風と神話の幻想譚   作:ぎんがぁ!

27 / 68
 ちょっと時間がかかりましたが、お待たせしました! 盆東風の章開始です!

 あ、あと……メ、メリークリスマス……そして誤投稿ごめんなさい。年変わっちゃう所為で設定間違えたんだ……。


盆東風の章
第二十六話 惑い、それでも


 妖怪の山での出来事から数日。

 精神的な疲労と気怠さをどうにかこうにかと乗り越え、身体の復調を確認した吹羽は、既に風成利器店の営業を再開していた。

 定休日を挟めば治るだろうと高を括っていた疲労と“幻覚痛”は、結局翌日も休業することにより漸く取れ、今はその間に溜まった依頼に追われている最中である。

 

 幸いなのは、溜まった仕事の殆どが風紋包丁などの研磨であり、作刀の依頼が一つもなかったことか。

 何事も一日修練しなければ三日の遅れを齎すと言う。訛っているであろう感覚を取り戻す意味でも、斬れ味の見極めを必要とする刃物の研磨から仕事を始められるのは吹羽としても僥倖であった。

 久方振りに見た気がする作務衣を感慨深く着込み、吹羽は工房で一人、砥石と包丁で以って涼やかな金属音を奏でる。

 

 風紋包丁は繊細である。風紋が削れてしまえば上手く空気は流れないし、故に軽微な損傷でもその性能を大きく損なう。

 管理に気を使う為、風紋包丁を買っていく人々はそれなりに刃物の扱いに慣れた者達であるが、それでも研磨だけは吹羽にしかできない。まあ風紋包丁は吹羽自らが選りすぐった鉱物を使って鍛えた頑丈な作りである為、簡単なことでは刃毀れ一つ起こさないのが事実であるが、やはり研磨に関する依頼が途絶える事は一月に数回程度であった。

 

 一本の絹糸をぴんと張り詰めたように、吹羽は包丁をまるで花を愛でるように繊細な手つきで持ち、いっそ真摯とすら思えるほど真剣に砥石と向き合う。その瞳には陽の光による反照だけでない、軽微な能力の行使による仄かな光も灯っていた。

 

 刃物の研磨にもコツがある。第一に力を掛け過ぎてはいけない事と、刃と砥石を垂直に構え、また正確に鋒を合わせる事。風紋包丁の場合は風紋の機構部が削れてしまわないように、どの部分が刃部のどこまで伸びているのかを漠然とでも把握しておかなければならない。

 刃を削り過ぎてもいけないし、削った末に鋒を歪ませてもいけない。正確に砥石の面と刃の面を当て続けなければならず、またそれに用いる力を掛け過ぎれば意図しない部分まで削り取ってしまい、包丁としての性能を大きく損なうことになる。それらを完璧にこなす為には、やはり刃の鋭さを見極められるという至極基本的な力が必要だった。

 

 鍛冶の基本であるが故に、これ程まで神経を張り詰めさせる作業も他にはないと吹羽は考える。吹羽は鈴結眼の能力行使対象――“視野”を、極細部を見ることにのみ集中させることで比較的長時間の補助を得ることができるが、やはり最後に物を言うのは自身の腕だと思っていた。

 削り取ってしまえば戻すことは容易でなく、また性能を落とさない丁度良い具合を見極めなければ悪戯に刃物の寿命を縮めることになる。

 吹羽は至極真摯に向き合いながらも、何処かじわじわと感じるやり甲斐に胸を弾ませていた。

 

「(一回……一回……丁寧、にっ!)」

 

 力み方を確かめるように、シュイ、シュイと秒針が時を刻むようなリズムで刃を削る。その度に己の神経が研ぎ澄まされていく気がして、吹羽は夢中になって刃を見つめた。

 

 外は晴れている。青春の一頁を思わせるように、大なり小なりの綿飴にも似た白い雲が散り散りになって青空を飾っていた。

 ひんやりと心地良い秋の空気と共に差し込む陽の光を視界の端に捉えて、吹羽は頭の隅でいい一日だと、胸の中に暖かな火が灯ったように感じる。

 堪らず頰を緩め、控えめに言っても最高のこの気分を指先に込めるように力を入れる。この最後の一削りを以って、完璧なる仕上げを――、

 

 

 

「ふーうーちゃんっ、あ〜そび〜ましょっ!」

 

 

 

 突然の大音量に思わず背が震え――がりっ、と鳴っちゃいけない音が鳴った。

 

「ぁ――あああああッ!?」

「ひゃいっ!? な、なななんですかどうしたんですか!?」

「せっかく……せっかく完璧に研磨できてたのにぃっ!! 早苗さん――ッ!!」

 

 ヒステリックな悲鳴に驚き返した少女――東風谷 早苗を、吹羽は無残にも風紋諸共削ってしまった包丁を胸に掻き抱いて、恨めしげに睨め付ける。

 清々しい程の陽気を嘲笑うかのような、なんとも幸先の悪い訪問であった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「それでこの状況ですか……」

 

 相変わらず火の粉のように紅葉の葉が舞い散る山林の中、椛は目の前の光景を漠然と視界に入れて納得する。

 その視線の先には、いつになく不機嫌な様子でつんと唇を引き結ぶ吹羽と、この世の終わりを見たかのように目元に影を落としてげっそりとする早苗の姿があった。

 

「吹羽さん、許してあげられないんですか? 何というか……今の早苗さん、直視するだけでも呪われそうなんですが……」

「“重き馬荷に上荷打つ”という諺がありますっ! 早苗さんなんて知りませんっ! お仕事が苦労とは思ってませんけど、元の風紋を刻み直すのにボクがどれだけ苦労したのか、早苗さんは身体の芯まで思い知るべきですっ!」

「ひうっ! ……もう私、生きてけないです…………………………死のうかな」

「死ぬって……相変わらず両極端な人ですね。寝覚めが悪いのでやめて下さい」

「だってぇ……もみじさぁ〜ん……っ!」

「はいはい分かりましたから。それで、吹羽さんは何故ここへ?」

「あ、えーとですね――」

 

 さめざめと滝のような涙を流しながら慰めの言葉を求めて屍人の如く詰め寄る早苗を、椛はぐいぐいと押し留めて吹羽へと疑問を放る。

 咎人に慈悲無しとばかりに早苗を有意義に無視した吹羽は、肩に背負った袋の中をごそごそと弄ると、可愛らしい花柄の布に包まれた棒状の物を一本取り出した。

 

「お仕事は一通り終わらせたので、これを渡そうと思って」

「これは?」

 

 言いつつ受け取り、片腕の代わりに唇で布の端を咥えて転がすように中身を掌に収める。

 取り出したそれは棒などではなく――白木に休められた、一振りの小太刀だった。

 

「……もしや、風紋刀ですか?」

「はいっ。椛さんの刀、壊れちゃったんですよね? それならこの際、片手で使えるような刀を作り直してプレゼントしようと思いまして!」

「! ……確かに、前の刀があっても片手じゃあ多分扱えないのでありがたいんですけど……お金、払えないですよ?」

「お金なんて要らないですよう! ボクの特技を活かしただけの、友達としてのただプレゼントですっ」

 

 吹羽の笑顔に真摯な気持ちを読み取った椛は、彼女に頼んで抜刀してもらい、その刀身を撫でるように眺めた。

 刀身は以前よりも短い。故に相応に軽く、妖怪の膂力ならば楽に振り回せる重量であるが、以前の刀と似た柳葉刀で刀身が幅広かった。元々抜刀術に関しては考えて設計されていないのか反りは浅く、刻まれた特有の薄のような彫刻は相も変わらず流麗で美しい。

 

 吹羽曰く、これは彼女自身が用いる“太刀風”という風紋の派生にあたるらしく、刀身を撫ぜた風は刀身そのものとして斬撃範囲を拡張――“太刀風”には及ばないものの――でき、更に風による刀身の防護壁が分厚くなるようにできているとのこと。

 白銀に煌めくその刀身に、椛は目にして何度目かも分からない感嘆の溜め息を零した。

 

「ふふ、気に入ってもらえました?」

「はい。むしろ隻腕になった私なんかには勿体無いくらいで……ありがとうございます吹羽さん」

「勿体無いなんて。仕事の合間を縫って椛さんの為に打ったんですから、遠慮なく使ってあげて下さいっ」

 

 軽く素振り、その手に馴染む感覚に椛は、本当に自分のためだけに打たれたのだと感じて少し感動する。白木の柄なので多少振るい辛くはあったが、刀の重心や重さはバランスが良く片手で振るうのにも負担は少ない上、刃筋が全く乱れない。“業物”と呼ぶに相応しい一振りであろう。

 

 椛は改めて吹羽から納刀した風紋刀を受け取り、以前の刀の代わりとして佩いていた一振りと共に腰に差した。

 普段からあまり表情の動かない椛であるが、その端正な表情は僅かに緩んでいた。

 

「ところで、椛さんはもう動いても大丈夫なんですか? 少しでも痛いなら安静にしてたほうがいい――というか、していて欲しいんですけど……」

 

 椛の失った肩口を見つめながら心配そうに言葉を零す吹羽に、椛は努めて優しい口調で返す。

 

「大丈夫ですよ。萃香様の薬のおかげで殆どの傷はあの場で治っていましたしね。打撲痕は少し残っていますが、骨ももう元通りです」

「で、でもでも、打撲痕が残ってるってことはまだ痛いですよねっ!? 何ならボクがお仕事代わりますから、治るまで休んでください!」

 

 大丈夫だと言ったら余計に心配そうな表情で詰め寄って来る吹羽に、思わずくすりと笑いが漏れる。吹羽はそれに少し気を悪くしたのか、「ふざけてるんじゃないんですよ!?」とぷっくり頰を膨らませた。

 だが、椛とて天狗の端くれ。組織に属する社会人である。況して荒事が主な仕事になる哨戒天狗が打撲程度の痛みで音を上げてはいられないし、吹羽に代わりをさせて自分は休むなど論外――そも天狗の仕事を吹羽に熟せるとも思っていない――である。

 食い下がる吹羽を宥めながら、椛はしっかりと、しかしやんわり断った。

 

「それに、休んではいられないんです。吹羽さん達は気が付かなかったでしょうけど、今の妖怪の山は厳重警戒態勢ですよ」

「えっ!? ……何かあったんですか?」

「その“何か”が起こらないように、警戒態勢を敷いてるんです。どうやら最近、血の気の多い妖怪が調子に乗ってるようでして」

 

 妖怪も十人十色である。それぞれに考えがあって、それぞれに“自分”というものがある。それ故に、幻想郷という“ある一妖怪”の考えの中に押し込められた妖怪の中にも、理解を示す者とそうでない者が存在するのだ。

 幻想郷に於いて、乱暴に力を振るい暴れ回るような妖怪は大抵後者だ。

 力が弱いならば簡単に鎮圧されるだろうが、下手に強力な妖怪が暴れ出すと歯止めが効かなくなり、調子付いてしまう。そしてそれが妖怪の山に侵入したとなれば――。

 そうした“問題の因子”に天狗一派が敏感なのも当然の事なのだった。

 

「話ではそれなりに強い妖怪の一団らしくて、天魔様直々に御達しがあったんです。休暇だろうが療養中だろうが関係なく、厳重警戒に当たれと」

「ぶ、物騒ですね……無理はしないでくださいね椛さん」

「他人事じゃないですよ? 人里を襲う可能性もない訳じゃありませんから」

「……ふぇ?」

 

 幻想郷のルールに不満を持つ者が、幻想郷のルールを守る訳はない。つまり“人間の里を侵してはならない”という規則が破られる可能性もあるのだ。

 当然考えなしに破ればかの妖怪の賢者が出張ってきて直に制裁を与えることになるだろうから、人間の里が比較的(・・・)安全なのは変わらない事実である。しかし問題なのは里の安全性が揺らぐこと自体にあり、それは幻想郷に理解を持つ妖怪としては看過出来ないことなのだ。

 だからこそ天狗は総力を以て警戒に当たっている。それは当然、人里への監視態勢も含めてだ。

 

「幻想郷そのものに不満があって暴れているそうです。とは言え、人里が比較的安全であることには変わりありません。吹羽さんもあまり外出はしないように」

「うぅ……分かりました。弾幕ごっこで乱暴するというなら、多少身を守ることはできるんですけど……」

「敵にそんなことを望んでも仕方ないでしょう。そもそも人を自由に喰らいたいからこそ幻想郷のルールに不満を持っているんでしょうし。最悪巫女が襲われることもあるでしょうね」

「あ、そっちは心配してません。誰が霊夢さんを襲ったって返り討ちにあうだけでしょうし」

「そ、そうですか……」

 

 あっけらかんとした吹羽の言葉を受けて、なんとなく納得してしまう自分が不思議だった。――いや、この場合は負ける姿を想像さえもさせない圧倒的な強者である霊夢を畏れるべきか。

 幻想郷に不満を持ち、故にこの世界を壊そうと画策するのなら、最も手っ取り早いのは“博麗大結界”の管理を行う一翼、博麗の巫女を殺すことである。

 しかし最短が最良とは限らない。むしろこの場合は最短こそ最悪の道であると断言できる。それ程までに霊夢は強いし、仮に彼女を追い詰めたとしても妖怪の賢者が彼女の殺害を許さない。

 よくよく考えてみれば確かに、例え頭の回らない妖怪でも巫女を襲うことがどれだけ愚策か瞬時に理解できるだろう。

 知能の低い者ほど、本能に従って無意識的に命の危険は避けるはずだから。

 

 と、そうして吹羽たちと雑談しながら、しかしクソ真面目な椛は周囲の警戒は怠っていない。彼女の“千里を見通す目”は確かに、何者の侵入も確認してはいなかった。

 そんな折、その視界の端に一つの影が映る。次の瞬間には自分たちの上空にまで距離を詰めていたそれを、椛は少し眉を顰めて(・・・・・)見上げた。

 

 

 

「……あんまり睨まないで欲しいんだけど」

 

 

 

 そうばつが悪そうに呟きながら降りてきたのは、黒髪赤目の天狗の少女――射命丸 文。

 

「……何の用ですか」

「ただの連絡。休憩に入っていいそうよ」

「……そうですか。ありがとうございます」

 

 自分でも、思っていたよりずっと暗く冷たい声が出る。明らかな警戒心を言葉から表す椛に、文は少しだけ俯いて言葉を返した。

 始終げっそりとした表情で死ぬか生きるかを真剣に悩んでいた早苗でさえも、いつのまにか表情を引き締めて吹羽を己の背後へと導いている。

 あの件は、ほんの数日前の事だ。関わった者たちにとっては未だ記憶に新しく、故に椛には文に対してどうしても警戒心が生まれてしまう。

 朗らかな空気から一転、三人を包んでいた空気は文の登場をきっかけにして、何処か鋭く張り詰めたような雰囲気が揺蕩っていた。

 

「(……やはり、信用し切れない……ですよね)」

 

 ――別に、怒っている訳ではなかった。全ては既に過ぎ去った事。文も反省の色を示し、吹羽もそれを尊重している。ここで椛が怒ったとて無為なことである。

 ただ椛の、吹羽の友達としての心が、未だに文を許せていなかった。

 こういうものは理屈ではない。文の事情も心境も聞き及び、理解はしていても心はついてこない。だって、文が吹羽を死ぬ寸前まで傷付けたのは事実なのだ。それすら何事もなかったかのように忘れられるなら、椛は吹羽の友人を名乗れはしない。きっとそれは、早苗も同じことだろう。

 

 しかしその敵対心は、思いも寄らず――否、解かれるべくして、解かれることになる。

 

「……文さん」

「あッ、吹羽ちゃん!?」

 

 早苗の背後からするりと抜け出した吹羽が、居心地悪そうに佇む文に歩み寄る。

 そして彼女へと向けられた笑顔は、それはもう花が咲いたような――小動物のじゃれ合いを垣間見るような心地にさせた。

 

「こんにちはっ!」

「……ええ、こんにちは。吹羽」

 

 仲のいい友人同士がするような、極々普通の昼の挨拶。

 躊躇い気味に返し、ぎこちなく笑う文の姿は、まるでちょっとした喧嘩をして気後れしているだけのような柔らかい雰囲気を醸していた。

 毒気を抜かれるというか、少々呆気に取られた椛は、二人の姿に「馬鹿馬鹿しいか」と、心に生えた棘のような気持ちを吐き出すように溜め息を吐く。

 そう、今更椛が怒っても詮無きこと。

 文が吹羽を傷つけたのは変わらない事実だ。そして文が己を省みて、吹羽がそれを助けようと決めた事もまた事実。ならば外野から怒りを撒き散らすのは野暮な事だし、ただ迷惑だ。

 ふと早苗を見遣れば、予想外の二人の姿に何処かおろおろとしていたが――椛は、放っておくことにした。これくらいの事、彼女ならすぐに気が付くだろうし。決して落ち着かせるのが面倒だった訳ではない。

 

 椛は早苗から視線を外し、何やら世間話でもしている様子の二人についと寄って、

 

「文さんも休憩ですか?」

「え? ……ええ」

「ではせっかくなので、お茶でもしませんか。仕事場で休憩するのは気が休まりませんから」

「賛成です椛さんっ! そうしましょ文さん!」

「う、ん……吹羽がそういうなら……分かった」

「では、近いので私の住処へ向かいましょうか」

 

 文も随分と丸くなったものだと思いながら、椛は己住居へと一足分早く前に出る。吹羽も文も、次いで早苗も、和やかではないながらに四人で作る輪を認めつつ、椛に続いた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――何が問題なのかといえば、それはどうしようもないくらい利己的な理由で。

 

 いつだって自分の心が望むままに振舞って来たし、その為に養われたのが無駄によく回るこの軽い口。

 屁理屈言うな、とは何度言われたか数える気も起きないというか、積み重ねれば月にまで届いてしまうんじゃないかとすら思えるほど言われに言われて来て、しかしそれを、改める気にはならなかった。

 何故かって? 黙っているよりは楽しいからだ。

 

 正論を積み重ねたって、成り立つ会話は限られる。お巫山戯に対しては突っ込むのが世の常ならば、常に巫山戯ていれば会話は成り立つ筈だろう。沈黙の中でお互いを感じるという落ち着いた感覚の存在を認めはするが、少なくともそれを理解できるほど控えめな性格はしていない。静かなのよりも賑やかな方が好みだったのだ。

 

 故にその表情は、世界の存亡に関わったかのように真ッ事深刻に顰蹙し――魔理沙は一言で、全てを語る。

 

 

 

 ――最近出番が少ねェ、と。

 

 

 

「あっそ。頑張って」

「あーお前他人事だと思ってなげやりになってやがるなッ!?」

「他人事でしょ、どう考えても」

 

 片手をバンと卓袱台に叩き付け、力強く指を指す。それを霊夢は柳に風な澄まし顔でのらりくらりと受け流す。ああ、今日のお茶も味が薄いな、と全く関係ない事さえ考える余裕があった。

 

「大体何でそんなこと気にしてるワケ? 冬眠中の熊の如く一人森に篭って魔法の研究でもしてればいいじゃない。魔法使いってそういうもんでしょ」

「ああそうだなッ! 研究してた結果がコレなんだけどなッ!?」

「なら良かったじゃないの。研究してたお陰で事件に巻き込まれずに済んだんだから」

「だぁああ〜ッ!! お前は正論しか言えねェのか!」

「なにが悪いっての?」

「もうちょっとこう……あるだろ!? なんか気の利いたことの一つや二つ! そういうことは言えねーのかって言ってンだよこのポンコツ巫女がァッ!」

「あぁんッ!? だれがポンコツですってこの泥棒魔法使いッ!」

 

 てんやわんやと始まった幼稚な取っ組み合いは、しばらくの間静閑な神社を賑やかしてから治まる事になる。

 二人にとってはこれが日常茶飯事であり、所謂“喧嘩するほどなんとやら”という奴なのだ。

 

 だが、ひっくり返した卓袱台を元に戻し己も元の位置に戻った魔理沙は、それでも何処か不満げな表情で唇を尖らせていた。

 少しだけ埃を被った愛用の黒帽子をバンバンと乱暴に叩きながら、

 

「ったく、幻想郷で起きた事件・異変は解決者の仕事だってのに、これじゃわたしがサボってるみたいじゃないか」

「サボるも何も、そもそもあんたは“自称”でしょ。結果が伴ってるから認知もされてるだけで。別にあんたが出張ろうが大人しくしてようがあたしが解決することには変わりないし」

「……分かり切ったこと言うなよ。そんなモン建前だって分かってるだろ? わたしが何より気に食わないのは、わたしの知らないところで何か出来事があって、それを知らないまま全部終わっちまうことだよ。面白くないだろ? 自分抜きで盛り上がってたことを終わった後に知ったらさ」

「……快楽主義者なのね」

「心に素直なだけだよ」

 

 何処か素っ気ない魔理沙の言葉を最後に、二人の間には何処か棘のあるような沈黙が訪れた。

 

 外では小鳥が鳴いている。ぴよぴよと唄う名前も種類も分からない小さな鳥が、地面から一匹の蚯蚓を啄ばみ上げて、何事も無かったかのように大空へと羽ばたいていった。

 後に残ったのは、僅かに掘り返された地面の跡。平和を象徴する青空は変わらず直上に居座っている。

 ぼんやりとそれを眺めていた二人の間に、不意にひゅるりと秋らしく冷やい風が通り抜けた。

 少しだけ身震いするも、魔理沙はその風の音の中に僅かな溜め息が混じっていた事を耳聡く聞き取っていた。

 

 頬杖を突き、変わらず外をぼんやりと眺めながら、魔理沙はぽつりと呟く。

 

「……分かってるよ、楽しいことばかりじゃなかったのは」

「え?」

「山の神社の異変に加えてさ、何か良くない事件が起きたんだろ。珍しくお前がマジギレしたって話を聞いたぞ」

「……そう」

 

 魔法の研究が一段落し、久方振りに外へ出て、魔理沙が何故事件が起きた事を認知しているのか(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)と問うならば、それは至極単純な理由――妖怪の山が大きく抉られた光景を目にしたからだ。

 今まで幾度となく妖怪と相対してきた魔理沙だからこそ分かる。あの噴火跡のように抉れた山肌は、並大抵のことでは到底創り得ない光景だと。そして故にこそ、その並大抵でない光景を生み出すに至った事件が起こったと推測した。

 

 後は流れる川の水の如くだ。山へと向かった魔理沙はそこでぶーたれながらもこもこと山肌を元に戻す諏訪子に出会い、痕跡が妖怪によるものと知った。ここまでのことが出来る者は限られる、アタリを付けるのは酷く簡単だった。

 そして道行く天狗に訊けば、詳しいことはなにも訊けなかったものの、博麗の巫女が怒ったと断片的な情報から見えてきた。

 

 普段から何処かスカした雰囲気を持つ霊夢が本気でキレた。ならばそれ相応に、少なくとも霊夢にとって良くないことが起きたのだ。

 そしてそれは恐らく――。

 

「どうせ吹羽のことだろ。あいつの話をすると割りかしお前は感情的になる嫌いがあるからな」

「……そうかしら」

「そうだぜ。何年お前の親友やってると思ってんだ」

「……そう、かもね」

 

 こうして言葉にしてやっても釈然としなそうな表情を浮かべる霊夢を横目で見て、魔理沙はふんと鼻を鳴らした。

 全く、他人(ひと)は己以上に己を見ているとはよく聞く言葉だが、こうして実感するとなんとも呆れた気持ちになる。霊夢はやればなんでも出来てしまう果てしなく完璧に近い人間だが、だからこそ本当は自分がどんな人間なのかも分かっていないのかもしれない。

 まぁ、それを頭の何処かで知っていたからこそ、彼女の親友たる魔理沙はちょっとした尻拭い(・・・・・・・・・)をしてやった訳だが。

 

「里にもちょっくら訊きに行ったが、連中の慌てぶりったら凄かったぜ? “龍神様がお怒りだ”、“この世の終わりだ”ってよ。感謝して欲しいモンだ、お前が説明しないからわたしの魔法の失敗でああなったことにしておいてやったんだからな」

「ああそういえば……完全に忘れてたわ、里に説明しに行くの」

 

 ほれ見ろ。ちょっと感情的になっただけでコレだ。

 

「やれやれ。ポンコツ巫女ってのもあながち間違いじゃなかったのかもな?」

「あら、喧嘩売ってる?」

「生憎さっきので品切れだ」

 

 今更この程度のことで争う気もない魔理沙は、その旨を表すように片手をぷらぷらと揺らして霊夢に向ける。

 すると彼女も一瞬で興味が失せたのか、頬杖をついて面倒臭そうに息を吐いた。

 

 再び訪れる沈黙。幾秒か続いたそれは、魔理沙のふとした疑問によって打ち破られる。

 ――否、ふとした(・・・・)というよりは、前から思っていたことを、尋ねる糸口を見つけて思い出した(・・・・・)、というべきものだった。

 魔理沙はもののついでのように、外を眺めながら言葉を紡ぐ。

 

「なぁ霊夢」

「ん〜?」

「お前にとって、吹羽ってなんなんだ?」

「……はぁ?」

 

 予想だにしなかったのか、霊夢は眠気が覚めたように目を見開いて掌から顔を上げた。

 

「何って、そんなの――」

「友達だ、なんて答えを聞きたいわけじゃないぜ? そんなの分かってるしな。今更そんなこと聞くだけ無駄だ」

「…………じゃあ何よ」

「なんでそんなに入れ込むんだ、ってことさ」

 

 僅かに、微かに、霊夢の息を呑む音が聞こえた。

 

「薄情とは言わないが、お前は結構淡白な奴だよ。それはわたしが保証する。でもだからこそわたしには不思議だったんだ。淡白なお前が、なんで吹羽が関わるときにはこんなに情味なんだろうってな」

 

 霊夢が、吹羽と対する時にだけ見せる表情。それは親が子を見守るような暖かい笑顔だったり、儚い花弁に触れようとする気遣うような視線だったり、はたまたちょっぴり嗜虐的ないやらしい瞳だったり。

 魔理沙にはそれが不思議だった。 霊夢は決して薄情な人間ではない。しかし他人にはあまり感情を見せはしない。つまり吹羽を他人とは思っていない(・・・・・・・・・・・・・)という事だ。

 

 いつか吹羽と対峙した時に浮かんだ疑問が脳裏を掠める。

 自分は長年かけて霊夢の親友を――身内を名乗れるまでになった。ならば魔理沙よりも短い時間で身内同然とまでなった吹羽は一体なんだ? 霊夢は何を感じて吹羽のことをそう思うようになった?

 そしてそういう時に時折見せる――霊夢の思いつめた表情の、その真意は?

 

 ふつふつと大きくなる疑問が徐々に焦燥へと変わっていき、魔理沙は頬杖を突いたまま何処か攻め立てるように鋭い視線を霊夢に向ける。すると彼女は、少しばつが悪そうに視線を逸らした。

 

 似たような話は前にした。しかしその時は友達だとしか答えなかった。わたしのように捻くれてないから、なんてオマケも付けて。

 だがそれだけでないのは分かっている。だって魔理沙は霊夢の親友だ。恐らくはこの世界で一番霊夢のことを分かっている、唯一の人間なのだから。

 

 しばらくそうした視線のみの戦争が続いて、霊夢はやっと降参したのか一つ溜め息を吐くと、徐に口を開いて、

 

 

 

「…………絶対に護るって、決めた人よ」

 

 

 

 そう、言った。

 

 その言葉に――いや、その言葉を放った霊夢の雰囲気全てに、魔理沙は不覚にも愕然とした。

 薄っすらと紅く頰を染めて、恥ずかしがるように潤んだ瞳を端に逸らすその仕草が、魔理沙の中の霊夢像から余りにも逸脱し過ぎていて。

 まるで嫁入りした女が更に色気を増して周囲を魅了するかのように、霊夢のそれは――恋い焦がれる乙女の愛らしさが匂い立つようだった。

 

「お、おまっ……まさか――」

「………………」

 

 中てられた魔理沙は堪らず後退りし、悩ましく溜め息を吐く霊夢を嘆く。

 

「まさか吹羽に惚れて(・・・・・・)んじゃねェだろーなッ!? 女だぞッ!? しかも子供だぞッ!?!?」

「あんた突然何言い出してんのッ!?」

 

 頬杖からずるりと頭を落とし、薄かった頰に更に朱を指して霊夢は叫んだ。

 

「だってお前その顔……ッ! 恋にゃ初心そうなお前がソレってもうそういう事(・・・・・)だろッ!?」

「ちっがうわよッ! ど、堂々言うのが小っ恥ずかしかっただけじゃない! なんであたしが同性愛者みたい言われなきゃならないのよッ!」

「知るかそんなこと! お前がそういう顔してるのがいけないんだろ!?」

「あ、あんたねぇ……ッ!」

 

 プルプルと肩を怒らす霊夢に、しかし魔理沙は今更気後れなどしなかった。

 そも幾度となく喧嘩を繰り返してきた二人である、話題が真実だろうと虚偽だろうと、魔理沙のスタンスは変わったりしない。

 魔理沙は苦笑いを隠そうともせず霊夢に寄ると、ぽんと肩に手を乗せて、

 

「いや……いやいや霊夢、わたしはお前の親友だ。長い付き合いだ。今更そんなこと知ったくらいでわたし達の絆は切れたりしないぜっ」

「……もう既にあたしから切りたい気分なんだけど」

「そもそもだぞ? 世の中にはいろんな人がいて、一人一人に個性があるってのは“烏は黒い”並みの常識だが、当然その中にもお前と似たような趣味の奴はごまんといる訳だ。オマケに吹羽のあの作りモンみたいな容姿、恋したって何ら不思議じゃあない。……大丈夫、わたしはお前を理解してやれるぜっ!」

「なるほど、あんた煽ってるの。ないモノ(喧嘩)売ってあたしからせびろうとしてる訳ね? 上等じゃない覚悟しなさいよ」

 

 怒りの臨界を超えて暗い笑顔を浮かべ始めた霊夢。背後にドス黒いオーラ纏った般若面が見えたのはきっと気の間違いではなかろう。

 流石の魔理沙も一瞬ひやりとするも、霊夢はすぐに諦めたのか大きな溜め息を吐いて怒気を薄めた。

 言っても無駄だと悟ったのか、はたまた怒りが過ぎて馬鹿らしくなったのか、途端に元の興味の失せた澄まし顔に戻った霊夢は「もういいわ」と無理矢理に括ると、続けて「そんな事より」と前置いた。

 

「さっさと本題に入りなさいよ。まさかあんな下らない相談をしにきた訳じゃないでしょ」

 

 もしそうなら今すぐ叩き出すけど。

 そう不穏な表情で付け加えるも、魔理沙は臆せず()、と笑ってみせた。

 

「さすが話が早い。となればお前も、そろそろ気になり始めた(・・・・・・・)ってことだな?」

「……そうね。まさにその通り」

 

 魔理沙は、霊夢の点頭に続くようにして言葉を繋ぐ。

 

「最近騒がしい奴らが、いよいよ“近所迷惑”のレベルにまで来たって訳だ」

「そんな規模の小さい例え方しないでよ。幻想郷にとっては膿そのものなの、規律に反する妖怪ってのはね」

「その割に今まで放っておいたじゃないか」

「他の妖怪に潰されると思ったのよ。存外強かったようだけどね。面倒臭いったらありゃしない」

 

 唇を尖らせてうんざりしたように霊夢は吐き捨てる。魔理沙はその言葉に尤もだと頷いた。実際魔理沙も他の妖怪に潰されるとは思っていたし、そうでなくても霊夢が早々に片付けると思っていたのだ。

 しかし――。

 

「人妖共存に不満爆発、かぁ……力があるからこそ自由に人を喰らいたい――妖怪らしくありたい、ってか」

 

 この頃はある妖怪達が暴れている。曰く規律に反する者――幻想郷の在り方に不満を持つ者達。今までもその手の類は間々現れ、その度に鎮められてきた訳だが、今回は存外粘り強かったらしい。

 幻想郷への不平不満を謳い文句に、賛同しない者達を叩きのめして回っているようなのだ。中には死亡した者も存在する――というより、遂に死亡者が出てきたからこそ霊夢もその重い腰をあげようとしている。

 

 全く、そういう不満は“妖怪の賢者”に直接言えばいいものを。

 魔理沙は溜め息混じりにそう零し、頭痛を堪えるように額に指先を当てた。

 堪えられない不満なら、周囲に当たり散らす事さず基を叩けばいい。喚くだけでは改善しないし何より迷惑だ。

 

「で、どうするんだ?」

「ま、退治することになるでしょうね。妖怪の賢者――紫も何も言ってこないし、あたしに全部任せたってことでしょ」

「ふぅん…………一人でやれんのか?」

「誰に物を訊いてるの」

 

 ――と心底から心外そうに眉を顰めるも、霊夢はすぐに「とは言え……」と小さく息を吐く。

 

「暴れてるの、三人組らしいのよね……。面倒臭いのは間違いないわ」

「まあ、一人だけで暴れてるならこんな大事にはならないだろうしな。猫の手も借りたいってか?」

「そーねぇ………………ん? 何その顔」

「へへへ」

 

 と不意に訝しげな表情をした霊夢に、魔理沙は如何にも“待ってました!”とばかりに不敵な笑みを浮かべていた。

 

 猫の手も借りたい。その言葉に対する首肯をしかと見た。ならばいいだろう――ちゃんと人の手を借りようではないか! と。

 魔理沙達には存在する。妖怪を相手にできる友人が。頼めば断れないお人好しが。何より先日、魔理沙がその本気の本気を見損ねた人間が!(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「手が足りないんだろ? なら借りればいいじゃん。丁度適役がいるだろうが」

「あんたまさか……吹羽を連れてく気?」

 

 霊夢の問いに、御名答とばかりに目を細める魔理沙。

 

「友達だろーが。困ってんなら助けてもらって何が悪い」

「……いや、だからね? あたしはなるべくなら吹羽を危険な目に合わせたくない訳で――」

「いやいやお前、いつから嘘吐きになったんだよ」

「……嘘吐き?」

 

 この期に及んで(・・・・・・・)、あまりに情けない事を言う霊夢に魔理沙は吐き捨てるように言った。

 

 魔理沙は覚えているのだ。かつて霊夢が魔理沙に言った言葉――否、“信頼の意”を。

 他人には興味がなく、故にこそ人を認める事をしない霊夢が放つとは甚だ思えない言葉。それは数多の妖怪を圧倒する、魔理沙をして最強とさえ考える霊夢が口にした――強い、という一言。

 

「吹羽は強い。お前はそう言ったし、実際に戦ってわたしもそう思った。その信頼は、まさか嘘だってのか?」

「そ、それは――」

「なぁ霊夢、この際だから言うぞ? 吹羽がなんとなく守りたくなるような可愛い奴なのはよく分かるが……ちょっとお前、お節介過ぎやしないか?」

「っ!」

 

 何処か責めるように視線を向けると、霊夢は思いの外胸を刺されたように目を見開いて動揺した。

 魔理沙自身そこまでの反応を予想してはいなかった故、その反応の過敏さには少しだけ首を傾げるが、すぐにまあいいと切り捨てる。

 その事自体はどうでもいいのだ。今この話は、吹羽を連れて行くという魔理沙の提案に霊夢が乗るか反るか――ただそれだけの単純な問答なのだから。

 

「………………っ、」

 

 霊夢は悩んでいるようだった。或いは気にしていた事を指摘されて凄まじく動揺しているようにも見えた。

 だが、苦悩というものは長引かせるほど答えを出すのが難しくなるものである。魔理沙は有耶無耶になってしまわぬよう急かすように視線を鋭くすると、霊夢はこくりと喉を鳴らして、躊躇い気味に口を開く。

 

「…………やっぱり、だめ」

 

 そして、ぎりりと軋む音がして。

 

「吹羽が望んでもない事を強いたり出来ない。あの子は優しいから……妖怪の退治なんて、まだ出来ないわよ」

「あー? お前、話聴いてたか? わたしが認めたような奴がそんじょそこらの妖怪に負けるもんかよ」

「例えそうでも、だめ。もう戦わせられない。あの子にはちゃんと……里で大人しくしててもらわないと。紫のあの件(・・・)もあるし……」

「あの件?」

「っ、なんでもないわ」

 

 やはりお節介が過ぎる――そう改めて思い、しかし魔理沙は否と考え直した。

 これは最早世話や保護ではなく、支配欲(・・・)の領域。霊夢が語るその言葉の端々には、吹羽の行動を抑制し、制御し、思い通りに動かそうとする思惑が見え隠れしていた。しかも、質の悪いことに恐らくは――霊夢の善意による、純粋な思慮。

 魔理沙は堪らず眉を顰めて、疑問を口にする。

 

「……お前、一体何を隠してる?(・・・・・・・・・)

 

 その言葉をきっかけに、霊夢はすくと立ち上がって背を向けた。

 そしてその様子に魔理沙が声をかけるより早く、

 

「とにかく、吹羽は連れていけない。どうしてもそうしたいってんなら、あんたは大人しくしてて」

「……手が足りないって自分で言ってただろうが」

「多人数相手が面倒なだけ。出来ないなんて言ってない。吹羽の手を借りるくらいなら……一人で全部やるわ」

「あッ、おい!」

 

 霊夢は放り投げるようにそう言うと、素早く靴を履いて縁側から空へと舞い上がった。

 何処かいつもと違う彼女の様子に益々首を捻る魔理沙。しかし今考えても答えは出ないと切り捨てると、彼女も立ち上がって外へと出た。

 

 ああそうとも。霊夢の言動は不可解だが、今はそんな事より考えることがある。

 そもそも――、

 

「あいつ、わたしが“大人しくしろ”って言われて大人しくしてる奴じゃないって忘れてねーか?」

 

 魔理沙が吹羽を連れて行きたい根本的理由は“戦力になるから”ではなく――彼女の本気の本気を見てみたいからであるからして。

 魔理沙はどうやって吹羽を連れ出そうか考えながら、愛用の箒に豪快に飛び乗った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――過保護。

 ――お節介。

 

 言葉がぐるぐる頭を回る。思考を侵す。

 二度も突き付けられた畳針のような言葉に、思いの外動揺する自分がいた。

 

 否――そんなはず、ない。これは吹羽の為なのだから。あの子が幸せに暮らす為なのだから。心も体も――もう傷付く必要なんて、ないのだから。

 

「大丈夫……あたしは、間違ってない。間違ってるはず……ない」

 

 熱い額を撫でる風も、何故か心地良くは思えず――ただひたすらに、茜色の空を駆った。

 

 

 




 今話のことわざ
(おも)馬荷(うまに)上荷打(うわにう)つ」
 大きな負担に、さらに負担を重ねることのたとえ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。