けた。

 

 

 

 側面の木々の壁を突き破り、凄まじい勢いで何か巨大なものが飛んできて猪哭同様に衝突して止まった。

 

「ッ! なにごと、です……っ!?」

 

 少しして砂埃が晴れてくると、それが何だったのかも自然と見えてくる。飛来したのは――奇妙な語尾を使っていた、猪哭の仲間の妖怪だった。

 

「な、んで……通じない、ッス……?」

「悪いなぁ。なんか潜り込む系の能力(・・・・・・・・)なんだろうが、まとめて吹っ飛ばすのは得意なんだよ、わたしは」

 

 得意げにそう返しながら、その惨状を生み出した人物――魔理沙がふわりと降りてくる。その手には小さく煙を上げるミニ八卦炉の姿があった。

 彼女は薄く笑いながらふっ、と煙を吹き散らすと、ちらと吹羽を見遣って、

 

「おお、こっちは吹羽の方だったか。悪い、分断した意味がなくなっちまったな」

「いえ、こっちも終わったところですから」

 

 戦闘の終わりを悟り、解放していた“視野”を狭めながら――完全に解くと恐らく疲労で倒れるので――言葉を返す。

 それを受けて、視線を座り込む猪哭に向けた魔理沙は、心底感心したように「ほう……」と呟いた。

 

「やるじゃんか吹羽。正直キツそうなら助けに入ろうかと思ってたんだが、杞憂だったな」

「魔理沙さんの方はどうだったんですか? 霊夢さんが厄介だって言ってましたけど」

「見ての通りさ。あのヤロウ影とか空気とかに溶け込むみたいな能力を使いやがるから、影も空気もまとめて吹き飛ばしたんだ。あの能力なら霊夢が取り逃すのも納得がいくが、わたしが相手だったのが運の尽きだなっ」

「霊夢さんが聞いたら心外な顔しそうですね……」

「事実だしな。適材適所っていうだろ?」

「まぁ、それもそうですね」

 

 どうやら魔理沙はあの妖怪を相手に圧倒してきたらしい。彼女の言う通り相性というのもあるのだろうが、それだけで中妖怪を一方的に制圧することなどできない。そこはやはり異変解決者、幻想郷屈指の実力者というところだろう。

 不敵な笑顔でぱちんとウインクを送ってくる魔理沙に、吹羽は改めて“すごい人だ”と感心の眼差しを送った。

 

「く……あぁ……っ!? 猪哭の兄貴まで、やられたんスか……!?」

「うる、せぇぞ揶八(やはち)……だが、丁度いい……さっさと、回復(・・)しやがれ……ッ!」

「う、ういッス……!」

 

 魔理沙と軽い会話をしていると、そんな言葉と共に薄い妖力が二人を包み込むのを感知する。

 咄嗟に向けあっていた視線を外して妖怪たちを見遣れば、既にそこにはある程度の傷が回復して、ゆらりと立ち上がる二人の姿があった。

 

「あ? あいつ回復術なんて持ってたのかよ。さっきまで使う素振りもなかったくせに」

「使う暇がなかったんじゃないですか? 吹き飛ばしまくったんですよね?」

「ンあぁ、そういうことか。納得だぜ」

「もう好きにはさせないッスよ解決者……オレたちの連携を見せてやるッス!」

 

 再び構えを取る二人の瞳には、やはり煮え滾る憤怒の炎が黒く燃え盛っていた。

 まだ戦いは終わっていない――魔理沙が来たことで緩みかけていた気を引き締め直し、吹羽は再度視野を全開にまで解放した。

 

「おい吹羽、まだいけるよな?」

「……保ってあと数刻です。それ以上は」

「上等ォ……連携だなんだとほざいてるが、わたしと吹羽だって伊達に友達やってねー」

 

 魔理沙は強気な笑みで手を前に出すと、妖怪に向かって三本指を立てた。

 

「数刻、なんて甘っちょろいこと言わねェよ。三……三ッ刻で仕留めてやる。お前たちみてェな調子乗った妖怪には、拳骨と言わずマスタースパークを見舞ってやるから、覚悟しとけよ?」

 

 その挑発的な文句が頭にカチンと来たのか、妖怪たちは凄まじい形相で吹羽と魔理沙を睨めつけ、武器を振りかぶって走り出した。

 それに合わせるように、吹羽と魔理沙も各々の武器を手に構え、迎撃の姿勢を表す。

 

「さぁ、第二ラウンド開始だぜっ」

 

 閃光と風が、迸った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――風圧で吹き飛ばしたり、魔法で消し飛ばそうとしたり。

 吹羽や魔理沙が、少女たちの手による戦闘とは思えない爆音を伴って派手に戦っているのに対して、霊夢の方は酷く静かだった。

 腹の底に響くような雄叫びなどなければ、得物同士のぶつかる音もない。爆音など気配すらなく、たださわさわとした葉々の擦れる音だけが爽やかに鳴っている。

 

 当然のことだ。

 何せ霊夢は――既に戦闘を完全に終えているのだから。

 

「ぐ、ぐぞぅ……なに゛を、ずるぎだぁ……ッ!」

「別に。確認を取りたいだけよ」

 

 喉を潰されたのか嗄れた声で恨めしげな言葉を放つのは、苦しそうに地に這い蹲る三人目の妖怪である。必死に頭をあげて、血に涙によだれにでぐしゃぐしゃになった顔を霊夢に向けている。そこにはもはや睨み付けようという気概さえも消え失せていた。

 身体中が無数の打撲痕に侵され、一部には焼けただれた痕、皮膚が弾け飛んだ痕、あらぬ方向に折れ曲がった痕――……原型を失いかけた無残な姿が、そこにあった。

 大して霊夢は、普段と変わらぬ澄まし顔で妖怪を見下ろしていた。その息に欠けらの乱れもなく、真白な肌には汗すらもない。髪も瞳も服装さえ乱れはなく、そのまま卓袱台についてお茶を啜っていても何ら不思議はない様相である。

 

 ――一方的、且つ圧倒的な蹂躙劇だったのだ。

 息も乱れず、汗もかかず、髪も瞳も服装さえ乱れず、一方的に中妖怪を無残な姿に変えられるほどに。たった今も、霊夢はただ霊力による圧だけでこの妖怪を地に這いつくばらせていた。それだけの差が、霊夢とこの妖怪の間にはあったのだ。

 わざわざ両手両足を折るまでもない。霊力を解放して、それを一気に上から押し付けてやればいとも簡単に制圧できる。ではなぜ無残に傷付けたのかといえば――それはある種の八つ当たり(・・・・・)のようなものだった。故に彼女は、今非常に不機嫌なのだ。

 とはいえ、やはり目的を忘れているわけでもなくて。

 

「あんた……霍麻(かくま)だっけ? 幻想郷への不平不満を謳い文句に暴れ回ってたのはあんた達で間違いないわよね。なんで今更こんなこと始めたのかしら」

「ぞ、ぞんな゛ごど……ぎいでどうすグギャアァアアッ!?」

「答えなさい。そこまで力があるならそれなりの年月をこの世界で過ごして来たはず。不満があったのなら、なぜその時に動かなかったの? なぜ今になって始めたの?」

 

 問いに問いを返してきた妖怪の手の甲に、霊夢は退魔針を容赦なく突き立てて問い詰める。

 躊躇いはなかった。例え拷問染みていようと、これは必要な情報だから。仮に霊夢の仮説(・・)通りなら今回はこの件だけでは終わらない可能性があったからだ。

 

 今回の件、事例自体は過去にいくつもあり霊夢自身が解決したものも少なくはないのだが、そのどれとも違う点が一つある。

 それは犯人達が中妖怪以上の力を持っていたこと(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)だ。

 どんな妖怪も、いきなり強大な力を持ったりはしない。初めは人間達の負の感情が降り積もっただけの小さく矮小な妖怪である。その姿で活動し、人間を脅かし、長い時間を生きて人々の負の感情をさらに溜め込むことで妖怪としての格を上げていく。

 幻想郷に賛同できない者は必然的に小妖怪なのだ。幻想郷に賛同していたからこそ中妖怪になるまで生き永らえることができると言い換えてもいい。不満だなんだと暴れまわる小妖怪など、幻想郷の仕組みを理解している他の妖怪に潰されて終わるだけだから。

 

 だからこそ今回は奇妙なのだ。

 中妖怪が幻想郷への不満で暴れまわる? そんなもの前例がないし、意味が分からない。なぜ今になって暴れ始める? 常識的に考えて、暴れまわるほど今の幻想郷が我慢ならないなら、もっと早い段階で行動は起こすだろう。

 

 だから霊夢は、推測した。

 起きたことは起きたことだ。それが普通でないならば、きっとなんらかの理由がある。その理由如何で、今後の対応が変わっていく。

 鋭く目を細めて、

 

あんた達を焚きつけた奴がいるんじゃないの(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)? 今まで“お利口さん”してたあんた達を、こんな馬鹿なことをするまで誘導した奴が」

「………………っ、」

 

 ――そう。つまり、まだ黒幕(・・)がいる可能性。

 

「あんた達の行動ははっきり言って奇妙の塊なのよ。突然暴れ出したことも然り、見せつけるみたいに殺して回ったことも然り」

 

 そもそも殺す必要性などどこにもなかった。幻想郷への不平不満とは即ち、妖怪が自由に人間を喰らえないことに対するものだ。自分達のみならず他の妖怪達のためにもなることで、例え彼らの意見に反対なのだとしても殺す理由はないし、況してあんな酷い殺し方をする必要もない。この妖怪達の得物で、どうやってあんな殺し方をしたのかは皆目(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)見当もつかない(・・・・・・・)が、それでは本末転倒にも程がある。

 この矛盾。この食い違い。霊夢は霍麻の肩口を強く踏みつけた。そして酷く冷めた視線で彼を見下ろして言う。

 

「……あんた達、本当は不平とか不満とか、どうでもいいんじゃないの?」

 

 ――そして、根本から間違っていたという可能性。

 

「何か他の目的があって……いえ、目的すらなかったのかもしれないわね。ただ殺したかったから、御誂え向きな理由をでっち上げて殺していた……そんなところかしら。……とんだ快楽殺害犯ね」

「………………」

 

 そもそも、幻想郷への不平不満というのがただの建前でしかなく、殺すこと自体を目的としていた――当然他の目的があった可能性は否定できないが、霊夢の神がかり的な直感は前者を肯定していた。

 何より計画性がなさ過ぎる。例え暴力で意見を押し通そうとしても、結局この妖怪達は外野で騒いでいただけに過ぎない。ちょっとうるさくなってきたな、と思ったから霊夢が成敗に来たというだけだ。

 いくら他の妖怪から意見の賛同を得たとしても、結界の維持を担う巫女と賢者に声が届かなければ全くの無意味。そも本当に幻想郷の改革を望んでいるなら、今日霊夢に見つかった時点で逃げずに戦うなり話し合おうと努めるなりすればよかったのだ。

 だが実際は。

 幻想郷屈指の実力者。大妖怪すら軽く圧倒する最強の巫女。そんな天上の存在を前にして、彼らは遂に()を出したのだ。

 

 彼らを見る霊夢の瞳は酷く冷たかった。汚物を見るよりも感情の籠らない、呆れ果てた先に関心すら無くしたような絶対零度の瞳。

 霊夢は妖怪をきつく踏み付けながら、八つ当たりしたことが正しかったのだとぼんやり思った。

 結局、なぜ彼女がこんなにも不機嫌なのかといえば、まぁ一割くらいはこの妖怪達への侮蔑だったが、残りの九割九分は吹羽を連れてきてしまった魔理沙への(・・・・・)怒りだ。

 あれだけ言い含めたのに、結局魔理沙は吹羽を巻き込んでしまった。吹羽が望んだことだと聞かされ、また魔理沙を――自他共に認める親友を半殺しにするのは流石に気が引けたため見逃したが、この妖怪は八つ当たりするにいい的だった。怒りに駆られてそこら辺にある石ころを川にぶん投げても、誰も文句は言わないだろう?

 

 八つ当たり――そう、八つ当たりなのだ。怒りなのだ。それは吹羽が心配で仕方ないが故の、魔理沙に言わせれば実に“霊夢らしくない”怒りだった。

 

 文の一件で自分が過敏になってしまっている自覚はあったが、それは意識して抑え込めるほどヤワな感情ではなかった。

 吹羽は自分が守ると決めた相手だ。魔理沙の言うようなアレでは決してないが、守ると決めたのは紛れもない本心である。だからもう吹羽を戦いに巻き込みたくなかった。巻き込む必要性も感じなかった。例えそれがどんな些細なモノでも、吹羽が傷付く――心身のどちらだろうが――可能性があるなら、と。

 

 過保護だ、と最近はよく言われるが、霊夢はそんなはずない、と頑として考えを変えない。だって、誰も吹羽のことを理解してはいないのだ。その中で一番彼女に近いのは間違いなく霊夢(自分)なのだから、周りの言葉なんてあてにならない。そう、間違っているはずはない……自分がしていることは正しい――……。

 

 

 

 ――だが、霊夢はすぐ後悔することになる。

 無理矢理にでも魔理沙を止めなかったことを。

 力尽くでも吹羽を里に閉じ込めて置かなかったことを。

 

 

 

「――……それで、言う気になったかしら」

 

 踏みつける足には力を、手に持った大幣には鋭利な霊力を纏わせながら、霊夢は無表情無感動な声音で問う。尤も、そこには「言うまで甚振るけれど」という暗黙の言葉が滲み出していたが。

 霍麻は答えず、必死の形相で持ち上げていた顔も俯かせて黙っていた。ただふるふると小刻みに震えている。

 遂にやせ我慢もできなくなったか? と思い、あと少しで聞き出せるかもと理不尽に意気込んだ霊夢は更に霊力の圧と足に力を込める。生半可な妖怪ならミンチになっているであろう圧力だ。そうでなくても骨の数十本は折れていておかしくない力だった。

 

 ――が、そうして僅かに苦悶を漏らした霍麻は。

 

「く、はは……ありがとよ、時間をくれて」

 

 口角を釣り上げ、笑いを堪えて(・・・・・・)震えていた。

 

 刹那、霊夢は瞬時に霍麻の首を刎ねにかかった。濃密な霊力を纏った大幣は一撃必殺の剣に等しい。天性の才覚を余すことなく発揮する霊夢の一太刀は、吸い込まれるように霍麻の首を美しく薙いだ。

 薙いだ――のだが。

 霊夢は大きく目を見開いて、霍麻と相対して始めて感情を表す。

 即ち、驚愕。

 

 首のみが陥没して消え、霊夢の一撃を避けていた。

 

「くっ……」

 

 霊夢は驚愕もそこそこに思考を切り替え、今度は残っていた頭と胴体を消し飛ばすべく、自身の身の丈程もある巨大な霊力弾を叩き付けた。

 加減もなにもなく放ったそれは、容赦なく周囲を巻き込んで炸裂し、霊力の燐光を迸らせながら森の中にクレーターを形作った。当たれば確実に消し飛ぶ威力。否、例え直撃ではなくとも、爆発に巻き込まれれば五体満足では済まされない超絶威力の一撃だ。

 しかし、霊夢は期待しなかった。すぐさま霊力の瞬間解放による衝撃波――霊撃で以って砂埃を払うと、少し離れた場所に立つ霍麻を視界に捉えた。その身体には、霊夢がさんざ刻み付けたはずの傷が、何一つとして残っていなかった。

 

「あんた、回復術を……!?」

「ああ。お前が俺を殺さずにおいてくれたおかげで、施す時間ができた。あまり俺を舐めないことだ」

 

 どの口が、と吐きかけて寸前で押し止まる。そんな事よりも意識を割くべきことが、他にあった。

 

 先ほどの術――首が唐突に消え失せた現象。あれには見覚えがあった。忘れるはずはない。だってそれは、ついさっき(・・・・・)見たものだったから。

 

「(さっきの、影に潜り込む能力!? あれはあの語尾が変な妖怪の能力じゃなかったの!?)」

 

 それは霍麻を含む三人組のうち、妙な語尾を使う妖怪が行使していた能力だった。

 影の中に入り込み、或いは溶け込ませ、別の影から姿を現わすという瞬間移動にも似た力。天狗ほどとはいかないもののかなりの飛行速度を出せる霊夢ですら、三人を仕留め損ねた最たる理由。

 先程見たときは、能力が範囲的に作用するのか三人とも影に入り込んで逃げていたが、ここに来てどういうわけか同じような能力を霍麻が行使しているのだ。

 霊夢といえど、多少混乱するのは無理からぬことだった。

 

「さっきの質問だが、あいにく全てを答えるわけにはいかないのでな。だが敢えて一つ答えるなら――確かに俺たちは、幻想郷のルールなんてどうでもいいと思っている」

 

 今までで最大級の警戒を敷く霊夢を他所に、霍麻は朗々と語る。

 

「俺たちは弱い妖怪でな。大した力もなくて、ただ同胞の死体を漁る獣のような生活しかできなくて……そのくせこの世界に生かされ続け、存在意義を見失っていた。だから俺たちは決めたのさ。俺たちだって妖怪だ。負の感情から生まれた恐怖の象徴だ。だから俺たちが妖怪らしくあるために、他人を害する必要がある、とな」

 

 全く身勝手な主張だった。それは頭で分かっていた。

 が、内と外を隔てる博麗大結界の管理者である霊夢は、幻想郷に生きる現在の妖怪たちの中にそういった想いを秘めた者がいることも知っていた。

 恐怖の象徴。人を襲い、人を食う。仲間同士での殺し合いなんて当たり前。それが妖怪である、と。

 だから霊夢は声高に反論することができないのだ。ルールを破れば成敗する。がしかし、各々が持つ思想すらも強制させられはしないし、それを統一することの難しさも、その権利が自分に無いことも、霊夢は理解しているから。

 

 ただ、放っておけない事案なのは確かだ。幻想郷において妖怪が自由に人間を喰らえないのは、人と妖怪とのバランスを崩さないため。それが崩れれば、たちまちこの世界は意味をなくし崩壊してしまう危険性があるからだ。それ故に、妖怪を殺し過ぎるのも決して良いことではない。

 妖怪も、人間も、等しくこの世界の住人なのだから。

 

「博麗の巫女よ。俺たちはこの世界に不満などないのさ。ただ、管理されようが何だろうが、俺たちが俺たちであればそれでいい」

「ふざけないで。そんな身勝手な理由で大量殺戮なんてされちゃ堪ったもんじゃないわ」

「言ったぞ。俺たちには幻想郷のルールなんて知ったことじゃない。俺たちが俺たちであるために行動した結果この世界が壊れるというなら、それもまた定めだったということだろう。受け入れろ」

 

 他人を害すること。その衝動こそが自分を自分たらしめる。その為に他がどうなろうと知ったことではない。霍麻はどこか恍惚とした表情でそう語った。そしてそのためなら、どんな者にも邪魔はさせない、と。

 人間である霊夢には理解不能なことを、演説でもするかのように語って聞かせる霍麻は、クレーターの中心で見上げる霊夢をぎろりと睨んだ。

 

「邪魔をするな。お前は大人しくしていればそれでいい。妖怪が妖怪らしくあることの何が悪いのだ。俺たちが俺たちであることの何が悪いのだっ! 管理者なら管理者らしく、管理することだけを考えていろ。お前の掌で転がる俺たちをいつまでも静かに観賞していろ。俺たちは、勝手気儘にやらせてもらう」

 

 そうしてぴしと霊夢に指を向けた霍麻は、次いで手首を回すとくいっと人差し指を跳ね上げた。

 まるで、何かに「起きろ」とでも告げるように。

 

「そら……“影”ができているぞ?」

「っ!」

 

 瞬間、霊夢に襲い掛かったのは自分自身の影だった。

 一瞬のうねりを見せ、ぺろりと地から離れた影は鞭のように体をしならせて襲い掛かってきた。

 地から離れても影は影。人型であるそれは両手と頭部、合わせて三本の鞭で乱舞する。ドパパパッと空気を破る音を響かせながら、影は竜巻のような様相を呈して周囲を蹂躙した。

 

「なっ、めんなッ!」

 

 霊夢はそれに対し、周囲を爆破することで応じた。それそのものも霊夢の霊力を炸裂させたに過ぎないため、彼女にはダメージなく周囲を一時的に激しい光で照らすだけに止まる。しかし、影に光は効果覿面だ。

 霊夢の影は光に晒されたことで一瞬で消え失せる。炸裂による砂埃が晴れてくると、霍麻の支配から解き放たれた影は大人しく自分の足元に収まっているのが見えた。

 ただ――その間に、霍麻は霊夢の前から姿を消していた。

 

「ちっ……逃すかっ!」

 

 行き先に検討はつく。というより一つしかない。霊夢は一筋頰に汗を流しながら飛び上がり、予測される方向へと空を駆った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 四人の戦闘は苛烈を極めていた。

 影に、棍棒に、魔法に、刀。各々が己の誇る最大最強の武器で以って空を裂き、振るい舞う。四人が入り乱れるその地点は、森の中でもはや空き地のようにぽっかりとした穴を開けてしまっていた。

 が、圧倒しているのは間違いなく吹羽と魔理沙である。

 

「ちくしょー! なんでこいつらこんなに強いッスか!? 人間ッスよね!?」

「泣き言言ってんなっ! 隙を突いて――ッうお!」

 

 怒鳴り散らす猪哭の眼前を暴風が通り抜ける。引き千切られた大気が鋭く飛んで、ピッと彼の頰を薄く切った。

 

「人間、舐めんじゃねーよっ」

「う、げっ!」

 

 体勢を崩された二人に勝気な言葉が降りかかる。見上げたそこには、無数の星の弾幕を侍らせた魔理沙が“発射準備”とばかりに手を振り上げていた。

 蒼天の空に、星が降る。

 

「星夜『星の踊り狂う夜(ステラ・ナイト・パーティ)』!」

 

 夜じゃねえだろ! なんて文句は一瞬で喉奥に引っ込んだ。上空から流星群の如く降りかかる星々に、中妖怪としてのなけなしの本能が警鐘を搔き鳴らしていた。

 “流星群”とは、一般的にイメージされるほど密な流れ星ではない。確かに間断なく且つ短時間で多くの星が空を疾る現象だが、それを弾幕に用いたならば、きっと隙間だらけの欠陥弾幕になる。

 そんなこと、魔理沙は重々承知していた。

 だから彼女は、星の一つ一つを強く大きくし、躍らせることにした。

 

 流れる方向は同じだ。だがそれぞれの星が時に直進し、時に湾曲し、時に旋回して、極めて無秩序な予測の難しい弾幕として落ちてくる。そして着弾すれば小さな星のかけらがぱちんと弾け飛ぶ。カラフルな星々が無邪気に跳ねて回って空を疾ってくる光景はまさに宴。狂った星々の祭宴そのものだ。

 しかし、一発で地面を抉り抜くほどの威力を持ったその流星群――否、星の形をした砲弾の群れは、二人の背筋を氷塊が滑り落ちるが如く震え上がらせた。

 

 しかもそこへ、追い討ちをかけるように飛来する釘、手裏剣、風の刃。

 それらは的確に二人の死角から飛んできて、まるで導かれるように二人の防御が薄い部分へとヒットする。妖力を飛散させるというオマケが付き、駄目押しに衝撃で体勢を崩しやすい関節などを寸分の狂いなく打ち抜いていく。

 

 この劣勢――猪哭と揶八には覆しようがなかった。

 

 影を操れば核を撃ち抜かれて出鼻をくじかれ。

 潜り込んだり溶け込んだりすればそれそのものと共に消し飛ばされ。

 棍棒を振るえば同等以上の力で以って打ち砕かれ。

 間断なく迫り来る攻撃は回復術を施す猶予を与えてはくれない。背中を見せるなどむしろ危険な有様だった。

 徐に、何度目かも分からない悪態が口をつく。

 

「く、そ……ッ!」

 

 星が乱れ舞い落ち、地面を弾けては破片が体を傷つける。避けよう足に力を入れた瞬間には、膝裏に釘の当たった衝撃を受けてカクンと体勢を崩し、殺到した星々に吹き飛ばされる。妖力の防護をも四散させられた生身では、あまりにも凄絶な威力だ。

 ――なんでこんなこんな目に、と猪哭は嘆くように憤っていた。

 

「クソがクソがクソがクソがぁあぁあ……ふざけるなよ、なんで邪魔されなけりゃならねェ……! なんで俺が負けなきゃならねェッ!」

 

 目的なんてなかった。或いは、それ(・・)そのものが目的とも言えた。

 自分が自分を妖怪たらしめるために。猪哭は非常に我の強い性格をしていた。どれだけ他から怒られようと、謗られようと、己が己を認められれば猪哭はそれでよかった。

 だからあの時――力を得た(・・・・)その時に、猪哭とその仲間二人は同胞を屠って回ることを決めた。

 

 非人道的? 知らねえ。妖怪が人らしくあっちゃダメだろうが。

 同胞殺し? 知らねえ。妖怪は妖怪と殺しあうもんだろうが。

 知らねえ。知らねえ。他人の意見なんて知るわけがねえ。他人に定められた自分なんて自分じゃねえ。自分で形作った心こそが自分というんだ。

 

 猪哭は善人ではない。力を得るより前――揶八と霍麻と共に死した同胞の肉や持ち物を奪って生きる文字通りの獣だった頃から、きっと“善”という言葉とはかけ離れた存在だったろう。

 だがそれがなんだ? 知性があり、力があり、命を持ってこの世に生まれたならば、己を追求することの何が悪い。他を殺してその屍の上に立ち、己を示せるのなら何も不満はない。他人の見解など聞き入れる価値はないのだ。

 

 ――だというのに。

 

「あ、あに、き……もう保たない、ッスよ……ッ! 逃げ、ましょうっ!」

「なに言ってやがる……あいつらに見せつけてやるんだろうが……! 俺たちの意思を……魂をッ!」

「死んだら元も子も、ないッス! 這い蹲って生きてきた今までが、無駄になるッスよ!?」

「諦めねェ……諦められるわけがねェんだ! そうしたら、自分を諦めるのとなにが違う!? 自失して彷徨うことを、生きるとは言わねェだろ!?」

 

 自身の能力で以って猪哭もろとも防御する揶八に、猪哭は半ば独り言と化した怒声をぶつけた。

 揶八の言い分など、言われるまでもなく分かっている。誰がどう見てもこちらが圧倒的な劣勢。押し潰される秒読みはとっくに始まっていた。魔法使いが余裕綽々と放つ弾丸の威力はそのどれもが絶倫壮絶。見知らぬ人間の少女は体力的に限界がきているものの、その技の数々には未だ精彩が欠けておらず、正確無比に大木すら一太刀に断つ刃を振るう。これで勝ち目を夢想するなら、もはや頭のどこかが狂ってしまったとしか思えない。

 

 だが、だが――そうして猪哭が理性と激情の間で揺れ動くその最中だった。

 

「いい加減にしろ、猪哭」

 

 二人の影が、乱舞した。

 

 唐突に主の支配から解き放たれた人型の影がぺろりと地からめくれ上がり、しなる四本の腕と二つの頭が迫り来る弾幕に抵抗を始めた。

 威力は遠く及ばないものの、圧倒的手数で乱打しては軌道を逸らす。破壊は不可能だったが、それは確かに揶八の負担を激減させていた。

 揶八は汗の流れる頰をにやりと歪ませると、虚空に向かって言った。

 

「さ、さすが霍麻ッス! だいぶ楽ンなったッスよ!」

「その調子だ。もう少し耐えろ」

「ういッス!」

 

 木々の影からぬるりと這い出してきたのは、片目を紫色に染めた霍麻。彼は何処から憤った様子で猪哭に詰め寄り、

 

「逃げるぞ」

「ああッ!? ふざけんな、まだ――」

「ごちゃごちゃ言うな。俺たちでは勝てん。解決者どころかあの白髪の少女にもな。無駄死に、する気か?」

「っ、」

 

 強調された“無駄死に”という単語に、猪哭は揶八にかけられた言葉を頭に過ぎらせて押し黙る。

 

「分かったら行くぞ」

「…………ったく、分かったよ」

「もういいッスか!? じゃあ逃げるッス!」

 

 二人の会話が終わったと見るや、揶八は耐えかねたように防護を解いた。そしてわずかな集中を経た能力を解放する。当然魔理沙の弾幕や吹羽の風紋武器が飛来する――が、今度こそは当たらない。

 なぜなら、彼らは今空気に溶け込んでいるから。

 

 そのまま結界の方へと全速力で向かい、ぶつかるようにして飛び込む。本来なら霊夢の結界は妖怪たちを弾き飛ばすはずだったが、彼らは今、空気だ。

 結界が非物理的なものである以上、そして密封しているわけではない以上、霊夢の結界は空気を透過している。溶け込むのには集中を要するため戦闘中には使えるものではなかったが、揶八が時間を稼いだお陰で、三人はその空気に乗ってまんまと脱出を成功させたのだ。

 

 今頃人間共は驚愕していることだろう。逃すまいと思って戦っていた格下にまんまと逃げられたのだ、当然陶酔感が湧き水のように湧いてくる。

 しかし、猪哭の心は晴れなかった。結局これは、諦めたということだ。自分のしてきたことを否定するあの二人に背を向けて、向き合うことを諦めた。その事実は猪哭の心に厚い暗雲を立ち込めさせた。

 

 ――死んでは元も子もない。

 その言葉を反復して言い聞かせ、猪哭は今だけは逃げることに専念しようと前を見た。

 見慣れたはずの森。木々が生い茂るそこには日があまり差し込んでおらず、薄暗くなっていた。

 まずは逃げ切って、考えるのはそれからだ。それからでも遅くない。

 三人は空気に溶け込んだまま全速力で森の中を駆け、

 

 

 

 ぬるりとした悪寒を最後に、ぷつんと意識を失った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 妖怪たちが姿を消した直後、霊夢と合流を果たした吹羽たちは、妖怪たちを追いかけて森の中を駆けていた。

 足跡は特にないが、妖力の残り香がある。それは何よりの道標だ。途切れ途切れの妖力を伝って、三人は決して逃すまいと追い縋る。

 

「結局逃げられてんじゃねーか。逃すまいと張った結界も結局わたし達を遮りやがったしな。お陰で追いかける羽目になった」

「うるさいわね。あたしが結界張ってなきゃとっくに逃げられてたわよ。逃げられたのはあんた達の責任だっつーの」

「ああん? お前んとこの妖怪がこっち来なけりゃ余裕だったっつーのっ! わたしと吹羽の連携すごかったんだからな? 邪魔さえ入らなけりゃあっという間に仕留めてたぜ」

「そりゃ吹羽があんたに合わせてくれてただけよ。無鉄砲に高威力の弾幕散らしてばっかりのあんたに連携も何もあるもんか」

「ンだと?」

「なによ」

「はぁっ、はぁっ、お二人、ともっ……喧嘩しない、で、くださいっ」

 

 因みに、霊夢は持ち前の能力で、魔理沙は箒で空を飛んでいるのに比べて吹羽は普通に走っている。吹羽もそこまで足が速いわけではないので、霊夢と魔理沙が吹羽に合わせてくれているのだ。

 “韋駄天”を使えばいいって? それは無理な話だ。確かにアレは風を推進力に変えて一時的に体を浮かせることができるが、継続的な飛行能力はない。一瞬加速して、その結果体が浮くというだけなのだ。そもそも負担が大きいので、体力的に限界がきている今の吹羽には一振りもできない。

 足を引っ張っていることを気に病んで、先に行ってくれればいいのにと進言したのだが、

 

『置いて行ったらあんた迷子になるでしょ』

『他の妖怪に見つかって食われちまいそうだしな』

 

 とのことで、吹羽が心外だと疲れた体でぷんすかしたのは想像に難くない。

 どの道相手方は瀕死一歩手前なので、たとえ追い付けなくても追い詰めてしまえば良いだけなのだという。

 

 妖力は変わらず続いている。日がだんだんと落ちてきて気持ち日差しが弱くなってきたからか、進む先の森は薄暗く感じられる。お陰で吹羽にも先の様子が見えない状態だった。

 そうして少しだけ胸に不安を抱きながら、いつのまにか口数の減った二人と共に森を駆ける吹羽。

 

 しばらくすると、一気に森が開けた。

 

 相変わらず薄暗くはあったが、空き地のように広々とした空間が森の中に広がっている。

 吹羽は目を見張った。

 このような空間があることに、ではない。

 況してや、追いかけていた妖怪達が中央付近で(・・・・・・・・・・・・・・・・)倒れていることに(・・・・・・・・)、でもない。

 吹羽が目の当たりに、ただ見つめていたのはただ一点――。

 

 そこには、男が一人佇んでいた。

 

「力に溺れて、か……嫌になるな、こういう奴らを見ると」

 

 ぴっ、と振り払った太刀には見覚えのある紋が刻まれていた。払った瞬間、その先にあった落ち葉をはらりと吹き飛ばしたそれは、紛れもなく――風紋。

 風成家の人間しか持ち得ない、風紋刀。

 

「……おい、お前何もんだ? その妖怪達……お前がやったのか?」

「ん? ああ、襲ってきたから。なんかマズかった?」

「いや、マズいってわけじゃねーけど……」

 

 その声。その口調。その背中。

 その手に撫でてもらうのが好きだった。その声に励ましてもらうのが好きだった。その背中に甘えるのが好きだった。例え記憶が壊れても、“好き”でいっぱいだった記憶が溢れている。

 なんで。なんで。なんで。なんで。

 突然の自体に思考が追いつかず、継ぎ接ぎの言葉がなんの脈絡もなく溢れてくるけれど、一つだって声にはならない。疑問はあるけど今はどうでもいいと切り捨てられる。

 だって、だって、これは夢じゃない。

 鈴結眼はどんな事象も捉える。この光景は夢なんかじゃなくて、信じられないけど、真実で。信じたいけど、あまりに現実味がなさ過ぎた。

 

 未だ隣で警戒を解かない魔理沙を無視して――否、考慮に入れることもできなくて、吹羽はぽつりと、その名を呼ぶ。この光景を、現実だと受け入れるために。

 

 

 

「おにい、ちゃん……?」

 

 

 

 その囀るような声に、男は聡く気付いて振り返る。

 その顔を見て、もう信じられないわけはなかった。

 

「……よう。ただいま吹羽。俺の……愛しい妹」

 

 男――風成 鶖飛(しゅうと)は、そう言って微笑んだ。

 

 

 




 今話のことわざ
(かっ)して()穿(うが)つ」
 必要に迫られてから慌てて準備をしても、間に合わないことのたとえ。また、時機を失することのたとえ。

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