弱体モモンガさん   作:のぶ八

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前回のあらすじ

都市守護者達の手により世界中が大ピンチ!
もう死んでるけど全てはスルシャーナのせい!


災厄の日 - 後編 -

 現帝国、リ・エスティーゼ領。

 

 

 突如暗闇から現れた無数の悪魔達。

 それらは瞬く間に都市中を覆い、数え切れぬ程の命を奪った。

 運よく生き残った者達も必死で逃げているが全滅するのは時間の問題であろう。

 すでに都市全域に悪魔の手は及んでいる。

 

 そんな絶望の中にありながらも、ここで一人の青年が必死で抗っていた。

 

「はぁっ、はぁっ、ラ、ラナー様…、あ、貴方だけでも逃げて下さい…、ここは私が…」

 

 片腕はへし折れ、肋骨が何本も折れている。

 頭部からは大量の血を流し、片目はもう見えていない。

 そんな満身創痍の状態でありながらクライムは己が主を守る為にその命を燃やそうとしていた。

 目前にいる何体もの悪魔達から主を守る為に。

 

「いいえ、もういいのですクライム…。もう…。これ以上逃げても助からないでしょう…。それならばせめて貴方と共に…」

 

 ラナーがクライムの服のすそをギュッと掴み背中に寄りかかる。

 いくら人外的な頭脳を持つとはいえ、単純な暴力の前には手など打ちようが無かった。

 だがそんな絶望的な状況の中でもラナーは不思議と満たされていた。

 愛する者と最後まで一緒なら、それも悪くないと。

 

「も、申し訳ありませんラナー様…、貴方をお守りすると誓ったのに…!」

 

「いいのですクライム…、本当にありがとうございました…。貴方は…、貴方だけが私の騎士です…。貴方がいたから私は…」

 

 その言葉と共にクライムが崩れ落ちる。

 立っていられるのが不思議なほどに消耗していたのだ。

 ラナーの言葉で僅かに緊張が緩み、体が限界を迎えた。手に力すら入らず、握っていた剣すらもその手から零れ落ちる。

 心優しいラナーを最後まで気遣わせてしまった己の弱さを呪い、また悔やむ。

 己の全てを捧げてでも守ると誓ったのにそれを果たせなかった。

 そんな彼が最後に思ったのはもっとも強い力の象徴。

 ガゼフ以外に、心から信頼し、また尊敬できた人物。

 そんな事ある筈がないと理解しつつも弱いクライムはそれに縋るしかなかった。

 みっともないと思う。

 最後の最後でも自分は人頼りなのかと。

 

「……けて下さい……」

 

 しかしだからこそ無意識にその言葉が口から零れ出たのだろう。

 

「モモンガさん…、助けて下さいっ…!」

 

 消え入りそうに吐き出された助けを求める不意の一言。

 これこそがクライムの弱さであり、また願いであった。

 助けを求めた所で都合よく英雄などは現れたりしない。

 前回のモモンガとの出会いだって奇跡のようなものであり、それを再び求めるのは不可能であろう。何より今回はその時の比ですらないのだ。

 誰がこの窮地から救えるというのか。

 目の前の悪魔が嘲笑うようにクライムへと爪を突き立てようと手を伸ばす。

 それが確実に己とラナーの命を奪うのだと直感的にクライムには理解できた。

 全ての終わりを覚悟し、深い絶望の中――

 クライムの身に再び奇跡が起こった。

 ありえぬ程の僥倖。

 それを引き寄せたのはクライムが最後に吐き出した小さな一言。

 

 それはまるで、魔法だった。

 この世界のどんな英雄や魔法詠唱者(マジックキャスター)にも扱えぬ強大な魔法。

 

「――――!」

 

 その時、人知れず上空を移動していた何者かが反応した。

 この場にいる誰も気づかない。

 その何者かは人外たる悪魔すら反応できない速度でこの地へと飛び降り悪魔目掛けて拳を振り下ろした。

 同時にクライムの目の前にいた悪魔が消え去った。

 いや、爆散したのだ。

 

 拳が突き刺さった地面は蜘蛛の巣状に割れ、周囲に悪魔の肉や血が放射状に飛び散っている。

 クライムには一瞬の事すぎて理解が出来ない。

 悪魔とこの人影が急に入れ替わったようにも見えたかもしれない。

 そこにいたのは初老の男性。

 執事と思わしき服装が目につくが、服越しでもその体格の良さが見て取れる。

 

「モモンガ…、そう聞こえたのですが確かですか?」

 

 ゆっくりと立ち上がりながらその老執事が問いかける。

 落ち着いた低い声。

 しかしその声の裏側には様々な感情が渦巻いているようにクライムには感じられた。

 

「え…、あ…?」

 

 唖然とするクライムを余所に、周囲の悪魔達の叫び声が響いた。

 混乱しているのはクライムだけでなく、悪魔達もだっただろう。

 

「キシャァァアアア!」

 

 次の瞬間、悪魔達が徒党を組み老執事へと一斉に襲い掛かった。

 中には単体で、王国最強であるガゼフ、いやアダマンタイト級冒険者である蒼の薔薇の面々すらも相手どれるような猛者達もいる。

 そんな集団を相手に勝ち目のある者などいない、クライムはそう考えていた。

 

「黙りなさい。大事な話をしている最中です」

 

 老執事が振り返り、その悪魔達目掛け拳を振りぬいた。

 

 まるで閃光。

 あまりにも速すぎてクライムには何も知覚出来なかった。

 ただ結果のみがクライムに突きつけられる。

 その一撃で複数の悪魔達の体が跡形も無く四散した。

 あまりにも信じがたい光景、目の前の出来事にクライムは見間違いだろうかと何度も目を凝らす。

 なぜならばその一撃の余波で拳の直線状にいた悪魔達すらも同時に吹き飛んでいたからだ。

 悪魔達でひしめいていた筈の道は嘘のように一瞬で風通しが良くなった。

 

「シャアァァアアアァ!」

 

 それを見た直線状以外にいた無数の悪魔達が再び老執事目掛けて一斉に攻撃を仕掛ける。

 

「少々数が多いですね。ナーベラル、お願いします」

 

 老執事はそう口にして一歩後ろへと下がる。

 次の瞬間。

 

「<連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)>!」

 

 迸る雷撃が周囲を駆け巡った。

 無数の悪魔達を伝播するように龍の形を為した雷が貫いていく。

 この世界の基準では考えられぬ程の魔力の奔流。

 後には消し炭のような何かしか残っていない。

 

「セバス様、どうしてそのような下等生物をお助けに?」

 

 空から浮遊したままナーベラルと呼ばれた黒髪の美女が怪訝な表情でゆっくりと降りて来る。

 

「いえ、無視できぬ言葉が聞こえた為です」

 

 セバスと呼ばれた老執事はクライムへと向き直ると先程と同様の質問を投げかけてきた。

 

「もう一度聞きます。貴方はさきほど、モモンガ、そう口にしましたね?」

 

 セバスがそう問うと後ろにいたナーベラルの表情が一変した。

 それに驚くクライムだが今は何があっても口ごもってはいけないと判断しすぐに返答する。

 

「は、はい…。と、咄嗟の事でしたが口から出てしまいました…」

 

「咄嗟に? なぜでしょうか、理由をお聞きしても?」

 

 そうしてクライムは自分とモモンガの出会いを簡潔にだが説明する。

 自分の恩人であり、またこの都市の多くの恩人でもあると。

 何より、その不死者はこの国の膿を一晩で取り除き国そのものを救ってくれたのだと。

 その際に多くのポーションを提供してくれた事も含めて。

 

「ふむ。ナーベラル、我々は当たりを引いたかもしれませんよ」

 

「セ、セバス様…! し、信じるのですか? モモンガ様がこのような下等生物を自ら助けるなどっ…!」

 

「真実は分かりません。ですが少なくともこの者はモモンガ様と出会っている。アンデッドである事も知っているようですし信用する他ないでしょう。何よりモモンガ様の足取りが掴めた事は喜ばしい事です」

 

 なぜセバス達がこの地へと来たのか。

 ニグレドの探知魔法によりモモンガの死はナザリック全てに伝えられた。

 ただ一つ問題があった。

 モモンガの死亡の瞬間、刹那程の時間しか探知できなかった為か居場所まで特定するに至らなかったのだ。

 次にニグレドが行ったのはこの世界においてモモンガ及び、守護者達に匹敵する者達の捜索。

 モモンガの捜索は当然として、守護者に匹敵するような者達を探したのはなぜか。曲がりなりにもモモンガを殺せるとするならばそういう存在しか考えられないからだ。

 もちろん守護者に匹敵する強者の探知など簡単ではないし、罠も警戒しなければならない。途方もない時間がかかるだろうと思われた。

 だがモモンガの死後、すぐにこの世界の至る所でこんなにも分かり易い事件が起きたのだ。視界さえ飛ばしていればニグレドで無くとも気付く規模。

 ナザリックが動かぬ筈などない。

 

「そ、そうであるならばこの下等生物から無理にでも情報を引き出し…!」

 

「モモンガ様がお助けになられた者達です。無闇に傷つけるのは控えた方がよいでしょう。何より彼は知っている事を全て話してくれたように思います」

 

 納得がいかないようなナーベラルを諭すセバス。その時、<伝言(メッセージ)>の魔法がセバスへと届く。

 

「ソリュシャンですか、どうしましたか」

 

『セバス様。エントマと共に、コキュートス様から借り受けている八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達の協力のもとモモンガ様の御身を捜索していた所、とある貴族の屋敷でナザリック製のポーションらしき空き瓶を大量に発見しました。もしモモンガ様から盗んだ物であるならば万死に値します。すでに建物内にいた話の通じぬ邪魔な悪魔共は皆殺しにしております。屋敷の主人と思われる人間には知っている事を口にするように命じているのですが何も喋りません、幼い子供もいるようですし拷問しても?』

 

 通話越しにソリュシャンと呼ばれた女性は理路整然と、しかし畳みかけるようにセバスへと報告と上げる。

 その声色の下には抑えきれぬ程の憎悪が滲んでいた。

 

「ま、待って下さい。新たな手掛かりを得ました。こちらでモモンガ様が自ら助けたと思しき青年を保護しています。彼の話によればポーションは傷ついた民達へと下賜されたもの、何よりこの国全体が一度モモンガ様により救われているようなのです」

 

『モ、モモンガ様自ら!? な、なぜでしょう!? か、下等生物たる人間にこれだけのポーションを分け与えるなどっ…!』

 

「理由は分かりません。我々には思いもよらない深遠なる御考えがあるのでしょうが…。少なくともモモンガ様が本当に助けたのならば無闇に傷付ける訳にはいかないでしょう。彼等だけではありません、場合によってはこの都市の人々全てを助けるつもりでいて下さい」

 

『りょ、了解致しました…。し、しかし都市全ての人間を助けるとなると悪魔の数が多すぎるのでは…。これでは助けるなどとても…』

 

「そうですね、しかしこの悪魔共はモモンガ様を手にかけた張本人かその仲間達の可能性が高いのです。どちらにせよ皆殺し以外に選択肢などありますか?」

 

 セバスのその言葉で通話越しのソリュシャン、横で話を聞いているナーベラルからも殺意が一気に溢れ出た。

 モモンガが殺されたという事実が再度彼女達の腸を煮えくり返らせる。

 

『…そうですわね、セバス様の仰る通りですわ…! どんな理由があろうとも至高の御方に手を上げるなど許される事ではありません…! 悪魔共の抹殺は当然として、とりあえず不本意ではありますが人間共を助けるように動きます。もちろんモモンガ様の捜索のついでとしてですが…』

 

「ええ、お願いします」

 

 そうしてセバスはソリュシャンとの<伝言(メッセージ)>を切る。

 

「ナーベラル、少なくともポーションの裏付けは取れましたよ。まだ本当にモモンガ様が下賜したかまでは判断できませんがナザリック製のポーションが存在する事は証明されました。ひとまずこの青年の言葉は信用してもいいでしょう」

 

「了解しました…。ですがもしそのゴミムシが嘘を吐いていたら四肢を引き千切って殺してエントマの餌にしますので…!」

 

「構いません」

 

「えっ!?」

 

 クライムにはよく分からないがとんでもない話をされているのではと彼の本能が訴える。

 

「どうしましたか? 嘘は言っていないのでしょう? それならば心配する必要はありません。モモンガ様が貴方を守ったと仰るならばその真偽が付くまでは我々がお守りします」

 

「よ、よろしくお願いします…」

 

 こうして状況を完全には把握していないものの、クライムとラナーはセバス達に庇護された。

 

「さて、他の者達にも連絡をしておかなければ…」

 

 

 

 

「良かったわね、貴方達を殺す事は無さそうよ」

 

 屋敷の中で15体の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)を率いるソリュシャンが目の前で震えるレエブン侯らへ言葉をかける。

 レエブン侯は嫁と子供を強く抱きしめたまま震えている。周囲には彼の子飼いの冒険者達、及び生き残った使用人などもいるがその全員が小さくなり震えている。

 それもそうだろう。

 人間からすれば見るもおぞましい姿をした八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達が彼等を完全に囲んでいるのだから。先ほどからの理解できぬ問いかけに口ごもるのも仕方ないといえる。

 何よりこの者達は何も無い空間から突如として現れ、あの屈強な悪魔共を簡単に皆殺しにしたのだ。

 そんな未知の者に怯えるなという方が無理であろう。

 

「リ、リーたんだけは見逃してくれ! お、お願いだ! この子だけは…!」

 

 勇気を振り絞るようにレエブン侯が声を上げた。

 

「聞いていなかったの? 貴方達は殺さない。むしろ守るようにとの命令が下ったわ。貴方達が本当にモモンガ様からこのポーションを下賜されたというならば無碍にする訳にはいかないし…」

 

「へ…?」

 

「安心するですぅ。セバス様から殺すなって命令があった以上殺さないですぅ。私もぉ本当は人間のお肉がいいけどぉ今は悪魔肉で我慢んん、でもやっぱり美味しくないぃ」

 

 そう言ってソリュシャンの横にいた着物姿の小柄な女性、エントマがひょこっと顔を出す。その手には齧りかけの悪魔の死体があった。

 

「ひ、ひぃぃぃいい!」

 

 レエブン侯らがその所業を見て恐怖に震える。

 

八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)、三体この者達の守護につきなさい。本当は人間如きに戦力は割きたくないのだけれど、本当にポーションを下賜されるような人間ならば一応は優先して守っておくべきでしょうし…。でも貴方達がやられそうになったら見捨てて逃げても構わないわ」

 

 

 

 

 都市の一角、この神殿は命からがら逃げのびた者達の拠点となっていた。

 かなり大きな建物で数百を超える人数が集まってもなお余裕がある広さなのだが今はそうではない。生き残った冒険者に加え、多くの民達がここに逃げ込んでいるからだ。

 

「良かった…、これだけの人が生き残っていたなんて…」

 

 まだ生き残ってる人々がいる事に安堵するラキュース。

 ガゼフの案内により蒼の薔薇もここに逃げ込む事が出来た。

 

「何より貴方達、蒼の薔薇を見つける事が出来てよかった。幸いこの神殿に張られた結界のおかげで悪魔共は中々近づけないでいる。とりあえずはなんとかなるだろう。だが問題は怪我人だ。この非常事態、神官の方々も無償で治療をしてくれているが中には重症を負った者達も多くてな…」

 

 ガゼフは申し訳なさそうに告げる。

 彼の後ろには傷ついた多くの者達が横たわっていたからだ。

 中にはガゼフの言うように瀕死の重傷を負っている者も多い。この神殿にいる神官達の魔法では回復が追い付かないのだろう。

 幾ばくの余裕もない。このままでは多くの者が命を落とすだろう。

 

「…! 分かりました、私もすぐに治療に参加します。ガガーラン、ティア、ティナは外の様子を見て来て」

 

「おう、だがよこのままここにいてもいつ悪魔共に突破されるか分からねぇぞ」

 

「でもここから出たら死」

 

「流石筋肉ダルマ、脳みそまで筋肉」

 

「うるせぇぞティア、ティナ! そんな事わかってんだよ! だがこのままずっとここにいても…」

 

 ガガーランがそう言いかけた時、外で爆音が響いた。

 

「な、何が起こったっ!?」

 

「け、結界が破られました! う、うわぁぁああ!」

 

 神殿の敷地内に張られた結界が破れ、無数の悪魔達が神殿へと押し寄せる。

 

「どうするガゼフ?」

 

「アングラウスか。もう手は無いな…、こうなれば討って出て少しでも多くの悪魔を道連れにしてやるさ」

 

「ははは、もう王国戦士長じゃないってのに真面目な奴だな、付き合うぜ」

 

「お前まで無理に付き合う事は無いんだぞアングラウス」

 

「馬鹿言うなよ、討って出ても出なくてももう同じだ。なら俺だって一匹でも多くの悪魔を斬り伏せてやるさ」

 

 そうしてガゼフとブレインが神殿の外に出ようとした瞬間――

 道にひしめいていた悪魔達の何体かが突然吹き飛んだ。

 

「フッ!」

 

 メイド服を着た、しかし手にはガントレットをはめた不思議な出で立ちの女性がその拳でもって次々と悪魔を吹き飛ばしていく。

 

「ユリ姉ー、数が多くてキリないっすよー」

 

 その近くでこちらもまたメイド服を着た褐色の女性が聖印を象ったような巨大な武器で次々と悪魔達を押し潰していく。

 

「ルプー! 文句を言わない! セバス様から通達があったでしょう?」

 

「分かってるっすよー! ただ人間共を守りながらこの数を捌くのは流石にキツイっす!」

 

 神殿を囲んでいる千を超えるであろう悪魔達を二人のメイドが次々と殴殺していく。それも神殿内に侵入しようとする悪魔から優先的に。

 それを見ていたガゼフ、ブレイン、蒼の薔薇達は唖然としていた。

 彼女達は何者なのか。 

 だが最も驚いたのはその強さだ。

 ガゼフやブレイン、蒼の薔薇ですら苦戦するような悪魔達を難なく処理していく。

 そんな彼等の前に、悪魔達の死体を踏みしめながら奥からもう一人のメイド、いや犬の頭を持つメイドが神殿へと歩み寄ってきた。

 

「い、犬!? モ、モンスターか!?」

 

 ガゼフ達が咄嗟に犬頭のメイドへと剣を向ける。

 

「警戒する必要はありません…………わん」

 

 そう言うと犬頭のメイドが手をかざし魔法を発動する。

 

「っ!? ま、魔法!? み、皆逃げ―――」

 

 ラキュースが魔力を感じ声を上げる、だが。

 

「<魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)><完全なる大治癒(パーフェクト・ヒール)>」

 

 神殿内での傷ついた者達を覆うように巨大な光の柱が出現した。

 月の光のように優しく輝く光の柱は範囲内にいる者達の傷をみるみる内に癒していく。

 重傷者はもちろん、四肢欠損さえしていた者がまるで嘘だったかのように元通りになっていく。

 死の一歩手前にいた者すらも嘘のように回復していく。

 それを見たラキュースは驚きを隠せなかった。

 高位の信仰系魔法を修める彼女ですらこんな魔法は知らない。

 それどころかこんな奇跡のような魔法など御伽噺ですら聞いた事のないレベルだ。

 まさに神の御業。

 

「あ、貴方は一体…」

 

「ただのしがないメイド長です…………わん」

 

 

 

 

「見つけた」

 

 この都市で最も高い塔の上、その場所で眼帯を付けた少女がポツリと呟く。

 

「首謀者の悪魔達を見つけたのですか? シズ」

 

 その横で浮遊する一人の少女がシズへ呼びかける。

 髪飾りを付け、シンプルな真っ白いドレスを着たか弱い少女。

 

「うん、守護者級の悪魔が2体。その周囲には最高位の悪魔達が30体もいる。私の狙撃でどうにか出来る数じゃない」

 

「それは困りましたね…、ではあの者達はセバス様にお願いするしか?」

 

「うん、それしかない。でも問題がある」

 

「問題?」

 

「あの最高位の悪魔達、全員が<最終戦争・悪(アーマゲドン・イビル)>を発動してる。このまま増え続ければ悪魔の数は万を超える」

 

「あら、大変です」

 

「なにより守護者に匹敵するあの2体の悪魔、生贄召喚をしてる。あ、また悪魔数百を引き換えに最高位の悪魔が召喚された。これはマズイ、それで召喚された悪魔がまた<最終戦争・悪(アーマゲドン・イビル)>を発動した。このままじゃ永遠に悪魔が増え続けるかも。いくらセバス様でもあの数相手に戦いを挑むのは無謀」

 

 無表情のままシズが「うーん、困った」と呟く。

 

「召喚系モンスター達ですか…、分かりました。私がやります」

 

「!? で、でもモンデンキント…、あれを使用したら…」

 

 シズが怯えたように彼女の名を呼ぶ。

 月の子(モンデンキント)、それがこの少女の名前だ。

 武力も魔力も知力も無い、ただのか弱い一人の少女。

 

「問題ありません、その為に私は来たのですから。全ては至高の御方の為。この名を授け、私を救ってくれた創造主様に報いる為です。何より、この哀れな人々を見殺しにするなど私には出来ません。シズ、後は頼みました。セバス様によろしくお伝え下さい」

 

「…、わかった…」

 

 シズが頷く。

 至高の御方の為、その為であればナザリックのシモベ達は何の躊躇も無くその命を投げ出す。

 それは当然であり、誰もそこに疑問は抱かない。

 

 モンデンキントが真っ赤な装丁をされた本を取り出す。

 

「‐ここは私の国。統治はすれど、何も強要せず、権力も行使しない。何者も裁かず、またいかなる判断も下さない。善なるものも悪なるものも、賢者も愚者も、美貌も醜悪も何もかも分け隔てなくあらしめる‐」

 

 彼女とその手に持つ赤い本が徐々に魔力を帯びていく。

 

「‐ここは私の国。全てが私の血肉で、想像の源。この命なくば存在しえぬ儚げな世界。そう、これは『はてしない物語』‐」

 

 それは詠唱。

 強力な魔法になれば発動までに長い時間が必要になる。

 彼女はその間、この言葉を詠唱する。そう創造された。

 この言葉自体に意味は無い。しかしこの詠唱をしながら彼女は複数の魔法とスキルの重ね掛けを行っていたのだ。

 

「‐ここは私の国。やがて"虚無"に全てが飲み込まれる‐」

 

 それが詠唱の終わり。

 時間をかけ、彼女の魔法が発動した。

 ユグドラシルでも最高峰の空間魔法。断絶した世界へと対象者を引き摺り込む魔法だ。

 しかしモンデンキントの魔法は少々特殊である。

 特化している分、非常に強力だがより多くの制約がつく。

 だがこの場においてはそれは枷とはならなかった。

 

「……!」

 

 都市を見下ろしていたシズが目を見開く。

 モンデンキントの事は知っていたがこの魔法を実際に目にするのは初めてだからだ。

 

 "虚無"が一瞬にして都市中を飲み込んだ。

 そう、まさに"虚無"としか形容できぬ何か。

 あまりにも実態が無さ過ぎて異様としか形容できない。

 ただ理解出来ない何かがそこに広がっている。

 暗闇でもなく、また漆黒でもない。ただただ"虚無"。

 "虚無"は都市中を飲み込むと共に、あらゆる人間達と悪魔達に触れた。

 都市内にいた人間達はもちろん悪魔達も何が起こったのか誰も理解出来ない。

 

 やがてその"虚無"は唐突に消え失せる。

 多くの悪魔達と共に。

 都市に溢れかえっていた筈の悪魔達のほとんどがその"虚無"に引き摺り込まれた。

 そしてモンデンキントの姿もまた無かった。

 まるで己すらも飲み込まれたように。

 

 

 

 

 ここは空間魔法の中、隔離されたどことも繋がっていない世界。

 

 その中心にはモンデンキントがちょこんと座っている。

 周囲には都市中に溢れていた筈の万にも迫る悪魔の軍勢。

 

「ようこそ皆さま、ここは私の国。貴方達はもう()()()()()です」

 

 ニコリとモンデンキントが笑う。

 しかし周囲の悪魔達はその言葉を理解しようともしないし、またできない。ただ荒れ狂う殺意をモンデンキントへと向ける。

 そして悪魔達がモンデンキントへと襲い掛かった。

 武力も魔力も知力も無いモンデンキントはいとも容易く悪魔達に殺される。

 手足は引き千切られ、臓物を抉られ、無残な姿に。

 

 だが次の瞬間、終わりが訪れた。

 世界の、この空間の終わり。

 この空間はモンデンキントが存在してこその世界。

 彼女が死ねば全てのものが無に帰す。

 悪魔達も例外ではない。

 この空間に隔離された以上、すべてのものがモンデンキント無くして存在できぬのだ。

 彼女を殺す事は、己の死を意味する。

 空間が消滅し、万にものぼる悪魔の軍勢は、その全てが滅びた。

 最高位の悪魔達であろうとも例外ではない。

 誰にも知られず、また見られる事もなく、ただあっけなく。

 

 戦闘能力を有さず、ただこの空間魔法に秀でた一点特化型のNPC。

 そういう意味ではナザリックの第八階層守護者であるヴィクティムに近いかもしれない。

 彼女の特化している能力は『召喚された者を自分の空間に隔離する力』。

 ユグドラシルでも召喚されたモンスターを排除する魔法やスキルは存在する。それを練り上げ、他の魔法も重ね合わせたもはやモンデンキントのみの究極技と言っても良いだろう。

 プレイヤーや傭兵NPC等には一切力が及ばず、召喚された者のみ。

 しかしそれ故に召喚された者であるならばレベルや数を問わず、いかなる者も逃さない。

 代償として自分も同じ空間に隔離されてしまうが、己の死と引き換えにこの空間内の全ての者を滅ぼす事が出来るという特性も合わせ持つ。

 それがモンデンキントの力。

 

 月の子(モンデンキント)、またの名を"幼心の君"。

 

 

 

 

 悪魔達を次々と処理するセバスとナーベラルは都市を覆った"虚無"に気付く。

 一瞬で都市中を飲み込み、また一瞬でその全てが消えた。

 ただ一つ違ったのはセバス達の目の前にいた筈の無数の悪魔達が姿を消していた事だ。

 先ほどまでの地獄のような喧噪など嘘のように静まり返っている。

 

「これはモンデンキントの力…! ということは…。ありがとうございます。貴方の死は無駄にはしません」

 

 すぐに仲間の死を悟り、感謝を告げるセバス。

 それと同時に再びセバスの元に<伝言(メッセージ)>の魔法が届いた。

 

『セバス様』

 

「シズですか、今のはモンデンキントですね?」

 

『そう。おかげで悪魔達のほとんどが滅び、また敵の全勢力が把握できた。残ってるのは守護者級の悪魔が2体、最高位の悪魔達が8体。上位が40、中位が約100、低位が約250。上位と中位なら私達プレアデスと八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)で各個撃破していけば十分に対処可能。まあ低位なら現地の人間でも倒せると思う』

 

「なるほど、問題はその2体の悪魔と8体の最高位の悪魔達ですか」

 

『うん、私達プレアデスがセバス様のフォローに回れば上位と中位がフリーになる。こいつらは人間達じゃ対処が難しそうだから後回しにすれば被害が拡大する』

 

「それは避けたいですね…、構いません。プレアデスは上位と中位を相手にして下さい。残りは私が相手をします。いやはや、彼等に付いて来てもらって本当に良かった。後は任せて下さい」

 

『うん』

 

 そうしてセバスはシズとの通話を終えるとナーベラルに向き直る。

 

「ナーベラル、これから私は敵の首魁を潰しに行きます。貴方はこの保護した者達を連れてユリ達と合流して下さい」

 

「し、しかしセバス様御一人で…!?」

 

「まさか」

 

 セバスの言葉と同時に、いつの間にかナーベラルの後ろに複数の影があった。

 

「あ、貴方方は…! なるほど、お任せした方がいいようですね」

 

 そう言って一礼するとナーベラルは保護した人間達を誘導しユリ達の元へと向かう。

 

「さて、話は聞いていましたね?」

 

「ええセバス殿、我々の出番ですな」

 

 そう言って現れたのは6体のアンデッド。

 

「はい、お願いしますよティトゥス」

 

「もちろんです。親愛なるモモンガ様の為、我々もその力を振るわせていただきましょう…! 慈悲などありません…! モモンガ様に仇名す者達に絶対なる死を…!」

 

 彼の名はティトゥス・アンナエウス・セクンドゥス。

 ナザリック第十階層内「最古図書館(アッシュールバニパル)」の司書長である。

 

 そして後ろに控える5体のアンデッド達。

 アウレリウス。

 アエリウス。

 ウルピウス。

 コッケイウス。

 フルウィウス。

 いずれもレベル80を超える死の支配者(オーバーロード)である。

 

 

 

 

 バハルス帝国、帝都アーウィンタール。

 

 

 都市は半壊し、皇城から逃げようとするジルクニフ達の目の前にはキマイラが立ちふさがっていた。

 ユグドラシルでもレベル80を超える最上位モンスターである。

 そのキマイラがジルクニフ達へと口を大きく開ける。

 都市を半壊させた時と同様のブレスを吐き出そうとしているのだ。

 

「ここまでか…」

 

 己の死を悟り、諦念と共に小さく呟くジルクニフ。

 そしてキマイラの口から炎のブレスが吐き出されたようとした瞬間――

 

 キマイラの体が突如見えない何かに圧し潰された。

 地面はヒビ割れ、クレーターのように大きく陥没。

 その中心でキマイラの体がメキメキと異音を鳴らしながら徐々に平たく潰れていく。

 

「ガ、ガァァァァ…!」

 

 苦しそうなキマイラの悲鳴が零れ出る。

 その時、彼等を覗き込むように上空に巨大なドラゴンが二体浮遊していた。

 

「こ、今度はドラゴンだと!? 一体何が…!」

 

 ジルクニフを庇うように前に出ていたバジウッドが声を上げる。もちろんその疑問はこの場にいる全員同じであっただろう。

 その時、一体のドラゴンの背から小柄な闇妖精(ダークエルフ)の少女がキマイラの元へと降りてきた。

 

「ぼ、僕たちモモンガ様を探しているんです。居場所を知っていたら教えて下さい…」

 

 圧し潰されているキマイラへと質問を投げかける闇妖精(ダークエルフ)の少女。

 怒りに満ちた瞳とは裏腹にその口調はたどたどしい。まるで演技か何かのように。

 

 そして押し潰されている状況で質問の答えなど返ってくる筈も無い。ただキマイラの苦しそうな声が上がるだけだ。しかし闇妖精(ダークエルフ)の少女はそう思わなかったようだ。

 

「どうして答えてくれないんですか…? 敵だからですか…? 貴方がモモンガ様を殺した張本人だから…!? ゆ、許せない…、許せない…!」

 

 狂ったように怒りの声を上げる少女。それに呼応してキマイラの体への重圧が増し、目に見えて体がひしゃげていく。

 

「グ、グアァァ!」

 

 最後の力を振り絞りその少女へとキマイラがブレスを吐き出そうとした刹那――

 

 上空に浮遊していたドラゴンの一体が高速で滑空しキマイラ目掛け降り立つ。

 重量のある体とその勢いもあってか足で思い切り踏みつけられたキマイラの頭部は潰れ、脳漿を撒き散らした。

 

「違った…。モモンガ様がこの程度の奴に殺される筈がありません…。そもそも話が通じないし…。もしモモンガ様と関係無いなら苦しませず殺すくらいはしてあげるのに…」

 

 瞳に暗い色をたずさえたまま少女がポツリと呟く。

 次にその少女はジルクニフ達へと視線を向ける。

 即座にジルクニフは本能的に身の危険を感じた。

 言葉は話すものの、まるで今殺された化け物以上に話が通じないのではと思わせるような謎の凄味が目の前の少女にはあったからだ。

 

「貴方達は何か知っていますか? 僕たち、モモンガ様を探しているんです…」

 

 少女の氷のような視線がジルクニフを射抜く。

 一つでも対応を間違えれば終わりだと理解したジルクニフは少女に必要とされる何かを引き出せるような言葉を頭をフル回転させ必死で絞り出す。

 相手が何者で、現状この国に何が起こってるかなど余計な事を問う暇も無ければ余裕も無い。

 

「も、申し訳ないがそのモモンガという者は…」

 

「モモンガ様です…!」

 

 敬称を付けなかった事が怒りを買ったのだろう。少女から僅かに殺気が漏れる。

 

「し、失礼した! そ、そのモモンガ様なる人物だが我々は知らない…!」

 

 ジルクニフは即座に敬称を付け言いなおした。

 今はそんな事に拘っている場合では無いし、何より目の前の人外たる少女が異常な敬意を払うような者を探しているという情報を入手できた事を有効活用した方が良いとジルクニフは考える。

 しかしその言葉を聞いた少女の目からジルクニフへの興味が一気に失せるのを感じた。

 だからこそ矢継ぎ早にジルクニフは次の言葉を捲し立てる。

 

「だが! 我が配下や国民までもそうとは限らない! 私はこの国の皇帝ジルクニフ! ここは人口800万を超える大国であり旅人も多い! 貴方が探すような人物を知っている者がいる可能性は十分にある! もちろん私の権限で貴方の探し人の捜索を全力で手伝うとここに誓おう! そ、それに貴方が敬愛するような偉大な人物ならいつか私もお会いしたいものだ…! さぞかし素晴らしい人物なのだろうな…!」

 

 この緊張の中、噛まずによく言えたとジルクニフは自分を褒めたい気持ちになった。

 そして人口の多さをウリにした為か、あるいはそのモモンガなる人物を褒めたせいか分からないが目の前の少女の殺気が薄れるのをジルクニフは感じた。

 

「手伝ってくれるんですか…?」

 

「も、もちろんだ! 我が名において全力を尽くし助力する事を約束する! し、しかしだな…、協力するとは言ったが、そのモモンガ様を探そうにもこの混乱では…! 何よりモモンガ様を知っている者がいたとして死んでしまっては元も子もないのだが…」

 

 もっと余裕があり情報があれば高度な駆け引きが出来たであろう。

 それに目の前の少女が子供であるという要因がこのような分かり易い言葉を選択した理由でもある。

 流石に露骨過ぎたかと反省するジルクニフだが、結果としては悪くなかった。

 

「なるほど、確かにそうですね…」

 

 そう呟くと少女は<伝言(メッセージ)>の魔法を使用した。

 

「もしもし聞こえますか」

 

『はっ! これはマーレ様!』

 

「偶然この国の王様と話したんですけど国を挙げてモモンガ様捜索を手伝ってくれるみたいです。別にわざわざ助ける必要はありませんが無闇に人間は殺さないでください。セバスさんからの報告の件もありますし…。もしかしたら何か知っている人もいるかもしれないので」

 

『了解しました! ではこれから本格的に交戦してもよろしいでしょうか? 全軍すでに準備は整っております』

 

「はい、お願いします。どうやら敵は話も通じないようですし皆殺しで。スピアニードル達は敵の多い所を襲撃。戦闘馬(アニマルウォーホース)達はその機動力を生かして敵を攪乱。竜の縁者(ドラゴン・キン)部隊は他のシモベ全てを率いて敵を殲滅しながら都市の南から北上して下さい。細かい討ち漏らしは気にせずどんどん進んで構いませんから」

 

『了解しました! ではこれより進軍を開始します!』

 

 そうしてマーレと呼ばれた少女は<伝言(メッセージ)>を切るとまた新たに<伝言(メッセージ)>を発動させた。

 

「もしもし、恐怖公さん」

 

『おお、マーレ殿。我輩達はいつでも良いですぞ。モモンガ様の敵は我らの敵…! 何があろうと討ち滅ぼしてくれましょう! それに我が眷属も久々に人の肉を口に出来るかと思うと昂っているようでして…』

 

「その事なんですかこの国の王様がモモンガ様捜索に協力してくれる事になりました。なので無闇に人間を食べないでくれると嬉しいんですけど…」

 

『なんと! しかし、そうですな…。今はモモンガ様の捜索が第一…、人間の肉などにかまけている場合ではありませんでしたな…』

 

「それでさっきシモベに進軍の指示を出しました。予定通り、彼等が討ち漏らした者達は恐怖公さんにお願いしてもいいですか?」

 

『もちろんでございます! 我輩と我が眷属がどんな者をも逃がしません! どこに隠れようと必ず見つけ出し骨になるまで食い尽くしてご覧にいれましょう! 我が騎乗ゴーレムであるシルバーゴーレム・コックローチも久々の戦いに胸を躍らせています!』

 

「よろしくお願いします」

 

 そう言ってマーレが<伝言(メッセージ)>を切った次の瞬間、遠くから地響きと雄叫びが聞こえた。

 

「な、何が…!」

 

 突然の事にジルクニフが声を上げ、遠くを見る。

 城の上階では無い為、都市全てを見下ろせる訳では無いがそれでも焼け野原となった都市の向こうに軍勢とも呼ぶべき大軍の姿が見て取れた。

 まさに異形。

 その者らは姿を現すなり、この都市を襲っている魔獣達と激しくぶつかり合い戦いなった。

 またその後ろでは巨大な黒い津波のようなものが発生し、次々と魔獣達を飲み込んでいく。

 

「じゃあ僕は行きます。敵のリーダーを潰さなきゃいけないので…」

 

 そうしてマーレと共に二体のドラゴンが上空へと飛び立つ。

 残されたジルクニフ達は訳が分からぬまま、その場に取り残された。

 

 

 

 

 ローブル聖王国、首都ホバンス。

 

 

 突如、天使達の襲撃により都市と大神殿は半壊。

 レメディオスとケラルトは国の指導者であるカルカだけでもと、残った聖騎士達を率いて逃亡を図るがそれも無駄に終わる。

 逃亡の甲斐なくすぐ天使達に包囲され、殺されるのも時間の問題といえた。

 

「くそっぉ! せ、せめてカルカ様だけでも…!」

 

 レメディオスが怒りと悔しさに声を上げる。

 その後ろにいるケラルトも同じ気持ちであろう。可能ならば天使達を口汚く罵ってやりたいとさえ思う。そうしないのはそれが意味ないと理解しているからだ。

 カルカはそれでも奇跡に縋っているのか必死で祈りを続けている。

 やがて天使達が彼女達にトドメを刺そうとした瞬間、どこからか旋律が聞こえた。

 

 都市中に響くのではと思う程の音でありながら、しかし騒音とはまた違う謎の調べ。

 まるで脳内に直接響いているのではと錯覚する程の。

 

 その演奏はどんどんと勢いを増し、不気味で暗澹たる調べが脳内で鳴り響く。

 演奏が激しくなるにつれ、聞いている者はどんどんと憔悴していく。

 体から力が抜け、思考が纏まらない。

 カルカやケラルト、屈強な体を持つレメディオスでさえそれに抗う事が出来ず、苦しみのあまりその場に膝を突く。

 頭が割れるような、脳が震えるような、また何か心惹かれ魅了されるような、自分が自分で無くなるような異様な旋律。

 その音は都市中に響いていた。

 カルカ達だけではなく、都市内のあらゆる人間達がその音に膝を折り悲鳴を上げる。

 だがそれは人間達だけではない。

 この都市を襲っている天使達でさえ、この音により動きが鈍くなっていた。

 

 それはこの都市の一角から発生していた。

 いつの間にそれらはいたのか。

 都市がこんな状況でありながら演奏をし続ける異様な集団。

 それらは人ではなく、異形だった。

 

 演奏をしている者達を率いるのは醜悪な者。

 象とも蛭ともタコとも形容できぬ奇妙な頭部を持つ者、それがタキシードを着て指揮棒を振っている。

 その者の周囲でヴィオラを引き続ける者達もまた異様。

 誰もがつるっとした頭部に三つの穴がある者達。この者達も同様にタキシードを着用している。

 

「上げよ悲鳴、轟かせよ慟哭、全ての者は我が旋律に狂乱せよ…!」

 

 指揮者が声を上げると演奏はさらに激しくなる。

 音と共に人々の正気は失われ発狂へと導かれる。

 その音が絶頂を迎えようとした時、彼に<伝言(メッセージ)>が届く。

 

『そこまでだチャックモール。目下の目標は天使達だけでいい。人間共は壊すな』

 

 チャックモールと呼ばれた醜悪な者は意外とばかりに声を上げる。

 

「これはデミウルゴス様とは思えぬ指示…! 人間共の事など何を気に掛ける必要がありましょうか!? 貴賤を問わず全ての者へ演奏を届けるのが我が喜びなれば…!」

 

 チャックモールは通話越しにデミウルゴスへ非難を向ける。

 

『それは分かっているがね…、セバスから報告が上がった。王国にてモモンガ様に救われたと思わしき青年と接触したとね』

 

「なんと! 当たりは王国でしたか…」

 

『いや、そうとは限らない。どうやら王国で接触したのは何十日も前の事であるようだしね。しかしモモンガ様がその手でもって人間を助けたという事が問題なのだよチャックモール』

 

「確かに問題ですな、あまりにも不可解…。人間如きをなぜモモンガ様が…」

 

『そう。そして次に疑問なのがなぜこの天使達が人間を襲うのか…!』

 

「…? 仰る事が分かりかねますな。人間のような下等生物などいつ誰に襲われても不思議ではないでしょう」

 

『まだ分からないのかねチャックモール。悲しい事にモモンガ様は何者かに弑された…! 腹立たしいがその者達はそれだけの力を有している事の証明でもある…』

 

「だからこそ我々がその者達へ罰を下す為に出てきたのでしょう?」

 

『そうだとも。しかし考えてみてほしい。モモンガ様は人間共を救った、しかも貴重なポーションを自ら下賜するという破格の待遇でだ…! そしてモモンガ様に大罪を働いた者達が次に選んだのは人間達。中には襲われた亜人共もいるだろうが些末な事。あるいはその者らも同様なのかもしれない…』

 

「…? まだよく分かりませんな…」

 

『つまりだ、モモンガ様は人間共を守ろうとして何者かと敵対した可能性が高い。だからこそモモンガ様の排除に成功したその者達は今人間共を襲っているのだ。それが当初の目的だとするならばね。流石にその理由まではわからないが…。この人間共に利用価値があるのか、それともまた別の理由が…。いずれにしろ重要なのはモモンガ様が自ら救った人間達…。そこには何らかの目的や意図、計画があったに違いない。つまりこのタイミングで襲われている人間共はその全てがモモンガ様が身を挺してまで救う何らかの価値があったとも仮定できる。つまりだ、モモンガ様にとって必要な駒である可能性のある人間共をお前は壊す気でいるのかと聞いているのだチャックモール』

 

「……っ!」

 

 初めてチャックモールの中に動揺が走った。

 

『もちろんまだ憶測に過ぎない。その可能性があるというだけで全く違う理由かもしれない。だが少なくともセバスの得た情報によって点と点が繋がった。世界中を襲っている者達はその全てがモモンガ様と敵対していた者達だろう…。いや、ほぼ間違いないだろうね。ナザリックに匹敵するような軍勢ならば御一人であるモモンガ様が後れを取ったのも理解できる。何よりニグレドの情報通りなら、モモンガ様の死を引き金にその後世界中が同時に襲われたのだ。無関係な筈などあり得ない…!』

 

 デミウルゴスの口調には隠しきれない怒りがあった。

 それと同時に自分の無能さも責めていた。なぜそのような大事な時にお側にいれなかったのかと。

 

「なるほど…。確かに憶測の域は出ませんが事の真偽が付くまでは、モモンガ様と敵対しているであろうこの天使達が襲っている人間共には手を出さぬ方が無難と…」

 

『そういう事です。もちろん邪魔であれば排除するのに躊躇はありませんがね…。あくまで優先すべきはモモンガ様。ゆえに人間共の安否などわざわざ気にする必要はありませんが無理に殺す事もない』

 

「わかりました、とりあえずは天使に集中しましょう」

 

『頼みましたよチャックモール』

 

 そうしてデミウルゴスからの<伝言(メッセージ)>は切れた。

 一度深呼吸し、自分を落ち着かせるチャックモール。

 次にヴィオラの演奏者達へと声をかける。

 

「一先ず人間共は捨て置く、主に我らの旋律は天使達に向ける事とする! さぁ悪夢のような音色を奏でよう…!」

 

 再びチャックモールが指揮棒を振り回す。

 

 チャックモール。

 ナザリック地下大墳墓の中において恐怖公と共に「五大最悪」と呼ばれる内の一人。

 上位二重の影(グレーター・ドッペルゲンガー)で構成されたエーリッヒ擦弦楽団を直轄の配下として持つ。

 その演奏により大規模のデバフ、幻惑効果を及ぼす事が出来る。

 

「全ては至高なる御方、そして『暗闇の調べ』様の為に…!」

 

 

 

 

 チャックモール達の演奏が再び聖王国中に響く。

 その演奏により天使達の多くの動きが鈍り、また混乱していた。

 

「今が好機だ。十二宮の悪魔達は私に付き従え。憤怒の魔将(イビルロード・ラース)嫉妬の魔将(イビルロード・エンヴィー)強欲の魔将(イビルロード・グリード)はそれぞれ配下の悪魔達を率い都市内の天使共をその場に留めろ、一匹も自由にさせるな…! モモンガ様に敵対した事を後悔したくなるほど徹底的に潰す…!」

 

 デミウルゴスは宝石の瞳を剥き出しにする程、怒りの表情を浮かべ命令を下す。

 かろうじて自制出来ているのはその強い忠誠心ゆえだろう、しかしこの怒りの源もやはり強い忠誠心によるのだが。

 最高位の悪魔である十二宮の悪魔達。

 さらにレベル80を超える魔将達はそれぞれ4体ずつ存在し、合計12体。

 だが主力はそれだけではない。

 

奈落の支配者(アビサル・ロード)深遠の悪魔(アビス・デーモン)達を率い、この国の重要人物を確保しろ。モモンガ様の情報を引き出せるかもしれないし、そうでなくても使い道はある。影の悪魔(シャドウ・デーモン)達は引き続き各地に散り、モモンガ様の捜索及び天使共の動きを知らせろ。さぁ行け!」

 

 奈落の支配者(アビサル・ロード)も魔将達同様レベル80を超える。

 魔将達も含め、これらの全ての最高位の悪魔達は無数の配下を持つ。

 それが聖王国中へと散ったのだ。

 

 同時刻、謎の演奏から突如として解放されたカルカ達は空を見上げる。

 空が黒く染まったのではないかと思う程の景色がそこにはあった。

 正体は空を覆う程の無数の悪魔達。

 その悪魔達は殺意を剥き出しにし地上へと舞い降りる。

 

「あ、あぁ…、こ、こんな事が…」

 

「そ、そんな…」

 

「世界の終わりだ…」

 

 カルカもケラルトもレメディオスも悲痛の声を上げる。

 天使の軍勢により聖王国は半壊、それだけでは終わらず次に現れたのは無数の悪魔達。

 悪意の象徴にして、悪徳の権化であり、あらゆる生命の敵。

 神話級の存在であり、世界の終わりを告げる者とも形容される。

 

 まるで地獄のような光景を前にカルカ達は絶望するしか出来なかった。

 

 

 

 

 アベリオン丘陵及びエイヴァーシャー大森林。

 

 

 突如現れたアンデッドの集団によりアベリオン丘陵では多くの亜人の命が散り、エイヴァーシャー大森林では王の死と共に森妖精(エルフ)の国は滅びた。

 そんな中、生き残った森妖精(エルフ)達は森の中を必死で逃げる。

 即座に全滅する事が無かったのは森が彼等の庭とも言える環境だったからだろう。

 しかしそれを追うアンデッド達は疲れも知らず、ただただ森妖精(エルフ)達を追う。

 やがてその魔の手が森妖精(エルフ)達に届くのは必然ともいえた。

 

「いや、やめて…! 死にたくない…!」

 

「な、なんでこんな…! 助けて…!」

 

 アンデッドに囲まれた森妖精(エルフ)達が泣きながら命乞いをする。

 しかしアンデッドにそんなものが通用する筈が無い。

 そして森妖精(エルフ)にアンデッドの手が届くその時、唐突にアンデッド達の体が砕け飛んだ。

 何が起きたのか分かったのは周囲のアンデッド達が全て動かぬ骸となった後だ。

 

 森妖精(エルフ)達の目の前に現れたのは漆黒の大狼。

 神々しさすら感じられるその美しい毛並みと立ち振る舞いに森妖精(エルフ)達は見惚れる。

 瞬き程の時間で無数のアンデッド達を屠った恐るべき大狼。

 まさに神獣。

 規格外の強さを持つ自分達の王でさえ、比較にならぬ程の威圧感。

 森妖精(エルフ)達は恐怖ではなく、畏敬を以て大狼へ感謝を告げようとした時さらに何者かが姿を現した。

 

「フェン、片付いた? どうやら森の北の方で私に匹敵する奴等を発見したらしいから数で圧し潰すよ」

 

 それは闇妖精(ダークエルフ)の少年だった。

 まだ声変わりもしていないのか女の子のような声。

 しかし森妖精(エルフ)達がその少年を見て最も驚いた事は、神獣を使役しているであろう事でも、その見事な服装にでも無い。

 

 その瞳だ。

 左右で輝きの違う虹彩異色(オッドアイ)

 森妖精(エルフ)の王族であるその特徴を少年は持っていたのだから。

 

「あ、あぁ…! お、王…! 我らが王…!」

 

 森妖精(エルフ)達が祈りを捧げようとした頃、もう少年の姿はそこにはなかった。

 時を同じくして森のあらゆる場所でアンデッド達が殲滅されていた。

 これにより多くの森妖精(エルフ)達が命を拾う事になるのだが、運よくその少年の姿を目にする事の出来た者達は口々に真なる王の出現を口にした。

 最も少年にそんな意識はまるでなかったのだが。

 

「クアドラシル!」

 

 フェンと呼んだ大狼に乗り高速で移動する少年はその名を呼ぶ。

 それと同時に何も無い所から一匹の爬虫類を思わせる獣が姿を現す。

 

「そっちも片付いたみたいだね、じゃあ行くよ! モモンガ様に敵対した奴等なんて一匹も逃さないんだから…! 全員で徹底的にやるよ!」

 

 闇妖精(ダークエルフ)の少年、もとい男装した少女であるアウラ・ベラ・フィオーラ。

 彼女は弟のマーレと共にナザリックにおける第六階層守護者である。

 今回は己の使役する直属の魔獣を除き、第六階層全ての配下をマーレに預けた為に現在彼女の勢力は守護者の中でも最低数となっている。

 

 総数、わずか100。

 この数でアベリオン丘陵とエイヴァーシャー大森林を襲う無数のアンデッド達を相手どらなければいけない。

 だがそれで十分なのだ。

 アウラの使役する100体の魔獣達の最高レベルは80にもなる。そんな者達がビーストテイマーとして最高位の能力を持つアウラの支援によりレベル90にまで引き上げられるのだ。

 群としての強さは守護者の中でも抜きん出て最強。

 個としては守護者の中でブービーだが、配下を含めた集団戦になれば他の守護者達すらも圧倒出来る程の強さを誇る。

 それがアウラと彼女の魔獣達。

 

 ここは彼女の最も得意とする戦場なのだ。

 

 

 

 

 トブの大森林。

 

 

 暗闇から這い出た亜人達とザイトルクワエの戦い。

 それは苛烈を極めたが、最終的に出てきた4体の都市守護者達によりザイトルクワエは跡形も無く滅ぼされた。

 異を唱えようのない完璧な決着。

 

 それを見ていた蜥蜴人(リザードマン)やハムスター、蛇の半身を持つ老人、ゴブリンやオーク、トロール等。あらゆる者達が言葉を発せないでいた。

 唯一言葉を発したのはピニスン。

 

「う、嘘だ…。ま、魔樹が…、世界を滅ぼす魔樹が…、滅ぼされるなんて、そんな…」

 

 まさに神話のような戦いだった。

 伝説のどんな戦いも霞むような、天上の戦い。

 

 しかしその決着が着くと共に、その殺意は彼等へと向けられた。

 

「わ、うわわ! あ、あいつらこっちに来る!」

 

「本当でござるー! ど、どうにかならぬでござるかー!」

 

「くっ、これまでか…」

 

 それぞれが死を覚悟したその時、ここにいる誰のものでもない声が響いた。

 

「「「<氷晶結界>!」」」

 

 凛とした美しい女性の声だった。

 しかしそれらは一人のものではなく複数によるもの。

 その声と同時に驚くほどに巨大な氷の壁が出現し、あっという間に全てのザイトルクワエと戦っていた者達を囲み閉じ込めた。

 氷の壁を囲うように白ずくめの女性達が結界を保持するように空中に座している。

 彼女達は雪女郎(フロストヴァージン)

 ナザリックの第五階層にある大白球(スノーボールアース)を守護する親衛隊。

 そのレベルは82にものぼる。

 これはそんな彼女達の手による強力な広範囲結界である。

 

 ピニスンや蜥蜴人(リザードマン)達はギリギリその範囲外におり、その氷の壁に閉じ込められる事は無かった。

 

「ゴ苦労、良クヤッタ」

 

 虫の鳴き声を無理やり言葉にしたような奇妙な声が聞こえた。

 ここにいる者達がその声をした方を向くとそこにいたのは直立する巨大な蟲、体はライトブルーに輝き、その背からは氷柱が突き出ている。

 立ち振る舞いは武人のそれだった。

 

「コキュートス様、一体も逃す事なくその全てを結界内に閉じ込めました」

 

 雪女郎(フロストヴァージン)はその武人の蟲へと声をかける。

 

「ウム。植物系モンスタートノ闘イノ為ニ、一カ所ニ集マッテクレテイタノハ幸運ダッタナ。ワザワザ軍ヲ散開サセル手間ガ省ケタ。コノママ、ココデ殲滅スル」

 

 コキュートスと呼ばれた蟲の武人は結界内へと足を踏み入れる。

 その後にはこれまた無数の蟲達が続く。

 

「な、何この人達…、む、蟲? 蟲の軍隊…?」

 

 ザイトルクワエを滅ぼした亜人の軍勢にも匹敵するような蟲の軍がそこにはいた。

 しかしその誰もが横にいるピニスンや蜥蜴人(リザードマン)達の事など気に掛ける事なく結界の中へと次々に入っていく。

 

「コキュートス様、我々雪女郎(フロストヴァージン)は結界の維持の為ここから動けません。本当に大丈夫でしょうか?」

 

 雪女郎(フロストヴァージン)がそう声を上げたのも当然だろう。

 軍の規模は同等。

 しかしレベル100にも上る存在はナザリック側がコキュートス1人に比べ、向こうは都市守護者が4体もいるのだ。雪女郎(フロストヴァージン)という最高戦力の一角が戦闘に参加できないのは痛手であろう。

 

「構ワヌ。何ヨリ結界ノ効果ニヨリ私ニ有利ナ環境トナッテイル、ソレニ」

 

 コキュートスは奥に座する都市守護者達を見やる。

 その四人ともが近接武器を手にしておりいずれも戦士系である事が見て取れる。

 

「戦士トアラバ後レヲ取ル訳ニハイカヌ。正々堂々正面カラ打チ破ッテクレル…!」

 

 コキュートスの四本の手にはそれぞれ四つの武器が握られていた。

 その中には彼の創造主がかつて使用していた神器級(ゴッズ)アイテムも含まれる。

 ナザリックでも最高峰の武装を手に万全の体勢で戦いに臨む。

 守護者の中でも武器戦闘において最強を誇るコキュートス。

 

 そんな彼には職業及び種族特性により他の守護者と一線を画す能力がある。

 この力により1対4の状況であっても武器戦闘という状況に限るなら著しく不利とは言えぬ状態にまで持ち込む事が出来る。

 これこそがコキュートスの強みであり、その本領を発揮できる手段でもあるのだ。

 

「我ガ名ハ、コキュートス! 至高ノ41人ガ1人、"二ノ太刀イラズ"ノ武人建御雷様ニ創造サレタ者ナリ! 腕ニ覚エガアル者ラヨ、手合ワセ願オウ! イザ! 尋常ニ勝負!!!」

 

 

 

 

 竜王国、首都。

 

 

 他国と同様にここでも多くの命が奪われていた。

 都市は破壊され、城も吹き飛んでいる。

 そんな状況でありながらドラウディロンは奇跡的に生き永らえていた。

 

 しかし足が瓦礫に挟まれこの場を動くことは出来ない。

 仮に動くことが出来たとしても逃げ場などどこにもないのだが。

 そんな諦念の中、ドラウディロンは倒れたまま空を見上げていた。

 だからこそ最初にその違和感に気付いたのだろう。

 

 空に新たな暗闇が出現するのを目にしたのだ。

 そこから出てきたのは漆黒の鎧を身に纏った騎士。

 手には病んだような暗い光を宿したバルディッシュを持ち、眼前を見下ろしていた。

 この世全てへ向けるような明確な殺意が兜越しにも確実に伝わる程の威圧感。

 

 その騎士に続き、複数の騎乗した者達が現れる。

 戦士とも騎士とも形容できそうな彼等の一部は空中に浮いたまま陣形を整える。

 

「では始めるわ。来なさい、私の騎獣」

 

 近くの建物の屋根へと降りた漆黒の騎士がスキルを発動する。それは"騎獣召喚"。

 双角獣(バイコーン)を召喚するものだが漆黒の騎士の能力に合わせ強化され、戦用双角獣王(ウォーバイコーンロード)とも言うべき存在にまで昇華されている。そのレベルは100。

 その騎獣の鐙に足をかけ漆黒の騎士が背に乗ろうとした時、戦用双角獣王(ウォーバイコーンロード)が身を震わせそれを拒否する。

 何度か騎乗しようと繰り返すがいずれも騎乗するには至らなかった。

 しばらくその場で沈黙する漆黒の騎士。

 それを見かねたのか周囲にいる配下と思しき者達が声をかける。

 

「だ、大丈夫ですか、アルベド様…。な、何か調子が悪いようでしたら我らも馬を降り歩幅を合わせますが…」

 

 それと同時にアルベドと呼ばれた漆黒の騎士の鋭い視線がこの者を貫く。

 

「ひっ…!」

 

「大丈夫よぉ…、私は大丈夫…。それよりも私に合わせて全員で馬を降りるなんて愚の骨頂…。そんな事したらこの部隊の意味がないでしょぉ…? 一刻も早くモモンガ様に手を出した愚か者共を肉塊にしなければならないのだから…!」

 

 怒りに身を震わせたままアルベドが唸る。

 

地獄の戦用馬車(ヘル・チャリオット)部隊は配下を引き連れ正面から敵軍に突っ込んで片っ端から轢き殺せ…! 蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)部隊は上空から味方の援護及び敵の死角を突いて攻撃、死の騎兵(デス・キャバリエ)達は最高位級の者共を相手しなさい! 私と戦用双角獣王(ウォーバイコーンロード)は敵の首魁を潰す…! 全ては偉大なるモモンガ様の為! 至高なる御方に仇名す者に死を!」

 

「「「し、至高なる御方に仇名す者に死を!」」」

 

「さぁ! 全軍突撃!」

 

 アルベドの号令で全員が一斉に動き出す。

 直属の配下を持たぬアルベドは他の階層からシモべを借り受けこの場へと来た。

 その為、総数としてはアウラに次いで少ない。

 とはいえ騎乗兵で構成されたこの軍の機動力は恐ろしい程高く、また連携も取りやすい。

 アルベドが騎兵として先行すればその能力によって軍全体への強化もかかるので即席とは思えぬ程の強さを誇る軍隊として成立していた。

 なぜかアルベド本人が騎乗出来ない点を除けば。

 

「く、くそがぁぁああ! こ、殺す、殺してやるうぅうぅ! 付いてきなさい戦用双角獣王(ウォーバイコーンロード)ォ! モモンガ様に敵対する者共は皆殺しよぉぉおお!」

 

 多様な怒りに支配されアルベドが吠える。

 そのまま配下の軍に遅れて戦用双角獣王(ウォーバイコーンロード)と共に最後尾を走っていく。

 ただ、どれだけ全力で走ろうとも見る見るうちに他の部隊に引き離されていくのだが。

 

 

 

 

 スレイン法国、神都。

 

 

 占星千里の占いは正しかった。

 その結末までが全て彼女の予言した通りのものであった。

 番外席次の敗北。

 

 それを以て法国の戦力は尽き、また彼女を心の支えにしていた者達は絶望に打ちひしがれる。

 人類最強であり、人類の守護者たる彼女の敗北という結果は全ての終わりと同義だった。

 

「そ、そんな…、嘘です…、貴方が負けるなど…」

 

 倒れた番外席次を見ながら隊長が一人ごちる。

 生き残った漆黒聖典の者やそれ以外の者も全て、この戦いを目撃した者達は現実を受け入れられないでいた。

 

 だがこれは番外席次が弱かったわけでは無い。

 むしろ強かった。

 強かったからこそ、都市守護者もその全力を以て相手したのだ。

 1対1ではなく、1対3という状況で。

 

 いくらプレイヤー級に強かろうがレベル100を3人同時に相手して勝てる者などいない。

 ユグドラシルにおいて最強と謳われるワールドチャンピオン達ですら単独で3人の撃破は至難の業だろう。

 であるならば都市守護者と同格の番外席次に勝てる道理などないのだ。

 

「くそっ…、くそぉ…、ちくしょう…!」

 

 横たわった番外席次から声が漏れる。

 それは負けた悔しさからではない。

 彼女が求めていたのは純粋なる敗北。

 己よりも明確な強者を求めるが故の願望。

 1対3という数の暴力で圧し負けるなど彼女の求めていた敗北ではない。

 彼女はただ1対1で、疑問の余地が入ることなどない完膚なきまでの絶対的敗北が欲しかったのだ。

 全ては己よりも優れた子種を欲する為。

 

 故にこのような曖昧な決着で終わってしまう事が何よりも悔しく、また悲しかった。

 

「やっと…、負けれると思ったのに…! 全力を出しても勝てないような奴が現れたかもしれないと思ったのに…!」

 

 番外席次の瞳から涙が零れる。

 彼女の見立てではこの3人の都市守護者達は自分とほぼ互角に思えた。

 生まれてから初めて対峙する、勝敗が見えぬ相手。

 だからこそギリギリの戦いの中で自分から勝利をもぎとってほしかったのだ。

 こんな決着など何の意味も無い。

 

 だがそんな彼女の思惑など都市守護者にとっては関係ない。

 彼等はただモンスターとしての本能のまま、あらゆる命を奪うだけなのだ。より効率的に。

 

 その時だった。

 何の前触れも、音も気配も何もなく高速で飛来するモノがあった。

 都市守護者達が気付いた時にはもう遅い。

 彼らすら反応出来ない速度でそれは都市守護者の1体に直撃する。

 凄まじい勢いで都市守護者は吹き飛び、飛来したソレは空中でブレーキをかけその場に留まる。

 その時初めてそれが人の姿をしていると知覚できた。

 

 少女、いやむしろ幼女と形容すべき幼い子供。

 人間のような姿をしているが頭からは角、腰に生えた翼がそれを否定していた。

 角はドス黒く、しかし腰から生えた翼は白く透明に輝きその向こうが見通せるほど。

 色白な肌や、真っ白な髪とは対照的に漆黒のドレスでその身を着飾っている。

 ナザリックを知る者に言わせればこう言った方が分かり易いだろう。

 

 アルベドをそのまま幼くし、角や翼、髪、ドレスの色をそのまま反転させたような幼女と。

 

 彼女の名はルベド。

 至高の41人が1人、タブラ・スマラグディナにより創造された者。

 ニグレド、アルベドに続き三姉妹の末として生み出された。

 ナザリック最強の個であり、その強さはユグドラシルでも最上位であるたっち・みーすらを凌駕する。

 彼女は上二人の姉とは全く違う方法で創造された。

 ナザリックに存在する一つだけの偽物(スピネル)

 タブラ・スマラグディナの最高傑作にして失敗作。

 中二病の行き着く先であり、極致。

 

 ルベドはあまりに危険すぎた。

 その強さはもちろん、その存在そのものが。

 ルベドの全てを知るニグレドは本来ならば絶対に彼女を起動しなかったであろう。

 しかし今回は違う。

 至高の御方であるモモンガその人が弑され、行方も知れぬのだ。

 躊躇する理由などどこにもない。

 ナザリックの全軍をもってモモンガの捜索及び、敵を排除しなければならないのだ。

 故に、ニグレドはルベドを起動した。

 ナザリックで最も危険な偽物(スピネル)を世に放ったのだ。

 

「ガァァウウッ!」

 

 ルベドの直撃を受け、吹き飛んだ都市守護者が地面に叩きつけられる。

 すぐに体勢を立て直し、ルベドへ警戒を向ける。

 横にいた二体の都市守護者もすぐにルベドへと向き直るがその直後、三体とも目を見開く事になる。

 いや彼等だけではなく、番外席次や隊長等、この場にいる全ての者が。

 

 時をおいて爆音が響いた。

 目の前のルベドは何もしていないのだが、まるで空気を切り裂くような轟音が大気を揺らし鳴り響いたのだ。

 その振動は空気を伝播し体にまで伝わる。

 誰もその音の正体には気づかない。

 それもその筈、初めて耳にする音の正体など分かりようがない。

 

 これはジェット音。

 ゴーレムの一種ともいえるルベドは現代のジェット機のように手や足、背中に組み込まれたギミックから炎や煙を噴射し爆発的な速度を生み出す。

 あまりにも速すぎるルベドの移動速度は、音を置き去りにした。

 魔法的効果ではなく、純粋な物理法則により音速を超えたルベドの移動音は彼女が停止し留まる事でやっと追い付いたのだ。

 

「「「……!?」」」

 

 だがここにいる誰もそんな事は知らぬだろう。

 ナザリックの者でも極一部の者しか彼女の事を正しく知らない。

 現代科学の粋を極めたような英知の結晶。

 ユグドラシルの中にありながら、ただ一人その法則に左右されぬ存在。

 運営すら想定していないルールの穴を、いやゲームの穴を突いた産物。

 さらに付け加えるならば、転移と共に様々な法則が捻じ曲がった事で完成してしまったと言ってもいい。

 

 遅れて届いた音に驚く者達を余所にルベドは動く。

 爆ぜるように炎を吹き出すと一瞬にして最高速度へと達し、一体の都市守護者へと襲い掛かる。

 

「っ!?」

 

 注意を向けていたおかげか都市守護者はギリギリ反応する事ができた。

 しかしルベドはその上を行く。

 空中で移動しながら何度も体の至る所から噴射、逆噴射を駆使し、本来あり得ぬ軌道で接近する。

 速度の減衰も無く、物理法則を無視したように空中で直角に方向転換するルベドの動きはまさに縦横無尽。いや、チートであろう。

 

 そうして容易く都市守護者の一体の懐に潜り込むと、ルベドは拳を放つ。

 同時に肘と肩から、拳と逆方向に炎と煙が勢いよく噴射される。これによりここにもジェット噴射のパワーが乗り、拳の速度は都市守護者の知覚を完全に超える域に達する。

 腹部に拳が突き刺さり、苦悶の表情を浮かべ血を吐き出す都市守護者。

 純粋な拳の速さならセバスの一撃も音速を超えるが、ルベドのそれは音速の遥か上をいく。

 この一撃で体が弾け飛ばなかった都市守護者を褒めるべきかもしれない。

 

 即座に残りの二体がルベドへと襲い掛かる。

 しかしルベドは難なく攻撃を躱し、襲い掛かる一体の足を掴むと力のみで無理やりにもう一体の都市守護者へと叩きつけた。

 その勢いはすさまじく、二体は地面に叩きつけられた後も跳ねるように大地を転がっていく。

 

 その隙を突くように腹部に拳を入れられた都市守護者がルベドへと反撃を試みるが、ルベドの顔のみがグルンとその都市守護者へ向き直る。

 次の瞬間、ルベドの口が大きく開けられそこから亜光速の熱線が撃ち出された。

 反射的にあらゆるスキルを行使し全力で防御したにも拘らず、都市守護者は頭のみを残しその体全てが消し飛んだ。

 

 これこそがルベドの奥の手にして必殺技である荷電粒子砲。

 古今東西、様々なSFでビーム兵器として描かれてきたその破壊力は凶悪の一言。

 高熱を発し、照射した対象を原子崩壊によって消滅、溶解させる荷電粒子砲。

 そこにはレベル100という数字など何の意味も無い。

 当たりさえすれば、何者をも滅ぼせる。

 

「な、なんなの…、アレはっ…!?」

 

 空を見上げながら番外席次は理解出来ない光景に目を剥く。

 あまりにも理解を超えすぎていて何が起きているか分からない。

 強者特有の存在感も無ければ、魔力も感じない。さらに言うなら存在としての違和感すらない。ただ、そこにある。

 それなのに、強い。

 自分と同格三体を相手に圧倒している。

 己とは戦いにならないステージにいる強者だと番外席次の本能が訴えていた。

 

 ナザリックから法国に派遣されたのはルベドただ1人。

 彼女だけが軍も配下も持たず単身でここへ送り込まれた。

 その理由は彼女に配下などいらないし、邪魔なだけだからだ。

 

 次にルベドは都市や人々を襲っている都市守護者の配下達へと視線を移す。

 都市中のあらゆる生体反応を機械的に感知し、また選別する。

 それが終わると口を開け顔を左右に振り、細く絞った荷電粒子砲を撒き散らす。

 ビーム状の熱線が大地を焼き、少し遅れて炎上するように爆発していく。大惨事のようでありながら、しかしまるで狙いすましたように都市守護者の配下のみが薙ぎ払われていく。

 ただその余波で地面に底の見えぬ深い亀裂がいくつも出来るのだが。

 

 ルベドが現れてからわずか数十秒。

 たったそれだけの時間で戦況は一気に覆った。

 

 何より接敵してからこのわずかな時間でレベル100である都市守護者の一体を落としたのは数多くいるナザリックの者達の中でもルベドただ一人である。

 

 誰も彼女を止められない。

 

 

 

 

 アーグランド評議国。

 

 

「ぐぅぉおおおぉぉぉっ!!」

 

 ツアーの声が響く。

 番外席次と同様、ツアーも都市守護者達と1対3という不利な状況に陥っていた。

 共に戦っていた永久評議員である他の竜王達はすでに倒れている。

 この竜王達も決して弱くはないのだが相手が悪すぎた。

 国民は逃げ惑い、多くの冒険者達も壊滅状態。

 もはや評議国にまともな戦力は残っていない。

 都市守護者とその配下達を退けられるかどうかはツアーに掛かっていた。

 とはいえツアー自身もすでに満身創痍。

 奥の手以外には手段などなかった。

 

(使うしかないのか…、あの始原の魔法(ワイルドマジック)を…!)

 

 ツアーの扱える始原の魔法(ワイルドマジック)の中でも最強である大爆発。

 それであれば都市守護者達に十分なダメージを負わせる事が出来るとツアーは考えていた。

 しかしここは場所が悪い。

 都市のど真ん中で使用してしまえば範囲内の国民全てが吹き飛ぶ。

 さらには消耗している己の今の体力で行使すればこれ以上戦う事は不可能。

 つまり始原の魔法(ワイルドマジック)で殺しきれなかった場合、もう誰も都市守護者達を止められないという事だ。

 

(しかしここで使用しなければ評議国が…。だがそうすれば生き残ってる者達が巻き込まれる…。いや、それならいっその事生き残っている者達を贄に発動すれば…)

 

 何度もその考えが頭をよぎるがどうしてもツアーには出来なかった。

 国を作り、何百年もそれを見続けてきた。

 誰よりも命の尊さを知るからこそ、損得だけで割り切れなかったのだ。

 

(あぁ、すまない皆…。私には出来ない…。仮にこいつらを倒せたとしても…、この国が滅んでしまえば意味はないのだ…)

 

 甘えを捨てきれなかったツアーは評議国の者達に懺悔する。

 全てを諦めたその時、大地が大きく揺れた。

 

「な、何がっ…」

 

 顔を上げたツアーの視界に入ったのは30メートルを超えるような超巨大なゴーレム。この都市のどこにいてもその姿を目にする事が出来る程の大きさ。

 このゴーレム、ガルガンチュアはズシンズシンと大地を揺らしながら一歩ずつ確実に歩みを進める。

 

 ガルガンチュア。

 形式上だがナザリックの第四階層守護者である。

 戦略級攻城ゴーレムであり、与えられた命令にしか従えぬがその強さは破格。

 純粋なスペックだけならはナザリック最強の個であるルベドにも引けを取らない。

 

「ゴォォォオオオオ!!」

 

 唸り声とも、体から軋む音とも取れぬ音がガルガンチュアから響く。

 敵である都市守護者達が視界に入り、臨戦態勢へと入ったのだ。

 さらにガルガンチュアの背後には無数のゴーレム達が追随していた。

 

 重鉄動像(ヘビーアイアンマシーン)石の動像(ストーンゴーレム)、第六階層にある円形闘技場(コロッセウム)の観客として作られたゴーレムまで。

 ナザリックに存在するあらゆるゴーレムが集められ、その全てがガルガンチュアと同様の命令を受けている。

 こうしてゴーレム兵団とも呼ぶべき数百ものゴーレム達がガルガンチュアと共に評議国へと姿を現した。

 

「あ、あれらは一体…」

 

 困惑するツアーを余所にゴーレム兵団は行進し続ける。

 

 ただ与えられた命令を遂行する為に。

 

 

 

 

 エリュエンティウ。

 

 

 世界中で最も被害を被ったのはこの都市だろう。

 全ての元凶である天空城の真下に位置するこの都市は他のどの国よりも死者が出た。

 ただ都市の人々が残らず全滅した訳では無い。

 その理由の一つとして、ここに残った都市守護者及びその配下達は天空城から一定以上離れなかったからだ。

 故に天空城の真下から半径数キロ圏外の被害は比較的軽いものであった。

 とは言ってもそれは都市守護者や一部の配下に限った話であり、中位以下のモンスターに関しては何の縛りもないのか徐々にその行動範囲を広げていた。

 加えて天空城は徐々に高度を下げており、もし天空城が完全に都市へと落ちればエリュエンティウ全てが都市守護者達の行動範囲となるだろう。

 生き残った者達は命からがら都市の外へと逃げ延びた。

 しかしエリュエンティウの周囲は広大な砂漠。

 何の準備も無く飛び出して生き残れるような環境ではない。

 

 絶望し憔悴しきった者達は幻覚を見たのだと思った。

 命からがら都市の外まで生き延びた者達はそこにあり得ぬものを見たからだ。

 風により舞う砂ぼこりの向こうに考えられぬ規模の軍勢、軍団がいた。

 視界いっぱいに広がったその軍団は見渡す限り続いており、どれほどの数がいるのか見当もつかない。

 その全てがアンデッドであった。

 生者を憎むべき恐るべきアンデッド。

 しかしこのアンデッド達は都市から逃げ出す人々には一瞥もせず、ただひたすらその先を見据えている。

 さらに驚くべき事に、寸分の狂いなく芸術的なほど綺麗に整列していた。

 

 最初に気付いたのは冒険者達だっただろう。

 最も驚愕すべき点は、これだけの軍団でありながらその武装が破格の物ばかりであった。

 手に持つ武器も、盾も、装備している防具や何もかも。

 その全てが魔法の武具であり、この世界の常識ではあり得ぬ規模。

 恐らくこの装備の一式を比べてみても比肩するような装備を持っている者などこの世界にどの程度いるだろうか。魔法の武器の1つならばまだしも、一式揃って持っている者などそうそういない。

 もし売りに出せば一生遊んで暮らしてもお釣りがくるだろう。

 それほどの物なのに、ここにいる数え切れない無数のアンデッド達はその全てが魔法の武具に身を包まれている。

 それを見た誰かがポツリと口にした。

 

「し、神話の軍隊…」

 

 こんなものは人の世界の話ではない。

 であるとするならば、これは神々の物語だ。

 その言葉を聞いた者達は何か腑に落ちるものを感じた。

 

 と同時に、先ほどまで微動だにしなかったアンデッド達に動きが見えた。

 何者かが彼等の頭上へと飛び命令を下そうとしたからだ。

 

「聞け! 我らが偉大なる主、至高の御方たるモモンガ様が何者かにより殺された! だがモモンガ様がこんな事で滅ぶ筈はない! 必ず御身を探し出し蘇生して差し上げるのだ! あるいはご壮健で今もどこかで我々の助けをお待ちしているかもしれない!」

 

 美しい声だった。

 しかしその声は怒りと憎悪、あらゆる負の感情に支配されていた。

 

「だから殺せ! 邪魔者は全て! モモンガ様を殺した者共はもちろん、害を為すもの全て! セバスから情報が上がってきたがそんな事知るか! モモンガ様を殺した者共がぁぁ! 今もこの世界のどこかで息をしているかと思うと! あぁああぁぁ! い、怒りで頭が狂いそうになる! こんな不敬が許されてなるものかぁ! 他者など知った事か! 邪魔者は全て蹴散らせ! 寛容など無い! 我らが道を阻む者全てが敵だ!」

 

 真紅の全身鎧に包まれた女性、シャルティア・ブラッドフォールンは高らかに叫ぶ。

 彼女はナザリックの第一~第三階層守護者である。

 守護者の中で最強を誇り、またその支配地及び配下の数も他の守護者を圧倒する。

 その勢力はナザリックの中で間違いなく最大最量を誇る。

 

「ナザリック・オールドガーダー、ナザリック・エルダーガーダー、ナザリック・マスターガーダー進め! あの都市へと攻め込みその全てを滅ぼすのだ!」

 

 シャルティアの号令により五千体のアンデッドが同時に歩を進める。

 

死者の大魔法使い(エルダーリッチ)部隊、異形なる大魔法使い(デミリッチ)部隊は地下聖堂の王(クリプトロード)の指示の元、後方からガーダー達を援護しろ! 次に…」

 

 シャルティアは全ての配下へと指示を出す。

 その総数は他の守護者の配下の比ではない。これでもアルベドに貸し与えている者もいるので本来はさらに多い。

 

吸血鬼の王(ノーライフキング)達は私と共に敵の首魁共を叩くぞ! 滅んででも相手を殺せ! その全てをモモンガ様の為に捧げるのだ!」

 

 そうして総勢万にも届きそうなアンデッドの軍団がエリュエンティウへと攻め入る。

 生き残っていた者達は幸いだった。

 もし都市の外へと逃げなければ間違いなくこの戦いに巻き込まれていたのだから。

 

 都市守護者とその配下達が反応する。

 強大な力と数に反応し散っていた者達が集まり軍としての形を為す。本能なのか、またそう創造された名残か。その全てが一つの意思の元に迎撃態勢へと入る。

 都市守護者側の兵力も決して弱くはない。

 天空城側の一般兵士として北欧の戦死者(ノルディックウォーデッド)が二千体程いる。

 エリュエンティウの者達は当初逃げるのに必死であったせいか気付かなっただろうが彼等もまた全員が魔法の武具を身に付けている。強さはナザリック・オールドガーダーと同等かそれ以上。名前からはアンデッドのような印象を受けるが戦死後ヴァルハラへと渡った数多の兵士達であり英霊としての神聖さを持つ。

 同じ死者でありながらもその本質は負なるアンデッドとは水と油。

 さらには天空城をモモンガが攻略した際、申し訳程度に配置されていた蜂蜜酒の牝山羊(ヘイズルーン)煤けた海棲動物(セーフリームニル)煤けた者の料理人(アンドフリームニル)も比較にならぬ程存在する。

 英霊の騎士(ヴァルハラナイツ)強き英霊(ヴァルハラスルーズル)の軍勢もこの勢力の中核を成しているといえよう。

 さらに上位の力を持つ者としては霜の巨人(ヨトゥン)霧氷の巨人(フリームスルス)なる集団もいる。

 

 だが何よりも恐るべきはそんな数多の軍勢を率いるこの地に残った都市守護者の存在だろう。

 八欲王の化身とも言うべき8体の真なる都市守護者達。

 

 

 かくして互いに万にも上る軍勢が正面から対峙し向かい合う。

 姿を確認するなり、その両軍が敵へと目掛けて突撃する。

 まさに戦争の様相を呈したこの戦い。

 互いの軍がぶつかる第一合目で、数百もの命が消し飛んだ。

 世界の中で最も壮絶な戦場となったのは間違いなくこの場所である。

 天空城の最高戦力とナザリックの最高戦力。

 神々不在の代理戦争。

 

 

 こうして天空城と地下大墳墓の戦いの火蓋は切られた。

 

 

 世界が瞠目するのはこれからである。

 

 

 

 




あ、危ない、ギリギリ一週間です…

今回も前回と同じで各国の描写なので長くなった上に省略された人達もチラホラ…
どうしてもナザリック登場を1話に収めたかったもので…
とはいえ今後はちゃんと丁寧に描写していければと思っております…!

原作では名前しか出てこないような人達も登場してるので人によっては誰?となるかもしれません
例えばモンデンキントなどはウェブのみで書籍には存在しないそうです
それとルベドですが設定そのものは前作とほぼ同じなので読んで下さった方は既視感あるかもしれません。あくまで設定上の話ですので前作を知らない人も気にしないで大丈夫です

話的には間違いなく終盤なのですが流石にキャラ数が多いので必然的にまだ長々と続いてしまうと思いますが最後までお付き合い頂ければ幸いです

PS
都市守護者、残り29人

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