風と神話の幻想譚   作:ぎんがぁ!

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 反省はしている。しかし後悔はしていない。

 あ、それと活動報告にお知らせがありますので、ぜひ目を通しておいてください。それそのものは2019年1月2日に上げてあるので、もう目を通したよって方は気にせず本編へどうぞ。


第二十九話 英雄達の妖怪退治

 

 

 

 流れる風の爽やかな、森の中だった。

 耳を澄ませば小鳥の囀りが聞こえてきて、大きく息を吸い込めば頭の中まで清々しくなるような、静謐とした雰囲気が満ちていた。この場所を形作る森羅万象が和やかで、穏やかで、鼻歌を歌いだせば小鳥の合唱すらはじまりそうだ。

 実に平和なひと時である。しかしだからこそ、その中に一人佇む吹羽は心配でならなかった。

 

 本当に、こんなこと(・・・・・)していて大丈夫のだろうか――と。

 

『ま、魔理沙さぁ〜ん……コレほんとに大丈夫なんですかぁ……?』

『大丈夫だって。心配すんなよ吹羽。こっちからもちゃんと見てるからさ』

 

 堪らず思い呟いた自分の声が頭の中で反響する。それに応じて同じように頭の中に響いてきたのは、どこか呆れたような声音の魔理沙の言葉――念話(魔法)だった。

 吹羽はそれにどうも納得ができず、耐えかねたように言い募る。

 

『うぅ〜……じゃあボクからも見える位置にいて下さいよぅ。視線さえ通れば見えますからぁ……っ』

『ばっかお前、そんなことしたらバレるかもしれないだろ。いいから大人しく従っとけって。諏訪子の知恵を借りようって言ったのお前だぜ?』

『そう、ですけど……そうですけどおっ!』

『諏訪子も言ってたろ? “後悔すんな”って。もう手遅れだから諦めろ。な?』

『ぅぅ〜……ぅう〜っ!』

 

 魔理沙の諭すような言葉は取りつく島もない。何より、言い分に限っては彼女には珍しく正論であった。

 魔理沙は間違いなく強者であり、見守ってくれているのだから心配はいらない。諏訪子の助力を提案したのも吹羽であり、既に行動に移しているが故に手遅れなのもまた事実。

 こんなことなら下着が見えることを覚悟してでも箒での捜索を続ければよかった、と吹羽はどうにもならない後悔で頭がいっぱいであった。

 何より気に食わないのは、頭に響く言葉の裏で魔理沙がこの状況を心底面白がっているらしいことである。

 

 いや、そりゃあね? 諏訪子の忠告を流して話をせがんだのは吹羽だし、魔理沙の“その時楽しければ何でもいい”性格を見誤ったのも吹羽の落ち度ではあるのだが、だからって“念話”越しにすら分かるほど面白がるのは失礼ってもんじゃないだろうか。言葉を交わす時こそ呆れた風を装ってはいるが、時折くつくつといった忍び笑いが念話越しに聞こえてくる。バレバレだ。

 そしていい加減プッツリと何かが切れる感覚を覚えた吹羽は、遂にはやけくそ気味に、

 

 

 

「あーもう人妖共存に不満で八つ当たりとかバカだなあアホだなあーッ! なら何で幻想郷にいるんですかって感じだなあーッ!!」

 

 

 

 ――と、手メガホンを使って腹の底から声を張った。それも超シンプルでストレートな煽り文句を、森の中で。

 だなーだなーだなー――……と木霊して、不意にざわざわと騒がしくなってくる(気がする)森の様子に、吹羽は再び泣き出しそうになった。

 

 諏訪子の提案とはすなわち、“囮作戦”である。

 方法はいたって簡単。声の響きそうな、且つ犯人達がいる可能性の比較的高い場所で、彼らの神経を逆撫でするような言葉を大声で叫び、激情して現れたところを叩き伏せて捕まえる、というものだ。

 これを聞いた途端、吹羽は一瞬で思考を切り替えて「やっぱり箒でいこう」と言おうとしたのだが、そこを魔理沙の「よっしゃそれで行こうぜっ!」という悪魔のような言葉にブッた斬られたのだ。その時の彼女の表情は忘れもしない。新しいおもちゃを見つけた子供のような瞳でこちらを見つめてくるものだから、吹羽はたまらずぶるりと身震いしたほどである。

 

 結局魔理沙の勢いに勝てず決行することになり、その上“見た目が弱っちくて襲いやすそう”という理由で囮役も吹羽になり、今に至る。

 ちなみに元凶(?)である魔理沙は、犯人たちが感知に優れている可能性を鑑みてかなり遠い場所に待機している。ただ連絡が迅速に行えないと危険なので、念話の魔法は全開だ。

 

 しかし、そうは言っても、である。万一の時は魔理沙が助けてくれると分かっていても、突然襲われるかもしれないという恐怖は幼い吹羽にとって看過できないことである。触られることはないと分かっていてもアトラクションのお化け屋敷が怖いのと同じ道理だ。

 そんな役回りを幼女に押し付けるなんて、魔理沙には後で何らかの形で仕返しせねばなるまい。吹羽はそう心に固く誓いを立てた。

 

 そして、今しばらく吹羽の必死な叫びが森の中で木霊する――。

 

「ルールが不満とか今更じゃないですかあー! 一体何年生きてるんですかー生後数週間なんですか赤ちゃんなんですかーっ!?」

『おぉう……まさか吹羽の口からこんな煽り文句が聞けるとは……』

「そもそも不満言ったってしょうがないじゃないですかあ! 人間がいるから妖怪が生きられるって子供でも知ってますよおっ! もしかしてオツムが弱いんですかね子供以下なんですかねーっ!!」

『お、お……うん……』

「幼稚な怒りで大暴れしてるところ悪いんですけど無意味なのでやめてくれませんかー! 迷惑なだけでどうせすぐに捕まるんですから今のうちにやめておいた方が身のためですよー! 捕まったらきっと親御さんも、ご近所さんもっ、多分おてんとさんも、悲しみますよーっ」

『……いや吹羽? お前言ってることおかしくなってきてるぞ!』

「……ば、ばかあ〜! あほぉーこのやろ〜うっ!」

『あ、あれ? なんかただの罵倒になってんだけど……?』

 

 なってた。

 口から飛び出すのは幼稚で可愛げすらある文句だった。幼稚園児でももう少しマシな言葉が出てくるだろう。

 

 実際、吹羽は既にぐるぐると目を回して錯乱中である。

 いつ襲われるかも知れない恐怖の中で、普段思いもしないし使いもしない言葉をひたすら羅列し続けていればそうなるのも無理からぬこと。精神的負荷もそれなりなものになる。

 つまり、吹羽はある種のトランス状態に陥っているのである。頭の中は割とヤバめにぐちゃぐちゃなのだ。

 

 魔理沙のドン引き気味なツッコミも右耳から左耳へ受け流して、もはや微笑ましいレベルの可愛らしい煽り文句を一心不乱に叫び続ける吹羽。

 言われなければ思いつきもしないような汚い言葉を叫び続けたせいで襲われる恐怖も薄れて忘れ去り、煽り文句を叫ぶのもだんだんと作業的になり、遂に吹羽の瞳から意識という名の光が消え去って単一色と化し、終いに「あれ、ボクってどんな子だっけ? こんなことする子だったっけ?」とある意味致命的に自分を見失いかけたその時――事態は、動いた。

 

『っ、おい吹羽! なんかきてるぞ!』

「ばーかあーほドジまぬけぇ〜♪ よーかいさんは赤んぼ〜♪ おーやんのかこらぁ〜――ふえあッ!? な、なんかきてるっ!?」

『妙な歌歌ってねーで目ェ覚ませ吹羽! わたしもすぐ行くから構えろ。……すげえスピードだ、出てくるぞ――目の前!』

「は、はい!」

 

 いつのまにか弛緩していた空気から一転。騒つく森の木々から怖気よりもぴりぴりとした緊張感を感じ、吹羽はぷるぷると頭を振るって気を取り直す。その小さな手は既に、腰に佩いた“太刀風”の柄に触れていた。

 

 ざわざわ、ごうごう。

 不意に強くなった風が木々の隙間に鳴き、葉々を、あるいは木そのものを揺らしている。それは迫り来るものを森が察知し、体内を駆けずり回られて悶えているようにも思えた。

 

 そして――バスッ、と。

 

 木々の隙間を飛び越え、吹羽の目の前に躍り出たのは――黒い狼だった。

 

「(狼さん……? でも、明らかに妖怪だよね……)」

 

 柴犬などよりひとまわりほど大きい体躯。それを一部の隙間もなく埋めている漆黒の毛は、風の流れとは関係なくゆらゆらと揺らめいている。恐らく頭だと思われる部分には、取って付けたように爛々とした赤い瞳が埋まっていた。一見すれば悪魔にも見える。

 本能的に恐怖を煽る姿。

 だが吹羽は、自分でも驚くほど冷静に状況を俯瞰していた。

 

 だって、いざこんな状況に陥ってみれば――こんなにも。

 

「(……あの時の文さんや、椛さんと勝負する時の方が……何倍も怖かった)」

 

 それは慢心にも見えて、しかしどこまでも肩透かし(・・・・)だった。

 こんな(なり)でも、吹羽はなんだかんだで中級以上の妖怪たちと渡り合ってきたのだ。文の件に至っては、本能的な殺意よりももっと恐ろしいものを向けられた。その経験が、目の前の妖怪への恐怖を圧殺している。

 今更話せもしない小妖怪――文字通りの“獣”を恐れてなんていられないのだ、と。

 

 それに、何より。

 

「こんなのに梃子摺ったら、霊夢さんに怒られますッ!」

 

 そう、かの博麗の巫女は大妖怪ですら涼しい顔で制圧する。

 時に話して丸め込み、時に力で叩き伏せ、時に退治することを超えて捕縛さえしてみせる最強の人間。

 そんな彼女に教えを受けた吹羽が――弟子がこんな妖怪に梃子摺っては、敬愛する霊夢に申し訳ない! あと怒られたくない!

 

 改めて愛刀“太刀風”の柄を握る。力み過ぎず脱力し過ぎず、光を灯した(能力を発動した)翡翠の瞳で狼を凝視する。

 刹那、動き出したのは狼だった。

 さすが妖怪と言うべきか、予備動作もなく地を蹴った狼は吹羽の予想を大きく上回る速度で肉薄すると、その口をがぱりと開いて襲いかかってきた。

 流石の速さだ。きっとこの速度を以って獲物を瞬殺して糧としてきたのだろう、そんな生き方を思わせる一撃。

 

 しかし、吹羽の瞳(鈴結眼)は全てを捉える。

 

 吹羽は瞬時に鞘を反転させて刃部を下に持ち変えると、飛びかかる狼の下を狙って前進した。

 きゅっと上半身を回し、同時に“太刀風”を抜刀して吹羽は体に沿うように狼の腹を華麗に斬り抜く。

 果たして手応えは――なかった(・・・・)

 

「ッ! 体は妖力ですか――ッ!?」

「「「ガウアアッ!!」」」

 

 切り抜いた狼の腹の様子を見る間もなく、どこに潜んでいたのか複数の狼が、体勢のままならない吹羽へと同時に襲いかかった。

 それぞれ別の方向から三箇所、吹羽を囲い込むように飛びかかってくる狼達は、鋭い殺気を持って牙を剥く。

 

 しかし、今更それを恐れる吹羽ではない。

 体勢はそのままに、吹羽は腰に吊るした金属をさらりと撫でて“韋駄天”を顕現。その風紋の力を使って更に飛びかかるように前進すると、前方から襲ってきた狼を横殴りに弾き飛ばしながら離脱した。

 

 そして振り返り、残心。

 吹羽に斬られた狼たちはよろりと起き上がり、他の狼達は黒い毛をざわざわと逆立てながら、吹羽を最大限警戒するようにグルルルと唸っていた。

 

「(……回復してる。でも二回目は手応えがあったから……骨はある?)」

 

 視線の先には、よろけながらも立ち上がる二匹の狼。吹羽の“太刀風”と“韋駄天”によって抉られた部位は、ざわざわと蠢く黒い毛――妖力に覆われていき、遂には傷などなかったもののように消え去ってしまった。

 恐らく身体――肉は妖力でできていて、内側に骨だけの実体があるのだろう。でなければ二撃目の際に弾き飛ばすことなどできなかったはずだから。

 

「(それにしても……これはやっちゃいましたね)」

 

 警戒して飛びかかってこない狼達をしっかりと視界に収めながら、吹羽は頭の片隅で「あちゃー」と唸った。

 恐らくこの狼達は吹羽の大声に釣られてやってきただけなのだろう。どう考えても中妖怪以上ではないし、そも話せもしない獣がどうやって不満を唄うというのか。

 つまり、要らぬ戦闘を招いた。長引かせると作戦に悪影響もあるはずである。そしてこれは、この事態を予測して対策しなかった吹羽と魔理沙の失敗だ。

 

 速攻で終わらせないと――……。

 

 “韋駄天”を手から消し、二振り目の“太刀風”を抜いて構えた。そして気持ち能力の“視野”を広くし、目を細めて狼達を凝視する。

 あらゆるものを観測できる鈴結眼は、世界が――自らの掌に乗ったように思わせた。

 

「――……いきますよっ」

 

 吹羽は駆け出すと同時に片手の“太刀風”を上空に放った。くるくると回って放物線を描く最も警戒する部分(・・・・・・・・)に、狼達の視線が自然とそちらへ泳ぐ。

 そこに吹羽は、顕現させた“疾風”を放った。

 

 狙うは身体だ。骨を狙うこともできるが、それをすればもしかしたら死んでしまうかもしれない。妖怪でも同じ生き物である以上、吹羽にはその命を奪うことに抵抗があった。

 己の体を瞬時に、大量に、深く抉られれば本能的に脅威を感じて逃げてくれるかもしれない――そう願っての作戦だ。

 

 掛け算式に加速する鋭い釘を、咄嗟に視線を戻した狼達は対処できない。

 今まで遭遇したことのないほどの速度で飛来する物体に狼達は次々と貫かれ、その黒い身体に文字通りの風穴を開けていった。

 しかしかの者らから滲み出る雰囲気は、怯んだというよりも驚愕に類するもの。痛みを感じた様子は、やはりなかった。

 

「そうこなくちゃ、です!」

 

 再び“韋駄天”を発現し、狼狽える狼達の中心へと飛び込むと同時、吹羽はもう片手に持った“太刀風”で円形に周囲を薙ぎ払う。“韋駄天”の超加速により十全に風を撫でた“太刀風”の風紋は、その性能を最大限に発揮した。

 斬撃の最大拡張範囲・二間半にまで狂いなく収束した風の刃が、容赦なく狼達の体を抉り抜く。

 

 首元に深い傷を刻み、或いは背の肉を大きく削ぎ落とし、しかし本体であろう骨の部分には毛ほども傷を入れない。

 吹羽には全てが観えていた。視野全開ではないため未来予知染みた洞察力はなくとも、どの個体がどこにいて、どんな体勢でどんな速度でどんな軌道で襲いかかってくるのか。まるで上空から見下ろしているかのようにこの空間全てを理解できた。ただそれでも、お互いに高速で動き回る中でそれを狙って行うその技量は軽く神がかっていると言えよう。

 

 この時点で、背中の妖力を大きく削ぎ落とされた一匹は本能的に危機を察知して逃げた。一匹逃げれば他もつられて逃げるかと思っていたが、案外仲間意識は薄いらしく後に続くものは無し。残り――三匹。

 

 傷が浅く、すぐに体勢を整えた残りの三匹は、同時に飛びかかることを諦めて不規則に動き始めた。狙いを定めて吹羽の足が止まったところに波状攻撃でも仕掛けるつもりなのだろう。獣にしては頭が回る。

 

 ――が、まさか人間(ヒト)様に本気で勝てるなんて思っているわけではあるまい?

 吹羽は少し得意げに心の中でドヤ顔をしながら、空いている手を腰に滑らせる。そうして込められた青い霊力が形作るのは――暴風を呼び起こすたった一本の杭。

 

 作戦? 波状攻撃? そんなの知らんはよ散ってしまえっ!

 

 吹羽はゆらゆらと動いてタイミングを見計らう狼達に、容赦なくそれを投げつけた。

 

「『飛天』っ! 蹴散らしてェッ!」

 

 三匹の間をちょうどよく駆け抜けるように投げられた“飛天”は、まさしく竜巻を横倒しにしたような暴風の砲撃を形作り、決して若くはない木々をすら容赦なく蹂躙した。

 それに巻き込まれたものは悉く引き摺られ、千切られ、吹き飛ばされては叩き付けられる。三匹――否、二匹(・・)の狼もまた同じ。

 後方にいた一匹以外は暴風に巻き込まれ、硬い木の幹に叩き付けられて妖力を散らしていた。

 

 唯一避けた一匹は――刀を持った手の方向から攻め込んできた。

 

 避けた流れか、それとも狙ってか。

 狼が攻めてきた方向は吹羽にとって反撃しにくい場所であり、それが分かっているゆえに吹羽は少しだけ恨めしげに唸った。

 この位置関係では、どうしても反応が遅延してしまうのだ。勢いを使って斬り抜くのにも一度振りかぶらなくてはならず、避けるのにも体勢が悪い。攻撃を逸らすために刀を狼との間に滑り込ませることはできるが、妖怪の膂力の前でそれは無謀。

 もしも狙ってこれをやっているのなら、彼らを獣と呼ぶのはあまりに失礼だった――と、吹羽は対して焦りもせず(・・・・・)ぼんやり思う。

 

 なぜかって? もちろん、まだ手札が残っているからだ。

 

 吹羽はその広がった視野でちらと全体を俯瞰すると、飛び込んできた狼に視線を合わせた。

 刀は振れない。回避もできない。受け流すなど以ての外。だが万事休すかといえば、断じて否。

 だって自分(ボク)はもともと――二刀流(・・・)なんだからっ!

 

「来て『太刀風』――やぁあああッ!」

 

 一度手を離れ、空を舞ってから帰ってきたもう一振りの“太刀風”を、空いた手を振るいながら掴み取る。

 刀の落ちてくる場所も、掴むべき柄の位置も、狼が襲いくる軌道も、全てを観て測り計算された上で振るわれた吹羽の腕・刀は、美しい曲線を描いて狼を一閃した。

 

 二つに分かれる肉と体。飛び散るのは妖力のかけら。

 

 空中で寸断されて着地もできない狼は、その勢いのまま地面に投げ出されて転がっていく。

 だが、逃げてくれるかどうかを確認している暇はない。

 なぜなら既に――“飛天”によって吹き飛ばされた狼たちが、吹羽を頭上から狙っていたから。

 

 咄嗟に上を見る。狼たちは相変わらず鋭い牙を覗かせ、涎を飛ばしながら迫って来ていた。

 きっと真正面から攻めるのが得策ではないのだと本能的に悟ったのだろう。今まで捕食してきた者たちとは違う、真正面からかかっても勝ち目のない格上の相手だと。

 吹き飛ばされていた狼たちは、仲間の一匹が吹羽の注意を逸らしているうちに三角跳びの要領で木を蹴って上に跳んだのだ。

 

 迫り来る犬牙。感情が高ぶったのか、先ほどよりもざわざわと逆立った黒い毛。殺意剥き出しの赤い瞳。

 あ、これ加減して斬るの難しいなぁ、と吹羽がぼんやりと思った――その瞬間だった。

 

 閃光が、視界を縦に切り裂く――……。

 

「ノンディレクショナルレーザーっ!」

 

 どこからともなく飛来した四条の熱線が、吹羽の眼前まで迫り来ていた狼たちを一瞬で吹き飛ばす。

 弾幕用ではなかったのか、当たった部分の妖力は無残に散り、どちらの狼にも風穴が開いていた。

 ――ただし、吹羽の額にもジュッと掠って。

 

 その犯人は、すぐ後に吹羽の隣へ降り立った。

 

「おうおう危なかったな吹羽! もう少し遅けりゃ犬の餌になるとこだったぜっ!?」

「危ないじゃないですよむしろ手遅れです! おでこに掠ったじゃないですかあっ!! 直撃したらどうするつもりだったんですっ!?」

「そんなヘマするわけないだろ。大体、助けてやったんだからお礼されるべきだと思うんだが?」

「素直にお礼が言えない助け方なんだってんですよおっ!」

 

 だいたい離脱自体は普通にできたしっ、別に危なくなんてなかったし! と心の中で悪態付くも、魔理沙の機嫌を損ねるのが怖くて面と向かって文句を言えない小心者な自分。

 そして少し赤くなったおでこをさすると蘇るトラウマ――そう、以前魔理沙と戦った時にも同じようなことがあった気がする。なんというデジャヴ。まさかわざとやっているわけではあるまい……?

 

 ジト目で魔理沙を見上げるも、彼女はそっぽを向いたまま目を合わせようともしない。

 吹羽は足元の小石をコツンと蹴った。

 

「ともあれ、さっきの二匹は逃げちまったな。仕留めたかったが、まーしゃあない。あと一匹か」

「早く終わらせないとですね」

 

 囮作戦で目標以外が釣れてしまった場合は一度引くのが定石、それくらいは分かっている吹羽である。

 ここで長居をしていては他の下級妖怪も集まってきてしまう可能性がある為、早々に一陣を突破して出直す必要があるのだ。

 

 黒い狼はようやく体を再生したようだった。妖力が尽き始めているのか始めよりも随分と時間がかかっているが、未だに逃げようとはしてくれない。

 意地か。それとも単に状況が分かっていないだけか。どちらにしろ窮地に陥った獣ほど予想の付かないものはないと、吹羽は肝に命じて刀を握り直す。

 

「行きますよ魔理沙さん。油断はしないでくださいね」

「誰に言ってやがる。お前こそ変に加減して斬り損なうなよ」

「誰に言ってるんですか。これでも刀匠、刀の扱いには一家言持ちですよ」

 

 そりゃそうだ、と続ける魔理沙。

 軽口を叩き合いながらも視線は狼から外さない。出方を伺っているのか狼の方も唸るだけで動かない。

 張り詰める空気の中、果たして示し合わせたように二人と一匹が同時に駆け出し――、

 

 ――怒号(・・)

 

 

 

「邪魔だクソがァァアアアッ!!」

 

 

 

 空気が爆ぜるような、固いものが折れるような。そんな音と共に、その巨体は現れた。

 

 赤みを帯びた筋肉質の体。その手に持った棍棒には鋭い棘が突き出ており、たった今薙ぎ払った黒い狼の骨をぶら下げている。

 髪もなく、角もない。ただゴツゴツと岩肌のように固そうな頭皮が陽の光を浴びて鈍く光っている。見方によっては鬼にも見えるが、萃香という本物の鬼を知っている吹羽からすれば、それとは比べるべくもなく感じる圧力が弱い。

 そして、人間のように流暢な言葉。憤怒を隠そうともしない険しい表情。二人は、すぐに理解した。

 

 ――こいつが、件の妖怪だ、と。

 

「はは……なぁ吹羽。作戦ってなんだっけ? 失敗しても成果が得られるもんだったか?」

「……“例外のない規則はない”という諺があります。例え失敗したとしても、成果が得られたならそれは成功と大差ないんですよ、魔理沙さん」

「……ん? なんか違う気もするが……それもそうだな」

 

 まさか本命まで釣れるとは。

 そんな驚きとも呆れとも取れる会話に、しかし妖怪は気が付かない。

 何処かそわそわとして落ち着きがなく、その怒りも怯えの裏返しのように思えた。

 そしてその後ろから、同じように飛び出す影が二つ。

 

「何やってんスか! 早く行かないと来る(・・)ッスよ!」

「待て、距離が離れた今こそ打開策を考える時だ。このまま逃げても意味が――」

「走りながら考えろよそんなこと!」

 

 後から現れた二人も似たり寄ったりな姿をしていたが、棍棒ではなく短剣を持っていたり、黒い肌をしていたりと少しだけ差異が見られた。同じく鬼にも見えるが、本物にはやはり見劣りする。

 三人は突然何か口論を始め、その度に地団駄を踏む。ずんずんとした揺れが吹羽と魔理沙の方にも伝わってきて、そのお腹の底に響くような振動に吹羽は気持ち悪そうな顔で鳩尾を抑えた。

 

 どうやら三人は何かに追われているらしく、打開策を模索しているようだった。

 あの焦りようから考えるとかなり危機的状況のようだが、あんなたくましい体格の巨体が三人集まって怯えている様子は、吹羽をして少し微笑ましく思えた。シュールとも言う。

 

 現れた三人の対応に困って吹羽と魔理沙は呆然と佇んでいる。流石の魔理沙も大人しくずんずんとした振動に身を任せていた。

 というか、なんで話す度にずんずんするんだろう。お腹に響いて普通に迷惑なんですが。

 

「ちょっと! もうそろそろ来るッスよ! 早くしてくださいッスよ!」

「あと少しだっ、もう少しで……」

「いい加減にしろ! もうそこまで来てるんだぞッ!」

 

 ずんずん。ずんずん。

 

「何かないか……決定打になるものは……」

「とにかく抵抗できなきゃ意味ないッスよ! ……そうだ石ころ投げればどうにか――」

「そんなのが効くわけないだろ! 相手を誰だと思ってるんだ!」

 

 ずんずん。ずんずん。

 

「だいたいお前がちょろちょろしてるから見つかったんだろうが! お前がなんとかしろ!」

「無茶言うッスね!? オイラにそんな力ないッスよっ!」

「だぁぁあっうるせえお前ら黙ってろこのポンコツどもがッ!」

 

 ずんずん。ずんずん。ずずんずんずずん。

 

「……なぁ吹羽。わたしそろそろ気持ち悪くなってきたんだが、あいつらぶっ飛ばしてもいいか?」

「奇遇ですね、ボクもそろそろ我慢の限界です。お腹の中がぐるぐるして吐きそうです」

「だよな。じゃあ失敬して――」

 

 何処ぞの人型金属兵器が歩いてきそうなリズムすら刻み始めた地団駄に、いい加減に我慢ならなくなった魔理沙が帽子の中を弄り始める。中がどうなっているのか一瞬気になった吹羽だが、襲い来る気持ち悪さが考える気力を彼女から奪う。

 そして取り出されたのは――ミニ八卦炉。

 

 魔理沙の十八番、恋符「マスタースパーク」を含め、あらゆる技を行使する際に使用する彼女のメインウェポン。そのコンパクトな見た目とは裏腹に、最高火力では山一つ吹き飛ばすことも可能なのだという。

 一体全体どこが「失敬して」なのか。敬を失うどころかその相手自体を消し飛ばしかねないじゃないか。

 

 魔理沙の魔力を吸って淡く光を灯し始めたミニ八卦炉が、未だに口論を続けている三人の妖怪たちへと向けられる。魔理沙も集中しているのか、普段のおちゃらけた雰囲気とはかけ離れた鋭い瞳をしていた。

 

 すると、その気迫にようやく感づいたのか。

 

「――ん? 人間……?」

 

 あ、やっと気付いた。

 

「ちょ、魔理沙さん気付かれましたよ。やるなら早くやってくださいっ。消し飛ばすのだけはダメですよ!」

「わーってるからちと待てって。加減が難しいんだよ」

 

 もともと犯人たちを釣ったら戦うつもりではあったが、せずに済むならそれに越したことはない。魔理沙が三人を不意打ちで――殺さない程度に――吹っ飛ばしてくれれば戦う面倒も被らなくて済むはずなのだが、タメが長い所為で気が付かれてしまった。

 吹羽は急かすように魔理沙を促すが、彼女にもペースがあるのか反応がおざなりだ。

 本当に早くしてほしい。別に三人が強そうでちょっと怖いとか、外見が生理的に受け付けないとか、そんなことは決してない。ないったらない。

 

 気が付いた一人に釣られ、その両隣で文句を垂れていた二人も吹羽たちを見遣る。その視線からは「なぜこんなところに人間が?」という言葉がありありと伝わってきたが――はじめの一人だけは、違っていた。

 

「その声……お前か……お前だなァアアッ!」

「ふぇっ!? な、何がです!? ボク何かしましたかっ!?」

「お前の所為で……お前の所為でこんな事になってんだぞ!! 分かってんのかッ!?」

 

 いや全然分かってないですけど?

 反射的に言葉が出かけるも、向けられる怒りの視線に喉を詰まらせる。

 妖怪は現れるその怒りのまま、血走った目で唐突に殴りかかってきた。

 

 棍棒が振り上げられる。その拍子にぶら下がっていた黒い狼の残骸は粉々に吹き飛ばされた。

 血走った目は狂気的で、その巨大な姿形も相まってかなりの迫力があった。並の人間では卒倒待った無しであろう。

 吹羽も突然過ぎて身体が固まってしまっていた。いくら中妖怪たちと渡り合った経験のある彼女でも、理由の分からない怒りを向けられて突然殴りかかられれば、数瞬とはいえ硬直するのも無理からぬことである。

 魔理沙は普通に面倒臭そうな顔をしていたが、何事にも動じないその精神は流石というところだろう。

 

 怒りの絶叫が、響き渡る。

 

「お前の所為で……お前が俺らの悪口を大声で叫んでた所為でェ! 全員見つかる羽目になったんだぞクソがァッ!!」

 

 あ、そのことでしたかー。

 必死だったのでほとんど記憶はないが、結構汚い言葉を延々と叫んでいた気がする吹羽は、あれにも一応意味はあってくれたのかあははー、と現実逃避気味に自分を慰める。そしてその犠牲となったらしい妖怪さんたちには一応心の中でごめんなさいしておいた。うん、黒歴史まっしぐらである。

 

 とはいえ、それをきっかけに何か不遇を被りこちらを恨んでいるのだとしたら、それは酷い言いがかりである。

 そもそも幻想郷にいる時点で人間との共存は嫌でも受け入れなければいけないことであり、それに反抗するなら非難されるのは当然のことだ。また、それを理由に暴れれば罰されて然るべきである。吹羽も基本的にはそれに関する罵声しか叫んでいない。

 加えて言うのなら、吹羽のあの幼稚な罵声で怒っているのだとしてもそれはそれで沸点低過ぎね? という話だ。どちらにしろ妖怪の言い分は穴だらけである。

 

 まあ、何はともあれそんな反論を口にする余裕は残されていない。彼は既にその凶悪な形状の得物を振り被って襲いきているのだ、今更手を前に出してわたわたしながら「おお落ち着いて! 話し合いをっ!」とか流石の吹羽でもあり得ない。そもこういう類の手合いは正論を叩き付けたところで納得などしないだろう。

 吹羽は無防備に慌てるくらいならとしっかり刀の柄を握る。魔理沙も散りかけた魔力を再収束し始めていた。

 

 そして、直後。

 

「お前の声に釣られてなけりゃ、俺たちが襲われることもなかったんだッ! あの博麗の(・・・)――」

 

 

 

 ――ドパパパンッ! と。

 

 

 

 響き渡ったのは棍棒の振り抜かれる音ではなく、小刻みな炸裂音。一発一発の音が心臓にまで響き、嫌が応にも圧倒されるような――そんな強烈な、弾丸(・・)の音だった。

 直撃を受けたらしい妖怪はその巨体を軽々と宙に浮かせ、緩やかな海老反りで以って放物線を描いて吹き飛んだ。

 

「お、おい!」

「ちょ、うそッスよね!?」

 

 吹羽と魔理沙はもちろん唖然としていた。しかし妖怪たちは驚愕というより怯え、呆然というより焦燥を孕んだ表情をしていた。

 全員がそれぞれの理由で硬直する中、妙なほど響き渡ったのは、鈴を転がしたような聞き覚えのある声。

 

「ったく逃げ足だけは早いわね」

 

 と、どこか高圧的な物言いで舞い降りたのは言わずもがな――博麗の巫女、博麗 霊夢。

 彼女はその漆黒の瞳で三人を睥睨すると、心底気怠そうに言った。

 

「どうせあたしに潰されるんだから時間とらせないでよ。ちょっと疲れたじゃない」

 

 言葉通りほんの少しだけ息を上げる様子の霊夢。どうやら妖怪たちを追いかけていたのは彼女だったらしい。

 状況から考えるに、吹羽の罵声で出てきた三人を霊夢が見つけて襲撃し、驚くべきことに仕留め損ねてそのまま逃走劇を繰り広げていた、ということだろう。

 飛行に関してもかなりの速度を出せる彼女から一時とはいえ逃げおおせるとは、妖怪たちは本当に逃げ足が早いらしい。

 まあ、結局はこうして追いつかれたわけだが。

 

「もうその厄介な能力(・・・・・)じゃ逃げられないわよ。ここら一体は結界で包んだから、否が応でも退治されてもらうわ」

 

 紅と白の特殊な巫女服、艶やかな純黒の髪をふわりと靡かせ、凛とした佇まいを見せるその頼もしい背中に、吹羽たちは思い思いに言葉をかける。

 

「霊夢さん!」

「なんだ、霊夢も来たのかよ。久しぶりにわたしが解決できると思ったのによー」

「く、くそっ! 広範囲に結界なんてどんな技量だよッ」

「やべぇッスよ! ここで退治されんのはゴメンッスよ!」

 

 四者四様、強烈な登場を果たした霊夢に様々な反応を見せる中、当の彼女は実に静かに――怒っていた。

 その視線はつい先ほどまで追跡していたらしい三人の妖怪ではなく、自然と魔理沙(・・・)へ。

 

「……それはそうと――」

 

 溢れ出る声音は、意識とは関係なしに低く重いものとなって言葉を造る。

 

「……この際あんたがここにいることには何も言わないわ。けどね魔理沙、あたしの言ったこと忘れたのかしら。なんで吹羽と一緒にいるの」

「あー、別に忘れちゃいないぜ? 忘れちゃいないが、それに従うかはわたしの自由だ。そして誘いに乗ったのは、こいつの意思だ」

「断れない子だって知ってるでしょ……っ」

「さあ? わたしは付き合い長くないから、そこまでは知らんな」

 

 取り逃がす心配がない為か、追跡していた妖怪たちすら無視をして魔理沙を問い詰める霊夢。しかし対する魔理沙のおざなりともふざけているとも取れる返答に、霊夢は更に肩を震わせた。

 形のいい柳眉は眉間に寄せられ、その真っ直ぐな瞳で以って魔理沙を射抜く。しかしそんなものにはとうに慣れきっている魔理沙は、さして気にもせずに知らぬふりを決め込んだ。

 

「それに、お前が思ってるほどこいつは弱くねェぞ。さっきもそこそこ強い妖怪の群れを一人で捌いてたしな。……いい加減にしといたらどうなんだ」

「……っ、この――」

「あ、あのっ……霊夢さん?」

「っ!」

 

 飛び出しかけた手が、びくりと止まる。魔理沙の胸ぐらを掴みあげようとしていた霊夢は、不安そうな吹羽の声に過剰なほど反応していた。

 そして悔しそうにぎりりと歯軋りをして、握り拳を震わせながら魔理沙をひと睨みした後、そっぽを向くように前に向き直った。

 そんな彼女の態度に、魔理沙は腕を組んで軽く鼻を鳴らす。それはやっぱり、二人が喧嘩をしているようにしか見えなくて。

 

 吹羽には全く分からない。

 普段から仲がいいと思っていたはずの二人が、出会うなり妖怪たちをすら放っておいて喧嘩を始めたのだ、それも自分を引き合いに出した上で。困惑するのは当然である。

 話の意図が全く掴めず心配そうに二人を交互に見遣ると、不意に魔理沙の手がぽふんと頭に置かれた。

 見上げれば、魔理沙は優しげな微笑みで吹羽を見つめていた。まるで「こっちの話だから気にすんな」とでも言っているかのように。

 

 本当にただの喧嘩なら、吹羽はここできっと「仲直りのお手伝いをします!」と言って喰い下ったろう。

 だが感情に聡い彼女は、二人の表情からこの喧嘩がそういった単純なものではないのだろうと何となく察していた。きっと自分が首を突っ込んだところで解決などせず、むしろややこしいことになるかもしれない、と。

 だから吹羽は何も言わない。

 魔理沙の手と微笑みを受け入れ、霊夢の背に言葉はかけず、傍観者であることに決めた。

 

 あたふたと仲間を起こし、その瞳からようやく戦う意思を見せ始めた三人の妖怪を見遣って、魔理沙はす、と霊夢の隣に並んだ。

 

「よっし、ンじゃあやるか霊夢。丁度三人同士だしな」

「引っ込んでて魔理沙。助けはいらないわ。一人でやれる」

「一度取り逃がした奴が何言ってる。いろいろ思うところはあるんだろうが、無理すんな。わたしもいるし吹羽もいる。わざわざしんどい方を選ぼうとすんじゃねェよ面倒くさい。なぁ吹羽?」

「へ? あ、えと、そうですよ霊夢さん! 大変なら手伝いますから、頼ってください!」

「………………」

 

 言いながら、魔理沙とは反対方向に霊夢と並ぶ。

 そこで霊夢は、始めて吹羽に視線を向けた。

 視線が重なって、その美しい黒い瞳に見えたのは怒りでも呆れでもなく、ただひたすらに心配そうな優しい色だった。

 数秒見つめあって、霊夢は疲れたようにため息を吐くと、先ほどの魔理沙と同じように吹羽の頭に手を置いて、ゆるりと髪を撫でた。

 

「……無茶だけはしないでね。辛かったらすぐに呼びなさい。一瞬で叩き潰して助けに行くから」

「ぁ、はいっ」

「ほれ、そーゆーところだぜ」

「黙りなさい」

 

 魔理沙の一言を超低温の言葉で切り捨て、霊夢はようやくその視界に妖怪たちを認めた。吹羽も魔理沙も、それに釣られて気を引き締める。

 分かっている。決して油断していい相手ではないのだ。対人戦闘に未熟な吹羽なら尚のこと。

 いくらやり取りが馬鹿っぽくても、相手は霊夢が一度取り逃がすほどの手練れ、もしくはそれ程の手札を持つ相手なのだ。

 刀を握る手に自然と力が入る。でも隣に霊夢と魔理沙がいる所為か、汗が滲んで滑るようなことはなかった。

 

 すーっと吸って、はーっと吐く。

 椛と勝負するときのように。文と勝負したときのような。

 少ない経験を生かし切って、ただ、そうすればきっと自分は打ち勝てる――そう信じる。すると、なんだかすぐ後ろで椛と文が背を押してくれているような、そんな気分になれた。

 なにより、魔理沙と霊夢という二人の圧倒的強者が、自分がここにいることを許してくれたのだ。その期待に応えなくて何が友人か。二人が信じてくれるのだから、自分も自分を信じるのだ。そんな姿の自分を、きっと阿求も望んでいるだろう。

 そしてそうできたなら、きっと無敵だ。誰にでも素直な思いを口にして、例えどれだけ滑稽でもひたすらに自分を貫く早苗のように。

 きっと自分は、無敵の乙女になれるのだ。

 

「吹羽はあたしが吹っ飛ばした赤黒いのをお願い。手傷があるから幾分か有利なはずよ。あたしと魔理沙は左右のやつ。なになにッスとかふざけたこと言ってるあいつには厄介な能力があるから、気は抜かないようにね」

「わ、分かりましたっ!」

「おーおー、お前をして“厄介な”か。これは俄然燃えてきたぜッ!」

 

 不敵に口の端を釣り上げながらパシッと拳と手のひらを打ち合わせる魔理沙。

 静かながらも陽炎のように濃密な霊力を揺らめかせて、しかし冷たく鋭いその中に僅かな暖かさを内包して佇む霊夢。

 小太刀を二刀構え、瞳に宿った翡翠の光を残像のように残しながら、幼い少女とは思えぬ鋭利な雰囲気を醸す吹羽。

 

 三人の姿に、相対する妖怪たちは一歩後ずさる。人間を相手にしているとは思えないその迫力に、本能が警鐘を鳴らしていた。

 

 こいつらは、ヤバイ――……。

 

 

 

「「「さぁ、妖怪退治です()(だぜ)ッ!」」」

 

 

 

 覇気のある宣言が、木霊した。

 

 

 




 今話のことわざ
例外(れいがい)のない規則(きそく)はない」
 どんな規則や法律にも、必ず律しきれないものがあり、例外はつきものだということ。

 え、ネタがつまんない? わかる(天下無双)

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