とらんあんぐる組曲   作:レトロ騎士

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Chapter 2 『The dream can not wound my body. Bat it is not means nothing to me.』


第二章 「偽りの誰かが踊る夢」

 

 春先の爽やかな匂いのする朝。

 雨が嫌いなわけではないが、それでも日曜日はこういう日がいい、と青年は思った。今日は毎年恒例の花見の為に、早朝の美由希との鍛錬を早めに済ませ、シャワーで汗を流した後、恭也は一人庭先で茶を楽しんでいた。

 

「美味い……」

 

 ほう、と息をつく。親友の忍や勇梧あたりに見られたら、年よりくさいやら枯れてるだとか言われそうだが、なんと言われてもこの楽しみを奪われるわけにはいかない。

 庭を見とおせば、ウグイスが塀の上で踊りを楽しみながら、つぼみを着けた花へ喜びの歌を奏でている。

 暖かな日差しが地を這う昆虫たちを呼び起こし、風の音が耳元でさわさわと囁いている。

 それは、彼が望み続ける大切な平穏だった。たとえこのまま何もしていなくても、心安らぐ誰かがそばに居てさえすれば、きっと退屈することのない柔らかな世界。

 だが――

 

「これで、夢さえ静かなら、な……」

 

 湯呑を置いて、恭也は空を仰ぐ。そこに答えを探すように。

 意識が陰る。思い出したくもない昨日の夢の景色が、青年の心を締め付けるように浮かび上がっていった。

 

 

 

         ◇

 

 始まりは、いつもと同じだった。

 血の匂いだけが現実的な、存在感のない風景と倒れている父。

 だが、そばに立つ自分が違った。

 少年ではなく、成長した今の自分だ。手には使い込んだ愛刀が二本。

 そのことに気づくと、物語は急速に動いた。今までとは異なるそのイレギュラーから逃げるように、本来の過程のシーンを飛ばして、父が遠のく。

 思いがけない展開に一瞬呆けていた恭也は、自分に叱責するように舌打ちして走り出した。

 

(俺は何をしている!昔の無力な俺じゃない。今の俺がここに居るんだ。たとえこの世界が夢だとしても、現実が何も変わらないとしても、今の状況を無視してどうする!)

 

 距離が詰まる。当然、子供の体よりも運動能力が高いので、そのスピードが今までよりもはるかに遅い。

 あと数メートル。

 追いつける。そう思った。だが――

 

「!?」

 

 体の動きが鈍る。振り向くと人を象った黒い影が、恭也の肉体に羽蟻のようなおぞましい感触でまとわりついていた。

「これか!今まで俺が動けなくなった原因は!」

 今までの夢――少年の頃の自分が不意に前へ進めなくなり、父を救えなかった夢。だが、今回は違う。こいつを倒せば変わるはずだ。その後、士郎を救えればきっとこの悪夢は終わる。何も根拠はないが、そう思った。

 愛刀の小太刀――八景を構える。この世界の空虚な空気を吸いこみ、息を止める。そして、怒号の声を発すると同時に切りかかった。

 

「おおおおおっ!」

 

 凍てつくような刀身の輝きが、歪曲な線を描き影を切り裂く。確かな手応え。だが同時に襲う右面からの殺気。

 

「はあ!」

 

 己の感覚を信じてその場を飛びのく。瞬時に、今まで恭也が立っていた場所を暗く冷たい刃が凪ぎ、地面に打ち付けられた。

 ガァン!という轟音。地面と刃、どちらの材質もわからないが、少なくともその威力を物語るには十分なメロディ。

 

「なんだ……こいつらは」

 

 間合いを取り見まわすと、そこには先ほど一太刀で切り裂いた影と同様の者達が数十人、手にはそれぞれ形状の違う武器らしきものを持って、体をゆるがせながら恭也を取り囲んでいる。

 しかも、今の攻撃されたときのスピードや威力は、一般人の比ではない。

 冷や汗が頬を伝う。その心の萎縮を、膝の古傷の疼きが教える。だが、簡単ではないにしろ、決して勝てない相手ではない。

 

「奥義の連発を……覚悟か」

 

 人ではない以上、手加減をしなくて良いのは助かることだが、あまり救いにはならない。それに、今は時間が惜しい。こうしている間にも、ゆっくりとはいえ父の姿は離れ続けているのだ。

 

「スゥゥゥ……」

 

 再び息を吸う。そして――

 

「はあぁぁぁぁ!」

「!?」

 

 数体の影を蹴散らした、その、『鬨の声』をあげたのは恭也ではなかった。

 彼の無骨な声とは違い、高く澄んだ、そして普通ならばおそらくは血生臭い戦いとは縁遠いはずの――それは、少女の声。だが、恭也はそれが戦いに身を置く者の声であることを知っている。なぜなら――

 

「美由希!?」

「恭ちゃん、手伝うよ!」

 

『徹』

 

 御神流の基礎技のひとつ。だが、その効果は絶大だ。外部からの威力をそのまま内部に伝える、広くは『鎧通し』と呼ばれる技の御神流変異技。

 美由希が繰り出したその技が、影の一体を吹き飛ばした。

 何故おまえがここに――と、恭也は問いたかった。だが、今はこの場を片付けることが先である。

 確かに、不意の美由希の登場で自分の負担は楽になった。だが、それはあくまで戦力として、である。恭也は、一層の気合と共に剣を振りながらも、美由希が劣勢になったときいつでもフォローに入れるように、彼女の状況に気を配る。

 

「恭ちゃん!ここは私に任せてとーさんを……っく!」

 

 ガッ!ギッ!

 

 左右からの同時攻撃を、小太刀を一本づつ使ってなんとか防ぐ美由希。

 

「美由希!……おおおおおお!」

 

 声と共に恭也が駆ける。そして――

 

「っりゃあああぁぁ!」

 

 御神流・奥義之六、『薙旋』

 本来は抜刀の形から繰り出す、高速の四連撃。恭也が最も得意とする――そして要と言える技。その餌食になった三つの影が、「おぉぉ」と怨のような音を立てて霧散した。

「馬鹿!無理するな。俺を背後に背負って確実に前の敵を倒せ」

 

「う、うん……」

 

 美由希は叱責からか、悲しそうな顔をして頷く。

 

「気を抜くな!来るぞ!」

 

 再びの剣劇幕。

 恭也たちが全ての影を滅したのは、それから数十秒後だった。

 ふう、と息をつき、美由希を促す。

 

「よし!早く父さんのところへ行くぞ!」

「……うん」

 

 彼女は、まだ悲しそうにしていた。本来なら、練習でどんなに怒られたとしても、いつもの美由希には見られない反応。何故――

 しかし、それを聞いている場合ではない。

 まだ僅かに見える父の姿に向かって走る。その姿は徐々に大きくなり、表情まで見えてくるほどに近づいた。だが――

 

「なっ!?」

 

 士郎のそばに、今まで倒してきたのと同じ形の――ただ大きさだけがふたまわり大きいそれが、父の体にまとわりついている。

 

 ニヤリ。

 

 顔があったわけではない。だが、人間で言えばちょうど口にあたる部分に、恭也は確かに歯のような白いものを見て――そいつが笑ったように見えた。そして同時に――

 

 

 ドォオン!

 

 

 爆炎がおこる。風圧が青年を襲い、黒髪が踊った。

 

「なんで……」

 

 剣を離し、虚空に手を伸ばす。落ちた二本の小太刀が、跳ねることなく闇に沈んだ。彼は膝を突き、拳を地面に打ち付ける。

 

「なんで……」

 

 もう一度同じ言葉を。

 だがそれに答えるものはいない。父の体は炎になっている。そばにいたはずの美由希は、いつのまにか消えている。

 この世界は再び彼だけとなった。

 

(これは夢なんだ。わかっているそんなことは。だから理不尽で、無茶苦茶で、矛盾だらけで。だから自分は気にする必要はない。夢から覚めれば、きっと今回の新しい悪夢に辟易するだけだ)

 

 でも、それでも――

 

 

「なんでなんだよ!」

 

 

 カシャアアン、と――最後だけは、今までと同じように絶叫と破壊音と共に――

 

 

 

 

 

「たとえ夢でも――いや、夢だからこそ、か。あの焦燥感は本物だ」

 

 日曜の晴れ上がった空を見上げながら、恭也は唇を噛んで呟く。

 目が覚めれば、肉体的なもの――夢で負った傷や疲労は当然無くなっている。だが、精神的なものは別だ。一度感じてしまえば、それは思い出すという行為だけで簡単に追体験できてしまう。

 繰り返されると思われた夢の内容が変わった。そして、夢の中の自分が意のままに動けるようになった。

 悪夢に意味などあって欲しいものではない。だが、悪夢がその中での自分の行動により結末を変えるのならば――

 

「いったい、俺に何をさせようって言うんだ……」

 

 言葉を口に出してから、青年は自分がほとんど狂気じみた考えをしていることに気づき、隣の木柱に頭をぶつける。

 誰が、何の為にだと?そんな者がいるはずがない。

 

 少し……疲れてるのだろうか。

 

 部屋の中で鳩時計が時を告げる。さざなみ寮での約束の集合時刻には、まだかなりの余裕があるが、どうせ晶と美由希あたりが準備に追われることだろう。

 本日の宴が、少しは自分を助けてくれることを祈り、恭也は皆を呼びに立った。

 

 

 

 

 

 


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