浮遊都市エリュエンティウ。
現在その上空には8体の都市守護者と呼ばれるレベル100NPC達が鎮座している。
背後には崩壊し落下してゆくアースガルズの天空城。
眼下に広がる大地にはいくつもの亀裂や穴が開いており、先ほどまでの戦いの凄まじさを物語っていた。
すでにこの場にいた数千を超える天空城の総戦力はこの8体の都市守護者を除き、その全てが滅んでしまっている。
天空城の戦力に匹敵する数千ものアンデッドの軍勢との衝突によって。
互いの戦力が壊滅し、アンデッド軍の首魁であろう真紅の鎧に身を包んだ
都市守護者達が倒れた
その次の瞬間――
突如として高さ200メートル、直径100メートルにもなる竜巻が出現した。
大地を巻き上げ黒く染まった竜巻が都市守護者達を飲み込み切り裂く。
反射的に回避行動を取り魔法の範囲外へと都市守護達が飛び出そうとする、しかし――
「抑え込めっ! アヴァターラ達よっ!」
モモンガの叫び声が響いた。
その声に応じ、課金アイテムにて用意された合計8体のアヴァターラ達が巨大な竜巻の中へと飛び込み都市守護者達へと襲い掛かった。
これにより都市守護者達は即座に竜巻から脱出する事が出来ず、竜巻の効果を受けながら戦闘行為に入らざるを得なくなる。
この巨大な竜巻は魔封じの水晶を用いてモモンガが発動した<
豪風が荒れ狂う竜巻の中には、ゆらりと蠢く無数の影――6メートルほどの鮫たちがまるで海の中にいるかのように泳いでいる。
それらは当然の如く、竜巻の中への侵入者である都市守護者達へと襲い掛かる。
黒く染まった竜巻の中で鮫たちの攻撃を躱すのは至難の業だろう。とはいえレベル100にもなる都市守護者達からすれば効果的とは言えない。
しかし同数のアヴァターラが竜巻の中で彼らを足止めする事で事情は変わる。
本来ならば侵入者を無差別に攻撃する鮫たちだがゴーレムであるアヴァターラは血に飢えた彼らの攻撃対象には選ばれない。そしてゴーレムの特性として荒れ狂う竜巻の視界の悪さや行動阻害の影響も出にくい。
故に、レベルにすると80程度しかないアヴァターラでも十分な足止め効果を発揮する事が出来る。
その間に次の魔法の準備をしながらモモンガは都市守護者達の正体を紐解いていく。
ナザリックのNPC同様、いずれも本来の種族から多少外見が弄られているようで一目で看破する事は難しかったが戦闘を見ればおおよその見当はつく。
先ほどまでのシャルティア達との戦闘も含めればある程度のデータは出揃い、そのほとんどの正体が割れる。
そうすれば自ずと対処法も決まってくるのだ。
(しかし、なるほど…。天空城というだけあって飛行系が多いな…。空中戦になれば圧倒的に不利…、かといって地上戦に付き合わせるにはこちらの手が足りなすぎる…。分かってはいたが…どうしたものか)
モモンガが導き出した8体の都市守護者達の種族、正体。
まずは
これは現実世界でも比較的有名なもので、多くのフィクションにも登場していた。
雷のような羽が特徴的で鷲のような巨鳥。
名前及びその外見通り自由自在に雷を扱う種族だ。
次に
こちらも比較的有名だが神話とは違い、燃え盛る炎の翼を持った人の姿をしている。
しかしその頭部は人の物とは大きく異なる。
神話に登場する鳥の姿とは少し違い、
獅子の頭、人の上半身と鷲の下半身。
大気の力を操る嵐の化身たる聖獣だ。
鹿の頭と鳥の翼を持つ獣人だが、その影は人間という特異な存在。
種族としては
この世界にも同名のモンスターが存在するがユグドラシルとの関係性があるかは不明。
その名は『暗黒』に由来する美しき
天候の操作、魅惑による混乱を得意とする。
そしてモモンガが最も警戒するべき怨敵、
ユグドラシルの外見とは異なり、某聖書にあるような翼の生えた人間的な姿をしている。
外見からは判断出来ないが、万全のモモンガですら全力で臨まねばならない
残る最後の1体、謎の光り輝く巨体。
こればかりは戦闘という戦闘を行っておらず、またその姿も何らかの阻害効果があるのか外見すら判別が付かなかった。
分かるのはただ一つ、その体が光っているという事だけだ。
(
モモンガは敵の正体を看破するまで隠れる事を選択しなかった。
目の前で倒れたシャルティアを見た瞬間にその考えは消し飛んだのだ。
モモンガは理解しているのだ。
今の状態ではどれだけ情報を集め、手段を講じても決して100%には届かない。
レベル100でも勝利が難しいこの状況で、レベル60程度の今の自分に何が出来るというのか。
NPCとはいえ敵はレベル100、それが8体もいるのだ。
だからこそ、万全を期せない状況だからこそ感情を優先した。
(だが、それでも…。それでも可能性は0じゃない!)
そう。
モモンガにはこの状況からでも引っ繰り返せる奥の手があるのだ。
それさえ発動できればほぼ間違いなく勝利できる。
ただ一つ、限りなく不可能に近いという欠点に目を瞑ればだが。
「っ!」
モモンガの視界、巨大な竜巻の中から一つの影が飛び出した。
それと相対していたアヴァターラも追撃しようと竜巻から飛び出すが追いつく事が出来ない。
そしてアヴァターラの射程外に逃げた影、
<ニンギルスの象徴>
大気の力を操る
あらゆる自然現象や天候操作の再現、及びその無効化が出来る。
これにより<
その残滓として大地に打ち捨てられ無力になった鮫たちがピチピチと跳ねていた。
「当然そうくるか…、だがそれは1日1回までの大技…! プレイヤーならば開幕初手では絶対に切らないカードだぞ!」
モモンガが新たな魔封じの水晶を取り出し発動する。
そこから繰り出されたのは<
漆黒の球体であるそれは超重力の螺旋球だ。100レベル相手でも手痛いダメージを与える事が出来る強力な魔法。そして直撃時にはダメージと共に吹き飛ばし効果も発生する。
「ガァァアッ!」
直撃した
そこへ追撃していたアヴァターラが追いつき組み付く。翼をアヴァターラに抑え込まれた
それを確認したモモンガが他へ視界を移そうとしようとした刹那――
「うぉぉっ!? 馬鹿な、もうアヴァターラがやられたのか!?」
モモンガの真横を魔法が掠めた。
放ったのは
相対していたアヴァターラがやられたのかとモモンガは判断したがそれは間違いだった。
後ろで引き離されたアヴァターラが攻撃を放ちながら必死に追ってきている。
「なるほど…。互いの攻撃が有効打になり得ないと理解して防御も回避も捨て俺に突っ込んできたのか…。凄いな…! ゲーム内のAIより賢いじゃないか!」
ユグドラシルではAIがそれほど賢くなかった為、ヘイト役のゴーレムなどを宛がうと意味も無いのにひたすら戦い続けるという状況があったのだ。
しかしそれはこの世界で通用しない事が証明されてしまった。
「アヴァターラ達が全滅するまでは時間が稼げると思ったんだがな…、仕方ない!」
このレベル差では8体どの都市守護者とも正面対決は出来ない。
故にモモンガはこのカードを切る事を選択した。
「使わせてもらいます…、ウルベルトさん!」
モモンガが掲げたのは悪魔像と呼ばれるアイテム。
かつてウルベルトが
試作品である為、完成品である悪魔像の半分の効果しか持たないがそれでも十分に強力だ。
それは第10位階魔法である<
大量の悪魔を召喚できるが、そのかわり個々がさほど強くない。さらには勝手に暴れだすという使い道に困る魔法。
本来は生贄が儀式魔法発動の為に使われる事が多い。
アイテムの発動と共にモモンガの周囲に闇が渦巻いた。
ボコボコと泡のようなものと共に深淵から悪魔たちが生み出される。
最初にこの世界に出現したのはレベル10足らずの悪魔、
奇形としか言いようのない姿をした醜い悪魔たちだ。
破壊し、殺戮する為だけに生まれた悪魔達はモモンガの指揮下に入らず周囲の都市守護者達に向けて襲い掛かる。
しかし当然ながら悪魔達は都市守護者達に一方的に蹂躙される事になる。
翼で払われ、指で小突かれるだけでその身を汚れた泥のように変えて魔界へと戻っていく。
とはいえあまりにも数が多く、悪魔達が一掃されるまで多少の時間を要する事になる。
範囲系魔法を撃てば一瞬で全滅させられるだろうがそれだと都市守護者達での同士討ちになってしまう。
モモンガもわずかにその可能性を期待していたがそれは夢と消えた。流石に同士討ちするほど馬鹿ではないらしい。
やがて
192体の毒に塗れた巨大な鎌を持つ悪魔が空へと飛び立つ。
都市守護者達に手も足も出ないとはいえ時間稼ぎとしては十分だ。
悪魔達の出現によって都市守護者達がアヴァターラへの対策も遅れ始めている。アヴァターラも悪魔達の攻撃対象ではあるが反撃をする都市守護者の方がより悪魔達に優先される状況になっていた。
この状況の中、モモンガは空中にいくつもの罠を仕掛けていく。
<
そして
腐敗性のガスを周囲にまき散らす悪魔だがモモンガはアンデッド、その効果を受けない。
それが総数96体。
周囲をあっという間に腐敗性のガスが覆うがアヴァターラ達もゴーレムである為、モモンガ同様効果を受けない。一部の都市守護者は完全耐性を持っていたがそうでない者も何体かいた。
嫌がらせ程度にはなっただろう。
次はレベル40台の悪魔、
長い髪と青白い肌を持つ女性の姿であるが、目も口も鼻も全てが糸で塞がっており、まるで神に許しを願うように両手も縫い合わされている異様な姿。
ここだ。
ここがモモンガにとっての分水嶺。
対象を拘束するアイテムを使用し、
そうしてモモンガにとって秘蔵の一品、最高級の魔封じの水晶を使用する。
モモンガとていくつも持っていない貴重なものだ。
それは、超位魔法すらも封じる逸品。
詠唱時間も無視して即発動される物だが一日の使用上限回数が決まっている。
発動したのは、超位魔法<
これにより
召喚された彼女達は鎧を身にまとった美しい女性、一般的に想像する戦乙女そのものといった風貌。
戦闘能力が低い訳では無いが突出した能力がある訳でも無い彼女達。
だが通常の方法での召喚や、NPCとして製作する事も出来ない。
彼女らは
モモンガが召喚した理由はただ一つ、その特性と
召喚された
これにより
カルマの低い悪魔を倒したという事、そして一部の魔に落ちた者達を救済した事によって。
通常であればこの後にレベル60台、70台の悪魔が召喚されるのだがモモンガはそれを取り止め、低位の悪魔がより多く召喚される事を選んでいる。故に悪魔像の効果はここで終わりとなる。
あくまで目的は時間稼ぎと、このコンボだからだ。
生み出された12体の
しかしこれこそがモモンガの狙いなのだ。
それにより本来ならば
こうして
戦死した戦士をその場で再召喚するという
悪魔としての特徴は残っておらず、地獄の炎たる黒炎が上がっていたバスタードソードからは聖なる炎が燃え上がっている。
レベル70台というこの場においてはいささか心もとない彼らだがその本領は戦いが始まってから発揮される。それは同名の味方が周囲で死亡する度に能力上昇するというもの。
最大まで貯まればレベル90の敵とも渡り合える強さにまで跳ね上がる。
しかも今は
課金アイテムにより製作したアヴァターラ8体、超位魔法により召喚した
空中には無数の<
万全の状態を期し、モモンガは都市守護者達とぶつかる。
◇
それは激戦だった。
まず最初に全滅したのは8体のアヴァターラ。
タンクとしての役割を持っていた彼らは都市守護者だけでなく、
だがそれで問題ない。
アヴァターラ達にモモンガが仕込んだ破壊されると爆破するという能力で都市守護者達に確実なダメージを与える事に成功していた。
次に戦いの最前線に立ったのは12体の
無数の<
もちろん後衛として
特に
アンデッドにとって相性最悪の天使。
それを同じ聖属性の
故にモモンガはこの状況で動き回り様々なアイテムを駆使し盤上を荒らす事に成功。
所持しているアイテムを使い切るのではないかという大盤振る舞い。
あまりの浪費にユグドラシル時代のギルドメンバーが見ていたら泡を吹いて倒れるだろう。
ここまで、ここまでやって初めて万に一つの勝機が見えてきた。
「よし、完全に抑え込んでいる…! 今ならば…!」
モモンガが奥の手を切ろうとする。
これが決まれば確実に勝利できる奥の手だ。
しかし――
突如、正体の分からなかった都市守護者の1体、光り輝く巨体の光が増した。
それは太陽のように周囲全てを強く照らす。
何が起きたのか分からなかったモモンガがそれを理解したのは光り輝く巨体の光が消えその正体を現した時だった。
「ば、馬鹿な…! な、なぜここに…!? ユグドラシルでも1体しか存在しないユニークモンスター…! NPCで製作出来る筈が…」
その光り輝く巨体が照らした強い光。
それは<
ユグドラシルというゲームにおいてその
とあるボスと共に出現するのだが、そのモンスターの真髄は強さなどではない。
戦闘において一度しか使用出来ないものの、厄介極まりないその
味方の完全回復。
体力だけでなく、魔法や
簡単に言えば一方的な仕切り直しだ。
もちろん敵対者にその効果は及ばない為、この効果の異常さが際立つ。
ただそれがユグドラシル時代に許されたのはボス戦というイベントの演出の一つとして理解されていたからだ。
この場においてはただただ理不尽としか言えない。
「何らかのボーナス特典!? あるいは特殊条件を満たす事で使役する事が!? くそっ、こんなの聞いてないぞワールドチャンピオン共め…! プレイヤーが持っていい戦力じゃないだろう!」
ナザリック地下大墳墓を知る者ならばお前らが言うなと暴言を吐くだろう。
しかしこの状況においてモモンガにそんな客観性は無い。
「全部、ご破算だ…!」
モモンガの嘆きと共に先ほどまで善戦していた
それもその筈、彼らが善戦出来ていたのは都市守護者達の強力な魔法や
レベル100の都市守護者達が万全ならばどれだけバフがかけられていても
人数差は引っ繰り返り、残った6体の
その状況を嘲笑うかのように鶏の鳴き声が聞こえた。
<
その正体は一羽の雄鶏だ。
世界樹の最も高い枝にとまり、その輝く体で世界樹を照らしているとされる存在。
「ここまでか…」
もうモモンガに戦う手段は残されていない。
元々、<
だがそれはモモンガが切り札を切る為の時間稼ぎとヘイト集めに必要な存在であり、もうしばらく生き残っていてもらわなければならなかったのだ。
やがて
これからはもう戦いにすらならない。
即撤退しようとするモモンガだが間に合う筈など無い。
「が…はっ…!」
回避する間もなくモモンガに魔法が突き刺さる。
即死しなかったのは割合ダメージ系の魔法だったからだ。
シャルティア同様、モモンガもボロ雑巾のように墜落し、大地に伏す。
上空ではモモンガへトドメを刺すべく、追撃の魔法が発動されるのが見えた。
「すまない、皆…。シャルティアを、NPC達を守る事が出来なかった…」
深い後悔と無念の中、死を覚悟したモモンガに複数の魔法が浴びせられる。
跡形も残らず、いや地形ごと消し去る強力な魔法の数々。
それが直撃する刹那――間に何かが飛び込み全てを受け止めた。
何が起きたか分からないモモンガは顔を上げ、驚愕する。
モモンガの眼前。
そこには威風堂々、てかてかと光るピンク色の肉棒がそそり立っていた。
◇
あり得ない。
そうとしか言えない。
ここにいる筈が無い。
彼女は仕事があり当日はイン出来なかった筈なのだ。
だからどう間違ってもここにいる筈が無い。
モモンガのその葛藤が正しい事はすぐに証明された。
てかてかと光るピンク色の肉棒は一瞬にして、巨躯の侍へと姿を変える。
どこから出したのか、手には「建御雷八式」。
ナザリック全体でも屈指の
「建御雷八式」を手にした巨躯の侍が宙へ飛び、追撃の魔法を発動しようとしていた
だが敵陣の中へ突っ込む形となった巨躯の侍は都市守護者達に囲まれ、絶体絶命。
そう思われた次の瞬間――今度は忍者へとその姿を変化させた。
手には巨大な忍刀「
都市守護者達の攻撃を素早く搔い潜り、
忍者は再び別の姿に変化し暴れ回る。
そのいずれの姿もモモンガには見覚えのある者だった。
忘れる筈が無い。
モモンガの最も大切で、最も焦がれた存在。
それが再びモモンガの眼前にいるのだ。
それが何者なのかモモンガにはすぐ分かった。
こんな芸当が出来るのはたった一人しかいない。
モモンガが最もよく知る存在。
「パ、
大きな腕を持つ
その先へ彼方から都市守護者達目掛け、光り輝く流星が降り注ぐ。
回避不能な完全必中の攻撃。
その攻撃の主が遠くで、再び流星を放つ。
それは太陽の輝きを宿した光の矢。
ゲイ・ボウによる攻撃だ。
それを持つのは
空中戦において無類の強さを発揮する空の王。
パンドラズ・アクターが変化した姿ではない。
パンドラズ・アクターはモモンガの目の前で未だ戦い続けている。
モモンガは目の前の光景を信じる事が出来ない。
なぜならあの日にログインしていたのは自分だけなのだから。
――来てくれるって言ったのに時間になっても来ないし…!――
最終日にナザリックの円卓の間で彼に向ってモモンガが叫んだ恨み節だ。
だがそうではなかった。
ここにいるという事は、来ていたのだ。
約束は違えていなかった。
モモンガにとっては数か月振り、しかし彼にとっては数百年振りの口約束。
この時を持って無事それは履行された。
モモンガへと<
そこから聞こえるのは懐かしい声。
もし瞳があればモモンガはどれだけの涙を流しただろうか。
頬の肉があれば夢かどうか確認する為につねったかもしれない。
『うわ、瀕死じゃないですか、間に合って良かった』
「き、来てくれたんですか…、本当に…?」
アンデッドの身でありながらモモンガの声が感動でうわずる。
ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの中で最もモモンガが親しくしていた人物の一人。
「当たり前でしょう。知ってますかモモンガさん?」
彼は嘆息し、やれやれといった様子で言葉を紡ぐ。
「約束は、ロリの次に重いんですよ」
空の王にして支配者、爆撃の翼王。
またの名を、エロゲーマスター。
その背後では『降臨』という文字のクソダサエフェクトが揺れていた。
◇
ユグドラシル最終日。
とある用事が長引いてしまった為、帰宅するのが遅れユグドラシルにログインするのが大幅に遅れていた為だ。
「はぁっ、はぁっ…! モモンガさん怒ってるかな…。でもしょうがないんだ! 声優の握手会イベントに参加しないなんてあり得ない…! 生でエロ声を聞ける機会を逃すなんて俺には出来ないんだっ!!」
実はイベント自体は時間通りに終わっていたのだがテンションの上がったペロロンチーノはエロゲーの店舗巡りを始めてしまったのだ。
今の時代においてはパッケージ版などただのコレクションでしかないがそれこそペロロンチーノが求めているものなのだ。
当然、店舗巡りなど後日でも全く問題ない。
ただ気持ちの問題である。
気が済み満足した後、ペロロンチーノはただ走る。ひたすら走る。
もちろん疲れたら座って休憩し、エロゲーのパッケージを取り出し眺める。
そうして帰宅しユグドラシルを起動した時にはもう残り時間は僅かだった。
かつて引退する際にキャラを削除していた事を失念していたペロロンチーノはキャラ作成から始めなければいけない事に驚き、慌てて即席でキャラを作る事になる。
キャラを削除している為、ナザリックに飛ぶ事は出来ないがゲームにログインしたらモモンガへ直接メッセージを送り通話すればいいと考えていたのだがそれは叶わなかった。
キャラを作成するという段階で、なぜか適当な物を作る気になれずせっかくだから可愛い女の子を作ろう!なんて考えてしまったのが運の尽きであろう。
色々弄った挙句、即席では可愛い子が作れないと理解したペロロンチーノはかつて仲間にデザインしてもらったシャルティアの事を思い出す。
外見データとして送ってもらった外部データがあったのだ。
パソコンの中を片っ端から探し、その外見データを見つける。
それをユグドラシルに取り込みロードした時にはもう残り時間が数十分という段階だった。
なんとかロードに成功しキャラ作成を終え、ユグドラシルの世界へと飛び込む。
このまますぐにモモンガに連絡すれば会話くらい出来たかもしれない。
しかしペロロンチーノがログインした初期スタート地点、そこでは『どこまで合法なのか!? ギリギリを攻めるぞエロエロ選手権!』というイベントが催されておりその賞品として
嘘みたいな、馬鹿みたいな状況だがゲームの最終日となればこんな事もあるのだろう。
この真実を知られたらモモンガさんに殺されるかもしれない――そんな懸念を抱きながらもペロロンチーノはユグドラシルのギリギリを攻める事を決めた。
サービス終了日なのだから18禁行為をしてもBANされないだろうと思うかもしれないが流石に違法行為には滅法厳しい。
当然このイベントに参加していた者達の多くはすでにBANされ強制ログアウトさせられていた。
残り時間僅か。
新たな挑戦者の登場にギャラリーが湧く。
合法か、BANか。
通常時では決して生まれないこの退廃的な空気の中、ペロロンチーノは伝説となった。
ギャラリーの誰もが舌を巻き脱帽する、満場一致のドエロを見せつけたのだ。
この時の様子は後世まで語り継がれる事となる。
エロの概念が一歩前に進んだ、その歴史的瞬間だったのだから。
◇
「あんなに急いだのに間に合わなかった…!」
シャルティアに瓜二つの美少女となったペロロンチーノは転移した世界で頭を抱えていた。
どうして、なぜ、そんな思いがペロロンチーノの中を駆け巡る。
どこで間違えたのか、何がいけなかったのだろうか。
ペロロンチーノには答えが出せない。
そんな思いを転移先で友人となった竜帝と呼ばれるドラゴンに愚痴った時もあったが、終ぞ理解されなかった。
その後、永い時を経て、また数々のプレイヤーとの出会いにより、ペロロンチーノは自分の身に何が起きたのか大まかに理解する事になった。
なぜゲームのアバターや拠点等がそのまま転移する事になったのか、なぜ百年単位でプレイヤーが訪れるのか、いくつかの仮説には辿り着いたものの所詮は仮説。証明する手段も無ければ、真実に辿り着く事も出来ない。
やがてペロロンチーノは不安に駆られる。
モモンガに会うためにユグドラシルへとログインした後に謎の異世界転移に巻き込まれた。
帰る方法も分からない。
しかしこんな突飛な状況であるからか不思議と家族の事は諦めがついていた。
この世界は本当に現実なのか。
そもそもゲーム内のアバターに魂が宿るなんて事があるのか。
もしかすると現実世界の自分は生きていて、自分の魂というかそういった物がデータ化され複製されたものなのではないかと考えていたからだ。
むしろその可能性の方が高いとすら考えていた。
魂がゲーム内のアバターに宿り、アバターごと異世界に転移するなど現実離れしすぎている。
そんな思考に陥った時に思い出されるのはモモンガの存在だ。
かつての大親友であり、共にユグドラシルでの時間を過ごした仲間。
そんなモモンガとならこの気持ちも共有できるだろうし、前に進めるかもしれない。
いつからかモモンガの存在だけがペロロンチーノの心の支えになっていた。
永い時の経過、数多のプレイヤー達との出会い、その末路。
ペロロンチーノの精神は擦り減り、いつ狂ってもおかしくない程に摩耗していた。
精神が壊れずに済んだのはモモンガの存在があったからだ。
ペロロンチーノ同様、ユグドラシルの最終日にログインしていたであろうモモンガ。
これまで出会ったプレイヤーのように、サービス終了までログインしていたならば転移してくる可能性は非常に高い。
彼と出会えればこれまでの時間も何もかもが報われる気がした。
だがそれと同時にどうしようもない恐怖にも襲われた。
もし、モモンガが転移して来なかったら?
何十年も、何百年も待った。
しかし未だモモンガは来ない。
ナザリック地下大墳墓が転移してくる様子も無い。
自分の仮説は間違っていたのではないか。
初めからモモンガが転移して来ない事は決まっていたのではないか。
そんな想像に心が圧し潰されそうになる。
そうしてペロロンチーノは眠る事に決めた。
現実逃避だ。
後の世で海上都市と呼ばれる拠点の最奥で眠りについた。
寝ている瞬間だけが幸せだった。
その間だけは、あらゆる苦悩から解放されるから。
後にペロロンチーノの知識を求めた者達に何度か起こされる事があったがいずれもモモンガらしき情報を得られる事は無かった。
そうして最後に目覚めたのはリグリットと名乗る老婆が訪れた時だった。
その時に竜帝の本当の死を理解し、希望が絶たれた事を知った。
ペロロンチーノの仮説通りならば今後もう誰かが転移してくる事は無い。
今回モモンガが来ていなければ、希望が潰える。
夢の時間が終わり、絶望が訪れる。
だがそれでも全てを受け止め、腹を括り、ペロロンチーノは歩み始める事を決めた。
エロゲーマスターにして変態紳士ペロロンチーノ。
彼の存在はこの世界にとって劇薬だ。
ユグドラシルの最後に伝説を残したように――
彼の思想は、きっとこの世界を揺るがす。
◇
都市守護者とシャルティアが戦闘を始める数刻前。
ナザリック地下大墳墓。
突然の侵入者にオーレオールは戦力を集め迎え撃とうと準備を始める。
魔法で視界を飛ばし侵入者の姿を確認したオーレオールは瞠目した。
そこにいた侵入者はシャルティアと瓜二つだったからだ。
正確に言うならば瓜二つというのは語弊があるかもしれない。
なぜならシャルティアのような真紅の瞳ではなく、牙も無い。
ただ驚きはしたものの、オーレオールの行動に変化は無い。
外見を変えるモンスターなどいくらでもいる。
何よりその体から発せられるオーラにはナザリックの気配など欠片も感じない。
そうオーレオールが判断したのは、その侵入者がアイテムを発動する直前までだった。
そのアイテムが発動した直後、全てが変わった。
◇
ナザリック地下大墳墓の存在にペロロンチーノは狂喜した。
歓喜の極みまで昂った感情を抑え込み、ナザリックの中へと入っていく。
しかしすぐに異常に気付いた。
拠点内に配置されている筈のNPCがいない。
まだ入り口付近だが、それでもおかしい。
もぬけの殻といった状況だけでなく、罠やギミックすら発動しない。
ここで最悪の状況に考えが至る。
どう転がってもペロロンチーノにとっては地獄。
もはや手遅れ。
発狂しそうな精神を辛うじて保ったのは怒りだ。
自分から希望を奪った何者かに復讐する、それだけが心を支配した時、
今現在の非力なアバターではなく、かつて削除してしまったアバター。
ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの一人としての肉体だ。
取り戻す事が可能かどうか分からない。
ただそれに賭けるしか手段は残されていない。
『二十』と呼ばれた
削除してしまった、消えてしまった筈の、元に戻る筈の無いアバター。
特に転移した世界においては、存在すらしなかった異世界の遺物。
どういう法則によりそれが可能だったのか。
ペロロンチーノの願いは聞き入れられ、再び
◇
侵入者を撃退しようと準備していたオーレオール、いや彼女だけではない。
ナザリックにいる全ての者達が、主の一人の帰還をその気配で察知した。
それを理解した瞬間、全ての者が例えようのない感動に包まれた。
準備など投げ出しすぐに配下の者を至高の御方へと向かわせるオーレオール。
自らは警備上の問題でこの場を離れる事が出来ないがそうでなければ自分も今すぐ馳せ参じたい程だった。
そうしてナザリック地下大墳墓はペロロンチーノの指揮下へと入った。
◇
オーレオールから状況を聞いたペロロンチーノは宝物庫を訪れていた。
モモンガがこの世界に転移しているという情報に歓喜したものの、現在モモンガは生死不明となっており、守護者達は配下を連れて捜索及び敵対者との全面戦争にあるという。
自分もすぐに準備を整え向かわなければならない。
幸い、円卓の間の各席の前にそれぞれリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが置かれていた。
まるで誰がいつ帰ってきても良いようにと。
それにより宝物庫を開け、装備を整える事が出来る。
かつてのアバターを取り戻したとはいえ所持品は皆無。
宝物庫で装備を整えねば戦いに出るのは自殺行為といえよう。
その宝物庫にはペロロンチーノの装備一式がそのまま残されていた。
売ってもいいと言ったのに律儀に取っておいていてくれたらしい。
装備を整えると共に、宝物庫の領域守護者であるパンドラズ・アクターの協力を得る事になった。
どうやら話を聞く所によるとパンドラズ・アクターの元には誰からの連絡も無く、現在の非常事態を何も知らなかったらしい。モモンガが黒歴史だと宝物庫に押し込んだのが原因なのだろうか。オーレオールでさえ名前しか知らずどういった存在かまでは認知していなかった。
いずれにせよモモンガを助けにいくという状況でパンドラズ・アクターは迷いなく手を挙げた。
宝物庫を守護せよという創造主の命令に背いてでも行動するべきだと判断したのだ。
動かせるまともな戦力が残っていない状況でパンドラズ・アクターの存在はペロロンチーノにとってありがたかった。
流石にペロロンチーノと言えども単身は色々と厳しそうだったからだ。
しかしパンドラズ・アクターがいればかなり選択肢が増える。
何より、シャルティアを除けばペロロンチーノが最も詳しいNPCはパンドラズ・アクターなのだ。モモンガ程ではないにしろ、その力を十分に引き出せる。
装備を整え、いくつものアイテムを持ち宝物庫を後にし、何か有用なアイテムが自らの部屋に残されていないか確認する為にギルドメンバーの部屋がある階層、その廊下を歩いていく。
ウルベルトの部屋の前を通った際、ふとペロロンチーノの脳裏にかつての記憶が蘇る。
以前ウルベルトが書いていた小説の記憶だ。
嫌がるウルベルトに無理を言って見せてもらったのだ。
その内容を思い出していくと、とある違和感に気づく。
それは一体なんだろうか。
何か今の状況と無関係とは思えない、不思議な感覚。
記憶を辿る毎に、まるで線と線が繋がっていくような――
思わずウルベルトの部屋へと飛び込み、その小説を探す。
すぐにそれは見つかった。
意外に面白かった為、内容は大体覚えていた。
それを再確認するように目を走らせページを捲り読み進めていく。
流し読みに近い状態ではあるが内容はほぼ把握出来た。
深い熟考の末、ペロロンチーノは思わぬ閃きを得る。
これは、
もちろん地名や組織などの名称は一致しない。
時代背景や設定も違う。
だがしかし、もしこの小説を現実に当てはめて考えるのなら、現状の不可解な謎がいくつか解けてしまう。それと同時にペロロンチーノの仮説の穴が補完され、また間違っていた点も導き出される。
想像だに出来ない、恐ろしい結末。
「ま、まさか…、やったのかウルベルトさん…!」
この小説が本当に計画書だったなら、ペロロンチーノやモモンガ、彼らの敵はプレイヤーや天空城のNPCなどそんな生易しいものではない。
もっと大きな――
◇
ユグドラシルのサービス終了日。
それは歴史上、最も世界を変えた事件と言っても過言ではない。
俗に富裕層と呼ばれる、巨大複合企業に属する者たちが住む完全環境都市のアーコロジー。
その周囲を貧困層の住む無数の街が取り巻き都市を構成している。
アーコロジーの内と外は完全に遮断されており、アーコロジー内に異分子が入り込む事は無い。
富裕層を狙うようなテロでもアーコロジーの入り口が関の山であり、富裕層からすれば遠い世界の話に過ぎないものであった。
それが終わるのは今日、この日なのだ。
アーコロジーの最上階の開けた場所から窓越しに外を眺める人物がいた。
ただ冷たい目で眼下の世界を、広がる貧困層の都市を見下ろしている。
ユグドラシルにおいてウルベルトと名乗っていた男だ。
本来ならば彼はアーコロジー内の住人ではない。
貧困層の人間である彼がこの場にいる筈がないのだ。
「ここまでだ」
ウルベルトの後ろから声がした。
警官が一人、銃を構えたままゆっくりと姿を現す。
「すぐに投降しろ、今投降すれば命だけは助けられるかもしれない。すでに応援がここへ駆けつけてきている。彼らが到着してからでは遅いぞ」
それは慈悲か、あるいは知り合いの死を見たくないという逃避からなのか。
「相変わらずだな、そんな脅し文句が通用しない事ぐらいわかるだろ?」
ウルベルトは心底呆れたといった様子で警官へ吐き捨てるように言う。
「投降しないならば、撃つ…! お前達の計画はここまでだ…!」
警官がゆっくりと引き金に指をかける。
決して脅しではない、そう思わせる迫力がそこにはあった。
「ベルリバーさんが殺された」
本名ではなく、ユグドラシル時代のゲーム内のキャラでの名前をウルベルトが口にする。
それは目の前の警官に向けての、かつて仲間だった者へ仲間の死を突き付ける為にそうしたのか。
「あれは…、事故死だったと聞いている…」
苦し気な表情で警官が呟く。
その言葉に、イラだちを隠さない強い口調でウルベルトが反論する。
「本当にそう思っているのか? あれが事故だと? 腐っても警官だ、お前でも察しくらいはつくだろ?」
ベルリバー。
ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの一人であり、
彼は巨大複合企業の不味い情報を入手した事で、口封じのため殺害された。彼の死は事故死として処理されたが、その情報はウルベルトの手に渡っている。
この情報こそがウルベルトにこの計画を決断させた要因だ。
その吐き気を催す事実に、ウルベルトは狂おしい程の怒りを抱いた。
本心から思う。
この世には生きていてはいけない者達がいるのだと。
そして、決行の日は今日この日でなくてはならない。
「アーコロジー内は万全の警備体制が敷かれている…! テロなど無意味だ…! ただ命を失うだけで終わる…、まだ遅くない。考え直してくれ…!」
警官が必死にウルベルトを説得する。
だがどんな言葉もウルベルトには届かない。
「俺達にまだ奴隷を続けろというのか? とんだ悪党だよ、お前は」
「そ、そんなつもりは…!」
「世界がそうだから、そう決まっているから、覆す事なんて出来ないから。そう信じ、都合よく解釈し、仕方ない事だと諦めろって言うんだろ? その方が幸せだって。それがどんなに非道な事かも知らずに…!」
歯を噛みしめ、唇の端から血を流しながらウルベルトが鬼の形相を浮かべる。
「もう十分だ、もう十分なんだよ…。何年も、何十年も、
「な、何を言って…」
警官がウルベルトの発言に疑問を呈すが答えが返ってくる事はない。
「見ておけ、今日が文明最後の日だ」
ウルベルトがそう口にした瞬間、眼下に広がるアーコロジー周囲の都市で巨大な爆発が巻き起こる。
それは貧困層にある工場地帯を中心としたものだろうか。
いくつもの爆発が巻き起こると同時に、難攻不落である筈のアーコロジー内が急激な停電に見舞われる。
暗闇に染まった建物内を電流、目で見えるほどの稲妻がいくつも駆け巡る。
それにより建物内の窓が割れ、壁が崩れ、水道管が破裂する。
災害時に動く筈のセキュリティが何も発動しない。
一目で分かる前代未聞の異常事態。
「な、何をした! すぐに止めさせろ! でないと…!」
警官が叫び、ウルベルトへ銃を突きつける。
だがそんな事など気にも留めず、眼下を見下ろしウルベルトが呟く。
「支配層は、皆殺し」
ウルベルトがそう口にした瞬間、警官が銃を発砲し、弾丸がウルベルトの体を突き抜ける。
身体から血を流し、口から血を零しながらウルベルトが倒れた。
「うぅっ…、す、すまない…。俺は家族を…、妻と子供を守らなければいけないんだ…」
警官が泣きそうな声を上げる。
意識が遠のきつつある中、そんな警官を見ながらウルベルトが笑う。
「俺を殺しても、何も止まらない…、ここへ来たのは単に眺めが良いからだ…。アーコロジーなんて、富裕層なんて俺達にとってはどうでもいい…。目的、諸悪の根源…。計画は、達成された…」
ゴフッと血を吐き出すウルベルト。
眼下の爆発があった地域の地盤が崩れ、巨大な地下施設が顔を覗かせる。
貧困層が住む土地になど存在する筈がない、不釣り合いな地下空間。
それを見たウルベルトは満足げに笑い、警官へと向きなおる。
「文明、消えた後、大変だぞ…。せいぜい家族と、仲良く、な…」
それがウルベルトの最後の言葉だった。
かつての仲間であり、犬猿の仲。
それでも、友と呼べる者への心からの手向け。
ウルベルトは非支配層の人間には手を出さない。
その中には富裕層と呼ばれる者達も含まれていた。
いつだって世界は嘘で塗り固められている。
富裕層と貧困層。
世界がそんな単純であったならもっと楽だったろう。
そんな対立構造こそが、真実から目を背けさせる都合の良いプロパガンダだ。
だがウルベルトは辿り着いた。
ベルリバー、ばりあぶる・たりすまん、るし★ふぁーと共にかつて掲げた冗談、夢。大仰に言うならば約束。
――いつか世界の一つぐらい征服しようぜ――
結局、ゲーム内でそれが叶う事は無かった。
何の因果かそれが時を経て、現実の世界で限りなく近い所までいった。
征服と言えば語弊があるが、それに匹敵する偉業であろう。
自分達は、虐げられた人々は、その手に尊厳を取り戻す事が出来るのだ。
それがほんの少しだけ、ウルベルトには誇らしかった。
◇
その日、世界中で起きた同時多発テロによりあらゆる文明が滅びた。
倒壊こそしなかったものの、全てのアーコロジーはあらゆる機能が破壊され停止し、アクセスは勿論、修復さえ不可能になってしまったからだ。
そしてなぜかこの時に、システムに精通している技術者が存在しない事が露呈した。
あまりにも高度ゆえ、解読できる者すら皆無。
全ての電子系統が死に、携帯機すら電流サージの余波で破壊され電気製品は一つも残っていない。
今まで誰がこのアーコロジーを運営しコントロールしていたのか。
全ては謎に包まれたまま、多くの技術と科学がロストテクノロジーとして人類から失われた。
結果、富裕層も貧困層も関係無く、その全てが露頭に迷う事になる。
世界は急激な変化に伴い、極端な食料危機に陥った。
人々は争い、アーコロジーの残骸を取り合い、数を減らし、あらゆる物が破壊され、中世以下の文明にまで人類は退化した。
そんな状況を経ても、やがて人々は再び身を寄せ合い、新たな国を建設し、新たな法を敷く。
気づけば環境汚染が酷かった筈の世界は嘘のように色を取り戻していた。
廃墟の中に身を隠したり、防毒マスクを用いなくても生きていける程度には。
世界の文明が滅びた日。
時間の経過と共に、それは神話となり後世に伝わる。
いつしか人々はそれを「審判の日」と呼んだ。
審判を下した者の名は――
お久しぶりです
やっと役者が出揃ってきましたが、ちょっと現実のほうはSF感が強くなってきてしまいました
オバロ感が薄くなっているかもしれませんが異世界転移とちゃんと関係のある話なので生暖かい目で見て頂ければなと思います
PS オバロ新刊がついに来月発売されますね、万歳!