風と神話の幻想譚   作:ぎんがぁ!

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第十三話 双面

 

 

 

 “メディア”と言われれば、その意味は現代に生きる人間ならば誰もが知るところだと思われるが、一応ここでも解説しておこうと思う。

 

 この言葉を文明の利器(ケータイやPC)などで調べてみると、こんな解説が出てくる。

 曰く、メディアとは情報の記録や伝達、保管などに用いられる物や装置のことであり、“媒体”と呼ばれることもある――と。

 最もポピュラーなメディアの例としては、真っ先にテレビが挙げられるだろう。今の時代、幻想郷には普及していなくとも外の世界では一家に一台あって当然の代物。

 一人暮らしなら19インチ辺りが妥当だろうが、一軒家なら当然家族単位での使用になるので恐らくは32〜45インチ程度の大きさ、何処かの豪邸ならば100インチなんてあり得ない大きさのテレビだってあるかも知れない。――まぁそれは余談としても、だ。

 他には携帯電話、USBメモリ、ラジオ、書籍、雑誌、etc……。CDなども音楽を保存しているのでメディアに含まれる。

 世の中には実に多様なメディアが存在し、情報を拡散・保存している。これが何故こんなにも普及しているのかといえば、それは――いつの時代だって、“情報”というものが人々にとって大切なものだからだ。

 

 情報があれば、人は自らの行動に自信を持てたりする。

 情報があれば、警察はそれを元に悪人を捜査・逮捕することが出来る。

 情報があれば、あらゆる物事に於いて不利な状況を覆すことが出来る。

 情報があれば、災害時に最善且つ安全の方法を取れたりする。

 

 情報が人に与える影響というのは、人が実感している以上にとても大きく、そういう意味では、情報も火や電気といった“生活必需品”の一つでもあるのだ。

 

 情報を得ることは、物事を有利に進める上でとても重要な事だ。

 そしてその情報が正しいのかどうかを確かめる――もしくは確信を得るには、己の目で確認する他にない。

 

 ――さて、ここまで情報の大切さというものを説いてきた訳であるが、一つ断っておきたいのが、今までの話は全て外の世界(・・・・)の話(・・)だという事だ。

 幻想郷の外の世界。科学技術が発展した為に妖怪や神などの“幻想”を忘却した世界。そちらでは当然、先に話したようなメディアが蔓延している訳だ。

 ところで、幻想郷では?

 

 幻想郷とて人は住んでいる。情報を“知的生命体が活用するものだ”と定義付けるならば、妖怪にだって情報を必要とする者は存在する。

 しかし、幻想郷には電気など殆ど通っていない。大抵の家は火を起こして灯りを取る。そんな場所では携帯電話もラジオもただのガラクタ同然である。

 そんな幻想郷で、最もポピュラーな

情報伝達機器(メディア)と言えば。

 それは言わずもがな――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「えーっと……これくらいあれば十分……ですかね?」

「う、うーん……わたしに訊かれても困るんだがな……」

 

 ――人里を離れて森の奥。

 大きく露天掘りを施された赤い地面のその場所には、石の積まれた山を見て頭を悩ます二人の少女がいた。

 山の大きさを見て首を捻る少女――吹羽に、困ったように頰をぽりぽりと掻いて答えるのは、“普通の魔法使い”こと霧雨 魔理沙だ。

 

「だ、だって、ボクもどれくらい天狗さん達が来るのか分からないんですもん……」

「まーそうだろうがなぁ……」

 

 魔理沙は石を一つひょいと拾い、片眉を上ながらジロジロと見つめると、

 

「この石ころ(・・・)でどれくらいの量を打てるのかがわたしには分からんからな。足りるかどうかなんて見当もつかないぜ」

「い、石ころじゃないですよ! これは立派な鉄鉱石です! ボク達鍛冶屋の生命線ですよ!?」

「いや、そこ重要なとこなのか? ってか、別にお前が製鉄してる訳じゃないだろ。どっちかっつーと製鉄所の生命線だよな」

「うぐ……言われてみれば確かに……」

 

 何をしているのか、と言われれば、“作刀の材料を大量に採りに来た”と答えることになる。

 今日二人は刀の原料になる鋼の原料である鉄、そのまた原料となる“鉄鉱石”を、吹羽の家が代々所持している採掘場に取りに来たのだ。

 魔理沙が聞いたところによると、吹羽はどうやら天狗共と友好を持っていたようで、これから客が増えるかもしれないからたくさん材料を取りに行く、との事だった。魔理沙はそれの付き添いである。

 つまり、荷物持ち。

 異変解決者を荷物持ちにするとか、吹羽は中々いい度胸をしている。

 というか、出会って初めの頃のそわそわした感じはどこに行ったのだろう? 慣れたのだとしたら、やはり子供特有の順応性とは流石である。彼女の前で言ったらきっと必死になって否定するのだろうが。

 

「うーん、取り敢えず掘った分は持って行きましょうか。勿体無いですし」

「……前から思ってたが、里にはちょい高価だが鉄も売ってるよな? 詳しくは知らんがそれを買えばいいじゃんか。なんでわざわざ自分で“刀の原料の原料の原料”なんて採りに来てるんだよ?」

「分かってないですねー魔理沙さん。ボクの作る刃物はこれでも高級品ですよ? 一芸を極めた達人(・・)は素材選びも自分でやるのですっ!」

「お、おう……」

 

 ドヤ顔でその小さな胸を張る吹羽に、魔理沙は「自分で達人言うか……」と苦く笑った。

 吹羽が達人の域に達しているのかどうかは別として、どの道魔理沙にはそこら辺(・・・・)の価値観が全く分からないので、正直にいうと返答に困るのだ。

 でもまぁ、自慢気にドヤる吹羽がなんとなく可愛かったので、魔理沙は許してやることにした。

 

「まぁ、単純にボクが集めた方が良い鉄が作れるってだけなんですけどね」

「おい、達人はどうした」

「達人ですともっ! 達人は目利きなものですよ! ボクも眼が良いですしね!」

 

 それ、“眼が良いからこそ自分は達人なんだ”って言ってるように聞こえるんだが。

 言ったら揚げ足を取られて怒り出しそうなので、敢えて黙っておくことにする。世の中、人の本音ほど相手を傷付けやすいものはないのだ。

 

「は〜……まぁここで悩んでてもしょうがねーし、一先ず全部持ってくか」

「そうですね。ボクも出来るだけ持つので、魔理沙さんは残りをお願いします」

「ああ分かった――ってうおい! お前そんなに(・・・・)持てるのかっ!?」

「え? あ、はい。ボク、こう見えても力持ちなんですよ? ほら」

 

 ――と、身長ほどもあった山の三分の一程を入れた袋をひょいと持ち上げる吹羽。

 流石は鍛冶屋の娘というか、物心ついた時から重い金槌を振るってきただけはある。明らかに幼気な彼女が持ち上げられる重さではない――流石に成人男性なら余裕だとは思う――だろうに。

 魔理沙は呆れたように頬を引攣らせながら、しかし自分は楽をしようと、簡素な浮遊魔法で残りの三分の二を持ち上げて歩き始めた。

 ああ、魔法はやっぱり便利だなぁと、ちょっとばかり吹羽に見せびらかすようにして、スタスタと追い抜いていく。

 

「あー! 魔理沙さん、魔法で運ぶのはズルくありませんかっ!?」

「ズルくなーいズルくなーい。わたしはわたしできることを理解して最大限活用してるだけだぜ」

「ちょっとカッコいいけど屁理屈ですよねっ!? ボクのも運んで下さいよー!」

 

 ――と、歩き始めて少し経った頃だった。

 魔法で楽をする魔理沙は当然吹羽より進む速度が早く、依然として少し前を歩いていた。

 重い荷物を運んで必死に付いてくる吹羽の様子を見てちょっぴり優越感に浸る魔理沙であったが、“ざり”と突然聞こえた着地音に足を止める。

 視線を戻して前を見ると、そこには――。

 

「……うげぇ、なんでお前がここにいるんだよ」

「失礼な! 私の何処に“うげぇ”要素があるんですか! “清く正しく”がモットーの私ですよ!?」

 

 ――黒いスカートに白のシャツ、赤みを帯びた瞳と頭に乗せた小さな兜巾。何より特徴的なのは、背中から生えた黒い翼と片手に構えた“かめら”とかいう機械である。

 魔理沙の第一声に必死に対抗するのは、烏天狗が一翼――射命丸 文(しゃめいまる あや)であった。

 

 出来る限りの弁明を言い放つ文に、しかし魔理沙は嫌そうな顔を直そうとしない。どころか、文のその様子を見て更に不快感を露わにしていた。

 

「なぁにが“清く正しく”だ悪徳パパラッチめ。お前が内心黒いこと考えてんの、わたしは知ってるんだぜ」

「やだなぁ魔理沙さん。私は客観的事実を求めてるだけで、その為にありとあらゆる()を尽くしているだけですって。まぁ私的な感情に基付いた発言も多少ちょっぴり素粒子レベルには入ってるかもしれませんが、それはそれは些細なことです」

「……そういう所だよ。裏側に本性隠してる奴は大体信用ならないんだぜ」

「肝に命じておきます♪」

 

 公言するが、魔理沙には文のことが苦手というか――生理的に受け付けない所がある。何故かと言えば、それは“反りの合わなさ”故と言うべきだろうか。

 魔理沙は多少捻くれているが、それを超えて意思が真っ直ぐしている。“裏表がない”という意味では霊夢と似たところがあるのだ。

 対して文は、猫を被って表面上は良い人を演じているが、内心では相手を見下していたり、騙して何かを得ようと心算を編んでいたりする。だから平気な顔をして嘘を吐くし、それを気にする様子もない。

 

 要するに正反対なのだ。

 いくら人の良い魔理沙でも、本能的に受け付けない者はいる。

 当然異変関連で何度も顔を合わせているが、その度に魔理沙は嫌な顔をしているのだ。

 一体何が“清く正しく”か。その実本人が一番汚れているのだと、魔理沙は口には出さずとも確信している。

 

 ――と、会うなり険悪な雰囲気を醸す魔理沙の後ろから。

 

「あのぅ……どちら様ですか、魔理沙さん?」

 

 純真無垢(・・・・)を絵に描いたような彼女が、ひょこと顔を出した。

 

「あ、おま……っ!」

「おやぁ〜? そちらの可愛らしい女の子はどちら様で? 妹さんですか?」

「ンな訳あるか――ってそうじゃねぇ! 出てくんな吹羽――」

「初めまして〜。私、“文々。新聞(ぶんぶんまるしんぶん)”を発行しております、射命丸 文という者です! モットーは“清く正しく”、お肌ピチピチ永遠の美少女烏天狗です! よろしくお願いしますね♪」

「えっ? あ、はい! 風成 吹羽です! よろしくお願いします!」

 

 魔理沙が制止するその前に、自称幻想郷最速を誇る文は瞬時に吹羽の眼前へ躍り出ると、過剰美化甚だしい自己紹介をかます。吹羽も勢いに押されて自己紹介していた。

 ――ってだから、そうじゃないって!

 

 魔理沙としては、吹羽と文を出来るだけ接触させたくないのだ。

 だって吹羽だぞ? 穢れを知らぬ無垢純白の子供だぞ? そんな奴を嘘と猫被りで汚れた文に接触させて、変な影響を受けたらどうする。

 悪い大人にさせないためにも、吹羽は文から守ってやらねばなるまい。

 

 ――はて、自分はこんなに保護欲が強い人間だっただろうか?

 一瞬疑問に思ったものの、魔理沙は「まぁいいや」とばっさり切り捨て、取り敢えず至近距離で会話する吹羽と文の間に身体を割り込ませた。

 

「む、何ですか魔理沙さん。親睦を深めてるんですから邪魔しないで下さいよ」

「うっせ。こいつの事はいいから要件を言えよ。悪いが新聞(・・)のネタになるようなことは何も知らないぜ」

「……あらぁ? それは魔理沙さん、自意(・・)識過剰(・・・)が過ぎるんじゃありませんかぁ?」

「……あ?」

 

 ニタァ、と擬音が付きそうな嫌らしい笑み。魔理沙は当然、不機嫌そうに声を漏らす。

 文に限らず、烏天狗は新聞を書いている者が多い。まぁどれもこれも欠陥が多いし、度々天狗間で開かれる“新聞評価大会”なるものも、上司の作品は高く評価しなければならないという暗黙の了解がある為、大会とは名ばかりの胡麻擂り合戦に成り下がっている訳だが。

 

 その中でも“文々。新聞”を発行する文には新聞発行に精力的な部分があり、日々ネタを追い求めて幻想郷中を飛び回っている。当然異変関連の記事も度々一面を飾る為、それに関わった霊夢や魔理沙も取材を受けることが多いのだ。

 因みにその“文々。新聞”の代表的な欠陥とは、“盛りに盛った捏造情報がそこかしこにあること”である。深読みすれば事実が書いてある事もなくはないのだが、インパクトに欠けるものや読み流されてしまいそうなほど小さな事件などは、尾ひれ背びれどころか鱗で全身を覆って書くことが多々ある。

 だからそれを受け取る幻想郷住民としても、新聞としてではなく娯楽雑誌(ゴシップ)として楽しむ者の方が圧倒的に多い。

 

 要するに、魔理沙の前に文が出てきたということは取材か何かなのだろう。

 そう思っていたのだが――そんな所に文のこの反応である。

 

「何だよ、どういう意味だそりゃ」

「そのままの意味ですよぉ〜。幾ら異変の事で取材に伺う事が多いからって、いつでもあなたを頼る訳ないじゃないですかぁ〜! 魔理沙さんが幻想郷中の面白い出来事ぜぇんぶを知ってるって言うなら、取材してあげなくもないですけど?」

「……“私は頼られる人間だ”って、私が思ってるって言いてェのか?」

「御理解頂けたようで♪」

 

 ――文と付き合うに当たって必要なのは、真偽を見極める能力だ。

 どこまでが本当でどこからが嘘なのか。そしてその裏で何を考えているのか。さもなければ、いいように情報を引き出された挙句に利用し尽くされ、以後得た情報を元に“永遠の有利”を捥ぎ取られかねない。

 文の言葉、今のは“真”の方だと思われる。取材ではないなら、それはそれでこちらは困らないので騙す意味はない。また、何か情報を引き出された訳でもない。

 魔理沙は不機嫌な表情を隠そうともせず、“ふんす”と息を吐いて腕を組む。

 なら一体、こいつは何をしにここまできたのか――と。

 

「――本当に分かりません?」

 

 まるで内心を見透かすように、文は相変わらずの嫌らしい笑みで魔理沙の瞳を覗き込む。

 まだまだだなぁ、なんて嘲笑が聞こえてきそうな仕草で文は吹羽の後ろに回り込むと、“とん”と彼女の両肩に手を置いた。

 

「勿論、私が幻想郷を飛び回るのは新聞のネタ集めの為。そうじゃなければ家で原稿でも書いてますって。今日は吹羽さんに取材(・・・・・・・)ですよ♪」

「……あ? 吹羽に取材だって? お前さっき初めてそいつの事知って――あ」

「ふふふ、まだまだですねぇ魔理沙さん。

()天狗ですよ(・・・・・)? 天狗がこの子の事を知らない訳ないじゃないですかぁ! 天狗はみんな風成家の現状に興味津々ですから! ね、吹羽さん♪」

「え……あ、そうでした! 文さんは天狗さんですもんね! ボクてっきりお互いに知らない体で自己紹介なんてして……。ふわぁあぁ……は、恥ずかしいですぅ……」

「うはあ……可愛らしいとは思ってましたが、恥ずかしがる吹羽さんもまた格別にかわいいですねぇ〜!」

 

 頰を薄っすらと赤く染める吹羽に、文は遠慮もなしに頬擦りする。吹羽も満更でもないのか為すがままにされていた。

 しかし、そんな和やか(?)な雰囲気を醸す二人を前に魔理沙は――ただただ、眉を顰めていた。

 

 つまり、初めから嘘だった(・・・・・・・・)という事だ。

 文の目的は初めから吹羽であって魔理沙ではなく、吹羽に気が付いたフリをした時点で文の嘘は始まっていたのだ。

 恐らくは初めから嘘を吐くつもりで出てきた訳ではあるまい。嘘を吐けるタイミン(・・・・・・・・・)グだったから嘘を(・・・・・・・・)吐いただけ(・・・・・)なのだ。そしてそれを当然の事とすら思っている。

 

 ――こういう所だ。文のこういう所が魔理沙は気に入らない。

 今の嘘は確かに可愛いものだった。“軽いサプライズだ”とでも言い張られれば反論出来ない。

 しかし、嘘というものは往々にして人を傷付ける。あれでも千年近くの時を生きた妖怪である文も当然、その事は経験則として理解しているだろう。

 ――しかしそれでも嘘を吐く。

 息をするように。

 当たり前だと言い張るように。

 だからこそ質が悪いのだ。

 なぜこんなにも歪んでいるのか、魔理沙は文と顔を合わせる度に疑問に思う。

 生まれつきこんな性格なのだとは、流石に考えたくないが――。

 

「それでは、早速吹羽さんのお家へごーごーれっつごーです! 行きますよっ!」

「お〜!」

「……意気投合してるとこ悪いが、お前マジで着いてくる気なのか? 正直言ってわたしは嫌なんだが」

「す、ストレートに言いますね魔理沙さん……。でも良いんですかぁ? 私にそんな口きいてっ」

「な、なんだよ」

「私知ってるんですよ? この間ここでやってた弾幕勝負……魔理沙さん、吹羽さんのミスに救われて勝ちましたよね? 異変解決者ともあろうお人がただの人間相手にそれはどうなんでしょうねぇ?」

「おま、どこでそれ聞いたッ!?」

「さぁ? “速い”のは専売特許でして」

「てめェ吐けこのやろー!」

「あ、あのぅ、それボクの知名度が低いので意味ないんじゃ……?」

「心配ご無用です吹羽さん! 私の手にかかればこれを面白おかしく広めるくらいどうとでも――」

「させるかってんだよッ!」

「ぅおっとっと!」

 

 魔理沙の猛追も虚しく、結局はやはり幻想郷最速は伊達ではないと認めさせられる決着となった。

 肩で息をする魔理沙に対して文の余裕綽々ぶりと言ったら、睨め付ける魔理沙の周囲をこれ見よがしにスキップで回るくらいである。

 

 ここまで差が歴然では、もはや猛追も体力の無駄使いに等しい。

 魔理沙は心底不本意ながら、鋭く放っていた怒気を収めた。

 

「お、やっと収まりました?」

「誰の所為だと思ってんだ……っ、仕方ねーから、もう行くぞ。ほら吹羽も」

「あ、はい! こっちですよ文さん!」

「おお、これはご丁寧にどうも」

 

 吹羽と文がなんだかんだで仲良くしているのがなんとなく気に食わないというか、得心行かぬ魔理沙である。だが、ここで騒いでいても話は一向に進まない。

 文が付いてくるのは確かに不愉快ではあったが、渋々ながら吹羽の家への帰路を辿った。

 後ろで笑顔の仮面を貼り付けたままに談笑する烏天狗を、ちらりと一瞥して、

 

 ――ああ、やっぱり、嘘吐きは苦手だ。

 

 魔理沙の盛大な溜め息は、誰に聴取られることもなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「へぇ、不思議なペンダントか……」

 

 鮮やかに色付く森に囲まれ、悠然と佇むそれは、先日突如として幻想郷に現れたもう一つの社――守矢神社。

 境内の側面を囲む縁側で、二人の女性が紅葉を眺めていた。

 その内の片方――洩矢 諏訪子は、足をぷらぷらと揺らしながら言葉を返す。

 受け取るのは彼女と同格の凛々しい女神――八坂 神奈子である。

 

「そ。今さっき思い出したんだけどね。その内相談しようと思ってたら忘れてて」

「忘れるなよ……。大事なことなんだろう?」

「んにゃ? ちょっと気になったから話のタネにでもどうかと思ってただけー」

「……相変わらず気まぐれだな、諏訪子は」

「えへ、褒めても何も出ないよ〜」

「じゃあお昼に一品お前から貰うとしようかな」

「あー! そんなのダメー!」

 

 不思議なペンダント。

 その話をこの諏訪子から聞いたのは本当についさっきで、二人でのんびりと紅葉狩りを楽しんでいる最中だった。

 何でも、この間この神社に来た少女が首から下げていたモノで、古い勾玉を通した簡素なペンダントだったらしい。

 近頃来客はなかったので、恐らくはあの日――博麗の巫女と弾幕勝負をし、そしてこっ酷く打ち負かされた日の事だろう。あの日のことを思い出すと頭が痛くなってくる――主に神に対する巫女の態度が原因――が、神奈子は意識して溜め息を堪える事で、表情に出すことを止めることができた。

 

 取り敢えず、話を進めようか。

 神奈子は未だ目の前で騒ぐ諏訪子に視線を向けると、

 

「それで、どこが不思議なんだい? 流石に“古いペンダントを幼い女の子が掛けてることが”、なんて言わないだろう?」

「あ……言われてみれば確かに。別にオシャレでも何でもないし。せっかく可愛い顔してたのに、なんでだろ?」

「……いや、それはいいから。なんで不思議だと思ったんだ?」

「んとね――……」

 

 諏訪子は顳顬に人差し指を当てると、心底分からないとばかりに首を傾げる。そして、語った言葉は――、

 

 

 

「何故かは分かんないけど、僅かに神力が(・・・)宿ってた(・・・・)んだよねー……。しかも、相当に古いのが」

 

 

 

 ――それに思い当たる事は、一つだけだった。

 

「……神器、か?」

「んにゃーそれも考えたんだけど、それを人間の女の子が持ってるのはおかしいと思って。それに至近距離にいた早苗でさえ気が付かないくらい微量だよ? 例外過ぎて訳が分からないよ」

「ふむ、それもそうだな……」

 

 神器とは、主に神力の宿ったあらゆる物質全般のことを指す。

 神力は万物の具現たる神の放つ力ゆえ、宿っているだけでも様々な効果をもたらすもの。それは神奈子が持つ“御柱”の圧倒的破壊力然り、諏訪子の持つ“鉄の輪”の有り得ない斬れ味然りだ。

 その人智の及ばぬ効力を“凄まじい利便性”と捉えて生まれた言葉が、戦後日本に流通した“三種の神器”である。

 

 しかし諏訪子の言う通り、本当の意味で神力の宿った神器をただの人間が持っているのはおかしい。

 しかも純粋な神である諏訪子でないと気が付かないくらい微量となれば、どう考えても数百年単位で古いものという事だ。

 幼い少女が持っているそのおかしさに、更に拍車を掛ける形になる。その娘の家系自体も気になってくるが――、

 

 ――ふむ、全く訳が分からん。

 

 流石の神奈子も、唸りたいくらいに“なんだそれ?”のオンパレードだった。

 

「うーむ分からん。一度見てみないとどうにもならないな」

「見ても分からない可能性大!」

「じゃあ諦めるか?」

「まっさかぁ! わくわくするじゃん? こういう謎解きみたいなの!」

「……お前、外界のゲームに侵され過ぎじゃないのか?」

「神器の原点は“鏡・玉・剣”、戦後は“3C”と来て、今の時代は“ケータイ・パソコン・ゲーム”だよ! だからわたしがやってたっていいじゃない、だって神様だもん!」

「そうしたら、偽物の神器が本物の神器になる日がいつか来るかもな」

「チート初期搭載ゲームかな? ヌル過ぎてつまんなそー!」

「量産機予備軍が何言ってるんだか」

「あっはは、それ言われると弱いよ〜!」

 

 ま、取り敢えず保留だな。

 楽しそうに話す諏訪子に相槌を打ちながら、神奈子は至極適当に結論付けた。

 神なんてみんな気まぐれなものだ。諏訪子は少々マイペースに過ぎるとも思うが、何処の神だって大体暇を持て余している。だからこういう話のタネをいつでも求めているのだ。

 

「(まぁこれも、気が向いたら追求して、飽きたら片付ければいい玩具のようなものだ)」

 

 息を吐いて、寝転がる。隣で諏訪子は騒いでいるが、まぁ放っておいても問題はなかろう。

 神奈子は後ろで組んだ手を枕にして、ゆっくりと目を瞑った。

 私は早苗がお昼を作り終えるまでは昼寝でもして過ごそうか――と。

 

 神奈子もまた神の一柱。

 その気性も諏訪子に負けず劣らず、マイペースなのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「では次の質問ですが、普段はどんな事をして過ごしていますか? あ、仕事以外で」

 

 興味津々といった具合で紙とペン――筆みたいな物らしい――を構える文。吹羽は机を挟んだその向かい側で、大人しく彼女の取材に応じていた。別に困る事は何一つ訊かれていないので、吹羽にも拒否する理由が無いのである。

 因みに魔理沙は、いつもより“ツン”とした雰囲気で壁に背を預けていた。やっぱり、文が付いてきたことをよく思っていないらしい。

 

「んー、お仕事以外ですか? ……定休日以外はいつも働いてるので逆に挙げ辛いですね……」

「でもずっと働き詰めって事もないはずです。何でもいいですよ?」

「うーん……」

 

 そう言われても、仕事以外でやっている事と訊かれたら買い出しくらいしか思い付かないのだが。

 取材なのだからある程度は適当で良いと分かってはいたが、吹羽はいつの間にか至極真面目に考え込んでいた。

 食材なんかは週に一度纏めて買いに行くし、鍛治に必要な材料は先程のように時々鉄鉱石を採掘しに行って、製鉄してもらうようにしている。家の掃除は小まめにしているが、文もきっとそういう事が聞きたい訳ではないはず。

 ――期待されるような事は、どうにも言えそうにない。

 

「“家事をしてる”だけで良いなら、お答え出来るんですけど……」

「か、家事だけ……。あ、じゃあお休みの日は何してます?」

「お休みの日――……」

 

 ――大体風紋開発に勤しんでいる気がする。そうじゃなければ多分阿求や霊夢とぐうたらしてるな。

 あれ? それって……

 

「(……もしかしてボク、女の子として結構ダメな生活してる……?)」

「……どうしました? なんかお顔が真っ青ですよ?」

 

 恐る恐る文に告白してみると、やはり彼女に苦笑いされた。あからさまに憐れまないその優しさに逆に心が痛いです。

 風紋開発だって趣味の一環なのだから別に良いじゃないか――そう、一応弁明してみるものの、文曰くそれでは仕事していることには変わりないとの事。

 もしかしたら自分は、気が付かない内に休日返上なんて馬鹿な事をしていたのかもしれない。

 知りたくなかった事実に、吹羽は思わず頭を抱えたくなった。

 

「ダメですよー吹羽さん? 仕事ばっかりで遊ぶ事も忘れると、将来良い人が見つからず、そのまま結婚(・・)できずに終わっちゃいますよ?」

「けっこ――ッ!? そ、そんなの困りますよぅっ! あ、アレ! 料理とかじゃダメですかっ!? ボクこれでも色々作れるんですよ!?」

「ほうほう……例えば?」

「えと……に、肉じゃがとかお味噌汁は勿論、煮付けとか得意です!」

「うーん、いまいちインパクトに欠けますね」

「じゃあ茄子田楽とかっ!」

「なんですかそれっ!?」

 

 何とか巻き返しを狙った吹羽の弁明をさらさらと紙にメモしていく文。若干論点がズレてきている気がしたが、なんとなく吹羽はそれを気にしていられなかった。

 結婚のことなんてまだ考えられる歳じゃないが、だからこそこんな時期に“このままでは結婚できない”なんて非情な宣告をされれば必死にもなる。

 そりゃあ吹羽だって女の子な訳だし? いつか素敵な殿方と出会う事を夢見るのは不可抗力であるからして。

 “船を沈め釜を破る”という諺がある。

 これは女の戦いなのだ。決して引くことは許されない決死の旗揚げである。何としてでも先の言葉を撤回させてみせる――ッ!

 

「なるほどなるほど〜……このレシピは余白欄に打ち込むとしますかね」

「あとはですねっ! 家事も一通り出来ますし稼ぎもちゃんとありますし――」

「あ、もうそれはいいので次行っていいですか?」

「――えっ、あはい……」

 

 もういいとか言われた。振ってきたの向こうなのに。ちょっぴり解せない吹羽である。

 

「えーっと、それでは最後の質問ですが――……」

 

 文は取材を初めて以降変わらない薄い笑みのままメモしていた小さな紙束を一枚めくると、僅かに視線を鋭くして(・・・・・・・)吹羽を見つめた。

 

「吹羽さんは弾幕勝負も一応出来るそうですが、使用するのは自分で作った武器だとか」

「は、はい。刀とか手裏剣とかを使ってます。まぁそれだけだと投げて終わりになっちゃうので、ちょっと工夫はしてるんですけど」

「やっぱり風紋付きなんですよね?」

「もちろんです」

「そこでなんですが……それ、どういったモノがあるのか教えてくれません?」

 

 文は、満面の笑みでそう言った。

 それは相変わらず綺麗で可愛らしい笑顔ではあったものの、どこか空虚というか、心ここに在らずなように思える表情だった。

 その少しばかり不気味(・・・)な笑顔を前に、しかし吹羽はゆっくりと口を開く。

 断る理由など、吹羽にはなかったから――。

 

 

 

「言うんじゃねぇぞ、吹羽」

 

 

 

 だから、突然の否定的な魔理沙の言葉に、一瞬で声が詰まって。

 

「そいつは答えちゃダメな質問だ。弱点を曝け出すみたいなモンだからな」

「え……? あの――」

「もーなんですか魔理沙さん! 取材の邪魔しないで下さいよー! 静かにしてると思ったら!」

「何が取材だ、自重しろ烏天狗。吹羽の手の内を周(・・・・・・・・)りの奴らにばら撒く(・・・・・・・・・)気か?」

 

 そう、鋒のような鋭い視線を放つ魔理沙の表情は、始終笑顔な文とは対照的に飯事などを決して含まない真剣なものだった。その声音はどこまでも不機嫌そうで、静かな憤慨さえ伺わせる。

 

 魔理沙の言い分はこうだ。

 “吹羽にその質問をする事は、そのスペルカードはどんな弾幕を放つのですかと尋ねているようなものだ”――と。

 言われてみて、吹羽も初めて気が付いた。

 彼女にとって風紋は“夢の形”であると同時に商売武器でもある。その種類が広まってくれれば、自然とその利便性に気付いた多くの人がウチの刃物達を使ってくれるようになるかもしれない。だからこそ吹羽は文の質問に正直に答えようとした。

 

 しかし、弾幕ごっこで使用する武器に風紋が刻まれているのもまた事実なのだ。

 風紋は魔法のように融通の効くものではない。かつてのある当主は一振りの刀で複数の風紋を扱えたそうだが、まだ幼い吹羽にはそこまで化け物染みた技術は扱えない。

 故に、魔理沙の言うように、その武器に関する風紋の情報を与える事は不利でしかないのだ。吹羽が弾幕ごっこを護身術の一つとしている以上、それは考慮しなければならない。

 魔理沙はそれにすぐさま気が付いたのだろう。そして優しい彼女のことだ、吹羽が不利にならないようフォローしてくれたのかもしれない。

 

「(でも……魔理沙さん、ちょっと怖い……)」

 

 しかし、その真剣な眼差しが放つ見えざる覇気は、吹羽にその顔を見ることさえ躊躇わせていた。

 自分の家なのに。普段から過ごしている使い慣れた居間なのに。自分のところにだけぽっかりと空間の穴が空いてしまったかのように、吹羽は底冷えするような緊張感を、今全身で感じている。

 肌がどこかピリピリと痛むのは、きっと気の間違いではないだろう。

 

「ヤですねぇ、そんなつもりありませんよぉ〜。ただ、吹羽さんから頂いた情報を基にすれば、我々の風紋を河童達が上手く進歩させてくれると踏んだだけですよ。種族の発展を望むのは当然じゃありませんか?」

「だがその情報自体はお前のところにも残る。悪辣なお前のことだ、今口約束したってその内平気な顔して悪用するに決まってる。どちらにしろ教える事には賛成しないな」

「それが偏見だって言ってるんですよぉ〜。新聞記者を何だと思ってるんです?」

「初めに言ったぞ“悪徳パパラッチ”。あと新聞記者に言ってんじゃねぇよ、お前に(・・・)言ってんだ」

「別に悪いことなんて考えてないのにぃ……」

 

 人差し指を突きあわせるその様子は何処か作り物めいてはいたが、思い出してみればいつだって文の様子はそうだった気がする。

 これが素なのだろうなぁ、と吹羽は内心で苦笑いしながら、取り敢えずは、眉根を寄せる魔理沙に恐る恐る声を掛けた。

 

「ま、魔理沙さん。文さんもきっと気が付かずに言っちゃっただけなんですよ。だから、そんなに怒らないで下さい」

「あん? お前こんなやつを信じる気か? どうせこれだって演技なんだぜ?」

「う、疑い過ぎですよ……。それに、信じるも何も文さん泣きそうですよ? 反省してなかったら泣いたりしませんよ」

「うぅ、ぐす……魔理沙さんが私を虐めますよぉ吹羽さぁ〜ん」

「ほら……泣かないで下さい文さん」

「うぇ〜ん」

「………………」

 

 泣きながら抱き着いてくる文の頭を優しく撫でる。こんなに反省しているんだから怒ることないのに、と吹羽はちょっぴり呆れた顔で魔理沙を見遣った。

 ――なんか、彼女の方がより呆れた表情をしているんだけど。盛大に溜め息を吐いてゆるゆると頭を振るうその姿は、何故か吹羽にも向けられている気がした。

 なんで呆れられてるのか全然分かんないんですけど……。

 

「兎も角、さっきの質問は御法度だ。吹羽も簡単に答えようとすんなよ」

「は、はいぃ。分かりました……」

「う〜仕方ないですねぇ。今日は引き下がりますかぁ……」

「“今日は”じゃなくて“これからも”だ。分かってんのか?」

「ぶー、分かりましたよう」

 

 渋々と引き下がる文の姿は本当に残念そうで、吹羽にさえ何処となく罪悪感を抱かせる。

 だって、文は吹羽のことを知りたいと思って来たのだろう? それは、一歩だけ相手に歩み寄れない気質の吹羽にとって非常に嬉しいことだったし、きっと仲良くなれると思ってもいた。

 故に、興味津々で取材しに来てくれた文の期待に応えられないのは非常に申し訳なかったし、心苦しかった。

 

 ――と、そこで吹羽は良いことを思い付く。

 

「あ、文さん!」

「はい、なんでしょうか?」

「ちょっと待ってて下さい! まだ帰っちゃダメですよっ」

「……?」

 

 すぐさま駆け出し、工房にある棚へと向かう。ここは数々の道具が収納されているが、基本的に鍛治に関係をするものならばなんでも入っている。

 その内の一つを引き出し、吹羽は中から長さ半尺程度の鋼を取り出した。

 

「えーっと……うん、問題なし」

 

 変わりないことをさっと確認し、吹羽は急ぎ足で文の待つ居間に戻ると、座り込む勢いで持って来たものを文の目の前に突き出した。

 文は少々驚いた顔をすると、吹羽に見せつけられたものをジッと嘱目して、

 

「ふむ……これ、小刀……ですか?」

「はい! これ、文さんに差し上げます!」

「え、私にですか?」

 

 精一杯の笑顔で手渡したのは、吹羽が風紋の開発用に作刀した一振りの小刀だった。

 鞘も鍔も柄すら付いていない抜き身の小刀ではあるが、風紋の開発用であるため刃は大して研磨していない。おそらく素手で刀身を握っても薄皮一枚切れはしないだろう。

 

 しかし、それを受け取った文は困惑の表情で。

 

「えぇと……これを私にどうしろと?」

「ご自由にしちゃってください!」

「……はい?」

「だから、何に使っても構いません! 河童さんに出して解析? するもいいですし、風紋を新聞に載せるなら木版代りにしちゃってもいいですよ。刃物としての機能はほとんど無いので、不要なら捨てちゃっても構いません」

 

 そう、これが吹羽なりの恩返しだ。

 

 知りたいと言ってくれたことが嬉しかった。でも何もかもを曝け出すことは出来ない。

 文の興味を満たせたのかどうかは吹羽には分からないが、だからと言って“何もしない”、“取り敢えず終わったなら帰ってね”ではきっと友達になんてなれやしない。

 

 文に渡した小刀の風紋は、吹羽が思考錯誤してきた証の一品である。河童がみればきっと嬉々として解析してくれるだろうし、その風紋を見て思ったことでも新聞に書き出せば、程よくネタにもなるだろう。使い道は幾らでもある。だがそれで吹羽の手の内がバレてしまう可能性は限りなく低くなる。

 

 吹羽にとっては、友達になれそうだと期待する文への餞別と同義、そしてその証だった。

 

 しかし、文はキョトンとした声で、

 

「えーっと……何故でしょうか? 私には全く分からないんですけど……」

「勿論、風紋に関してお答えできないお詫びですっ! これがあれば、きっと役に立つと思うんです!」

「………………」

 

 文は恐る恐るといった様子で小刀を受け取ると、相変わらず分からないといった表情ではあったけれど、少しだけ笑みを浮かべて言った。

 

「はあ……では、ありがたく貰っておきますね」

「……まぁ、上手く言い付けの網を掻い潜ったというか。霊夢の言う通りお人好しだな、吹羽は」

「そ、そんなぁ、ちょっぴり照れちゃいますねっ」

「いや褒めてるワケじゃねーぞ。ったく……」

 

 やはり少しだけ不満気な魔理沙への相槌の横で、文は「よっこいせ」と立ち上がる。

 最後だと前置きしていた質問が終わった事で、文もそろそろ引き上げる事にしたようだ。

 正直もう少し話していたって吹羽は構わないというかむしろ歓迎するところなのだが、ひょっとしたら彼女も、魔理沙の放つ“負の空気”を多少なりとも居心地悪く感じたのかも知れない。

 無理をしてまでここにいてもらおうとは思えないので、文を見上げながらも黙っていた。

 

 ただ――友人が自分の家を去る直前、である。

 ああ、やっぱりちょっと寂しいな――なんて僅かばかりの空虚感を感じるのは、きっと吹羽に限った話ではないと思われる。

 それを感じ取ったのかどうか、立ち上がった文は吹羽をちらと一瞥すると、

 

「では、またの機会に、吹羽さん」

 

 その綺麗な笑顔を最後に、室内では瞬間的に強風が吹き荒んだ。

 普段部屋の中を満たしているような緩い風ではなく、明らかに異質で、しかし乱暴ではない風。それが文の去り際に残されたものだと気が付くのに、多少の時間も必要なかった。

 吹羽は何とは無しに一つ息を吐くと――ふと、魔理沙を見遣り、

 

「な、なんです? 見つめたりして……」

「いや、まぁ……なんというか……」

 

 言葉が見つからないというように髪ををガシガシと混ぜると、魔理沙は諦めたように溜め息を吐いた。

 横目で見遣り、

 

「……わたしは、お前が心配でならないぜ」

「へ? なんでですか?」

「それを分かってないから、心配だって言ってんだよ、全く……」

 

 何を指して心配しているのか、当然吹羽には分からない。首を傾げてハテナを浮かべるだけである。

 魔理沙も吹羽が理解する事を期待しているわけではないようで、「ま、いいけどさ」と付け足すその声にはどこか諦観が混じっていた。

 

 文に風紋刀を渡したのが気に入らなかったのだろうか。いやでも、それって心配されるほどのことか? そもそも、心配されるような事など一つもないように思うのだが。

 そんな事をぐるぐると考えるも、答えはやはり出てこない。この後暫く悩み続ける事になるのだが、それはまぁ余談も余談である。

 風成 吹羽。己が中々のお人好しなのだとは、欠片も自覚できない少女である。

 

「あっ! そろそろお仕事に戻らないと今日の分終わらなくなっちゃいます!」

「お、鍛治か。折角だからちょっと見ていくかね」

「見ても面白くなんか無いと思いますけど……」

「見ることも大切ってな。何事も経験さ」

「えぇ……鍛治の技術が魔法にどんな影響を……?」

 

 魔理沙の言い分にも若干納得はいかないが、まぁ気にするほどのことでもないので吹羽は直ぐに疑問を払い除けた。

 魔理沙も意外と勤勉(?)な人間だった、ただそれだけの事である。

 ……“折角だから鍛治を見学していこう”なんてどこの歴史家の少女だろう。

 ふと頭の片隅で思い浮かべた少女は、輝く笑みでサムズアップしていた。直後“いやちょっとキャラが違うや”、と急いで想像を掻き消したが。

 

「それじゃ、気を取り直して始めますよっ!」

「頑張れよ〜」

 

 魔理沙の気のない応援の声を聞き流しながら、吹羽は金槌を振り上げる。

 次に文に会えるのは、いつなのだろう――なんて、頭の片隅で夢想しながら。

 

 

 




 今話のことわざ
(ふね)(しず)(かま)(やぶ)る」
 生きて帰ることを考えず、決死の覚悟で戦いに臨むこと。

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