村長宅をお暇した一行はエモット氏の案内で広場を紹介してもらうことになった。要はテントがあるので場所を貸してほしいといったお願いだ。
一瞬で現れた大型テントにかなり驚いていたようだが、それではまた明日と別れ、現在四人はいつものリビングスペースに腰を下ろし……なぜか全員が頭を下げていた。
「本当にゴメン。いくらなんでも設定をないがしろにしすぎた……あと惚れられたなんてことはないから」
「すまんちょっと楽しくなっちゃって……自慢の嫁を紹介したい気持ちが……あぁあ違うか! ホントすまん!」
「申し訳ございませんちょっと暴走してしまって……いえ、おモテになるのは分かっていたのですから……いけませんね」
「村長に泊っていきなさいと言われた際に『え、ここでヤッテしまったら声を聴かれてしまうでありんす』なんて本音が出てしまって申し訳ないでありんす」
一部おかしなところもあったが早々に反省会を終了させて、話題……いや議題は本題へと入っていく。なぜなら彼らには時間が無いのだから。
「ペロロンチーノさんが早く部屋に連れ込みたい以上に私だってそうしたいんだ。けど今この時にも野盗がこの村を襲ってくるかもしれない懸念がある」
「ある程度の情報は手に入れましたが、まるで足りておりません」
「そうだ。せっかくのこの世界での足掛かりなんだ。滅ぼされるわけにはいかん」
「モモンガさん声変わってるね、魔王みたい」
「かっこいいでありんすね」
「そこ、いちゃいちゃしない! ついでに言うとここで野盗に襲われてしまうと、私たちが野盗を引き込んだ……なんて考えられてもおかしくないんじゃないですか?」
「設定的にも追われる身なんだよな……まあその件は話してないから関係ないけどあるっちゃあるよな」
「なので早々に防衛対策をしちゃいましょう」
今から探しに行くのも罠を仕掛けるのも時間がもったいないからと、モモンガが見張りを召喚することを提案する。
「ですがまだ深夜にもなっておりんせん。効果時間を延長しても早朝まで持つのでありんしょうか?」
「ああ、超位魔法を発動する」
こんな場面での超位魔法宣言。一番部屋に連れ込みたがっていたのはモモンガだったのかもしれない。
そんなこんなでここでは目立ってしまうからと全員で上空から近隣の森の中へ。少し開けた場所を見つけ、こちらで行うことに。
「第十位階より上の魔法だとは聞いたことがありますが……初めて拝見するので楽しみです」
「ワクワクするでありんすね!」
「それで召喚ってなにがあったっけ? <
さすがに魔法職でなくともユグドラシルユーザーなら超位魔法は有名でありペロロンチーノもすべてを知っていたりするのだが。
「うーん……それより人数多めがいいかな。それじゃぁいきますよ、超位魔法発動!」
途端モモンガを中心に幾何学模様の魔法陣が現れ、くるくると複雑に回転し始める。そしてこれから約一分程の発動準備時間があり、通常なら課金アイテムで短縮するのだが。
「うわぁ……綺麗」
常にアルベドを視界に納めていたモモンガは笑みを浮かべ、それをすることはなかった。
そして長いようで短い光の鑑賞会を終え、ついに魔法が発動する。
「いくぞ! <
この時ペロロンチーノは(あれ? ニーベルング・プリーモ? アイって読むんじゃないの?)なんて考えていたのだが。最後のあれは英単語の『アイ』ではなく、ローマ数字の『1』であったりする。
北欧神話に因む舞台楽劇、その第一夜『ワルキューレ』に由来するこの超位魔法は、九体の天使を降臨させるのだが、ここでモモンガにちょっとしたミスがあった。
従来の天使の容姿に不満を持ったユーザーの熱心な要望により、一年ほど前に小さなアプデが入っていたのを忘れていたのだ。
モモンガ自身も九体とは言えLv70台の天使を降臨させる魔法など使えない魔法であり、この場で初めて使ったのであって、決してアルベドを怒らせたかったわけではないのだが。
「え?」
それははっきり言って美少女であった。ヴァルキリーと言えば想像できるだろうか、その様な出で立ちの光に包まれた天使が九体、空から舞い降りモモンガの周囲に着地すると同時に跪く。
「ご主人様! ご命令を!」
その中から長女と思われる、それでも二十代前半と思しき美少女が頭を上げ声を上げると『ご命令を!』と他の八人が復唱する。
それははっきり言って金髪美少女天使祭りであった。運営おい頑張りすぎだろう、それにこの娘ら近いんですけど!? なんて慌てふためいていると不意にアルベドの顔が視界に入る。
ぷくーと頬を膨らまして涙目で見つめていらっしゃった。
そこから先のモモンガの行動は早かった。
『この村を召喚限界まで守ってほしい』『この四人の命令には従うように』と二つの命令だけを与えるとすぐにアルベドを抱えテントの方向に飛び去る。
あとに残されたのは、深夜の森に『大好きだ』『愛してる』などの声をこだまさせながら消えていく主人を呆然と見送る天使たちと、腹を抱えてうずくまり、大爆笑するペロロンチーノとシャルティアがいたりする。
…………
……
…
「なかなか粒ぞろいで美味しそうでありんしたなぁ」
「俺が覚えてたのは毛玉天使が九体だったんだが……仕様が変わってたのかな? まあそれはいいとしてちょっと困ったことになったな」
邪悪な笑みを浮かべたカップルに、嘗め回すように観察されていた天使たちは警備に赴いている。一安心ではあるものの自分たちもテントに戻るという選択は、ペロロンチーノには出来なかった。
「こっちからモモンガさんへ連絡する手段が無い。完全防音だから開けるしかないわけだけど……ヤダぞ俺、友達の見るのは」
「そういうもんでありんすか? 私は問題ないでありんすけど」
AVを見るのとはわけが違う。今後の付き合いに影響が出ても何だしとシャルティアを説得する。
「それにしてもハーレム大いに結構じゃありんせんか。独占したい気持ちはわかりんすけどモモンガ様やペロロンチーノ様程の男をほおって置く女などいないでありんしょうに」
「お、お前の過大評価は置いといて、お前たちはちょっと勘違いしているぞ」
若干話がずれながらも、ペロロンチーノは盛大にため息を吐いて続ける。
「今はお前ら以外に割く時間なんか無いし眼中にも無いんだよ、あのアルベド最後に笑ってたけどちょっとした茶目っ気だったのかもしれんが後悔するぞ」
「な、アルベドのあれは演技だったでありんすか!? でも後悔とおっしゃるのは?」
「俺でさえどんだけ我慢してると思ってんだ……エンドレスエイトとか勘弁してくれよ? せめて24時間以内には抑えてほしいもんだが……食料も持ってるし参ったな」
「ひ、ひぃ!?」
自分ですら何度意識を飛ばされたか覚えていない。めくるめく甘い時間であると同時に気持ち良すぎて死んでしまいそうになるかと思ったが、意識を戻した際には優しく抱きしめられてもいた。つまり休憩を貰えていたのだ。
モモンガ様スゴイ必死な形相だったな……などと思い出し、白目を剥いてカエルのようにつぶれているアルベドが幻視できてしまい戦慄するシャルティアであった。
●
「しまった……村囲んでんなこれ。あの娘らだけじゃ抜けられるぞ。シャルティア! 数を減らす!」
「了解でありんす! 眷属たちよ!」
時刻は早朝。あれから村周辺を散策したり、いちゃいちゃしたり、天使たちをからかったり、いちゃいちゃしたり、空中散歩を楽しんだり、ちゅっちゅしたり、昔話を語ったり、いちゃいちゃしたりしながら、思いのほか楽しめてあっという間に朝を迎えたペロロンチーノたちだったが、日が昇る直前に敵の気配を感じることが出来た。
翌日に来るとは思いもしなかったものの、これ幸いにと上空から観察していたのだが、野盗どころか甲冑を着込んだ軍隊であり、しかも村を包囲してからの一斉攻撃とかいう本気っぷりに頭を抱える。
「殺すなとは言わんがお前には
シャルティアに跨って飛んでいる今の状況では格好がつかなかったが、震えそうになる手をスキルで補正し弓を構える。
威力を最大限に抑えたスタンアローではあるが、殺せない武器などナザリックに置いてきたネタ武器以外に存在しない。
この子にだけは殺しをさせたくはないなんて、ラノベの脆弱野郎たちに何度憤怒したことだろう。だが今は自分もその気持ちが少しだけ理解できてしまったことに唇をかみしめる。
(どんな設定ぶっこんだと思ってんだ……シャルティアの方がうまくやれるって)
頭の中で最善の選択肢が思い浮かぶのだが今はその時じゃない、今は俺を支えてくれているだけでいいと弓を引き絞る。
(慢心にもほどがあるだろう、強者の余裕ってやつかあ? 敵が倒れないことを考えてもいねぇなんて笑えてくるぞ……)
殺さない、殺せない。そんな相反した思いを浮かべるが目を見開いて標的を狙う。
「とにかく当たれ!!」
そう叫びながら矢を解き放つペロロンチーノだった。
…………
……
…
結果だけ見れば圧勝、いや蹂躙と言っても過言ではなかった。とにかく予想以上に弱すぎたのだ。皮肉なことに生き残ったのはペロロンチーノに撃たれた者達のみ。とはいえ重症ではあるのだが。
「ふぅ……制圧完了かな? ありがとうシャルティア……お前の応援で勇気が出たよ、ホント愛してる、大好きだぁ」
「な!? 私の方が大好きでありんす! あ・り・ん・す!!」
完全に脱力してしまっているペロロンチーノを抱きしめながらゆっくりと降下する。
シャルティアには何故これほど憔悴しきっているのか理解できなかったが、これがペロロンチーノがやりたかったことではないことはわかった。
「世界一格好良かったでありんす! 半端ないでありんす!」
だから思った事を全部吐き出す。仕留められなかったのは偶然じゃない。矢の速度が速すぎて貫通した初撃を見て少し安堵した顔をしたペロロンチーノをシャルティアは見ている。
スキルを載せたりそれこそゲイ・ボウでも持ち出せば粉砕していたことだろう。
「あそこまで精密な狙撃は誰にもできんせん! だから……そんなお顔はしないでくんなまし……」
その瞬間ペロロンチーノはビクッっと震える。だめだだめだなんだこれ。シャルティアを悲しませてなにやってんだ俺はと頬を叩いて気合を入れなおす。
「あの理論で行けるかと思ったんだが……こっちから一方的に狙撃してたんじゃ関係ないわな。後で詳しく話すけどあんまり俺たちは人間を殺したくないんだよ。ふふっ、なんだよあの鎧。紙装甲にもほどがあんだろ、なあ?」
「おどけてみせなくても分かっていんす……もうしばらくこのままで……」
震えを抑えるように二人抱きしめあって目を閉じる。この時間がたまらなく嬉しいだなんて考えながら……
そのころアルベドが何百回目かの『ひぎぃ!』という言葉を吐いていたのかを二人はまだ知らない。
コメディだからシリアスなんていらないんだけどね。ずっとHしてるだけだと話が進まないんだよねw