そんなこんなでバーベキューを堪能した一行はアルシェを含むフォーサイトの面々に元娼婦たちを紹介し、仕事の打ち合わせをすることに。
神官であるロバーの仕事は言わずもがなだが、ヘッケランとイミーナにはレイナースではなく彼女たちの戦闘訓練を担当してもらうことになる。
現在村の狩猟および食肉担当、そして自警団としてラッチモン氏とエ・ランテルより移住してきた元アイアン級冒険者ブリタが頑張っているのだが、元冒険者であった数人の娼婦たちは大恩ある村にいつかは貢献したいと自警団に参加することを希望していたからだ。
そして魔法の素養がある者もいるかもしれないと、近く魔法省に勤めることになるアルシェには人にものを教えるという新人研修的な意味合いで一緒に参加してもらうことになった。妹二人は元娼婦たちの癒し要員にもなるだろう。
後の話ではあるけれどその過程で漆黒の剣ニニャの姉であるツアレが魔力系第一位階魔法を使えることがわかり、両者の自信にもつながっていくことになる。
そのほか村長や村の顔役であるエモット夫妻の紹介などを済ませ、再びレイナースの戦闘訓練を始めるために今度は森へと向かうことになった。
なおアルベドとシャルティアは昼食の支度の途中からエンリと花開くように笑いあい、何を話していたのかは知れないが大層盛り上がっていたので不参加の方向だ。勿論付き従おうとしていたけれど二人に友人と呼べる者たちを増やしたい気持ちから、夕食やエ・ランテルで足りなかったアルシェと妹たちの普段着などの制作を頼み、護衛に長女ブリュンヒルデを擁し四人で大森林へと分け入っている。
「ご主人様。妹が度々申し訳ございません」
「二人でこんなところまで来ているのか……」
「ものすごく強大な力を感じる魔獣ですわ……これが噂の森の賢王」
「俺にはデカいハムスターにしか見えないんだけどな……」
小一時間程進んでもゴブリンどころか野生動物にも遭遇しない。以前ンフィーレアたちと薬草を取りに来た方向とは違うけどあの時も結局ウルフ数頭を倒しただけだった。
この森、意外にモンスターとか少ないのだろうかと考えていた矢先に巨大な魔獣に跨ったネムとグリムを発見。色々と突っ込みどころがあったが、双子が遊びに来ていることを教えたらすっ飛んで村へと帰って行った。
「早朝からたたき起こされて散々でござるよ。それで娘子たちの主が何の用でござるか?」
なんでもちょくちょく連れ出されては森を駆け回っているのだとか。そのおかげか縄張りがより強固なものになったようで、ここらへんのモンスターは遠くに散ってしまったそうだ。
「ネムとグリムが迷惑をかけたようですまないな」
「なあに良いのでござるよ。それがしも暇であったし子供をあやすのも楽しいものでござる。母性本能というやつでござろうか」
「雌なのか……まあそれはおいといて、ここじゃぁレイナースさんの練習にならんな。かなり遠くまで行かないと」
「これだけの魔獣を前にしてもお二人は平常ですのね……」
もう少し話してもみたいけれどレイナースには時間が無い。このまま森を進むのは時間がかかりすぎると森の賢王に別れを告げ、空からの探索を開始するのだった。
「な、慣れませんわ!? 手を! 手を離さないでくださいね!?」
「ひゅーひゅー! モモンガさん役得だな!」
「ん、んん! そういえばペロロンチーノさんもアイテムで飛べたんでしたね……なんでいつもシャルティアに跨って……って聞くまでも無いか」
レイナースに<フライ>の付与されたネックレスを渡し、使い方を教えるように手をつなぐモモンガ。普通に飛び上がるペロロンチーノに若干あきれ顔なのは、照れ隠しでもあったり。
美人の嫁がいようとも、こうまで近いと女性に免疫の少ないモモンガはドギマギしてしまう。
そんな楽し気な空の旅も辺りの風景が一変したことと、先行していたブリュンヒルデの一声で終わりを告げるのだった。
「ご主人様! 微弱ながら生体反応がございます!」
…………
……
…
「う~気づいてくれてよかったあ。あ、もう少しそこへお水をかけてくれないかな」
「こっち? あぁこの木が本体なのか」
「葉っぱが髪の毛みたいになってるんだな、結構可愛いなあ。ユイチリは……エロゲか。ドライアードでいいのかな」
「良く気付きましたねブリュンヒルデさん」
「霧が深くて広範囲は索敵できなかったのですが、一帯が枯れ果てているのにこの木にだけ生命力を感じまして。偶然に近いですよ」
詳しく話を聞いてみると彼女はドライアードで名前はピニスン・ポール・ペルリア。時間の感覚が人間種と違うせいか正確には分からないが、少し前に『世界を滅ぼす魔樹』が目覚めこの一帯の養分を吸い取り始めたのだと言う。
というか霧が晴れ始め、すでに遠くの方に天まで届きそうな巨木が見えていたりする。
「君たちは以前約束してくれた七人組かな? 羽の生えた人もいるし! お願いだよ、前みたいにあの魔樹を倒しておくれよ!」
残念ながら全くの別人だけど丁度良い練習相手になるかとピニスンの願いを叶えてあげることにした。
「か、叶えてあげることにしたじゃありませんわ!? 大丈夫なのですか!?」
「うーん辺り一帯の様子から養分を吸い上げているっていうのはわかりますが、全く動かないですね」
「でかさ的にレイドボスかなあ? 危なかったら逃げることも考えておこうぜ。ピニスンは後で植え替えてやるから待っててな」
「久々の実戦で腕が鳴ります。前衛はお任せ下さいご主人様!」
「ごめん……自分でお願いしておいてなんだけど、あの大きさは違う……」
飛び立つ四人を見つめながら思わず出た言葉は驚愕に震えていた。辺りの霧が晴れたことで改めてはっきりとその姿を現した魔樹。はるか遠くに見えるそれは魔樹本体であり、ピニスンが昔見たものとは桁外れの大きさだった。
●
「誰だっけ? 30年前にアダマンタイト級の冒険者が達成できたのなら楽勝だわ、なんて言ってたのは」
「鬼リーダー」
「鬼ボス」
「し、仕方ないじゃない! 組合の記録では踏破までに時間がかかったけど薬草採取は問題なく行えたって書いてあったんだから!」
「ラキュース声が大きいぞ。それであれはなんなんだ? というかツアーが何故ここにいるんだ?」
「まあ色々あって見張りのようなものだね。あれを起こした者たちがまた現れるんじゃないかと張っていたんだけど、君たちが現れたのは予想外だったよ」
モモンガたちがいる場所から魔樹を挟んで反対方向。王国アダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』一行と白金のフルプレートメイルの騎士が木々に隠れるように潜んでいた。
すでに自己紹介も済んでおり、元『蒼の薔薇』の仲間リグリット・ベルスー・カウラウの古い友人であるとイビルアイは紹介していた。
「……多分頭の上のボコッとしたのが薬草」
「……帰ろう鬼ボス。カルネ村経由で」
「おっ! それはアリだな。モモンガにも久々に会いたいぜ!」
「もう! 帰ろうとしないでよ! でも……さすがにこれはどうにもならないわね」
「30年前の冒険者というのはリグリットやガゼフの師であるローファンだろう? 奴らはこれを倒したのか? いや……そっと近づいて採取だけすればいいのか?」
「あー……それもありなのかな? ボクは一度攻撃したんだけど苛烈な反撃にあってね。どうやら攻撃判定を受けると活性化するみたいなんだよ」
蒼の薔薇メンバーの視線が一斉にツアーに向けられる。知らない者達でもないし悪意ある者たちでもないのは明白であり、彼女たちの薬草採取という依頼を達成するための相談に参加することにした。
ツアーことツァインドルクス=ヴァイシオンはアーグランド評議国の竜だ。この白金鎧は遠隔操作で動かしている身体の
二カ月ほど前のある日いつものようにこの白金鎧を使って世界中を駆け回り、ユグドラシル由来の物を捜索していたのだが、偶然立ち寄った森でこの巨大なモンスターを発見した。
一当たりしてみたところ
ならばと今一度この場所に思いを馳せてみれば、一番最初の記憶は400年かそれよりもっと以前。突然空を割き現れた魔物の内の一体を、この地に封印したという竜王たちの話を。
次の記憶は十三英雄などと呼ばれていた200年ほど前のこと。この場で仲間と一緒に触手の一体を滅ぼした事実を。
最後の記憶は30年ほど前。
確かあの時リーダーが『あれ絶対外宇宙からやってきたんだって! ザイクロトルだよ! あー同じ名前は拙いよな……ザイトルクワエと名付けるか!』なんて興奮して話していたが、つまりあれが封印されていた魔樹なのだろう。
ただあれほど好戦的だった200年前の触手とは違った今の生態に違和感を覚える。それでもやはり倒しておくべきだろうかと思案していると、感覚に複数人の気配を感じ軽装鎧を身に着けた人間を発見する。気配を殺し観察していた結果、彼らがスレイン法国の隠密部隊だということと、魔樹の状態を確認しに来ただけだというのが分かった。
ツアーが知るところではないが、数日前に法国の漆黒聖典と呼ばれる部隊が魔樹と交戦していた。とある秘宝を使い使役しようとしたのだが、射程が届かず限界まで近づいたものの300メートルはある六本の触手に阻まれ半壊。その秘宝を操るセクシーチャイナの老婆が死亡するという散々な結果だけを残し去って行ったのだ。
この場でツアーが知ったのは、つまり魔樹を故意であるかは知れないが起こしたのは法国であるということと、隠密の会話からその者たちが再び現れるはずという情報だった。
この魔樹が動きもせず、本能のままに大地の力を吸い上げるだけなのは法国の者たちによる魔法かなにかが原因であるのなら確かめなければいけない。
幸いなことにこの身体は遠隔操作のがらんどうであるし、この場に待機させることは簡単なことだったのだが、何かトラブルでもあったのか一向に現れない。
そんな中やっと現れた人間の気配に警戒していれば、現れたのは蒼の薔薇の一行という予想外の結果に驚き、数百年ぶりにリグリットが『泣き虫』などと呼ぶ少女を見つけてしまえば声を掛けずにはいられない。
そんなこんなで現在に至るわけなのだが、
触手の一本を振り上げたところその触手がスパンと切断されるありえない光景に、身動きすら取れず呆然とする一同だった。
●
「当たりましたわ! すごい……私が300メートル近い遠距離を弓で飛ばせるなんて」
「お、おう。まあ的がデカイからな……って違うか。普通は届かないんなら成長してるって事だな。動き出したか……どう、モモンガさん」
「魔法で確認してみましたけどMHP(マックスヒットポイント)はレイド級ですね。レベルは分かりませんけどあまり威圧感が無いんだよなあ。逃げるのが最善ですけど村から近いのもあるし一当てはしておきたいです」
そう言って大地に降り立ったモモンガは腰に差した剣を抜き放ち斜めに構え、魔樹を見据えつつつ腰を落とす。今更ではあるがモモンガとペロロンチーノはこの森に入るに至り初期のバンデッドメイル姿に装備変更しているわけなのだが、その行動に瞬時に反応したペロロンチーノは全てを察し言葉を紡ぐ。
「モモンガ……俺が天を落としてやろうか?」
突如変わる二人の雰囲気に戦慄するレイナース。凍えるような冷たい瞳のペロロンチーノに膝が震えだす。
「邪魔をするなよペロロンチーノ? 大地を斬り、海を割り、空を裂くのはこの俺……モモンガだ」
凄まじい威圧感についには尻もちを搗くレイナース。これから何が起ころうというのかと生つばを飲み込む。小さい声で何やら魔法の詠唱が聞こえた気もするが、ペロロンチーノの言葉にかき消される。
「この星を壊してくれるなよ? モモンガ」
「ひぃ!?」
ついその言葉に声を漏らしてしまい、恐怖から口を押さえて震えを押し込もうとするのだが、モモンガから膨れ上がる覇気にこの世の終わりを感じてしまう。
「いくぞ! これが我が師直伝の技! 奥義!!
不可思議な構えから振りぬかれた剣。その刃から飛び出す斬撃は大地を削り空を割り、遠方にいる巨大な魔樹の振り上げた触手を鮮やかに切り飛ばしたのだった。
アレの影響で趣味とはいえ執筆が滞ってしまって申し訳ない。腰がぶっ壊れても働かなきゃならんのは辛いねw 不定期投降ですがゆっくり続けていこうと思います。