風と神話の幻想譚   作:ぎんがぁ!

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この作品についての詳細は私の活動報告にありますので、そちらを参照ください。


序章
第零話 始まりの物語


 

 

 

 ――“神話”という言葉を、耳にした事はあるだろうか。

 

 いや、それ自体は誰にでもあるだろうと思う。漫画やアニメがサブカルチャーとして普及した昨今、ファンタジーの代表とも言える“神話”は盛んに題材とされているのだ。「神話のことならちょっとは詳しいぞ」と密かに思っている者も少なからずいるだろう。

 

 だから、敢えて問おう。

 神話とは何だ(・・・・・・)? と。

 

 “神話”という単語を調べると、こんな説明が出てくる。

 神話とは、民族や文化などの様々な事象を、世界が始まった時代における神などの超自然的、形而上的(けいじじょうてき)な存在と結び付けた一種の物語――と。

 

 一つには、最初に生まれた三柱の神、別天(ことあま)(かみ)の神話。

 一つには、神代七代である二柱の国産みの神話。

 一つには、三貴神の一柱による八岐大蛇退治の神話。etc……。

 数え出せばきりがない。 だが、それらは確かに存在する神達の物語である。

 

 神は信仰の象徴である。それにまつわる神話もまた、信仰の象徴の一つ。そんなオカルト(・・・・)が科学の普及した現代社会と同居している事を、疑問には思わずとも不思議に思った事はないだろうか。

 そもそも、神話とはそういう解釈で正し(・・・・・・・・・・・・・)いのか(・・・)――などと。

 

 神話。それは物語。

 もしかしたら、信じられてはいないかも知れない。

 もしかしたら、否定されているかも知れない。

 ――もしかしたら、忘れられた物語だって、あるのかも知れない。

 そんな、“曖昧に実在する”物語達なのだ。

 

 数多存在するにも関わらず、それらは何代にも渡って伝えられている。途方もない数だという事に加え、本当かどうかも定かでない物語をそれでも伝えているのは何故か。

 ――それは、その時代に生きる人々が神の存在を信じているからだ。神の存在を望み、崇めているからだ。

 

 そしてそこから言える事が、一つある。

 

 それは、神を望み、崇める者が居れば、一般に知られざる神話も後世に伝え得るという事だ。

 

 望まなければ、残す意味はない。

 崇められなければ、存在する意味はない。

 信じなければ、神などという存在はたちどころに意味を失くして消え去ってしまう。

 それが、この世界における神という存在である。

 

 それを踏まえて、さて。

 この辺りで一つ、ある物語を語るとしよう。

 なに、難しい物語ではない。せいぜいお伽話――例えば、夜眠れない子供に対して、親が子守唄代わりに聞かせるようなお話だと思ってくれれば、それでいい。

 それが事実なのか虚説なのかは、さておくとして。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 昔々、大昔。

 この国がまだ自然に溢れ、魑魅魍魎の跋扈していた時代。ある山々に囲まれた森の奥に、一つの集落があった。

 

 そこは、ある一人の男が作り上げた村だった。彼の知人や血縁者によって作られた、一民族の村である。

 人々は、周囲に山の様に溢れる自然と共に生き、活気を絶やさない生活を送っていた。

 木を切り、水を汲み、火を用い、風を利用し、時に襲ってくる異形の者共には、武器をとって暮らした。

 実に健康的で、程良い危険に絆を深める事のできる平和な村であった。

 そしてそんな村を作り上げた男を、長を、皆は本当の神として崇めていた。

 

 ある時、この村に一人の異形がやって来た。

 

 姿こそそれまでと違い人に近い形を取っていたが、その力は余りに不気味、且つ強大であった。

 

 武器をとって挑む者は、何とも知れぬ不可思議な力で奈落へ落とされ、二度と帰っては来ない。隙を突いて剣を振りかざした者は、瞬く間に肉塊と化す。

 異形は、“それ”を食す事を目的としていた。

 そして、向かってくる者共を食して満足した異形は、その血に濡れた口を舌で拭いながら去っていった。

 また来る――と。

 

 二度目にやって来た時、異形は、この村で最も美味い者を出せ、と要求した。

 その頃の村人達には、最早抵抗の気はすっかり削がれ、誰を差し出すのかと錯乱した様に叫ぶばかり。

 怒号とも言い難く、雑音と言うにも程度が低い。

 恐怖に打ち震えて泣き叫ぶ人々の声が混じり合ったそれは、不気味に響き渡る狂気の波に等しかった。

 しかしその中で一人だけ、自分が出ると言い出した勇敢な者がいた。

 

 ――一族を作り上げた、神として崇められる長である。

 

 異形は、その男を褒めた。

 なんと勇敢な人間か、ただ殺して食すのは惜しい心の持ち主だ、と。

 同時に、異形はその男を嘲った。

 なんと無謀な人間か、分際も弁えぬ愚かな人間だ、と。

 

 しかし、男は異形に屈しなかった。

 元々、食われるために出るのではない、人々を鎮めるために自分が出るのだ。簡単にお前の血肉となるほど安い命ではない、と。

 

 ならどうする?

 勝ったなら食われてやる。

 

 異形は笑った。

 笑って嗤って、そして最後に静かに嘲笑(わら)った。

 異形の声は人々の腹の底を抉り取るように響き渡り、その冷めた眼は男を容赦無く射抜く。

 

 身の程を知れ。

 非力な人間一人に何が出来ようか。

 男はそれでも屈しない。簡単に諦められる命なんて何処にもないのだ、と。

 その不屈の心意気をもへし折りたく思った異形は、もう一度来ると言って去って行った。

 

 そして三度目に来た時、異形は予想外の深手を負った。

 見下していたはずの男が不可思議な力を用いて抗い、そしてそれが、異形の想像を遙かに超えて強かったのだ。

 しかし、それは男も同じ事。

 想像以上の異形の強さに、深手を負っていた。

 

 最早、それは意思疎通に近かった。

 

 互いに傷付き過ぎた二人は、再戦を約束して身を引いた。

 互いの傷が癒えてから。全力で向かい、今度こそ叩き潰す、と。

 お互いに負けられない戦いであった。男は一族を護るため、異形はその誇りを護るため、死力を尽くして越えなければならない戦いだったのだ。

 そうして二人は、何度も何度も衝突した。

 

 しかし、何時だって結果は同じ。

 互いに傷付いて身を引き、癒えればまた戦い、そして傷付き――村の平穏は保たれたが、二人の関係は、益々激しいものとなっていった。

 そしてそこには、奇妙な絆すら生まれていた。

 

 ――だが、その時は来るべくして来たのだろう。

 

 いつか来ると分かっていた瞬間だった。

 最大限の力で、最後の衝突を遂げようとしたその刹那、男はパタリと、崩れ落ちたのだ。

 

 息を引き取るその間際、男は異形に頼み事をした。

 

 どうか、私の民達を見守ってほしい、と。

 異形は、それを拒まなかった。

 むしろ、男の手を取って約束した。

 全力を出し切り、ある種の絆を得た二人には、険悪ながらも、互いに恨み合いながらも、信頼に足る理解があったのだ。

 ――その理解を得たからこそ、男が護ろうとした一族を代わりに異形が護る理由足り得た。

 

 それからというもの、異形の強大な力に守られた民達は、異形の事を知る者全てがこの世を去った後も、平和に暮らした。

 

 この村へ人を喰らいに来る者いれば、異形の力の前に一瞬で消え失せる。

 木や山菜を採りに出かけた民いれば、異形の力が危険を退ける。

 

 異形は、男との約束を守り続けた。

 民達が平和に暮らせるよう、憎らしい程に信頼してしまった男に報いるように。

 

 そうして民達は影から異形に守られながら、平和な時を幸せに暮らしたのだった――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 これは、物語。

 本当かどうかも定かでない、神話の一つ。

 神の同格と相成った一人の男と、強大な異形の物語だ。

 この奇妙な絆の物語を、少しでも心に刻み込ませる事ができたのならば、語った甲斐は大いにあったと言うもの。

 

 この物語が、全ての始まり。

 この物語が、全ての鍵。

 

 さぁ、幕の準備は整った。

 これより先の物語は、はてさて、どんな結末を迎える事やら。

 

 舞台は、不思議に溢れる幻想の世界。 忘れられた楽園。――幻想郷。

 演じるは、ある一人の幼い少女。

 これはその少女が織り成す、風と神話にまつわる物語。

 

 “新たな神話”の幕開けである――。

 

 

 

 




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