弱体モモンガさん   作:のぶ八

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前回のあらすじ

モモンガさんマジ切れ!
命令を受けたデスナイト達が八本指を血祭りに上げる!



王都崩壊

 血に染まった王都をクライムが走っていく。

 見渡す限りの赤、紅、朱。

 夥しい死が振り撒かれた王都は吐き気を催す臭気とは裏腹に、退廃的な美しさすら感じられた。

 とはいえその惨状を見たクライムが胸に抱いたのは、なぜ、という疑問だった。

 

「どうしてこんな事に…? 嘘だったんですかモモンガさん…! 誰も殺してはいけないって、そう言って、そう指示していたのに…!」

 

 泣きそうになりながらもクライムは足を止めない。必至に姿を消したモモンガを探して走り回っている。

 

「あの女性を助けた時の貴方はあんなに優しそうだったのに…! 貴方の言葉に心が奮わせられたのに…! だから私は貴方を…! どこに行ったんですかモモンガさん…!」

 

 この惨状を前にして改めてクライムは気付いたのだ。

 出会ってたった一瞬だったのにも拘らず、これだけ信頼し、また尊敬していたのだと。

 

「違うって言って下さいモモンガさん…、これは何かの間違いなんでしょう…?」

 

 淡い期待を抱きながらクライムは必死に自分に言い聞かせる。

 信じられないものを目にして、信じられない言葉を聞いた。信じられない事ばかりだったがそこにはクライムの望む何かがあった。

 

『困っている人がいたら助けるのは当たり前、ですよ』

 

 なんてことないそれだけの言葉だがクライムの心は激しく揺り動かされた。裏も無く、打算も無く、ただ純粋な善意からの言葉。それが本当に嬉しくて、感動した。

 しかもそれを実行できるだけの力をモモンガは持っていたのだ。だからこそ憧れた。

 

 だがこの現状はクライムの想いを否定する。

 

 どこもかしこも死体、死体、死体…。戦争でさえ生温く感じる程の狂気。人の形を為していないそれは死体と言うよりも肉片と呼ぶべきかもしれないが。

 

「モモンガさん…!」

 

 クライムはモモンガに会わなければならない。そう思っていた。

 モモンガが何を思い、何を為したのか。もしかしたら自分は騙されていたのかもしれない。会いに行けば殺されるかもしれない。だがそれでも。

 

『まぁ相手はカンストしてるでしょうから戦いになったら殺されると思いますがそれでも文句の一つくらいは言いたいです』

 

 モモンガが八本指を探しに行く前に言った言葉だ。カンストという意味は分からないが勝てないと分かっていても向かっていくという姿勢はクライムを震わせるには十分だった。

 シンプルであるがそれを実行できる者は少ない。

 誰だって殺されるのは怖い。仮に王国内の立場に置き換えて考えた場合、貴族に対して意見をするような事をすれば立場が悪くなるどころか国を追われることになる。逆らう事も出来ない。

 だからあの高潔な王国戦士長とて貴族共の言いなりにならざるを得ない時もあった。

 もちろん王国戦士長の肩には王の立場や民達の安全がかかっている。下手な事など出来る筈がない。クライムとてそうだ。自分が何かをすればラナー王女の立場を悪くする。

 だから、そんな事をすると言ったモモンガが輝いて見えたのだ。

 

 しかし現在クライムの前には残酷な景色が広がっている。逃げ惑い恐怖に怯える人々、アンデッドの被害には遭っていなくとも二次的な被害に遭っている者達は沢山いる。

 

「動くな、じっとしてろ…! すぐに神官様を探してくるから!」

 

「だ、誰か私の娘を見ませんでしたか!?」

 

「お兄ちゃん…! お兄ちゃんはどこ…!」

 

「誰かこの瓦礫を動かすのを手伝ってくれ!」

 

「向こうで私の母が怪我をしてるんだ! 誰か助けてくれ!」

 

「婆さん…、わしはいいからお前だけでも逃げるんじゃ…」

 

 混乱は沢山の問題を生む。

 皆がアンデッドから逃げようと無秩序に動き、統制を失い、情報が錯綜した。逃げ惑う人々が通りに殺到し、押し合いになる。それが何百人、何千人の規模になれば悲惨な事になる。

 子供や老人等、単純な押し合いで怪我をする者も出てくる。人混みの中で足を取られ転倒し、大勢に踏まれる者も出てくるだろう。人の波に押され、親と子供は引き離される。

 怪我人を助ける余裕など誰にも無い。普段なら何てことない怪我でさえ、取返しの付かない事になる可能性を秘めている。大規模な混乱が起きた場合、直接の被害が無くとも死傷者が0で済むという事は少ないのだ。

 

 王都の至る所から聞こえる悲鳴にクライムは頭を抱える。何も出来ない無力な自分を恥じる。今の自分には誰も助ける事が出来ない。

 ならばこそ、この元凶となったモモンガに会いに行く事。それが今、クライムに出来るただ一つの事だ。

 

 

 

 

「嘘だ…! 嘘だと言ってくれ! こんなの嘘だ…!」

 

 レエブン侯は泣きながら頭を地に擦り付けていた。目の前の現実が受け入れられない。己の判断を心から悔やむ。

 

「お願いだから目を開けてくれ! 頼む! 目を開けてくれ!」

 

 彼の前には小さな子供が倒れていた。幼子と呼ぶべき小さな子供。レエブン侯の愛息子だ。

 まだ死んではいないがほとんど虫の息。ヒューヒューというか細い呼吸音だけが喉から漏れ出ている。

 現実は驚くほどあっけなく、非情だった。

 

 王都を巻き込む大混乱によりレエブン侯の妻は息子と共に外へと逃げ出した。もちろん護衛の者達付きで。

 暴徒等が襲ってきても問題は無かっただろう。しかし彼等を襲ったのはそれではない。

 逃げ惑う人々の波だ。

 大勢の人間が通りを埋め尽くし、その膨大な数は多大な圧力となり人々へと襲い掛かる。それは逃げようとしたレエブン侯の妻や子供も例外ではない。

 彼等は単純に、圧し潰されたのだ。

 大勢の押し合う圧力というのは馬鹿に出来ない。それが生死のかかっている場面ならばなおさら激しくなる。こうなっては貴族も何も関係ない。誰も彼もが平等だ。クライムが見た人々同様、彼等も同じ目に遭っていた。

 

 レエブン侯の息子は人の波の圧力に耐えきれず多数の骨を折り、運が悪い事にそれらの数本が内臓に突き刺さってしまった。すぐに治療しないと命に関わる問題だ。

 レエブン侯の妻も息子を必死に守ろうと盾になろうとしたが抗える筈もない。息子は救えず、自分は手足の骨を折ってしまいその場から動けなくなってしまう。護衛の者達も助けを呼びに行ったが未だ戻っていない。

 

 レエブン侯がそんな事態に気づいたのはそれからしばらくしての事だ。

 彼の送り出した元オリハルコン級冒険者達と連絡が取れなくなった後、嫌な予感がして妻と息子を探しに出たのだ。そして、人の波が引いた大通りですぐに息子達を見つける事が出来たが結果は言うまでもない。

 

「いやだ…! いやだ…!」 

 

 神殿はもう機能していない。神官達とてどこにいるか分からない。それに息子はあまりに危険な状態の為、この場から安易に動かす訳にもいかない。

 絶望的な状況でレエブン侯はただただ嘆き己の判断を何度も何度も悔やむ。

 

 なぜ自分はラナー王女の、王国の為に自分の持つ最大戦力を投じてしまったのかと。

 元オリハルコン級冒険者達を妻と息子の護衛に付ければこうはならなかっただろう。彼等ならばこんな状況でも乗り越えてくれた可能性が高い。

 直接の被害に遭いはしないだろうと判断したレエブン侯の判断は間違っていなかった。むしろ正しかったと言っていい。

 だが身にかかる危険はそれだけでは無かったのだ。逃げ惑う人々に圧し潰されるなど想定していなかった。いや、聡明であるレエブン侯ならばそこまで想定しなければならなかっただろう。何よりも妻と子供を優先するならばどんな小さな危険性すら排除するべきだったのだ。

 

 レエブン侯は自分の愚かさを呪う。

 もう王国がどうなるかなどどうでも良い。国が滅びるならば滅びればいいのだ。

 王国の将来の為など考えなければ良かった。

 五歳になる我が子、それが何よりも優先されるものだ。

 この世に生まれ落ちた小さな命。ゆっくりと成長していくさま。病気にかかったことだってある。その時はどれだけ大騒ぎをしたか。呆れた妻を見て、半狂乱で叫んだ姿は今思い起こせば大恥だ。

 あのぷにぷにした手に薔薇のような頬。成長したら、王国で話題を集める青年になるだろう。

 自分より優れた才能を持つと確信する我が子。親の欲目と妻は言うがそんな事は決してない。

 そうだ。この子は自分の全てなのだ。

 それが失われるなど認める訳にはいかない。

 

 レエブン侯であれば王都の混乱を多少なりとも抑える事が出来ただろう。

 だが絶望の淵にいる彼にはもはや不可能だ。

 結果として、王都の混乱を抑えられる可能性のある者は現状としてほぼ皆無に近い。

 

 

 

 

「ふむ、純粋な疑問なんだが…」

 

 アゴに手を当て、心底不思議そうにモモンガが問う。

 

「お前たちは命乞いを聞き入れた事があるのか?」

 

 その問いは死刑宣告に等しい。命乞いなど聞かないという意思表示に他ならないからだ。

 

「ひっ…! やだ…! やだぁ…!」

 

「許して…許して下さい! もうしませんから…!」

 

「嫌…、嫌…! こんな所で死にたくない…!」

 

 アダマンタイト級冒険者にも匹敵すると言われるペシュリアンとマルムヴィスト、エドストレームから耳を疑うような情けない声が発せられる。

 ただモモンガ的には脅し文句のつもりはなく、単純に他者の命乞いを聞かないような者達がなぜ自分の命乞いは通用すると思うのかという疑問だったのだが彼等にはそう聞こえなかったようだ。

 

「お、俺、あります! 命乞いをした奴を助けた事あります!」

 

 マルムヴィストが必死の作り笑顔でそう叫ぶ。

 

「だ、だから…! だからお願いします…! へへ…!」

 

 どう贔屓目に見ても嘘と分かるような態度だった。とはいえそれが嘘だと断言は出来ないが八本指としての情報を得ていたモモンガは彼等がそんな事はしないだろうと理解していた。

 脅し文句や金銭を引っ張る為にそういう状況に追い込む事はあるだろうが、本当の命乞いをしなければならないような相手を犯罪組織が許す筈などないからだ。

 

「マ、マルヴィスト貴様っ…!」

 

「ず、ずるいわよアンタだけっ…!」

 

「うるせぇ! お、俺はお前らと違うんだ! お、俺は命を大切にする奴なんだぜ! へへっ…!」

 

 妙に勝ち誇ったような顔でそう口にするマルムヴィスト。

 

「ね、ねぇアンデッドの旦那…! お、俺は役に立ちますぜ…? な、何でも言う事…」

 

「少し黙れ《エクスプロード/破裂》」

 

 マルムヴィストに手を向け魔法を放つ。次の瞬間、マルムヴィストの身体が爆散する。後には何も残らない。

 モモンガはこの男から得られるものは何も無いと判断した。

 

「さて、君たちも何か言いたいことがあるかな?」

 

 ペシュリアンもエドストレームも何も答えられない。その容赦のなさに絶句し身を強張らせる。

 

「調子に乗るなよ、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)風情が…」

 

 だがここでモモンガに対してゼロだけが未だ威厳を保っていた。圧倒的な死を前に自分を見失わずにいれるゼロは本物の強者であるのだろう。

 感覚を研ぎ澄ませ、殺気を滾らせモモンガを睨みつける。

 

死者の大魔法使い(エルダーリッチ)と同列に語られるのは癪だが…、まぁいい。お前が八本指を構成する8つの組織の内の一つ、六腕のリーダーだな? 色々と聞きたいことが…」

 

「かぁぁぁあぁああ!!!」

 

 モモンガの言葉を待たずゼロは攻撃を仕掛ける。死の騎士(デスナイト)を吹き飛ばした時と同様の一撃をモモンガへ加えようと踏み出す。

 シャーマニック・アデプトの効果はまだ切れていない。再び最強の一撃を放つことが出来る。

 ゼロの読みでは死の騎士(デスナイト)よりモモンガの方が強いのであろうが、防御力に関してはそうでないと踏んでいた。

 その根拠は魔法詠唱者(マジックキャスター)である死者の大魔法使い(エルダーリッチ)と戦士である死の騎士(デスナイト)、どちらが固いかという単純なものだったが間違ってはいない。

 実際に現在のモモンガより防御特化の死の騎士(デスナイト)の方が防御力は高いからだ。ゼロの一撃が当たればモモンガとてダメージを受けるだろう。

 

「《デス/死》」

 

 しかしゼロの拳が届く前にモモンガの魔法が唱えられる。

 何も起きていないように誰の目にも映ったが次の瞬間、力なくゼロがその場に倒れる。糸の切れた人形のように崩れ落ちたゼロはもうピクリとも動かなかった。

 

「ボ、ボスッ…!」

 

「ひぃっ…」

 

 ただ一つ付け加えておくと、あくまでゼロの攻撃がモモンガにダメージを与えられるというのはモモンガの素のステータスに対してという意味だ。

 現在のようにユグドラシルでの最高クラスの神器級(ゴッズ)アイテムで身を包んでいるモモンガにはゼロ程度の打撃など通用しない。

 どちらにせよ中位物理無効化Ⅲというスキルがある為、仮に裸でも30レベル程度までの物理攻撃はモモンガには意味を成さないのだが。

 

「しまった、つい反射的に魔法を撃ってしまった…。色々聞こうと思っていたのに…」

 

 PVPの癖か攻撃を仕掛けられると思わず反応してしまう。やれやれと一人ごちながら残ったペシュリアンとエドストレームを見つめるモモンガ。

 

「はぁ、しかしそもそもが弱すぎるぞ…。お前達は人類最高峰の強さを持つアダマンタイト級冒険者とかいう奴等と同格なのだろう? この程度の魔法で死ぬとは思えないんだが…。今の俺程度に瞬殺されてどうするよ…」

 

 ペシュリアンとエドストレームの口からはもう悲鳴すら漏れない。想像を絶する恐怖の前にただただ戦慄する。自分達が最強と疑っていなかったゼロがあっさりと、信じられない程あっさりとやられた。

 冗談か何かのようだった。現実味が無い。出来の悪い喜劇か何かを見ているようだ。自分達を騙す為にゼロが悪ふざけをしているのではないかとすら思える。

 だが倒れているゼロの顔色は生きている者のそれではない。本当に死んでいる。

 

「あぁぁああぁぁあっ!! 嫌だっ!! 死にたくない死にたくないっ! なんでっ! なんでこんなことに! 嫌だぁ! 助けて助けて! あぁぁぁああぁあ!!」

 

 恐怖に耐えかねペシュリアンが発狂する。子供のように喚き散らし倒れたままジタバタと暴れる。

 

「見苦しい…。こいつらに何か聞くのは無理か…。《チェイン・ドラゴン・ライトニング/連鎖する龍雷》」

 

 モモンガが両手からそれぞれ一本ずつ、のたうつ龍のごとき雷撃を打ち出す。

 それは蒼の薔薇に対して放った魔法だ。

 

「ひぎぇ…」

 

 叫び声を上げたペシュリアンがあっという間に消し炭になる。

 

「ふむ…。あのアダマンタイト級だという蒼の薔薇はこの魔法でも死ななかったしな…。こいつらがアダマンタイト級だというのはハッタリか何かか…」

 

 死の騎士(デスナイト)が入手した情報の中で八本指と因縁の関係にある蒼の薔薇の話が出て来ていた。それがこの世界に来てモモンガが遭遇した女性達だというのはその時に知ったのだ。

 

「やはり逃げておいてよかったな…。あれがこの国最強の冒険者とやらだったとは。忍者は見間違いではなかったか…」

 

 モモンガはそう納得する。ナメプをされている内に逃げ出せたのは僥倖だった。

 

「さて残りは一人か…」

 

 モモンガがエドストレームへと近づく。

 

「ひっ…」

 

「何をそんなに怯えているんだ…? さんざん人を貶め甘い汁を吸ってきたのだろう? 大勢殺してきた筈だ…。今度は自分の番が来ただけじゃないか。その覚悟があってこういう道に進んだんじゃないのか?」

 

「わ、私っ…、私は…!」

 

「?」

 

「私はこれでも、か、体に自信があって…、よ、容姿だって悪くないと思うし…、その…」

 

 エドストレームは必死に生き延びる術を考えていた。他の六腕が皆殺された今、何か彼等と違うものを売りにしないと生き残れないと踏んだのだ。

 戦闘能力という点に至ってはもはや意味を成さない。自分よりも強いゼロでさえ瞬殺されたのだ。

 彼等と自分の違う点は一つのみ。女性であるという事。

 

「だ、男性を喜ばすのは、た、多分、いや、結構、出来ると、思う、思います…!」

 

 エドストレームの言葉を聞いてモモンガは唖然とする。その後、声を上げて笑った。

 

「はははははっ! もしかして私に色仕掛けか何かをするつもりかっ!」

 

 モモンガとて人並に女性に興味はあった。目の前にいるこの女性を美しいと感じる程度の感性もある。だがアンデッドの身体のせいなのか性欲のようなものは一切感じない。むしろエドストレームの提案に新たな疑問が湧く。

 

「しかし、だ…。アンデッドの私に色仕掛けをするということは…。通用するということか? つまり、この世界のアンデッドは性欲があるのか? そうなるとこの世界のアンデッドは俺の知っているものと状態異常への耐性が違う可能性が…、いや他も違う可能性…?」

 

 ブツブツと独り言を繰り返すモモンガを前にエドストレームは自分の提案が失敗した事を悟った。エドストレームとてアンデッドに色仕掛けが通用する等と思っていない。切羽詰まった状況で自分を売り込む要素が他になくてつい口走ってしまっただけだ。

 目の前の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が自分に対して何の価値も感じていないのを理解すると共にエドストレームは全てを諦めた。

 

「まぁこの世界のアンデッドの事はおいておいてだ…。俺に色仕掛けは通用しないぞ?」

 

「ですよねー…」

 

 それがエドストレームの最後の言葉となった。

 

 

 

 

 六腕を片づけた後、建物から出たモモンガの視界に王都の街並みが映る。

 赤く染まり、至る所に人間であっただろう欠片が飛び散っている。

 

「これは…、そうか俺がやらせたのか…」

 

 激昂していた為、六腕の拠点に来るまでは気付かなかった。少し冷静になって改めて自分のした事が理解できた。

 

「人を…、殺してしまったんだな俺は…」

 

 死の騎士(デスナイト)に命令しただけで直接手を下した訳ではないとはいえこれはモモンガがやったに等しい。いや、モモンガがやったのだ。

 だからこそモモンガはとてつもないショックを受けていた。あまりの衝撃に自分の精神が崩壊するような錯覚さえ覚える程に。

 

 人を殺してしまったからではない。

 これだけの人を殺し、悲惨な現状を見てなお、()()()()()()()()()()()

 

 死を前にして憐憫も憤怒も焦燥も完全に欠落していた。

 テレビでの動物、もしくは昆虫を見るのにも等しい感情。

 罪悪感も恐怖も混乱も、一切生まれない静かな湖面の如き心。それは何故か。

 

「肉体だけでなく…、心まで人間をやめてしまったということか…」

 

 自嘲気味にフフッと笑うモモンガ。悪人だけとはいえ、一つの街を血で赤く染めて何も思わないなど、もはや人間ではない。

 もしかしたら突発的な怒りに駆られ、八本指を皆殺しにする命令を下せたのもアンデッドだったからなのかもしれない。

 

 これからどうしたらいいのだろうか。

 人間でなく、アンデッドとなってしまった事を理解した瞬間、モモンガは孤独感に襲われた。

 

「異世界で…、知り合いも誰もいない…。一人ぼっちか…」

 

 そう口にして、気付いてしまった。それは気付かない方が良かったかもしれない真実。

 

「ははは…、現実世界(リアル)と何も変わらないじゃないか…。親も友達も彼女も誰もいない…。俺にとってここと現実世界(リアル)と一体何の違いがあるって言うんだ…」

 

 心の拠り所だったユグドラシルも終了してしまった。

 現実世界(リアル)に帰れたとして死ぬまで働き続けるだけの日々しか存在しない。果たしてそんな場所に戻る価値があるのだろうか。それならばいっそ…。

 

「ふふ、そういう意味ではこのアンデッドの身体だけがあの栄光の日々の残滓か…」

 

 友との思い出が残るこの体だけが今のモモンガが唯一誇れるものだ。

 

「とはいえ…、こんな事をしてしまったらもうここにはいられないな…」

 

 罪悪感は無いとはいえ、自分の引き起こした事の重大さは認識している。このままこの都市に留まる訳にはいかない。

 モモンガはアイテムボックスから目立たないローブを取り出しそれに着替え、マスクを取り出す。アンデッドである事がバレるとそれだけで大騒ぎになるらしいと理解したからだ。

 

「そういえば空腹や疲れを感じない…。これはアンデッドの特性が生きているということなのか…?」

 

 そうであるならば好都合だ。

 食費等の生活費を稼ぐ必要も無い。

 

「自由に…、のんびりと世界を周るのも悪くないか…」

 

 本当にアンデッドなのだとしたら寿命すら存在しない筈だ。時間すら問題とならない。

 

「ただ…」

 

 まだモモンガの気は済んでいない。

 死の騎士(デスナイト)から八本指の報告を受ける過程でこの国の貴族や役人が彼等とズブズブだった事を聞いている。

 ある意味では真の元凶はそいつらとも言えるだろう。放っておくことなど出来ない。

 

 モモンガは死の騎士(デスナイト)へ新たな命令を下す。

 恐らく時間的にこれが最後の命令になるだろう。

 

死の騎士(デスナイト)達よ、八本指と関係のあった者達を全て集めろ』

 

 

 

 

 横で死の騎士(デスナイト)によって八本指の人間が次々と殺されていく中、捕まっていた貴族と役人達はただただ慈悲を乞うていた。

 いつ自分が殺されるのかという不安を抱えたまま必死に命乞いをしていた。

 やがて八本指の者達が全員殺されると次は自分達の番かと恐怖に身を竦ませるがしばらく待っても自分の番は来なかった。

 助かった、きっと誰もがそう思っただろう。

 しかし、わずかな空白の時間をおいて死の騎士(デスナイト)達は再び貴族と役人達を掴み、引き摺り歩き出す。

 

 主から新たな命令が下されたからだ。

 この愚かな下等生物を差し出す為に各地の死の騎士(デスナイト)達は主の元へ向かう。

 

 

 

 

 しばらくして死の騎士(デスナイト)達がモモンガの前に何人もの貴族や役人を引き連れてくる。

 予想よりも多い人数にモモンガは驚く。中には重症の為か気を失っている者がチラホラと見受けられる。一体死の騎士(デスナイト)達は何をやってたのだろう。

 何十人、いや何百人もの人間が次々とモモンガの前に放り出される。八本指との関係性はそれぞれであろうがこの都市だけでここまでいるとは思っていなかった。

 

(え、これだけ汚職に手を染めてる人間がいるの? ここの都市内だけでって事だよね? この国終わってない? それとも国って実際はこんなもんなの?)

 

 こういうものには疎い為、これが普通なのか異常なのかモモンガには計り知れない。

 だが、これだけの人間が手を汚しているという事実に再びモモンガの心に怒りの火が灯る。

 

「さて…、君たちは皆八本指との繋がりがあった者達らしいが…」

 

 とりあえずモモンガがそう切り出すと。

 

「助けて下さい! き、金貨ならいくらでも支払います!」

 

「わ、私だって払いますとも! 最高の絵画や彫刻だって!」

 

「い、命を助けてくれるなら何でも差し出します!」

 

「何でも準備致しますから! 女ですか!? 子供ですか!?」

 

「と、土地や権利だって出しますぞ!」

 

「も、もしこの国をお望みでしたら私どもが全力でバックアップ致しますとも!」

 

「う、うむ! わ、私も協力しますぞ! 貴方こそ王に相応しい!」

 

 貴族達が口々にモモンガへと媚びを売り始める。それは伝播していき、騒音となってモモンガに襲いかかる。それに耐えかね、モモンガが冷徹な声で告げる。

 

「騒々しい…、次に許可なく喋った奴は殺す…」

 

 嘘のようにピタッと声が止んだ。ここにいる者達のほとんどは馬鹿ではないし、実際に殺された者達を飽きる程見ている。だからこそ、その言葉が脅しではないと理解しているのだ。

 

「よし、静かになったな。それでは質問を始めようか…。あぁ、本音で頼むぞ。嘘はもちろん、適当に取り繕おうとした者も殺す。でだ、どうして君たちは八本指を野放しにするんだ…? それどころか手を結ぶ始末…。そんな事をすれば多くの民衆が苦しむと理解している筈だ…。なぜそんなことが出来る…?」

 

 だがその質問に対して貴族達は質問をよく理解していないのか、周囲の者と顔を見合わせている。

 八本指を野放しにする、そこまでは誰もが理解できていた。犯罪を生業とする彼等を良く思わない者達は当たり前だが多い。だが問題は民衆が苦しむという部分だ。

 

「あ、あの質問してもよろしいでしょうか…?」

 

 一人の貴族が手を挙げる。

 

「許可しよう」

 

 なぜか無意識的に大仰に振舞ってしまうモモンガ。恥ずかしくなるが今はそれどころではないので冷静なフリをする。

 

「は、八本指が犯罪組織だというのは理解しております…。しかしながら、その、や、やり過ぎた部分は確かにあったかもしれませんが彼等の存在は必要悪であったとも言えます…。わ、我々は日々、国の為に働いております…。我々がいなければ国は成り立ちません、下等な民衆の生活を保障し国を維持しているのは我々です…。そ、そんな我々に対して、この国の対価は見合ってない、と考えます…。だ、だからこそ、息抜きや正当な対価を貰うべく、民衆から徴収していたに過ぎません…。そ、そもそも彼等はもっと我々に感謝し、我々の為に働くべきだと思うのですが…」

 

 全員ではないだろうが、ここにいる者の多くがその言葉に同意するような顔をしている。

 

「……」

 

 自覚していない。そう思った。

 彼等はモモンガがイメージする腐った貴族というテンプレ中のテンプレだった。

 そもそもが自分達と一般市民を同列に考えていないのだ。同じ人間でありながら、自分達は選ばれ、優秀で、偉大で、国を為す崇高な人間。自分達によって生かされている愚かで無力な民達は、頭が悪く、努力も足りず、言われた事しか出来ない無能な人間なのだと。

 

 反吐が出る。

 

 自分達が潤うようにするのはいい。それを求めるのは当たり前の事だ。だが彼らが本当に優秀な人間であるのなら、下々の者達も笑って生きられる国を作るべきではないのか。

 誰かを犠牲に、足蹴にして得る利益を何の疑念も抱かず享受できるなど腐っているとしか形容できない。

 彼等の反応や口ぶりからすると、市民達を物か何かのように考えている気がする。取り換えの効くパーツか何かのような。

 

 とはいえ、実際に彼等は本当に国の為に働いているのかもしれない。もしかしたら彼等の言う通り、多少の犯罪も必要な事かもしれない。綺麗事だけでは物事を回らないのだから。

 

 だが、それでも。

 自分達は偉いからお前達はこき使われて当然だというような空気は容認できない。

 そうするのが正しいからとかそういう正義漢染みた事を言うつもりはモモンガにはない。

 ただ単純に、それが不快だからだ。

 

 使われる側の苦悩は十分過ぎる程に理解している。現実世界(リアル)でも貧困層だったモモンガはどれだけ努力してもそれが一定以上実らないのは知っている。企業の経営陣に逆らえば生きていけない。どれだけ酷い扱いを受けようと文句を言わず働き続けるしかない。

 利益のほとんどは富裕層が吸い上げる。

 貧困層に生まれた時点で、奴隷のように生きねばならない現実は変えようがないのだ。親のおかげで貧困層の中ではマシだったとはいえ、その現実から逃げる為にモモンガはユグドラシルに逃避した。作り物であったとしても、あそこにはモモンガの望む物が、冒険が、夢が、大事な友人達がいた。生きる希望をくれたのだ。

 

 ユグドラシルがなければ今のモモンガはいなかった。雲の上から貧困層を見下す者達をただただ呪って生きるだけだったかもしれない。死ぬまでずっと。

 

 目の前にいる者達はモモンガのいた世界の富裕層ではないし、この世界では彼らの理論こそが正しいのかもしれない。

 だがやはり、人間だった自分からは逃げられないという事だろうか。そこにかつての負の感情をどうしても重ね合わせてしまう。心が吹き荒れる。

 モモンガは社会の仕組みも、国としての在り方も本当の意味では理解していないただの一般人に過ぎない。表向きの情報しか知らず、真実など手にとれる筈もない。

 だからこそ綺麗事を夢想し、理想論に憧れ、それこそが正しいのではないかと信じた。叶わぬ願いだと知りながら。

 

 ここにいる貴族や役人達にとってはとばっちりだっただろう。

 そんなモモンガの身勝手で独善的な価値観によって断ぜられる事になるなど。

 

 ただ、誰が正しくて誰が間違っているのか。

 それは一体、誰が決めるのだろうか。

 

 

 

 

 全てが終わった後、モモンガは歩き出す。

 すでに捕まえた貴族や役人達はここから逃げ去った後である。有り体に言えば説教しまくったのだ。もちろん脅し込みで。とりあえず「次なんかやったら死を告げに行くから」と言ったら皆、卒倒しそうになってたなと思い出し笑う。

 彼等は犯罪を生業にする八本指とは違うので流石に殺しはしなかったし、その処分は国にこそ任せるべきだろうと考えた。そこまではモモンガが首を突っ込むべきではないと判断したのもある。

 

「殺しても良かったけどそれで国が崩壊したら本末転倒だしなぁ…」

 

 今回の事件は本質的には自分の為であるのだが、一応市民の為という側面もある。だからモモンガの行為によって国が滅んでしまえば苦しむ人々が出てくるだろう。民衆を苦しめるのはモモンガの本意ではない。

 

「さてどこに向かおうか…」

 

 当ても無く、適当な方向へと足を進めるモモンガ。

 

「蒼の薔薇だっけ? 彼女達に見つかる前に都市を出ないとなぁ…」

 

 蒼の薔薇――人類最高峰の強さを持つという冒険者達だ。

 戦った感じではカンスト級ではない気がするが、実際に最低60レベルは必要な忍者が2人もいることから決してレベルは低くないと想定できる。現在のモモンガにとっては十分過ぎる程に脅威なのだ。色々とやらかしてしまったのでモモンガを探しに来るかもしれない。なんとしてでも見つかる前に逃げるべきだろう。

 もし死の騎士(デスナイト)に蒼の薔薇について訊ねる機会があればボコボコにしましたという報告を受ける事が出来たのだろうがそうはならなかった。死の騎士(デスナイト)とて八本指殺害の命令が下されてからはそれに夢中で取るに足らない蒼の薔薇のその後については報告しようとは考えなかったのだ。

 結果、モモンガは蒼の薔薇の影に怯えたまま、そそくさとその場を後にする事にした。

 

 時間制限の関係かすでに死の騎士(デスナイト)達は消えている。

 だからモモンガはもう一人だ。

 その筈だったのだが。

 先ほどの説教後、なぜか同行者が一人増えてしまった。

 彼もモモンガ同様行く当てがないらしいし、モモンガも一人よりは寂しくないかと判断したのだが…。

 

「なんでそんなへりくだるかなぁ…、普通に接してくれればいいのに…」

 

 逆にこの状況で普通に接して貰えると思っているモモンガの方がどうかしていた。

 

 

 

 

 レエブン侯はたった数時間で死人のようにやつれていた。 

 元々、日光にあまり当たらないため肌は不健康な白色で実際の年齢よりも老けて見えるのだが、それを差し引いても酷かった。知っている人が見れば別人であると見間違う程に。

 

「うぅ…! うぅぅううう…!」

 

 五歳の息子に寄り添いレエブン侯は嗚咽を漏らす。

 刻一刻と死に近づく息子を前に彼はただ涙を流し、歯を食いしばるだけだ。

 もちろん考えられるだけの努力はした。

 何度も声を上げ助けを求めたし、近くにある助けを求められそうな施設まで足を走らせた。だが全てが徒労だった。

 息子を抱え上げようとすると、少し動かすだけで口から大量の血を吐いてしまうので動かせない。

 遠くまで助けを求めにいくべきかもしれないが安全を確保できない状態で怪我をした妻と瀕死の息子を置いていく事など出来ない。

 故に八方塞がりの状態でレエブン侯はここで唸るしか出来ない。

 息子の体温が徐々に下がっていく。呼吸音も小さく、少なくなっていく。

 命が、零れ落ちていくのを感じる。

 

「駄目だ…! 逝かないでくれ…! お願いだ…!」

 

 もうじき命の灯が消える。

 この小さな命が散る。

 それはレエブン侯の終わりと同義だ。

 彼の全てであるその命が消えればレエブン侯の存在意義も消える。

 レエブン侯の何もかもが崩れ去る。

 

 その終焉が訪れる刹那。

 

「こんな所でうずくまってどうしたんですか?」

 

 声をかけられた。

 どんな声だったのか覚えていない。

 ただ、反射的に声のする方へ振り向いた。

 仮面を被った奇妙な男だった。

 その仮面の男はレエブン侯の振りむいた隙間から倒れている子供の姿を見た。

 

「! た、大変だ…! 酷い怪我じゃないですか…!」

 

 その反応で初めて自分の危機を察してくれる人物が登場したと気づいたレエブン侯は喜びを隠せない。だが、全てはもう遅い。すでに信仰系魔法を使用したとして手遅れの段階だろう。

 だがレエブン侯はわずかな可能性に縋る。0に限りなく近かろうと、何もしなければ0なのだ。ここで労力を割くことに何の躊躇があろうか。

 

「ど、どなたか知りませんが助けて下さい…! 息子が…! 大事な息子なんです…! 何でも支払います! どんな要求でも構いません! 我が家の全財産を払ってもいい…! お願いします…! 我が名に誓って必ず…」

 

「いりませんよ」

 

「え…?」

 

 仮面の男はレエブン侯を制止しつつ、懐から一つの小瓶を出す。レエブン侯から見ても素晴らしい意匠の施された高価そうな品だった。その中には血のような赤い液体が詰まっている。

 だがレエブン侯は仮面の男の小瓶を持つ手に目がいく。

 骨の手だった。

 即座に血の気が引く。目の前にいる存在が何者なのか瞬時に理解した。

 

「あ…、あぁ…!」

 

 恐れおののくレエブン侯を落ち着かせるように仮面の男は優しく囁く。

 

「大丈夫です、これで助かりますよ」

 

 それは悪魔の誘いだったのかもしれない。恐らくこの王都を恐怖のどん底に叩き落した張本人、あるいはそれに連なる者。これはレエブン侯を陥れる為の罠かもしれない。

 だがそれが何だというのだろう。

 このままではレエブン侯の全てが終わるのだ。例え、悪魔、いや死者に魂を捧げたって惜しくはない。仮面の男の行動をただ黙って見守る事にするレエブン侯。

 

 仮面の男の持つ小瓶が開けられ、そこから血のような雫が流れ落ちた。

 その雫がレエブン侯の息子に注がれた瞬間、奇跡が起きた。

 

 まるで高位の魔法か何かのように瞬時に息子の傷が癒えていく。血色は良くなり、体温が戻っていく。あれだけか細かった呼吸音が嘘だったかのように今は力強く感じられる。

 レエブン侯の理解を超える何かがこの場で起きたのだ。

 

「あぁ…! あぁぁぁ!」

 

 言葉にならない。

 失われたと思った命が、レエブン侯の全てがこの手に戻ってきた。

 思わず息子を抱きかかえる。確かに感じる。幻ではない。息子は助かったのだ。

 

「……パパ?」

 

「っ!! うあぁあぁぁぁぁ…!!」

 

 息子の目が開き、寝起きのような気だるげな声でレエブン侯を呼ぶ。それが信じられないほど嬉しくて、感情が爆発する。人生でこれほど泣いた事がないだろうという程に嗚咽し体を震わせる。まだダダをこねる幼子のほうがマシであるぐらいみっともない姿だったが誰もそれを責める事は出来ないだろう。

 

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

 レエブン侯が顔中から液体を垂れ流し仮面の男へと感謝を告げる。

 この男が何者でも構わない。本物の悪魔でも死者でも何でもいい。この男だけがレエブン侯を救ってくれたのだ。例え何を要求されようともレエブン侯は躊躇なくそれを叶えようとするだろう。

 

「必ず…! この命に代えてでも必ずお礼を…!」

 

「いらないって言ったでしょう?」

 

 仮面の男が優しく言葉を呟く。

 

「困っている人がいたら助けるのは当たり前、ですからね」

 

 レエブン侯の頭が真っ白になる。

 今までの既成概念が固定観念が、何もかもが崩れ出す。

 これは本当にレエブン侯の想定した人物だったのだろうか。本当に王都を陥れた張本人なのだろうか。もしそうだとするならば何か別の狙いがあったとは考えられないだろうか。

 何か思い違いをしているのかもしれない。

 目の前の男はアンデッドなどではなく…。

 

「あ、貴方は…」

 

 レエブン侯がそう言いかけるが仮面の男の方が先に口を開いた。

 

「そうだ、もしお願いを聞いてくれると言うのならこれで皆を助けてあげて下さい。どうやら怪我人が沢山出てしまっているようなので…」

 

 仮面の男が先ほどの小瓶を大量に取り出す。どこにしまっていたのだろう。何百本という人の腰の高さまでありそうな小瓶の山をその場に作った。

 

「こ、これは…?」

 

「今使った物と同じです。ただのポーションですよ」

 

 ポーション?

 だがそれはレエブン侯の知る物とかけ離れている。

 ポーションの色は青。それは揺るがぬ事実だ。

 だが広い知識を持つレエブン侯は聞いた事があった。

 

 ―真のポーションは神の血を示す―

 

 御伽噺の類だ。薬師達の間でも神の血は青いのだ、という冗談が交わされるほど。

 だが本当にそうなのだろうか。

 レエブン侯は先ほど、奇跡を目にしている。

 高位の魔法ですら助からないのではないかという死の間際にいたのにも拘らず嘘のように息子は回復した。

 疑いようが無い、本物だ。

 一本ですら値段の付けられない幻のポーションが目の前にこれだけ存在する。

 レエブン侯の口から渇いた笑いが漏れる。

 我が家の全財産を支払ってもいい? なんと愚かな。

 たかだか一貴族の財産など比べ物にならない破格の価値がここにあるのだ。はした金など求める筈がない。

 何より驚くべきはそれだけの価値の物を容易く投げ出した事だ。

 

「ま、まさか…、まさか貴方は…」

 

 なぜ真のポーションは神の血を示すと語られたのだろう。

 色だけで判断するなら血の色を示すという言葉だけで充分な筈だ。

 その効果を表現する為に神という比喩を使っただけなのかもしれない。

 しかし、もしそうではなかったら?

 その存在を証明するように、神の血を示していたとしたら。

 

 レエブン侯の消え入りそうな声は届かなかったのだろう。言葉を返す事なく仮面の男はその場を後にした。

 未だに何が起きたのかレエブン侯には全容を把握できていない。

 しかしどんな願いでも聞くと懇願した相手に頼まれたのだ。今は応えなければなるまい。

 

 レエブン侯はさっそく妻の怪我を治すと息子を預け、王都の怪我人を救うために単身走り始めた。

 

 

 

 

 夜が明け、王都を襲ったアンデッド達が姿を消した後、多くの貴族や役人が城に助けを求めにきた。

 誰も彼もが必死に自分の罪を白状し、保護してくれと懇願した。まるでそうしなければ誰かに殺されると確信しているように思えるほど焦燥感に包まれていた。

 そうして貴族や役人達の口からは数々の信じられない事が語られた。

 八本指と繋がっている者はもちろん、汚職に手を染めた者、違法な取引をしている者、国の存続に関わる暗部まで。

 いずれも証拠は出揃い、それが真実だと疑いのようのない事態になった。誰も言い逃れの出来ない状況。

 そこまで徹底出来たのは自首してきた貴族の力によるものが大きい。誰も彼もが罪を告白すると共に、完璧な証拠を提出したのだ。

 おかしな話だ。

 自分の罪を肯定する為に証拠を揃えるなど前代未聞であろう。

 しかもどこから漏れたのかその内容は瞬く間に民衆に伝わり、一晩にして王都だけでなく国中の貴族達の権威が地に落ちた。王族も例外ではなく、そういった貴族達を野放しにしてきた責を問われる事になった。

 もう国の維持など出来ない。

 本来ならばここからでも持ち直す事は出来ただろうが、謎のアンデッドの影に怯えながらではそれは不可能だ。誰も自分の力を誇示しようなどとは思わない。

 やがて何もかもが機能しなくなり、王国の全てが崩れ去る。

 

 そうしてリ・エスティーゼ王国は一晩にして、崩壊した。

 

 

 

 

 王城の自室から都市を見下ろすラナー。

 もはや形骸化した城で、しかも王女という肩書すら意味を成さなくなったのにも拘らずその表情は穏やかだ。

 城から追い出されようと、国を追われる事になろうともそんな事は問題ではないのだ。

 クライムが無事に帰ってきた。

 それだけが彼女の全てであり、他に求めるものなどない。今は事後処理に追われ忙しく走り回っているがそんなもの全て放ってずっと横に居てほしいと願う。クライムの信じるラナーを演じる為にも今は我慢しているが。

 

 王国はじきに帝国に併合されるだろう。

 現在、各地の不満を抑える為に貴族達から土地や財産を没収し、多くの民衆や、不当に扱ってきた者達への補填に当てているがそれも時間の問題だ。

 国として機能しなくなった以上、すぐに新たな問題が起きる。

 治安の悪化、起きる暴動。

 もうそれらを止める力は王国にはない。

 

 ただ唯一の救いは、王国がアンデッドに襲われ崩壊した哀れな国という図式になっていることだ。

 帝国からすればこのタイミングで手を差し伸べなければ、将来的に併合しようとしても反発が起きるだろう。人道的な面から見ても慈悲深い帝国を演出しなければならない。攻め入るなど以ての外だ。

 本来の狙いであった属国にしようにも王国としては破綻しているので帝国が直接統治しなければならず、慈悲深い帝国としては、王国民にも同様の権利を与えざるを得なくなる。帝国民として迎え入れなければならない。というより、そこまで出来なければ帝国を支配する鮮血帝のカリスマ性は失われる。

 弱った国を取り込み、良いように使ったとあっては周辺国家からも非難されかねない。

 邪魔者や無能な貴族をどれだけ処刑してきたとしても、弱った民草を無碍に扱って許される道理などないのだ。

 

 ラナーはふふっと厭らしく顔を歪める。

 鮮血帝にとって突然王国全土を支配しなければいけなくなるのは相当の負担であろう。もちろん将来的に考えれば王国を併合できるメリットは莫大だが今はそうではない。

 王族、貴族の権威が失墜した為、彼等に統治を任せる訳にはいかない。必然的に帝国内の人間を派遣しなければいけなくなる。大量の人材を派遣してしまえば当然、帝国内の統治が滞る。

 これから帝国は大変だろう。仕事は山積みなのに、それを帝国の人間だけで処理しなければならない。王国の貴族達を正式に断罪するのも彼等の役目になる。罪人を入れる牢屋も足りなくなるだろう。何もかもが追い付かない。

 何より、未知のアンデッドの被害にあった都市。その統治は繊細さが要求されるだろう。もしかしたら再び姿を現す可能性すらあるのだから。警戒も十分にしなければならない。

 数年は地獄だろうな、そう考えるとラナーは愉快な気持ちになるのだ。

 

「失礼します」

 

「どうぞ」

 

 ラナーの返事を聞くとクライムが入室する。

 

「おかえりクライム。それで被害の程は?」

 

「はい。王都内で死亡した者達はその全てが八本指に所属していた者達のようです。死体からは判別がつかなかったのですが生き残った者達に確認した所、民衆には大きな被害が無いであろうとの事です」

 

「そう…。凄いわね…」

 

 ラナーが感心したように小さく呟く。

 それは本音だった。

 

「クライムは聞いている? レエブン侯からの報告によるとどうやら民衆における怪我人すら現状でほぼ0、という事になっているようね」

 

「えっ、ど、どういうことですか!?」

 

 初耳とばかりにクライムが身を乗り出す。その言葉は信じ難かった。実際にクライムは見ているのだ。二次的被害に巻き込まれ怪我した多くの民衆を。

 

「聞いていないの? レエブン侯がどこかからか神の血と呼ばれる大量のポーションを持ち込み怪我をしている者達を治していったのよ。血を思わせる真っ赤なポーション…、瀕死の者ですら嘘のように回復したとか…」

 

「……!」

 

 ラナーの言葉にクライムの顔が驚きに包まれる。それはレエブン侯が大量のポーションを持ち込んだ事ではない。そのポーションに覚えがあったからだ。

 

「あら…、何か知っているというような顔ね? 教えてくれないかしら?」

 

「じ、実は…」

 

 そうしてクライムは語る。自分が見聞きしたもの全てを。

 

「そう…、そんなことが…」

 

「し、信じられないと思いますが…」

 

「信じるわ」

 

 クライムの言葉をあっさりと信じると口にするラナー。流石にクライムも驚きを隠せない。

 

「それに貴方の話でやっと話が繋がった。なるほどね…。ねぇ、クライム。レエブン侯に真っ赤なポーションを渡した人物がいるらしいのだけれどその人物が何と言って渡したか分かる?」

 

「い、いえ…」

 

「『困っている人がいたら助けるのは当たり前』、そう言ったらしいわ」

 

「な…!!」

 

「貴方が出会ったという人物と同じ台詞ね」

 

 ニコリとラナーが微笑む。

 

「貴方の言う通り、その人物がアンデッドだとすると…同一人物でしょう。とても信じがたい話ではあるのだけれど彼は王国を救ってくれた救世主と言えるわ」

 

「王国を…救った…?」

 

「ええ。一晩にして王国の膿を取り除き、あらゆる理不尽から民衆を救った…。もちろん強引なやり方ではあったでしょうけれど他にこの膿を取り出す手段なんて無かったわ…。それに二次的な被害を受けた民衆へのアフターケアもしてくれたようだし…。結果として善良な者の被害は0。国としては存続できないかもしれないけれど帝国に併合されれば以前よりも真っ当な国として蘇る事が出来る…」

 

「……!!」

 

「元々は私達王族が無能だったのがいけないのです…。そういう意味では私達の手を離れた方が民衆は幸せに暮らせるでしょう」

 

「そ、そんなラナー様は…」

 

「いいのよクライム。それに、今は感謝しましょう。民衆を救ってくれたその偉大なる不死者に…」

 

 結局クライムはモモンガを探し出すことは出来なかった。それからずっと心に黒いものが渦巻いていたが、ラナーの言葉によってクライムがモモンガに抱いていた疑念は全て氷解した。

 やはり間違っていなかった。

 僅かでも疑った自分をクライムは心から恥じる。あの方は偉大で、慈悲に溢れ、理想を形に出来る力を持っている。

 そう感じたクライムは確かに間違っていなかったのだ。自分の望む正義を体現してくれる人物がいる事に喜びを隠せない。感動の余り、ラナーの前でありながらクライムは涙を流した。

 

「あらあら…、しょうがないですねクライムは」

 

「ラ、ラナー様っ…!?」

 

 ラナーがクライムを優しく抱き寄せる。

 

「私が王女でなくなるのも時間の問題…。何も気にする事などないわ…。ねぇ、クライム、一つ聞いてもいいかしら」

 

「は、はい、ラナー様」

 

「私が王女でなくなっても…、貴方はずっと私の騎士でいてくれますか…?」

 

「!! と、当然です! 何があろうと私がラナー様を一生お守りします!」

 

「そう、ありがとうクライム」

 

 クライムの瞳の外でラナーが悪魔のように顔を歪める。

 王女という肩書などラナーにとっては邪魔なだけだ。自分とクライムの仲を切り裂く忌むべきもの。それが取り除かれる。その一点に関してだけは例のアンデッドに感謝してもいいだろう。

 クライムが助けたという女などは本当ならどんな手を使ってでも殺している所だがそのアンデッドが手ずから救った者だ。さすがに手を出すのは危険であろう。それに今はあのレエブン侯の所でメイドとして働いている。

 問題はレエブン侯なのだ。

 彼がいれば帝国併合後にも色々と動いて貰えただろうが今はもう不可能だ。

 

 レエブン侯はすでにあのアンデッドに()()()()()()

 

 民衆を直接救った事で多大な支持を受けている彼は今回の事件で数少ない無事な貴族の一人だ。帝国併合後も国の為に尽力してくれるだろう。しかしあの狡猾で計算高いレエブン侯はどこかへ消えた。人が変わったようなその姿は狂信者を思わせる。

 あれが魔に魅入られた者の末路か、とラナーは思う。

 今のレエブン侯はもうラナーにはコントロール出来ない。王国内で味方になり得る数少ない優秀な人物を失ってしまった事は素直に痛手である。

 そして例のアンデッドのしたたかさを痛感するラナー。何を目的に王国へ訪れたかは不明だが今回の事件の手際は見事と言う他ない。恐怖だけであそこまで人を動かせるのかと素直に驚いた。

 見方を変えるだけで善にも悪にもなりそうな二面性を孕んだ恐ろしい存在。上がってくる情報だけではとてもではないが全容を把握できない。

 レエブン侯という優秀な傀儡を手に入れた手腕も素晴らしい。将来を見据え、この国に何らかの種を蒔いたということだろうか。

 

 とはいえ、今は自分の行く末を考えねばならないが多少は運を天に任せるしかあるまい。

 それに心配せずとも鮮血帝ならば自分を無碍には扱わないだろうという確信もある。役に立つ情報を提供できる限りは。

 だから今はただ抱き寄せたクライムの温度をこの肌に感じるだけだ。

 

 あぁ、クライム、クライム。私の、私だけのクライム。

 首輪を着けて一生飼い殺しにしたいほど、狂おしいほど愛している。

 誰にも渡しはしない。神だろうと悪魔だろうと、あの不死者にだろうと。

 クライムは私のもの。

 

 私の、全て。

 

 

 

 

 王国の片田舎、草原が広がる場所で彼等は先行部隊の報を待つ。

 だが彼等の耳に入ったものは望んだ報では無かった。

 

「た、隊長! ニグン隊長!」

 

「どうした? 獲物が檻に入ったか?」

 

「ち、違いますっ! 本国からです! お、王国が滅びたとの事! 陽光聖典は即座に任務を中断し本国に撤退せよとの事です!」

 

「な、なんだと!? ど、どういうことだ!?」

 

「な、謎のアンデッドがどこからか突如現れたようです…! あ、蒼の薔薇でさえ返り討ちに遭ったとか…。 もはやガゼフ・ストロノーフなどに構っている事態ではないようで…! 上層部の話ではもしかすると復活を予言されていた破滅の竜王(カタストロフドラゴンロード)ではないかとも…!」

 

 ニグンと呼ばれた隊長を含め、周囲にいる隊員達はその報告に絶句する。

 突然、王国が滅びたと言われても誰も受け入れる事が出来ないだろう。

 そして、破滅の竜王(カタストロフドラゴンロード)の復活。

 もしそうならば国の存続どころではない。最悪、人類の存亡がかかっている。

 

「た、隊長…?」

 

「す、すぐに撤退する…。確かにガゼフどころの話ではないようだな…。しかし、なんということだ…。おぉ、神よ、どうか我らを救いたまえ…」

 

 ニグンは先行部隊を呼び戻し本国への撤退を開始する。

 想定外の事態に唖然としながらも、蒼の薔薇が返り討ちに遭ったという一文だけは彼の心に一時の清涼感をもたらした。

 

 

 

 

 王国の端に位置するカルネ村。

 そこには王国戦士長をはじめとする直属の部下達がいた。

 

「ガゼフ戦士長、どうやらこの村は無事のようです…!」

 

「うむ、間に合ったか。良かった…」

 

 ガゼフと呼ばれた男はホッと胸を撫で下ろす。自分達が生きて帰れるかは不明だが、少なくとも村の者達が虐殺されるのは防げると思ったからだ。

 だが遠くから早馬で駆けてくる王国の使者が姿を現した。

 

「戦士長ーっ!」

 

 ガゼフ達の姿を確認するとその使者が必死に腕を振る。ガゼフの元に着いた時にはその姿から何日も休み無しで飛ばしてきたのだろう気配が窺えた。

 

「どうした? 何かあったのか?」

 

「そ、それが…! それが! お、王都が! 王都にアンデッドが現れて…!」

 

 使者の言葉を最後まで聞いていく内にガゼフとその部下達の表情が色を失なっていく。

 

「そ、そんな…! そんなことが…!」

 

 自分が不在の間に王都に危機が訪れていた事に絶望し歯噛みするガゼフ。

 その場にいた誰もが帰るべき国が無くなった事実を受け入れる事が出来ず、ただただその場に立ち尽くしていた。

 

 

 

 

「ちわー、カジっちゃんいるー?」

 

「その挨拶はやめないか、誇りあるズーラーノーンの名が泣くわ」

 

 王国のエ・ランテルという都市の墓地、その奥にある霊廟の中。

 そこには秘密結社ズーラーノーンの十二高弟の一人であるカジットが居を構えていた。彼はエ・ランテルを死の都にする為に何年もかけここで儀式の準備をしていたのだ。

 そこに軽口を叩きながら軽薄そうな女が入ってくる。

 

「しかしクレマンティーヌよ。こんな時にわざわざ何の用だ? お前なら法国側に付くと思っていたのだがな…」

 

「?? 何言ってるかわかんないけどさ、ホラ、これ持ってきてあげたんだよー」

 

 そう言って懐からサークレットを取り出すクレマンティーヌ。

 

「それは! 巫女姫の証! 叡者の額冠! スレイン法国の最秘宝の一つではないか!」

 

「そうだよー」

 

 ケラケラと笑うクレマンティーヌ。しかしそれを見るカジットが妙だ。驚いているには驚いているがそれはスレイン法国の最秘宝がここにあるからではない。別の理由だ。

 

「ん? どしたの? せっかくこれでカジっちゃんの儀式の手伝いしてあげようと思ったのにー。でっかいイベント起こしてる間に私はとんずら、って、あ、もしかして使えないとか思ってる? この街には素晴らしい生まれながらの異能(タレント)持ちがいるんでしょー? そいつなら…、ってカジっちゃん聞いてるー?」

 

 やれやれと頭に手を当てるカジットに向ってクレマンティーヌが心外とばかりにプンスカという感じで文句を言う。

 

「馬鹿だ馬鹿だと思っていたがここまでとはな…」

 

「はぁ?」

 

「まさか知らないのか…? いや知らないからこそこんな真似をしたのか…。だとするなら恐ろしいほど間が悪いな…」

 

「さっきから何なのー。…殺すよ?」

 

 今にも爆発しそうな殺気をカジットに向けるクレマンティーヌ。だが当のカジットは冷静だ。

 

「ふん、そんな脅し文句よりも自分の身を案じろ。お前の今の立場は想像以上にマズいぞ」

 

「だから何なんだってぇの!」

 

 怒気を孕み、睨みつけるクレマンティーヌを尻目に一呼吸おいてカジットが口を開く。

 

「先日、謎のアンデッドが突如として現れ王都を血の海に沈めたらしい。八本指は全滅。繋がりのあった貴族共はその罪の全てが露見し、王国は一晩で崩壊したのだ。ここエ・ランテルでもそんな貴族共への不満が爆発し統制が取れなくなっておる。もう権威は失われ、無秩序状態に近い。今は冒険者共が必死に抑え込んでおるよ」

 

「え…? は…?」

 

「信じられんか? だがその謎のアンデッドはたった一体であの蒼の薔薇を返り討ちにし、伝説のアンデッドを10体以上も召喚したと聞いている…。ハッキリいって世界規模の災厄だ。当然、法国が放っておくわけあるまい。最悪の場合、国を挙げての総力戦になるだろう。まさかそんな時に法国を裏切る真似をするとはな…」

 

 その言葉を聞いてクレマンティーヌの顔色が悪くなっていく。

 

「聖王国あたりにでも逃げるつもりだったか? まぁそれもよかろう。ただズーラーノーンの追っ手にも気を付けるんだな」

 

「な、なんでっ…」

 

「ククク、ついに盟主が動くのだ。お主は逃亡中で聞いておらんかったようだが全十二高弟への招集もかかっているぞ。当たり前だろう。そんな規格外のアンデッド、我々としても放っておくわけにはいくまいよ。引き入れに動くのは当然、決裂したら戦争だ。こんな時に姿を眩ましていたら組織から反感を買うぞ? 法国の後ろ盾が無い今のお主が組織に睨まれるわけにいくまい」

 

「っ……!」

 

 口をパクパクとさせるクレマンティーヌ。

 やらかした――その言葉がクレマンティーヌの脳裏を駆け巡る。

 

「法国と我々両方の追っ手から逃げるなどいくらお主でも厳しかろうよ。正直、これ程の未知数の相手では法国に身をおいておいた方が色々と都合が良かったと思うがな。まぁ過去を悔やんでもしょうがあるまい。なぁに、お主も十二高弟の一人なのだ。仲良くやろうではないか」

 

 ニヤニヤとカジットが笑う。

 

 最悪のタイミングだった。ズーラーノーンが組織を挙げて動くならほとぼりが冷めるまで姿を眩ましている訳にもいかない。法国の追っ手から逃げなければならないのにそれが出来ないのだ。

 なにより法国を裏切り、立場の弱くなった今のクレマンティーヌをズーラーノーンが利用しない手はない。無理難題を吹っ掛けても文句の言えない良い手駒が手に入ったのだから。

 

 ハッキリ言えば、捨て駒に使われる可能性すらある。

 

 法国とカチ合う可能性のある前線に送り出されるかもしれないし、その例のアンデッドへの最初の使者にでもされるかもしれない。だがそんな危険な場所へ送り出されたとしても、あるいは奴隷のように扱われたとしてもクレマンティーヌには文句の一つも言えない。

 ここでズーラーノーンと敵対すれば全てが終わってしまうのだから。

 

「うぐぅ…、な、なんで…、なんでこんな事に…、そんな…」

 

 頭を抱えその場に膝を突くクレマンティーヌ。

 前には粛清しようとする法国、後ろには利用しようとするズーラーノーン。そして未知なる危険なアンデッドの到来。王都を血の海に沈めるような者とまともな交渉など出来る筈がない。

 自分の周囲に限りない闇が広がっている事を理解したクレマンティーヌ。

 どう足掻いてもその未来には絶望しかない。

 

 

 

 

 太陽が照り、川のせせらぎが優しげに響く。

 草木はそよぎ、気持ちの良い風が辺りを吹き抜ける。

 

「あー、いい天気ですねー」

 

 王国を滅ぼした当事者とは思えない呑気な声を出すモモンガ。本人は滅ぼしたつもりなど1ミリも無いので仕方ない事ではあるが。

 そんなモモンガの後ろを従者のように一つの影が付き従う。

 モモンガ同様ローブに身を包み、その顔を仮面で隠している。

 

「……」

 

 彼は自然の景色に感動しているような様子のモモンガを不思議そうに眺めていた。

 

「ん、どうしたんですか? デイバーノックさん」

 

 モモンガが振り返り、その名を呼ぶ。

 デイバーノックはあの夜の事を思い出す。

 なんと恐ろしく、なんと衝撃的で、何よりも甘く蠱惑的なあの夜の事を。

 

 

 

 

「不死の王に仕える偉大なる騎士よ! どうか私を王の元まで連れていってくれないか? 私の忠誠をかの御方に捧げたいのだ!」

 

 だがデイバーノックの言葉に死の騎士(デスナイト)は何も答えない。

 

「オォォオォオオオ…!」

 

 それどころか、殺気に満ちた死の騎士(デスナイト)の手がデイバーノックへと伸ばされた。その手はデイバーノックの喉をガッチリと掴み、身体を持ち上げる。

 

「ま、待ってくれ…、わ、私は…! 私は…!」

 

 デイバーノックの嘆きに死の騎士(デスナイト)は答えない。

 それが何を意味するのか察して、自分の望みが叶わぬ事を悟って失意の底に沈むデイバーノック。

 これから自分は滅ぼされるのだと覚悟した。

 

 だが実際はそうではなかった。

 死の騎士(デスナイト)は困惑していたのだ。己の判断で対処できないこの事態に。

 

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 それが至高なる御方の命令だった。

 しかし今、死の騎士(デスナイト)がその手に捕まえている存在は。

 

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 滅ぼせ、という命令ならば悩む事は無かっただろう。だが殺せという命令ではアンデッドに対してどう対処してよいのか答えを導き出すことは出来ない。

 命令の対象外として捨て置くべきだろうか。しかし至高なる御方が敵と見做した八本指という組織に所属する者だ。独自の判断で滅ぼすべきだろうか。

 死の騎士(デスナイト)は必死に考えを巡らす。

 だが何よりも偉大で至高なる御方がわざわざ殺せ、という言葉を使ったのだ。その意思を尊重するべきであろう。至高なる御方の命令は絶対なのだ。

 そうして死の騎士(デスナイト)は他の貴族や役人達と一緒にこのアンデッドをモモンガの前に差し出すという選択を選ぶ。

 それならば偉大なる主の命令を違える事にもならないし、もし滅ぼす必要があればその際に命令を下してくれるだろうという判断だった。

 そして死の騎士(デスナイト)は貴族や役人達と共にデイバーノックを連れ、引き摺り歩き出す。

 

 

 

 

 貴族や役人達を集めて開かれた講習会はデイバーノックにとっては衝撃だった。

 全てが己の常識と異なるものだったからだ。

 全てが理解できた訳ではなかったが、不死の王は既存の権威や地位を否定し、価値観を否定していた。強者の為ではなく、弱者の為にこそ力を使うべきだという言葉はデイバーノックの理解の外だった。

 考えた事も無かった。

 弱き者は奪われるだけの存在だ。強者の餌でしかない。

 ずっとそう思っていた。だが違ったのだ。

 デイバーノックはしばらくしてやっと不死の王の真意に触れた気がした。

 

 偽りの生を受けてからデイバーノックはずっと魔法に焦がれてきた。戦えば自分より弱いであろう人間でも自分の知らない知識や魔法を知っていれば師事したこともあった。

 その事を思い出した時、全てが繋がったのだ。そして理解した。

 

 魔法の下に全ての存在は平等なのだと。

 

 例えば、逸脱者と呼ばれる帝国の主席宮廷魔法使いはこの世界における最高峰の魔法詠唱者(マジックキャスター)の一人であろう。

 だが彼は生まれた時からそうだったのか? 否。断じて否である。

 才能があり、早熟だったとしても、赤子の時にその身に凶刃が振り下ろされれば容易く命を失うだろう。当然の事だ。最初から強さも知識も得ている存在などいない。

 だからなのだ。

 現在、弱いから、身分が低いからと不当な扱いを受けている者も10年後、あるいは20年後にとてつもない才を発揮するかもしれない。

 だがその環境を与えられなければ、命が消え去ってしまえばその全てが失われる。

 知識とは、魔法とは、長い歴史の中で少しずつ積み重ねていくものだ。

 自分だってそうだ。いくつかは生来のものや独自に辿り着いたものもあるが、多くの知識や魔法は他者から教えられ、与えられたものだ。

 魔術の深淵に達する為には一人では無理だ。

 この世に存在する全ての魔法を自分が扱う事が出来るようになるか? 答えはノーだ。いくら修練を積もうと一部の信仰系魔法などアンデッドの身ではどう転んでも習得する事は出来ないだろう。

 だがそういった知識もまた、魔術の深淵への大事な道しるべなのだ。

 自分だけでなく、あらゆる者が紡ぎ、作り上げる道こそが深淵へと導いてくれるのだ。

 例えば、戦士の場合いくら強かろうと、優秀な鍛冶師がいなければその実力を十全に発揮できないだろう。ポーションを作る者がいなければ傷一つが致命傷になりかねない。全てがそうなのだ。繋がっている。

 その事が、やっと理解できた。

 

 この世に失われていい命などない。

 不当に扱われていい者達などいないのだ。

 魔法の下には誰もが平等。

 貴賤など存在せず、この世に存在する全ての者が魔法の礎となり得るのだ。

 全てが宝物で、全てが掛け替えのない大事なものだったのだ。

  

 だからこそ、他者を貶め、堕落させ、貪る八本指は断罪されたのだ。

 多くの命を粗末に扱う彼等は魔道の敵に他ならない。

 いくら強く才能があろうと、無尽蔵に弱者を摘んでしまう者は将来的に考えればマイナスとなる。だからそういった者達は間引かねばならない。

 強さとは時間がもたらす差異の一つであり、価値観の相違に他ならない。その事を理解せず、胡坐をかく者こそ罪人なのだ。

 そこに至らず、狭い視野でしか物事を判断できなかった自分が許せない。

 目先の利益に釣られ、八本指に協力していたことで自ら魔術の深淵への道を遠ざけていたのだ。

 なんと愚かで、滑稽なことか。

 

 ここでこの身が滅ぼされようと文句の一つも出ようはずがない。

 自分には命乞いをする価値すら無いのだ。

 不死の王によって終わりを迎えられることに感謝すべきだろう。

 それが罪深き自分に与えられた唯一の慈悲であり僥倖だ。

 

 説教が終わりを迎えると、貴族や役人達は慌てて逃げ出した。モモンガが怪我人も連れていくよう命じたのでこの場には生ある者は誰一人として残っていない。

 

「ん?」

 

 だが一人、いや一体だけ残ったアンデッドがモモンガの視界に入った。

 

(なんだ、誰だこれ? 貴族にアンデッドがいたのか? んなわけないか…)

 

 デイバーノックの存在に頭をひねるモモンガ。すぐに死の騎士(デスナイト)がデイバーノックの事を伝える。

 

「ふむ。八本指にアンデッドが所属していたのか」

 

 王国ではアンデッドが敵視されているらしいのでその中にいたという事に素直に驚くモモンガ。

 

「しかしどうして八本指に?」

 

 単純な疑問だ。巨大な組織の中に一体だけいるアンデッド。どうしてそうなったのか。

 

「わ、私は…。偽りの生を受けてから…、ずっと魔法に焦がれてきました…。新たな魔法を習得したいと…、多くの魔法に出会いたいという一心のみが私を突き動かす衝動でした…」

 

 デイバーノックのその言葉にモモンガはうんうんと頷く。

 

(わかるなー。俺もユグドラシルを始めた時は新しい魔法を早く覚えたくて睡眠時間を削ってまでレベリングしたりしたしなー)

 

「ですが…、アンデッドである私は人の世に受け入れられませんでした…。冒険者に討伐されかけた事もあります…。傭兵団に入った事もありましたがすぐに正体がバレて追い出されました…。そして途方に暮れていた時、八本指と出会ったのです…。六腕の一員として仕事をする代わりに…、対価として魔法を教えてくれる人間との仲介を約束してくれると…」

 

「えっ?」

 

「え?」

 

「あ、いや、仲介って…。仕事させられて対価がそれだけ…?」

 

「は、はい。私はアンデッドですから…、食も色も興味は無いので…。金品や芸術品にも…。魔法に関するアイテムやスクロールがあった時は優遇してもらうこともありましたが…」

 

「うーん…」

 

 この世界の価値や事情など何も知らないので断言が出来ないが、モモンガが素直に思ったのは「安く使われすぎじゃね?」というものだった。

 

(まぁアンデッドだから人特有の欲求とか無いもんなぁ、今の俺もだけど。魔法関係のアイテムとかスクロールは優遇してもらってたって言ってたけどあくまで優遇で確実に手に入る訳でも無いのか…)

 

 モモンガの目にはブラック企業でいい様に使われてる会社員の姿が重なって見えた。

 

「しかし、だ。八本指に所属してたという事はそれなりに悪事にも手を染めたのだろう?」

 

「…はい。とはいえ、私はあまり表に姿を出せない事情もあって、基本的には、その、組織が取引を行う際に冒険者から護衛するものがほとんどでしたが…」

 

「ふむ…。人を殺したことは?」

 

「…あ、あります。八本指に所属してからはもちろん…、それ以前にも…」

 

「……」

 

「わ、私が許されない事をしてきたのは承知しています…。命乞いをするつもりもありません…。ですがどうかお願いです…。せめて貴方様の手でこの身を滅ぼして下さいませんか…?」

 

「えっ!?」

 

 突然の要求に変な声が出るモモンガ。流石に滅ぼしてくれと言われるのは予想していなかった。

 それにモモンガから見るデイバーノックはまるで小動物か何かのようだった。

 骨である為、表情など無いはずなのだがその姿からは怯えと後悔と諦念が透けて見えた。それはモモンガの見た八本指の人間や、貴族、役人のどれとも違ったものだった。

 反省し、罪を受け入れている者…。それがモモンガの抱いた印象だった。

 

「デイバーノック、さんでしたっけ? 命を奪った事を反省していますか?」

 

 柔らかい口調でモモンガが語り掛ける。

 

「は、はい…。もちろんです…。昔の私は愚かでした…。魔道の真実に気付かず疑問にも思っていませんでした…」

 

「?? まぁ、反省してるっていうのならそれを行動で示してはどうでしょうか?」

 

「え…?」

 

「デイバーノックさんは人の世に受け入れられず、他に選択肢が無かったようにも思えます。それに望んでそうしたわけではないのでしょう? 情状酌量の余地ありってやつです。だからこれから罪を償えばいいんです」

 

「罪を…償う…?」

 

「はい。もし、不本意とはいえ命を奪ってしまったのなら今後その倍、いや何十倍も助けちゃいましょう。そうすれば少しは罪を償えるんじゃないでしょうか? そうしたらいつかデイバーノックさんにも自分を許せる日が来るかもしれませんね」

 

「…!!!」

 

 すでにモモンガが八本指の者達を殺し、貴族や役人達に説教をした後というのも良かったのだろう。ぶっちゃけちょっとスッキリしていたのだ。それに同じアンデッドという同族への親しみもあったのかもしれない。デイバーノックが苦悩し、他に選択肢が無かったことも理由の一つであろう。

 モモンガにはデイバーノックを滅ぼすつもりは無かった。それは酷く独善的で身勝手なものかもしれない。だが、理想を語ったとしてもモモンガは正義ではないのだ。恣意的な判断も当然してしまう。

 何より、その台詞は自分自身に言い聞かせた言葉かもしれない。

 犯罪者といえどモモンガも人を殺してしまったのだから。

 

「私が、許される…? 再び魔術の深淵へと至る道を目指してよいということでしょうか…? 私にもその礎となる価値がまだあると…?」

 

「……」

 

 やばい、何言ってるかわかんない。それがモモンガの感想だった。

 しかしここでそんな事を言えばこの良い感じの空気が壊れる気がしたのでとりあえず無言で頷いておく。

 

「…おぉ! なんと…! 私に道を示して下さった貴方の慈悲に多大なる感謝を…! わかりました…! 私はこれから贖罪の為にこの身を捧げます…! そしていつか再び、魔術の深淵へと…!」

 

 よし、なんか解決したっぽい。そうモモンガは判断し、この場を後にしようとするが。

 

「どうか私もお連れ下さい不死の王よ! 私には行く当てがありません…! 孤独なこの身では愚かにも満足に贖罪を行う事も出来ないのです…! ですからお願いです…! 貴方に絶対の忠誠を誓う事をお許し下さい! 貴方の側で忠誠と共に贖罪に身を捧げたいのです!」

 

「え…?」

 

 

 

 

 あの日、デイバーノックは本当の意味で救われたのだ。

 不死の王の力を目にし、この世に生まれ落ちた意味を知った。

 それと同時に自分の愚かさと罪深さも知ったのだ。

 しかし、あの御方はそんな自分を許し、そして道を示してくれた。

 信じられないほど甘美で、何物にも代えがたい濃密な夜だった。

 

 闇を従え、伝説を率い、混沌と死を撒き散らす慈悲深き王。

 この世の真理を理解し、己の強さに溺れる事も驕る事も無い。

 それはきっと数え切れないだけの長い年月を数多の命に捧げてきた結果に他ならないのだろう。故に辿り着いた境地。だからこそ偉大で、眩しいのだ。

 あの夜も多くの市民を助ける為に破格のポーションを惜しげもなく差し出した。それは命一つがあらゆる金銀財宝より価値があるからなのだろう。

 

「モモンガ様、これからどちらへ向かわれるのですか?」

 

「だから様はやめてって言ったじゃないですか! 最初はずっと王とか呼んでたし…。普通に呼んで下さいよ」

 

「し、しかし…! い、いえ、それがご命令とあらば…。モモンガさ――ん」

 

「なんか固いですね…、まぁいいでしょう…。てか命令とかじゃないし…」

 

 なぜかやたらへりくだるデイバーノックの態度にモモンガは疑問を隠せない。なんでこんな崇めるような態度なんだろうと。ただ、悪いことしたら償わなきゃダメですよって言っただけなのに。

 

「あと行先は特に決めてません。こういうのは自由気ままに行くのが楽しいんですよ。この先に何があるんだろうかと想像しながらね」

 

「なるほど…」

 

「あ、そういえば聞きましたよ。六腕の人たちってみんな何か二つ名あったらしいですね。デイバーノックさんの教えて下さいよ」

 

「っ!! そ、それは…!」

 

 この上なく不敬で、不遜な二つ名。忌むべき過去だ。

 

「別に恥ずかしがらなくていいですって。そういうのってノリとかもあるでしょうし。笑いませんから、ね?」

 

 ニコニコとした様子でモモンガが言う。絶対なる王に求められればデイバーノックとて言わない訳にもいかない。

 

「…。…王。不死王…、不死王デイバーノックです…」

 

「え? プチ王? プチ王デイバーノック? ははは! 可愛い二つ名ですね! いいじゃないですか! あ、すいません、笑っちゃいました」 

 

「…!!」

 

 不死王が可愛い。その発言にモモンガのスケールの大きさを感じるデイバーノック。そうか、と思う。

 不死王という言葉はこの御方にこそ相応しいと考えていたがそれでは足りないのだと理解する。この御方を表す言葉はもっと高く、尊いものでなければならないのだろう。この御方を不死の王と表現したことこそが不遜なのだと理解し、反省する。

 今のデイバーノックにはモモンガを表現する言葉が思いつかない。この偉大さを欠片も表現できる気がしないのだ。やはりデイバーノックはまだまだ足りない。少しでも高みへと昇る為により一層の精進が必要だと改めて認識する。

 

「あ、痛いっ!」

 

 笑って歩いていた為か足をとられ転ぶモモンガ。別にダメージはないのだが反射的にそう言ってしまったのは人間の時の癖だろう。

 

「あぁっ! お、お気をつけ下さい! モモンガさ――ん」

 

「えへへ、すいません…」

 

 即座に駆け寄り手を貸すデイバーノック。

 モモンガは気恥ずかしそうにその手を取り立ち上がる。

 朗らかな空気と共に彼等は再び歩き出す。

 それぞれ未知への好奇心と深遠への探求心を胸に抱きながら。

 二人旅ならぬ二骨旅。

 

 その行く末に何が待っているのか、この時の彼等には知る由もない。

 

 

 




六腕「ぐぇーやられたー」
クライム「やはりモモンガさん正義」
ラナー「あいつハゲるわ」
レエブン「なんだ、神か」
クレマン「私終わった」
プチ王「イヤッホォォォ!!!」
モモンガ「旅楽しみ」

なんとか早めに投稿できました…。
書き終えて気付きましたが、長いし詰め込み過ぎ…?
これならもう少し丁寧に書いて二話に分けた方が良かったかも…。
ていうかプロット段階では前話と合わせて1話で考えてましたがいざ見直すとそんな分量でないという…。
うーん、やはりお話を書くのは難しいです…。

そして聖者デイバーノック爆誕、多分今この世で一番優しい(錯乱)

PS
12巻見ました! 面白い! でも13巻早く見たいー!

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