とらんあんぐる組曲   作:レトロ騎士

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『人は生きる間に、いくつも飾りを付けていく。
 それは己の誇りにもなれば、引きずるだけの足枷にも変わる。
 もしそれを取り外したいのなら、簡単な方法が一つ。
 かつて同じ重りを付けていた者から、その方法を聞けばいい。』



第四章

 

         ◇

 耕介が目を開けると、覗き込む二人の少女の顔があった。

 

「ここは……」

「あ、起きましたか?」

 

 声をかけたのは、声が思いのほか太い少女――否、よく見れば少年だ。しかもどこか見覚えがある。

 

「はい、ホットミルクです。落ち着きますよ」

 

 もう片方の――こちらは間違いなく少女だった――が湯気の立つマグカップを耕介に渡す。

 

「ありがとう……でも、君達は?」

「あれ……もしかしてオレ達の事忘れてますか?耕介さん」

 

 少年は少しシニカルに笑う。「あのときのパーティでは、ありがとうございました」

 その台詞で、耕介はやっと記憶がつながった。

 

「もしかして……真一郎君と……」

「さくらです。綺堂さくら」

 

 少女が微笑む。

 そうだ、前にさざなみ寮で風芽丘の生徒も交えてガーデンパーティしたときに来た子達で、その後も何度かさざなみ寮に遊びに来た事があった。

 特に少年の方は、瞳がフられて大暴走した原因となったあの少年である。隣の少女を見て、そうか……この子と付き合っているんだと、妙な納得をした。

 

「驚きましたよ。さくらと夜の町を散歩してたら道に倒れてるんですもん。手には怪我をしてるし、耕介さんじゃなかったら警察か病院に連絡してましたよ」

「すまない……すぐに出ていくから……」

「そんな、ゆっくりして行ってくださいよ。オレ達の方が普段お世話になっているんですから。あ、あとさざなみ寮の方に連絡を入れるのなら、そっちに電話がありますから」

「……」

 

 さざなみ寮、という言葉を聞いたとたん、耕介の顔が曇る。

 

「さざなみ寮で、何かあったんですか?」

「……いや、何でもないよ」

 

 何でもないというには、説得力のある表情ではない。だが真一郎は、あえてそれ以上聞かず、「ちょっと飲み物買ってきます」と席を立つ。ついで、さくらに耕介の手に巻かれた包帯を取りかえるよう頼んだ。

 止める間もなく家を出ていく真一郎。耕介は仕方なく、さくらに促され左手を差し出した。

 さくらが手馴れた様子で包帯を巻きつけていく。その時、耕介はあることに気付いた。

 

「この子……人間じゃない」

 

 彼女の体から、妖気が上がっている。それもかなり強い力だが、彼女が人に危害を与える存在には思えない。先ほど真一郎に送っていた眼差しから見ても、彼女はおそらく純粋に真一郎を好いている、普通の女の子なのだろう。まるで、自分と十六夜のようだった。そんな事を思うと、ふと耕介に疑問が沸いた。

 

「あの、さくらちゃん」

「どうしました?」

「一つ聞いて良いかな。答えたくなければいいけど」

「いいですけど……」

「君の正体のこと――真一郎君は知っているのかい?」

 

 彼女は一瞬だけびくっと体を震わせたが、耕介の目は冗談でも敵意でもない。それどころか追い詰められた小動物のような悲しさを持っていることに驚き、思わず「はい」とだけ答えた。

 

「そうか……」

「どうして、そんな事を?」

「俺も……恋人が人間じゃないから。そのせいで不安でたまらない時がある」

 

 意外な答だった。真一郎以外の男性には余り関わらないさくらだが、耕介には興味と親近感が沸き、彼に聞いてみることにした。

 

「それは、種族という壁があるからですか?」

「……いや、多分そういう事じゃなく、一方的に俺が悪いんだと思う。俺は……最低な人間だから」

 

 耕介が笑う。自虐的に。

 

「え……」

「俺は彼女と共に生きる事で、確実に大きな悲しみを与える事を知っている。それだけで十分に彼女を苦しめるのに、その後彼女が幸せになる事が許せないかもしれないんだ」

「……」

 

 さくらが無言で包帯を巻く。

 

「俺は彼女を幸せにすると約束しながら、不幸になる事を望んでいる。そしてその悪意で大切な家族まで傷つけた……俺の中にそんな自分がいた事が信じられない」

「……具体的に、言ってもらえませんか」

 

 耕介は大きく溜息をつくと、全てを独白するように答える。

 

「俺は……」

 

 

 

         ◇

 

「それは……多分……耕介様自身が消えた後の事だと思います」

『消えた後?』

 

 全員が声を合わせて聞き返した。

 

「はい、耕介様は確実に姉さんより先に死ぬ事になります。これは……紛れもない事実。そうなれば、霊剣十六夜は別の人が継ぐことになる。でも永遠に近い長い年月の中で、また自分と同じように姉さんが恋に落ちる事があるかもしれない」

「……じゃあ、お兄ちゃんはまだ存在すらもしてない人に嫉妬してたって事?」

「ええ、そしてそうなってしまったと仮定してみて、耕介様はその事を許容できないでいる自分に気付いた。だけどそれは姉さんの幸せを否定していることになる。そう思って、耕介様は、一人悩んでいたのではないでしょうか」

 

 

         ◇

「だから、俺は最低の人間なんだよ……。そうなると想像しただけで、嫉妬に狂う自分がいた。昔キレて暴れた事があったけど、それは相手が許せない事をしたからだった。でも、今回は違う。確実に、自分の中のどす黒い感情がさせているんだ」

「そうですか……」

 

 こっちこっちと時計の針がゆれている。独白を終えたその部屋は、妙な静けさが合った。包帯はすでに取りかえられており、さくらは苦悩する彼をそっと見守っていた。

 

「残された十六夜さんが、俺を思って泣いて欲しいと思っている。そして、その感情が別の男に向けられることを俺は恐れている。どちらにしろ、十六夜さんが悲しむのに、だ」

「……でも、あなたはその事で悩んでいる。それは……あなたのやさしさと強さです。わたしは、あなたが素晴らしい人だと思いますよ」

「……そんなたいそうなもんじゃない……。でもありがとう。少しだけ……軽くなった気がするよ」

 

 そう呟いて、耕介は立ちあがった。

 

「どちらへ?」

「帰るよ。どちらにしろいつまでも逃げるわけにはいかないから――。皆が俺を許してくれるかどうかわからないけど、それでも、裏切る事だけはしたくない。真一郎君には謝っておいて」

 わかりました、とさくらが答え、玄関に連れそう。

 

 玄関口を開けると、缶コーヒーをビニールにぶら下げていた真一郎が居た。

 

「あ、あれ?お帰りですか」

「あ、ああ。すまん、真一郎君。無駄足させちゃったな」

「いいですよ、じゃあ、ちょっとそこまで付き合います。さくら、留守番お願いね」

 

 耕介は断ろうとしたが、すでに真一郎は荷物を下ろして外で待っていた。これでは今更遠慮など出来ない。

 耕介がさくらに別れを告げると、彼女はまた来てください、と笑顔を送った。その言葉に違和感を感じたが、とりあえず手を振る。

 しばらく二人で歩いて、十分に真一郎の自宅から離れた事を確認して、先ほどの違和感の正体を確かめる

 

「真一郎君……もしかして」

「え、ええ。まあ、同棲のような感じで。あ、でもさくらの両親の承諾は取ってありますよ」

 

 どんな親だ、と少し呆れた。まあ、考えてみれば彼女の両親の少なくてもどちらかは人間ではない、と言う時点で一筋縄ではいかないのだが。

 と、耕介の胸の前にすっと缶コーヒーが差し出された。耕介よりふたまわり小さい真一郎が少し見上げるように腕を伸ばしている。どうやら先ほど買ってきたものらしい。遠慮するほどの事でもなく、耕介は「サンキュ」とひとこと言って受け取った。

 

「っアツ!」

 

 缶から手のひらに予想だにしなかった高音が伝わって、耕介はその缶を放り上げお手玉のように手の上で転がした。

 

「こ、これホット?」

「間違えて買ったヤツですけど……。あはは、引っかかりましたね」

「……ひどいなあ」

 

 歯を見せて笑う真一郎に、耕介は軽く――少しだけ本気で――睨む。しかし、真一郎はひるむことなく、それどころか逆に耕介を睨み返した。冗談などではなく、まっすぐに耕介の方に。

 

「それは、さくらに余計な事を言って苦しめた仕返しです」

「え……」

「自販機は、家のそばの電柱の暗がりにあるんです。戻ってくるのに一分もかかりませんよ。帰ってみたらなんか妙な雰囲気だったんで、気配殺してたんですけど」

「聞いてたのか……」

 

 それにしても、いくら警戒をしていなかったからとはいえ、それなりに猛者である耕介から気配を探らせないとは彼もあの事件――ガーデンパーティで起こったある騒動――以来腕を磨いていたという事だろうか。

 

「でも……俺なんか悪い事言ったかな。確かに愚痴っぽい事は言ったけど」

「オレ達も、耕介さんたちと一緒なんです」

「ああ、さくらちゃんが人間じゃないって事だろ」

「……さくらも不老長寿なんですよ」

 

 実際には完全な不老ではないが、それは説明しても意味のない事だろう。

 真一郎の沈痛な言葉に、耕介の目がはっと開く。

 

「耕介さんが悩んでいるそれは、オレにも当てはまることです。だから、オレの分身みたいな人からそんなこと言われれば、あの子が悩まないはずはないでしょう?」

「……すまん」

「詫びならオレじゃなくさくらに言ってください。オレは、もう悩みませんから」

「じゃあ、キミも……」

「前に、ね。と言っても、耕介さん程深刻には悩みませんでしたし、自分で勝手に自己完結しただけですけど。結局、大切なのは今二人で居られるこの日って事に気付けましたから」

 

 そう言って、歩きながら真一郎が自分のコーヒーをすすった。

 

「確かにそういう不安はないわけじゃないですけど、それを悩むのは自分の死期が近づいてからでもいいでしょう?今は許容できなくても、そのときの自分ならきっと、別のもっと大きな想いを持っているはずですから」

 

 そう言った後、真一郎は自分でも少し恥かしかったのか「な~んてね」と照れたように最後に続けて、おどけてみせた。

 

「それにね――」

「ん?」

「耕介さんにしたって、そうやって悩むってことは本心では十六夜さんを悲しませたくないってことでしょ?もしオレが死んだ後さくらにそういう人が出来たら、きっとそいつに嫉妬します。でも……さくらが苦しんでいる姿を見たくないから、それを救ってくれたそいつを恨んだりはできないと思います。」

 

 『どこかで見たような』口の動きで少年が言う。でも、初めて聞いたはずのその言葉。

 

「キミは……強いね」

 

 嘆息して、耕介。はは、と笑って真一郎が答えた。

 

「そんなことないですよ。多分、彼女の言葉のおかげだと」

「言葉?」

「ええ、さくらがオレに言った言葉です。『他の誰にも、どんな運命にも、あらゆる苦しみにも、死の宿命にさえあなたを渡さない。たとえ世界が砕けても、この腕の中にいてくれる限り』ってね。好きな子にここまで言われて、つまらない事で悩んでいられないですよ」

 

 へへへ、と笑った彼は顔を真っ赤にしていた。まさかこの話の展開で、惚気られるとは思わなかったが。それにしてもこういう照れた時のこの少年は本当に女の子のようで、白いワンピースなんてものを着ても似合いそうな――

(白いワンピース……?まてよ、そういえば、真一郎君のさっきの台詞、口の動きは……あのときの――!)

 おにーさん、と慕ってくれた、ほんの半月ほど前に合った幽霊の少女。彼女が最後に伝えようとした、でも音の届かなかったあの言葉――。

 

「……そうか」

「どうしました?」

 

 不意に立ち止まった耕介に真一郎が振り向くと、彼は思いのほかすっきりとした顔で夜空を仰いでいた。

 

「いやね、あんな小さな女の子も好きな人の為に頑張ってたのに、大の男が同じことでいじけてたら情けないな、と思ってね」

 

 謎かけのような耕介の言葉に少年は首をひねる。しかしなにか思い当たったのか、

 

「女の子って……まさか、オレの事ですか!?」

「は?!……ぷっ」

 

 目を丸くした耕介だが、目の前の女の子のような少年がなにか大きな勘違いをしている事に気付いて、思わず吹き出した。

 

「くっくく、あーはっははははは!」

「な、なに笑ってるんですか」

「はっは。いや、ほんと、なんでもないって」

 

 そう言いながらも、耕介は腹を抱えている。理不尽さに感じながらも、とりあえず耕介から沈んだ空気が抜けているようで、真一郎は嘆息した。

 

「なんか納得いきませんけど……それじゃ、オレはこの辺で戻ります。さくらが待ちくたびれちゃいますし」

「ああ、またいつでも遊びに来てくれ。さくらちゃんも一緒にね」

 

 真一郎は、はい、と一言だけ答えて、もと来た道を歩んでいく。

 耕介はそれを見送り、冷め切ったコーヒーのプルトックを開けて、景気づけとばかりに一気に流し込んだ。

 

「やっぱり、十六夜さんのいれてくれたお茶の方が上手いな……さて、とりあえずみんなに謝る言葉でも考えながら帰るとしますか」

 

 そんな事を思いながら、耕介は海鳴の街を進んでいった。月明かりと街頭の光が複雑に絡み、耕介の影を二重に移す。

 そしてそのすぐ後ろを――小さな闇が追っていた。

 

 

 

 

         ◇

「ふえ……なんかすごい話になってきたね」

 

 知佳は御架月の語った内容に、まわりの反応が気になって周りを見た。隣にいる姉が渋い顔で腕を組んでいる。

 

「なんか、随分と生々しい話になってきたな……。でもそれって推測に過ぎないだろ?」

「はい。でも、確信していいと思ってます」

「何故?」

 

 訝しがる真雪に御架月は深く目を閉じて、

 

「ボク達は実際姉弟で刀としても同じつくりですから、夫婦刀の霊剣程ではなくてもある程度互いの情報の交換や状態回復の援護が出来ます。そこで先程、姉さんを癒すために霊波同調をしたら、気絶したままの姉さんからさっきの耕介さんの思考が入ってきたんです。多分、姉さんに力を送ったときに一緒に入ったものでしょう」

「じゃあ間違いないって事か……。って待て。十六夜さんの情報にそれが入ってたって事は、十六夜さんも当然――」

「はい、私も気付きました」

 

 答えたのは御架月ではなく、少しやつれた顔で現れた十六夜――。

 

「ああ、大丈夫ですよ」

 

 自分の元に駆け寄る皆に、少し固い笑顔で答える。

 

「薫、耕介様は……まだ戻ってはいませんか?」

「……ああ、あれから二時間ほどたったがまだ帰っとらん」

「そうですか……」

 

 弱々しい声で十六夜が呟く。

 

 そのとき、廊下の方で電話のベルがけたたましく――実際はそれほど大きな音ではなかったのだろうが――鳴り響いた。愛が多少十六夜の方を心配げに見ながらも小走りにそちらに向かう。

 受話器を上げたらしく、辺りは再び静まって愛の声だけが微かに聞こえる。

 

「あ、あの十六夜さん。あまり落ち込まないで下さいー」

 

 その雰囲気に居た堪れなくなったのか、みなみが彼女に言う。気休めにしかならないとわかっているが、それでもそう言わずにはいられなかった。ところが、反応は意外なものだった。

 

「岡本様?私は落ち込んでなどいませんが……」

 

 台詞の内容はともかく、顔の方は気丈に強がっているようには見えない。一同があれ?と顔を見合わせた。

 

「え?で、でも十六夜さん、辛そうでしたし……」

「……耕介様が心配なんです」

 

 自分の辛さを隠す事は上手だが、言葉でも顔でも嘘がつけない人である。本気でそう言っているのであろう。

 もちろん、いなくなった耕介が心配なのはわかる。

 だが、話の流れからすれば十六夜自身にも辛い話だったはずだ。

 なのに、十六夜は別に落ち込んではいないとという。

 それはどうして、と誰かが聞く前に、愛が部屋に飛び込んできた。

 

「薫ちゃん!弟の和馬君からです」

 

 こんなときに、と薫が舌打ちしながら電話に向かう。受話器を上げるとき、少し乱暴に扱う。

 

「どうした和馬、いったい何が……」

「薫姉、そちらの『影蜘蛛』が逃げた」

 

 

 

 

 

 

「薫ちゃん、どうでした?」

 

 居間に戻ってきた薫に、愛が聞いた。

 

「ええ、ちょっと実家の方からの連絡でした。こちらの地方の神咲系列の神社で封印されていた妖魔が逃げたらしいんです。それで和馬がこちらに向かってます」

 

 えっ、とゆうひが息を呑んだ。

 

「ちょ、妖魔って……だいじょぶなん?」

「ええ、人が隠している欲望に憑いて霊力を吸う妖魔ですが、まず大きな害はないです。自分を維持するのに膨大な霊力を使うので他のことは出来ず、次々と憑く人を変えていきます。吸われた人は多少疲れを感じたり、眠気に襲われるでしょうが命に別状はありません。ただ、それがもとで事故が起こることもありますから、放置もできませんけれど」

「じゃあ、霊力が強い薫ちゃんとかだったら?」

「うちらにしても、似たようなものです。それほどその妖魔は自分の存在に膨大な力を要するんです。そして力の供給がなくなれば小さな土塊になって活動を一時停止する。今回は封印に使っていた札を悪戯した子供の霊力を吸って逃げ出したんですが、すでに何人か祓い師が妖気を追っているので数日中には見つかるでしょう。うちも関係者として参加する事になりますが」

 

 怪我をしている状態で、そんな事とんでもないと愛が止めようとしたが、

 

「薫、まさか『影蜘蛛』ですか?」

 

 十六夜が先程とは嘘のような剣幕で薫に問う。

 

「ああ、そうじゃ。でも十六夜、心配なかよ。御架月に癒しをしてもらえばこのぐらいは――」

「薫、私を連れてください!」

「ど、どうした。耕介さんのこともあるし、十六夜は寮でまって――」

「影蜘蛛が耕介様に憑いたら大変な事になります。そして間違いなく影蜘蛛はあの方を狙います」

「どういうことじゃ?確かに耕介さんは並外れた霊力を持ってるが、それでも――」

「耕介様の霊力はあのようなものじゃありません。おそらく、久遠の妖気をも上回りかねない底知れない霊力と妖力が存在してます」

 

 あまりの驚きに薫が目を見開いて息を飲む。

 久遠――。今は力を封印され小さな狐となって妹のそばにいるが、過去に力ある祓い師を含めた全国の神仏関係者を殺した強力な妖弧として怖れられた存在である。封印に成功したときも、多大な被害が出た。もし、そのレベルの力を持つものに影蜘蛛が憑いたとしたら――。

 

「そんな馬鹿な!いくらなんでも人間にそんな力が――」

 

 しかし薫は気付いた。十六夜は今、こう言っていた。

 

「……妖力。まさか、耕介さんは」

「ええ、間違いなく、人外の血が混じっています。それも、神獣級の。私が先ほど心配していたのは、耕介様が力を暴走させていないかと言う事なんです」

「そんな……」

 

 よろ、と薫がたたらを踏んだ。

 愛がそれを支えるように薫の肩をつかんで、

 

「あ、あの~話が見えないんですけど、耕介さんが人間じゃないってどういうことです?」

「……いえ、耕介さん自身は人間です。ですが、おそらく耕介さんの祖先に強力な妖魔がいたんです。父方の従姉弟の愛さんは普通の人ですから彼の母親の系列でしょう。そう考えてみれば叔母にあたる神奈さんのあの無限大の体力も納得できます」

 

 先代の管理人にして、耕介の叔母、神奈。

 このくせの強い寮の面々の面倒を余裕でこなしながら、まったくの疲労を見せないことで恐れられた女性である。

 

「で、でも耕介さんの家族にそんな人がいたなんて聞いてないですよ」

「多分、耕介さんは能力が隔世遺伝したんでしょう。そして、普段無意識に封じているその力が、本人がキレた時にだけその片鱗を見せる。……もしその力が影蜘蛛の霊力吸収能力とその存在維持に耐えられるものだったら――」

 

 口に出すのも恐ろしいと言うように、薫が震えた。十六夜が薫の背をさすり、落ち着いたのか彼女は言葉を続ける。

 

「もし耕介さんが影蜘蛛に憑かれたら、彼の一番大きな欲望を利用して体を操るでしょう。無理やり体を乗っ取ると激しい抵抗に合って自分が消失する恐れが出ますから。そして依り代の望みを成就させることでその支配力を意識の奥底まで深め、精神をのっとり完全に耕介さんと同化するはずです。そうして存在が確定してしまえば影蜘蛛の力は消失することなく、しかも肉体が持つ強力な能力を使い放題に鳴りますから」

 

 知佳が青ざめた。

 

「な、なんだかそれってものすごく大変なことなんじゃないの?」

「はい、耕介さん、と言う概念がなくなるどころか、もし耕介さんの力が十六夜の言う通りなら膨大な数の死傷者が出ます……」

 

 ぐっと拳を握り締める薫。

 

「な、なんでそんな危険なのをやっつけないで封印してんだよ!」

 

 真雪も事態の深刻さに気付き、煙草を震わせて叫ぶ。

 

「影蜘蛛というのは人の欲が生み出した妖魔です。元々概念だけの存在が霊力を使う事により土塊を依り代に実体化している。だから、土塊を壊すことは簡単でも概念を消滅させるのは困難なんです。ならばむしろそのまま封印する事によって、例え新たな影蜘蛛が生まれてもその概念を一つの依り代にまとめることができ、万一逃げられたとしても危険性も少ない。だから今までそのままにされてきたんです」

「危険性が少ないって……」

「……今回は、本当に予想外のケースなんです。影蜘蛛が憑く事が出来る体は人間だけですから、直接霊力を吸えるのも人間に限られます。そして、もし影蜘蛛の吸引能力を上回るほどに霊力を鍛えている人間なら、簡単に影蜘蛛を倒せるでしょうから―ー」

「ところが隠された力だけが化け物クラスなのに、それを使えない見習祓い師がここにいたってことか……」

 

 真雪の推理に薫が頷いた。

 

「薫、耕介様を探しましょう。耕介様が影蜘蛛に囚われる前に私達の腕(かいな)に入れることが出来れば問題は避けられます」

「うん、耕介さんも落ち着いたらきっと帰ってくる。なら、近くにいるかもしれない」

「お願いします……もしあの方を失ったら、私はもう生きて――いえ、この世界に存在できないと思いますから……」

 

 思い虚しく、その日耕介が見つかる事はなかった。

 




KOUSUKE最強ものがあってもいいじゃない。
という思いで当時書いた覚えがある。

超展開と設定のごりおしでつきすすむマン

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