とらんあんぐる組曲   作:レトロ騎士

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終章

         ◇

「薫姉、わかったよ」

 

 秋口が近づいて、心なし風の暑さが和らいだ屋敷の渡り廊下を和馬が走って来る。

 

「なにがじゃ、和馬」

「耕介さんの祖先だよ。鬼神の血だ」

 

 ぶ、と含んでいたお茶を吹き出しそうになる薫。

 

「本当か」

「ああ、八百年前にある鬼神が一人の娘に恋をして子をもうけたって伝説がある。……伝説、なんだけど、一応その少女を調べたらモデルとなるような人が実在して、耕介さんの母親の家系につながってたよ。耕介さんはその力が隔世で覚醒したって事だね。なんかシャレみたいだけど」

「能力が遺伝していない神奈さんですらあの強さだからなぁ。うちらが耕介さんにかなわんはずじゃ」

「でも、もっと厳重に封印しなくて大丈夫なんか?」

「父さんとも話したが、とりあえずそのままにする事になった」

「なんで?」

 

 和馬は納得が行かない様子で、目を瞬かせる。

 

「一つは、神獣クラスの妖力を耕介さんの体に影響ないように封印するのは不可能じゃ。まさか鬼神だとは思わなんだが。それに、耕介さんが暴走して力を使ったとしても、人を殺めたりはせん」

 茶に息を吹きかけながら薫。

「何でそう言いきれる」

「暴走族を全滅させたという話は聞いたじゃろ。一瞬で数十人を皆殺しに出来るほどの力を持って、しかもキレているというのに結局一人の死人も出ておらん。うちのときも自らを傷つけてまで正気にもどっとる。……あの人は、昔から優しい人なんじゃ」

 

 薫はそこで一息つくように茶をすすった後、思い出したように呟く。

 

「鵺鳥の 嘆きを覚ゆ 埋もれ木の 下に宿るは 真木の心根――か」

「なんだ?その短歌は」

 

 いきなり和歌を口に出した姉に、和馬が眉をひそめる。

 

「十六夜が、耕介さんをそう歌で表していた。凶や悲しみが耕介さんを覆ってしまっても、彼はそれすら自分の力にして清く強い心を育てている。そういう歌らしい。……だからというわけじゃなかが、うちも耕介さんを信じようと思うとる。」

「……まあ、たしかに力を封印しても今さらって感じだけど」

 

 ひょい、と和馬の向いた視線の先――日当たりの良い縁側で耕介が十六夜の膝枕で寝息を立てている。

 

「十六夜がそばにいることが一番の封印か。……なんか、父さん達公認になったといえ、ああいちゃつかれるとな」

 

 和馬が膨れた。

 

「まあ、いいじゃろが。あの二人にはこれからも困難が山済みになっている。それでも耕介さんといることであれが幸せだと言ってくれるのなら、それを見守ってやる事が神咲に四百年仕えてくれた十六夜に出来る恩返しになる」

「そんなもんかね」

 

 ま、結局今のあんたは十六夜をとられて悔しがってるだけじゃ、と、薫はボソッと言った。

 

 

 

         ◇

「耕介様……」

「……ん?」

 

 眠そうに目を擦ってから、耕介が十六夜を見る。

 

「耕介様は、人はどうしたら幸せになれると思いますか」

 

 膝の上の耕介に、十六夜が優しく問う。

 

「そうだな……どうしたらっていわれてもわからないけど……俺が幸せに感じることを答えるんでもいいか?」

「はい、もともと、耕介様に幸せになっていただきたくて、聞いてみたことでしたから」

 

 なるほど、とうなずいて、耕介は少しだけ空を仰ぐと、起き上がり、空になった湯呑を十六夜に持たせた。

 

「そうだな……とりあえず、十六夜がいれてくれたお茶は美味しい。それを飲んでいるときは幸せだと思う」

「……はい」

 

 嬉しそうに彼女が笑った。彼女の手により、急須から湯呑へこぽこぽと湯が注がれる。

 

 立ち上る湯気は、風に凪ぎ、木々の木陰へと消えた。

 

                                     ~終~

 




以上、十六夜夜想曲でした。

投稿しながら悶えて死ぬマン。

次回、涙が奏でる鎮魂曲は、恭也&美由希のお話。

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