弱体モモンガさん   作:のぶ八

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今回は早めに投稿出来て少し嬉しいです


最後の二人

 それは爆撃と呼ぶに相応しいものだった。

 

 数多の流星に都市守護者達が貫かれ、彼らが怯んだ直後、間髪入れず無数の弾丸が飛来した。

 回避する隙間など無い、一瞬空が黒く染まったのでないかと錯覚する程の物量。

 まるで超広範囲ショットガンのようなそれらが都市守護者達に降り注いだ。

 着弾した弾丸は爆発し、周囲の弾丸へ誘爆し爆発を広げていく。

 あっという間に都市守護者達は連続する幾重もの爆発に見舞われる事になる。

 突然のダメージと爆発により都市守護者達の何体かは飛行状態を維持できず、揺ら揺らと高度が下がっていく。

 

「ふはははは! 面白いように落ちる、トンボとりでもしているようだぞ!」

 

 何かの台詞なのだろう。

 悪い顔をしたペロロンチーノがその異形の顔をニヤリと歪める。

 

 弓に特化したキャラメイクをしており、最長2kmという超遠距離狙撃を可能とするペロロンチーノ。

 閉所での戦闘においてはその能力が半減する等、極端な得手不得手が存在するが、だからこそ現在のような開けた場所、こと空中戦においては無類の強さを発揮する。

 もし今の状況と同条件ならばギルドメンバーの誰と戦ったとしても、ペロロンチーノは負けないだろう。

 それは最強のワールドチャンピオンとて例外ではない。

 

「オーレオール! 次のバフを!」

 

 ゲイ・ボウを引き絞ったままペロロンチーノが吠える。

 

『は、はい! かしこまりました!』

 

 <伝言(メッセージ)>の魔法が繋がっているオーレオールがその言葉を受け、即座に新たな強化魔法をかける。

 だが肝心のオーレオールはナザリック地下大墳墓、第八階層の桜花聖域にいる。

 ならばなぜこんな離れた場所にいるペロロンチーノへ強化魔法をかける事が可能なのか。

 

 これは単独で行動する際に補正がかかる狙撃手(スナイパー)としての特殊技術(スキル)の一つ。

 味方がその座標を認識できれば距離を無視して魔法効果を受ける事が可能というもの。

 

 今ペロロンチーノの背後からオーレオールが<千里眼(クレアボヤンス)>でその全てを視認している。さらには<水晶の画面(クリスタル・モニター)>も使用し配下のシモベたちとも視界を共有していた。

 現在モモンガによる探知阻害の数々において、このエリュエンティウ周辺はあらゆる魔法的な探知が不可能になっている。

 しかしペロロンチーノは装備とアイテムで、自身へのあらゆる阻害効果を完全に遮断している。

 故にペロロンチーノを通じてという状況下においてのみだが、オーレオールはモモンガによる阻害効果を無視して視界を飛ばす事が可能になる。

 これによりペロロンチーノの位置を視認し、バフをかけているのだ。

 

「あぁっ!?」

 

 しかし不意にペロロンチーノの間抜けな声が響く。

 

「パ、パンドラズアクターが敵の攻撃を喰らった! ま、まずい、そのままボコられてる! ボコられまくってる! いくら俺の援護があるとはいえ8体の中に単独で突っ込ませたのは流石に無茶だったか…」

 

 反省するようにポリポリと頬をかくペロロンチーノ。

 遠くまで見通す鳥の目を持つ彼には、離れていてもその様子がしっかりと確認できた。

 何よりペロロンチーノと違ってパンドラズ・アクターはオーレオールの支援を受けられていない。

 かなりの無茶ぶりというやつである。

 

 一度被弾したパンドラズ・アクターはそのまま防戦一方となり、最初の無双など嘘のように見るも無残な状態となっている。

 全身を丸め防御態勢をとってはいるものの、もはやリンチと言っても過言ではない。

 

「仕方ない、距離を詰める! パンドラズアクターが射程内に入ったら回復と強化を!」

 

『かしこまりました!』

 

 オーレオールに合図をした後、翼を羽ばたかせ高速でペロロンチーノが距離を詰める。

 この間にもゲイ・ボウから幾度も光の矢が放たれる。

 

 都市守護者達との距離が縮まり、ヘイトがペロロンチーノへと向く。

 

 まず黒嵐雲(ケライノー)大霊鳥(シームルグ)、その二体が弓を射った直後のペロロンチーノの隙を見計らい襲い掛かる。しかし――

 

「来てくれて嬉しいよ。遠距離キャラには接近戦が定石だもんな」

 

 いつの間にかペロロンチーノの手にはゲイ・ボウではなく、小型のショートボウが握られていた。

 

「だがPVPでそんな正面切って距離を詰める馬鹿はいないぞ」

 

 小型のショートボウから小さな矢が連続で放たれる。

 威力は限りなく低いが、その連射性及び状態異常効果付与が目的の攻撃だ。

 

「ギィッ! ガァアアア!」

 

 黒嵐雲(ケライノー)大霊鳥(シームルグ)の動きが止まり、苦悶の声を上げた。

 一瞬にして体中に無数の矢が突き刺さりサボテンのような状態になっている。

 

 元々、弓は飛行タイプに特攻を持つ。

 ダメージにボーナスがかかるものや、被弾直後わずかな時間であるが行動に阻害がかかるものなど。

 それに加えこのショートボウ本体による状態異常効果も重なる。

 プレイヤーでも装備やアイテムにより対策をしなければ完全には防げない。

 とはいえ仮に対策したとしても、結果的に別の弱点ができてしまうのだが。

 

「喰らえ、<魔法最強化(マキシマイズマジック)核爆発(ニュークリアブラスト)>!」

 

 ペロロンチーノの目前。

 黒嵐雲(ケライノー)大霊鳥(シームルグ)との間に閃光が膨れ上がり、一気に全てを飲み込んでいく。

 その様子を見ていたオーレオールが驚愕の表情を浮かべるのは当然だろう。

 ペロロンチーノもその爆発に巻き込まれたのだから。

 

 第九位階魔法に属する<核爆発(ニュークリアブラスト)>は攻撃魔法として見ると微妙だ。

 炎と殴打の複合ダメージである為、どうしても単独属性の魔法には後れを取る。

 だが当然ペロロンチーノが選択したのには理由がある。

 効果範囲が広い、複数のバッドステータスを付与するなど様々な効果はあるものの、本命はそれではない。

 強いノックバック効果を持つ、その為だ。

 

(モモンガさんなら別の使い方をするんだろうけどな…)

 

 爆風に巻き込まれ、真下に吹き飛ぶ黒嵐雲(ケライノー)大霊鳥(シームルグ)とは逆方向、つまり上空へとペロロンチーノが大きく吹き飛ばされる。

 被弾の瞬間、ガードする方向をズラす事でそれを可能にした。

 

 弓に関わらず、遠距離攻撃を持つ者にとっていかに敵の頭上を取るかというのは至上命題だ。

 高い場所を維持できればそれだけで有利になるのだから。

 ゆえに当然、どんな者も上を取られないように行動する。

 単純とはいえAIもそれを阻止しようと動くルーチンが組まれている。

 

 だからなのだ。

 だからこそこれが有効なのだ。

 

 真っ当に上空へ飛ぶのでなく、攻撃の余波として吹き飛ぶ。

 そうすればAIはそれを高度を上げるアクションだと認識出来ない。

 つまり、ダメージと引き換えに簡単に頭上を取る事が出来る。

 

 <核爆発(ニュークリアブラスト)>の吹き飛ばしにより、上方へ吹き飛び、都市守護者達の頭上を取る事に成功したペロロンチーノ。

 そのまま一気に飛翔しさらに高度を取る。

 同時にペロロンチーノの手元が激しく光輝いていた。

 それが攻撃行為だと都市守護者達が認識した時にはもう遅い。

 すでに特殊技術(スキル)は発動している。

 

 <流星群(メテオラシャワー)> 

 

 1日に1回しか使えない特殊技術(スキル)の一つ。

 使用条件も厳しく、神器級(ゴッズ)以上の弓を装備している状態で敵の遥か上空に位置していなければならない。

 ゲイ・ボウから細かく別たれた無数の、本当に数えきれない量へ散った光の矢が放たれる。

 地上からそれを見ればまさに流星群。

 空全体を無数の光の筋が覆っているように見えるだろう。

 闇夜すら明るく照らす無常の光。

 

 それが雨となり、地上へ降り注ぐ。

 

 かつてナザリックのレイドボスが使用した<土星の大流星>という特殊技術(スキル)がある。

 宇宙から無数の流星がフィールド全体に落ちてくるという凶悪なもの。

 

 それと比べると<流星群(メテオラシャワー)>は酷く矮小だ。

 ダメージも高レベル相手ならさほど問題にならず、範囲も広いとはいえフィールド全体に降り注ぐという馬鹿みたいな性能はしていない。

 だがそれでも、一点だけ大きく勝っている所がある。

 長い効果時間による足止め効果だ。

 

「暴れろ、パンドラズアクター!」

 

 オーレオールからの回復を受けたパンドラズ・アクターが、ペロロンチーノの指示の下、巨大な獣の姿へと変わる。

 それは「獣王メコン川」の姿。フィジカルだけならばギルドメンバーの中でも上位に位置する。

 パンドラズ・アクターは獣に相応しい荒々しい咆哮と共に、降り注ぐ<流星群(メテオラシャワー)>を掻い潜り、都市守護者達へと襲い掛かる。

 パンドラズ・アクターは事前にペロロンチーノから「星の守り」という装備を持たされていた。

 これにより、ダメージは無効化できないものの<流星群(メテオラシャワー)>の持つ足止め効果を限りなく0にする事が出来る。

 

 <流星群(メテオラシャワー)>をその身に受けながらも自由自在に暴れ回るパンドラズ・アクターを都市守護者達は止める事が出来ない。

 <流星群(メテオラシャワー)>は未だ彼らの頭上から降り注いでいる。

 そのため都市守護者達は飛行状態を維持できず、大地に縛り付けられる事になる。

 そんな状態にありながら地上の王たる猛獣と化したパンドラズ・アクターの攻撃を捌くのは至難の業だ。

 

 今度はペロロンチーノが上空から恐ろしい速度で地上へと滑空する。

 <流星群(メテオラシャワー)>から放たれる無数の光を身体能力と特殊技術(スキル)で優雅に回避しながら。

 

 地上に激突するのでないか、そう思わせる勢いで飛来したペロロンチーノは地上スレスレでU字を描き、再び上空へと飛翔する。

 その際に、飛来したペロロンチーノの鉤爪で熾天使(セラフ)の体が引き裂かれていた。

 再びペロロンチーノが他の都市守護者目掛けて地上へと滑空してくる。

 もはや一方的な展開と化したこの状況。

 

 地上には暴れ回るパンドラズ・アクター、上空からはペロロンチーノ。

 

 誰も彼らを止められない。

 2対8という圧倒的に不利な状況だが、空から降り注ぐ<流星群(メテオラシャワー)>がそれを可能とする。

 この特殊技術(スキル)こそが、今この場を支配していると言っていい。

 <土星の大流星>ならばとっくの昔に終了しているだけの時間がすでに経過している。

 それなのに。

 

 雨は未だ止まず、天空から降り注いでいる。

 

 

 

 

「す、凄い…!」

 

 素直に感嘆の声を上げるモモンガ。

 いくら敵がNPCとはいえ、2対8という数的不利を抱えながらここまで一方的な展開になるとはモモンガも衝撃を隠せなかった。

 ペロロンチーノの強さは勿論だが、パンドラズ・アクターの活躍にモモンガは驚いていた。

 持っている筈の無い数々の課金アイテムを使用しているが、恐らくペロロンチーノが渡した物なのだろう。

 それにパンドラズ・アクターの特性を十分に理解している運用の仕方。

 

 ふと、お互いの作ったNPCを自慢し合っていた昔を思い出す。

 

「覚えていて…、くれたんですね…」

 

 パンドラズ・アクターの事を忘れずに覚えていてくれたペロロンチーノ。

 その事実は、彼の中にまだギルド:アインズ・ウール・ゴウンの存在が残っているのだと感じさせてくれるようでモモンガは嬉しい気持ちになった。

 

 そんな事を考えていたその時――

 

『さあ今ですモモンガさん! トドメを!』

 

 ペロロンチーノからモモンガへの突然の<伝言(メッセージ)>。

 

「え?」

 

 状況が理解できず呆けた声を上げるモモンガ。

 

『後はモモンガさんが決めればそれで終わりです!』

 

「き、決める? 俺がですか…?」

 

『分かってる癖にそんな勿体ぶらないで下さいよ、モモンガさんってば本当にお茶目なんだから』

 

 ペロロンチーノから仕方ないなーといった雰囲気が上がる。

 

「え、あ、な、何がですか?」

 

『いやいや、もうそんな冗談いいですから。早く決めちゃって下さいモモンガさん』

 

 状況を理解できないモモンガへ、喜色混じりのペロロンチーノがけしかける。

 

『流石にそろそろ特殊技術(スキル)の効果が切れそうなんで早く決めてくれないと困りますって~』

 

 まだ軽い口調のペロロンチーノがモモンガを囃し立てる。

 

「………」

 

『え、あっ! なるほど、そういうことね、分かった、分かりました! あの事怒ってるんでしょ!? 謝ります! 謝りますから! サービス終了日に間に合わなくてごめんなさい! だから、ねぇ早くして!』

 

 次第にペロロンチーノから余裕が失われていく。

 

『モモンガさぁん! そろそろ厳しいって! やばいって! 早く決めちゃってお願いだから!』

 

 ここまで来てペロロンチーノが何を求めているかモモンガは理解した。

 

「はっ! す、すみませんペロロンさん…! む、無理なんです、今の俺には…」

 

 モモンガが最初から意図を理解してすぐに動いていればまだ可能性はあったかもしれない。

 しかしペロロンチーノの圧倒的な戦いを少し他人事で見てしまっていた事で後手に回ってしまっていた。

 

『無理って…、なんで、そんな…、あぁっ!!』

 

 <伝言(メッセージ)>の向こうからペロロンチーノの悲鳴が聞こえる。

 魔法かアイテム、何らかの手段でモモンガのステータスを認識したのだろう。

 

『う、嘘でしょ…。モ、モモンガさん…! あんた弱くね!?』

 

 レベル60台にあるモモンガの状態を把握してペロロンチーノが腰を抜かす。

 

『な、なんでそんな状況に…! さ、最終日に超位魔法連発でもした訳じゃあるまいし…』

 

 まさにドンピシャズバリである。

 

「それです…」

 

『えっ!?』

 

「最終日に超位魔法連発しちゃいました…」

 

『……』

 

「……」

 

 しばらくの間、沈黙がこの場を支配する。

 静寂を破ったのはペロロンチーノの叫び。

 

『ば、馬鹿ぁ! 本当に馬鹿ぁ! なんでそんな事したのぉ!?』

 

「だ、だって無制限に撃てたんですよ! それに最終日だし! 全部終わりだし! 誰も来てくれなかったし! 仕方ないじゃないですか! こんな事になるなんて思わなかったんですよ!」

 

 両者の子供じみた悲鳴が飛び交う。

 

『うぅぅ、ぐぅぅ…! た、退却っ! 退却だパンドラズアクター! 今すぐに逃げ、あぁぁっ!!』

 

 計画が頓挫した事を理解し、即座にパンドラズ・アクターへ撤退命令を下すが時すでに遅し。

 <流星群(メテオラシャワー)>の効果が切れ、逃げ遅れたパンドラズ・アクターが捕まりボコボコにされ始めていた。

 

『や、やばいどうしよう!? モ、モモンガさん、パンドラが殺されちゃう!』

 

 先ほどまでの雄姿はどこへやら、ペロロンチーノが慌てふためく。

 

「しょ、勝機があったんじゃないんですか!?」

 

『ありましたよ! 完璧だってくらいな勝機がね! ただ、なぜかその勝機がめっちゃ弱くなってたのが計算違いだっただけです!』

 

「お、俺のせいだって言いたいんですか!?」

 

『そうは言ってません! そうは言ってませんが、でもその通りです!』

 

 責任の擦り付け合い、醜い大人の姿がそこにあった。

 

「で、でも滅茶苦茶優勢だったじゃないですか!? あのまま倒して下さいよ!」

 

『モモンガさんだって知ってるでしょ! 敵を拘束し続けるのは可能ですけど、この人数差で倒しきるのは俺には無理ですって! ウルベルトさんやたっちさんみたいにダメージ特化の大技なんて簡単にポンポン撃てないですよ!』

 

「で、でもアイテム! そうアイテムですよ! 色々あるじゃないですか! 何か持ってないんですか!?」

 

『持ってないですよ! 引退前に全部あげたじゃないですか!』

 

「で、でもその装備…、フル装備でしょう! てことはナザリックの宝物庫にいったんですよね!? アイテムなんていくらでも置いてあったでしょう!? なんで持ってきてないんですか!」

 

『どこに何があるか全然分かんないんですよ! 誰だ、宝物庫にあんな適当にアイテム放り込んだ奴は!』

 

 喧嘩が泥沼化し始めたが、埒が明かないと冷静になったモモンガが提案する。

 

「……。ペロロンさん、止めましょう。まずはこの状況をなんとかしないと…。単刀直入に聞きますが、もう一度時間稼ぎって出来ますか?」

 

『……。厳しいですけど…、出来なくはないです。でもその後どうするんです? 何か手があるんですか?』

 

「確証は無いんですが、多分やれると思います…。アレを…」

 

『確証は、無しですか…。はは…』

 

 ペロロンチーノの乾いた笑いが虚しく響く、しかし。

 

『くそーっ! しょうがねぇ! やる、やります! どうせもう後がないんだ! モモンガさんに全部かける! いいでしょう、やってやりますよ! 俺たち無課金同盟の誓い、その強さ、見せつけてやりましょう!』

 

「あんた言い出しっぺの癖にその誓い破った張本人でしょうが!」

 

 モモンガの突っ込みが耳に痛かったのかペロロンチーノが一方的に<伝言(メッセージ)>を切る。

 

「あ、あの野郎…」

 

 モモンガの視界の先、ペロロンチーノが再び臨戦態勢を取り都市守護者へと向かっていく。

 

 と思いきや再びモモンガに<伝言(メッセージ)>が繋がる。

 

『あー、もしもしモモンガさん?』

 

「なんですか? 勝手に切っておいて、勝手にまたかけてくるなんて、勝手な人だ」

 

 モモンガが無愛想に答える。

 

『そんなに怒らないで下さいよモモンガさん。いえね、作戦名を言ってなかったなと思って』

 

「作戦名?」

 

『ええ、こういう時はカッコよく決めないと』

 

 <伝言(メッセージ)>の向こうでペロロンチーノがニヤリとしているのが分かる。

 

『オペレーションAでいきます』

 

「オ、オペレーションA…!?」

 

 モモンガに衝撃が走る。

 そんなものは知らないからだ。

 

『分からないんですか? Aといったらアレ、Ainz Ooal Gown(アインズ・ウール・ゴウン)。俺達のギルド名じゃないですか』

 

 モモンガに再び衝撃が走る。

 かつての仲間の口からその名が聞けたという事がその胸を熱くする。

 

「ペ、ペロロンさん…!」

 

『じゃ、そんな感じでよろしく』

 

 感動しかけている中、またブツッと無遠慮に<伝言(メッセージ)>が切られた。

 

「え…、さ、作戦の内容は…?」

 

 

 

 

 計画の詳細を知らされないまま放置されたモモンガは唖然としていた。

 ペロロンチーノの無鉄砲さとそのおふざけに。

 

「いや、そうじゃないな…」

 

 そう思ったモモンガだがすぐに考え直す。

 ペロロンチーノはただふざけてあんな事を言った訳ではない。

 かつて仲間達と共に時間を過ごした時、確かに普段からおちゃらけている人間ではあったが実はゲームプレイは至って堅実そのもの。

 時として自ら道化を演じる事もあったが、それは仲間内の軋轢を緩和する為だったりした。

 まあ、失言が過ぎてぶくぶく茶釜にどやされる所までがセットだったが。

 

 だから今だってそうだ。

 

 この圧倒的なピンチ。一歩間違えば死、全滅という状況にありながらペロロンチーノのおかげで空気が変わったのが分かる。

 悲壮感も、絶望感も、負の感情はもはやどこにもない。

 モモンガ本人もこの状況でありながら、やれるのではないかという気持ちが強くなってきている。

 

「ありがとう、ペロロンチーノさん」

 

 <飛行(フライ)>の魔法でモモンガが都市守護者達の元へと飛び立つ。

 今のモモンガでは都市守護者達には敵わないだろう。

 だからこそ、()()()()()()()()()()()()

 

 都市守護者達の射程圏内へと入ったモモンガに彼らからの敵意が向く。

 すぐに魔法が、特殊技術(スキル)が飛んできてモモンガの命を奪うだろう。

 その前に――

 

「指輪よ、俺は願う(I WISH)!」

 

 超位魔法<星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)>を経験値消費無しに使用できる、モモンガが持つ中でも最高峰の指輪を天に掲げ叫ぶ。

 

「数十秒…、いや! 十数秒、たった一つの特殊技術(スキル)の効果が発動するまでの時間だけでいい! その間だけ…、俺に全盛期の力を!」

 

 モモンガの体が眩い光に包まれた。

 

 その瞬間、モモンガの頭の中には大量の知識が、その身には大量の魔力が流れ込んでくる。

 感覚で理解した。

 全盛期、つまりはレベル100の肉体を僅かな時間ではあるがモモンガは取り戻したのだ。

 もしこれが他の者による「レベルを100にしてくれ」という願いだったならば不可能だったろう。

 いくら超位魔法と言えどそんな簡単にレベルを上げる事など出来る筈がない。

 ではなぜ今回は可能だったのか。

 それはかつてレベル100になった事があるモモンガだったからだ。

 ユグドラシルのゲーム的な表現で言うならば、履歴があったと言うべきか。

 過去のデータが、何らかのバックアップが存在したかのように、レベル100のモモンガという状態を一時的とはいえ、この場に再現する事が可能になったのだ。

 

 願いは、聞き届けられた。

 

 その時、モモンガの骨だけの顔から笑みが零れる。

 レベル100の体を取り戻した直後、躊躇なく切り札を発動させる。

 日食の如く全ての生命を蝕むとされる“エクリプス”としての職業(クラス)を極めたモモンガの奥の手であり最強の一手。

 100時間に1度しか使用できない究極の特殊技術(スキル)

 

 <あらゆる生あるものの( The goal of )目指すところは死である(all life is death)

 

 瞬間、モモンガの背後に12の時を示す時計が浮かび上がった。

 そして魔法を発動させる。

 

「<魔法効果範囲拡大(ワイデンマジック)嘆きの妖精の絶叫(クライ・オブ・ザ・バンシー)>」

 

 周囲に女の絶叫が波紋の如く響き渡る。

 それは即死の効果を持った叫び声。

 しかし即死の効果はすぐには表れない。

 それこそが<あらゆる生あるものの( The goal of )目指すところは死である(all life is death)>の効果だ。

 この特殊技術(スキル)によって強化された即死効果は、無効化能力を持っている者さえ一定時間後に即死させる事が出来る反則級の特殊技術(スキル)

 

 カチリ。

 

 音と共にモモンガの背後にあった時計がゆっくりと時間を刻み始めた。

 

 その刹那、都市守護者達のヘイトが一斉にモモンガへと向く。

 ユグドラシルでもそうだ。

 超大技などを発動しようとした時、当然ながら敵からのヘイトは急上昇する。

 それを阻止する為にタンクという役職が存在する。

 しかし今この場にそれはいない。

 

 パンドラズ・アクターやペロロンチーノすら無視して8体の都市守護者がモモンガへと襲い掛かる。

 AIがモモンガの特殊技術(スキル)の効果を理解している訳ではない。

 だが即座に排除しなければならない脅威だとAIが判断したのだ。

 

 モモンガは約12秒間、レベル100の存在8体から狙われた状態で生き延びなければならない。

 ハッキリ言って無茶だろう。

 レベル100という常軌を逸した者達のレベルから言えば12秒という時間はあまりにも長すぎる。

 しかも厳密に言えば、倒されなくとも一定以上のダメージを喰らってしまえばそれだけで魔法は中断されてしまう。

 つまり8倍の戦力差がある状況でありながら、まともに被弾してはいけないという無理難題をモモンガは突き付けられている。

 それでもやるしかない。

 

 一手のミスも、また無駄も許されないモモンガはこれしかないという特殊技術(スキル)を発動させる。

 

――中位アンデッド作成 死の騎士(デスナイト)――

 

 それを一日の上限である12体まで一気に作成する。

 戦力とするならば上位アンデッドを創造した方が良いだろう。

 しかし、いくら強いと言っても上位アンデッドではモモンガを多数の攻撃から完全に庇う事は難しい。

 今の最優先事項は戦う事ではなく、生き延びる事。

 故にこの場において死の騎士(デスナイト)以上の適任は存在しない。

 

 敵の攻撃を完全に引き付けてくれるものと、どんな攻撃を受けても一度だけならば耐えきるという能力をもつ死の騎士(デスナイト)。これにより、どれだけ強い者でも倒しきるまでに2手、必要となる。

 それはこの場においてどんな盾よりも頼もしいものだ。

 

 モモンガはこの世界に来てから何度、死の騎士(デスナイト)を作成しただろうか。

 思えばこの世界に転移して最初に呼び出したのも死の騎士(デスナイト)だった。

 それだけモモンガが死の騎士(デスナイト)というアンデッドを信頼しているという事でもある。

 だが今だけは、この時だけは今までとは明確に違う。

 

 無難にとりあえず死の騎士(デスナイト)でも作成しておくかという気持ちではなく、死の騎士(デスナイト)でなければ駄目なのだ。

 他のどんな上位のアンデッドでもこの状況においては死の騎士(デスナイト)の方が遥かに信頼がおける。

 

 この世界において、作成されたシモベは創造した者の意思や意図を引き継いで生み出される。

 何らかの繋がりを持つのと同じように創造主が何を望んでいるのか薄っすらと理解できるのだ。

 

 だからだろう。

 

 この世界においてモモンガが作成した数多くの死の騎士(デスナイト)達の中で、今この場で生み出された12体の死の騎士(デスナイト)達はその全てが歓喜に打ち震えていた。

 彼らは全ての死の騎士(デスナイト)達の中で、最短の命となる。者によってはコンマ何秒の世界で滅んでこの世から消えるだろう。

 しかしそれでも自らの存在が誇らしく、また幸福だった。

 

 生み出される瞬間、創造主の思念が彼らへと伝わっていたからだ。

 

――お前達しかいない。この場において他の誰でもない、お前達だけだ。俺の盾となり、あらゆる攻撃を防げ。それが今出来るのは、死の騎士(デスナイト)だけだ――

 

 創造主から感じられる圧倒的な信頼。

 心からその存在を望まれ生み出された事への感謝。

 どんな者でも、自らの代わりは務まらないという事実から来る肯定感。

 何より、創造主の望みを叶える事が出来るという多幸感。

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 大気を切り裂くような咆哮。

 己の存在を証明するように彼らは雄叫びを上げる。

 

 たった数秒後にはその全てが滅ぼされているだろう。

 だがそれでも、それだけの命しかなくとも。

 

 この場で生み出された死の騎士(デスナイト)達は作成された全てのアンデッドの中でもっとも幸福だったろう。

 これだけ強くその存在を望まれ、己の役目を、責務を十全に果たし創造主の役に立てるのだから。

 

 

 

 

 ペロロンチーノの眼前、レベル100に戻ったモモンガの姿を見て、またその切り札の発動を確認してペロロンチーノは賭けに勝った事を確信する。

 

 勝利への道筋は見えた。

 

 現在、パンドラズ・アクターは死亡一歩手前の状態で大地に伏している。この場においてはもう戦えないだろう。トドメを刺されなかったのは単にモモンガの切り札に都市守護者達が反応したからだ。

 同様にペロロンチーノも完全フリー状態になっている。

 

「プレイヤーならどんな状況でも絶対に俺をフリーにはしないぜ…!」

 

 ペロロンチーノがニヤリと笑う。

 本来ならば即座にモモンガへの援護に向かうべきだろう。

 しかしそれは出来ない。

 いくらペロロンチーノが戦闘に参加したとしても12秒間モモンガを守り切る事は不可能に等しい。

 12体の死の騎士(デスナイト)達がいるとしても。

 その証拠にすでに何体かの死の騎士(デスナイト)はボロ雑巾のように扱われ滅ぼされている。

 

 このままではモモンガは数秒と持たないだろう。

 切り札を発動する事なく、殺されるのは確定に近い。

 そんな状況でありながらもペロロンチーノに焦りはない。

 

 この世界において、という条件付きだが作戦が成功すると確信して己の切り札を発動する。

 モモンガのそれと同様、この特殊技術(スキル)は100時間に1度しか発動できないペロロンチーノにとっての最大最強の切り札。

 

 <九世界の太陽(The suns of the nine worlds)

 

 世界の名を冠する特殊技術(スキル)の一つであり、ユグドラシルにおいてそれは特別な意味を持つ。

 無数の世界を飲み込んだと伝えられる公式ラスボス『九曜の世界喰い』が食い損ねた太陽達。

 

 世界の存在証明であり、プレイヤー達が守った九つの世界の象徴。

 その熱の一端、幻影、残滓。

 世界を救ったプレイヤー達を祝福する力の塊。

 

 それを手にしたのは最も太陽に近づいた愚か者、ただ一人。

 

 身を焦がし、焼かれてなお浪漫を追い求めた男への返礼。

 

 ユグドラシルの太陽達は男の身と引き換えに、祝福を与える。

 

「見せてやる、俺の変態…! <蜜蝋(イカロス)の翼>!」

 

 ペロロンチーノが新たな特殊技術(スキル)を発動するとその外見が変化していく。

 翼は文字通り蝋で出来た脆弱な物へ、肉体もそれに応じて貧弱な物。

 一目ではペロロンチーノと認識できないほど、弱々しい姿へと。

 

 高度な飛行能力と引き換えに、熱や炎耐性が0になる諸刃の特殊技術(スキル)

 特にこの場においては自殺行為と言えよう。

 だがこの特殊技術(スキル)でなければこれ以上高度を上げる事が出来ないのだ。

 

 天にはペロロンチーノが特殊技術(スキル)で呼び出した、直径50メートルを超える超高熱体の太陽が9つ。

 近づき己の身が焼かれるのも構わず、ペロロンチーノは太陽に向かって飛び続ける。

 

 そうして遥か高みに座する太陽が射程圏内に収まるとゲイ・ボウを構えた。

 

 正式名称は羿弓(ゲイ・ボウ)

 古代史において9つの太陽のうち8つを射落としたとされる英雄の名を冠した弓だ。

 

 そうして逸話通り、ゲイ・ボウから放たれた光の矢は8つの太陽の中心を射抜く。

 それにより浮遊を維持出来なくなった太陽が地上へと落ちてくる。

 

 圧倒的な熱の塊。

 

 全てを焼き尽くす炎の権化。

 

 モモンガの切り札が命無き者にさえ死を与えるように、ペロロンチーノの切り札は炎属性の者ですら跡形も無く焼き尽くす。

 もし太陽の真芯で捉えられたならあらゆる者を滅ぼせるだろう。

 

 これこそがペロロンチーノの奥の手にして、最強コンボ『太陽落とし』。

 

 だがこの場においては完全ではない。

 強力無比な特殊技術(スキル)であるからこそ扱いが難しい。

 様々な魔法や特殊技術(スキル)、装備、アイテム、場合によっては味方の援護等。

 あらゆるモノを動員して初めて『太陽落とし』と呼べるコンボが完成するのだ。

 最悪のデメリットの一つとして残った太陽の一つはペロロンチーノ目掛けて落ちてくる。

 対策をしていなければ自らも滅ぼしてしまうただの自殺行為となる。

 

 それだけのデメリットを抱えておきながらこの特殊技術(スキル)は、足止めも何もしていない敵相手では十分な防御、あるいは回避を許してしまう。

 

 このまま太陽を叩き落としても半数以上の都市守護者は生き残るだろう。

 そしてその中心に座するモモンガは満足な回避も出来ず焼き尽くされてしまう。

 

 だがそれでいいのだ。

 この技で都市守護者達にトドメを刺す必要は無い。

 

 すでにモモンガが<あらゆる生あるものの( The goal of )目指すところは死である(all life is death)>を発動してから4秒経過している。

 作成した死の騎士(デスナイト)達はその全てが滅ぼされ、モモンガは詰み状態。範囲攻撃等もあったのだろう、想定よりも全滅が早い。このままでは都市守護者達の集中砲火を受ける事になる。

 にも拘らず都市守護者達は突如として攻撃をやめ、防御あるいは回避に全力を向ける。

 

 理由は単純。

 

 ユグドラシルの敵の多くは棒立ちで攻撃を受けてはくれない。

 攻撃を仕掛ければ当然防御もするし、回避もする。

 単純なAIとはいえそのルーチンが崩れる事は無い。

 だからこそなのだ。

 ペロロンチーノの最大最強の特殊技術(スキル)、<九世界の太陽(The suns of the nine worlds)>の発動を前に対処しない敵などいる筈などない。

 

 己の命を焼き尽くす熱の塊に最大の警戒を向け防御態勢に入る都市守護者達。

 つまり、太陽が落ちてくるまでの間、モモンガへの攻撃が止まる事を意味する。

 

 これでモモンガの特殊技術(スキル)発動までの時間稼ぎは成った。

 唯一の欠点としては、このままいけばモモンガごと太陽が全てを滅ぼしてしまうという事だけだ。

 

 実を言うとペロロンチーノはヴィクティムを近くまで連れてきて隠れさせている。

 ヴィクティムの特殊技術(スキル)を使い、足止めをした都市守護者達に太陽を直撃させるという選択肢もあった。

 それならば確実とは言えないが都市守護者のほとんどを消滅させられたかもしれない。

 だがヴィクティムを自らの手で殺したくないという葛藤と、モモンガなら何とかしてくれるという希望がそれを選択させなかった。

 あるいは全てが失敗した時にモモンガを連れて逃げる為の時間稼ぎという保険を残しておきたかったのもある。

 しかしいずれにせよペロロンチーノは自分の想定通りに物事が進んでいると判断していた。

 この時までは。

 

「っ……! 馬鹿な…! まさか、そうか…! 死なないという事なのか! NPCとなってもその特殊能力は生きたままか! クソッ! そんなの反則だろうがっ!」

 

 確証はない。

 確証はないがペロロンチーノは頭を抱えていた。

 

 防御態勢に入る都市守護者の中、1体だけそうしない者がいた。

 

 木の蛇(ヴィゾーヴニル)

 

 防御態勢に入らないという事の意味する所、それは。

 ペロロンチーノの特殊技術(スキル)を脅威ではないと判断したという事。

 木の蛇(ヴィゾーヴニル)を唯一殺せるとされる武器がある。作成には木の蛇(ヴィゾーヴニル)の尾羽が必要であるという無茶苦茶な設定だ。

 

 その設定がまだ生きていて、NPCとなった今も健在ならば――

 

 ペロロンチーノの、いやモモンガの特殊技術(スキル)でさえ滅ばない可能性がある。

 そうなったら最悪だ。

 

 ペロロンチーノは自らの太陽に焼かれ、モモンガのレベルは再び下がってしまうだろう。

 他の都市守護者を全て滅ぼしたとしてもその状態であれば、木の蛇(ヴィゾーヴニル)1体に盤面を引っ繰り返される。

 

 もしそうなったらヴィクティムを犠牲に逃げることしかできない。 

 最悪を想定しながら太陽と共にペロロンチーノは地上へと堕ちていく。

 

 モモンガの特殊技術(スキル)が発動してから6秒経過。

 

 世界が死ぬまで、あと6秒。

 

 

 

 

 モモンガは焦っていた。

 死の騎士(デスナイト)達は全滅。

 しかしペロロンチーノの特殊技術(スキル)発動まで時間稼ぎは出来た。

 だが、木の蛇(ヴィゾーヴニル)だけは防御態勢に入らなかった為、必然的にモモンガと交戦状態になる。

 

 時間まで敵の攻撃を捌き続けられるだろうか。

 

 否、厳しいと言わざるを得ない。

 敵は、木の蛇(ヴィゾーヴニル)は近接タイプだ。

 純粋にモモンガとは相性が悪い。

 

 そう考えていると、モモンガの防御が一手遅れ、放たれた魔法が直撃すると思われた時、違和感があった。

 

 今日、すでに何度も感じている違和感。

 誰かに見られている。

 だが今までならともかく、レベル100のモモンガを監視出来る者などそうそういる筈がない。

 

 そんな事を考えていると、何が起きたのか、モモンガに当たる筈だった魔法が逸れて明後日の方向へと飛んでいく。

 ペロロンチーノが何かしたのだろうか。

 いやそんな筈はない、それどころではないしユグドラシルの技や効果ならばモモンガに思い当たらない筈がない。

 

 何かが起きている。

 モモンガにも理解出来ない何かが。

 

 それが何によるモノなのか今のモモンガには分からない。

 

 しかし、この違和感、現象のおかげでモモンガが命拾いする事になったのは事実であった。

 今はこの違和感が味方だと信じて行動するしかない。

 

 

 

 

 スレイン法国、神都。

 

 

 番外席次は満身創痍の状態で横たわったまま思う。

 あの謎の少女が去ってからどれだけの時間が経過しただろう。

 少ししか経ってない気もするし、長い時間が過ぎた気もする。

 

 周りでは生き残った者達が騒がしく喚いているがそんなものは気にならない。

 

 未だ番外席次の瞳にはあの鮮烈な光景が焼き付いている。

 

 生きているようで、死んだような瞳をした少女。

 気配も何も無く、存在感すら気迫。

 

 あれが本当の強者なのかと番外席次は思う。

 

 自分は、いや噂に聞く竜王達ですら手も足も出ないんじゃないかと想像する。

 誰があの少女に勝てるのか。

 

 謎の光線で番外席次と同格の巨大な獣人の体を吹き飛ばし、その頭を掴んだまま地上に降りてきた時の様子は今でも忘れられない。

 あんなにあっけなく、決着が着くのかと。

 

【挿絵表示】

 

 番外席次は思う。

 

 あの少女は次に誰を殺すのだろうか。

 

 

 

 

 超高速で飛来する物体に最初に気が付いたのはペロロンチーノ。

 遠距離まで見通す彼の能力により最初に発見する事が出来た。

 

「ルベドッ!? なんでここにっ!?」

 

 ペロロンチーノはナザリックに帰還後、ほとんどのシモベがすでに外へ出撃した中、一時的にナザリックの全権を握っていたオーレオールとしかまともに連絡を取っていない。

 特に残った領域守護者等は外での戦闘には不向きな為、顔を見せる時間すら惜しかった。

 モモンガの安否を危惧している状況ならばしょうがないだろう。

 他の守護者達も戦闘中という状況で呼び戻すのも難しく、残っていたパンドラズ・アクターしかまともに動かせる者がいないと思っていたのだ。

 だからこそルベドに命令を下していたニグレドと入れ違いになった形でもあった。

 完全に想定外であり、誤算。

 だが嬉しい誤算だ。

 

「オーレオールッ! ルベドを誰が起動した! 命令者は!?」

 

 即座にオーレオールへ<伝言(メッセージ)>を繋げる。

 

『ニ、ニグレドですっ』

 

「すぐに命令権を俺に移すよう伝えろ! 即座にだ!」

 

『か、かしこまりましたっ!』

 

 時間が無い事を悟ったのだろう。

 余計な問答をする事なくオーレオールは了解の意を伝え<伝言(メッセージ)>を切る。

 <伝言(メッセージ)>を終えると同時にルベドがペロロンチーノの真横を高速で通り過ぎる。

 遅れてそのジェット音がペロロンチーノの耳に響いた。

 

「ルベドッ! 今すぐにあの雄鶏、木の蛇(ヴィゾーヴニル)の羽をむしり取れ!」

 

 ペロロンチーノの叫びに飛行したままルベドが反応する。

 流石に<伝言(メッセージ)>を切った直後ゆえ早すぎるかと懸念していたが心配は無用だった。

 

「了解。開始する」

 

 ルベドは問題なく命令を受け付けた。

 もしかするとペロロンチーノが言う前にすでにニグレドは命令権を移していたのかもしれない。

 いずれにせよ、ここで時間をロスしなくて済んだのは僥倖だ。

 

 速度を落とす事なく、高速で飛行したままルベドが木の蛇(ヴィゾーヴニル)へとあっと言う間に距離を詰める。

 突如モモンガの視界に現れたルベド、何が起きたのかと驚くモモンガを他所に命令通り木の蛇(ヴィゾーヴニル)の全身の羽を無理やり毟っていく。

 ルベドの力は強く、掴まれた木の蛇(ヴィゾーヴニル)はその手から逃げ出す事が出来ない。

 毛が毟られていく度に木の蛇(ヴィゾーヴニル)の肌が露わになっていく。

 

 この羽こそが木の蛇(ヴィゾーヴニル)を守護している特殊な守りであり、ユグドラシルにおいて通常の手段では対処する事が出来ない。

 

 ルベドが難なくその羽を毟る事が出来たのはユグドラシルのルールに影響されないからだろう。

 ナザリック唯一の例外だからこそ、ルベドは木の蛇(ヴィゾーヴニル)を圧倒出来た。

 暴れ回る木の蛇(ヴィゾーヴニル)を煩わしく感じたのだろう。

 ルベドが細く絞った荷電粒子砲を放つ。

 それはユグドラシルでも有数の防護を持つ木の蛇(ヴィゾーヴニル)の体を容易く貫通し致命傷を与えると同時に、雄鶏の痛みに呻く叫びが周囲に響く。

 

 しかしそれを見たペロロンチーノがルベドへと命じる。

 

「ルベド! 荷電粒子砲は撃つな! 毛を毟るだけでいい!」

 

「了解」

 

 ペロロンチーノの命令を受け、毛を毟られ暴れる木の蛇(ヴィゾーヴニル)を純粋な肉体能力で制圧するルベド。ここまでの間わずか3秒。

 それだけの時間で木の蛇(ヴィゾーヴニル)は丸裸となった。

 途中で護りが無くなるエフェクトが発生した事から無敵の防御は破られたとみていい。

 時間も残り少ない。

 ルベドがモモンガの特殊技術(スキル)の範囲内であればルベド自身が滅ぶ可能性もある。

 役目が終わったのなら早々に撤退させるべきだろう。

 もしかすると、ルベドには効かないという可能性もあるが。

 

 ルベドの強さを考えると最初からルベドとコンタクトを取り投入するべきだったかもしれない。

 しかしペロロンチーノは、もしルベドに最初から命令を下せたならば絶対に荷電粒子砲を放つ事を許可しなかった。

 ルベドがいれば正面から堂々と都市守護者達を倒せたかもしれないのに。

 

 その理由は一つ。

 

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 現実世界(リアル)で何が起きたのかペロロンチーノは知らない。

 ウルベルトの計画があった事までは想像できるが結果がどうなったかは確信が持てないのだ。

 最悪の状況を考慮すると、自分達と敵対する何者かがいる可能性は否定できない。

 もし現実世界(リアル)が滅んでいるのなら、自分達は最後に残った科学の結晶かもしれず、その存在価値は計り知れないのだ。

 それに現実世界(リアル)、ユグドラシルを熟知している者ならばモモンガやペロロンチーノの戦闘力は想定の範囲内だろう。

 しかしルベドだけは違う。

 ユグドラシルのルールに囚われない、唯一の例外にして希望だ。

 もし現実世界(リアル)に残っている者達と戦いになる場合、ルベドの存在は絶対に秘匿しておかなければならない。

 もう手遅れかもしれないが、それでも可能な限り隠すべきだろう。

 そんな打算の下、ペロロンチーノはルベドに荷電粒子砲を許可しなかった。

 

 カチリ。

 

 モモンガの背後の時計が10の数字を示した。

 残り2秒。

 

 ペロロンチーノと共に9つの太陽が地上へと落ちてきている。

 50メートルを超えるそれらは物理的な存在ではないのか、密集している都市守護者達目掛けいくつかの太陽は何重にも重なり合って地上へと落ちてきている。

 重なりあった太陽はより強い熱を発し、炎を吹き出す。

 まだ距離はあるものの、熱が空気を伝ってくる。

 地上に落ちたならば、何キロ先まで被害が及ぶか分からない。

 それほどの熱量。

 

 炎に耐性の低いモモンガはこの距離でもジリジリと身を焼かれるような感覚を覚える。

 直撃すれば間違いなく死ぬ。

 ペロロンチーノもそれを理解しているだろう。

 しかし太陽を止めようとする素振りは欠片も見せない。

 

「ルベドッ! パンドラズアクターとシャルティアを回収し、俺達から200メートル以上距離を取れ!」

 

 ペロロンチーノの叫びにルベドが反応し、すぐに動き出す。

 シャルティアはもちろんパンドラズ・アクターも負傷により気を失っており、身動きが取れない。

 両者とも、ペロロンチーノがモモンガの特殊技術(スキル)を回避するアイテムを持たせているが発動するかは確信が持てない。

 ゲームとルールが変わっていたら、あるいは今のように気を失っている状態でも効力を発揮するのかは分からない。

 だから可能ならば両者とも範囲から出すべきだろう。

 その理由から言えば自分も確実とは言い切れないが<九世界の太陽(The suns of the nine worlds)>の一つが自らに落ちてきているので逃げる訳にはいかない。

 

 カチリ。

 

 時計の針が11を示した。

 もう時間は残っていない。

 

 ルベドが二人を抱え、全開のジェット噴射で射程外へと向け一気に高速で飛び出す。

 200メートル程度ではたとえ離れた所で抱えた二人もろともルベドも余波で甚大なダメージを受けるだろう。

 実際、あまりの高熱にルベドのセンサーには異常が出始めている。

 残り時間を考えれば200メートルという距離をルベドが逃げ切れるかどうかはギリギリのラインだ。

 

 モモンガは少しでも距離を取り逃げようとしている都市守護者を魔法で拘束する。効果は薄く、時間も短いが自らの特殊技術(スキル)の範囲外まで逃げられなければ十分だ。

 

 上空からはペロロンチーノと共に9つの太陽。

 もう地上まで距離はほぼない。

 ペロロンチーノの体は焼かれ翼を失い、モモンガも接近した太陽の熱に体が分解されていくのを理解した。

 都市守護者達も例外ではなく、体が燃え上がり、一部が黒く炭化し始めた者までいる。

 

 太陽が全てを飲み込み、地上に落ちれば辺り一帯は焦土と化す。

 生き残れる者はどれほどいるのか。

 近くにあるエリュエンティウなどその余波で吹き飛ぶだろう。

 

 次第に太陽の熱で地上の水分が蒸発し、大地が焼け爛れ始めた。

 

 空中に浮かんでいるモモンガと都市守護者達、彼らに太陽が直撃するその刹那――

 

 カチリ。

 

 モモンガの背後の時計の針が一周し、再び天を指した。

 それは0であり12を示す数字。

 

 

 瞬間――世界が死んだ。

 

 

 比喩ではない。

 死んだのだ、全てが。

 モモンガの周囲にいた8体の都市守護者達全てがが白い霧となって崩壊し始める。

 即死効果に耐性を持っていた者すら抗えぬ力に抱かれ、あっけなく死滅していく。

 木の蛇(ヴィゾーヴニル)の護りも破られていたのだろう、他と同様に崩壊していく。

 

 それだけではない。

 生命など無い空気すらも死に、直径200メートルに渡って呼吸不可の空間と化す。

 大地も死に、モモンガを中心とした範囲内の地表が砂漠へと変わる。

 

 これはペロロンチーノの発動した特殊技術(スキル)すら例外ではない。

 

 全てを焼き尽くさんとしていた太陽すらも死に、崩れ去っていく。

 太陽の発していた熱も、周囲の空気へと伝播していた熱すらもその全てが死に、地獄の炎すら飲み込む灼熱の炎すらも、死んだ。

 太陽の落ちる時に発生したエネルギーや衝撃、ありとあらゆる物が死滅している。

 風すらも吹かない。

 

 先ほどまでの戦いなど全て嘘であったかのように静寂が支配している。

 

 しばらくして、最初に静寂を破ったのは天空城だった。

 

 モモンガの特殊技術(スキル)の効果範囲には入り切らなかった巨大な天空城がいつの間にか地上まで落下していた。

 魔法の力の残滓か、ゆっくりとはいえ崩壊しながら落ちるアースガルズの天空城は大地に触れると同時に砂のような、光のような粒子となり大気中へと吹き飛び、消え去っていく。

 

 それは全ての終わりを象徴していた。

 

 都市守護者達は滅び、八欲王たちが誇るアーズガルズの天空城も全てがこの世界から消えた。

 

 もう何も残っていない。

 夢と同じく、彼らが存在した証も、残した遺産も、伝説も、何もかもがかき消えた。

 

 死の世界の境界線ギリギリにシャルティアとパンドラズ・アクターを抱えたルベドが墜落している。

 あまりの熱量に飛行を維持できず、墜落してしまったのだ。

 もし、もう1メートル手前であったなら彼らも範囲内に含まれていただろう。

 

 全てが死に、何も残っていない筈の死の世界の中。

 

 小さい笑い声が響いた。

 

 その音の先。

 

 全てが死んだ世界の中で、瀕死のアンデッドと、翼を失った鳥人(バードマン)だけが大地に横たわっていた。

 

 

 




決着まで書き切れてホッとしています
読んで下さる方もそうかもしれませんが書いている者としても戦いの途中だとモヤモヤが物凄い感じなので…
特にお待たせしてしまった期間があった分、絶対に決着までは早く書き切ろうと決めていました

PS ルベドは原作でデザインが出ていないのでイメージしやすいように挿絵を描いたのですがお目汚しかもしれません。なんとなくこんな感じなのかなと思っていただければと思います
登場した回で説明した通りアルベドをそのまま幼くして髪や服等の色を反転させた少女という感じです

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