生前、俺は別の世界で提督をしていた。
いわゆる前世の記憶を俺は宿している。
その世界で俺は艦隊の指揮を執っていた。
艦隊といっても人の形をしている船だ。
艦娘といわれている彼女達と共に戦争をしていた。
そんな彼女たちに慕われて、最後に俺は――。
「うぉおおおおい!?ハヤテ・シン!誰やこのかわい子ちゃんやらはぁ!!」
「顔見知りだ」
「あら酷いです」
俺の言葉に銀髪の少女が悲しそうに言う。
「恋人の私達を忘れるなんて」
「は、恋人ぉぉぉぉ!?どういうこっちゃ!?」
「アホ毛、詳しいことは今度説明するから、今日はこれにて、じゃ、あ、これ、携帯の番号」
教えていなかったことを思い出して連絡先を押し付けて、俺はその場を離れることにする。
無言でついてくる彼女達。
しばらくして、誰もいない公園へ到着する。
向き合う俺と彼女達。
「久しぶりです。提督」
「この世界じゃ俺は提督じゃない。どこにでもいるただの学生だ」
「そうだとしても、私達が愛した提督です」
銀髪の少女、翔鶴がほほ笑む。
同じように瑞鶴も頷いた。
「お前達……どうして」
「転生っていうの?出会った光の玉が提督のいる場所へ案内してくれたんだ!やっぱり瑞鶴達には幸運の女神がついているのよ!」
笑顔で話すのは前の世界で特に俺へ好意を寄せていた翔鶴と瑞鶴の二人。
「他の人たちがどうしているのかは知りません。ですが、提督さんに会えたんです」
にこりとほほ笑みながら二人が俺に近づいてくる。
うしろへ下がろうとするが既に背後に回り込んだ瑞鶴が後ろから抱き着いてきていた。
「何?このサングラス、似合わないよ」
着けていたサングラスを取られる。
そのまま彼女は服の中に仕舞うとくんくんと俺のにおいをかいできた。
「おい、すぐに」
「ねえ、提督さん」
うしろから聞こえる冷たい声。
全身が震えて動けない。
この状況、あの時の……。
「どうして、提督さんの体から他の女の臭いがするの?」
振り返れば光のない瞳でこちらをみる瑞鶴と翔鶴の姿があった。
ああ、結局。こうなるのか。
「色々と話をしたいです。私達も、提督のことを」
笑顔で話してくる翔鶴。
その顔を最後に俺の意識は闇の中に消えた。
生前の世界、俺の最後は愛していると言っていた少女達にナイフで殺されるという最悪なものだった。
死んだあと、どういうわけか今の世界に意識を俺は得ていた。
この世界に争いがないことを知った俺は日常を満喫することにした。
その中でイオリ・セイさんと知り合い、ガンプラバトルにはまる。
自由に、自分の好きな風にガンプラを作る。
イオリ・セイさんに教えてもらいながら俺は自分の描いたガンプラを作った。
そして、ガンプラバトルの大会に出る。
最初は散々な結果だったが、色々と改造、特訓を重ねて、気が付けば全国大会に出場するほどの実力になっていた。
楽しい。
毎日が幸せというほどにガンプラバトルにのめりこんだ。
だが、ある日、気付いた。
この世界も何か筋書きのようなものがあるんじゃないか?
前の世界のように争いはないにしても物語のようなものが存在するんじゃ?そう考えてからは周りがモノクロのように見えてしまう。
だから、ガンプラバトルも好きじゃなくなり、やめた。
いや、やめきれず中途半端にしがみついている。
専用機を封印して量産機だけを使う。
最低限のカスタムにとどめて。
若さゆえの過ちなんて。
目を覚ますと自室だった。
体を起こそうとすると横から手が伸びてやんわりと押し戻される。
「目が覚めたみたいですね」
横を見ると微笑んでいる翔鶴の姿がある。
「なんで、服を着ていない?」
「わかっているはずです」
微笑みながら体を寄せてくる。
「もっと、もっと私達におぼれてほしいんです」
逃げようとするとさらに力強く抱きしめられて抵抗できない。
ギリギリと体が悲鳴を上げる。
「なぜ、自分が好かれているのかわからないという顔ですね」
チュッと唇にキスがされる。
「貴方がいいんです。私も瑞鶴も……貴方が欲しい。世界を超えても、どこにいようと一緒に居たい……そのためなら何でもする」
「俺を殺すことも?」
「それは最後の手段です……」
近づいてくる翔鶴の顔を手で止める。
「俺は」
「駄目です」
その手を掴まれて、顔の横へ置かれる。
「逃がしません、許しません。遠ざけません。絶対に、絶対に離さない!貴方は私のものなんです。絶対に逃がさない。何があろうと、絶対!」
ぞっとするほど暗い目でみられて俺の体は動けない。
動けない俺を見て、満足したのか、別の理由があるのか微笑みながら翔鶴は離れる。
「そろそろ学校へ行く時間ですね。気を付けて、瑞鶴が作ったお弁当、持って行ってくださいね」
「提督さーん!時間だよ~」
部屋の外から聞こえる瑞鶴に言われて俺はゆっくりと立ち上がった。
渡された重箱を手に、聖鳳学園へ向かう。
「あ、先輩!」
うしろから聞こえた声に振り返るとカミキ姉弟がやってくる。
「おはよう、シン君」
「よー、カミキ姉、弟」
「先輩!そろそろ俺や姉ちゃんのこと、名前で呼んでください」
「んー、前向きに検討しておくわ」
「なんでですか?」
「俺、人の名前を覚えるのが苦手なんだよ」
「そうだったんですか!?」
「まあな」
ウソだ。
元々は人の名前を覚えられていた。
だが、いつからだ?いつから覚えられなくなった?
「シン君?大丈夫」
考え事をしていた俺の前にカミキ姉の顔があった。
女神のように整った顔をしている彼女に心配されて俺は慌てて離れる。
「どうしたの?」
「いや、大丈夫だ。悪い、少し急ぐわ」
カミキ姉たちから逃げるように俺は学園へ急いだ。
神様という存在がもし、いるというのなら、とことん、性格の悪い人物なのかもしれない。
「私立艦コレ学園?」
「うむ」
ホシノ後輩の問いにラルさんが頷いた。
「女子高なのだがね、そこからガンプラバトルの模擬戦申し立てがあった」
「急ですね」
「何でも、こちらと試合をしたいということらしい。しかも、向こうはある条件を付けてきている」
「条件?」
「何ですか?」
「ハヤテ君を試合に参加することを条件だ」
「え!?」
「先輩を?」
ホシノ後輩とカミキ弟が驚いた顔をして、俺を見る。
かくいう俺も驚いていた。
「どこから聞きつけたのか、ハヤテ君がここの部員であると聞きつけての勝負らしい……そして」
「そして?」
続く言葉に俺は嫌な予感を覚えた。
「キミ達が負けたら彼を一年間、指導員として貸してほしいということだ」
「えぇ!?」
「また変な要求ですね」
「変過ぎるよ」
コウサカの言葉に俺は同意する。
もしかしなくても、あいつらが絡んでいるんじゃないんだろうな?
嫌な予感が俺の中でひしひしと浮き上がる。
「しかし、先輩を出すとなると……バトル形式は?」
「1on1による三回戦、ファイターのガンプラが破壊されたら次のファイターとそのままバトルするサドンデス形式」
「こりゃまた、変わっているな」
「一人で戦えるほどの実力者なのか、公式大会のルールに慣れていないのか、とにかくこの試合、どうするかはハヤテ君が決めるべきだと私は思う」
ラルさんの視線が俺へ向けられる。
「断るっていうのは?」
「勿論、可能だ。だが、それでいいのかね?」
「…………一日、考えさせてください」
パイプ椅子から俺は立ち上がる。
「悪い、ホシノ後輩、今日は帰る。後は任せていいか?」
「え、はい」
「じゃ」
「先輩、どうしたんですかね?」
セカイの言葉にフミナも頷く。
「そうだね、今日の先輩はいつもと違った」
「あのへんなメガネをつけていないほどですからね」
そう、ハヤテ・シンはあの瓶底メガネをつけていなかった。
「中等部でも大騒ぎだった。あのイケメンは誰だって」
「そこなんですか!?」
「セカイは知らないだろうが普段のあの人はずぼら、変な人、ミライさんに近づく不届き者っていわれているんだよ」
「え、知らなかった!」
「あまり人と関わろうとしないから変な噂があったの……あの格好も原因だけど」
「確かに、あのメガネはないな」
うんうんと三人は頷いた。
「風邪か?」
放課後、ぶらぶらと町中を歩く。
周りを見れば全国大会のお知らせが目についていた。
大会も近づいているんだな。
昔なら興奮してどんなガンプラで出ようかと考えていたが……今はそんな気分は微塵もないなぁ。
さて、家に帰るかどうするか。
そんなことを考えていたら前方からカミキ姉がやってきた。
「シン君?」
「……ん、よぉ、カミキ姉」
そのまま去ろうとする。
「どうしたの?」
だが、カミキ姉は俺の前に立つ。
「別に」
「でも、何か悩みでもあるの?」
ああ、うるさいな。
「お前には関係ないだろ」
そのまま去ろうとしたらカミキ姉に肩を掴まれる。
「ちょっと一緒に来て!」
「え、あ、おい!?」
カミキ姉に手を引かれて俺達は近くの公園のベンチに座る。
「さあ、何があったの?」
「別に」
「話すまでここから動かないわよ」
「お前は俺の母親か何かか!?」
「友達よ」
にこりとほほ笑むカミキ姉の言葉に俺は何ともいえない表情を浮かべているだろう。
「迷わずにそう言えるのはお前たちくらいだろうな」
「そうかしら?シン君も少し前ならいえていたと思うわ」
「ないな」
「ううん、言っていた。だって、セカイと同じくらい純粋で前向きだったもの」
「……何か、知っているような口ぶりだな」
「だって、何回かみたもの」
は?
「何を?」
「シン君が頑張っていたところを」
「え?」
「教室とかでノートにガンプラのことを書いていたり、何かを必死に考えているところを」
「……そ、それは」
恥ずかしい!!
それって、あれだよな!?
ガンプラの構想とかを練っていたころの奴だ!
カミキ姉も確か同じクラスだったからみられていてもおかしくはないけれど、しっかり見られていたことに驚きだよ。
手で顔を隠してしまう。
「だから、最近は嬉しいの」
「は?」
「セカイと一緒にガンプラを、真っすぐに向き合おうとしているように見える」
「真っすぐに?いや、それはないよ」
「え?」
「カミキ姉、俺は色々なことから逃げてきた。大事なところでいつも逃げてきた。ガンプラも世界大会とか、どんどん大きくなっていくにつれて怖くなって逃げた……今回もそう、昔に拒絶した奴らがやってきて、俺は逃げたいと思っている。だから」
俺はカミキ姉が思うほど、純粋じゃない。
どうしようもないくらい腐った人間だ。
「そんなことないわ」
俺の手にぬくもりを感じた。
気付けば俺の片手はカミキ姉の手の中にある。
「カミキ……」
「もう一度、自分を信じてみて」
「……なんで、こんな俺に」
「だって、真っ直ぐなシン君はカッコイイもの」
「そんなセリフ、他の男子に言われたら告白と勘違いされるぞ」
「え?」
驚いているカミキ姉に俺は微笑みながら立ち上がる。
「カミキ姉……いや、ミライにここまで言われたらやらないとな、男の子なんだし」
「シン君」
ミライに微笑みながら俺は立ち上がる。
「さて、少し真面目に取り組むとしますか」
「ギリッ」
「どうして」
「えっと、何これ?」
フミナは部室の机に置かれている書置きを見て目を丸くする。
「失礼します。先輩?」
「どうしたんですか……これは!!」
二人は置かれている書置きを見る。
そこには汚い字で書かれていた。
「艦コレ学園との試合は俺が全部出る……試合当日まで姿を消します。探さないでください」
という汚い書置きがあった。