とらんあんぐる組曲 作:レトロ騎士
◇
冬の深夜となれば、その寒さは冷たさよりも痛さになる。
ある意味凶器とすら呼べる風が窓を叩き、部屋の中の者を襲おうとするが、暖気を纏い、日の匂いを吸い込んだ布団に包まれた那美は、幸せそうに眠っている。その枕の直ぐ横で、久遠もまた安らかな寝息を立てていた。
ふと、それが止む。
耳がぴんとはね、体を動かさぬまま辺りの気配を探る。
「………ぉん……くお…ん」
跳ね起きる。
己を呼ぶ声に、彼女は警戒――ではない。信じられないといった驚愕、そして同時に懐かしさを感じる。
窓に駆け寄る。
そこに、声の主がいると確信したわけではないが、かすかな期待を胸にして――。
なにも、ない。
あるのは、見慣れたさざなみ寮の庭だ。
それが、単なる声であったなら、久遠はそこで再び布団にもどっていたのかもしれない。
そう、それが、彼女にとって忘れるる事ができない、「誰か」でさえなければ。
「…弥太――」
つぶやき、一度、布団の主の方へ振り返る。彼女の親友は、何事もなかったように眠り続けている。
そして――
「ひくちん!」
くしゃみを一つして、那美は顔に当る寒気に起こされた。
眠気と寒さの天秤に揺れるも、後者が勝ち仕方なく上体を起こした。
眠い目をこすり、その原因のほうへと視線を向ける。
僅かに、窓が開いており、その先の黒く染まった景色が未だ夜が明けていない事を示している。
「なんで窓が――久遠が…やったの?」
枕元の彼女に声をかけたが――
「……え?」
答えを返すべきものが、いない。
ただ、風によって揺れるカーテンが、妙に機械的に動いているだけだった。
◇
「それで、久遠が外出禁止?」
「ええ、朝方泥だらけになってるのに帰ってきたと思ったら急に倒れこんで寝ちゃうんですもん。起きて問い詰めてもその理由も言わないし」
不満げな様子を隠すことも無く、那美は、目の前のジュースをすすりこむ。
対面では、驚いた顔で美由希が座っていた。
「なのはちゃんの所に行ったのかなって思ったけど、いくらなんでも夜中には行かないと思いますし」
「うん…それは無いと思うよ。昨日は寒いからって、レンと晶が湯たんぽ代わりに一緒に寝てたし。もし抜け出したのなら、あの二人が気付かないはず無いもの」
高町家居候である、城島晶と鳳連飛、二人とも属性は違えど、本格的に武術を修練している。その二人の実力も、那美は知っている。
「湯たんぽ?」
「うん、子供の体温って高いから。取り合いになってた。それでもなのは、うれしそうだったけどね」
くすくすと笑う美由希。どうやら視覚的にも見物だったようだ。
ことり、と小さな音がして、二人のテーブルに見なれない白いプリンのようなものが置かれた。上にオレンジのソースとアーモンドがトッピングされていて、女性特有の甘味嗜好で有らずとも、食欲を促すだろう。
「相変わらず楽しそうな家だね。たまには、なのはちゃんも連れ来ておくれよ」
そう言って皿を置きながら現れたのは、二人が今居る喫茶店の主人である。三十後半くらいの、髭の似合う「いかにも」な雰囲気のマスターだ。今年の夏、那美が鎮魂を担当したある事件をきっかけに、多少ならずとも親しくなった人物だ。
「これは?」
目を輝かせながら那美。
和菓子を好む彼女にしても、この見なれぬ菓子への期待は隠せないらしい。
「新作のブラン・マンジェ。アーモンドミルクと蜂蜜を使ったゼリーだよ。ババロアのフランス版みたいなものだね。冬のデザートだから、ちょうどいいかなって。メニューに載せる前の実験だから、おごりだよ。その代わり感想聞かせてね」
軽くウィンクをするマスター。
美由希の店である洋菓子屋『翠屋』をライバル視しつつも、「翠屋さんのシュークリームには勝てません」と、笑いながら買いに来る、気さくな人である。もっとも、売りはイタリアン系のパスタが主で、客層の違う翠屋と客の取り合いになるようなことがないのが原因の一つかもしれないが。
恭也、美由希の義理の母、桃子と同じくイタリアンとフランス料理を手がけており、なかなかの腕である。
本人曰く、
「二つの料理を手がけてるから、本筋の一流店コックとまでは行かないんだけどね――という言い訳があったんだけど、高町さんはチーフパテェシエだったんだよね…。」
だそうだ。
だが、どことなく家庭的な雰囲気のある彼の料理は、無意味に高いその手のレストランより、よほど上等だと、彼女達は思う。
二人はそれらに舌鼓を打つと、その旨を伝え、マスターもうれしそうに微笑んでいた。
「そういえば、神咲さん。さっきお客さんから小耳に挟んだんだけど、神咲さんのところは大丈夫だった?」
キョトン、と自分を見つめる那美に、彼は言葉が足らないことに気付き、
「ああ、ごめん」
と続けた。
「夕刊に載っていたらしいんだけど、なんでもここ数日で、宮司や巫女、住職とかの神仏関係者が、全国で何人も死んだり怪我をしたらしいよ。だから神咲さん達が来てくれて、ほっとしてたんだ」
「――やな事件ですね…」
妙な既視感を感じつつ、那美は呟いた。既視感言うには、あまりにも悪夢めいた――
いや、そんなはずはない。悪夢はすでに終わったのだから。
「昨日も二つ隣の市であったって。なんでも、今までの被害者は雨一つなかったのにみんな雷に打たれたとかで、警察も不思議がって――」
◇
「たしか――なのか?」
「ああ……。うちが直接調べたわけじゃなかが、その法力僧の話しじゃと、間違いなく『妖力』があったということじゃ」
電話の向こう側から、悲痛な薫の声。
それが、これが冗談でなく真実である何よりの証拠だった。
「死体が発見されたのは一週間前。焼け焦げていたせいで、腐乱はほとんどしとらんかったらしい。訳半年前の――義兄さん達が帰郷していた頃から今まで行方不明だった事件が、「落雷事故」となって処理された。……事実を知っているのは、うちらと一部の警察、その筋の関係者だけじゃ」
「……」
「もちろん、久遠が犯人だという証拠はないし、そもそも事件のおきたのが、義兄さん達の帰郷と重なってるかどうか、確定できん。だけんど、今、神咲家に同業者から『久遠』に対する見解を求める声が続々きとる。うちも当代として、なんとかせねばならん。当然、その日夜中に久遠が抜け出した事も、報告せねばならぬじゃろ」
神咲家のもう一人の当代である管理人兼退魔師、耕介は「ふむ」と軽く相槌めいた声を出すと――
「それで、どうする?」
「どうするって……義兄さんはどう思ってると?」
「決まってるさ、することは一つだろ?」
「まさか――許さんよ!そげんこと」
荒げた息が、直接つたわってくるようだ。
「……薫」
「久遠がやったかどうかわからんうちに、最後の手段を使うのは嫌じゃ……。もうあの子――那美が泣くのを見たくなか!たしかに、うちはあの時、久遠を切ろうとした。恭也君のおかげで未遂にすんだが、それでも未だに後悔を引きずっとる。
もし久遠が犯人だとしても、一度祓えた祟りじゃ。もう一度、祓えんわけがない。うちは退魔師として失格かもしれんが、その希望にかけたいんじゃ!」
おそらく――彼女は泣いているのだろう。
嗚咽は聞こえなくとも、そう耕介は確信していた。
彼女の言うとおり、いくら実力があるとしても、そのやさしさは退魔師に不要なものであるだろう。
(そして、――この俺もな。)
そう自嘲めいた呟きをかみ殺し――
「薫、俺の答えは変わらないよ」
「そんな……耕介さん!」
無意識にであろう、過去のように青年を呼ぶ名に、わずかに懐かしさを感じながら―――
「犯人は、久遠じゃないさ」
「……え?」
薫の、声を飲む音がした。
落ち着いた声で、耕介が言う。
「だから、やることは決まってるだろ?――真犯人を探すことだ」
「あ……うん!」
はずんだ声の薫。
耕介はわずかに唇をかむ。
(卑怯だな…俺は)
そう、やることは決まっている。それ以外にない。
真犯人を探す――その言葉が、『真犯人が久遠であれば、切らざるをえない』という意味を暗に持っていたとしても。
◇
「お、停電直ったのか?」
「おし、じゃあ早速ゲームしましょう、師匠!」
青天の霹靂とは、まさに字句のままである。
夕日に染まった冬空に、一度大きな雷が鳴った。そして直後、辺り一帯が停電していた。
それも直復旧したようで、当初の目的の格闘ゲームのスイッチが入る。
「…いつも思うのだが…」
モニターに映し出された荒野――に、互いに妙なポーズで前台詞を言い合う剣士と獣人のキャラを見つめて、恭也はそうつぶやいた。
「何ですか師匠?」
答えたのは、本当の弟子ではないが、自分を師と仰ぐ少女、城島晶である。ちなみに、モニターからは目を離していない。
ナレーターが、試合開始の合図の振り、「真剣勝負…」と言い始めた。
むう、と唸りながら青年は考える。
「なんで、こういうゲームは、『真剣勝負』っていってるのに、『一本目』とかいうんだろうな…」
「……言われてみれば、確かに」
同時に、ゲームが開始される。
そう言ってしまうのも無理はない。
なにしろ、暗殺術である古流剣術、御神流の師範代(代と言っても、師範はいないが)である。真剣勝負であるのなら、勝敗は一度で決まる。何が悲しくて、奥義の一つも決めた相手が体力全快して、もう一度戦わなければならないのか、と、思うのも当然かもしれない。
「よーし!四連コンボ!」
「…む」
どう考えても動きに無駄があるとしか思えない技を繰り出すキャラに、何か言ってやりたくもなるが、それなりに恭也もこの最新ゲームを楽しんでいた。
恭也の選んだ二刀流剣士が、晶の空手使い獣人キャラに画面端まで追い込まれる。
「……むぅ」
「う、…しまった…」
大技をはずした獣人に、小さくすばやく小技を連携する剣士。
「む、たりゃ…こなくそ……こうなりゃ…」
フェイントで剣士の斬撃をすり抜け、完全に無防備な後ろに回りこむ。
「…!」
「決める!超必殺!グランド・ガイア……」
そして獣人の体が大きく光り――
ぷつん――
「アタック~…?…てあれ?」
いつの間にか画面が切り替わり、渋いスーツの眼鏡をかけたおっさんが、淡々と何か読み上げている。
背景は荒野から、『ニュース最前線、PM5:55』というポップに変わっていた。
「……」
「……」
二人で思わず画面を凝視していると、
「あ~、スマンです、お師匠」
蓮飛が踏みつけていたテレビのリモコンを、ばつが悪そうに取り上げる。
「~~~!てめ!せっかく俺の華麗なる一撃を!それになんで師匠だけ謝って俺に何もいわねーんだ!」
「ほー、どうせあのまま突っ込んでもお師匠のカウンター食らってたに決まっとるやん。むしろ敗北見ずにすんだと感謝してもらいたいわ」
「んだとてめー!」
「やるか!」
「やらいでか!」
ざ…と離れて間合いを取る二人。
「ふ…俺の新必殺技…くらって後悔するなよ?」
「えーかげん、ウチもなまった体動かさんとな」
ゲームのキャラさながら、よくわからない前置きを言いつつ対峙する。
そんな二人をやれやれと思いつつ、いつもの事なのでそのままテレビのニュースを見る恭也。
それなりに面白い変化を見せる政治の話題から、一生縁がなさそうな地方のひき逃げのニュースが続く。
そして――
「二人とも、ちょっと静かにしてくれ!」
叫ぶ恭也に、お互いけん制しあっていた少女達が止まる。
しゅん…としなだれる二人だが、叱った事を忘れたかのように恭也は画面に食い入る。
「ど、どうしたんです?」
「あ、あの師匠。ごめんなさい――」
恭也は動かない。
あまりに不思議なので、テレビに二人が目を向けると――恭也と同じように固まった。
テレビ画面では、興奮したようにレポーターが現場の中継をしている。
『はい、こちらの住職と二人の寺子が何者かに殺害されたわけです……』
その場所は、隣町とはいえそう遠くない距離にある寺だった。
だが、それだけであれば、この辺も物騒になった、程度で終わる話である。
それだけ、であれば。
レポーターが続ける。
『スタジオの野中アナウンサーが伝えたように、つい先ほどこの場所で、尾を生やした謎の人物が雷らしきものを落としたという、不可思議な現象が目撃されており――』
◇
恭也達が、格闘ゲームにいそしむ時刻より一時間前。
海鳴市桜台337-3。女子寮『さざなみ寮』の一室で――
「義兄さん、やめてぇ!」
十六夜を片手に、那美の部屋に入ろうとする耕介を見咎めて、少女は泣きながら飛び込んできた。後ろに、おさげ髪に眼鏡の少女、美由希も厳しい顔で続く。
普段の彼女からは考えられない速さで、那美は耕介に突進する。そして、割り込むように押しのけて、耕介の前に立ちふさがる。
「――へ?」
耕介が彼女達のほうへ振り向いたときの表情は、驚くほど抜けた顔だった。
「義兄さん、お願いだから…久遠を助けて……」
泣きながら髪を振り乱し懇願する。青年は、ぽかんとそんな彼女を見ていたが
「那美、落ち着けって。…美由希ちゃん、これどうしたの……って君まで」
美由希も腰に携えた練習刀を抜いて、びたりと構えている。
「耕介さん。神咲家の方針がどうであれ――久遠を切ると言うのなら、『今は』相手になります!」
「……」
耕介が呆然と佇んでいると、彼の剣から光と共に爆発音が響き、一人の女性が現れる。
名を――十六夜。剣と同じ銘である。
耕介の妻にして、神咲の秘術により霊剣十六夜に宿る霊。
その彼女が、優しく語りかける。
「那美、美由希様――耕介様は、そのようなつもりはありませんよ?」
『……え』
見事に、はもった声で二人。
しばらく二人で顔を見合わせた後、耕介に同時に向き直る。
「ああ、別に久遠を切ろうとしてるわけじゃないよ」
やれやれといった口調で耕介。
顔を赤くしながら、那美が詰め寄る。
「で、でも!今、義兄さんは符を持ってるじゃないですか!」
「良く見ろって。これは簡易封印結界用の札。確かに久遠の自由を奪うものだが、あくまで一時的なものだよ」
青年はひらひらと符を見せるが、那美はまだ納得していないようだ。
「事件のことは知ってる、すでにそれで、久遠が犯人ではないかという見解もある。だからこそ――これが一番手っ取り早い方法なんだよ」
「……?」
「いいかい?久遠がこの符で封印されているときに事件がおきれば――」
そこまでいって、ようやく合点が付いた。
つまり、久遠のアリバイを実証しようとしているわけだ。
容疑者が留置所にいるときに、その容疑のかかった事件がおきれば――
「本当は事件なんか起こらないに越した事はないんだけどね。どっちにしろ後手に回っている以上、こうするしかないと思ってさ」
な、と、隣の十六夜に微笑みかける耕介。
盲目の彼女もすでに彼の行動を察したように、頷く。
「……に、義兄さん…」
「まあ、黙っておまえの部屋に入ろうとしたのは悪かったけどさ……」
ばつの悪そうに、耕介が笑う。那美はようやく安堵し、彼の胸に飛び込んで嗚咽する。
青年は目を細めて、左手で那美の腰を軽く抱き、開いた右手でぽんぽんと彼女の後頭部をあやすように叩く。
こうしてみると、この二人が血の繋がらない義兄妹というのが嘘のようだ、と美由希は思った。同じように義兄妹として、幼少時から十数年間つれ添った恭也に、今のような事をされたのは――覚えてる中では一度だけ。
自らの体を壊しても剣士の境地にたどり着こうとした己を戒め、抱きしめてくれたあの神社の時だけだ。そして同時に、彼を異性として明確に求める自分に気付いた瞬間でもある。
生涯忘れない、剣士として生きていく自分達の、数少ないロマンスの瞬間だと思うと、少女の心は熱くなる。
(……でもそのロマンスの直前に、拳で殴られそうになってるんだよね。……わたしの恋っていったい…)
「無理をしようとしていた美由希を諌める」……言葉にすれば綺麗だが、ようは恭也が美由希をぶん殴ろうとした、である。
少し、美由希の心に北風が吹いた。
正直、素直に兄に甘える事のできる、目の前の二人の関係が少しうらやましかった。まあ、そうなってしまったらしまったで、男と女の関係が無理になるのであるから、そこはあきらめるところかもしれない。
「それじゃ、はじめよう。この部屋に結界を張って出られなくする。悪く言えば軟禁だけど――別に久遠が痛い思いをするわけじゃない。ようは、神咲外部の退魔集団へのアピールなんだから」
そういってドアノブを空けた瞬間――ひゅう、と風が耕介の前髪と少女達の服をさらった。
一瞬の気圧変化からだったのか、風は直に小さくなり冷たい空気の淀みに変わる。
「……!――久遠!」
那美の悲鳴のような声が上がる。
ドアの正面に配した窓が開かれ、人化した久遠が足をかけている。
「久遠、ドアの外の会話は聞こえてたでしょう?私達はあなたを信じていないんじゃない。周りへの証明を得たいだけ。――なんで、逃げようとするの?」
那美には、今の久遠の考えがわからない。が、きっと、何かを勘違いしているのではないかと思い、そう諭そうとする。
「……那…美」
だが、久遠は辛そうに、ふっと目をそらしただけだった。
もう一度何かを言おうとする那美を止め、耕介が一歩前に出る。十六夜が連れ添うようにその右斜め後ろに進むが、彼を完全に信頼しているのか、口を挟む気はないようだ。
「久遠。別に直接おまえを封じ込めるわけじゃない。この部屋に符を張ることで、確かに外に出られなくはなる。だけど、それも今までの事件の頻度から考えて数日程度だし、久遠が部屋から出さえしなければ、なのはちゃんに遊びに来てもらったっていいんだ。それはわかるだろう?」
コクリ、と頷く久遠。
それを見て那美は、久遠は逃げようとしているのではなく、ただ外を見ていただけなのではと、安易ながらも甘い結論を出した。そして、きっと義兄もそう考えてくれるだろうと、彼の横顔を見上げる。
だがそれを否定したのは、他でもない彼の言葉だった。
「なのに――なぜだ?なんでおまえは今、それから逃れるために俺達と戦うことすら覚悟している?」
まさか、と、那美は久遠の顔を仰いだ。妖狐は少女の視線を気にせず、ただ耕介を見つめている。それが、彼の言葉が真実である証拠のように。
「答えろ、久遠」
耕介の声質が低くなる。決して怒っている声ではない。ただ、己の意思に殉ずる声だ。
久遠が口を開く。
「――ここに、閉じ込められるわけに、いかない」
たどたどしい言葉で。
「何故?」
「……やらなくちゃ、いけない」
「なにを?」
「……」
「理由が俺達を納得させないのであれば、俺は力づくでもお前をここに閉じ込める。それも判っているな?」
久遠は頷く。先ほどと同じように。そして――
「久遠!」
悲鳴を上げたのは、那美。久遠が紫電を纏った腕をこちらに向けて突き出していたからだ。
それを、当然知っていたかのように、耕介は表情を変えない。
「二つだけ聞く。答えたくなければ、黙ってていい。一つ目――おまえの行動は、今回の事件と関係があるのか?」
久遠は、答えない。首を縦に振ろうとして、だが、何か感情を押し込めたように、ただ顔を伏せる。
無言の久遠を見据えて、耕介が続ける。
「二つ目。一連の事件。おまえがやったのか?」
その質問に――久遠は、今度こそ力強く首を振ることで答えた。
目を瞑り、真横に。
「……信じよう。だけど、俺は今おまえを自由にする事を許されない立場にいる――」
十六夜を構える。ちりちりと青白い「何か」が、刀身に宿る。
ピン…とした空気に呑まれ、那美ですら動けなかった。
久遠は放電すらしている手のひらを向けたまま、彼女のほうを見る。
そして、一言だけ言った。
「那美……戻って、くるから」
同時に発せられる電撃。
蛇のように空中を伝い、そして――彼らの手前ではじけた。
白色灯の破裂を思わせる閃光に、三人の目が封じられる。
「きゃあ!」
「うわっ!」
「く……」
一瞬の目くらまし。
だが、彼女にとっては、その一瞬で十分だった。
開いたときに、妖弧の姿はなく――。
そして、久遠の行方を危惧する彼らの元に届いた一番初めの情報は、遠くの方で微かに聞こえた雷鳴と、一瞬の停電。そして雷鳴より十数分後に流れた、テレビの緊急ニュースによって知った惨事だった。