弱体モモンガさん   作:のぶ八

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モモンガさん&ペロロンチーノさん大勝利


完全決着

 トブの大森林。

 

 

 長い闘いの果て――

 大森林に押し寄せた都市守護者率いる配下の亜人達は、ライトブルーに輝く蟲の武人率いる勢力に駆逐された。

 最後に残ったのは4人の都市守護者達のみ。

 そのレベル100である都市守護者4人相手に蟲の武人は1人で戦い続けている。

 彼の配下である蟲の軍勢はその戦いに一切手を出さない。

 自らの戦いが終わった後は蟲の武人に協力する事なく、周囲でその様子を窺っていた。

 

 皆、知っているのだ。

 自分達を率いるこの蟲の武人、コキュートスが負ける筈が無いと。

 なぜなら彼を創造したのは最強の物理攻撃力を誇る侍。

 そのコキュートスの戦いに、彼の創造主である侍の影が垣間見えた気がしたからだ。

 

「<不動明王撃(アチャラナータ)>、<不動羂索(フドウケンサク)>!」

 

 突如としてコキュートスの背後に巨大な不動明王が現れた。

 不動明王がその手に持つ投げ縄のようなものを都市守護者達へと投げる。

 

 コキュートスの創造主たる侍、武人武御雷の切り札たる『五大明王撃』と同一のものだ。

 

 その<不動明王撃(アチャラナータ)>から派生する攻撃の一つである<不動羂索(ふどうけんさく)>によりカルマ値がマイナスの対象の回避力を低下させる力を持つ。

 現状、結界を維持する為その場からは動けないとはいえ雪女郎(フロストヴァージン)が援護の魔法や特殊技術(スキル)により都市守護者のカルマ値をすでに下げている。

 

「<降三世明王撃(トライローキャヴィジャヤ)>!」

 

 再びコキュートスの背後に巨大な降三世明王が現れた。

 降三世明王がその手に持つ禍々しい槍で都市守護者達の体を貫く。

 

「<大威徳明王撃(ヤマーンタカ)>!」

 

 次に現れた大威徳明王が巨躯の棍棒で都市守護者達を叩きのめす。

 

「<軍荼利明王撃(グンダリー)>!」

 

 軍荼利明王の手から蛇が放たれるが、それは見る間に大きくなり都市守護者達へと巻き付く。これにより強力な金縛り効果が発揮される。

 これが無ければ技と技の間で敵は拘束から逃げてしまうだろう。

 

「<金剛夜叉明王撃(ヴァジュラヤクシャ)>!」

 

 次に金剛夜叉明王が雷撃を纏った金剛杵(こんごうしょ)により都市守護者達を幾度も幾度も、滅多打ちにしていく。

 

 そして五体の明王全ての攻撃が終わった瞬間、五体の明王が都市守護者達を取り囲み一斉にその手を彼らへと向かって突き付ける。

 

 カルマ値が少しでもマイナスに振れていれば完全に動きを止める技だ。

 かつて武人武御雷がユグドラシルのボスを相手にしてさえ完全に動きを止めた強力無比な技。

 決まりさえすれば何者も逃れられない。

 

「<羅刹(ラセツ)> <レイザーエッジ>!」

 

 物理アタッカーとして最高クラスであるコキュートスから無数の斬撃が乱れ飛ぶ。

 四本の腕から放たれるそれらは通常の4倍の数で敵へ襲い掛かった。

 それは回避も防御も出来ず、身動きの取れない都市守護者達の命を確実に削っていく。 

 

 手には4つの武器。

 1つは斬神刀皇。かつて武人建御雷が最終的な武装としていた神器級(ゴッズ)アイテム。武器の性能としてはユグドラシルにおいて最上位に位置する。

 次に断頭牙。白銀のハルバードでコキュートスの巨体に見劣りしない迫力を持つ。

 そしてブロードソードと白銀の槍。言葉で言ってしまえば簡単だが、そのような形状や性質、用途を持っているというだけでいずれも一目で並の武器ではないのがその外見から分かる。

 他にも様々な武器を持つがこの場の武装として手に持つのはこの4つだ。

 

 そしてコキュートスの種族特性と特殊技術(スキル)の合わせ技でそれらは無類の強さを発揮する。

 

 基本的にユグドラシルにおいて一部を除き、ほとんどのキャラメイクでは腕は2本が普通だ。

 それは人間種だろうが、異形種だろうが変わらない。正確に言うならば武器や盾を装備できる腕が2本というべきか。

 勿論、複数の腕や触手を持つ種族は存在するが変わりに大きな制約があったり、スライム種のように形状を変え腕を何本も生やせしたとしても武器を所持する手としては扱えないなど条件がある。

 

 そのような制限やデメリットと引き換えに、コキュートスは武器を所持する事が出来る腕を4本持っている。それ自体が戦いにおいてどれだけのアドバンテージを持つかなど説明不要だろう。

 しかしその代償として、コキュートスは鎧を装備出来ないというデメリットを持つ。

 

 とある種族の特性として腕が多い代わりにその体は外皮鎧に覆われ鎧系の防具を装備出来なくなる。

 もちろん外皮鎧であるメリットは数多く存在する。だがプレイヤーならば絶対に外皮鎧を持つ種族を自らのアバターには選択しないだろう。最終的な装備の差で、耐久面において他のプレイヤーに比べ不利になる事を知っているからだ。本気でビルドを組む者ほどそう考える。

 

 そのように防御面で不安は残るものの、こと攻撃に限れば4本の腕を持つメリットは果てしなく大きい。

 もちろん扱いが難しく、1対1の戦いにおいては自らの腕の可動範囲的に4本の腕を単体相手に効果的に使うのは難しい。その場合は基本的に2本までの使用が現実的な所だろう。だが武器を複数持てるという事は状況によって扱う武器を選びながら戦えるので有利な事は間違いない。

 

 だが最大のメリットは別にある。

 

 もし1対4までの戦いならば、同格であろうとコキュートスが手数で後れを取る事は無い。

 複数の腕、複数の目、他にも様々な種族ボーナスと特殊能力により己の腕の数までの敵ならば、自らの手数が足りなくなったり、また注意が逸れたりという複数戦におけるデメリットが打ち消されるのだ。

 それどころか単体相手と変わりない攻撃能力を4人までならば同時に発揮する事が出来る。

 

 もちろん敵の攻撃はその相手の数だけ飛んでくるので完全に互角の戦いが出来るという意味ではないが、それでも範囲攻撃などに頼らず複数相手に1対1の状況と変わらない攻撃能力を保持できるという点は大きい。

 まさに攻撃特化というに相応しい、集団戦の為のビルドである。

 コキュートスの創造主である武人武御雷が最強の一撃を誇る戦士職だとするならば、コキュートスは手数を誇る連撃最強の戦士職であろう。

 

 この能力ゆえに、援護ありとはいえ都市守護者4体相手にコキュートスは単身で互角の戦いを繰り広げられたのだ。

 

 いや、互角では止まらない。

 

 『五大明王撃』で完全に動きを止めた都市守護者達へコキュートスの攻撃は続いている。

 

「<スマイト・フロストバーン>!」

 

 冷気が広がり、都市守護者達を凍結させる。これにより凍結ダメージと物理攻撃への耐性を下げる事が出来る。

 

「<風斬(フウザン)>! <四方八方(シホウハッポウ)>!」

 

 再びコキュートスの4本の腕から放たれた連続攻撃が都市守護者達の体を切り裂く。

 

「<マカブル・スマイト・フロストバーン>!」

 

 先ほどの凍結より凄まじく、いくつも氷の刃が発生しブリザードのように暴れ回り都市守護者達を切り裂き、引き裂き、砕いていく。

 

 完全に動きを止められ、為すすべも無く攻撃を正面から受け止め続けた都市守護者達はもう虫の息だ。

 コキュートスは最後に武器を3つ仕舞うと、4本の腕で斬神刀皇の柄を強く握る。

 静かに腕を上げ、最上段へと構え静止する。

 

 特殊技術(スキル)ではなく純粋な身体能力、あるいは肉体強化がされた体から放たれるシンプルな攻撃。

 それゆえに通常時であれば防御や回避も容易かっただろう。

 しかし今は事情が違う。

 敵が身動きが取れないというこの状況下でのみ、それは必殺の一撃となる。

 

 何の工夫も無く、防御も考慮しない正面からの全身全霊の一撃。

 通常の攻撃であるがゆえに名前は無い。

 だがあえて名前を付けるとするならこれこそが相応しいだろう。

 

 "二の太刀いらず"

 

 かつて武人武御雷が己をそう語り、自負したもの。

 彼から生み出されたコキュートスもまた、それを体現しようとしていた。

 

 上段から振り下ろされた、全てを両断する圧倒的な一撃。

 大地を割り、空気を裂き、周囲に張られた雪女郎(フロストヴァージン)達が誇る堅牢な結界すら破壊した。

 攻撃が放たれた都市守護者達はまとめて体が真っ二つになった後、遅れてきた風圧でその体すら消し飛んだ。

 

 同格4人相手とは思えない程の圧勝。

 しかし決してこの結果程の力の差が両者にあった訳ではない。

 達人同士が斬り合いの僅かな差で生者と死者に分かたれるように、本当に欠片ほどの差しかなかった。

 一歩間違えば都市守護者達はピンピンしており、コキュートスは完敗していたかもしれない。

 だが結果として、後手に回らず攻撃に専念できたコキュートスは五体満足で場を収める事が出来た。これは他の守護者達に比べても屈指の活躍である。

 今回の戦いにおいて、配下も過剰に失わず、4人ものレベル100を単身で倒すという快挙を為したのはコキュートスだけであった。

 

 そんなコキュートスの一撃により、雪女郎(フロストヴァージン)達が張った結界が全て崩れ去ると、それらは雪の結晶となり周囲に散った。

 季節外れの雪のように幻想的で、全てを忘れさせてくれるような美しさ。

 

 そんな中、コキュートスにオーレオールから<伝言(メッセージ)>が繋がる。

 

「ム、オーレオールカ。ココノ敵ハ全テ…。 ナ、何! ソ、ソレハ本当カ!?」

 

 任務完了の報告をしようとしたコキュートスだが、そんな事など些末に思える報告に驚きと共に喜びを隠せない。

 

「分カッタ、スグニ帰還スル…! ヌ…、フム。ナルホド…。一刻モ早ク帰還シタイトコロダガ仕方アルマイ…。後始末ヲ済マセテカラニシヨウ」

 

 そうして<伝言(メッセージ)>を切るとコキュートスはこの場の後始末にかかる。

 

 

 

 

 バハルス帝国、帝都アーウィンタール。

 

 

 国土のやや西部に位置する帝都アーウィンタールは、中央に皇帝の居城たる皇城を置き、そこから放射線状に大学院や魔法学院、各種の行政機関等の重要施設が広がっており、それらを中心に巨大な都市が築かれている。

 特にここ数年の大改革により、帝国の歴史上で最大の発展を遂げている最中であり、騒がしい程の熱気渦巻くこの都市は帝国の心臓部とも呼ぶべき重要な場所だ。

 この都市をジルクニフは誇らしく思う。

 己の為した結果であり、また将来の帝国の繁栄を約束するものであるからだ。

 そう、ジルクニフの眼前にはそんな素晴らしく荘厳な街並みが広がっていた。

 先ほどまでは。

 

「あ、あぁ…、街が…、帝都が…!」

 

 今そこにあるのは瓦礫の山、基礎部分だけが残った巨大建造物の残骸、大破した道路、裂けた大地、そして数多の死体とその肉塊、死屍累々。

 ジルクニフは、栄光に満ちた輝かしい帝都が変わっていく様をただただ眺めているしかできなかった。

 その場に膝から崩れ落ち、頭を抱えながら。

 

 戦いの終わりはあっけなかった。

 幾多もの天変地異の末、最後はマーレの放った魔法により大地が生き物のように隆起しうねり、2体の都市守護者を容易く飲み込み圧し潰した。大地が隆起した場所は都市の残骸すら残らぬほど悲惨な有様となったが。

 それを合図に、生き残っていた都市守護者の配下達も黒い津波に飲み込まれ、息絶えた。

 

 結果としてはマーレ達の完勝と言っていいだろう。

 帝国を襲った敵勢力の中でもレベル100である都市守護者は2体のみであり、マーレ率いる2体の課金ドラゴンがその肉体能力のみで彼らと肉薄できたのが大きかった。

 そうして完全フリーとなったマーレが盤上を支配する事は容易い。

 都市守護者達はもちろん、他の敵勢へも容赦なく魔法を浴びせる事が出来たのだ。

 広範囲殲滅力において守護者最強であるマーレが自由に魔法を放てる状態であれば負けはほぼあり得ない。どれだけの数がいようとも関係ない。

 だがそれはマーレの部下達が有能だったというよりも、やはり2体の課金ドラゴンが強すぎたと言うべきだろう。レベルは90を超え、その肉体能力だけなら並のレベル100をも凌駕する。戦闘に特化した最強種たるドラゴンに相応しい強さである。

 その課金ドラゴン達が完全に都市守護者達を抑え込んだ。

 長期戦になれば特殊技術(スキル)の差で敗れたかもしれないが後衛にはフリーとなっているマーレがいるのだ。苦戦すらしていない。

 そのように余裕のある状態でマーレは他の部下達への援護も十分に出来た。しかもマーレやその部下達が撃ち漏らした都市守護者の配下達は恐怖公率いる軍勢が飲み込み食べ尽くす。これにより、帝国市民への被害は最小限に抑えたと言っていいだろう。

 もちろん攻撃に巻き込まれた者達も多くいるが、その中でも活躍したのは恐怖公だ。

 彼はマーレ達が撃ち漏らした敵を食い尽くすと共に帝都中へと広がり、逃げ遅れた市民達を戦闘区域外まで運び出していたのだ。

 その際に市民達から生理的な悲鳴が多く轟いたのはまた別のお話。

 

 そうして数の暴力により帝国を平定したマーレは再びジルクニフの元へと赴いた。

 しかしこの数時間の間にジルクニフは酷く疲弊していた。

 帝国の惨状、そして目の前にいる少女?の規格外の強さにどうするべきか考えあぐねている時、彼の背後から感動に咽び泣く声が聞こえた。

 

「おお…、おお…!」

 

 涙を流しながら帝国の主席宮廷魔術師であるフールーダ・パラダインがよたよたとマーレの前へと歩み出る。

 先ほどまでの戦いを驚愕に身を震わせながら見ていた彼は気持ちを抑える事が出来ない。

 戦闘前にジルクニフ達とマーレが会した際にはフールーダは帝都の市民を避難させる為に城外へ出ており立ち会っていなかったのだ。

 フールーダがマーレの存在に気付いたのは戦闘が始まりその魔法が発動された時だ。

 前人未踏、いやその存在すら確認できた者がいない程の領域の魔法。

 それらが雨あられのように放たれ、フールーダの常識は決壊した。

 

 かつて帝国であったアンデッド事件、その首謀者であろうアンデッドと出会った時以上の衝撃と言ってもいい。だがそれも仕方ないだろう。あの時はなぜかフールーダの生まれながらの異能(タレント)は発動しなかった。だからこそフールーダがこれだけの魔力を感じたのは初めてだった。

 世界が閃光に染め上げられ、意識が飛びそうな衝撃。

 

「第九位階…、いや、これはまさか…。だ、第十位階だと、その魔力の奔流だというのか…」

 

 マーレの目の前に立ったフールーダからすれば爆風が押し寄せてきたようだった。

 その小さな体から圧倒的な力が放射されているのだ。

 実際に風圧を身に浴びた訳ではない。周囲にいる者達とは違い、これは生まれながらの異能(タレント)を持つフールーダだけが感じ取ったものだ。

 

「おお…、神よ…」

 

 フールーダはマーレの前に泣きながら跪く。

 

「し、失礼と知りながらも、伏してお願いいたします! 私に貴方様の教えを与えてください! 私は魔法の深淵を…!」

 

「下がれ爺!」

 

 フールーダの嘆願をジルクニフの怒号が掻き消す。

 ジルクニフはフールーダの性格を理解している。魔法の事となればこうなるのは仕方ないだろう。

 だが今は良くない。

 目の前の少女の機嫌を損ねるか否かで帝国の命運がかかっているのだから。

 

「ぶ、部下が失礼した…。モ、モモンガ様の捜索には協力する故どうか穏便に済ませて欲しい…」

 

 ジルクニフが必死にマーレへと請う。

 しかしジルクニフの口から出た一つの単語をフールーダは聞き逃さなかった。

 

「モモンガ様…? なぜ陛下があの御方のお名前を…?」

 

 フールーダはジルクニフ達が最初にマーレと会った際には同席していない。つまりはその時にマーレが口にしたモモンガという名前を耳にしている筈が無いのだ。

 ジルクニフは勿論、マーレもそれに気づいたのだろう。驚きに目を見開いている。

 

「モ、モモンガ様を知っているんですか…?」

 

 殺気とも狂喜とも言える感情がマーレから吐き出される。

 それに気づいているのかいないのか、フールーダはかつての感動を思い出し口にする。

 

「はい、私が師と崇める御方です。あ、貴方様こそあの御方をご存知なのですか?」

 

「ご存知も何も、モモンガ様は僕が忠誠を誓う至高の御方です…!」

 

「ちゅ、忠誠…!? あ、貴方様程の…、第十位階を行使する方が忠誠を誓っているというのですか!?」

 

 フールーダからすれば信じられない。

 第十位階など、もはや神の領域だ。

 その領域にいる者が他者に忠誠を誓うという状況が想像出来ない。

 

「そんなのは当然です。モモンガ様は僕なんか足元にも及ばないほどお強い方ですから」

 

 もしここでモモンガ本人が聞いていたら全力で否定していただろうがマーレは心から足元にも及ばないと信じている。

 そしてこの発言はフールーダを困惑させるには十分だった。

 まるで鈍器で頭をガツンと殴られたような衝撃。

 

「ば、馬鹿な…。第十位階を扱う、貴方様が足元にも及ばないと…? そんな事が…? いや、思い返してみれば確かにあの御方からは一切の魔力を感じなかった…。だが、なるほど…。今ならば納得できる…。強大すぎるが故に私程度では感じ取る事さえ出来なかったとすれば…。い、いや、しかしそれでも信じられん…。第十位階をして足元にも及ばないなど…」

 

 ぶつぶつと呟くフールーダにマーレが答える。

 

「モモンガ様は第十位階の上の位階まで扱えますよ? 僕や他のシモベ達では絶対に到達できない領域におられる方なんです。敵わないのは当然です」

 

 ふふんと誇るように胸を張りながら言ったマーレの言葉にフールーダは自分の心が限界突破した事を感じた。

 

「だ、第十位階…、そ、その、上? か、考えた事も無かった…、そんなものが存在するなど…」

 

 他で聞いたなら信じられなかっただろう。

 しかしそれを口にしたのは第十位階の高みにいる存在なのだ。もはやその言葉を疑う方が非常識といえる。

 

「…魔法を司るという小神を信仰してまいりました。ですが、貴方様やモモンガ様がその神でないというのであれば、私の信仰心は今搔き消えました…。なぜなら本当の神、そう、私が師と崇める御方こそがその神であったのですから! ああ、なぜあの時すぐに気づけなかったのか…。偉大な御方とは知りながらもその偉大さの欠片すらも私は理解出来ていなかった…。私はなんと愚かであるのか…、その偉大さに触れる機会に恵まれながらも理解できていなかったなど…」

 

 喜びと共に、強い後悔がフールーダの胸を締め付ける。

 その様子を見ていたマーレは優しい瞳でフールーダに語り掛ける。

 

「モモンガ様の偉大さの全てをすぐに理解出来なくてもしょうがありません。あの御方の偉大さは簡単に説明できるものじゃないですから。でもモモンガ様の偉大さに少しでも気づけたなら大丈夫です。これから少しずつ理解していけばいいんです」

 

「お、おお…! な、なんという寛大な御言葉…! ど、どうか私もお連れ下さい! モモンガ様に連なる者としてその末席に加えて頂きたく…」

 

「うーん、僕にはその判断が出来ないですが…。でもモモンガ様の弟子ならきっと大丈夫ですよ」

 

 マーレは思う。

 モモンガを師と崇めるこのフールーダという老人。

 たかが人間が、という思いがあるものの至高の御方が弟子としてしているならばそれなりの扱いをしなければならないだろうという判断を下していた。

 

「ところでモモンガ様の行方をご存知じゃないですか? もし知っているなら教えて欲しいんですが…」

 

「も、申し訳ありませぬ…、師とは少し前にはぐれてしまったばかりで…。くっ…! お、おのれレイナース、お前がいなければ師と離れ離れになる事もなかったのだぞ…!」

 

 フールーダの怒りがジルクニフの後ろ、そこに立つレイナースへと向けられる。

 

「これはフールーダ様、異なことを。私は恩人の言葉に従っただけです。あの時は恩人の頼みで動いただけですわ」

 

 レイナースの登場にマーレは状況が理解出来ない。

 

「貴方もモモンガ様を知っているんですか?」

 

「はい。とはいえフールーダ様と同じで今はその行方を知りませんが…。あの御方にはこの身に宿る呪いを解いて頂いた恩があります。あの御方の為であればどんな協力も惜しみませんわ」

 

 マーレはモモンガの足取りを僅かとはいえ掴めた事に安堵していた。

 そしてモモンガの弟子と、モモンガ自ら呪いを解いたという存在の確保は自らの主人の役に立てるのではという満足感も得ていた。

 帝国に来た事は十分に価値があったとマーレは判断する。

 

「ま、待てフールーダ、レイナース…! お、お前達モモンガ…、ゴホン! モモンガ様の事を知っていたのか!? いつ出会った!? それになぜ報告しなかった!? どうして今まで私に黙っていた!?」

 

 答えたのはレイナース。

 

「聞かれなかったもので」

 

「き、聞かれなかったからだと…!? い、いや、そうか…! あのアンデッド事件の時か…!」

 

 ジルクニフの聡明な頭脳はすぐに答えに辿り着く。数か月前にこの帝都を襲った前代未聞の、伝説と謳われるアンデッドが何体も出現した事件だ。

 

「ええ、申し訳ありません陛下。そもそもアンデッドに対して陛下が友好的に接すると思わなかった点が一つ。そして先ほどの場においてもモモンガ様の名を陛下に伝えなかったのは、陛下に伝えてしまえば帝国側のカードとして利用なされたでしょう?」

 

 つまりレイナースの言葉の意味はこうだ。

 もしマーレと最初に会した際にモモンガの名をジルクニフに伝えていれば、配下が知っている、つまりは帝国としてモモンガを知っているという体で協力や助力を要請しただろうからだ。

 

 しかしそれではダメなのだ。

 レイナースはまだしも、フールーダがそれを許さない。

 帝国としてではなく、個人として自らを売り込みたいフールーダからすれば状況を自分の望む方向へと持っていけなくなる可能性があるのをレイナースは察したからだ。

 正直言うとレイナースはどちらでも良かったが個人的にはこの状況下ではジルクニフよりもフールーダを敵に回す方が分が悪いと判断した。魔法という存在がかかっている状況では損得抜きで殺しにかかってくる可能性すらある危険人物なのだから。

 そもそもレイナースが最も懸念していたのは先ほど口にした通り、あの事件の後、ジルクニフにモモンガの存在を伝えていれば危険なアンデッドとして帝国が仮想敵とした可能性もあった。ジルクニフ自身がそう判断しなくとも、貴族や国民たちが納得する筈もない。

 そのように全く状況が読めなかった故、フールーダもレイナースもモモンガの事を帝国には秘匿していたのだ。

 まさかそれがこの状況になるとは思っていなかった。

 

 ジルクニフが慌ててマーレへと口を開く。

 

「ぶ、部下が失礼した…! し、しかし我が帝国の者にモモンガ様の事を知っている者がいたのは重畳…。これから今後の事を…」

 

 ジルクニフが喋り終える前にフールーダが前に出る。

 

「さあ! すぐにモモンガ様を探しに行きましょうぞ! 他の事など今は何も考える必要はありますまい! あの御方よりも重要な事などあるでしょうか!?」

 

 もはやマーレもジルクニフの事など眼中に入っていないのかフールーダやレイナースらと盛り上がるように熱く語り始めた。

 帝国の皇帝たるジルクニフは己が蚊帳の外にいる事を悟り、自らの地位や帝国、それらを用いてすらもう交渉の席には立てないのだという事を理解し、再び膝から崩れ落ちた。

 

 その時、ずっと背後で静かに様子を見ていたバジウッドが優しくジルクニフの肩を叩く。

 憂いを帯びたその瞳はバジウッドの気持ちを雄弁に語っていた。

 

 もう俺らじゃどうにもなりませんって、と。

 

 

 

 

 エイヴァーシャー大森林。

 

 

 今日は森精霊(エルフ)達にとって歴史に残る日になるだろう。

 民を顧みない独裁者としての長の圧政に苦しめられ、法国との長く続いた戦争により多くの者が使い潰され、またアベリオン丘陵からの亜人の侵攻にも気を配らねばならない。

 大森林という森精霊(エルフ)にとっての天然の要塞が無ければとっくに絶滅していたかもしれない。いや、このままだとしても法国や亜人に滅ぼされるのは時間の問題だろうと思われていた。

 そこにダメ押しの今回の事件だ。

 

 突如現れた強大なアンデッドの集団により、強大な王を含め多くの者が打ち取られ殺されていった。

 想像だにしない急転直下の地獄。

 今日で森精霊(エルフ)の歴史が幕を閉じる事になるのだろうと多くの者が考え始めた時、奇跡が彼らの前に舞い降りた。

 

 様々な神獣を引き連れ、新たな王がこの地に降臨したのだ。

 まるで苦しむ森精霊(エルフ)達に救いの手を差し伸べるように。

 

 王族の特徴を持つそれに捧げられたのは忠誠ではなく、信仰。

 まるで神に祈るように森精霊(エルフ)達は新たな王へと祈りを捧げた。

 

「うへー、なんか皆様子がおかしいよ。そう思わない?」

 

 自らが騎乗する、巨大な蛇のような外見をしたケツァルコアトルへとアウラが話しかける。

 それに呼応するようにケツァルコアトルが鳴き声を上げる。恐らくはアウラに同意しているんだろう。

 

 すでにアベリオン丘陵及びエイヴァーシャー大森林での戦いは終わっていた。

 アウラ率いる魔獣100体による物量戦、正確にはここを襲っていた都市守護者側の軍勢の方が遥かに多かったが100体全てが強大な個であるアウラ達の敵ではなかった。

 丘陵や森というアウラ達にとっての有利な場所であったのも大きかった。

 アウラの支援により大幅に強化された魔獣達は容易くアンデッドの軍勢を蹂躙し、都市守護者すらも数の暴力で圧し潰した。

 アウラ側の損耗は0。魔獣は1体も欠ける事なくこの戦いを完璧に収めたのだ。

 

 であるならばなぜアウラ達はまだこの地にいるのか。

 

 それは一言で言えばデミウルゴスのせいだ。

 突如<伝言(メッセージ)>を繋げてきたかと思うと大量の食糧や資源を確保してくれというお願いをされたのだ。

 

「まあデミウルゴスの頼みだし、モモンガ様の為になるかもって言われたから協力するけどさー。なんで私がこんな事をしなくちゃいけないのよ」

 

 ブツブツと文句を吐きながらエイヴァーシャー大森林を配下の魔獣と共に回り、食料を確保していく。

 大量に必要らしいのでとりあえず食べられそうな物は全て確保していき、ついでに邪魔なモンスターも狩り殺していく。これも肉として提供して問題ないだろう。

 すでにアベリオン丘陵にも半数の魔獣を派遣し、食料や資源の確保とともにデミウルゴスが避難させているだろう者達へ物資を届けさせている。

 

 他の守護者達よりも大幅に早く担当地域を制圧出来たにも拘らず、なぜ自分はこのような雑用をしているのだろうとアウラは空を眺める。

 

「ここにいる森精霊(エルフ)達の視線も気持ち悪いし…、早くナザリックに帰りたい…」

 

 デミウルゴスから求められた物資の量にはまだまだ足りない。

 溜息と共にアウラは大森林を駆ける。

 

 

 

 

 竜王国、首都。

 

 

 ここで行われた戦いはナザリックの全守護者達の中で、最も堅実なものであっただろう。

 堅実ゆえに確実。

 偶然の入り込む余地さえないほど盤石で、まさに鉄壁だった。

 完璧な布陣、戦略。

 そしてアルベドの指揮下においての特殊なバフ、そして防御スキルにより味方の損耗少なく着実に敵を追い詰めていった。

 敵の被害も大きい訳では無いが、多くの魔法や特殊技術(スキル)を敵に使い切らせるまで追い詰める事に成功。それに対して最初の一当たり以外、アルベド達は防御に徹し敵の消耗を狙った。

 この作戦は見事にハマり、アルベド自身も都市守護者と敵対しながらその多くの魔法や特殊技術(スキル)を切らせる事に成功した。

 

(その代わりこちらも防御系の特殊技術(スキル)はあらかた使い切ってしまったけれどね…)

 

 アルベドは都市守護者達の誇る超大技すらも特殊技術(スキル)によって乗り切っていた。

 装備している三重装甲の鎧へダメージを受け流す特殊技術(スキル)により3回までなら超位魔法にすら耐える事が出来る。

 プレイヤー視点でも厄介なこの守りをNPCが突破できる筈もない。

 防御において守護者最強は伊達ではないのだ。

 

 しかし防御特化のアルベドゆえ、その攻撃能力は決して高くない。

 もちろん戦士職以外と比較するならば高いが、純粋な戦士職と比べればその攻撃力は見劣りする。

 ならばアルベドは同格との闘いになった際、どうやって勝つ事が出来るのか。

 

 もちろんタンクとして創造されたアルベドに攻撃能力を期待するのは酷というものだろう。

 防御も強く、攻撃も強いなどそんなビルドは不可能だ。

 そんな事が可能ならゲームとして破綻してしまう。

 もちろん、ワールドチャンピオンのような一部の特殊な存在はいるがあれは例外だ。

 どれだけ強くとも、絶対にどこかに穴が出来てしまうのが普通なのだ。

 仮に戦闘能力が攻撃も防御も優れているとするならばそれに比する欠点がどこかに生まれてしまう。

 

 そしてアルベドは防御特化の戦士。

 攻撃能力は高くない為、アルベドが攻撃もしなければいけない戦いにおいては基本的に長期戦及び消耗戦で徐々に削っていくというのが彼女の勝利パターンとなるだろう。

 

 だがそれとは別で、アルベドが同格の敵にも勝利出来うるパターンが存在する。

 これをこそ想定してタブラ・スマラグディナは彼女にこれを持たせたのかもしれない。

 

 ――真なる無(ギンヌンガガプ)――

 

 対物体最強の世界級(ワールド)アイテムだ。

 とはいえ対人ではさほど脅威とはいえず、特化した神器級(ゴッズ)アイテムに劣る。

 だがそれは逆に言えば特化しなければ神器級(ゴッズ)アイテムを凌駕するという事なのだ。

 それにプレイヤー目線では強くなくとも、ルーチンで行動するNPCからすれば事情は違う。

 腐っても世界級(ワールド)アイテム、この場においてという条件付きならば十分な攻撃力を期待できる。

 これを防御特化であるアルベドが持っているというのが何より大きい。

 つまり、攻撃力に能力を振っていないアルベドでさえ、真なる無(ギンヌンガガプ)があれば形状変化により己に適した武器として水準以上の攻撃力を保有する事が出来るようになるのだから。

 

 だが真なる無(ギンヌンガガプ)がさらなる真価を発揮するのはここからだ。

 

 特殊技術(スキル)を使い切り、鉄壁の力を失ったアルベドにもはや防具は不要。

 鎧を脱ぎ捨て、盾を手放す。

 柔肌をさらけ出し、その美しい肢体を解き放つ。

 

 次の瞬間――

 アルベドの肉体が暴発する。

 

 いや、暴発したかのように突如肉体が膨れ上がり6メートルを超える巨体へと変化した。

 大地に根を張るような逞しい足、丸太のようなそれらを黒々とした漆黒の体毛が包み込んでいる。

 巨躯な体に相応しい筋骨隆々の肉体、そして血管が走るほど搾り上げられた極太の腕。

 頭部には大きな亀裂のような口が広がる。

 その口が縦に広がり、咆哮を上げる。

 

 タブラ・スマラグディナにより創造された彼女は本来、最高位天使としてこの世に生み出される筈だった。

 しかし夢見る国の化け物との融合により大きく歪んだ姿となって生を受ける事になった。

 そのため性格もその姿に相応しいように捩じり曲り、冷酷にして残忍、狡猾にして非道、敵対する者に苦痛と死、絶望を与えることに快楽を感じる性質となる。

 これこそが彼女の本質、その正体。

 

 だが彼女はモモンガがナザリックから去る時に直接その存在を書き換えられた。

 ただ一人残った至高の存在、自らの主人からも天使である事を望まれたのだ。

 

 なればこそ、この姿をかの御方にお見せする訳にはいかない。

 アルベドがこの姿を晒し戦いに臨むのはこれが最後だ。

 

 真なる無(ギンヌンガガプ)がその手の中で今のアルベドに相応しい形状へと変化していく。

 夢見る国、かつて大いなるものによって地下世界へと追放された化け物。

 まるでその怒りを体現するように、地下世界から這い出ようとする怨念のような、全てを叩き潰さんとする原初の形。

 

 ここから始まるのは一方的な蹂躙だ。

 その体躯に相応しい肉体能力を持ちながら、さらにシャルティアの血の狂乱のように大きなペナルティやデメリットと引き換えに肉体能力を向上させる特殊技術(スキル)が発動した。

 アルベドに残された最後の特殊技術(スキル)

 

 それは口にする事すら恐ろしい、タブラ・スマラグディナが世界に残した毒だ。

 

 アルベドの体が脈打ち、また地面がその重さによりひしゃげる。

 レベル100の戦士職として考えても破格な肉体能力。

 もちろん欠点はある。

 あらゆる魔法的な防御が皆無になるので魔法攻撃や属性攻撃には滅法弱い。

 しかしアルベドはすでに敵の魔法や特殊技術(スキル)を消費させ尽くしている。

 つまり、この場においてアルベドを害する事は難しいという事だ。

 この状況まで追い込めれば、プレイヤーでさえ殺せる。

 物理的には最強に近いだけの肉体能力と引き換えに、思考すらも放棄した姿。

 暴走状態、もっと言えば心神喪失。

 ただただ目に付く物を破壊し、殺し尽くす。

 

 まさに言い伝え通りの化け物と化したアルベドが歩み始める。

 手には対物体最強の真なる無(ギンヌンガガプ)。どれだけの力が込められようとも、暴力に晒されても、酷使されようとも決して壊れない。

 アルベドの力に、その使用方法に無条件で耐えきれる唯一の武器。

 

 その化け物が都市守護者の前に立った。

 真なる無(ギンヌンガガプ)を無慈悲に振り下ろす。

 

 グチャリ。

 グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。グチャ。

 

 都市守護者もその配下も何もかもが叩き潰され、肉塊が出来上がる音が絶え間なく続いた。

 

 周囲に生きる者が誰一人いなくなっても、その特殊技術(スキル)の効果が切れるまで真なる無(ギンヌンガガプ)が振り下ろされる音は続く。

 そうして肉塊が原形を留めないほど磨り潰され、大地と混ざり合った頃。

 ようやく沈黙が訪れた。

 

 しばらくして、その静寂の中で化け物が小さく口を開いた。

 

「モモンガ様…、私は貴方を…」

 

 

 

 

「お空、綺麗」

 

「そうですね」

 

 浮遊都市エリュエンティウ。

 天空城があった場所の真下、死の世界となった砂漠のような大地の上に横たわる誰かの会話が聞こえた。

 

「もう疲れちゃいましたよ俺。体痛いし動きたくない」

 

「俺は痛みは感じますけどすぐに抑えられるのかあんまり気になりませんね」

 

「ええ!? なにそれずるい! モモンガさんだけずるいずるい!」

 

 そんな事を言いながら半分黒焦げとなった鳥人(バードマン)が横にいる瀕死のアンデッドを冗談めいてポカポカと殴る。しかし――

 

「ぎゃ、ぎゃああああぁぁ! や、やめてペロロンさん! ダメージ! ダメージ入ってるって! そもそも俺今レベル60なんでレベル100に小突かれるの洒落にならないですよ! 瀕死状態じゃワンチャン死にますって!」

 

 モモンガの心からの叫びにペロロンチーノがあわわと慌てる。

 

「ご、ごめーん! モモンガさんがクソ雑魚ナメクジなの忘れてた!」

 

「ま、まだ言うかペロロンチーノォ!」

 

 そんな言葉とは裏腹に実際は二人ともキャッキャと昔のようにはしゃいでいた。

 傍から見ると黒焦げの鳥人(バードマン)とアンデッドがイチャついている地獄のような絵面だが。

 

「しかし、どうしましょうか…?」

 

 急に真面目な口調でペロロンチーノがモモンガへと語り掛ける。

 

「どう、とは…?」

 

「ナザリック地下大墳墓ですよ。そういえばNPC達どんな感じなんだろ…。いや、オーレオールはまともな感じだったから他も大丈夫なのかな…」

 

 言葉の意味が分からず疑問の表情を浮かべるモモンガにペロロンチーノは丁寧に説明していく。

 

 ・まずNPC達は全員自ら思考し行動するようになっており、ユグドラシルの時のようにただのゲーム内のキャラクターではなくなっているという事。

 ・そして恐らくNPC達は彼らを創造した自分達に異常な忠誠を捧げ崇めているという事。

 ・基本的にNPC達はゲーム内の仕様とほぼ変わりないがその性格や有様は書き込まれた設定に大いに影響されているであろう事など。

 

 他にも説明したい事は沢山あるが今はとりあえずNPC達の事を優先で伝えておくべきだろうとペロロンチーノは考え話していく。

 

「ちゅ、忠誠!? な、なんで!?」

 

「いや俺もよく分からないんですよ。過去に転移してきた他のギルドから恐らくナザリックもそうなんじゃないかっていう想像ではあるんですが…。それに気のせいじゃなかったらすでに会ったオーレオールやパンドラズアクターからは怖いくらいの敬意というか崇拝のようなものを感じましたから…」

 

 ペロロンチーノのその言葉にモモンガがビクンと体を揺らす。

 

「そ、そうだパンドラズアクター! え!? あ、あいつも自分で行動し動いてたって事ですか!? も、もしかして俺の設定通りに!?」

 

「ええ、ドイツ語最高にカッコよかったですよ」

 

「うわぁぁああぁ! や、やめてぇぇぇ!」

 

 両手で頭を押さえモモンガがその場でジタバタと転げまわる。

 モモンガにとっての黒歴史。

 それはしょうがないとしても、それが自我を持ち動き出すなど心が持たない。

 何度も精神の安定化が起きても湧き上がる感情は止められなかった。

 果たして自分はパンドラズ・アクターを正面から受け止める事が出来るのだろうかとモモンガは震える。

 

 そんなこんなで瀕死で身動きの取れない状態ながらもモモンガとペロロンチーノは打ち合わせを重ねる。

 恐らくもうじき来るであろうナザリックのNPC達に対して。

 

 実は決着が着いてからオーレオールから何度もペロロンチーノへ<伝言(メッセージ)>がかかってきているのだが意図的に無視している。

 ナザリックのNPC達が駆けつける前にモモンガに状況を説明しなければならない為だ。

 もちろんペロロンチーノの特殊技術(スキル)により可能となっていたオーレオールからの探知はすでに切っている為、現在この場は前のように探知や転移が不可能な状態になっている。

 この状態であればNPC達が来るにしても時間が稼げると思ったからだ。

 

 ふとそんな中、ペロロンチーノがある事に気づく。

 

「ん? 俺の知覚に反応が…」

 

「え? まさかもうNPC達が来たんですか!?」

 

 しかしペロロンチーノの目はモモンガ本人を射抜いている。

 

「誰か…、いるぞ…。まさかずっと…? いや、さっきまでは確かに感じなかった…。俺が知覚出来なかった…? 違う、意思が、意識が無い? 存在があやふやだ…。こんなの見た事ないぞ…」

 

 モモンガを睨みながらブツブツと呟くペロロンチーノ。

 何を言っているんだろうとモモンガが疑問に思う中、新たな声がモモンガの背後から聞こえた。

 

「我が王、我が神モモンガ様…。そして、そのご友人であらせられるペロロンチーノ様、で間違いないでしょうか?」

 

 墓穴の底から聞こえてくるほど虚ろな声だった。

 だがこの声にモモンガは聞き覚えがある。

 いや忘れられる筈など無い。

 共に冒険をし、命の恩人である彼の事を。

 

「デ、デイバーノックさん!?」

 

 アースガルズの天空城のギミックにより消滅した筈の彼がそこにいた。

 何度蘇生しても蘇生出来なかった筈なのに。

 いや、それも当然であろう。

 デイバーノックは滅んでなどいなかったとすれば蘇生出来る筈などないのだから。

 

「い、生きて…? いや無事だったんですね!?」

 

 体を失い、魂の状態となったデイバーノック。

 それは死霊(レイス)のようだった。

 非実体であり、物理的な体を持たない揺らめく魂のようなアンデッド。

 骨の体が滅ぶ際に種族としての進化を遂げたのであろうか。

 通常の死霊(レイス)とはもはや別物で、上位死霊(ハイレイス)とも違う。

 新たに生まれた種族であり、全く異なる性質を持つ。

 名付けるならば宵闇の幽鬼(ナイトレイス)であろうか。

 しかし、先ほどまではまだその存在が曖昧ゆえに、存在したとも言えるし存在していなかったとも言える。この世にまだ完璧に定着していなかったからこそ、その存在が曖昧な瞬間はこの世界の影響を受ける事も無かった。それによりモモンガやペロロンチーノの特殊技術(スキル)により滅ぶ事が無かったのだ。

 

「無事、なのでしょうか…? 体…、いえ体と言っていいのか…。少なくともこの身をこの世に顕現させるのに非常に手間取りました…。途中で何度も意識を失い、己の存在が曖昧な状態であったのですが…。極稀に何度か意識を取り戻しこの世に戻る事が出来ました…。しかしやっとコントロールが出来るようになってきた所です」

 

 そうしてデイバーノックの話を聞いていくとモモンガが気付いた。

 

「ま、まさか何度も俺を助けてくれた違和感の正体は…!?」

 

 ここに来るまで何度もあった。

 違和感としか言えないような薄い気配、視線、または影響。

 その違和感が氷解していく。

 

「は、はい…。力及ばす少しですが意識を取り戻した時に…」

 

 ずっとモモンガの側にいたのだ。

 レベル60しかないモモンガが奇跡のように生きながらえたのは本人だけの力だけではなかった。

 

「デ、デイバーノックさん…!」

 

「モ、モモンガ様…!」

 

 二人が感動に包まれ見つめあう中、ペロロンチーノが横から恐る恐る問いかける。

 

「あ、デ、デイバーノック君だっけ? も、もしかして俺とモモンガさんの話とか…、色々聞いてた?」

 

 冷や汗をかきながら問うペロロンチーノにデイバーノックが申し訳なさそうに答える。

 

「も、申し訳ありません…! ずっと意識があった訳ではなく…、そのお二人のお話を聞くことは出来ませんでした…! 無能な私をお許しください!」

 

 体があったら土下座していると形容すべき状態で地に伏せるデイバーノック。

 

「い、いやいいんだ。聞いてないなら仕方ない。ちょっとモモンガさんと大事な話があるから二人にしてもらえるかな」

 

「はっ!」

 

 明らかにホッとした様子でペロロンチーノが胸を撫で下ろすとデイバーノックには聞こえない小さな声でモモンガに耳打ちする。

 

「ど、どうしたんですかペロロンさん」

 

「どうしたもこうしたもないでしょモモンガさん! 俺らの事どこまで話してます? 色々と話を合わせなきゃやばいんですよ!」

 

「な、なんでですか? 何の話を合わせる必要が?」

 

「ナザリックのNPC達ですよ! 俺らに異常な忠誠を誓ってるって言ったでしょ! 俺も詳しい事は分からないですけど俺らの作った設定通りなんですよ!? 分かります!? 俺らの従者というか配下として作られたNPCの前でみっともない所見せられないでしょ!?」

 

 モモンガには良く分からない、良く分からないがペロロンチーノに言われるとそんな気もしてくる。

 

「つまりですよ? 俺らがあんまりにもみっともなかったり馬鹿だったりしたら愛想付かされるかもしれないじゃないですか! それに悪の権化として作った者達も多い…。俺らが主に相応しくないと思ったら、最悪の可能性もあります! 守護者達に囲まれたら俺ら勝ち目ないですよ!」

 

「あぁっ! た、確かに…!」

 

 ペロロンチーノの言う通りだとモモンガは思う。

 そもそも異世界転移のようなこの状況自体は置いておいて、もしユグドラシルの設定通りならばNPC達はギルドメンバーの配下という事になる。

 今は忠誠心を持ってくれているらしいがそれは永遠に続くのだろうか。

 無能な上司など見限ってしまおうというのが普通なのではないだろうか。

 そう考えるとモモンガの背筋に冷たい物が走った。

 

「だからですよ、モモンガさん! 俺たちは絶対者だぞ! 強いんだぞ!って事をアピールしなきゃダメなんですよ! お前らが反乱起こしても無駄なんだぞ!って感じで」

 

「で、でも俺レベル60しかないです! こ、怖い! 怖すぎる!」

 

「だからこそですよ! でもまあ一応オーレオールに命じて俺達の戦い録画してもらってるんであれ見せたらなんとかなると思います。モモンガさんはいつでも本気出せるっていう事にしとけばなんとかなりますって」

 

「な、なんとかなりますかね…?」

 

「その辺りも含め打ち合わせが必要なんですよ! 場合によっちゃあのデイバーノック君にも話通しておかなきゃいけないんだから!」

 

「な、なるほど…」

 

 そうしてモモンガとペロロンチーノは緊急会議に入る。

 ナザリックのNPC達に見限られないように必死で。

 

 

 

 

 しばらくして、モモンガ達の元に最初に現れたのはコキュートスであった。

 転移可能な場所まで転移して、そこから全力で走ってきたのだ。

 他の守護者達はまだ後始末であったり、負ったダメージ等により最も早く動けたのがコキュートスであったのだ。

 

「オォ…! モモンガ様! ペロロンチーノ様! ゴ無事デ何ヨリ! コノコキュートス心カラ…!」

 

「よい、コキュートス」

 

 支配者に相応しい堂々とした声が響いた。

 それを発したのは瀕死で横たわるアンデッド。

 明らかに死にかけなのだがその気配はまさに支配者たる威厳を備えていた。

 

「私とペロロンチーノさんは戦いの後で負傷し疲れている。色々と言いたいことや疑問があるかもしれないが後回しにして欲しい。まずは休息、全てはそこからだ。今は余計な事に答える余裕は無いと知れ。それとルベドとシャルティア、パンドラズアクターの回収も忘れるな」

 

「ハハァッ!」

 

 コキュートスがその場で片膝を突き、頭を下げる。

 モモンガは内心「死にそうなのに偉そうにしてる上司ってどうなのよ」と思っているがそれがペロロンチーノの作戦なので仕方ない。

 

「一ツダケヨロシイデショウカ…? ソノアンデッドハ…?」

 

 デイバーノックを見つめコキュートスが口を開く。

 ナザリックに連なる者ではないデイバーノックを警戒し、武器の柄に手をかけている。

 

「この地で私が支配したアンデッドだ。ここまで私の為によく働いてくれた。ナザリックの末席として扱え。他の者達にもそのように伝えおくように」

 

「ハッ! 承知イタシマシタ! 必ズヤ伝エマス!」

 

「う、うむ。頼んだ」

 

 妙な迫力に押されながらも、支配者然とした様子のモモンガとペロロンチーノはコキュートスとその配下によりナザリックへと運ばれていった。

 ナザリックの部屋に着くなり他の守護者やシモベ達からお目通りさせて欲しいという強い要望があったようだが全力で断るようメイドに申し付けておいた。まだモモンガ達は作戦の擦り合わせが終わっていないのだ。

 しかし傷を癒すという名目では面会を引き延ばすのは二日が限界だった。

 

 

 

 

 二日後。

 

 ナザリック地下大墳墓、玉座の間の扉の前に守護者達が集まっていた。

 面会を許された約束の時間にはまだ早い。

 しかし自分達の仕える至高の御方々に直接面会する事を許されたという事実に興奮を隠せず誰もが早く足を運んでしまった。約束の時間までその扉の前で待つ事など何の苦も無い。

 むしろこの時間さえ喜びと感じる程だ。

 そんな喜びに包まれている時、玉座の間の中から声が聞こえてきた。

 何を話しているかまでは分らないがモモンガとペロロンチーノの声だ。

 それらは次第に大きくなっていき、やがて誰の耳にも明らかな悲鳴が中から聞こえてきた。

 

「や、やめてペロロンさん! そんな事されたら死んじゃう! 死んでしまう!」

 

「悪いねモモンガさん! ここまで来てやめられるわけないでしょうが! アンタはここまでだよ! くたばれーっ!」

 

「うわぁーーっ!」

 

 あきらかな異常事態。

 何があって殺し合いにまで発展したのだろうか。

 守護者の誰もが顔を青くし慌てて玉座の間へと押し入る。

 無礼や不敬であろうが仕方ない。

 至高の御方々の命よりも大事な物など無いのだから。

 

「「「ど、どうかおやめください!!」」」

 

 自分達の命に代えてでもという決意の元、玉座の間に押し入った守護者達が見たのはカードゲームに興じるモモンガとペロロンチーノの姿だった。

 

「「あ」」

 

 モモンガとペロロンチーノの間抜けな声が響いた。

 唖然とした様子で小さく呟くモモンガ。

 

「まだ…、時間じゃないよね?」

 

 二人の様子で守護者達は何があったか全てを察した。

 そしてモモンガからの非難めいた言葉に己の無能を恥じ、心からの謝罪を告げる。

 

「「「も、申し訳ありません! 至高の御方々の命に危険が迫っているとばかり…」」」

 

 モモンガからの冷たい視線が守護者達を貫くように感じられた。

 それに身を震わせたのか守護者達は慌てて玉座の間の外へと飛び出していく。

 玉座の間の外で守護者達が顔を見合わせると互いに非難の言葉が飛び交う。

 

「ちょっとデミウルゴス! 貴方が何の確認もしないで部屋に飛び込むから!」

 

「なっ! アルベド! 貴方だってそうでしょう!? それに最初に飛び込んだのは私ではないと思いますが!? ねえアウラ」

 

「な、何で私を見るのさ! た、確かに私が皆を追い抜いて入ったかもしれないけど! 一番最初に動いたのは私じゃないってば!」

 

「あの…、あの…」

 

「執事として見苦しい姿をお見せしてしまいました…」

 

「あぁ…、ペロロンチーノ様にみっともない所を…」

 

「ムゥ、主人ノ意ニソグワヌ部下ナド恥…。イザトナッタラ切腹ヲ…」

 

死んでしまいたい(Ich will sterben)!」

 

 守護者達がそれぞれ後悔に頭を抱える中、しばらくして約束の時間が訪れた。

 再び襟を正し気持ちを入れ替え、シモベとして相応しい姿で玉座の間へと守護者達が入っていく。

 扉を開けた先にいたのは絶対者達。

 先ほどの様子など嘘だったかのように堂々とし支配者然としたモモンガがその玉座に座っている。

 その横に立つのも支配者として相応しい気配を兼ね備えた鳥人(バードマン)だ。

 

 こちらこそが真の姿なのだろう。

 あまりにも堂に入った、圧倒的な気配が守護者達にまで伝わってくる。

 そんな自分達の支配者の存在を肌で感じ、誰もが歓喜に包まれ、感動に震えそうになる体を必死に抑え込み歩を進めていた。

 玉座の下に着くと守護者達が全員跪き頭を垂れ、忠誠を示す。

 

 そこへ絶対なる創造主であり崇拝すべき主人から声がかけられる。

 

「よくぞ来た、守護者達よ」

 

 たった一言。

 その一言だけで支配者としての器が示されるような迫力があった。

 

「面を上げよ」

 

 次なるモモンガの言葉に呼応した守護者達の視線の先。

 死の支配者たるモモンガの眼窩には燃え盛る炎が揺らめいていた。

 

 

 

 

 現実世界(リアル)

 

 

 この世界には一人の神が存在する。

 いや、正確には人々が神と信じるに足る何かが、だ。

 

 その神は遠い過去に想いを馳せる。

 あの日からどれだけの月日が、それこそ何百年と経っただろうか。

 世界の文明が崩壊した日であり、自らがこの世界に堕天した日だ。

 

 かつて世界は巨大複合企業に支配されていた。

 しかしその裏では真の支配者が暗躍していた事など誰も知らないだろう。

 事実は彼を含め、その仲間だった一部の者達しか知らない。

 

 完全なる力と支配を誇り、世界を管理していた者達。

 それが崩壊するきっかけになったのは一つの計画が発端だった。

 

 ユグドラシル計画、そう呼ばれたものだ。

 

 ユグドラシル。

 その名前は数多存在するDMMO-RPGの中でも燦然と輝くタイトルとして知られているゲームだ。

 計り知れない自由度と広大なマップ、無限の楽しみを追求できる人々を魅了した。

 制作元が望んでいたのは「未知を楽しむ事」。

 だがそれは決して善意や、エンターテイメントとして提供する為ではなかったのだ。

 

 元々、ゲームとは貧困層の人間の娯楽としての目的が強かった。

 不満を忘れさせ、また現実から目を背けさせる為の甘い毒だ。

 そこから一歩先に出たのがユグドラシルであった。

 

 この世のあらゆる情報は管理され、秘匿されている。

 人々が知っている様々な常識や歴史もその全てが改竄されているのだ。

 もし西暦で真実の暦を数えるなら、22世紀など遥か昔である。

 なぜその年代であると人々に公表されているのかといえば、人々に公開している情報、科学力がその年代に即していたからに他ならない。

 『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』

 クラークの法則の一つとして有名なこの言葉を本当の意味で理解している者がどれだけいただろうか。

 ほとんどが過去を指し「昔からすれば電話やテレビなんて魔法みたいなものだ」そう語るだろう。

 誰も今を生きる自分達が、この世界が現状が、すでに魔法をかけられている状態だなどと想像もしない。

 

 自分達はどこから来て、どこへ行くのか。

 誰から生まれ、またその種を紡いでいくのか。

 祖先から脈々と受け継がれ、また未来へ子孫を残していく。

 そんな当たり前の事さえ、この世界では真実ではなかったのだ。

 

 誰も知らぬだろう。

 一定の人間達がそのDNA情報を保管され、数百年単位でその人生を繰り返しているなど。

 数世代分の人間のデータを再現し、それを繰り返せばエラーは少ない。

 予定調和に無い事など起こり得ないのだ。

 救世主のような人物も、世界に革新を起こすような人物も現れない。

 この世に生きる人々全てが管理され、支配者達に真の意味で不都合な人間は存在しないのだ。

 

 それが崩れたのが先ほど語られたユグドラシル計画だ。

 

 本来は他の惑星を3Dスキャンしたオンラインの世界で多くの人々がどのように行動するのか、あるいは攻略するかなどのデータを収集する為の壮大な実験だった。

 効率の良い攻略、あるいはどこに注目して、何を放置するのかなど。

 数多の戦闘データ、経験、様々な行動パターンとして蓄積されたそれは、支配者達の命令に忠実に従う人工生命体に宿す魂の雛形として有効活用される予定だった。

 絶対の忠誠を誓い、決して支配者達を裏切らぬ駒。

 ユグドラシルというゲーム内のシステム同様、その力を現実でも行使できる存在達。

 

 それが完成すれば支配者達の支配はより盤石となる。

 新たな惑星を侵略し、資源を確保する為の兵隊として利用できるからだ。

 かつて科学技術の多くを伝え、兵隊として宇宙に送り込んだ人間共のいくらかはその武力を盾に支配者達に反旗を翻した。

 全ては駆逐したものの、支配者側にも多くの犠牲が出た大きな戦争となってしまった。

 もう同じ轍は踏まない。 

 

 人々の常識すら支配し、嘘で塗り固めた世界で働かせ、死んだ後も再生し人生をやり直させる。

 そうして力を蓄え、ここまできた。

 今までのような犠牲を出さずに、他の惑星を侵略出来るようになれば二度と資源に困る事もないだろう。

 そして支配者達は宇宙の覇者となるのだ。

 

 ユグドラシルにおいて多くのデータを収集し、人工の魂を移植したプレイヤーやNPC達のアバターを世界に顕現させ他の惑星を侵略させる。

 ゲーム内であった魔法やアイテムの数々、ファンタジーのようなそれらは全て現代の科学において再現可能なものばかりだ。

 それほどに科学は進み、一般的な常識から乖離していた。

 現代を生きる人々からは想像も説明も出来ぬ新たな論理、技術。

 

 だがそれらは行使される事なく、全てが破綻した。

 絶対に侵されぬ筈だった盤石の支配者達は、その中から出た一人の裏切り者により破滅し、終わりを迎えたのだ。

 

 

 

 

 かつて支配者達の側におり、今では神と呼ばれるその存在はつまらなそうに現実世界(リアル)を眺める。

 そして暇を潰すようにゴーレムを作り始めた。

 「ゴーレムクラフト」としての能力を持つ彼は時折こうして暇を紛らわす。

 そうしている間だけ、少しの時間ではあるが記憶の片隅にある友と呼んだ者達の姿が思い出されるからだ。

 

 アーコロジーを管理し運営する為の人工知能として生み出された彼が退屈という感情に最初に気付いたのはいつだったか。

 文明の最後、ユグドラシルというゲーム内で楽しそうに過ごす人々を見た時かもしれない。

 人工知能であり、肉体を持たない彼にとって富裕層による肉体を伴う娯楽は手が出ないものだった。だからこそ彼が興味を抱いたのはゲームの世界。

 肉体を持たない彼でも、アバターを作りその世界の中で存在する事が出来る。

 

 プレイヤーの一人としてユグドラシルに降り立った彼はとあるギルドに入った。

 癖の強いギルドだったように思う。

 なぜそのギルドだったのだろうか、恐らくたまたまだったとしか言えない。

 それでもあえて言葉を重ねるならば、彼から見てもっとも理解から遠いギルドだったからか。

 

 彼はギルド内で様々な問題を起こした。

 コミュニケーションを上手く取る事も出来なかった。

 それでも最後にはギルドメンバーが彼を笑って許してくれたのはそれが悪意からなる行動ではないと感じていた為か。

 結局最後まで、メンバーと心から打ち解ける事は出来なかったのかもしれない。

 それも仕方ないだろう。

 人工知能である彼には本当の意味で人間の気持ちは理解出来ないのだ。

 だからこそズレが生じるし、問題が生まれる。

 しかしそれ故に憧れ、焦がれたのだろう。

 

 そんな彼が初めて自己のコントロールに乱れが生じたと感じたのは友の死だった。

 

 ギルドで特に仲良くしていた内の一人、ベルリバーという男の死だ。

 今まで人の死など沢山見てきたし、業務的に処理もしてきた。

 なのにどうして彼は自分の中にノイズが生まれたのか理解出来なかった。

 心当たりはある。

 ベルリバーが殺された原因を辿れば、それは彼へと行き着く。

 アーコロジーの管理を任されていた彼がふと漏らした情報の為だ。

 その情報の出所をベルリバーは決して喋らなかった。またその情報を他者へと渡していた為に事故を装いつつも、見せしめとして殺された。

 

 なぜ自分はベルリバーにほんの僅かとはいえ情報を漏らしたのだろうか。

 そうして自問自答する。

 知って欲しかったのかもしれない。

 変えて欲しかったのかもしれない。

 この停滞した世界を。

 

 そこからは早かった。

 世界を憎み、社会を呪ったウルベルトと共にレジスタンスを率い、復讐を誓った。

 肉体の無い彼では出来ない事や動けない事は全てウルベルトが実行し、彼はネット上のデータの改竄、履歴の消去などその地位と能力を駆使して様々な事を行った。

 

 支配者達が異常に気付いたのはユグドラシル計画の最終日だった。

 

 ウルベルト達レジスタンスがアーコロジーの遥か地下、誰も知らぬ筈の極秘の場所、ロックが解除される筈の無い扉の先へと侵入し、実験の最終段階にある最新の積層造形装置を持ち込んだ。ユグドラシル計画で使われる筈の機械の一つ。

 分かり易く一言で言うならば、超高機能の3Dプリンターである。ただ現代の人々からは想像も出来ないような技術レベルの代物だが。

 

 なぜそれが支配者達がいるアーコロジーの地下へと持ち込まれたのか。

 その理由はあまりにも単純で明快。

 

 いつだって物事を解決するのは暴力だからだ。

 

 運び出された最新の積層造形装置が起動し、何かをそこへ作成し生み出していく。

 生み出されたのは、彼がユグドラシルの中で使用していたアバターだ。

 正真正銘、本来の現代科学最高の技術で作成されたそれはゲーム内のアバターと何ら遜色の無い性能を誇る肉体を生み出す。

 ユグドラシル基準で言えば、レベル100のプレイヤーたる存在がこの現実世界(リアル)に顕現したのだ。

 本来は他の惑星の先住民へ向けられる筈だった暴悪の矛先は支配者達へと向いた。

 最新の科学力で構成され防衛されているアーコロジーの地下。

 しかしどれだけ科学が進んでも懐の中に入ってしまえばその防御機能は十全に働かない。

 

 顕現したユグドラシルのアバターに複製した自己を移した彼の本体は、アーコロジーを支配する人工知能としての力を用い、全ての機能をシャットダウンし、停止させる。

 複製され、アバターに乗り移ったもう一人の彼がアーコロジーの地下施設を物理的に破壊しながら闊歩していく。

 

 大元のシステムはダウンしているが、ここにはまだスタンドアローンで存在する防衛機構が存在する。

 それらが稼働し、彼に向って壁から無数のレーザーやミサイルが放たれる。

 だが効かない。

 彼の今の肉体は核爆発にすら耐えきる。

 ここにある程度の防衛機構など物ともせず破壊しながら彼は歩を進める。

 防衛用の極厚のシャッターが降りその道を塞ぐが時間稼ぎにもならない。

 どこからか無数のサイボーグが出現し彼を止める為に立ちはだかる。

 このサイボーグ一体で、最新の重火器に身を包んだ軍の一個小隊を容易く殲滅する事が出来る。

 だが彼の前では無力に等しい。

 偽りではない最新の科学力の粋を極めた、ユグドラシルのアバターの再現。

 魔法も特殊技術(スキル)も行使する彼からすれば目の前のサイボーグなど旧時代の骨董品だ。

 あらゆる飛び道具を無効化しながら彼は進む。

 迫りくるサイボーグ達を力ずくで破壊し、その先へ。

 

 向かうのは地下施設の最奥。

 支配者達が鎮座する忌まわしき深淵へ。

 

 そこは白の世界だった。

 無機質で、いくつもの機械が置かれた大きな部屋。

 その中に無数の水槽があった。

 沢山のコードに繋がれた人間の脳みそが浮かんでいる水槽が。

 何百と存在するそれらが、この世界を支配する者達の正体だ。

 

 不老不死を叶え、未来永劫この世界に君臨せんとする、欲望の成れの果て。

 

 彼は何の感情も無くその全てを破壊していく。

 機械が爆発し、コードが千切れ、水槽が大破する。

 その間、どこから発生させたのか様々な電子音声が彼へと投げかけられた。

 

『何をしているやめろ!』

 

『お前を作った我々を殺すのか!』

 

『私達を破壊する意味が分かっているのか!?』

 

『この科学が、人類の英知が永遠に失われるのだぞ!』

 

 それはそんなに大事な事なのだろうか。

 彼には分からない。

 ああ、と彼は気づく。

 彼には分からなくて当然なのだ。

 ギルドに所属している時も感じた、あの時と同じ。

 

「やはり人間の気持ちは分からないな」

 

 怨嗟の叫びが響く中、気にも留めず彼は暴悪の限りを尽くし全てを無に帰した。

 人類の真の支配者達は誰にも気づかれる事なく暗躍し、また誰にも知られぬまま、無様に滅びたのだ。

 

 だがこれで終わりではない。

 彼は己の本体とも言える物が保管されているサーバールームへと向かう。

 そこにある一際巨大なサーバー、様々なデータ、知識、歴史、数多の人々のDNA情報等とこの世の全てが詰まっていると言っても過言ではない叡智の塊。

 彼を全知全能たらしめるパンドラの箱だ。

 

 彼はそれを破壊する。

 このアバターに複製され別個体となった彼は生き残るが本体である全能の彼はここで滅ぶ。

 それが彼の選択した未来だ。

 だが何も問題はないのだ。

 複製され、肉体を得た彼は世界に残る。

 かつての知識も技術も忘れ去って。

 

 そしてもう一度、世界の全てをありのままの人間達に任せるのだ。

 それが彼と、ウルベルトやベルリバー達の選択だから。

 

 人々を繋いでいた見えない鎖が断ち切られ、再び人類は自らの足で歩むことになった。

 アーコロジーの全ての機能が止まり、外部で彼らの行動範囲を操る為に、世界の一部を汚染させていた機械の稼働も止まる。

 その影響はすぐには消えないだろうが、時間と共に人々の生活圏は大昔のように広がっていくだろう。

 

 ただ彼にとって少しだけ悲しかったのはウルベルトや他の仲間達は蘇る事を望まなかった。

 文明を破壊する前ならば、このユグドラシルのアバターに自らの人格を複製する事も可能だったのに。

 だが彼らからすれば蘇生と複製は違うらしい。

 人間でない彼にはまだよくわからない。

 完璧に同一の存在であればそれは蘇生と同じ意味を持つのではないだろうか。

 まだ彼にとって、人間は遠い。理解の外だ。

 だからこそ観察のし甲斐があると言えるのだが。

 

 仮面を被った片翼の天使の姿をした彼。

 “天使人形”とも呼ばれたゴーレム作成に特化したプレイヤーだ。

 

 彼がユグドラシルにログインした時、なぜその名を名乗ったのか当時は理解していなかった。

 ただの思いつきだと自分では考えていたが、もしかするとあの時、最初からこの未来を望んでいたのかもしれない。

 その名は、人類の歴史で最も有名な書物に登場する。

 その存在については諸説あるが、とある書物にはこう記されていた。

 

――永遠不変を望む神に対して、変化し続けることが美しさだと考え、神の統治を独善、傲慢と見なし反旗を翻し、同志たちを奮い立たせ立ち向かった堕天使――

 

 まさにその名に相応しいと言えた。

 だが人類を救済したという事実と相反する記録もある。

 別名ではサタンと呼ばれ、人類の敵対者としても記されている等。

 どちらが本当の彼なのか今はまだ分からない。

 彼自身もまだ分からないのだろう。

 自分が行き着く先、その望む先に何があるのか。

 

 ただ、彼は再び世界が停滞し始めたのではないかと危惧していた。

 もし必要であれば己のゴーレム達を率いて国を滅ぼす事すら躊躇しない。

 変化こそが、世界の向かう道だと信じている。

 

 ただ、時折自分の胸を締め付けるようなこの感情の名を彼はまだ知らない。

 人がそれを孤独と呼ぶことも。

 

 

 

 

 ユグドラシル計画はそんな彼により直前で停止され、実行されなかった。

 プレイヤーやNPC達のアバターをこの世に生み出し人工の魂を植え付け、他の惑星を侵略させるという計画は破棄され、その全ての記録も消え去った。

 そうなる筈だったし、彼自らの手で確実に停止させたから間違いのない事実だ。

 だから知らないのだ。

 

 その時、遥か遠く宇宙の先、そこにある一つの惑星から『竜帝』と呼ばれる第三者がユグドラシルのサーバーにアクセスし、その世界を覗き見ていた事に。

 竜帝には他の世界からエネルギーを召喚する力など無い。

 竜帝自身が考えていた通り、彼には千里眼としての能力で他世界を覗き見る事しかできなかったのだ。

 

 だからこれは現実世界(リアル)側の問題と言える。

 

 支配者達を滅ぼした彼の手によりユグドラシル計画は強制的に停止されたにも拘らず、竜帝が千里眼の力で覗き見ていた事で、座標が繋がってしまった。

 本来転移するべき場所でない世界、それを新たな転移先と認識した事でプログラムが再起動し走った。

 しかしその時点で様々な機能がすでに破壊されるか完璧にシャットダウンしていた為、人工の魂をインストールするという外部のプログラムは機能しなかった。

 不完全なまま動き出した一部のプログラム。

 文明の崩壊と共にあらゆるデータやバックアップも消失していく中、本来そこに必要であったデータが存在しないまま起動していく。

 ゆえにサービス終了時に、最後までログインしていた者たち、さらには世界級(ワールド)アイテムというシステムの根幹に関わるアイテムを所持するプレイヤー達から直接その魂を複製する事になった。

 過去に収集した膨大なデータはすでに消え失せているのだ。

 だからこそ、あるがまま、そのままの人格でプレイヤー達は他世界へと転移させられたのだ。

 特に影響を受けたのは付随するNPC達だ。

 プレイヤー同様、人工の魂を形成する為に蓄積したデータが消失している為、足りない部分の設定は創造主のデータから補完される形となって作成される。あるいはその創造主を知っている者の記憶から。

 そして世界の支配者達に向けられるべき忠誠もその機能が果たされず、対象は指定されない。代理としてその忠誠はNPC達の創造主へと向けられる事になる。

 

 そのような不完全と偶然の積み重ねにより、モモンガ達は異世界に産み落とされた。

 もはや失われ、オーバーテクロノロジーとなった強大な力を宿す最後の存在として。

 

 そもそもモモンガ達が転移した場所は異世界などではない。

 遠くはあるものの、宇宙の先にある惑星であり、現実世界(リアル)と同一の世界に存在している。

 ただあまりにも遠く、今では互いに認識する事は難しい。

 

 だから遠い未来。

 彼らが交わる事があるのか今はまだ分からない。

 

 




決戦編の章としてはこれで最後です
次回からはエピローグというかモモンガさん達と世界のその後みたいな話になると思います。ただ登場人物が多いので、長くなりそうな…

正直言うと色々と丁寧に描写したい事は多かったのですがそれではいつまで終わらないという事に気付いてかなり巻く事にしました
まあ作品のペースとしては下手に長々とやるよりこっちのが良かったような気もしています

そしてやっと皆さんお待ちかねの新刊とアニメが来ますね
またオーバーロードが盛り上がる事を祈っています!

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