弱体モモンガさん   作:のぶ八

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前回のあらすじ

ユグドラシル最終日に超位魔法を連発してレベルダウンし異世界転移するモモンガさん。
転移した先は人間の王国! だがアンデッドである彼が元で大混乱が起き…!?


不死の王

00:00:00、01、02…

 

「ん?」

 

 サーバーが落ちる様子が無い。訝しんだモモンガは目を開ける。

 すると目の前に広がっていたのは――

 

 光り輝く夜の街。

 

 壮観、そう呼ぶ程に贅沢な街並みでは無いが、庶民の生活や活気が感じられるような場所だ。詳しい時間は分からないものの、深い夜でありながら人通りはそこそこある。道には数々の店が立ち並び、いくつか夜店のようなものも営業している。

 

「な、なんだこれ…。俺は沼地に、ナザリックの近くにいたはず…。一体ここは…!?」

 

 何か不具合がユグドラシルに起きたのかもしれない。もしそうならGMが何かを発表している可能性がある。モモンガは慌てて遮断していた回線を再度繋ぎなおそうと試みるが――

 コンソールが浮かび上がらない。

 

 モモンガは焦燥と困惑を感じながら他の機能を呼び出そうとする。どれも一切の感触が無い。まるで完全にシステムから除外されたかのように。

 

「ど、どういうことだ…?」

 

 今日は最終日。全ての締めとなる日にこんな事態とはユーザーを馬鹿にしているとしか思えない。ログアウトも出来なければ、不具合かバグの影響なのかどこかに飛ばされ現在地の確認さえ出来ない。

 仕方なく周囲を歩く人々を見る。最初はNPCかとも思ったのだがどうもそんな感じがしない。

 

(皆プレイヤーか? 慌てていない所を見ると不具合が起きたのは自分だけ…? 皆は現在の状況を把握しているということか…? それに見た事も無い装備ばかりだな…。モブっぽい服ではあるが種類が多すぎる…。新しいバージョンが来てもやり込んでいなかったしそれ系か…。というか今は一般人のロールプレイが流行っているのか?)

 

 どう考えてもそんな筈はないのだが、あまりにあり得ない光景にモモンガの理解が追い付かない。

 

(わ、分からない…。もろもろ含めてその辺の人に事情を聞くしかないか…。あー、実はユグドラシル2が始まってるとか新しいアプデが来てるとかで自分だけ知らないみたいなオチだったら恥ずかしいな…)

 

 呑気にそう考えながらモモンガは近くの店の前で談笑している二人組の男に話しかけることにする。

 

「すいません、ちょっといいですか? 実は私、現在の状況が把握できていないんですがサーバーダウンは延期になったのでしょうか?」

 

「え……!?」

 

「あ……!?」

 

 モモンガの顔を見た二人の男の顔色が見る見るうちに変わっていく。少し待っても返事が返ってこないのでモモンガが再度問いかける。

 

「コンソールが開かないんですが私だけですか? それとも皆さんそうなのでしょうか? もしそうだとするならばGMコール等はどうやって行えばいいんでしょうか?」

 

「……!」

 

「……!」

 

 二人の男は口をパクパクとさせている。あまりに違和感のあるリアクションに流石のモモンガも少しおかしいと感じる。

 

「あれ? やっぱりここは異形種が入っては駄目な場所だったりするんですか? 確かに周囲には人間種しかいなそうな…。てことはやっぱり不具合なのか…? まいったなぁ…」

 

 頭をポリポリと掻くモモンガ。この二人のリアクションからすると自分だけ何かおかしい事態になっているのではと推測するが――

 

「ア、アンデッドだ! アンデッドが出たぞ!」

 

「た、助けてくれ! 何か訳の分からない魔法をかけられた! い、嫌だ、死にたくない!」

 

 そう叫び出した男達は喚き散らしながら逃げていく。

 

「え、ちょ、ちょっと…」

 

 モモンガの制止を振り切りあっという間に逃げ出す男達。もちろん周囲にいた他の者達の視線はその原因となったモモンガへと突き刺さる。次の瞬間、街に震えるような絶叫が響いた。

 

「うわぁあぁあぁぁぁぁ!」

 

「なんでこんな所にアンデッドが!」

 

「ぼ、冒険者、冒険者を呼んで!」

 

「し、知ってるぞ、あれは死者の大魔法使い(エルダーリッチ)だ! 皆すぐに離れろ! 魔法を撃たれるぞ!」

 

「ま、魔法だって!?」

 

「な…! さ、さっきの男達が魔法をかけられたと言っていたぞ!」

 

「おい、聞いたか!? 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が魔法を撃ってるらしいぞ!」

 

死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が人を襲ってるらしい!」

 

死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が人間を殺してまわっているらしいぞ!」

 

 一瞬にして街は混乱の極みに達し、尾ひれが付いてその話は爆発的に広がっていく。それがより大きなパニックを引き起こし、あっという間に恐怖は王都中に伝播していく。

 実際に本物の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が王都の中に現れていてもこうなっていただろう。それ程に人々にとって死者の大魔法使い(エルダーリッチ)とは危険な存在なのだ。

 

 冒険者を基準に考えれば白金(プラチナ)級では厳しく、ミスリル級ならば勝算ありというもの。

 冒険者のランクは一番下の(カッパー)から順番に、(アイアン)(シルバー)(ゴールド)白金(プラチナ)、ミスリル、オリハルコン、最高位のアダマンタイトと8種類が存在する。

 下から二番目である(アイアン)の時点で専業の兵士に匹敵する強さを持つと言えばその強さが分かるだろうか。(シルバー)であれば人よりも遥かに強い亜人種とすら渡り合える。

 (ゴールド)白金(プラチナ)を経て、ミスリルとなればもはや一流の冒険者だ。オリハルコンなどはその上の超一流であり、冒険者として語り継がれる域なのだ。

 そしてアダマンタイトはもはや英雄。ほんの僅か一握りの者のみに許された頂点中の頂点だ。その名は世界中に轟く。なにせアダマンタイト級は一つの国に1~3パーティ程しかいない。都市の数、人口の多さを考慮すればそれがいかに少ないかは理解できるだろう。

 オリハルコンと言えどせいぜいその倍か少し多いくらいしかいない。都市単位でいえばオリハルコン以上の冒険者がいないことも珍しくない。オリハルコンでさえ、それ程に希少な存在。彼等は特殊な任務に就くことも多く、一般的な依頼を受ける事は少ない。

 

 故に、その次に位置するミスリル級こそが融通の利く冒険者として基本的な最高水準の者達である。その数は一つの都市に最低でも1パーティはいる程度には浸透している。

 そのミスリル級で勝算ありならばさほど死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を恐ろしいと感じないかもしれない。だが先ほど述べたようにミスリル級とは一流の冒険者。その彼らがパーティを組んで倒せるというレベルなのだ。

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)はミスリル級の個人に匹敵する強さを持つ。だが人間と違い魔法を連射できるという点や、耐性の違いから同程度の力量であれば人間はまず勝てない。

 一流の冒険者であるミスリル級のチームで勝算が出る相手、それが死者の大魔法使い(エルダーリッチ)なのだ。

 さらに外であるならばともかく、街の中であれば人々を守りながら戦わなければならないだろう。逃げる者達も誘導しなければならない。その状態でまともに死者の大魔法使い(エルダーリッチ)と戦えるだろうか。

 つまり倒すだけならばともかく、街や人々に被害を出さずに倒すとなれば、個人で強さを上回るオリハルコン級以上でなければ苦しいだろう。ハッキリ言うならば、そのランクの者達が動かなければ街への被害は食い止められないということだ。

 だがここまでの話は全て、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)として最低限の強さだった場合の話だ。

 ほとんどの死者の大魔法使い(エルダーリッチ)はこの評価前後の強さで間違いないだろう。だが絶対ではない。中にはそれらを遥かに凌駕するアンデッドさえ存在するのだ。

 そうなった場合、アダマンタイト級ですら無事に事態を収められるという保証はない。人間の都市に単身現れるアンデッド、それが並のアンデッドの筈はないのだから。

 

 さらに文字通り王都は王の直轄地でもあり、誰もここが中から襲われるなど想定していない。王都を囲む塀は頑強で巨大だが外からの攻撃に備えるものだ。当然、中からの攻撃を防ぐ事など出来ない。

 都市内を巡回している兵士もいるが夜であればその数は多くない。冒険者達とてこの都市内でアンデッドと即座に戦えるような準備を整えている者は少ない。

 

 そして引き起こされたこの大混乱。

 あまりの事態に兵士も冒険者も一先ず目の前の民達の避難を誘導せざるを得ない。現場に行く以前に、押し寄せる人々や通れなくなった通路の為、その場所を特定することも難しい。何が起きたのか多くの冒険者が正確に把握できないまま、現状の処理に追われてしまうことになる。

 結果。王都に突如として現れた死者の大魔法使い(エルダーリッチ)に対して冒険者達の多くが後手にまわってしまった。それを少しの時間であれど野放しにしてしまったのだから。

 

 一歩間違えればこれは歴史に名を残す大惨事になる。

 

「な、なんで皆逃げるんですか!? ちょ、ちょっと話を聞いて下さいよ! 本当に困ってるんです!」

 

 モモンガが逃げ惑う人々を追いかけながら声を張り上げる。

 追われる身となった人々は泣き叫び、喚き、中には糞尿を漏らしてしまう者まで出た。

 平穏な日常が一変し、気がつけば生者を憎むアンデッドに追われる人々。そんな彼等の恐怖は察するに余りある。すでに寝静まっていた者達さえ飛び起き、事態を飲み込むと誰もが着の身着のまま外に飛び出していく。深夜でありながら王都中の人々の叫びが木霊する。

 

 だが人々の恐怖はここで終わりではなかった。

 

「な、なんなんだよもう! さっきからずっとコンソールは使えないし! GMコールもきかない! サーバーダウンは!? そもそもここはどこなんだ! 沼地は!? ナザリックは!? それにここは人間の町!? 異形種である俺はペナルティで入れないんじゃないのか! 事情を聞こうとしてもなぜか皆逃げていくし!」

 

 自分の身に起きた事を理解できず嘆くモモンガ。

 やがてその目の前に王国最強の冒険者チーム、アダマンタイト級の『蒼の薔薇』が姿を現す。

 それを見た人々の心に光が差した。

 

「蒼の薔薇だ…! 蒼の薔薇が来てくれたぞ…!」

 

「アダマンタイト級冒険者が来てくれればもう安心だ!」

 

「やった…! 助かったんだ!」

 

 誰もが助かったと胸を撫で下ろし、蒼の薔薇の英雄譚を直接目にできると胸が高鳴る。

 だが。

 

「《チェイン・ドラゴン・ライトニング/連鎖する龍雷》!」

 

「なっ…!? あぁぁあああぁっ!」

 

「イ、イビルアイッ!?」

 

 現実はその逆だった。

 戦いの末、彼女達の猛攻を難なく退けたアンデッドが放った魔法により蒼の薔薇の1人が倒れる。

 その後アンデッドは周囲の塀や壁を破壊し姿を眩ますが蒼の薔薇はそれを追える状況ではなく、肝心のアンデッドの消息は未だに掴めていない。

 なにより、人々の希望である蒼の薔薇。王国最強のアダマンタイト級冒険者である彼女達をもってして取り逃す相手、つまり彼女達の手にすら余る化け物。それが人々が目の当たりにした現実だ。

 

 それを理解した瞬間、人々の叫びはさらに大きくなり王都を震わせる。

 この日、王都の誰もが絶望のドン底に叩き落されたのだ。

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国では王派閥と貴族派閥が対立し様々な弊害が出ている。一言で言うなら王国の腐敗の原因と言ってもいい。

 王派閥はまだまともではあるが対立する貴族派閥の力が大きすぎるのだ。上級貴族の多くは選民意識が強く領民を大事にしていない。さらには八本指などの裏社会と結託し私腹を肥やしている者までいる。

 それが王国の現状だ。

 

 その王国において最も大きな力を持つ貴族『六大貴族』の一人で、王派閥と貴族派閥のどちらにも擦り寄るように立ち位置を変え飛び回る姿から『蝙蝠』と揶揄されている貴族、エリアス・ブラント・デイル・レエブン侯。

 彼は今、決断を迫られていた。

 

「う、ぐぅぅ…!」

 

 一枚の手紙の前で彼は頭をかきむしる。

 この深夜に早馬で届けられた手紙の送り主はラナー王女。早い話が部下を使ってクライムを助けてくれという内容だ。

 それは不可能ではない。不可能でないのだが。

 

「ラナー王女…! 彼女に恩を売り繋がりを持つのは非常に大きなメリット…! だがしかし…!」

 

 レエブン侯が部下に持つ元オリハルコン級冒険者達を使えばそれは難しくないだろう。

 だが今、この王都で起きている問題は当然レエブン侯の耳にも入っている。『蝙蝠』と揶揄されるくらいに多くの者からは愛国心の欠片も無い人物だと思われているがその実、誰よりも国の現状を憂い、国の為に働いている数少ない真の忠臣なのだ。

 そんな彼にとっても一つだけ譲れないものがあった。

 5歳になる我が子である。

 

 現在、王都を訪れるにあたって王都内の親戚の家に嫁と一緒に預けているのだが。

 

「くそっ…! 私はどうすれば…!」

 

 この騒ぎのせいで連絡が途絶えているのだ。

 我が子の安全の為に即座に元オリハルコン級冒険者達を送り出そうとした矢先、ラナー王女からこの手紙が届いた。

 文面を見る限り、ラナー王女の側付きの兵士であるクライムは現場へと向かったらしい。ならば間違いなくその身に危険が降りかかるだろう。王国戦士長が不在の今となってはこの王都内で動ける兵士は少ない。いても末端の者ばかりだろう。戦力になるとは思えない。

 その反面、あくまでレエブン侯の子供は連絡が付かなくなっているだけでその身は危険かどうかは不明だ。親戚の者達もいるし恐らくはこの混乱で連絡が途絶えているだけでその身に危険は迫っていないと信じたいが絶対ではない。

 

「国を取るか、我が子を取るか…!」

 

 ここでラナーに恩を売れれば王派閥とさらなる繋がりができ、今後の国の為に出来ることが多くなる。そうすれば王国をより良い方へ導きやすくなるだろう。それは間違いなく国の為になると断言できる。

 それに対して、危険が迫っているか不明な我が子の為に戦力を割くか否か。だが父親として、何より愛する我が子の為には保険などいくらかけても惜しくはない。

 だが今は二者択一のような状況になってしまっている。

 確実に恩を売れ国の為になる方に張るか、あくまで保険の為に我が子を守らせるか。

 部下の元オリハルコン級冒険者を二手に分けるというのも考えたがそもそも盗賊系であるロックマイアーがいなければ人探しすらままならない。さらに王都を襲っているアンデッドが予想を上回る強者であった場合、戦力を分けることにより最悪の可能性すら出てくる。

 両方を得ようとして両方を失う。それはレエブン侯にとって最悪の結果だ。両方を取れる可能性もあるが、最悪の場合の被害が大きすぎる。ここはどちらか一方に張るしかない。

 とはいえ事が起きたと思われる現場、そして親戚の家の場所を考慮すれば必然的に見えてくる。

 

 そしてレエブン侯が出した結論は――

 

 

 

 

 深夜の街を一匹の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が疾走していく。

 深々とマントを被る事でその顔を隠しているがそれだけだ。ちゃんと見ればアンデッドであるとすぐに看破されるだろう。今は身をしっかりと隠す準備をしていなかったのだ。だが彼にとってそんなことは問題ではない。今は何よりも優先しなければいけないことがあるのだから。

 とはいえ表の通りは人間達でごった返しており近寄ることは出来ない。辛うじて人通りの少ない裏路地を選んでいく。偉大なる死の神の魔力の残滓を追いながらデイバーノックは必死に駆けていた。

 街の混乱もそうであるが、より暗い裏路地である事も相まって多少のすれ違う人間達にはバレずにデイバーノックはやり過ごせていた。

 しかしそれも長くは続かない。

 

「ま、待て貴様!」

 

 突如、デイバーノックへと声がかかる。渋々と振り向いてみればそこには年老いた五人組の男達がいた。戦闘準備は万全と言わんばかりの冒険者達だ。そして年老いたと言っても決して弱者ではない。侮ってはいけない相手だとデイバーノックは考える。

 

「ど、どうしたんだよロックマイアー。今はこんな奴に関わっている場合じゃ…」

 

「こいつだ…!」

 

「なん、だと…!?」

 

「足音が違う…! 気配が違う…! こいつ…、人間じゃないっ…!」

 

 ロックマイアーと呼ばれた男が仲間の言葉にそう答える。それを聞いた仲間の四人がすぐに武器を抜き放つ。

 即座に正体を看破されたデイバーノックは戦いを避けられないと判断し身構える。

 

「フフフ、よくぞ見抜いたな人間…! だが今は急ぎの用事があるのでな…。追わないと約束するなら見逃してやるが…、どうだ…?」

 

 墓の底から響くような、生ある者全てを飲み込むような低い声が響く。同時にフードの下から骸骨だけの白い顔が垣間見える。すぐにこの五人組はこいつこそが今回の事件の元凶だと判断する。

 

「呑むと思うかアンデッドが!」

 

「まさかこんなとこで会うとはな…!」

 

「おい、任務はクライムとかいうガキを助ける事だろ? 放っておいていいのか?」

 

「バカ、目の前に元凶がいるんだからここで叩けば終わりだ」

 

「どちらにせよここで足止めしないと他に被害が出る、やるぞ」

 

 レエブン侯の指示の元で動いていた元オリハルコン級冒険者達はデイバーノックへと襲い掛かる。

 だがデイバーノックとて顔を合わせた瞬間、戦いになる事は察していた。すでに周囲の環境、そして相手の武器や装備から誰がどういう役職なのかも見抜いている。

 戦いには備えていたものの、咄嗟に戦わなければならなくなった者達と最初から不意の事態を想定していたデイバーノックとの差はすぐに出た。

 彼等が動いた瞬間、前衛である戦士職の男へと向かってデイバーノックが魔法を放つ。

 

「《ファイヤーボール/火球》!」

 

 細い路地裏では満足に避けることは出来ない。すぐに物陰に隠れやり過ごそうとするが――

 

「馬鹿が、所詮は人間よ…」

 

 デイバーノックは間髪入れずに次の《ファイヤーボール/火球》を放つ。次は物陰に隠れた男の頭上に位置する二階の窓付近目掛けたそれは近くの花が生けられたプランターへと直撃する。周囲の崩れたレンガと共にいくつものプランターが男目掛けて落下してくる。

 

「く、くそっ!」

 

 アンデッドであり夜目が利くデイバーノックと人間では周囲への観察力が違う。盗賊職であるロックマイアーだけは違うが他の四人はそうではない。前に出た戦士職の男が頭上から降り注ぐモノに注意を向ける間、魔法詠唱者(マジックキャスター)であるデイバーノックが逆に距離を詰めてくる。

 

「なっ…!?」

 

「馬鹿なっ!」

 

 セオリー通りでないデイバーノックの動きに誰もが虚を突かれる。一番驚いたのは裏に回ろうと動いていたロックマイアー。距離を取らねばならない魔法詠唱者(マジックキャスター)がまさか単身にも拘らず詰めてくるなど想定の範囲外だったのだ。その為に仲間への援護が遅れた。

 

 最初に炎に包まれたのは前衛の男。物陰には隠れたものの頭上から落ちてくるレンガやプランターに気を取られている内に一気に距離を詰めてきたデイバーノックに至近距離で魔法を放たれ戦闘続行は不可能な状態に陥る。

 次に打撃武器を持つ男が殴りかかるがそれを見越していたデイバーノックが同時に《ライトニング/雷撃》を放つ。防ぐ手段の無い打撃の一撃は喰らってしまうがそれは甘んじて受けるしかない。ここで下手に引いたりするほうが悪手だと考えるデイバーノック。

 一直線に貫通する雷撃が後ろの男もろとも巻き込み一気に二人を倒すことに成功する。

 

「ぐ、むぅぅ…」

 

 肩あたりに直撃した一撃で相応のダメージは負ったものの、引き換えに二人を倒したのだから悪くないと判断するデイバーノック。

 人数差とは戦いにおいて決定的だ。時としてそれは格下が格上さえも飲み込む事を可能としてしまう程、戦いにおける最高のアドバンテージとなる。ダメージと引き換えにそれを潰せるなら安いものなのだ。

 そして斜め前に位置している魔法詠唱者(マジックキャスター)の男が慌てて《ファイヤーボール/火球》を放つが炎に対して耐性を持つマントを装備しているデイバーノックには致命傷にならない。デイバーノックも同様に《ファイヤーボール/火球》を放つ。

 それを防ごうと構える魔法詠唱者(マジックキャスター)の男へと一気に駆け寄り持っている杖で殴りかかる。放たれる魔法と共に距離を詰めるデイバーノックに驚き杖の一撃をまともに受ける。当たり所が悪かったのか、魔法は防いだもののその一撃で魔法詠唱者(マジックキャスター)の男は意識を失ってしまう。

 あっという間に残りの一人となったロックマイアーの額に汗が流れる。

 野良の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は討伐経験があった。故に今回も恐るべき敵だが後れは取らないと判断していた。

 だがそうではなかった。

 目の前にいる死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は過去ロックマイアーが遭遇したどのアンデッドよりも遥かに強かった。自分の強さを、弱点を把握しており、尚且つ目的の為に危険を冒すことさえ厭わない。

 人間の動きすら熟知しており、何をすればいいのか、何をされてはいけないのかを理解しているように思えた。こういう相手は強い。ハッキリ言って最悪と言い換えてもいい。生来持つ強さに溺れずに冷静に判断する知性を持っている。

 

 だがそれも当然であろう。

 人間社会で生きてきたデイバーノックは野良の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)とは違う。多くを学習し、人間という種をより理解している。脆弱であると思う反面、人間の強さへの理解もある。

 何より魔法に焦がれているデイバーノック。危険と隣り合わせの人間社会に潜み、ひた向きに魔法を習得する為に動いてきたのだ。中には自分よりも魔力の弱い人間に魔法を請う事もあった。

 だがそれでいい。強さ等は彼の求める最終地点ではない。より多くの魔法を、ゆくゆくはその深遠を覗きたいと考えている。強さなどはその付加価値に過ぎない。

 その甲斐もあり、今やアダマンタイト級に匹敵する強さを持つまでに至ったデイバーノック。驕らず、ただひたすら貪欲に。それが今の彼を作った。

 野良の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)がミスリル級の強さを持つ事を考えれば、これがどれだけ凄いかが理解できるだろう。

 六腕最強のゼロでさえ、デイバーノックがこのまま魔道を極めていけばいつかは全ての生命を滅ぼす存在になり得る可能性を秘めていると考える程なのだ。

 

 不死王デイバーノック。

 

 王国広しと言えども表の世界で彼を止められるのはアダマンタイト級の冒険者、あるいは戦士として王国最強と名高い王国戦士長くらいか。

 だがアダマンタイト級である蒼の薔薇はすでに別の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)と遭遇し返り討ちに、そして王国戦士長は現在辺境の任務に飛ばされている。

 この状況で一体誰が彼を止められるというのか。

 

「うぅぅう…!」

 

 一人残され目の前の敵に為す術もなくなったロックマイアーは唸るしか出来ない。

 しかし戦闘の音が響いたのだろう。人の気配が近づいてくるのを感じるロックマイアー。

 

「ふん…、他の冒険者共か…? フフ、運が良かったな…」

 

 それに気が付いたのはデイバーノックも同様。夜の闇に溶け込むように姿を消すそれをロックマイアーはただ見ているしか出来なかった。やがてデイバーノックの気配が消えた後、慌てて倒れている仲間達に駆け寄る。

 年老いたとはいえ腐っても元オリハルコン級冒険者。幸い、ギリギリの所で致命傷は避けており、4人とも命は失っていなかった。その事にロックマイアーは安堵するも、レエブン侯の任務は続行不能だと判断する。

 

 王都を襲った混乱はまだまだ続くだろう。

 なぜなら元オリハルコン級冒険者チームすら個人で壊滅しうる恐るべき死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が街に潜んでいるのだから。

 

 

 

 

「あ…、あぁぁぁ…!」

 

 裏路地で瀕死の女性を抱えたままへたり込むクライム。

 目の前にいる絶対的な死が、死の神とも形容すべきアンデッドがクライムへと手を伸ばしたからだ。

 間違いなく命を奪われる、そう確信したクライムだったが――

 

「な…、ちょ…! だ、大丈夫ですか!? その女性瀕死じゃないですか! そこまで酷い状態初めて見ましたよ! アプデか何か知りませんがリアルすぎでしょ!」

 

「え…?」

 

 訳の分からない事を呟くアンデッド。もちろんクライムには何を言っているか判断できないが予想していたものと違う声の感じに戸惑う。

 慌てた様子で懐から何かを取り出すアンデッド。それは意匠の施された高価そうな小瓶だった。中には血を思わせる真っ赤な液体が満ちている。

 

「もしかしてユグドラシル初心者の方ですか? とりあえずこれどうぞ。死んじゃうとせっかくの装備とかドロップしちゃいますしね。あとこの辺PKする人がいるから気を付けた方がいいですよ。私もさっきそこで襲われました」

 

 死にそうな状態にも拘らず回復せず途方に暮れている感じから多分ユグドラシル最終日だからと遊びにきたエンジョイ勢なのだと判断するモモンガ。魔法でHP量を見てみると、残りHPだけでなく最大HPがあまりに少なかったからだ。女性だけでなく男性の方も高くない。

 

「え…? えぇ…!?」

 

 差し出された小瓶とモモンガの顔を交互に見ながらクライムの頭は混乱に包まれる。何が起きているのか全く判断が付かない。命を取られるどころか何かを差し出しているアンデッドの姿に理解が追い付かない。話の節々の理解できる部分だけを繋ぎ合わせると助けてくれそうな感じにさえ受け取れる。

 だがそんな筈はない。相手は生者を憎むアンデッドなのだ。この禍々しい色をした液体で何らかの実験をするつもりなのだろう。もしかしたら人をアンデッドにしてしまう薬か何かなのかとクライムは訝しむ。

 対していつまで経ってもそれを受け取らないクライムにモモンガはやっと合点がいったように頷く。

 

「ああそうか、すみません。もしかしてポーションを知らないんですか? これは減った体力を回復するモノなんですよ。私がやるから見てて下さい、ほらこんな感じに」

 

 小瓶の口を開け、瀕死の女性へと中身をふり掛けるモモンガ。すぐにそれを阻止しようとクライムは考えるがあまりの恐怖に体が動かなかった。そして見す見すモモンガの凶行を許してしまう。その事に恥じ入りつつも慌てて謎の液体をふり掛けられた女性を見やるクライム。

 すると。

 

「そ、そんな…!」

 

 信じられない光景だった。

 まるで高位の魔法か何かのように瞬時に女性の傷が癒えていく。

 ぼさぼさだった髪はツヤを取り戻し滑らかに。殴打によって醜く膨らんだ顔は瞬く間に小さくなっていく。ひび割れた皮膚と爪くらいの大きさの無数にあった淡紅色の斑点があっという間に消えていく。

 やせ細った体はそのままだが、死体と見まごう程に酷い状態であったのが嘘のように綺麗になっていく。

 ここにきてやっと年齢が判別できるようになった。恐らくは十代後半だろう。外見的には美人というより愛嬌があるという言葉が似合いそうな女性だ。だが地獄であったろう日々がその顔に影を落としているようにも思える。

 瞬時に様々な思いが去来するクライム。

 喜ばしいと思う反面、謎の劇薬によって齎されたこの結果に一抹の不安を隠せない。

 

「こ、これは…、ふ、副作用とか…、そういったものはないのでしょうか…?」

 

「え、副作用? ないですけど。ただのポーションですし…」

 

 ただのポーションな筈がない。ポーションの色は青だ、赤など聞いたことがない。それを口に出そうと思ったがここでそれを否定してもどうにもなるまい。問題は目の前のアンデッドが何を思ってこれを為したか、だ。

 

「あ、悪魔は…」

 

「?」

 

「悪魔は人の魂を対価にどんな願いも叶えるといいます…、ま、まさか貴方は悪魔なのですか?」

 

 恐る恐るそう口にするクライム。噂程度に囁かれる類の話だが今はそうとしか思えない。この女性の魂を、あるいは命を対価に何かを要求するつもりなのかもしれない。クライムはそう考える。

 

「悪魔? 何言ってるんですか、私の種族はアンデッドですよ? やだなー、もう」

 

 そう答えるモモンガの顔は骸骨なので判断は付かないが笑っているようにクライムには思えた。

 心の中で「いや知ってるしそうなんだけど言いたいことは違う!」と突っ込みたいがそんな度胸は無い。

 

「も、目的は…、目的は何ですか…? な、何が望みでこんなことを…?」

 

 とはいえこのままでいる訳にもいかない。これを聞いておかなければ後でどんな無理難題を言われるか分かったものではないのだ。だがそんなクライムの不安を吹き飛ばす信じられない事を目の前のアンデッドは口にした。

 

「困っている人がいたら助けるのは当たり前、ですよ」

 

「……!」

 

 人からの受け売りですけど、と続けるアンデッド。だがクライムは頭を鈍器で殴られたような衝撃を覚えた。そんな理想論をアンデッドが口にするとは想像もしていなかったからだ。

 思い返してみると最初からこのアンデッドは物腰が柔らかかった。それに、騙されているかもしれないという前提付きではあるが目の前のアンデッドが嘘を言っているようには思えなかった。本当にこちらの事を心配しているような、そんな素振りさえ感じたのだから。

 そもそもこの女性を酷い目に遭わせたのは人間だ。王国は腐敗し、一部の人間が他の人間を喰い物にしている。王国戦士長のような素晴らしい人間もいれば特定の貴族のように腐り切った人間もいる。

 そこで僅かな、あり得ない可能性にクライムは思い至る。

 アンデッドの中には高い知能を持ち、人間と取引する者もいるという。もしかしたら、もしかしたらだが。人を襲わないアンデッド、そういった存在がいてもおかしくないのかもしれない。

 

「というよりどうしたんですかこの女性。モンスターにやられたような傷には見えませんでしたけど」

 

 アンデッドの問いに思わずクライムは目の前の女性が受けていただろう仕打ちを口にしてしまう。

 酷い労働環境、あるいは口に出せないような仕事等について。そして王国の現状ではどうしようも無い事など。気のせいかそれを話していくうちに目の前のアンデッドが異様な気配に包まれていくように感じるクライム。

 次にクライムが耳にしたのは正真正銘、アンデッドに相応しい世界を呪い殺すかのような恐ろしい響きだった。

 

「ゲームの中でまでそんな事をしている奴がいるのか…!? しかもよく分かっていない初心者を狙って…! これじゃまるで現実世界(リアル)のブラック会社と同じじゃないか…! いや、それよりも酷い…! ここは楽しい幻想を味わう場所だろ! GMは、運営は何をやっているんだ!」

 

 モモンガの骨だけの手が拳を作り、わなわなと震えている。

 それがどれだけ前から行われていたのかは知らないが、現在このような不具合を発生させる運営だ。管理もズサンだったのかもしれないと考える。

 途中から目の前の男の話をよく聞いていなかったがどうやら無理やり働かせているらしいということは分かった。しかも言う事を聞かなかったり、あるいは仕事の最中に遊びで殴られたりするらしい。

 酷すぎる。

 こんなのは人間のやる事じゃない。

 だが昔からネットの中でも、いやネットの中だからこそ内なる人間の悪意が渦巻いていた。モモンガが知らなかっただけでユグドラシルでもそういった悪意が渦巻いていたのかもしれない。

 激しい怒りに支配されるモモンガだがなぜか急にその怒りが抑制されるのを感じる。キレすぎて冷静になっちゃうやつだな、とか思って納得する。その証拠にじわじわとした怒りは未だモモンガの中で燃えているのだから。

 

 冷静さを失っているモモンガがここが現実だと気づくのは今しばらく後の事になる。今は自分の楽しんでいたこの世界を汚されたような感覚に支配されてそれどころではないのだ。

 

「どこにでも人を弄ぶ連中ってのはいるんですね…。すいません、その人達はどこにいるんですか?」

 

「え…? あ、いや、分からないです…。あ、怪しい場所くらいなら思い当たりますが…」

 

「ちょっと私が説教してきます。案内してもらえませんか?」

 

「せっきょう…? え!? 説教!? ど、どういうことですか!?」

 

「大丈夫です、貴方に迷惑はかけませんから。案内だけしてもらえればいいです。まぁ相手はカンストしてるでしょうから戦いになったら殺されると思いますがそれでも文句の一つくらいは言いたいです。私もこの世界長い事やってますし…、1ユーザーとしてそういった人たちを見過ごせませんよ! 別にもうデスペナとかも怖くないですしね」

 

「デ、デスペ…? え!?」

 

 何を言っているのか理解できないクライムだが目の前のアンデッドが本気なのだということだけは理解できた。見ず知らずの女性を助けただけでなく、今度はその元凶に文句を言いにいくという。

 何が起きているのかどうしてこうなったのか、そもそもこのアンデッドの目的は何なのか。いずれもクライムの経験からかけ離れ過ぎていた為にクライムの頭は回答を導き出すことが出来ずにいた。

 そして深夜の街中を女性を抱えたままアンデッドと行動するというよく分からない事態にクライムは陥る。

 何かもう自分の価値感全てが崩れ去りそうな状態であった。

 しかも話によると長い時を過ごしているアンデッドらしい。不死であるアンデッドが長いというから相当なのだろう。まだ年若いクライムに推し量れなくても当然かもしれない。かろうじてそう自分に言い聞かせ自我を保つクライムであった。

 

 

 

 

 八本指のアジト。

 緊急事態でありながらも現在ここには8部門全ての長が顔を出していた。彼等はテーブルを囲み誰もが神妙な顔つきをしている。

 

「ね、それ本当なの? そんなヤバイ奴なら逃げないとマズイじゃない」

 

 奴隷売買を仕切るコッコドールが声を上げる。ここにいる誰もがゼロの報告を受け同じ事を考えていた。

 

「アホか貴様は。そんな事をしてみろ、ヤバくなったら逃げだす連中と後ろ指を指されることになるぞ。せっかく築いたこの地位も崩れかねん。貴族にはナメられるし、真面目な王族の連中や冒険者にはこれ幸いと手入れをされるぞ」

 

 額に血管を走らせながらゼロが睨みつける。

 

「そうは言ってもしょうがないんじゃない? 王国最強の冒険者である蒼の薔薇を返り討ちにする相手となんて戦争できないわ。そんなのアンタたちの手にも負えないでしょ」

 

 次に口を開いたのは麻薬取引を仕切るヒルマ。やる気なさげに腕をプラプラと振っている。

 

「見くびるなよ…! 蒼の薔薇や王国戦士長とて機会さえあれば潰してみせるわ!」

 

 憤怒に支配された表情をヒルマに向けるゼロ。肝心のヒルマはやれやれとばかりにため息を吐いている。

 

「しかしそうは言っても恐るべき強者であるのは事実なのだろう? やれるのかね?」

 

「ゼロ、君の強さは信じているし信頼もしている。倒してくれるのならば私達とて何の文句もない」

 

「一時的とはいえ王都から離れるのは不都合があるし、貴族達に何らかの被害が出ても困る」

 

 他の部門の長達も口々にゼロに問いかける。

 

「まぁまぁ落ち着き給え皆。ゼロ、我々を招集したということは何か要求があるのだろう?」

 

 八本指のまとめ役を務めている男の言葉にゼロが頷く。

 

「口惜しいが正直に言わせて貰う。力を貸してくれ。暗殺部門の連中と密輸部門や窃盗部門がため込んでいるマジック・アイテムを貸してもらいたい。他の部門の長達には戦いの事後処理とお偉いさん方を説得して貰いたい。冒険者や兵士にも圧力をかけてくれ」

 

 ゼロの言葉に誰もが文句を言いそうになるがまとめ役である男が手を上げそれを制止する。

 

「そうすれば勝てるのかね? もちろん手助けをした後は相応の見返りがあるのだろう?」

 

「ああ、勝てる、いや勝ってみせる。見返りももちろんだ。しばらく警備の金は受け取らないし、必要とあれば他の部門の仕事も手伝おう」

 

「決定だ。いいな皆、ここはゼロに協力しようじゃないか」

 

 まとめ役である男の言葉に誰もが頷く。

 こうしてゼロ率いる六腕の戦闘準備は万全、そう思えた瞬間。

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 外から、それも遠くからであろう何らかの叫びが室内であるここまで響いてきた。全員が何事かと一斉に席を立ちあがる。すぐに外で見張りをしていた者が部屋の中へと飛び込んでくる。ガクガクと震え、その目には溢れんばかりの涙が浮かんでいた。

 

「何があった!?」

 

 ゼロに怒号を浴びせられた男が怯えながらも口を開く。

 

「お、終わりです! もう王都は終わりです! 逃げるしかないですぜ! あんなの誰も勝てっこねぇ!」

 

「な、なんだ! 何を言っている!? 例の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が現れたのか!?」

 

「ち、違います! そんなんじゃねぇ! それどころじゃねぇんです! お、俺、聞いたことありますぜ! あ、あれは! あれは伝説のアンデッドだ!」

 

「で、伝説のアンデッド…だと…?」

 

「それも一体じゃねぇんです! 何体もいるんですぜ! もう終わりです! 皆殺される!」

 

 見張りの男の叫びに誰もが顔を見合わせる。この見張りの男とて本部の守りを任されるだけあり、六腕に匹敵するとまではいかないものの、かなりの強さを持つ。その男が子供のように喚いている様はまるで冗談か何かのようだった。

 ここに集う八本指の長達は何が起きたか理解できないが、ここまで聞こえてくる叫びに恐るべき危険が迫っていると判断する。

 

「ほ、ほら逃げるわよ! 早く!」

 

 コッコドールが連れの男達を連れて一目散に逃げていく。他の長達も同様に。だがもう手遅れだ。誰も逃げられない。

 部屋に残ったゼロが六腕のメンバーと共にそのアンデッドを見に行く為に外へ出る。そして思い知るのだ。例の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の登場などほんの始まりだったことに。

 

 そこには本当の絶望が広がっていた。

 

 

 

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 世界を切り裂くような叫びに冒険者組合の一室に集まっていた冒険者達は震えあがった。

 数多の冒険者と共に死者の大魔法使い(エルダーリッチ)討伐隊を編制していた蒼の薔薇だったがただ事ではないその叫びに作業を一度中断する。

 それと同時に外にいた冒険者達が慌てて部屋に走り込んでくる。

 

「た、大変です!」

 

「おいおい! 今度は何だってんだ!?」

 

 ガガーランが入ってきた冒険者へと声をかける。その冒険者は息を切らしながらも必死で現状を伝えようとする。

 

「あ、新手のアンデッドです! それも多数! おかげで市民が再びパニック状態に陥って現場は大混乱です! もう制御できません! 各地と連絡が途絶え、どこで何が起きているかの把握すら不可能! もう守り切れない…! 王都は落ちます! 間違いなく! 城門を開きましょう! 後は各自に任せてそれぞれ逃げて貰うしかない! 我々とてここにいて出来る事などありません! もう逃げましょう!」

 

「な、何を言っている!? そ、そんなこと出来るわけがないだろう! ええい私が出る! この命に代えてでも止めてみせる!」

 

「何言ってやがるイビルアイ! まだ怪我が治ってねーんだから安静にしてろ!」

 

「そんな訳にいくか! あのアンデッドが暴れてるのだろう!? 今度こそ私の命に代えてもなんとかしてみせる!」

 

「待ちなさいイビルアイ! 一人で行かせる訳ないでしょ! 私も行くわ!」

 

「同じく」

 

「右に同じ」

 

「もちろん俺も行くぞ」

 

「お前達…! バカ共が…、相手はあの死者の大魔法使い(エルダーリッチ)だ…。今度こそ死ぬぞ…?」

 

「はは、最悪リーダーだけには逃げて貰うよ。それでいいだろ?」

 

「王国のピンチ」

 

「見過ごせない」

 

「皆の言う通りよ。悔しいけれど最悪の場合にはなんとか私だけでも逃げ切るわ。皆の為にもね…!」

 

 ラキュースとてそんな事はしたくないし言いたくないだろう。だが蘇生魔法を使える自分だけは何があっても死ぬ訳にはいかない。それを理解している。

 何よりこんな絶望的な状況であろうとも国の為、いや民衆の為に立ち上がろうとする仲間の言葉にイビルアイは泣きそうになる。こいつらといて良かった。心からそう思えたからだ。

 

「蒼の薔薇だけに良い恰好させねぇぞ!」

 

「俺たちも行く!」

 

「壁や囮ぐらいにはなれんだろ!」

 

「皆で束になれば有象無象のアンデッドぐらいなんとかなるって!」

 

 周囲にいた冒険者達も口々に声を上げる。蒼の薔薇というカリスマの元、多くの冒険者達の心が一つに纏まり挫けかけていた気持ちが再び燃え上がる。

 そして勢いよく外に飛び出していく冒険者達。

 だが外に出た瞬間、彼等の奮い立った固い決意は簡単に砕けた。

 

 なぜならそこにいたのは伝説に謳われるアンデッド。

 一体で都市を滅ぼすことさえ可能と囁かれる程に比類なき強大な最悪のアンデッドだ。

 

 それは死の騎士(デスナイト)

 殺した相手を従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)へと変える能力を持ち、さらにその従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)が殺した相手は動死体(ゾンビ)となる。この負の連鎖は間違いなく都市を壊滅へと追い込む。

 もちろん自身も戦士として破格の強さを有する。アダマンタイト級の冒険者チームでさえ討伐が怪しまれるレベルだ。しかもここには多数の逃げ惑う人々がいる。彼らが従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)動死体(ゾンビ)となってしまえばアダマンタイト級の冒険者チームですら後れを取りかねない。規格外の強さを持つイビルアイとてそうなってしまえば止める手段を持たないのだ。

 だが最も絶望的なのは、その悪夢のようなアンデッドが一体ではないということ。

 

「う、嘘…! ま、街の至る所から咆哮が聞こえる…!」

 

「クソが! 目の前にいる奴だけじゃねぇのか! おいティア! ティナ! どれだけいるか判断できるか!?」

 

「ここからじゃ声と気配からでしか判断できないから正確じゃないけど…」

 

「おそらく10体以上いる…!」

 

 その言葉に誰もが驚きを隠せない。言葉も出ない。一瞬で冒険者達の顔に絶望が広がっていく。それと同時に悟るのだ。

 間違いなく王都は今夜で滅ぶと。

 この未曾有の危機に抗える術などない。もはや国堕としであるイビルアイが万全だとて倒しきれないであろう数。それどころか同時に戦えばイビルアイすら敗北する。もう王国の人々には欠片程の希望も無い。誰もが目の前の光景に打ちひしがれ、膝を折る。

 

 もはや王都は蹂躙されるしかない。

 腐敗しきった王国とはいえ、こんな最後を迎えるなど誰も予想していなかった。

 

 

 

 

 数分前。

 

 とある建物から出てくるモモンガ。外ではクライムが女性を抱えたまま待っていた。

 

「ど、どうでしたか…?」

 

「誰もいませんでした。室内の様子からなんか慌てて出て行ったような形跡はありましたが…。何かあったんでしょうか?」

 

「……」

 

 クライムは答えない。いや、答えられない。原因は多分貴方ですよ、なんて言える筈が無い。

 

「しかし怪しい場所を一つ一つ確認してたらそれだけで時間掛かっちゃいますね、後は自分一人でやるんでクライムさんは帰って貰っていいですよ。その女性も安静にしてあげないといけないし」

 

「えっ」

 

「ああ、大丈夫ですよ。すぐにはやられませんって。レベルが下がっても嫌がらせくらいはできますし。それにこの不具合もいつまで続くかわからないので丁度いい時間潰しです」

 

「あ、いや、その…」

 

「よしスキル、と。あれ不具合の影響かな? なんかちょっといつもと違うな…。コンソール無しで出せる気がする…。こうかな?」

 

 そうしてモモンガは自らのスキルを解放する。

――中位アンデッド作成 死の騎士(デスナイト)――

 モモンガの持つ特殊能力の一つ。これで生み出した死の騎士(デスナイト)はレベル35と弱く、役立たずのアンデッドである。だがこの死の騎士(デスナイト)をモモンガはずっと愛用してきた。

 理由はその特殊能力の為だ。

 一つは敵の攻撃を完全に引き付けてくれるというもの。もう一つはどんな攻撃を受けても一度のみHP1で耐えるというものだ。盾としては最高といえる特殊能力だ。

 今回もその壁として自分を守る為に呼び出したに過ぎない。中位アンデッド作成のスキルで創造可能な12体をフルに呼び出す。モモンガの前に現れた12体の死の騎士(デスナイト)。モモンガから見てもそれは壮観だった。

 横をチラリと見てみるとクライムが唖然としてこちらを見ている。見た事ないスキルに驚いているのだなと思い気分を良くしたモモンガはカッコつけて余計な一言を口に出す。

 

死の騎士(デスナイト)よ! 私と共にこの都市に巣食う八本指とかいう連中を探し出すのだ! 誰も殺してはならんぞ! 私が直々に説教するのだからな!」

 

 と、いい声で言い放つ。最後になーんちゃってと続けるがそれを打ち消すかのように死の騎士(デスナイト)が咆哮を上げた。

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 この世に生まれ落ち命令を受けた瞬間、耳をつんざくような咆哮を上げる死の騎士(デスナイト)達。

 彼等は即座に四方へと駆けだしていく。その動きはまさに疾風。

 対してモモンガは瞬く間に小さくなっていく死の騎士(デスナイト)達の姿に驚きを隠せない。

 

「い、いなくなっちゃった…。なんで? 盾が守るべき者を置いていってどうするよ…。こんな仕様変更なんて聞いてない…」

 

 走っていった死の騎士(デスナイト)達は至る所で咆哮を上げている。仕方ないのでモモンガも後を追う事にする。自分が生み出したアンデッドだ。放っておくことも出来ない。

 

「まいったなぁ…。とりあえず後をついていくか…。ちゃんと命令は聞くんだろうか…。はぁ、なんでこんな事に…」

 

 そう一人ごちながら走っていくモモンガの背を見つめたまま、クライムは茫然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 誰も聞いた事のない恐ろしい咆哮が夜の王都に響き渡る。

 聞く者の肌が泡立つような叫び声。殺気が撒き散らされ、ビリビリと空気が振動する。命ある者全てを刈り取るような、まるで生きとし生ける者の終わりを告げる凶報のように。

 

「おぉ…、おぉぉぉぉ…! なんという力…! なんという魔力…! あ、あの伝説に謳われるアンデッドをこの目にできる時が来ようとは…! たった一体でさえこの私を凌駕するおぞましい強さ…! それ程の存在をいとも容易く、しかもこれだけ同時に…! あぁこれが貴方様の御業なのですか…!? 素晴らしい…! そうか…! 私は今、真理に触れ、深遠を垣間見ている…!」

 

 高台から街を見下ろすデイバーノックには目の前の光景が何よりも甘美なものに映った。

 知識でしか知らないが古い文献にそれは載っていた。死の騎士(デスナイト)。伝説であり、また最上のアンデッドとも呼ばれている。今自分が見ているアンデッドが完璧にそうだと断言できる材料は十分ではないが、この比類なき強大さは他のアンデッドではありえない。恐らく間違いないだろう。

 悪意、憎悪、怨念…。どんな言葉を並べてもまだ足りない。それほどに圧倒的で、絶望的。形容すべき言葉を見つけられない自分の無知を恥じると共に、この歴史的な瞬間に立ち会えた事を心の底から感謝する。

 確証はないが、デイバーノックは悟っていた。これは、この悪夢のような光景を作り上げた張本人は例の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)だと。いや、おそらく死者の大魔法使い(エルダーリッチ)などではない。自分のような者と同列に語るなど驕りも甚だしい。

 今更になって自分の二つ名が恥ずかしくなる。いつから誰に言われるようになったかは覚えていないが、正直まんざらでもなかったのだ。自分は他者よりも優れた存在だと思っていたから。だが違った。デイバーノックはこの瞬間、身の程を理解し、また遥かな高みを知ったのだ。

 伝説のアンデッドの咆哮に呼応するように人々の叫びが混ざり合う。死者と生者が織りなす極上の狂想曲。それはまるでさながらオーケストラのように。地の底からこの世へ奏でる鎮魂歌(レクイエム)だ。

 味わった事の無い愉悦にただ身を任せるデイバーノック。

 

 この御方だ。

 この御方こそが、我らアンデッドを統べる不死の王だ。

 

 自分が祀り上げるべき、仕えるべき至上の御方に巡り会えた幸運に喜びを隠せない。モノクロのように朧げだった人生が色を帯び鮮やかに染め上げられるように。意識が覚醒し新たな感覚に目覚めるように。存在しない筈の胸の鼓動が高鳴ると錯覚する程に。

 デイバーノックはこの日、感情を手にした。

 そして自らの存在する意義を、この世に生まれ落ちた意味を知ったのだ。

 

 

 この死の騎士(デスナイト)達の登場で王都の混乱はさらに大きいものとなる。

 やがてこの事件が世界中に轟き、その中心人物であるモモンガが世界中から危険視されるようになる事など、今のモモンガには知る由もないだろう。

 

 

 

 

 アーグランド評議国。

 リ・エスティーゼ王国の北西に存在する山に囲まれ、複数の種族の亜人によって構成されている都市国家である。

 

 予感とも言うべき感覚によって眠りから意識を取り戻した一匹のドラゴンがいた。

 それは白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)の二つ名を持つツァインドルクス=ヴァイシオン、通称ツアー。

 この世界において最強と呼ぶべき存在だ。

 

「そろそろか…。今回は彼のように世界に協力する者だといいけれど…」

 

 かつて肩を並べて共に戦った十三英雄、そのリーダーを思い出しツアーは悲しみに暮れる。やはりあの死は早すぎた。共に歩んだ仲間(ぷれいやー)を殺し、傷ついた彼は自らの蘇生を拒絶した。そのせいで彼の持つ多くの知識が埋もれてしまった。今となっては悔やんでも仕方ないが。

 約百年周期でこの世界には異世界からの訪問者が訪れる。なぜかは分からない。しかもその存在は様々だ。ツアーは今回も彼のように世界に協力する者が訪れる事を心から願う。だが。

 

「もしそうでなければ…」

 

 ツアーは考える。再び世界を汚す力が動き出したとしても、他の竜王達は誰も力を貸さないだろう。だがぷれいやーと呼ばれる存在のほとんどは恐ろしく強大であり立ち向かえる者はこの世界にほとんどいない。自分だけでは限界がある。

 だが一人、心当たりのある者がいる。

 

「夢見るままに待ちいたり…だったか」

 

 彼が言っていた海上都市の最下層で眠る女性。彼女ならば起こして協力を要請すれば知恵を貸してくれるかもしれない。本当に深刻な事態になったらそうするべきだろうとツアーは考える。

 だが色々と不明な点も多くある。例えば――

 

「そもそも…、彼女は一体誰を待っているのだろうね…」

 

 小さく呟いたツアーの言葉は誰の耳に入る事もなく、ただ静かに掻き消えた。

 

 

 




レエブン「ラナー王女に恩を売る方に賭ける!」
ロックマイアー達「壊滅しちゃった」
モモンガ「ブラックとかマジ許せん…」
デイバーノック「あれ王だわ」

お盆休みに結構手を付けていたので割と早めに更新できました。
ただ次は…、うん…。
連休いつ取れるかなぁ…(白目)

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