とらんあんぐる組曲   作:レトロ騎士

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Falscher Frieden


第一章 「流れていく喧騒の瞬間」

 

 

 

         ◇

「秋と言われてなにを思う」

 

 と、聞いてみれば、食欲、スポーツ、読書、などがあがるだろう。

 しかし、シンプルに『風』というのもいいかもしれない。

 春の一番風や、冬の木枯しよりはイメージが薄いかもしれないが、秋口の風と言うのは独特の趣があった。

 真一郎が学校へと続くアスファルトを踏みしめて歩くと、冬の到来を予感させる冷たい風が、それでもどこか温もりを感じさせ、果実の実りを教えてくれるようだった。

 隣で肩を並べて――真一郎の小柄な体があってこそなのは置いておくとして――いるさくらが、心持ち顔を挙げて、真一郎の横顔を見る。

 

「うれしそうですね?」

「ん?……うん、そうだな。なんか、こういう雰囲気って、好きみたいだ」

 

 どこか、他人事のようにさくらに答える真一郎。

 彼等が通う風雅丘学園までは距離があることもあり、他の生徒の姿はまばらにしか見えない。二人で歩くこの道をまどろみながら楽しむのもいいだろう。

 

「……ぉ……ぅ」

 

 少しだけ、甘い香りがする。それがさくらのつけているシャンプーの香りだということに気づくのは少し間が開いた後だった。

「……は~…よぉ~……」

 それにしても、同じシャンプーを使っているのにこうも違いが出るもんか、と、少し思う。少しかいでみようと、真一郎は顔を寄せ――

 

「お~は~よ~!」

 

 ゴス!っと側方からの鈍い衝撃。景色が横に流れていき、体が宙に浮いている感覚。

 踵が地面について、コンマ秒の空中浮遊から逃れると、先ほどの衝撃物に目を寄せる。

 

「……唯子!いきなり何すんの!」

 

 真一郎より二周りは大きい彼女に、彼は怒鳴りつける。

 てへへ……と頬を掻きながら現れた彼女は、鷹城唯子。真一郎にとって、小鳥と並ぶもう一人の幼馴染である。

 

「……まっ…て……。唯子~、速いよ~。……あ、おはよう真くん」

 

 そして、その小鳥が息を切らせてとてとてと走ってきた。小柄な真一郎よりも、さらにもう一回り小さい小鳥は、ともすれば小学生に間違えられてもおかしくない。

 

「うん、おはよう……。って小鳥、大丈夫か?唯子、小鳥を置いてくるなよ」

「ごめんね小鳥ー。なんかこーいー天気だと元気有り余っちゃって」

 

 ぶんぶんと両手を振って声を高らかにする。

 ふと、真一郎の後ろを覗きこんだ。

 

「あれ……?さくらちゃんも一緒だったんだ。おはよ~」

「はい、おはようございます」

 

 さくらがおずおずと返す。

 ちなみに、唯子はさくらの秘密を真一郎以外に知っている数少ない人間でもある。

 

「……なんだよ唯子。俺の顔になんかついてるか?」

「ん~?いや~相変わらず仲いいな~って」

 

 少しだけ寂しそうに、唯子。

 さくらの秘密を知ることになった事件――さくらの腹違いの兄、氷村遊に操られていた時、彼女は真一郎に対する胸の内を告げている。

 半年以上足って、少しは吹っ切れたものの、まだ消え尽きていない思いがあるのかもしれない。

 

「そうそう、ねぇ真くん。弓華から手紙来てるんだよ~」

「へぇ、元気にしてるのか?」

 

『菟 弓華』

 

 以前、真一郎のクラスに編入してきた中国人である。

 その正体は、中国の暗殺組織「龍」で、「泊龍」の名を持つ暗殺者であった。

 級友の忍者娘――御剣いづみとの係わり合いでそのことを知った真一郎。

 様々な事件の末、彼女は今では改心して、いづみの兄、火影と良い仲になっているらしい。

 もちろん、そんなことを知らない小鳥は、ただ大好きな友達と文通しているだけなのだが。   

 

「?」

 

 ふっと辺りが暗くなる。といっても、真一郎の真上だけだったが。

 

「おーっす」

「おっはよーございまーす!」

 

 悪友、端島大輔と、井上ななかのカップルコンビが現れた。

 

「ううう……せっかくの朝の落ち着いた空間が、あっというまに宴会場に」

 

 ため息をつく真一郎の背中をバンバンとたたき、大輔は、

 

「ははは、ぼやくなって。彼女が大事なのはわかるが、親友も大事にしろ」

「まあ、いいけど……」

 

 大輔はくると首を変え、さくらに興味を向けた。

 

「それにしても、綺堂って同じ通学路だったんだ。どこにすんでるんだ?このへんか?」

「いえ、私は……」

 

 自分の住所を告げる。

 

「え?それって思いっきり逆方向じゃないですか!」

 

 ななかがそれに驚きの声をあげた。周りの皆も、息を飲む。

 さくらが自分の失態に気づき、あっと口を押さえたが、それはかえって逆効果である。堂々と、「迎えに来た」とでも言っておけば――真一郎の立場が無くなるだろうが――恐らく問題なかったに違いない。

 案の定、ななかと大輔が、「ははーん」とすこしいやらしげな目で二人を見る。

 

「な~るほど……どうりでシャンプーの匂いが同じだと思いましたよ……」

「やるなぁ……」

 

 ぼんっ!と音が鳴るほどに、さくらの顔が染まる。

 その様子に、鈍い小鳥と唯子も、なんとなくその意味を理解したようで、さくら以上に赤くなっている。

 

「こ、こら、そこの二人!なんか妙な顔でひそひそ話しないで……。唯子も小鳥も!放心しないの!」

 

 慌てる少年と少女を尻目に、大輔が一言言った。

 

「なぁ」

「……なんだよ大輔…」

 

 にま~と唇を歪ませて、

 

「今日の昼飯で良いぞ」

「なんだよそれ」

「いづみへのくちどめ料」

 

 情報を聞きつけて、にやにやと絡んでくるいづみの姿を思い浮かべて――

 

「……手を打とう」

 

 真一郎が折れた。

 

 

 

「――!?」

 

 不意に――真一郎が空を見上げる。

 背筋をなぞるような不快感に、体が考える前に反応している。

 真一郎は気づかなかったが――さくらも真一郎と同じ目線をたどっている。

 

「真くん……どうしたの?なんか怖い顔してる……」

 

 不安そうに、小鳥。

 

「……いや。気のせいみたい」

 

 そういいながらも、目線は動かさない。

 大輔の、「張りきりすぎて寝不足か?」という下世話な冗談も、耳を通りすぎていく。

 

「それより遅刻しそうだ。早く行こう」

 

 真一郎は皆の方へ向き直り、そう促す。

 気のせいだ――。

 自分の言った台詞ながら、それは本心ではないのだろうという漠然とした思いがあったが――。

 

「……まさか、ね」

 

 呟きは、誰の耳にも届かずに秋風に消えた。

 

 

 

         ◇

 ちなみに、大輔に昼飯をおごった直後の昼休みに、にたにたと笑ういづみが現れ、

 

「相川……昨晩はお楽しみでしたか?」

 

 真一郎は再び悪友の姿を探すことになるのだった。

 

 

 

 

 


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