とらんあんぐる組曲   作:レトロ騎士

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Captar 4 『Do you know the Schrodinger-cat?』


第四章 「箱の中の猫達へ」

 

         ◇

 その暖かさは、冷たい死の感触だった。

 

 疼くような胸の奥の鼓動は、生きている実感としてはいささか物足りないものだったが、内臓から発する熱を帯びたそれは、彼女に心臓よりも明確な生を教えてくれた。

 だから、常人なら不快と思うべきその感覚を、彼女は少しだけ楽しんでいた。頬をくすぐる風の流れ程度には。

 今、彼女が歩いている街並みは、普通のそれよりいくらか閑散としていたが、あえてそう誇張するほどのものでもなかった。むしろ、その少しだけ平均以下の発展をしたと思わせる風景が、普通の街だという証明だともいえる。

 

「のどかで……良い街ね」

 

 どことなく皮肉めいたような彼女の呟きは、言葉に反して、街にではなく自虐的なものであった。 

 女は――子供が見ておばさんと言うかお姉さんと言うべきか、ぎりぎりの歳の頃だった。もっとも、彼女はどちらに呼ばれたところで、目くじらを立てるほど自分の歳を気にしてなどいない。

 若さに嫉妬するほど、自分に自信が無いわけではなかったからだった。

 実際――彼女の体の張りは、無理なダイエットを繰り返す二十代のものよりは上等であったし、顔も少しきつめな目が威圧感を与えないわけではないが、美人だと言えなくもない。

 紺色のジーンズと萌黄色のトレーナーの組み合わせが、彼女のファッションへの執着の無さを物語っていたが、すれ違う人が気にするほど奇抜ではなかった。

 軽くウエーブのかかった髪は漆塗りを思わせる濡羽色で、その黒い輝きは彼女の自慢でもあった。

 その髪をかきあげて、女はもう一度街を見る。

 

「ほんと、綺麗でやさしそうな街」

 

 血の匂いが染み込んだ自分にも、この街はやさしくしてくれるのだろうか、と女は笑う。

 おそらく、受け入れてくれるのだろう。

 

 かつて恋人だった男、士郎がこの街で暮らしているのだから――。

 

 

 

         ◇

 

 その暖かさは、冷たい死の感触に似ていた。

 服越しに伝わる土の温度は、ねっとりとした湿気を持って彼の皮膚に水分を与えている。しかし、上から降り注ぐ太陽の光は、それを奪い取ろうと彼の露出した肌を躍起になって焼いていた。

 結局、彼――恭也が目覚めたのは、酷い頭痛に寄るものだった。

 

「く……」

 

 ゆっくりと立ちあがる。

 ぼんやりとした意識をはっきりさせるため、とりあえず彼は額を抑えて頭を振った。そして、周りを見まわす。

 

「あ……?」

 

 間抜けとしか言いようのない声をあげて、恭也はもう一度辺りを見まわした。

 そこは、見覚えのある風景ではあった。

 

「さざなみ……寮?」

 

 一瞬で記憶がつながる。

 

「なのは!」

 

 叫んだ彼は、すぐに自分の周囲の地面に目を向ける。そこにあるのは――

 

「え……」

 

 何も無かった。いや、正確にはあるはずのものがそこにない、と表現するべきか。

 なのはも、瓦礫も、剣も、そして美由希達も――。

 気になって、崩壊したベランダを見上げた。

「どうなっている……」

 ベランダは、何事も無かったように日差しを浴びていた。

 

 ふいぃぃぃん

 

 混乱する中、耳慣れない音が聞こえる。

 恭也は、あわてて携帯を探ろうとするが、それが自分の着信音でないことに思い当たり、素直にそこに目を向けた。

 ベルトに結びつけた巾着――。それが青白く光っている。振動音のようなそれは、光の強弱に比例して音量を増減していた。

 そして、不意に小さくなる。

 

「お、おい」

 

 恭也が思わず声をかけたが、巾着の中の石は本当に小さく光を発するだけで、おとなしくなってしまった。

 ――何がなんだかわからない。

 この場になのはと寮生の姿が無く、瓦礫も消えてベランダが治っている。

 可能性としては、瓦礫をどけ、寮内でなのはを治療、何か特殊な力でベランダも直して(ここの寮生メンバーなら、一人ぐらいそういう力を持っていてもおかしくはない)、今に至るというところだろうか。なら、自分がこの場に寝かされたままなのは、動かすと危ない状態だったのだろうか。

 かなり無理があるが、一応の説明はつく。

 なのはの安否も気になる。なんにしろ、寮内に入って誰かに聞けばすむ事だ。

 恭也は石畳に足をかけ、縁側のガラス戸を引いた。

 リビングルームの中に入って見まわしたところ、誰の姿も見当たらず不安になったが、すぐに騒がしい足音と声が聞こえ、彼はほっとした。

 だが、それは予想だにしなかったこととなる。

 どたどたと素足で廊下を走る音が聞こえたと思うと、室内へ――つまりは恭也が今いる部屋への扉が開かれ――

 

「いーじゃないかよ!単なるスキンシップじゃねーか」

「そういう問題ではなかです!あれほど他人の胸を揉まないでと下さいと言っとるです……に……」

 

 その声の主が、恭也の姿を見咎めて固まった。

 だが、固まったのは恭也も同じだった。なぜなら――

 一人はポニーテールの少女だった。湯上りと思われる蒸気を肌から発し、その為なのか、白のティーシャツを透かして、淡い薄紅色のブラジャーが見えた。見たことがある人物のような気がしないでもないが、はっきりとした確証はない。

 もうひとりはやはり女性で――裸だった。まあ、一応申し訳程度にはバスタオルが巻かれていたが、大きな胸のせいでいつ落ちてもおかしくはない。

 どんな状況にも対応するのが御神流の常だが、さすがにこんな状況の対処法は学んではいなかった。ああ、そういえば家でフィアッセ相手に似たようなことをしたっけ、と、どうでもいいことが浮かんだりもした。

 何はともあれ、裸のほうの女性は――少しだけ髪形を含めた外見が違ったが、見知った人物だった。

 

「ま、真雪さ――」

 

 彼女の名を叫ぼうとして――

 

『痴漢!』

 

「――はい?」

 

 二人の息の合った大声に、青年はあっけに取られる。

 

「成敗!」

「――!」

 

 ポニーテールの少女が、いつのまにか木刀を構え、恭也に突進してくる。歳のわりに鋭い太刀筋に彼は反応が遅れたが、それでも幾分余裕でかわす。その速度に、少女は驚きを隠せない。

 

「うりゃあ!」

 

 やはり木刀で――真雪の袈裟切り。少女の攻撃でバランスを崩していたが、青年は片手一本で倒立するように体を支え、手で床を蹴るように飛びのいた。開いていたガラス戸から外に出る。

 真雪がそれにひゅう、と口笛を吹くと、舌なめずりをする。バスタオル一枚なのが決まらないが。

 

「へぇ……痴漢にしちゃやるじゃねえか」

「ちょ、ちょっと待ってください、俺は――」

「問答無用!神咲、挟み撃ちだ!」

 

(神咲――神咲だって?)

 

 恭也はようやく、その少女が誰に似ているか気付いた。

 

「まさか――薫さん!?」

 

 恭也の言葉に、少女が顔をしかめる。

 

「なんね、うちの名を知っているとは……ストーカー?」

 

 間違いではないようだ。

 とんでもないことだが――、この少女はあの薫と同一人物らしい。だが、当然ながら恭也の知る薫は、二十四、五歳の女性だったはずだ。ところがこの薫と称する少女は、どう見ても十代半ばにしか見えなかった。いくらそういう化粧をしたとしても、身長まで変えられるはずがない。

 さらに言えば、真雪についてもそうだ。恭也の知る彼女とそう変わるところはないが、よくみれば肌の張りが若々しい。

 と、いうことは――

 一つの結論に達する。その考えはあまりに馬鹿げていたが――それ以外の答えは思いつかなかった。

 

「痴漢ですか?」

「痴漢?どこなのだ!」

「痴漢って……ほんと?」

「痴漢やて~?」

「あうううう~、痴漢はいやです~」

「なにぃ!痴漢はどこだ!」

 

 いったいどこにいたのか――寮全体から住人の声が聞こえてくる。

 

(今は――まずい!)

 

 ざわめきが近づいている。住人達がこちらに来るのも時間の問題だった。

 彼女達が驚いている隙に靴を履き直し、恭也は真雪達に背を向けて駆け出した。腰のホルスターに手を伸ばし、鋼糸を取り出す。

 

「逃がすか!」

 

 彼の背を薫の声が追うが――

 

「はっ!」

 

 敷地の境となる壁の向こうに飛び出た庭の木の枝に、恭也は鋼糸の先の分銅を投げつけ絡ませた。青年は壁に向かって突進すると、ぶつかる瞬間に足で壁を垂直に蹴り、絡み付けた鋼糸で自分の体重ををたくし上げ、ちょど忍者の壁走りのように駆け上がった。右手が壁の頂上にかかり、そのままひらり、と向こう側に飛びおりる。

 

「なんと……」

 

 絶句した薫が正門から外に出たときは――すでに青年の姿は無かった。

 

 

 

 

         ◇

 今時の高校生にしてはずいぶんと雅の感のある、和式に偏った部屋で、「何者なのだろう」と薫は思った。

 その後寮生全員で探してみたが、あの不審者はどこにも見当たらなかった。

 

「おまえのファンじゃねーの?」

 

 と真雪は笑っていたが、自分だけならともかく他の寮生達にも危害がないとは言い切れない。少なくとも、あの男が体術の面において自分よりも勝っていることは明白だった。手加減していたとはいえ、完全に不意打ちからの一撃を、男は余裕でかわしている。

 もともと多少の騒動に怯える住人達ではないので、騒動が過ぎると自分のやるべきことに戻っていった。だが、どうしても不安が拭い切れない薫は、管理人であり、同時に信頼の置ける男性、耕介と相談し交代で見まわることにした。今ごろ彼は、夕方の赤い光に照らされて、十六夜と共に敷地内を歩いているはずだ。

 あまり自分の願望を口に出さない十六夜が、彼のパートナーを買って出たのは少々意外ではあったが、最近の二人の雰囲気をなんとなく気付いていた薫は、笑って許可を出していた。

 窓を空ければその姿が見えるかもしれないと思い、彼女はカーテンを引いて窓を開く。

 

「――むぐ!」

 

 一瞬だった。

 

 顔を窓から外に出したとたん、上から飛びこんできた何者かの手で口を塞がれ、かと思うと叫ぶ間もなく部屋に引きずりこまれた。背後に回られ右手の関節を極められ、顔を見ることも出来ない。口を覆う男の手の甲で見えないが、首筋に冷たい切っ先が触れているのがわかる。

 

「声を――出さないで下さい」

 

 あの時、なぜか自分の名を呼んだあの男の声。

 なんたる不覚。気配一つ感じることが出来ないなんて――。

 

「ひっ――」

 

 思わずして、軽い悲鳴をあげる。恐怖に体が震える。いくつもの霊障との命がけの戦いでも感じたことのない、それは、己の貞操への危機。涙を流さなかったのは、犯人へ屈することに、彼女の誇りがわずかに打ち勝ったためだろう。

 抵抗するにしても、刃物で頚動脈を抑えられているため迂闊なことは出来ない。

 これから起こりえることを想像して、冷や汗が流れる。

 後ろの男が、ゆっくりと語りだした。

 

「驚かしてすいません。騒がれたくは無かったんです。俺は、あなたに危害を加えるつもりはありません」

 

 おとなしくしていればだろう、と薫は心の中で罵倒する。首の刃を無効化できるかどうかは、分の悪いかけだったが――相手が口から手をどかしたその瞬間に、叫ぶことも覚悟する。

 

「今から口を開放しますが、あなたが叫び声を挙げたとしても、武器を手に取ったとしても俺は何もしないで立ち去ります。でもその前に、お願いですから俺の話を聞いてもらえませんか?」

 

 予想外の答えに薫は驚いた。思わず肩越しに後の男の顔を見ようと眼球を動かすが、僅かに体の一部が見えるだけだった。

「承諾していただけるのなら、一度頷いてください。NOなら横に。その場合でも俺はなにもしませんから、正直にお願いします」

 虚偽を語るような口ぶりには聞こえなかったが、それには何の保証もない。だから、この場しのぎにとりあえず頷いてしまうのも一先ずは手だ……。

 しばらく薫は考えて――顔を縦に動かした。

 油断させるためではなく、とりあえずこの男が、単なる変質者ではないらしいと判断して。

 彼は、小さく「ありがとうございます」と呟き、約束通り口から手を、喉の獲物をどけた。それを確認すると同時に、立てかけてあった木刀に飛びつき、振りかえって構えを取る。

 そこにいたのは、予想通り昼間のあの青年だった。注意深く相手の持つ凶器を確認し――愕然した。手に握られているのはただの紙切れだった。スーパーのチラシを折ってナイフの形を模したもの。カードのような形状ならともかく、折ってその形を造った為に厚みが増し、当然ながら殺傷能力はない。

 それは、その青年が初めから薫を傷つけるつもりのない何よりの証明だろう。それに気付き、先ほどより多少警戒を解き(あくまで多少だったが)、向き直る。

「それで、うちに何の用じゃ?」

 

「……その前に、一つ聞きたいことがあります」

 

 青年は真剣な表情だった。その気配は、厳格な薫の父を思わせる独特な雰囲気で、彼女はそれに引き込まれるような錯覚を受ける。

 

「……?」

 

 薫は無言で待った。そして、青年が言葉を発する。

 

「……今は、西暦何年ですか?」

 

 やはり、単なる変質者だったのかもしれない、と薫は思った。

 

 

 恭也は、自分の知る限りを薫に伝えた。

 

「じゃあ、なんね?君は未来からやってきたと、そう言うとると?」

「おそらく……。俺の気が狂っているので無ければ、そう言う事になります」

 

 いつしか、お互い座布団の上に座り正座をしていた。恭也を完全に信用したわけではなかったが、薫は彼を悪人とは思えなかったからである。

 なおかつ、あながち嘘とも思えないことを彼は語る。

 彼の話は、確かに狂人地味ていたが、嘘とは思えない真実味がある。那美のこと、久遠のこと、今の寮生達にすら伝えていないことを恭也は知っている。

 

「しかし……仮にそうだとして、いったいなんでうちに?」

「……これです」

 

 恭也は、腰につけた巾着を見せた。

 

「これは……家の蔵にあった……」

「ええ、あなたからもらったものです。俺がここで目覚めたとき、この石が光っていました。もし原因がこの石なら、元の持ち主のあなたなら何とかできるのでは、と思ったんです」

「でも、それならおかしい。うちは今こうして君と会っている。なのに、未来のうちは君の事を知っとるそぶりは見せなんだのじゃろ?」

「はい……演技している様子はありませんでした」

 

 恭也が俯く。しばらく薫は目を閉じて考えて――

 

「……曽祖父様(ひいじいさま)から聞いたことがある。今はもう失われた、神道とも魔術とも陰陽道かもわからないが、古の禁術に時を越える秘術があると。だが、それを使っても決して過去は変えられないとも聞いとる。もしそれと同じ原理で石の力が働いているとすれば――

 曽祖父様からその理由を教えてもらった時はうちも小さくて理解できんかったが、今ならわかる。もし曽祖父様の仮説が正しければ――多分、君は本当に未来から来たんじゃろ」

「仮説、ですか?」

「ああ。この後、君がどうなるかはわからんが――時を越える術は、対象者と会った人々の記憶を消す力があって、初めて成り立つと言っていた。おそらく、君が元の世界に戻った後、うちは今の記憶を失う……らしい。つまり、うちは君とは会わなかったこととなって歴史は動く」

「意味が……よくわかりませんが」

「うちは今、過去は変えられないと言ったが――厳密には、君が今ここにいる、ということですでに過去が変わったといえる。でも、うちにとってはこれから起こることが未来であって、それがどのような結果になろうとも過去が変わったことにはならん。君にとっての過去が変化したとしても、その変化を誰にも立証できないのなら歴史に狂いは生じん。

 たとえば――うちがハート、クラブ、スペード、ダイヤのトランプのAのうち、1枚を選ぶとする。ウチは『ハート』を選んだが、もし、そのことを知らない君が過去に行き、ウチの代わりにカードを選んでウチに渡したら、それは必ずハートになるはずじゃ。そして、その後ウチが君と会ったことを忘れれば――ほら、過去が変わらんことと同じになるじゃろ」

「もし、俺がカードのことを知っていて、違うカード……『スペード』を渡したとしたら?」

「ありえんよ。君は結果が知らなかったからこそ『ハート』というカードを選びウチに渡したのであって、もし結果を知って別のカードを渡したのなら、『君』か『世界』かどちらかが消滅しとる。

 つまり、君がカードを渡す前に、君はこの世界から消えて元の――うちにとっては未来の世界に戻るか、『ウチがハートを手にした世界』が消えて、『スペードを手にした世界』が継続されるか。

 そしてその場合でも、『ウチがハートを手にした』ということを知る君は消滅し、初めからウチがスペードを手にしていたことが真実になる。ほら、だれも本当は『ハートを手にしていた』という事を証明できないのだから、過去は変わっておらんのと同じじゃ」

 

 そこで一息つき、薫はちらり、と窓の外に目を向けて、

 

「そうじゃな……他の例をあげれば、君が現れたせいで、今、耕介さんと十六夜が見回りをしとるが――君が現れなかったとしても、結局別の理由で二人は同じ行動をとったいた、ということじゃろう。

 有名な親殺しのパラドックスを起こそうとしても、それは矛盾が生じたようで――なんにもならん。なにしろ、死んだという事象が残って、歴史が再構成される。

 その世界では、仮に殺される人が乙さんとして、『見知らぬどこかの誰かによって乙さんは殺された』という事象だけが残り、事象が続くわけじゃ。そして、今の乙さんの子供は消える……わけだが、そもそも、息子がいたなんてことを知っている人物はどこにもいない。ほら、『世界』に、どこにも矛盾はなくなった。比較することによって生まれる矛盾じゃ。比較すべき『歴史』が消えてるのであれば、もう、その矛盾を残しようがない。逆に、死ぬべき人を助けても同じ。その人が助かったと言う事実だけが残って世界が動く。その新しい世界に、乙さんの息子はいるかもしれんが、今存在する乙さんの息子とは全く別の記憶を持った存在で、連続性はない……」

「つまり、その息子が俺と仮定するなら……俺の知る世界、そして今の『俺』というアイデンティティーが消える訳ですか……」

「あくまで、その推論が正しければ、だけんども」

 

 少しは、理解できた。恭也は、もともとこういう複雑な話は苦手だが――大学の授業で興味を引いた話が、なんとなく思い出された。

 生きているか死んでいるかわからない、箱の中の猫。空けて確認をしない限り、その中の猫は生きているのと死んでいるのと中間の状態だと言う、思考実験の寓話。

 その猫のような曖昧さで、今いる世界は存在しているということだろうか。

 

「あ――」

 

 恭也がふいに声を挙げる。

 

「すみません、今は、何月何日ですか?」

 

 薫は、ええと……と腕時計を見て、その月日を告げる。

 

「そんな!……それじゃあ……そうか……それでこの石は……」

 

 呆然と、虚ろに呟く恭也に、薫は首をかしげた。

 

「いったい、どうしたね」

 

 恭也は、震える拳を握り締めた。

 

「今日、この日は……俺が『会いたいと望んだ人』――父さんの命日の、二週間前にあたる日だ」

 

 

 青年の声は、静かだった。

 




確かタイムリープの影響を受けてた気がする

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