弱体モモンガさん   作:のぶ八

16 / 26
前回のあらすじ

エリュエンティウに到着したモモンガさん達!
八欲王の残したギルド拠点の攻略を始め、ナザリックも動き出す!


拠点攻略

 アースガルズの天空城。

 

 誰の手も届かぬ遥か上空に鎮座し、その最上階に至っては雲の上まで突き抜けている。

 美の粋を尽くしたといってもいい程の荘厳さと絢爛さを誇り、その外観は透き通るような白銀の壁や煉瓦で覆われ、まさに神の宮殿としか形容できない極上の域。

 ギルド拠点ではありながらも、いやだからこそさらにプレイヤーの趣味嗜好、願望が反映されていると言ってもよいだろう。

 舞踏会場、音楽堂、舞台劇場、美術館、接見室、図書館、遊技場、大浴場、礼拝堂等あらゆる設備が兼ね備えられている。客人をもてなす為の極上スイートルームとも呼ぶべき客室すら何部屋も存在する。

 さらに宮殿の外部、正面広場にある大庭園とも呼ぶべき場所の中心には巨大な記念碑が存在する。それはユグドラシル時代、フレーバーテキストの一種として存在しかつてこの城を支配していた神々の歴史とその名が連ねられている。

 もちろんそれは作られた物であり設定の一種なのだが、この世界において実体化した天空城を前にすればそれは事実であったのではないのかと錯覚させるには十分な説得力を持つだろう。

 とはいえその存在が皆無だったかといえばそうではない。

 事実、この城を支配していた天上の神々はレイドボスとして八欲王に敗れているのだから。

 

「確認できる範囲で動体反応は無し、モンスターの影はありませんね、非実体化してる者もいません」

 

 魔法とスキルで周囲を窺うモモンガ。現在その探知に反応する者はいないがだからといって確実に安全とは言い切れない。少なくともモモンガよりも上のレベルであれば看破は不可能なのだから。

 

(当然だがアンデッドの反応は無し、か…。この探知だけは多少のレベル差があろうと信頼できるが恐らくこの場所においては全くの無意味だろうな…)

 

 モモンガがそう断じたのも当然であろう。

 ここアースガルズはユグドラシルに存在した九つの世界の中でも最も人気を馳せた。

 なぜなら九つの世界の元となった北欧神話における最高神オーディンを長とする神々の王国であるとされているからである。

 神に死後認められ召されたような者達ではなく、死者つまりはアンデッドという括りに相応しい者はこの世界には存在しないだろう。

 そもそも異形種のホームグラウンドともいうべき世界は三つあり、それら以外では一部や例外を除き異形種が拠点等を支配しているというのはまずない。

 かつてモモンガが仲間達と共に手に入れた拠点、ナザリック地下大墳墓もその三つの内の一つであるヘルヘイムに存在していた。

 天上のアールガルズと地下のヘルヘイム。

 最も遠く、最も縁のないであろう二つの世界。それにも拘らずモモンガは妙な親近感を抱いていた。

 

(美の結晶ともいうべき豪華絢爛の城、宮殿。似ているな…。まるでナザリック地下大墳墓の第九階層ロイヤルスイートを見ている気分だ…)

 

 現在モモンガ達四人は天空城の中層とも呼ぶべき場所にいた。一際大きなバルコニーから侵入したその先は広大な回廊とも呼ぶべき場所に繋がっており、そこを抜け、巨大な扉を開け完全に城の中へとはいるとそこにあったのは先が見えぬ程に長い廊下。

 見上げるような高い天井にはシャンデリアが一定間隔で吊りさげられており、壁には美しい装飾の数々、広い通路の床は磨き上げられた大理石のように光り輝いている。

 全く同じという訳では無いがその建物の構成はモモンガの言う通り、白亜の城を彷彿とさせるナザリック地下大墳墓の第九階層と似ていた。

 

(いや、ここがナザリックに似ているというよりナザリックがここに似ていると言うべきなのか…。共にナザリックを作り上げた仲間達も、いや、ここを作った者達でさえ憧れた美の象徴、かつて現実の世界に存在した人類の叡智、その一端。感銘を受けた源流はきっと同じ。どこまで行っても結局は人、憧れや求める物は皆同じという事か…)

 

 そのような事を考えながらもモモンガは細心の注意を払いながら長い廊下をゆっくりと進んでいく。

 後ろにいるデイバーノック、イビルアイ、ズーラーノーンも無言で後に続く。

 恐ろしい程の静寂がいつまで続くのかと思われたその時、やがて視界の先に数十を超える多くの影が見えた。

 

「皆さん、止まって下さい。あれは…」

 

 複数の猪や山羊達。その姿は普通の個体よりも一回りか二回りは大きいものの、それだけである。特に何か恐ろしい特徴があるという事もなく、少し大きいだけの普通の猪や山羊達である。

 

「あれは…、猪と山羊? なぜ城の中に…」

 

 その姿を見たデイバーノックが怪訝そうに言葉を紡ぐがそれに答えるようにモモンガが口を開く。

 

「あれは煤けた海棲動物(セーフリームニル)蜂蜜酒の牝山羊(ヘイズルーン)…、特別恐ろしい敵ではないですが敵を見つけると鳴き声を上げ仲間を呼ぶ為厄介です。本当なら見つからずに進みたいですがここに放置して進むよりかは殲滅しておいた方が安全かもしれませんね」

 

 煤けた海棲動物(セーフリームニル)

 レベルにして15程度の猪型モンスター。どれだけ食べられようがその肉は尽きる事なく、翌日には元に戻るというモンスターである。これは戦闘の為ではなく他の者達の食料として存在するモンスターである。

 蜂蜜酒の牝山羊(ヘイズルーン)

 こちらはさらに弱くレベルにして8程度しかない山羊型モンスター。その身からは乳ではなく蜂蜜酒が流れるというこれまた飲まれる為だけに存在するモンスターである。

 

「ほ、本当にやるのかモモンガ…、手を出してしまえば本格的に天空城と敵対する事になるのではないか…?」

 

 イビルアイが不安気な様子でモモンガに尋ねる。

 イビルアイの疑問はもっともだろう、かつて十三英雄のリーダーと共にこの都市に訪れた時はこんな事は考えもしなかった。リーダーが一人で城に入り、アイテムを借り受けた。そんな友好的とも受け取れる対応をしてくれる相手に対して、200年越しとはいえ侵入してアイテムを奪うなど本当にして良い事なのだろうかと葛藤しているのだ。

 

「諦めろガキ、どちらにせよ侵入した時点でアウトだ。腹括れ、ビビってるなら今から逃げてもいいんだぞ」

 

「なっ! き、貴様! 私はビビってなど…、ただ皆の心配をしてだな…」

 

 横から口を出したズーラーノーンの言葉に食って掛かるイビルアイ。

 

「そもそもだ、そのリーダーとやらは()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「…っ! な、何を…」

 

「まぁここに返しに来たというのならそれでいいんだがな。そもそも攻略して入手したアイテムなら返す必要もないだろう。だがお前からの話を聞く限りではリーダーとやらはアイテムを借り受け、そして魔神を倒した後に命を絶ったのだろう? ならいつアイテムを返しにいったんだ? もしかしたら親切な他の仲間が返しに行ってくれたのか? 城にも入れないのに」

 

「……!」

 

 ズーラーノーンの言葉にイビルアイが固まる。

 考えた事など無かったのだ。200年前、仲間達と共に魔神と戦い、それに見事勝利し喜びを分かち合い、そしてリーダーの死に悲しんだ。そんな中で借り受けたアイテムのその後など頭の片隅にすら無かった。

 

「何はともあれ、だ。天空城を攻略してアイテムを入手するのは決定事項だ、そうだろ? モモンガさん」

 

「ええ…、イビルアイさんの気持ちも分かりますがどうかここは力を貸して下さい。もしまだ持ち主が健在であるなら謝罪しますし俺が全ての責任を負います」

 

「ばっ! べ、別にお前に全て押し付けようなんて考えてないぞ! も、もしその時は私も一緒にだな…!」

 

 声を荒らげるイビルアイの声が廊下に響く。

 その音に反応したのか煤けた海棲動物(セーフリームニル)蜂蜜酒の牝山羊(ヘイズルーン)がこちらに気付き顔を向ける。

 

「あっ…!」

 

「ったくこれだからガキは…。どちらにせよやるつもりだったからいいけどよ」

 

「気にしないで下さいイビルアイさん! 全員で一気に蹴散らしましょう!」

 

 そう言ってモモンガが飛び出す。そして魔法を撃とうとしたその時。

 

「ブモォォォオオ!」

 

「メェェェェエエ!」

 

 猪と山羊の鳴き声が響いた。

 すると奥の扉から料理人のような姿をした、しかし手に持つ鉈は大きく禍々しい者達が現れた。

 

煤けた者の料理人(アンドフリームニル)…! こいつは少し面倒です! 確実にここで撃破しておく必要があります! デイバーノックさんは蜂蜜酒の牝山羊(ヘイズルーン)達を! イビルアイさんは煤けた海棲動物(セーフリームニル)達を片づけて下さい! 私とズーラーノーンさんは煤けた者の料理人(アンドフリームニル)達の相手をします!」

 

 モモンガの指示で三人は一斉に動き出す。

 煤けた者の料理人(アンドフリームニル)、レベルにすれば28程度のモンスターだ。

 その名の通り、煤けた海棲動物(セーフリームニル)の肉を捌き、蜂蜜酒の牝山羊(ヘイズルーン)から葡萄酒を絞るモンスター。戦闘力は同レベル帯でも高くは無いものの、煤けた海棲動物(セーフリームニル)の肉を捌き口にするごとにステータスにボーナスが加算されていく。蜂蜜酒の牝山羊(ヘイズルーン)の葡萄酒も同様である。

 本来ならばさらに上位のモンスターと共に出現しそのスキルにより全員にバフを掛けていく面倒臭いモンスターだ。そういう意味では彼等のみとの戦闘になった事は非常に運がいいだろう。

 

 煤けた者の料理人(アンドフリームニル)が8体。

 煤けた海棲動物(セーフリームニル)が16体。

 蜂蜜酒の牝山羊(ヘイズルーン)が24体。

 恐らくこの世界においてはこれだけで一国を滅ぼせる戦力であろう。

 まず何人かの煤けた者の料理人(アンドフリームニル)が近くの煤けた海棲動物(セーフリームニル)の肉を捌き口にする。これにより煤けた者の料理人(アンドフリームニル)は体力と力に大きなボーナスを得る。

 肉を捌かれた煤けた海棲動物(セーフリームニル)は戦闘不能になるかといえば決してそんな事はない。戦闘能力は落ちる事無く敵へと目掛け突進を繰り返す。

 次に蜂蜜酒の牝山羊(ヘイズルーン)から蜂蜜酒を絞り煤けた者の料理人(アンドフリームニル)が口にする。これにより煤けた海棲動物(セーフリームニル)程ではないにしろステータス全般へのボーナスが加算される。

 次に再度バフを掛けられるまで時間経過が必要ではあるが最大でそのステータスの+100%までバフをかける事が可能だ。これは煤けた者の料理人(アンドフリームニル)本人のみが有効で、他者へのバフの数値はそのレベルに反比例し下がっていく。中位モンスターでは+50%程が上限で上位モンスターになれば+10%を切る。

 だがいずれにしろデメリット無しでバフを掛けられるこの能力は非常に強力である。

 

「<火球(ファイヤーボール)>!」

 

 最初に動いたのはデイバーノック。その<火球(ファイヤーボール)>により次々と蜂蜜酒の牝山羊(ヘイズルーン)が倒れていく。一撃で沈める事が出来る為、数は多くとも殺しきるまで時間はかからないと思われた。しかし。

 

「くっ! 流石にただ仲間が殺されるのを放置してはくれないか…!」

 

 魔法を連発するデイバーノックの元へ一体の煤けた者の料理人(アンドフリームニル)が立ちはだかる。今のデイバーノックにとってはもはや敵とは言えない程に戦力差があるがバフがかかっていれば別だ。

 煤けた者の料理人(アンドフリームニル)の巨大な鉈による一撃は確実にデイバーノックにダメージを与えるだろう。

 

「<水晶の短剣(クリスタルダガー)>! <水晶騎士槍(クリスタルランス)>!」

 

 イビルアイは突進を交わしながら次々と煤けた海棲動物(セーフリームニル)の脳天に魔法を直撃させていく。『国堕とし』として恐れられた彼女にとってレベル15程度のモンスターなど敵にもならない。

 こちらにも一体の煤けた者の料理人(アンドフリームニル)が立ちはだかるがイビルアイの前では時間稼ぎ程度にしかならないだろう。

 

 モモンガに至ってはまず<連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)>で二体の煤けた者の料理人(アンドフリームニル)を撃破。続き<獄炎(ヘルフレイム)>にてもう二体を撃破する。

 同時にズーラーノーンは<魔法最強化(マキシマイズマジック)>をかけた<龍雷(ドラゴン・ライトニング)>、<火球(ファイヤーボール)>を連射し二体を殺しきる。

 その後すぐにモモンガとズーラーノーンがデイバーノックとイビルアイの援護に回り残りを狩る。

 終わってみれば一分にも満たぬ時間のうちに敵を全て殲滅することが出来た。

 

「流石モモンガさんだな、最初に四体始末してくれたのは助かった。俺の主力である神聖系魔法はここの敵にはちと相性が悪いからな。あれ以上の数を受け持ってたらもう少し手間取ってた」

 

「いやいや、ズーラーノーンさんだって全然苦戦してなかったじゃないですか。デイバーノックさんとイビルアイさんもお疲れ様です。…! 皆さん! 新手です!」

 

 そう言って労うモモンガだがすぐに新たな何かが近づいて来る事を感知する。

 廊下の角を曲がって姿を現したのは屈強な戦士達。

 角のついた兜と毛皮のベスト、手には斧や剣などいくつもの武器を手にしてる。その外見はまさにヴァイキングといったものだ。

 

英霊の騎士(ヴァルハラナイツ)…! こいつらは少々手ごわいです! 俺の召喚する死の騎士(デスナイト)より強い、皆さん気を付けて下さい!」

 

「な、なんだと…! ほ、本当かモモンガ…!」

 

「まさかあの死の騎士(デスナイト)より…!? そ、それが9体も…!」

 

 彼等の眼前に現れた9体の戦士。

 英霊の騎士(ヴァルハラナイツ)、レベルにして43。

 攻撃に特化しており、防御特化の死の騎士(デスナイト)にさえ十分に攻撃が通る。

 そして少し遅れてその後ろから毛並みの違う戦士が一体顔を覗かせた。

 それは強き英霊(ヴァルハラスルーズル)、レベルは51。

 英霊の騎士(ヴァルハラナイツ)達をまとめ上げる隊長のような存在で、彼が率いる事により集団戦闘を可能とする。

 

 そうして天空城に侵入し、モモンガ達は初めて脅威となる存在と戦う事になった。

 

 

◇ 

 

 

「ふう…、皆さん無事ですか?」

 

 疲れた声でモモンガが声をかける。

 

「俺は大丈夫だ」

 

「ええ、こちらもなんとか大丈夫です…」

 

「私も問題ない。しかしこんな奴等が次々と出てくるなら流石に厳しいぞ…」

 

 誰の犠牲も出す事なくモモンガ達は10体の戦士達に勝利した。

 しかしそれは辛勝といった感じで決して楽な戦いでは無かった。

 

「ええ、今ので俺も6体の死の騎士(デスナイト)を召喚して消費してしまいましたし、魔力的にもかなり消耗しました…。今後は可能な限り戦闘は控えましょう」

 

 厳密には6体も死の騎士(デスナイト)を召喚しなくとも勝つ事は出来ただろうが魔力の消費が多くなるのと余計なダメージを受けない為に召喚したのだ。先の見えぬこの場所においてスキルは極力使用したくないと考えていたモモンガだが温存しすぎて取返しの付かない事態に陥る方が最悪だ。

 リスクとリターンを考慮し、モモンガは一日12体までしか召喚できない中位アンデッドをここで6体も消費したのだ。

 

(少し楽観的過ぎたか…。十三英雄のリーダーが単身でクリアしたのだから大丈夫と高を括り過ぎていたかもしれない…。あのレベルのモンスターが今後も続くのでは俺達では少々厳しい…)

 

 とは思いながらも、ユグドラシル基準で考えれば防衛するモンスターのレベルは弱すぎると言わざるを得ない。もちろん低レベルのモンスターなどどこの拠点にでもいるのだがモモンガの見立てでは戦闘区域になりそうなこの場所に配置するには弱すぎると判断していたのだ。

 

(アースガルズの天空城にかつての力が無いのは確かだな…、しかしレベルダウンしている今の俺では決して油断出来ない…。最悪の場合は脱出できるように逃げ道も確保しておかないとな…)

 

 そうして周囲を調査、探索するモモンガ。その時、嫌な物を発見した。

 10体の戦士達が来た場所の先に向かうとあったのは少しひらけた空間であった。その正面には大きな扉。

 

(ボスエリアっぽいな…。なるほど、あの戦士達はここを守っていたのか…。可能であれば回避したいが普通はここが最短のルートになる筈…、ん?)

 

 モモンガは扉の横に鎮座する複数の像に気が付いた。

 その像の足元には石板がはめ込まれた石碑がある。まだ距離がある為、何が書かれているかわからないがモモンガは自身の熱意が失われていくような感覚に陥っていた。

 ユグドラシル時代、こういった作りのダンジョンは幾度となく見た事があったからだ。

 

(同時攻略系ダンジョン…! その名残か…! ギルド拠点となった後もその仕様を引き継いでいるとは…!)

 

 モモンガが頭を抱えたのは当然だろう。

 同時攻略系ダンジョンとは文字通り、同時に複数のチームを編制し攻略する事を要求されるダンジョンだ。さらにここが最高峰のギルド拠点である事を加味すれば恐らくは最難関の五チーム編成タイプであろう。攻略前のナザリック地下大墳墓と同様の鬼畜仕様である。

 もしそうであるならばモモンガ達だけでの攻略は絶望的だ。

 

(い、いやそうであるなら十三英雄のリーダーも攻略など不可能な筈…、何か抜け道が…)

 

 悩みながらもモモンガは鎮座する像へと近づき、その足元にある石碑を読もうとしたその時。

 

(……! ギミックが解除されている…! この石碑はすでに意味を成していない…! この謎は解かれたまま、リセットされる事なくそのままだ…!)

 

 もちろん攻略側に複数のチーム編成を強制させるこのギミックの防衛コストは高く、現状においては維持できないのであろうと簡単に予測がつく。

 

(そりゃそうだよな…、他の防衛システムが死んでてこれだけ生きてる筈はないだろうし…。良かった…。同時攻略系なんてもう二度とやりたくない…)

 

 そう心の中で愚痴りながら扉へと近づくモモンガ。可能であれば魔法で中を確認しどういった敵がいるのか探ろうとしたのだがここで新たに驚愕する事になる。

 

「ば、馬鹿なっ…!」

 

 突如、驚きのこもった悲鳴のような声を上げたモモンガにイビルアイとデイバーノックが駆け寄る。

 

「ど、どうしたんだモモンガっ!」

 

「何かあったのですかモモンガさん!」

 

 だが二人の声はモモンガの耳には入っていない。

 ナザリック地下大墳墓という大規模なギルド拠点を持っていたモモンガには分かる事がある。

 拠点には戦力を置くべき場所、または置いてもあまり意味を成さない場所が存在する。

 例えば広間などの大きな空間は防衛のギミックやモンスターを配置するのに適しており、そういった場所を攻略の際に必ず通らなければいけない場所として設定しておくのが普通だ。

 もちろんそういった場合でも抜け道や攻略法などは存在するが防衛側からすればこれがセオリーにして絶対だ。これを違える事にデメリットこそあれどメリットなど存在しないのだから。

 故に驚いた。

 この天空城の構造には詳しくないがこの目の前の扉の先、広間に繋がっているであろうこの場所が、隔離されているのだ。完全に侵入出来ないように隔離し、空間が断絶されている。拠点としては致命的とも言える処置だ。

 例えば、これと同様の事はナザリック地下大墳墓でも可能であり、第八階層などは転移門を閉じて誰も入れぬようにしていたりもした。

 だがおかしい。

 あくまでそれは侵入者が来ないであろうユグドラシルが斜陽の時期だったからこそ閉じていたのだ。実際にユグドラシル全盛の、1500人からなる大侵攻の時は第八階層への転移門は解放しそこで侵入者を迎え討ったのだから。

 仮にもしモモンガがギルド拠点を放置するのであれば確実に転移門は閉じたりはしない。いくら他の階層が充実しているとはいえ、攻略の為の道中をこちらから短くする必要などないからだ。

 

 ギルド拠点のシステムにアリアドネというものがある。

 ゲームとして成立するようにその入り口からギルドの中心地まで一本の線で繋がっていなければならないというものだ。入口を塞いで難攻不落の拠点を作ろうとするのは不可能なのだ。もしこれを守らなければペナルティが発動し、ギルド資産が一気に目減りしてしまう。

 

 だからなのだ。

 だからこそ防衛に向いている広間を隔離するのは理屈に合わないのだ。

 ここを隔離してしまえば、アリアドネにより必然的に他のなんでもない場所やただの廊下のような場所が必須の攻略ルートとして構成されてしまう。

 

(いや…、ここだけ何かを保管しておく場所として隔離しておいた可能性は0じゃない…。あるいは他のルートに何か罠が…? そもそも広間に当てる防衛戦力が存在していない? そこまで困窮していたのか…?)

 

 答えの出ない問題を必死に思案するモモンガ。

 だが理屈に合わないというのはどうにも気持ちが悪いのだ。理解が出来ない。資金が無く防衛力に不安が残るとしても、いやだからこそ少しでも防衛に向いている場所を活用する方が自然であり、戦力が少なくとも道中を引き延ばした方がいいと言える。

 決して解決しないその気持ち悪さを抱えたまま、モモンガは天空城の攻略へと戻る。

 だがこの気持ちの悪さは攻略が進む度に増していくばかりなのだ。

 

 

 

 

「こ、ここもだとっ!? ば、馬鹿なっ! そんな馬鹿な!」

 

 城の中層を抜け上層に入り、拠点の中枢である天守へも近づいてきたと思しき時、再びモモンガが叫ぶ。

 最初だけならたまたまだと納得する事も出来ただろう。しかしもう無理だ。防衛の要とも言えるような広間や兵舎、大階段等様々な場所を抜けたが難関と言えるような場所は一つとして存在しなかった。

 自動POPのモンスターはいたし、強き英霊(ヴァルハラスルーズル)英霊の騎士(ヴァルハラナイツ)は至る所に配置されていたが戦闘を回避するのは容易であった。最初の戦いこそ不意の遭遇戦であったが、そうでなければ戦闘を回避する事は難しくないのだ。

 それが防衛に向いていない場所に配置されているならば尚更だ。懸念していた100レベルNPCに至ってはどこにもその存在を確認できずまともな戦力は皆無に等しかった。さらに言うならば難所になりそうな場所を通らずに済んだ為、攻略は容易かった。

 

「い、一体どうしたって言うんだモモンガ! さっきから少しおかしいぞ! 攻略は順調じゃないか! 何をそんなに驚く事があるんだ!」

 

 心配した様子でイビルアイがモモンガに声をかける。

 モモンガは道中で何度か説明したものの、ギルド拠点の本質やユグドラシルのルール等を知らないイビルアイやデイバーノックにはその真意が伝わらなかった。

 

「そうだ。少し心配が過ぎるんじゃないか? 確かにあの八欲王の拠点がこんなものかというのは理解できる。だがどんな思惑があれ、俺達に災難が降ってくる訳じゃない。楽に済んだ事を感謝し、さっさと攻略してしまおう」

 

 ズーラーノーンの言葉に虚ろに頷くモモンガ。

 

「そう、ですね。そうかもしれません…」

 

 そう返事をしてモモンガは城の天守へと向かう。恐らくそこには天空城の心臓部、玉座の間があるのであろう。拠点の最奥としてはそれが最も相応しい。

 そこへ至る最後の階段を一歩ずつゆっくりとモモンガは足を踏みしめる。

 

(確かに今考えるべき事ではない、か…。だがそれでもおかしい…、何度考えても納得出来ない…。防衛に向いてそうな間や階層はいくつかあった。しかしそのいずれもが隔離され、決して干渉できないようになっていた…。あれらは一体何なんだ…。なぜあれだけの場所を…、空間を隔離する必要が…? しかし一つ分かった事がある…、確かにこんな状況であるならば一人の攻略も不可能じゃない。十三英雄のリーダーが単独攻略出来ても何の不思議もないという事か…)

 

『八人からなるギルド。その証としてギルド武器は八つに別たれたとか』

 

 不意にかつてのズーラーノーンの言葉がフラッシュバックした。

 

(…! 待てよ…! 八人のギルド…! 彼等は仲間でありながら…、しかし欲深く互いの物を奪い合って最後には皆が死んでしまったと…! そうだ! もしそんな争いになったのならば…、()()()()()()()()()()()()()()()()()のは当然の帰結じゃないか! だが何を守ったんだ…、金銀財宝? 神器級(ゴッズ)アイテム、いや世界級(ワールド)アイテムか…? いずれにしろこの拠点は八欲王が死んだ時のまま…、そのまま何の手も加えられていない状況ではないのか…? そうであればこの惨状も納得できる、防衛どころではない…。ギミックや罠すらも役に立たない。なぜなら倒すべき敵は拠点内にいたのだから…!)

 

 実際ここに来るまでにモモンガが見つけた隔離された空間は六つ。この城の中層から侵入した為、もしかすると下層にもう二つ隔離された場所があったのかもしれない。

 そうであれば八つの隔離空間、そこが八欲王達の個人的な領域だったのではないか。

 

(もしそうなら十三英雄のリーダーはどうやってアイテムを入手した? 今回はまだ発見できていないが宝物庫がどこかに? いや、それともギルド武器を手に入れその権限を以て隔離されたどこかの部屋をこじ開けたのか…?)

 

 モモンガの中に新たに様々な疑念が湧いてくる。

 だがそうであるならばギルド武器の入手は必須だ、あるいは心臓部である玉座の間でギルドを落とす必要も出てくるかもしれない。

 

(いや今考えるべき事はそれじゃないな…。まずはこの天空城を攻略してから…。考えるのはその後でいい…!)

 

 そうしてモモンガは気を取り直し再び進む。

 しかし一つだけモモンガが決定的に間違えている事がある。

 十三英雄のリーダーは――

 

 

 

 

 最上階へと続く階段を上り切った四人の前にあるのは巨大な扉。

 それらにはレリーフとして様々な物が描かれていた。北欧神話にまつわる神々とその歴史。

 一大叙事詩のように連綿と続くそれらは周囲の壁や天井にまで及ぶ。

 神を讃えるように、またここは神の住処なのだと誇るようにそのレリーフや文様は光を放っていた。

 

 モモンガが扉に手を掛ける。

 重そうな音を響かせながら扉が開いていく。

 その先にあったのは、光の空間。

 

 見上げる程に高い天井にあるのは色とりどりのステンドグラス。

 名のある絵画のように美しく装飾され、また透けるように透明であった。ステンドグラスは外からの光で照らされ室内と共にその鮮やかを讃えている。

 この世の物とは思えない極上の世界。

 周囲の壁もガラスのように透明で外にある雲の水平線が見通せる。建物の内部にいる筈なのに無限に続く空が見渡せる景色。

 地表の景色など微塵も見えない。

 ここは雲の上。まるで下界と隔離されたような別世界、まさに天上の国、神の城。

 

 この神々しくも鮮やかな部屋の奥にあるのは玉座。

 八つの空になった玉座だ。

 その玉座の下にある階段の前で三人の人影が膝を突いて頭を垂れている。

 しかしモモンガ達に気付いたのだろう。

 彼等はゆっくりと立ち上がりこちらへと振り向いた。

 

「ここは神なる御方の座する場所。何人も立ち入る事は許されぬ」

 

 凛とした女性の声が響く。

 

「その無礼、死で贖え」

 

 剣と盾を携えた金髪碧眼の美しい女性であった。

 長い髪は後ろで大きな三つ編みに結わえられており、鳥の羽の装飾が印象的な兜を被っている。

 全身甲冑に身を包み、腰からはドレープの付いた布がスカートのように揺れている。

 人のような外見の女性だが背中から生える翼がそれを否定している。

 

戦乙女(ヴァルキュリア)かっ!」

 

 モモンガがその姿を確認し厳戒態勢に入る。

 すでに魔法で全員にありったけのバフをかけており準備は万全の状態で玉座の間へと入室した。それでもなお最大限の警戒が必要な相手。

 戦乙女(ヴァルキュリア)、レベルにして72。

 カルマは極善、神聖系の魔法やスキルを持つモンスターである。モモンガとの相性は最悪といえよう。

 戦闘力そのものはレベル程ではないがその特殊能力やスキルが厄介である。

 

「ウォォオォォオオ!!!」

 

 戦乙女(ヴァルキュリア)の横にいる二人の戦士がスキル<戦いの雄叫び(ウォークライ)>を発動しモモンガ達へと襲い掛かる。

 彼等は熊の毛皮を纏う者(ベルセルクル)狼の皮を被った者(ウールヴヘジン)、レベルは56と59。

 軍神オーディンの神通力を受け、熊や狼といった野獣のように戦う鬼神の如き戦士である。

 いずれもヴァイキングの戦士のような二本の角が印象的な兜を被っており、その身はチェインメイルで守られている。さらにその上からそれぞれ熊と狼の毛皮のマントを羽織っている。

 手に持つ大斧が特徴的で彼等の性質を体現しているといえる。

 戦士系ビルドとしての完成度が高く、ほぼ無駄の無い構成のおかげで同レベル帯の戦いにおいて彼等の勝率は非常に高い。相性次第では格上さえ打倒しうる。

 

「っ! ―中位アンデッド作成 死の騎士(デスナイト)―!」

 

 即座にモモンガは四体の死の騎士(デスナイト)を創造した。そして二体ずつ熊の毛皮を纏う者(ベルセルクル)狼の皮を被った者(ウールヴヘジン)へと当てる。

 

「あの二体の戦士は強いです! 近接戦闘になれば俺を含め誰も敵いません! 死の騎士(デスナイト)に壁になって貰ってる間に叩くしかない! デイバーノックさんとズーラーノーンさんは後ろから魔法で削って下さい! 魔法耐性は低いので十分にダメージは通る筈です!」

 

「わ、わかりました!」

 

「任せておけ」

 

 そうして死の騎士(デスナイト)が防御で耐えている間に二人が後ろから魔法を放つ準備を始める。

 

「イビルアイさんは俺と一緒にあの戦乙女(ヴァルキュリア)をお願いします! 申し訳ないんですが俺一人じゃかなり厳しいので…!」

 

「はっはっは! 気にするなモモンガ! 存分に頼ってくれていいぞ! 初の共同作業だな!」

 

 無駄に陽気な声でイビルアイが返事をする。

 

戦乙女(ヴァルキュリア)はいるだけで周囲の味方にバフを与えます。強化魔法やスキルが豊富なので常に注意を払って下さい!」

 

 そうしてモモンガは即座に<破裂(エクスプロード)>を戦乙女(ヴァルキュリア)目掛け発動する。

 

「<聖なる守護(ホーリーウォール)>」

 

 しかし戦乙女(ヴァルキュリア)が唱えた魔法で出現した白い結界のようなものに阻まれ<破裂(エクスプロード)>は届かない。

 

「ちっ! 今のレベルじゃ防御魔法で弾かれるか!」

 

 モモンガの叫びを余所に戦乙女(ヴァルキュリア)はスキルを発動する。

 

「<戦死者の選定(コール・オブ・エインヘリヤル)>」

 

 その声と共に周囲に三つの光が輝き出す、その光の中から現れたのは三人の英霊の騎士(ヴァルハラナイツ)

 

「モ、モモンガッ! こ、こいつらっ!」

 

「分かってます! ―中位アンデッド作成 死の騎士(デスナイト)―!」

 

 モモンガも同時に死の騎士(デスナイト)を二体召喚する。これでスキルによる中位アンデッド創造は打ち止め、カードは出し切った。

 

「<第7位階天使召喚(サモン・エンジェル・7th)>」

 

 だがそれを嘲笑うかのように戦乙女(ヴァルキュリア)はさらに魔法を発動する。

 呼び出されたのは威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)

 それは光り輝く翼の集合体だ。王権の象徴である笏を手にしてはいるものの、それ以外の足や頭というものが一切存在しない異様な外見。そうでありながらもその神聖さは欠片も失われていない。

 

「なっ…! 次から次へと…! くそっ! ―下位アンデッド作成 骸骨の魔法使い(スケルトンメイジ)―!」

 

 モモンガが苦し紛れに骸骨の魔法使い(スケルトンメイジ)を八体創造する。もはや個体の強さでは敵わない、頭数とその手数で押し切るしかない。だが――

 

「<善なる極撃(ホーリー・スマイト)>」

 

 召喚された威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が即座に魔法を放つ。突如、光の柱が出現しモモンガと共に四体の骸骨の魔法使い(スケルトンメイジ)に強烈な光が浴びせられる。

 

「ぐぅぁあぁああ!」

 

 モモンガの全身に鋭い痛みが走る。レベルダウンさえしていなければほとんどダメージなど入らなかっただろう。だが今はそうではない。相性最悪のこの魔法でHPが削られていくのが理解できる。

 モモンガと同様、範囲内にいた四体の骸骨の魔法使い(スケルトンメイジ)はその一撃で灰になっていた。

 

「<女神の鼓舞(ゴッデス・インスパイア)>、<神の御旗の下に(アンダー・ディヴァイン・フラグ)>、<不死者忌避(アンデス・アヴォイダンス)>、<聖域加護(サンクチュアリプロテクション)>」

 

 再び間髪入れずに戦乙女(ヴァルキュリア)がスキルと魔法を発動し、味方全体へバフを与える。だがこれで終わりではない。そのまま立て続けに魔法を発動しようとするがモモンガがみすみす見逃す筈がない。

 

「<転移(テレポーテーション)>、<生気吸収(エナジードレイン)>!」

 

 転移し戦乙女(ヴァルキュリア)の背後に回ったモモンガが死霊系の接触型魔法を発動する。接触しなければならないという制約があるがその効果は絶大。相手のレベルを一時的にドレインし、相手には時間経過で消えないレベルダウンという特殊なデバフがかかる。

 

「な…!」

 

「厄介は厄介だが…、ユグドラシルと変わらずこういった対策は出来ていないようだな。今度はこちらから行かせてもらうぞ!」

 

 ユグドラシル内でも戦闘知識という点ではトップクラスに入るであろうモモンガ。プレイヤーならいざしらず、ユグドラシルの1エネミーであれば多少の不利やレベル差などいくらでも覆せる。

 

 

 

 

「ぐぅうぅ! <火球(ファイヤーボール)>! <電撃球(エレクトロ・スフィア)>!」

 

 二体の死の騎士(デスナイト)の後ろからデイバーノックが熊の毛皮を纏う者(ベルセルクル)へ魔法を浴びせる。ダメージが入っているのは分かるがそれでも死の騎士(デスナイト)の消耗が激しく、彼等が滅ぶ前に熊の毛皮を纏う者(ベルセルクル)を倒せるかは非常に危うい。

 

(くそっ…! なんて事だ…! モモンガ様から二体の死の騎士(デスナイト)を借り受けてまで、なお届かないのか…! 私は…、なんと弱い…!)

 

 モモンガと出会い、デイバーノックは己の弱さを知った。

 王国で六腕の一人として活動し、この世界においては高いレベルにいると自負していた。だがそうではなかった。モモンガだけでなく、イビルアイもズーラーノーンも彼よりも遥か高みにいる強者だった。帝国で出会った法国の者達も強く、特に天空城に来てからはそれ以上の無力を実感するばかりだ。

 世界は強者で満ちている。

 例えば英霊の騎士(ヴァルハラナイツ)などはモモンガはもちろん、イビルアイ、ズーラーノーンならば単身で撃破できるだろう。しかしデイバーノックには不可能だ。

 彼だけがこの中で格が落ちる。この場においては敵味方含め、最も弱者である。

 異形なる大魔法使い(デミリッチ)として新たな高みに昇ったものの、それでもなお足りない。むしろそれまでが弱すぎたと言うべきか。

 

 横へ目を向けるとモモンガとイビルアイが絶妙なコンビネーションで敵と渡り合っているのが見えた。

 

「イビルアイさん! 十時方向、魔法お願いします! 少し間を置くように!」

 

「っ!? わ、わかった! <水晶騎士槍(クリスタルランス)>!」

 

 するとまるでイビルアイの魔法に呼応するように一体の英霊の騎士(ヴァルハラナイツ)がスキルによる高速突撃を放った。

 これにより英霊の騎士(ヴァルハラナイツ)の動体を<水晶騎士槍(クリスタルランス)>が貫通、本来一撃で倒せぬ筈の相手を突進の速度も相まってカウンターで沈める事に成功する。

 

「す、凄いなモモンガ! 分かってたのか!」

 

「ええ、英霊の騎士(ヴァルハラナイツ)の突進攻撃には溜めがあります。そこを見切ればカウンターで倒す事は難しくない」

 

 その後もモモンガが相手側の魔法を誘導して同士討ちさせたり、骸骨の魔法使い(スケルトンメイジ)を囮に範囲魔法を撃たせその隙を付いたり、妨害により魔法の暴発、様々な手練手管で敵を追い詰めていく。

 

「これで終わりだ! <負の爆裂(ネガティブバースト)>!」

 

 ズンと大気が震え、光が反転したような、黒い光の波動がモモンガを中心に周辺を飲み込む。

 範囲内にいた威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)はすでにダメージを負っており、その一撃がトドメとなり消滅した。

 

「あとは戦乙女(ヴァルキュリア)のみです、行きますよイビルアイさん!」

 

「おう!」

 

 戦いはすでに佳境であり、戦乙女(ヴァルキュリア)によって追加で召喚された数々のモンスターもモモンガ達の前に敗れた。死の騎士(デスナイト)は滅び、モモンガも下位アンデッド作成を使い切ったがそれでもモモンガの勝利は揺るがないだろう。残すは戦乙女(ヴァルキュリア)のみで王手の状態だ。

 

 ズーラーノーンの方だが、楽勝という訳ではないが壁役の死の騎士(デスナイト)が滅びると同時くらいには狼の皮を被った者(ウールヴヘジン)の息の根を止められるだろうという程度には善戦していた。

 

 この場において形勢が不利なのはデイバーノックだけなのだ。

 

(くっ…、こ、このままでは…!)

 

 アンデッドの身であり、汗などかかない筈のデイバーノックだがその身体を冷たいものが走ったような錯覚に陥った。

 それは恐怖。

 自分が敗れ、滅ぶことにではない。

 モモンガの役に立てず、あげくには失望されてしまうのではないかと。

 それがあまりにも恐ろしく、デイバーノックの精神は凍ったように震えていた。

 

「<電撃球(エレクトロ・スフィア)>!」

 

 その魔法を放ったと同時に目の前で二体の死の騎士(デスナイト)が崩れ落ちる。熊の毛皮を纏う者(ベルセルクル)の追加攻撃で残ったライフも削り取られその身が消滅する。

 壁役である死の騎士(デスナイト)が消えればその矛先が向くのはデイバーノックだ。熊の毛皮を纏う者(ベルセルクル)が命を刈り取るような強烈な一撃をデイバーノック目掛け仕掛ける。

 速度は向こうが数段上、回避は間に合わないし防御も不可能。

 さらに魔法で迎撃してもまだ体力に余裕のある熊の毛皮を纏う者(ベルセルクル)は止まる事なく、その凶刃がデイバーノックに届くだろう。詰みである。

 デイバーノックの脳裏を死が僅かに掠めた。

 

「<衝撃波(ショック・ウェーブ)>!」

 

 横から放たれたイビルアイの魔法により、ダメージはあまりないものの熊の毛皮を纏う者(ベルセルクル)の体が揺らぎバランスを崩す。そしてその隙を突くように。

 

「<骸骨壁(ウォール・オブ・スケルトン)>!」

 

 地面から生えたモモンガの魔法により熊の毛皮を纏う者(ベルセルクル)が空中に押し上げられた。本来は壁として防御に使う魔法だが座標の指定次第で敵の下で発動しこのように押し上げ的に出来る。

 なぜなら無数の骸骨から構成するこの魔法は盾としてだけでなく、手の届く範囲なら攻撃もできるからだ。同様に敵を掴み拘束する事もできる。

 そして<骸骨壁(ウォール・オブ・スケルトン)>により押し上げられ、その足をガッチリと掴まれた熊の毛皮を纏う者(ベルセルクル)は空中で固定される事になる。

 

「<魔法最強化(マキシマイズマジック)><連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)>!」

 

 モモンガの両手から放たれる二体の雷の龍が熊の毛皮を纏う者(ベルセルクル)を消し飛ばす。

 後には灰が残り、宙に消えた。

 

「ふう、危なかった! 大丈夫ですかデイバーノックさん!」

 

 唖然とするデイバーノックへモモンガが駆け寄る。

 

「いやー、かなりギリギリですけど間に合って良かった! こっちもイビルアイさんと二人がかりだったのに手こずってしまって…。ズーラーノーンさんも無事に終わったみたいですね」

 

「いやいや、死の騎士(デスナイト)がいなかったら厳しかった。助かったよモモンガさん」

 

 ちょうどズーラーノーンの方も狼の皮を被った者(ウールヴヘジン)を倒すのに成功していた。疲れたといったような様子でモモンガ達の方へと歩み寄る。

 

(私だけ…、私だけがモモンガ様に必要以上の手間を掛けさせている…。二体の死の騎士(デスナイト)を借り受け、それでも勝てずに最後はモモンガ様の手を煩わせてしまった…。なんと弱く…、みっともないことか…)

 

 がっくりと肩を落とし打ちひしがれるデイバーノック。

 

「どうしたんですかデイバーノックさん! 俺達勝ったんですよ! 天空城を攻略したんです! 心臓部である玉座の間まで来たんですよ!」

 

「そうだ! あれだけの強者を私達は倒したんだぞ! 魔神以上だった!」

 

 ニコニコとした様子で語り掛けるモモンガとイビルアイにデイバーノックは引け目を感じていた。役にも立てず、足を引っ張るばかりの自分に価値などあるのか、と。

 

「も、申し訳ありません、モモンガさ――ん。私は――」

 

 その時、気付いた。

 言い終わる前にその違和感に気付いたのはデイバーノックだけだった。モモンガやイビルアイのように浮かれていなかったからかもしれない。あるいは常にモモンガの役に立ちたいと考えていたからか。

 もう魔力はあまり残っていない。だからこそ、手が体が反射的に動いた。

 

「モモンガさん! あぶな――」

 

「<魔法最強化(マキシマイズマジック)><善なる極撃(ホーリー・スマイト)>」

 

 突如、光の柱が出現した。

 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が放つそれよりも遥かに強力な。

 モモンガのいた場所に発生したそれはデイバーノックがモモンガの体を突き飛ばす様に入れ替わった為、デイバーノックの体を直撃した。

 

「うぐぁぁぁぁあああ!!!」

 

 デイバーノックの断末魔のような叫びが響いた。この一撃で消滅しなかったのは奇跡であろう。とはいえ体の七割が吹き飛んでおり、生身であれば命を保っていられないだろう。

 

「デイバーノックさん!」

 

 デイバーノックの身を案じながらもすぐにモモンガが周囲を警戒する。完全に油断していた。普段のモモンガならばこんな不意打ちを許す事など絶対にない。

 新たな敵が湧いたのかと周囲を確認するが誰もいない。

 いるのは、モモンガ達の後ろで手を突き出していたズーラーノーンだけだ。手に残る魔力の残滓から誰が魔法を使用したのかは一目瞭然。

 

「ズ、ズーラーノーンさん…、な、何を…」

 

 呆気にとられながらモモンガが問う。ズーラーノーンがモモンガへと魔法を放ったのは疑いようのない事実だからだ。

 

「チッ、デイバーノックめ…。面倒くさい奴だとは思ってたが肝心の所で邪魔しやがって…! 今の一撃なら確実にモモンガを戦闘不能に出来たというのに…!」

 

 ズーラーノーンが憎々し気に体の大部分を失い横たわるデイバーノックを睨みつける。

 

「な、何を言ってるんですかズーラーノーンさん…! な、なんで、なんでこんな事を…!」

 

 混乱の極みにいるモモンガの言葉を無視しながら玉座へとゆっくりと歩いていくズーラーノーン。

 

「おい! 答えたらどうなんだズーラーノーン! 私達をモモンガを騙していたのか!」

 

 返事をしないズーラーノーンへイビルアイが怒声を浴びせる。今にも襲い掛かりそうな程にその身は怒りで満ちていた。

 

「俺一人じゃ攻略は無理だった…。戦って分かったと思うが玉座の間を守っていた奴等は強かったろう? いや元の体であれば苦労しなかったんだがな…。この体でもどうにか倒せないかと考えたあげく秘密結社なんて作ったが当てに出来るような奴は誰も出てこなかった…。やっとだ…、モモンガ。お前のおかげだ…。お前のおかげでこの城を攻略できた、礼を言うよ」

 

 玉座の一つに歩み寄るズーラーノーン。

 よく見ると八つある玉座の横にそれぞれひとつずつ武器が立てかけられるように置かれていた。厳密にはそれらは七つで、一つの玉座だけは空だったが。

 その武器の一つをズーラーノーンが手に取る。

 

「永かった…。永かったんだ…。やっと、やっと夢が叶う…」

 

 小さく一人ごちるズーラーノーン。

 

「モモンガ…、お前と戦えば俺に勝機は無いからな…。できれば先ほどの一撃で決めておきたかったが…。まぁいいさ、これがあればどちらにせよ変わらん。そこで世界の終わりを見届けてくれ」

 

 そう言ってズーラーノーンが手に取った武器を掲げる。

 

「防護結界発動」

 

 その言葉と共にモモンガ達を中心として覆うように玉座の間に結界が張られた。

 それはギルド拠点における防衛ラインの一つ。

 一部の種族の侵入を完全に排除する結界の一つだ。結界の能力としては破格だが、一部の種族以外にはほとんど意味を成さない。拠点攻略においては特定の種族のみでチームを組むなど普通は無いのでさほど危険性の高い結界ではなかった。結界の排除に該当しない種族が外から簡単に解除できるのだ。

 だが今は違う。

 モモンガ達はアンデッドのみで、ここに張られた結界はアンデッドを排除するもの。中に閉じ込められる形となったモモンガ達だけではどんな手段を講じてもまず脱出は不可能。

 

「ありがとうモモンガ、そして、さらばだ」

 

 ズーラーノーンが手に持つ武器に魔力を込める。

 すると辺りにパキンという乾いた音が聞こえた、それは何かが割れる音。

 音の元であるヒビは全体へと広がり、頑丈そうにも見えたその武器はいとも簡単に砕けた。

 やがてそれは砂のように崩れ、掻き消えた。

 

 次の瞬間、天空城が揺れた。

 大地や建物が軋む音と共に、まるで大きな地震のようにグラグラと。

 

 破壊されたのはギルド武器。

 天空城に存在する八つの内の一つ。

 ギルドの象徴たるそれが破壊される事は拠点の崩壊を意味する。

 他の玉座に立て掛けられていた武器も同様に砂となり崩れ去った。

 

 これにより天空城は、終わる。

 ユグドラシル時代のように再びダンジョンに戻るという事は無い。

 この世界で崩壊したギルドは文字通り崩壊する。

 連動しているギミックや罠は暴走し、拠点が崩れエネルギーが枯渇するまで無作為に発動し続ける。

 全てのNPCは拠点との絆が切れ、コントロールを失う。

 もうここに他者が介入できる余地は残っていない。

 全てが終わり、崩れ去るのだ。

 

 辺りにズーラーノーンの高笑いが響き渡る。

 無邪気な子供のようでいて、また心底恨めしいような。

 もはやモモンガ達には何の興味も無いのか、一瞥もせずに姿を消した。

 後に残されたのはモモンガとイビルアイとデイバーノックのみ。

 崩壊する城の中で、脱出する事も出来ずに結界の中に閉じ込められたまま。

 

 

 

 

「デイバーノックさん! しっかりして下さいデイバーノックさん!」

 

 体のほとんどを失ったデイバーノックにモモンガが声をかける。必死に負のエネルギーを込めた魔法やスキルを発動するがもはや魔力の残っていない状態ではデイバーノックを十分に回復するには至らない。

 

「そ、それよりモモンガさん…。どうにか…、ここから脱出しなければ…」

 

「そ、そうだモモンガ。早くこの結界から脱出しなければ崩れた城に圧し潰されるぞ! しかしズーラーノーンめ…。まさかこんな事を…!」

 

 デイバーノックとイビルアイがどうにか結界から脱出できないか考えるがモモンガだけは諦めていた。

 

「デイバーノックさん、イビルアイさん…、言い難いですがここから脱出するのは不可能です…。この結界そのものは脆弱で解除は容易です、しかしだからこそ一部の種族には絶対的な効果を発揮するんです…。アンデッドである俺達ではどんな手を用いようと脱出は不可能…。すみません、俺が天空城を攻略しようと言ったばかりにお二人を巻き込んでしまって…」

 

「な、何を言うんだモモンガ! 悪いのはズーラーノーンだ! お前は悪くない!」

 

「そ、そうですモモンガさん…。貴方は悪くない…、全てはズーラーノーンが…。むしろ私こそ、あの男に良からぬものを感じていたにも拘らず何も出来なかった…。モモンガさん、最後までお役に立てずに申し訳…、ありま…」

 

「デイバーノックさん! しっかりして下さい!」

 

 崩れた体から魔力が失われていくのを感じるデイバーノック。

 この身はもう長く持たない、そう確信すると共に最後に思った想いは敬愛する主人の役に立てなかった事だ。

 

(なんと情けない…。弱いままでモモンガ様の足を引っ張り…、ズーラーノーンの悪意からお救いする事も出来なかった…。あげくにはモモンガ様の危機を前に何をすることも無く滅びゆくとは…)

 

 だが死の間際、己の身を厭わぬからこそデイバーノックの前に一つの道が見えた。

 

(待て…、ズーラーノーン…。あいつはアンデッドの身でありながら神聖魔法を行使していた…。ずっと疑問には思っていた…、どうすればこの世の摂理を捻じ曲げそんな事が…)

 

 魔術の深淵に至る為に魔法を追い求めていたデイバーノック。だからこそモモンガやイビルアイはもちろん、ズーラーノーンの魔法すら事細かに観察していた。そしてこの段階になって一つの仮説に辿り着いたのだ。

 

(魔力の偽装…! そうか…、この魔力を…、負のエネルギーを偽装し…、別の物へと変質したかのように世界を騙したのか…! だからこそ術式を変化させる事なく神聖魔法を行使できた…! そうだ、魔力の偽装…、それが出来れば…!)

 

 デイバーノックは弱い。

 だがデイバーノックはかつてモモンガから学んだのだ。

 強さなど時間が齎す差異の一つに過ぎない。

 魔法の下に誰もが平等、貴賤など存在せず誰もが魔法への礎となれる。

 それはきっとデイバーノックも例外ではない。

 

「モモンガさん…、申し訳ありませんが残っている魔力を全てこの身に預けて貰えませんか…? 私がこの結界を解除します…、貴方を、お救いします…!」

 

「な、何をデイバーノックさん! この結界はアンデッドの身じゃ絶対に…!」

 

 否定しようとしたモモンガだが、デイバーノックから強い意志を感じ口ごもる。どちらにせよこのままではデイバーノックは滅びる。少しでも生き永らえさせる為にはと頷く。

 

「わ、わかりました…。でもデイバーノックさん、無理はしないで下さい…」

 

「……」

 

 いつもモモンガの問いに必ず肯定していたデイバーノックが初めて沈黙を貫いた。それはもう答える余裕がないからなのか、それも覚悟の表れか。

 

(悔しいが…、ズーラーノーンを思い出せ…。あの魔術を、構成を…)

 

 体に残る魔力とモモンガから分け与えられた魔力を己の中で混ぜ合わせ昇華させる。魔力の性質そのものは変化しないがズーラーノーンのように偽り、世界を騙すのだ。

 そうしてデイバーノックは行き着いた。

 世界の理を理解し、魔力の偽装を己のものとし、新たな魔法を創造した。

 手を空へ掲げ、口を開く。

 

「<偽りの受肉(フェイク・インカーネーション)>」

 

 デイバーノックの魔力が粒子となり体の外へと流れだす。

 それらはまるで粘土のように骨だけの体に纏わりつき人の体を為していく。

 失った体の大部分は骨が無いものの、魔力の粒子がそれらを補完するように形作っていく。

 肉や歯、皮膚や眼球、流れる血まで再現され人間へと近づいていく。

 一種の幻術のようにも見えるがその本質はまるで違う。

 これは幻では無く、嘘なのだ。

 生まれ変わった訳でも、新たな肉体を手にした訳でもない。

 その肉体を構成する人の体のように見える物は全て嘘。

 確かに存在するが全てが紛い物、真なる物は一つも無い。

 だがそれでいいのだ。

 本物なのだと誤解させれば、世界を騙せたなら、届かぬ筈の魔術へ手が届く。

 彼の本質はアンデッドのままであるのに。

 

「デ、デイバーノックさん…、なのか…?」

 

 人の体を手にしたデイバーノックがゆっくりと立ち上がる。

 青年のような初々しさと、笑顔と共に揺れる金髪の髪が眩い。

 ある時、突然アンデッドとしての生を受けたデイバーノック。生前などなく、無から生まれたと思っていたがそれでも彼が生まれるきっかけになった何かはあった筈なのだ。

 これはその名残。

 デイバーノックの体の元になった何者か、あるいは関係のある何者か。

 結論は出ないが、デイバーノックが人の身を得た事は間違いなかった。

 

「モモンガさん、貴方は私を導いてくれました…。愚かで弱い私を…。感謝してもしきれません…、貴方の御恩に報いれるとも思いません…。でも、それでも構わないのです。ただ一度、たった一度でいい…。貴方のお役に立てた、そう思える何かがあれば…、私は幸福です」

 

 そう言って幸せそうに笑ったまま、結界の外へとデイバーノックが足を踏み出した。

 

「デイバーノックさん!」

 

 制止しようとするモモンガだが、その姿を見て驚く事になる。

 結界は少しもデイバーノックを害する事なく、またその歩みを止めようとする事もなく、まるで存在しないかのように通した。

 

「後は解除するだけ…」

 

 デイバーノックが外から結界へと干渉する。

 こういった拘束系の結界の解除は単純で簡単だ。外から魔力を流し、元の流れを阻害するだけで簡単に結界は解かれる。ただし。

 

「あぐぅぁぁあっ…!」

 

 結界に干渉すると共にデイバーノックの悲鳴が漏れた。

 結界が弱まり効力を失うにつれ、共にデイバーノックの体も崩壊していくのだ。

 <偽りの受肉(フェイク・インカーネーション)>により結界を素通り出来るとはいえ、干渉すれば話は別だ。その本質はアンデッドのままであり、結界からのダメージを防ぐことは出来ない。解除しようとその魔力に干渉すれば体が浸食され崩壊するのは自明の理。

 結界の解除と共に、デイバーノックの偽りの生が失われる。

 

「モモンガ…さん…、どうか…ご無事で…」

 

 結界が消えると共に、デイバーノックの体が砂のように崩れた。

 あの肉も皮膚も、血も何もかも。

 まさにその全てが嘘だった事を証明するように渇いた灰となり宙に舞い、消えていく。

 

「そんな…、デイバーノックさん!」

 

 消えゆく意識の中で最後の自分の名を呼ぶモモンガの声が聞こえた。

 デイバーノックにとって王都で出会ってからその全てが掛け替えのないものだった。

 自分はこの御方に仕える為にこの世に生まれ落ちたのではないか、いや、そうであって欲しいと願わせる程の偉大さ。

 混沌と死を司る慈悲深き王。

 魔道を極めし不死の王。

 

「…あぁ、モモンガ様、万歳…。至高なる御身に…、絶対の…忠誠を…」

 

 死は何よりも甘く、優しい。

 愛しい伴侶のようにずっと傍らに寄り添ってくれるのだ、永遠に。

 闇は深く、その先に果ては無い。故に全てを受け入れ赦してくれる。

 だからだろう。 

 その意識が消え去るその時まで、デイバーノックは満たされていた。

 体の全てが灰になり、その残滓さえ消え失せ、その身体を構成していた物は何一つ残らず失われるまで。

 

 デイバーノック。

 魔術の深淵に焦がれ、またそれを何よりも求めた。

 結果として彼は弱者のまま死に、その身は滅びた。

 しかし彼はユグドラシルにも存在し得ぬ魔法を生み出した。

 八欲王が残した天空城、ユグドラシルでも間違いなく最高峰のギルド拠点。

 それを騙した。

 アンデッドのまま、アンデッドでは成し得ぬことを為した。

 だがそれはもはや彼にとって価値のある事ではなかった。

 真に価値ある事は、己が定めた主の役に立つ事。

 魔術の深淵以外に大事な事を見出し、それを為せた。

 だからこそ、彼は幸福だった。

 

 奇しくも、魔術の深淵以外に心から求める物が出来たからこそ彼は至ったのだ。

 もし魔術の深淵というものが本当に存在するのなら――

 

 彼はきっと、それに触れた。

 

 

 

 

「クソッ! なんでだ…! なんで…!」

 

 デイバーノックが消え去った後、モモンガはその場で何度も蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)を振り続けていた。だが反応は無い。

 

「ユグドラシル時代ならこれで…! アンデッドだってキャラクター扱いだから蘇生できるはずなんだ…! それがどうして…!? まさかこの世界だから…? この世界じゃアンデッドは蘇生出来ないっていうのか! それとも結界の神聖属性による消滅だからか…!? ちくしょう…! なんで…」

 

 死とは何だろうか。

 もし全てが満たされたとしたら、それはもう生きる意味を失うのと同義かもしれない。

 

「しっかりしろモモンガ! デイバーノックがその身を犠牲に助けてくれたんだ! このままここにいたら城の崩壊に巻き込まれる! デイバーノックの為を想うなら…、今は逃げなくちゃダメだろうがっ…!」

 

 イビルアイが泣きながらモモンガの背中を叩いていた。

 それはあまりにもか弱いものだったが、モモンガには酷く痛く感じられた。

 

「すみません…、そうですね…。イビルアイさんの言う通りです…。嫌な役を背負わせてごめんなさい」

 

 イビルアイだってデイバーノックが死んで悲しくない筈が無いのだ。モモンガ程ではないにしろ、共に旅をした仲間だったのだから。

 それなのに名残惜しむ事もなく、すぐにここから逃げる事を口にしたのだ。辛くない筈がない。

 それを理解したからこそモモンガは立ち直り、すぐに行動できた。

 

「…! モモンガ! 城が傾いてる! 外の景色が!」

 

 イビルアイに促され外を見るモモンガ。

 そこには無限に広がるような雲の水平線があった筈だ。

 しかし今は違う。

 城の高度が下がっているのだろう。

 限りなく小さく遠く見えるが下に広がる大地が視界に映った。

 

「行きましょう! すぐに外へ出た方がいい!」

 

 そうして玉座の間の扉を開け来た道を急いで戻る。

 そのまま階段を下っていると、突如階段が崩れた。

 正確には階段を突き破り何者かが下から現れたと言うべきか。

 

「っ!」

 

 それを見た瞬間モモンガの背筋を激しい悪寒が襲った。

 これはマズイ、と本能的に理解したのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()八欲王! 何を守る為にそんな事をしたのかと思っていたが…そうか、これがその正体か!)

 

 目の前に現れた存在は我を失っていた。

 ギルド拠点との絆が切れ、コントロールを失ったNPC。

 八欲王の残した都市守護者。

 

「イビルアイさん逃げて下さい! こいつには…、勝てない!」

 

 叫びながらモモンガはイビルアイを掴み、遠くへと放り投げた。

 それが幸いしたのだろう。

 イビルアイにその凶刃が降りかかる事は無かった。

 

 突如目の前に現れた都市守護者はモモンガの姿を確認するなり襲いかかってきた。それは侵入者に対するものではなく、ただ無差別に。この世に存在する全てを屠らんとして。

 その一撃は重く、またその魔法は強大だった。

 

 レベルにして100にもなる都市守護者。

 この天空城はユグドラシルの各ワールドに一つずつしか存在しないNPC制作可能レベル3000にもなる最大級の拠点。その数値は初見クリアボーナスがプラスされているナザリック地下大墳墓すら凌駕する。

 ロマンを追い求めて八欲王が作ったNPC達は合計30人。

 いずれもレベル100という破格の強さを持つ彼等は人々の間で都市守護者として噂されてきた。

 

 だがその実、彼等は都市を守ってなどいなかった。

 ギルド拠点が崩壊するその前から、自分達の創造主が死んだ事を悲しみ、怒りと憎しみに満ちていた。

 彼等が解放される事があればその怒りの矛先は世界に向いたかもしれない。

 八欲王は彼等を守る為に隔離したのか、それとも自分達の死後も世界を守る為に隔離しておいたのか。

 あるいはその両方か。

 

 だが拠点が崩壊しその隔離も完全では無くなった今、自我を失った都市守護者が世界へと放たれる。

 その最初の犠牲者はモモンガだった。

 

「がっ…!」

 

 単純に殴り飛ばされただけで体の半分が吹き飛んだ。

 体は勢いよく壁に叩きつけられ、何枚もの壁を突き破った所でやっと止まった。

 次に浴びせられたのは第十位階魔法。

 今のモモンガが耐えられる筈などなく、その一撃でモモンガは死んだ。

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓、第五階層「氷結牢獄」。

 

 そこでアルベドは自身の姉であるニグレドにモモンガの捜索をお願いしていた。

 モモンガの装備により探知魔法を阻害され、ニグレドはなかなかモモンガの所在を掴めずにいた。

 しかしある瞬間、一瞬だけ魔法がモモンガを探知した。

 魔法で生み出した窓、そこには魔法で飛ばした視界が映り込む。それが捉えたのだ。

 その窓に一瞬、ほんの一瞬だけモモンガの姿が映った。

 モモンガが死亡し、その装備の影響を受ける対象がいなくなったほんの瞬き程の間。またモモンガという存在が消え失せ、探知先が存在しなくなるまでの刹那。

 つまりは死んだ瞬間のモモンガの姿が。

 

「いやぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁあ!!!」

 

 悲鳴、もはや絶叫とも呼ぶべきアルベドの声が轟いた。

 横にいたニグレドも声こそ上げなかったものの、その光景を見て絶句していた。

 二人共、冷静さを保てずただただ唖然としていた。

 自分達が仕える至高なる御方が、必ず守らなければいけない存在が、汚され、その命を散らしていたのだから。

 最初に訪れたのは形容し難い程の圧倒的な恐怖と絶望。

 少し時間をおいて去来したのは怒りと憎悪。

 

「ぁぁあああぁぁぁ…! こ、殺す殺す殺す殺す殺す…! モ、モモンガ様を…! 我らが忠誠を誓う至高の御方を! ゆ、許すことなど出来るものかぁ…! 我らが敬愛すべき主君、モモンガ様! そ、それを…! それをぉぉぉおおおお!!! 何者であろうとも殺す! 邪魔する者も、何もかも全て! この世で最大の苦痛を与え続けその不敬を思い知らせてやるぅぅ! あぁ! 憎い! 憎くて憎くて心が弾けそぉぉおおお!!!!」

 

 両手で自分の頭を、顔を掻きむしりながら血を流すアルベド。

 その表情は般若のように怒りに歪み、崩れていた。

 これはアルベドだけで終わらない。

 この凶報はすぐにナザリック全体が知る事となる。

 ナザリック全てが恐怖し、絶望し、また怨嗟の声を上げる。

 その全力を以て、考えうる限りの悪意で、己の仕える主人を害する者を全身全霊で排除する。そこに異論などあろう筈もなく、ナザリックの憤怒は一つに収束し、考えられぬ脅威の結束を生み出す。求める所は全員同じ。

 全てを滅ぼさんと、地上に討って出る。  

 

 天使と悪魔、彼等はどちらがより優しいのか。

 多くの聖書や神話において実は悪魔に殺された者はそんなに多くない。

 なぜなら悪魔は人間を騙し、破滅させる事はあっても殺す事は滅多にないからだ。契約で魂を貰うとされる場合も、望みを叶えるなどきちんと対価を支払っている。疫病を流行らせたという例もあるがそれは人間達から契約を破った場合がほとんど。

 では天使はどうなのか。

 少なくとも彼等は神の名の下であればどんな事でもするだろう。

 そこに優しさは無く、優先するのは神の定めたルールのみ。

 裁きという名の鉄槌を無慈悲に下すのは天使なのだ。それが正義であり、正しい事なのだと信じているからこそ何の躊躇も無い。現世の思想や常識など通用しない。

 対象の人間が善であるか、悪であるかなど厳密には関係無いのだ。

 神こそが全て。

 己の欲望の為に動く悪魔と、大義の為に動く天使。

 それが両者の決定的な違いであろう。

  

 ユグドラシル最終日にモモンガの手によって設定を改変されたアルベド。

 その彼女の変化が齎すものは何か、今はまだ分からない。

 

 

 

 

 アーグランド評議国。

 

 その最奥でツアーの顔は驚愕に見開かれていた。

 

「な…! ギルド武器が…! まさか天空城が…、でも…、そんな、まさか…!」

 

 己がこの場所で守っていた筈のギルド武器が何の前触れもなく崩れて砂と化した。

 十三英雄のリーダーから譲り受けたギルド武器。

 彼はこれを守るためにここから離れられない、そうリグリットに語っていたがそれは全てではない。理由の一つではあるが絶対ではないのだ。彼がここから離れられぬ真の理由は別にある。

 故にギルド武器が無くなった今もここを離れようとはしない。

 

「例のアンデッド…。やはり世界に敵対する者という事か…! いずれにしろ何が起こったのか確認しなければならないな…」

 

 そうしてツアーは再び白金の鎧に魔力を流し操作する。

 エリュエンティウで何が起こったのかその瞳で確認する為に。

 だが彼の鎧はその目的地に着く前に何者かに襲われる事になるのだが、この時のツアーがそれを知る由は無い。 

 

 

 

 エリュエンティウの周囲にある広大な砂漠、その一角で都市から逃げ出したクレマンティーヌが天空城を見上げていた。

 

「な、なんだありゃあ…」

 

 城から流れ出る無限の水は止まり、都市全域を覆っていた結界も消えている。

 遠くて分からないが天空城から瓦礫や何かが都市へと落ちているように見える。やがて城が完全に崩れ、都市に降り注ぐのではと思わせた。

 これの意味する所は一つ、恐らくズーラーノーンが目的を果たしたのだろう。

 つまり、エリュエンティウは滅ぶのだ。

 

『シスター!』

 

 ふと脳裏に孤児院の子供達の声が聞こえたような気がした。

 

「はっ! なんで今更…! ガキどもなんて知るか…、私は自分の命が…」

 

『クッキー焼いてあげる! 私得意なんだよ!』

 

「あぁ! うぜぇ、うぜぇ!」

 

 振り払おうとしても子供達の声が思い出される、何度も何度も。

 

『本当!? 約束だよシスター!』

 

「あぁっ! クソッ! クソッタレが!」

 

 気が付いたらクレマンティーヌはエリュエンティウへと向かって走っていた。

 逃げてきた場所へと舞い戻る、こんな馬鹿な話はないだろう。

 このまま逃げれば間違いなく助かるのに。

 

「なんで私は…! ははっ! 変な事ばかりあったせいでおかしくなっちまったのかな…? 別にあんな奴等がどうなろうと知ったこっちゃねぇってのに…! はははっ…」

 

 困惑した表情のまま渇いた笑い声を上げるクレマンティーヌ。

 かつて様々な人間から狂人と揶揄されてきた彼女だが、もし本当に狂ったとするならば。

 それは恐らく今だろう。 

 

 なぜならこの先には死しかないのだから。

 

 




モモンガ「死にました」
デイバー「さよなら」
ズラノン「ギルド武器破壊」
アルベド「全員殺す」
ツアー「絶対外出しない」
クレマン「Uターン」

今回は早めに更新できましたがほぼGWに書き溜めていた分なので次回はまた時間がかかってしまうかもしれません…
しかし今回も長くなってしまいました、本当は天空城の攻略をじっくりやりたかったのですが流石に間延びするかと思いカットしました(毎回カットばかり…)
しかしここらでやっと竜王国編の最後辺りの描写に繋がります
やっと色んな人が大暴れする所まで来ました、長かった…
完結まで頑張って書き切ろうと思いますのでどうかよろしくお願いします!

PS
デイバーノックの冥福を願ってくれる人がいると嬉しいです

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。