とらんあんぐる組曲   作:レトロ騎士

22 / 35
第三章 「矛盾と真実と」

 

 

 

 

 

         ◇

 駅前の喫茶店で――昨日と同じ四人が、昨日と同じ位置で会話をしている。

 違うところは、叱る人物と叱られる人物が逆転していることぐらいか。

 

「まったく――あんまり危険なことしないでくれ。愛と耕介に怒られるのはボクなんだから」

「すみません……」

 

 結局、あの後那美がいくら呼びかけても彼女は現れず、簡単な結界を張って出られないようにして三人は帰途についた。

 結界は三日程度もつそうだが、それでは何の解決にもならない。かといって、初めにされていた『封印』を、彼女はする気は無い。あれは、どちらかと言えば外法と呼ばれるものである。

 リスティが頬杖を付ながら唇を開く。

 

「それにしても……なんなんだろうな。その霊がHGSだったって言う推測が正しかったことは判ったけど……」

「はい、私達に危害を加える様子も無かったし、それに、憎しみや悪意が感じられなかったんです」

 

 那美がそういうと、恭也は軽くグリーンティーを飲み込んだ後、

 

「隠しているだけ、というわけでは?」

 

 聞いた。

 那美が答える。

 

「……ありえません。霊体と言うのは、いわば精神そのものです。だからこそ、生前の想いに囚われて理性を失ったり、一つの行動に縛られる者が多い。十六夜のように思考を持つ霊体もありますが、あの天使さんの場合は感情がストレートにぶつかってきました。『寂しさ』、『不安』。それだけです。

 つまり、思念が『霊体』という新たな体を持つのではなく、あくまでも『想い』だけが『精神――霊気の塊』となりこの場に留まっている、残留思念タイプですね。そのタイプが想いを偽称するのは、自己否定につながり、消滅してしまうのですから……」

「なるほど……ところでリスティさん、捜査のほうはどうなっていますか?」

 

 こっそり煙草を取り出そうとしていたリスティは、恭也に釘を刺されるように言われて、慌てて答える。

 

「どうもこうも……容疑者が霊じゃお手上げだからな。捜査自体は打ちきりに等しい。恐らくは事故として処理されるだろう。まあ、村の出身者を調べて聞き込みしたり、注意するよう伝えたり、彼等を警備したり、そのぐらいさ。……だがなあ、なんか彼等も詳しい事を教えてくれないんだ。何か隠してるとは思うんだが――」

「心を読むわけにはいかないんですか?」

 

 恭也の意見にリスティは苦い顔をして、

 

「それができれば楽なんだけどね。やっぱり公僕が個人のプライバシーを暴くとなると世間的にマズイんで、よほどの事件でお偉方の許可が下りないと、認められないんだ。それに、読心で読み取った資料は証拠にならないんだよ。……言いたかないが、それを認めると、HGS患者の偽装証言が横行する可能性があるからね。

 心を読んでわかりました。犯人はこの人です――なんていうのが、どれほど信憑性に薄いか想像はつくよね?」

 

 ふーむ、と青年が腕組をする。

 と、美由希がはたと思いついたように、

 

「あの、ちょっと気になるんだけど……いい?」

「どうしたんですか?美由希さん」

「霊になった人って、どうやって私達を攻撃するの?向こうは攻撃してくるのに、霊力の無い私達が反撃できないのって、なんだか悔しいでしょ」

「えーとですね、簡単な話、基本的に霊は物理的に直接干渉する事が出来ないんですが、精神的な力を霊力や妖力といった、精神、物理両方に影響を及ぼせるものに変えることができます。十六夜が触れることが出来るのも、私達が霊体に接触できるのも霊力を利用しているからで、そのときであればこちらから物理的に接触できます」

「じゃあ、向こうが物理的に攻撃してくる瞬間は、攻撃できるということ?」

「そうですね。ただ、それで人型の霊に傷を負わせても、急所的な部位は関係ありません。『もや』のような霊気の塊と同じです。向こうにしてみれば、体のどこを攻撃されようと『霊力』の一部を削られたわけですから。当然、痛覚もほとんど無いでしょう。

 十六夜を例に簡単に言えば、腕や足――頭を切りおとしても、その分の霊力を失っただけで再生できます。『肉体』ではなく、人間の形をかたどった霊気の塊――それが、十六夜です。ただ、彼女の場合、霊剣という媒体と神咲家の術によって、限りなく生前の肉体に近い感覚を持てるそうですが――」

「へ~、奥が深いんだ……」

 

 はっ――と。

 なんとなしに窓の外を眺めていたリスティが、凍りついたように止まる。

 心なしか瞳孔が開き、唇も僅かに震えていた。

 そして――

 

「くそ!ボクは馬鹿だ!」

 

 周りの目を気にせず、声を張り上げた。

 

「そうだ、そうだよ。どうしてボクはそのことに気づかなかったんだ!」

「ど、どうしたんですか?」

 

 美由希が慌てて声をかける。

 リスティは彼女を無視して那美の方を掴んだ。

 

「那美、人型でもその体は霊気の塊だって言ったよね」

「は、はい。言いましたけど……なにか?」

「いいかい、今回の事件はHGSの能力によって行われた。それは間違いが無い。HGS能力が使われたときの特有の、特殊な放射線が現場から検出されていたから。だけど、それを幽霊が使えるわけが無いんだ」

 

「ふむ?」

「え、どういうことなの?」

「リスティさん、なぜですか?」

 

 高町兄妹、那美ともども、首をかしげる。

 

「HGS能力は、例外無くフィンから得られるエネルギーを利用する。例を挙げれば、知佳は太陽光線をフィンに受けることで、ボクは摂取した糖質をフィンに送ることで、エネルギーに変える。しかしこれは、フィンの物理的なエネルギーの変換だ。ボク達は無意識にしているが、そこには複雑な化学反応と物理作用が生じている。

 いいかい?那美の話から言えば、たとえその霊がフィンを持っていたとしても、体と――『肉体』と繋がった物理的な羽じゃないってことだ。あくまでも、フィンの形をした『霊気』なんだ。HGS能力を模した霊力や妖力云々ならともかく、フィンを媒体にしたHGS能力そのものが使えるわけが無いんだよ! つまり、犯人は幽霊でもなんでもない、実在する生きたHGS能力者以外ありえないんだ」

 

 あ――と、三人が息を飲んだ。

 

「伝説に躍らされすぎていたよ。ボクはすぐに本部に行く。HGS患者のリストを――いや、あの村で起きた事件を調べてみる。村人達の隠していることも、すべて吐かせてやる。捜査を一からやり直しだ」

 

 いざとなれば、始末書覚悟で心を読むつもりだった。証拠にはならなくても、口を割らせる材料にはなるはずだ。

 彼女は立ち上がり、出口に向かって歩き出す。苛立っているのは、自分と同じ能力を持つものへの、近親憎悪からだろうか。

 ふと、止まる。首だけ那美を振り返り――

 

「あとで、塚に線香をあげに行くよ。故人とはいえ、冤罪を着せかけた謝罪はしないとね」

 

 冗談の様に本音を言う、彼女らしい言葉だった。

 

 柱時計から、あのメロディが奏でられ始めた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。