とらんあんぐる組曲 作:レトロ騎士
◇
駅前の喫茶店で――昨日と同じ四人が、昨日と同じ位置で会話をしている。
違うところは、叱る人物と叱られる人物が逆転していることぐらいか。
「まったく――あんまり危険なことしないでくれ。愛と耕介に怒られるのはボクなんだから」
「すみません……」
結局、あの後那美がいくら呼びかけても彼女は現れず、簡単な結界を張って出られないようにして三人は帰途についた。
結界は三日程度もつそうだが、それでは何の解決にもならない。かといって、初めにされていた『封印』を、彼女はする気は無い。あれは、どちらかと言えば外法と呼ばれるものである。
リスティが頬杖を付ながら唇を開く。
「それにしても……なんなんだろうな。その霊がHGSだったって言う推測が正しかったことは判ったけど……」
「はい、私達に危害を加える様子も無かったし、それに、憎しみや悪意が感じられなかったんです」
那美がそういうと、恭也は軽くグリーンティーを飲み込んだ後、
「隠しているだけ、というわけでは?」
聞いた。
那美が答える。
「……ありえません。霊体と言うのは、いわば精神そのものです。だからこそ、生前の想いに囚われて理性を失ったり、一つの行動に縛られる者が多い。十六夜のように思考を持つ霊体もありますが、あの天使さんの場合は感情がストレートにぶつかってきました。『寂しさ』、『不安』。それだけです。
つまり、思念が『霊体』という新たな体を持つのではなく、あくまでも『想い』だけが『精神――霊気の塊』となりこの場に留まっている、残留思念タイプですね。そのタイプが想いを偽称するのは、自己否定につながり、消滅してしまうのですから……」
「なるほど……ところでリスティさん、捜査のほうはどうなっていますか?」
こっそり煙草を取り出そうとしていたリスティは、恭也に釘を刺されるように言われて、慌てて答える。
「どうもこうも……容疑者が霊じゃお手上げだからな。捜査自体は打ちきりに等しい。恐らくは事故として処理されるだろう。まあ、村の出身者を調べて聞き込みしたり、注意するよう伝えたり、彼等を警備したり、そのぐらいさ。……だがなあ、なんか彼等も詳しい事を教えてくれないんだ。何か隠してるとは思うんだが――」
「心を読むわけにはいかないんですか?」
恭也の意見にリスティは苦い顔をして、
「それができれば楽なんだけどね。やっぱり公僕が個人のプライバシーを暴くとなると世間的にマズイんで、よほどの事件でお偉方の許可が下りないと、認められないんだ。それに、読心で読み取った資料は証拠にならないんだよ。……言いたかないが、それを認めると、HGS患者の偽装証言が横行する可能性があるからね。
心を読んでわかりました。犯人はこの人です――なんていうのが、どれほど信憑性に薄いか想像はつくよね?」
ふーむ、と青年が腕組をする。
と、美由希がはたと思いついたように、
「あの、ちょっと気になるんだけど……いい?」
「どうしたんですか?美由希さん」
「霊になった人って、どうやって私達を攻撃するの?向こうは攻撃してくるのに、霊力の無い私達が反撃できないのって、なんだか悔しいでしょ」
「えーとですね、簡単な話、基本的に霊は物理的に直接干渉する事が出来ないんですが、精神的な力を霊力や妖力といった、精神、物理両方に影響を及ぼせるものに変えることができます。十六夜が触れることが出来るのも、私達が霊体に接触できるのも霊力を利用しているからで、そのときであればこちらから物理的に接触できます」
「じゃあ、向こうが物理的に攻撃してくる瞬間は、攻撃できるということ?」
「そうですね。ただ、それで人型の霊に傷を負わせても、急所的な部位は関係ありません。『もや』のような霊気の塊と同じです。向こうにしてみれば、体のどこを攻撃されようと『霊力』の一部を削られたわけですから。当然、痛覚もほとんど無いでしょう。
十六夜を例に簡単に言えば、腕や足――頭を切りおとしても、その分の霊力を失っただけで再生できます。『肉体』ではなく、人間の形をかたどった霊気の塊――それが、十六夜です。ただ、彼女の場合、霊剣という媒体と神咲家の術によって、限りなく生前の肉体に近い感覚を持てるそうですが――」
「へ~、奥が深いんだ……」
はっ――と。
なんとなしに窓の外を眺めていたリスティが、凍りついたように止まる。
心なしか瞳孔が開き、唇も僅かに震えていた。
そして――
「くそ!ボクは馬鹿だ!」
周りの目を気にせず、声を張り上げた。
「そうだ、そうだよ。どうしてボクはそのことに気づかなかったんだ!」
「ど、どうしたんですか?」
美由希が慌てて声をかける。
リスティは彼女を無視して那美の方を掴んだ。
「那美、人型でもその体は霊気の塊だって言ったよね」
「は、はい。言いましたけど……なにか?」
「いいかい、今回の事件はHGSの能力によって行われた。それは間違いが無い。HGS能力が使われたときの特有の、特殊な放射線が現場から検出されていたから。だけど、それを幽霊が使えるわけが無いんだ」
「ふむ?」
「え、どういうことなの?」
「リスティさん、なぜですか?」
高町兄妹、那美ともども、首をかしげる。
「HGS能力は、例外無くフィンから得られるエネルギーを利用する。例を挙げれば、知佳は太陽光線をフィンに受けることで、ボクは摂取した糖質をフィンに送ることで、エネルギーに変える。しかしこれは、フィンの物理的なエネルギーの変換だ。ボク達は無意識にしているが、そこには複雑な化学反応と物理作用が生じている。
いいかい?那美の話から言えば、たとえその霊がフィンを持っていたとしても、体と――『肉体』と繋がった物理的な羽じゃないってことだ。あくまでも、フィンの形をした『霊気』なんだ。HGS能力を模した霊力や妖力云々ならともかく、フィンを媒体にしたHGS能力そのものが使えるわけが無いんだよ! つまり、犯人は幽霊でもなんでもない、実在する生きたHGS能力者以外ありえないんだ」
あ――と、三人が息を飲んだ。
「伝説に躍らされすぎていたよ。ボクはすぐに本部に行く。HGS患者のリストを――いや、あの村で起きた事件を調べてみる。村人達の隠していることも、すべて吐かせてやる。捜査を一からやり直しだ」
いざとなれば、始末書覚悟で心を読むつもりだった。証拠にはならなくても、口を割らせる材料にはなるはずだ。
彼女は立ち上がり、出口に向かって歩き出す。苛立っているのは、自分と同じ能力を持つものへの、近親憎悪からだろうか。
ふと、止まる。首だけ那美を振り返り――
「あとで、塚に線香をあげに行くよ。故人とはいえ、冤罪を着せかけた謝罪はしないとね」
冗談の様に本音を言う、彼女らしい言葉だった。
柱時計から、あのメロディが奏でられ始めた。